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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)16号 判決 1997年12月17日

東京都港区西新橋1丁目1番3号

原告

日本パイオニクス株式会社

代表者代表取締役

山崎良一

訴訟代理人弁護士

栗林信介

小林信明

同弁理士

大谷保

岸本達人

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

柴沼雅樹

主代静義

後藤千恵子

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第21301号事件について、平成5年11月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年9月14日、名称を「有毒成分の除去法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-169680号)が、平成4年10月13日に拒絶査定を受けたので、同年11月11日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成4年審判第21301号事件として審理したうえ、平成5年11月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月10日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

半導体製造プロセスから排出される大気への排ガス中の有毒成分の除去法において、一端にガスの入口および他端にガスの出口を有し、内部にマンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデンから選ばれる一種または二種以上の重金属酸化物からなる吸着剤が担体に担持されることなく、該吸着剤がペレット、球形、円柱形および筒形から選ばれる一つの形状に成型されて装填されてなる吸着筒に、半導体製造プロセスから排出され、かつ有毒成分として少なくともアルシンおよび/またはホスフィンを含有するガスを連続的に流し、該吸着剤と接触せしめることにより、大気への排ガス中に含有されるアルシンおよび/またはホスフィンを除去することを特徴とする有毒成分の除去法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭53-140293号公報(以下「引用例」という。)に記載された方法、すなわち、「蓄電池を使用の際生ずるアルシンを除去するために、該ガスを酸化銅と、好ましくは担体に担持させたものと接触させる方法」(以下「引用例方法」という。)と周知の事実から当業者が容易に発明できたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例方法との一致点及び相違点(1)、(2)の認定は認めるが、相違点(1)、(2)についての判断は争う。

審決は、本願発明と引用例方法との相違点(1)、(2)についての判断を誤る(取消事由1、2)とともに、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  相違点(1)についての判断の誤り(取消事由1)

本願発明と引用例方法とは、審決認定のとおり、「処理対象ガスが、本願発明では、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガスであるのに対し、引用例のものでは、蓄電池を使用の際生ずるガスである」(審決書3頁10~13行)点で相違する。

この本願発明の処理の対象である「半導体製造プロセスから排出される大気への排ガス」(以下「半導体プロセスガス」という。)は、引用例方法の処理の対象である蓄電池を使用の際生ずるガスとは、ガスの発生場所及び発生量、ガス中の有毒成分であるアルシン等の量及び濃度の点で全く相違する。

すなわち、本願発明の対象とされる半導体プロセスガスは、半導体製造装置から連続的に排出され、しかも、極めて多量であり、一般的に150~1000Nl/min.である。また、同ガス中の有毒成分であるアルシン又はホスフィン等の量は、標準的には1~100ml/min.とされ、濃度は通常100ppm~1%であり、本願発明において予定されているアルシン又はホスフィンの濃度も、5%以下あるいは1000ppm以下の高濃度のものである(甲第9号証明細書9頁5~7行)。そして、本願発明は、半導体プロセスガスを処理後、これを大気中に排出するから、環境汚染が問題となり、有毒成分であるアルシン等の無害化処理が不可欠の技術課題とされるものである。また、排ガス処理装置は、半導体製造装置が設置されている非常に高価なクリーンルーム内の限られたスペースに設置されるため、吸着剤及び吸着装置の容積を小さくしつつ能力が大きいことが、特に重要な技術課題とされる。本願発明はこれらの技術課題を解決したものである。

これに対し、引用例方法は、一般乗用車に搭載されているような12V.45Ahの形式の市販の蓄電池内の密閉系(大気中に排出しない。)に発生するガスの処理に係るものである。そのため、処理対象ガスは、蓄電池の充電中のみに発生するだけであって、連続的ではなく、発生量は極く微量である。引用例(甲第2号証)の「3Aの電流で過充電された」(同号証3頁右上欄8行)との記載から計算すると、引用例方法では、最大ガス発生量は0.03l/min.となる。また、単位蓄電池の電極に含まれる微量の砒素等から酸水素ガスに混じって発生するアルシン等の量は、極く微量である。原告の実験結果によれば、1A当たりのアルシン発生量は、0.000038ml/min.であるから、3Aに換算すると多くても0.00012ml/min.程度である(甲第20号証)から、その濃度は3.8から0.038ppm程度と極めて低い。つまり、引用例方法においては、環境汚染は問題とならず、発生した酸水素ガスの回収再利用を企図したものであり、密閉系における有用ガスに混入した触媒の劣化を防止するための微量の触媒毒の除去を目的とするものである。

以上のとおり、本願発明と引用例方法との間には、それぞれの処理対象であるガスについて、ガスの発生場所及び発生量、ガス中の有毒成分であるアルシン等の量及び濃度の点で著しい相違があり、両者は、技術分野を異にするとともに、技術課題も異なるものである。また、被吸着成分の濃度が高くなれば、吸着効率は低下するのであるから、このことからしても、低濃度のアルシンを除去する引用例方法を、高濃度のアルシンを完全に除去する必要がある半導体プロセスガスの処理に適用することはできない。

被告は、所定の処理効果を得るために、処理すべきガスの流量と濃度、除去剤の供給量などは相互に決定される関係にあることは、本願出願前周知であったと主張するが、被告の挙げる各公報(乙第13、第14号証)に記載された処理方法は、除去すべきガスの流量・濃度の制御・調整を行うものであり、本願発明の対象とされる半導体プロセスガスは、ガスの流量・濃度の制御・調整を行うことが困難なものであるから妥当するものでない。

そうすると、引用例方法から本願発明を想到するのは、当業者にとって困難であり、このことは、本願出願当時、半導体製造プロセスにおける排ガスに関する技術文献(甲第13~第15号証)において、排ガス中からのアルシンの除去方法として、酸化銅を利用したものが示されていないことからも明らかである。

したがって、審決が、両者の上記相違を理解せず、「両者は、ガス中のアルシンを除去するためにアルシン含有ガスを酸化銅と接触する方法である点で一致し」(審決書3頁8~10行)との一点のみにとらわれて、「酸化銅が、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガス中のアルシンの除去に有効であることは当業者であれば容易に予期できることであり、相違点(1)に困難性があるとすることはできない。」(審決書4頁6~10行)と判断したことは、誤りである。

2  相違点(2)についての判断の誤り(取消事由2)

引用例方法において、ガス吸着剤を担体に担持させない場合が含まれていることは認めるが、ガス吸着剤を担体に担持させないでペレット、球等に成型して使用することは、開示されておらず、このことは周知の技術事項でもない。

すなわち、従来、固体触媒やガス吸着剤は、反応物と直接触れ合うことのできる表面だけが接触作用を営むと考えられていたので、表面に露出していない触媒活性物質あるいは吸着剤物質を効率よく使用するために、その表面積を増やす工夫がなされ、担体を利用することが考え出されたものである(甲第16、第17号証)。引用例(甲第2号証)においても、「アルミナゲルを担体として使用することによつて、著しい改善を行なうことができた。」(同号証3頁左下欄2~4行)と記載されるとおり、実施例では酸化銅を担体に担持して用いており、酸化銅を成型して用いることは開示されていない。また、引用例の「吸収剤は、粉末状あるいは粒状」(同3頁右下欄2行)との記載は、吸着剤が、人為的に手が加えられていない状態にあることを意味しており、成型されたものとはいえない。

これに対し、本願発明は、反応物と直接触れ合うことのできる表面だけが接触作用を営み、表面に露出していない触媒活性物質は死蔵されてしまうとの常識を覆し、表面に露出していないガス吸着物質も反応するという新規な発見に基づいて、ガス吸着剤を担体に担持させることなくペレット、球等に成型するという構成を採用したものである。

被告は、担体を使用しないで吸着剤を成型して使用することが、通常のことであると主張するが、被告の挙げる文献や公報(乙第1~第4号証)は、物理吸着に係るものであり、本願発明のような化学吸着には当てはまらない。また、被告は、乾式・室温下で使用する化学吸着剤においても、それ自体をペレットに成型して使用することが周知であると主張する。しかし、被告の挙げる各公報(乙第6~第8号証)記載の吸着剤は、成型して使用しても内部まで反応しないものであるから、これら吸着剤の存在によって、乾式・室温下で使用する化学吸着剤においても、担体に担持させないものがあるということはできない。以上のとおり、化学吸着において、吸着剤自体を成型して使用する発想はなかったのである。

したがって、審決の「担体に関する引用例と本願発明の記載は、単なる表現上の相違にすぎず、また、ガス吸着材をペレット、球等に成型して使用することも普通のことであるから、この相違点(2)にも困難性はない。」(審決書4頁13~17行)との判断は、誤りである。

3  作用効果の看過(取消事由3)

従来、半導体プロセスガスの処理においては、除去剤として、担体担持の塩化第二鉄を用いるのが一般的であり、例えば、昭和62年1月東洋酸素株式会社発行の「ドーピング排ガス処理装置」(甲第15号証)に記載された「トキソクリーン」は、「湿式」であるため装置が大きく、保守に費用がかかり、かつ、除去剤の除去能力も低いものである。

これに対し本願発明は、担体を用いずに酸化銅などの重金属酸化物そのものを直接成型し、これを高密度化して、比表面積を小さくしても、有毒成分であるアルシンやホスフィンに対する単位量当たりの吸着能力は低下しないという重大な発見を基礎として、従来の知見では全く予期できない、吸着剤として単位体積当たりの除去能力が著しく向上し、しかも、連続的に排出される多量の排ガス中の有毒成分が迅速に除去されるという格別顕著な効果を見出したものである。このように担体を用いずに重金属自体を加圧成型したものが、担体に担持させたものに比べ、密度が高く比表面積が小さいにもかかわらず、優れた除去能力を持つのは、単なる吸着作用のみでなく、アルシンやホスフィンなどの成分が酸化銅などの重金属酸化物と反応することによって、成型体の中心部まで速やかに作用してゆき、かつ無駄なく反応し尽くすことによるものと推定される。

このような本願発明の奏する作用効果は、引用例方法に示される、吸収剤の表面積を大きくしておけばよいとの基本的な考え方に基づいて、担体を用いて酸化銅の表面積を増大させ、その結果、蓄電池使用により生じる密閉系の微量ガス中の微量の触媒毒を除去するという効果に比べて、格別に優れたものである。

以上のことは、原告の実施した各種実験の実験報告書(甲第12、第20、第21号証。以下「実験報告書1~3」という。)からも明らかである。

したがって、本願発明について、審決の「本願明細書をみても格別顕著な効果が奏されているとみることもできない。」(審決書4頁18~19行)との判断は、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

審決認定の相違点(1)のとおり、本願発明と引用例方法とが処理の対象とするガスは異なるが、両者は、いずれも有毒成分であるアルシンを含有する排ガスを吸収剤に接触させて除去するという同一の技術分野に属するものである。また、処理対象ガスの発生場所及び発生量、ガス中の有毒成分であるアルシン等の量及び濃度、発生するガスの処理目的の相違が、上記吸収剤として使用する酸化銅のアルシン除去(吸着)作用を異ならしめるものでもない。

例えば、特開昭57-174125号公報(乙第13号証)には、変動する排ガス流量・濃度に応じ、吸着剤供給量を制御する排ガス処理装置が記載されており、特開昭58-30321号公報(乙第14号証、昭和58年2月22日公開)には、処理対象ガスの濃度の変動に応じ、そのガスの流量を調節するガス精製装置(吸着剤使用)が記載されており、これらの記載によれば、所定の処理効果を得るためには、処理すべきガスの流量と濃度、除去剤の供給量などは相互に決定される関係にあることが、本出願前周知であったということができる。このことは、処理対象ガスの流量・濃度に差異があっても、吸着剤の有効性自体は変わらないことを意味するものである。

そして、引用例方法のように排ガス中の有毒物質であるアルシンを除去することが、本願発明と同様に、環境汚染防止という課題を有していることは自明のことである。また、原告の主張する、クリーンルームという特別な空間において、吸着剤の容積を小さく抑え、吸着装置の容積を小さくするとの技術課題は、半導体製造プロセスにおける特別な技術課題ではなく、昭和40年11月15日発行慶伊富長著「吸着」(乙第9号証)に示されるとおり、本願出願前、当業者によく知られていた吸着技術分野における一般的な技術課題である。

したがって、引用例記載のアルシンの除去方法を、上記周知の課題に適用することに格別の困難性はなく、この点に関する審決の判断(審決書4頁6~4頁10行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

引用例(甲第2号証)には、「上述した吸収剤は、粉末状あるいは粒状あるいはたとえばアルゲルのような適当な担体上の単独あるいは複数の砒化物形成剤およびアンチモン化物形成剤から作ることができる。」(同号証3頁右下欄2~5行)と記載され、使用時の除去剤の形態として、「粉末」、「担体担持」と並んで、「粒状」が記載されているから、「造粒」及び「成形」との用語が、引用例に直接記載されていなくとも、「造粒吸着剤」、すなわち「成形された粒状吸着剤」が、実質的に記載されているものと認められる。

また、引用例には、アルミナゲルを担体として使用し、酸化銅を担体に担持する実施例及び実施態様が記載されているが、これは、引用例方法の好ましい一実施態様にすぎない。

しかも、ガス吸着剤において、担体を使用せずそれ自身を成型して使用することは、昭和52年8月5日発行柳井弘著「吸着工学要論」(乙第1号証)に示されるように、普通に行なわれていたことであり、ガス吸着剤それ自体をペレットに成型して使用することも、特開昭58-55042号公報(乙第2号証)、特開昭52-59087号公報(乙第3号証)、特開昭55-84537号公報(乙第4号証)に開示されているとおり、本願出願前普通に行なわれていたことである。これらの造粒(成型)に係る事項が、物理吸着に限るものであり、化学吸着には当てはまらないとする証拠はない。

さらに、特開昭52-41186号公報(乙第6号証)、特開昭49-51189号公報(乙第7号証)及び特開昭51-126395号公報(乙第8号証)に示されるとおり、乾式・室温下で使用する化学吸着剤において、それ自体をペレットに成型して使用し、担体を使用しないものは周知である。

原告は、本願発明は、表面に露出していないガス吸着物質も反応するという新規な発見に基づくものと主張するが、本願明細書にはそのような記載はない。

したがって、審決の相違点(2)についての判断(審決書4頁15~17行)に、誤りはない。

3  取消事由3について

成型された吸着剤が、表面に露出していない内部でもその多孔性構造によって吸着反応を行なうことは周知であったから、本願発明の酸化銅を成型した吸着剤が、多孔性構造を有することは、当業者であれば容易に予測できることである。また、担体に担持させることなく成型した本願発明の吸着剤のほうが、単位体積当たりの酸化銅の量が多いのであるから、実験報告書1(甲第12号証)に示されるとおり、除去能力のない担体を含めた吸着剤の単位体積当たりのアルシン除去能力に比べて、本願発明の単位体積当たりの除去能力が高くなることは、当業者であれば容易に予測できることである。

しかも、実験報告書1、2(甲第12、第20号証)に記載された実験は、引用例方法が吸収剤を担体に担持させたものだけであるとの誤った前提のもとに行われたものであるから、この報告書により本願発明と引用例方法とを対比することは適切ではない。また、上記報告書に記載された「本願発明の除去剤」は、本願明細書に具体的に記載されていない条件で製造されている。仮に、上記除去剤が本願発明の実施例とすることができるとしても、それの奏する効果は、一実施例の奏する効果にすぎないから、本願発明の奏する効果ということはできないものである。

したがって、本願発明が格別の効果を有するとはいえず、この点に関する審決の判断(審決書4頁18~19行)に、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)について

審決の理由中、本願発明と引用例方法が、「ガス中のアルシンを除去するためにアルシン含有ガスを酸化銅と接触する方法である点」(審決書3頁8~9行)で一致し、「処理対象ガスが、本願発明では、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガスであるのに対し、引用例のものでは、蓄電池を使用の際生ずるガスである点」(審決書3頁10~13行)で相違する(相違点(1))ことは、当事者間に争いがない。

本願発明の処理対象とされる半導体プロセスガスについて、本願明細書(甲第3、第6、第9号証)には、「本発明においてアルシンまたはホスフィンの濃度には特に制限はないが、好ましくは5vol%以下、さらに好ましくは1000ppm(v/v)以下である。本発明におけるガス流量は、体積空間速度で通常は5000hr-1以下とされ、1500hr-1以下が好ましい。本発明が適用されるガスは、通常は乾燥状態であるが、湿潤状態であっても吸着筒内で結露する程度であれば湿っていてもよい。・・・排ガスの接触温度は常温ないし室温で充分であるが、加熱下で行うことを妨げるものではない。」(甲第9号証明細書9頁4~20行)、「本発明で使用される圧力には、特に制限はなく通常は常圧でよいが、減圧下でもよく、また、加圧下でもよい。」(同10頁7~9行)と記載されている。

これらの記載及び前示本願発明の要旨によれば、本願発明は、アルシン等の有毒物質を含有する排ガスを、吸着剤である酸化銅に接触させて、当該有毒物質を除去して汚染防止を図るという排ガス処理技術であるところ、その処理対象とされるガスは、特許請求の範囲において「半導体製造プロセスから排出される大気への排ガス」と限定され、「連続的に」流出するものであるが、その具体的内容については、上記のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明において、通常の排出される流量が5000hr-1(体積空間速度)以下と記載されるほかは、ガスの状態が乾燥であるか湿潤であるか、温度、圧力には制限がなく、ガス中に含有されるアルシン・ホスフィンの濃度・量等についても、制限的条件が付されていないものと認められる。

そうすると、本願発明における半導体プロセスガスは、ガスに係る特性・態様や含有されるアルシン等に、制限が設けられているわけではなく、その処理に供される特性としては、有毒成分であるアルシン・ホスフィンを含有するという点に特徴があるものということができる。

これに対して、引用例方法が、「蓄電池を使用の際生ずるアルシンを除去するために、該ガスを酸化銅と、好ましくは担体に担持させたものと接触させる方法」(審決書3頁3~5行)であることは、当事者間に争いがなく、引用例(甲第2号)には、「本発明の課題は、使用の際蓄電池から逃げる酸水素混合気から触媒毒特にアンチモン化水素および砒化水素を除去する吸収剤およびその製造方法を提供することにあり、その際著しく長い作用期間に重点が置かれている。この課題の解決のために、本発明によれば、吸収剤として酸化銅を使用することが提案される。酸化銅に加えて酸化鉄を使用することもできる。」(同号証2頁右上欄3~11行)、「アルゲン、すなわち・・・アルミナゲルを担体として使用することによつて、著しい改善を行なうことができた。作用期間は483日になつた。」(同3頁左下欄1~5行)と記載されている。

これらの記載によれば、引用例方法は、蓄電池使用の際に生ずる酸水素混合ガスから、アンチモン化水素及び砒化水素(アルシン)などの触媒毒を除去するために、吸収剤として酸化銅を使用するものであり、その使用の結果、作用期間を改善するものであると認められるから、本願発明と同様に、アルシン等の有毒物質を含有する排ガスを、吸収剤である酸化銅に接触させて、当該有毒物質を除去する吸着処理技術であるということができる。また、処理対象ガスの発生量、有毒物質の量及び濃度等は限定されていないが、該ガスから有毒成分であるアルシンを除去し、大気中への分散を防止するものであるから、汚染防止を技術課題とすることは明らかである。

そうすると、本願発明と引用例方法はいずれも、アルシン等の有毒物質を含有する排ガスを、酸化銅に接触させて、当該有毒物質を除去するという構成において一致し、有毒成分を含有する排ガスから、当該有毒成分を除去して汚染防止を図るという共通の技術課題を有するものと認められ、処理対象とされるガスが、半導体製造プロセスから排出されるか、蓄電池の使用の際に生ずるかにより、その有毒成分の除去処理方法における技術的な差異を認めることはできないといわなければならない。

原告は、本願発明と引用例方法とは、処理の対象となるガスの発生場所及び発生量、ガス中の有毒成分であるアルシン等の量及び濃度の点で全く相違すると主張する。

確かに、本願発明の処理の対象となるガスは、半導体製造プロセスから連続的に排出され、通常の場合多量であると認められるが、これらのことはガスの排出態様であって、ガス自体の特性・態様を直接規定するものでなく、前示のとおり、その有毒成分の除去処理における技術的な相違をもたらすものでもない。ガスの発生量が多量かつ連続的であり、有毒成分の無害化処理が不可欠であるとすれば、それに応じて除去剤の供給量を増加させるか、ガスの流量を適宜調整すればよいことは、技術的に自明な事項というべきである。さらに、本願発明の対象とするガスは、前示のとおり、「半導体製造プロセスから排出される大気への排ガス」であって、「連続的に」流出するものであるが、その具体的内容については特段の限定はなく、含有されるアルシン等の量及び濃度に制限が設けられていないから、本願発明と引用例方法とではアルシン等の量及び濃度の点で相違するとの原告の主張は、その前提において既に誤りであって、原告の上記主張は、いずれにしても採用できない。

また、原告は、半導体製造装置が設置されている高価なクリーンルーム内の限られたスペースにおいては、吸着剤及び吸着装置の容積を小さくするという技術課題が特に重要であり、本願発明はこれを解決したものであるから、この点において引用例方法と相違すると主張する。

しかし、限られた空間内において、吸着剤及び吸着装置の装置の効率を高めてその容積を小さくするという技術課題は、半導体製造プロセスにおける特別な課題ではなく、吸着処理の技術分野を含めた一般的な工業技術上の課題であることは、原告も認めるところであり、技術常識ともいうべきものであるから、本願明細書(甲第3、第6、第9号証)に上記の技術課題が明示されていない本願発明においても、これが技術課題の一つとされるのと同様に、吸着処理技術に関する引用例方法でも、これが技術課題に含まれるものであることは明らかであり、その解決の要請に程度の差があるとしても、それによって、技術的課題の解決方法が、本願発明と引用例方法において相違するものということはできない。したがって、原告の上記主張は採用できない。

さらに、原告は、本願出願当時、半導体製造プロセスにおける排ガスに関する技術文献(甲第13~第15号証)において、アルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術は示されていないから、この技術は、当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。

しかし、審決は、排ガス中からの有毒成分の除去処理という共通する技術分野において、アルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術を開示する引用例方法から、同様の構成を有する本願発明を想到することが、当業者にとって容易であると判断したものであり、仮に、本願出願当時、半導体製造プロセスにおける排ガス処理の各種技術文献において、酸化銅を利用したアルシンの除去処理技術が示されていなかったとしても、このことによって、上記審決の判断が左右されるものでないことは、明らかである。原告の上記主張は採用できない。

以上のことからすると、審決が、相違点(1)について、「半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガス中にアルシンが含まれることは周知であり、また、酸化銅がアルシンの除去に有効であることは引用例に示されており、さらにまた、アルシンを除去する際に、ガスの種類の相違が酸化銅の有する除去作用に悪影響を及ぼすとの証拠もないから、酸化銅が、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガス中のアルシンの除去に有効であることは当業者であれば容易に予期できる」(審決書3頁20行~4頁9行)と判断したことに、誤りはない。

2  取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)について

本願発明と引用例方法が、「本願発明では、酸化銅が担体に担持されることなくペレット、球、円柱形、筒等に成型されているのに対し、引用例のものでは、酸化銅が好ましくは担体に担持され、その形状は特定されていない点」(審決書3頁13~17行)で相違する(相違点(2))こと、引用例方法において、酸化銅が担体に担持されない「粉末状あるいは粒状」のものとしても開示されていることは、当事者間に争いがない。

引用例(甲第2号証)には、「上述した吸収剤は、粉末状あるいは粒状あるいはたとえばアルゲルのような適当な担体上の単独あるいは複数の砒化物形成剤およびアンチモン化物形成剤から作ることができる。」(同号証3頁右下欄2~5行)と記載されているから、使用時の除去剤の形態として、「粉末」、「担体担持」と並んで、「粒状」が記載されているものと認められる。

ところで、特開昭58-55042号公報(乙第2号証)、特開昭52-59087号公報(乙第3号証)及び特開昭55-84537号公報(乙第4号証)によれば、ガス吸着剤それ自体をペレットに成型して使用することは、本願出願前、周知の技術であり、この周知技術は、吸着剤表面ないし内部で起きる吸着が、物理吸着のみならず化学吸着であっても妥当するものとして開示されているものと認められる。また、特開昭52-41186号公報(乙第6号証)、特開昭49-51189号公報(乙第7号証)及び特開昭51-126395号公報(乙第8号証)によれば、乾式・室温下で使用する化学吸着剤において、それ自体を粒状に製造・成型して使用することが、本願出願前、周知の技術として開示されており、このことは、成型された当該吸着剤が、内部まで反応するか否かに左右されるものでないことは明らかである。

そうすると、引用例における上記「粒状」との記載は、上記周知技術に基づいて、成型された粒状の意味をも含むものと認められ、また、上記記載に接した当業者が、上記「粒状」の意味を、当然に、成型された粒状を含むものと解することも明らかである。

原告は、上記「粒状」との記載について、吸着剤に人為的に手が加えられていない状態にあることを意味しており、成型されたものとはいえないと主張するが、吸着技術分野における前示の周知技術に照らせば、人為的に手が加えられていない粒状に限定されるものでないことは、前示のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

原告は、本願発明は、表面に露出していないガス吸着物質も反応するという新規な発見に基づくものと主張するが、本願明細書には、表面に露出していないガス吸着物質が内部までも反応する旨の記載は認められないから、原告の主張は採用できない。

したがって、審決が、相違点(2)について、「担体に関する引用例と本願発明の記載は、単なる表現上の相違にすぎず、また、ガス吸着材をペレット、球等に成型して使用することも普通のことである」(審決書4頁13~16行)と判断したことに、誤りはない。

3  取消事由3(作用効果の看過)について

以上のとおり、引用例方法を半導体プロセスガスからの有毒物の除去に適用し、その際、本願発明と同様にガス吸着材をペレット、球等に成型して使用することは、当業者にとって格別困難なこととは認められないから、その結果、原告が本願発明について主張するアルシン等の有毒成分の除去における優れた作用効果についても、当業者が容易に予測できる範囲内のものと認められる。

原告は、実験報告書1及び2(甲第12号証、甲第20号証)に基づき、本願発明は引用例方法に対し顕著な効果を有すると主張する。

しかし、上記報告書はいずれも、引用例方法におけるアルシン除去剤として、担体に担持された酸化銅のみを使用しているところ、引用例方法は、前示のとおり、アルシン除去剤として成型された粒状の酸化銅をも使用するものでもあるから、上記報告書に記載される実験結果は、引用例方法の一実施例の効果を記載したにすぎないものと認められ、成型された粒状の酸化銅を用いた実験が行われていない以上、これらの報告書に基づいて、本願発明が引用例方法に対し顕著な効果を有するということができないことは明らかである。原告の上記主張は採用できない。

したがって、審決が、本願発明について、「本願明細書をみても格別顕著な効果が奏されているとみることもできない。」(審決書4頁18~19行)と判断したことに、誤りはない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成4年審判第21301号

審決

東京都港区西新橋1丁目1番3号

請求人 日本パイオニクス 株式会社

東京都港区虎ノ門5-3-2 神谷町アネックス4階 大谷特許事務所

代理人弁理士 大谷保

昭和58年特許願第169680号「有毒成分の除去法」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年4月18日出願公開、特開昭60-68034)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年9月14日の出願であって、その発明の要旨は、平成4年12月9日付け補正により補正された明細書の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次の通りと認める。

「半導体製造プロセスから排出される大気へのガス中の有毒成分の除去法において、一端にガスの入口および他端にガスの出口を有し、内部にマンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデンから選ばれる一種または二種以上の重金属酸化物からなる吸着剤が担体に担持されることなく、該吸着剤がペレット、球形、円柱形および筒形から選ばれる一つの形状に成型されて装填されてなる吸着筒に、半導体プロヤスから排出され、かつ有毒成分として少なくともアルシン及び/またはホスフィンを含有するガスを連続的に流し、該吸着剤と接触せしめることにより、大気への排ガス中に含有されるアルシンおよび/またはホスフィンを除去することを特徴とする有毒成分の除去法。」

これに対して、原査定の拒絶理由に引用された特開昭53-140293号公報(以下、引用例という。)には、「蓄電池を使用の際生ずるアルシンを除去するために、該ガスを酸化銅と、好ましくは担体に担持させたものと接触させる方法。」が記載されている。

本願発明と引用例に記載の方法とを比較すると、両者は、ガス中のアルシンを除去するためにアルシン含有ガスを酸化銅と接触する方法である点で一致し、(1)処理対象ガスが、本願発明では、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガスであるのに対し、引用例のものでは、蓄電池を使用の際生ずるガスである点および(2)本願発明では、酸化銅が担体に担持されることなくペレット、球、円柱形、筒等に成型されているのに対し、引用例のものでは、酸化銅が好ましくは担体に担持され、その形状は特定されていない点、を除いて、両者に実質的相違はない。

これら相違点につき検討すると、相違点(1)については、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガス中にアルシンが含まれることは周知であり、また、酸化銅がアルシンの除去に有効であることは引用例に示されており、さらにまた、アルシンを除去する際に、ガスの種類の相違が酸化銅の有する除去作用に悪影響を及ぼすとの証拠もないから、酸化銅が、半導体の製造プロセスから大気中へ排出されるガス中のアルシンの除去に有効であることは当業者であれば容易に予期できることであり、相違点(1)に困難性があるとすることはできない。また、(2)については、引用例には、「好ましくは担体に担持され」と記載されているように、引用例のものでも、担体を使用しない場合も含むから、担体に関する引用例と本願発明の記載は、単なる表現上の相違にすぎず、また、ガス吸着材をペレット、球等に成型して使用することも普通のことであるから、この相違点(2)にも困難性はない。

しかも、本願明細書をみても格別顕著な効果が奏されているとみることもできない。

したがって、本願発明は、引用例に記載された事項及び周知の事実から当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論の通り審決する。

平成5年11月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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