東京高等裁判所 平成6年(行ケ)228号 判決 1995年7月12日
埼玉県草加市栄町2丁目4番5号
原告
三山工業株式会社
代表者代表取締役
高橋英三
訴訟代理人弁理士
萼経夫
同
館石光雄
同
村越祐輔
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
杉山太一
同
青木良雄
同
土屋良弘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成1年審判第18457号事件について、平成6年8月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年3月10日、意匠に係る物品を「マンホール用足場金具」とする別紙第一表示のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について、本意匠を意匠登録第656649号(別紙第三表示のとおりの意匠、以下「本件登録意匠」という。)として類似意匠登録出願をした(意願昭61-8437号)が、平成元年9月20日に拒絶査定を受けたので、同年11月7日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成1年審判第18457号事件として審理したうえ、平成6年8月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月10日、原告に送達された。
2 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願出願前に頒布された刊行物である別紙第二表示のとおりの、原告発行の内国カタログ「ノーブレン ハンド&ソール ステップ」(昭和59年4月20日特許庁意匠課資料係受入)22頁所載の写真版表示記号SL560の意匠(以下「引用意匠」という。)を引用し、本願意匠は、引用意匠に類似し、意匠法3条1項3号に該当するもので、意匠登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願意匠、引用意匠及び本件登録意匠についての各記載、本願意匠と引用意匠及び本件登録意匠と引用意匠との各形態上の共通点及び相違点の認定並びに本願意匠と引用意匠が意匠全体として類似していることはいずれも認めるが、本件登録意匠と引用意匠とが類似していないとの判断は争う。
審決は、本願意匠を実施化したこれと同一の意匠を引用意匠としたうえ、引用意匠ひいては本願意匠が本件登録意匠と類似する意匠であるのに、これを類似しないと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本件登録意匠と引用意匠との類否判断について
(1) 審決は、「具体的構成態様である波形状凹凸面及び連続略X字状模様についての態様が、両意匠の類否判断を左右する要素と認められる。」(審決書7頁末行~8頁3行)と認定し、これに続けて、「その波形状凹凸面の態様については、手足掛部の一面の約2/3という広い部分を占め、本件登録意匠にあっては背面側とはまったく別個に、正面側という目立つ箇所にも、具体的な形状が付け加わることとなり、その存否が、類否判断に及ぼす影響は過小評価されるべきものではなく、また、連続略X字状模様についても、引用の意匠における当該模様は、滑り止め機能を有して連続して手足掛部の一面約2/3という広い部分を占め、平面側と底面側に施されているもので、その外観に変化を与え、看者に無視できない印象を与えるもので、類否判断に及ぼす影響は著しいものがある。しかして、これらの類否判断を左右する要素に著しい相違がある以上、両意匠は、看者に別異の印象を抱かせるに十分なものである。」(同8頁3~18行)としているが、以下の述べるとおり誤りである。
(2) 手足掛部の波形状凹凸面の態様について
手足掛部に形成した波形状凹凸面をその片側に設けるか、又は両側に設けるかの相違は、慣用的手法として適宜なされる程度の改変であり、本件登録意匠の創作範囲に含まれるものである。
ちなみに、本件登録意匠においては、波形状凹凸面が手足掛部の両側面に形成されているが、波形状凹凸面が手足掛部の片側面にのみ形成されているものも、本件登録意匠の類似意匠(意匠登録656649号の類似1)として登録されている(甲第4号証)。
(3) 連続略X字状模様について
連続略X字状模様についても、本件登録意匠の出願日前に登録された足場用金具の意匠であって、連続略X字状模様が施された足場金具は公知であり(甲第10~第23号証)、この種物品では手足掛部の表面にこのような部分的模様を施すことは慣用化されているところから、特に看者の注意をひくものではない。
ちなみに、意匠登録第865659号(甲第6号証)と意匠登録第865659号の類似1(甲第7号証)並びに意匠登録第865660号(甲第8号証)と意匠登録第865660号の類似1(甲第9号証)にみられるように、手足掛部の連続略X字状模様の有無の差があっても類似する意匠と判断されており、手足掛部の模様自体は、この種物品の意匠では二義的であることが示されている。
(4) そうすると、本件登録意匠と引用意匠との対比において、審決の指摘する相違点は微弱なものであり、共通する構成態様が要部であり、全体の基調を同じくすることから、両意匠が類似することは明らかである。
このことは、本件登録意匠と本願意匠とについても同様である。
したがって、審決の類否判断には誤りがある。
2 本願意匠の新規性について
本願意匠は、本件登録意匠を本意匠とする類似意匠であり、また、引用意匠は、原告が本願意匠を実施化したものであるところ、本件登録意匠の類似範囲の明確化を第一義の目的とする意匠法10条の類似意匠制度の趣旨からすれば、類似意匠の新規性の判断は、本来的な創作の範囲を開示した本件登録意匠の出願時点で判断されるべきである。
したがって、本願意匠が引用意匠との関係で新規性を有することは明らかである。
以上のとおり、本願意匠は本件登録意匠の類似意匠として登録されるべき要件を備えているから、意匠法3条1項3号に該当するとした審決は違法であり、取り消されるべきである。
第4 被告の反論の要点
1 本件登録意匠と引用意匠との類否判断について
(1) 引用意匠と本件登録意匠における波形状凹凸面及び連続略X字状模様についての態様の相違点が意匠全体に及ぼす影響は、決して微弱なものではなく、むしろ、看者に視覚的印象を強く与えて、格別注意を促すところのものとなり、両意匠の類似判断を左右する要素と認められ、この点に顕著な相違がみられ、その相乗し相まった効果は、両意匠に別異の印象を抱かせるに十分なものとなり、意匠全体として類似しないものとした審決の類否判断に誤りはない。以下、詳述する。
(2) 手足掛部の波形状凹凸面の態様について
手足掛部に形成した波形状凹凸面を片側に設けるか両側に設けるかの相違については、本件登録意匠の創作性の観点よりみれば、波形状凹凸面を単に両側から片側のみに設けた変更にすぎないものと判断されるものではある。
しかし、これをマンホール用足場金具の形態における構成態様としての意匠的評価の観点よりみると、平面方向よりみて、本件登録意匠は、手足掛部の前方辺と同様の後方辺の波形状凹凸面とが相まって幅広部と幅狭部とを形成し、長手方向に対する断面が前後辺対称形となる手足掛部を形成することとなるもので、前後辺非対称となる手足掛部を形成している類似意匠(本件登録意匠の類似1)とは、視覚的印象を著しい相違を与えることになるから、この波形状凹凸面のみの態様に限ってみれば、直ちに類似するものとは認められない。
ちなみに、意匠登録第766747号(乙第1号証)及び同766748号(乙第2号証)が示すように、手足掛部の構成態様がより単純な四角柱体を基本形状としている場合の類否判断において、波形状凹凸面の態様の相違のみによっても、それぞれ別登録になっている事例も存在する。
したがって、波形状凹凸面の存否が類否判断に及ぼす影響は過小評価されるべきではない。
(3) 連続略X字状模様について
意匠は、物品の形態として意匠全体として把握されるもので、連続略X字状模様についても、位置、面積(占める割合)、連続状態等が施されている具体的構成態様の全体をもって、その評価がなされることになる。
本件の場合のように、連続略X字状模様を施すことには既に新規性がない場合であっても、両意匠に共通する基本的構成態様が、細長い断面略正方形の四角柱体を基本形状とした手足掛部と、その左右両端面より、L字状の丸棒鋼を突出させた芯棒部とにより組み立てられている単純な組み合わせによる構成態様であって格別特徴もなく、また、この連続略X字状模様が使用状態のマンホールでの人の昇降に際して、平面側と底面側という視覚的に目立つ箇所に施され、しかも決して部分的な箇所でのものでもなく、手足掛部の一面の約2/3を占める態様で、さらに二面に渡って施されるものであってみれば、意匠全体として看者に視覚的印象を強く与えるものがあり、加えて、その連続略X字状模様がマンホールでの人の昇降の安全を図ろうとする目的を有する滑り止め機能をも表現することを勘案すれば、結局、相対的には連続略X字状模様についての態様も、意匠全体として看者に注意を促し評価すべきものとなる。
また、原告指摘の甲第6~第9号証の登録意匠及び類似意匠は、いずれも本件登録意匠の出願後及び引用意匠の公知後の資料である上、その類否判断においても、基本的構成態様が単純な組み合わせによる構成態様で、格別の特徴もない本件意匠にかかる類否判断とは異なり、手足掛部の形状自体に顕著な特徴を有するものについての判断である。
したがって、連続略X字状模様の態様の相対的評価が異なる事例であり、単に連続略X字状模様の態様についての評価が二義的に終わることにはならない。
ちなみに、従来より、基本的構成態様に格別の特徴がないものの場合、模様の相違のみによって別登録になっている事例が多数存在している(乙第3~第10号証)。
(4) 以上のとおり、波形状凹凸面の態様及び連続略X字状模様の具体的態様が、類否判断に及ぼす影響は著しいものがあり、結局、これらの両要素に相違がみられ、両要素が相乗し相まった効果は両意匠に別異の印象を抱かせるに十分なものとなり、意匠全体として総合的に判断すれば、両意匠がいまだ類似しないものとした審決の類否判断に誤りはない。
2 本願意匠の新規性について
意匠法10条1項の規定は、同法3条及び9条の規定の例外として、「自己の登録意匠にのみ類似するもの」に限って、自己の登録意匠に類似する範囲内で、別に類似意匠を受けることができることを規定したもので、類似意匠の意匠登録出願は、登録要件として10条の規定を外しては、他の意匠登録出願と異なることはない。
いわんや、本願意匠の出願前の本件登録意匠に類似しない公知意匠である引用意匠に類似する本願意匠は、意匠法10条1項にいう「自己の登録意匠にのみ類似するもの」に該当せず、もはや新規性はない。
よって、本願意匠は、同法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 本願意匠と引用意匠が「意匠全体として類似している」(審決書5頁3~4行)ことは、当事者間に争いがない。
2 審決が本件登録意匠と引用意匠の類否判断をしたのは、原告(請求人)が審判段階でした「引用の意匠は、請求人が本願の意匠を実施化したところのもので、本願の意匠と同一の意匠であり、本願の意匠と引用の意匠は、本意匠である意匠登録第656649号(以下、本件登録意匠という)に類似するものとし、本意匠の意匠登録出願後に、その類似範囲において自らが公知にした意匠をもって、本願の意匠の新規性阻却の理由とすることは、類似意匠登録制度の趣旨に反するものとなるから、結局、本願の意匠は、類似意匠として登録されるべき要件を具備している」(審決書5頁6~16行)との主張に答えるためであることは、審決の説示から明らかである。
そして、引用意匠が本件登録意匠に類似しない別個の意匠であるとすると、引用意匠と類似すること当事者間に争いのない本願意匠は、意匠法3条1項3号に該当することになるから、以下、審決がした本件登録意匠と引用意匠の類否判断の適否について判断する。
(1) 本件登録意匠と引用意匠との形態上の共通点及び相違点の認定(同6頁8行~7頁17行)は、いずれも当事者間に争いがない。
この事実によれば、両意匠に共通する基本的構成態様については、細長い断面略正方形状の四角柱体を基本形状とした手足掛部と、その左右両端面より、L字状丸棒鋼を突出させた芯棒部とにより組み立てられているという単純な組合せによる構成態様で、格別特徴もないことから、看者にとってそれほど注意をひくところのものとはならず、むしろ、具体的構成である手足掛部の波形状凹凸面及び連続略X字状模様についての態様が、両意匠の類否判断を左右する要素であると認められる。
(2) 手足掛部の波形状凹凸面の態様について
手足掛部の波形状凹凸面の態様については、「正面側への波形状凹凸面の有無について、引用の意匠は、正面側には波形状凹凸面が無いのに対して、本件登録意匠は、背面側と対称に、正面側に波形状凹凸面が形成されている点」(審決書7頁4~7行)で相違することは、当事者間に争いがない。
また、本件登録意匠においては、上記のとおり、波形状凹凸面が手足掛部の両側面に形成されているが、甲第4号証によれば、波形状凹凸面が手足掛部の片側面にのみ形成されているものも、本件登録意匠の類似意匠(意匠登録656649号の類似1)として登録されていることが認められる。
したがって、この点のみを捉えると、波形状凹凸面が手足掛部の片側面にのみ形成されている引用意匠も本件登録意匠の類似の範囲に入るかのようであるが、意匠の類否判断は、意匠全体として看者に別異の印象を与えるか否かによるべきであり、前記の両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的構成である連続略X字状模様についての態様をも総合して判断すべきであるから、波形状凹凸面についての態様のみから、両意匠が類似しているとすることはできない。
(3) 連続略X字状模様について
連続略X字状模様については、「引用の意匠のみが、反射安全表示部間に、略X字状模様を多数等間隔に連続して施している点」(審決書7頁7~9行)で本件登録意匠と相違することは、当事者間に争いがない。
また、甲第10~第23号証によれば、本件登録意匠の出願日前に登録された足場用金具の意匠であって、連続略X字状模様が施されたものは公知であること、甲第6~第9号証によれば、本件登録意匠の出願後かつ引用意匠の公知後のものではあるが、意匠登録第865659号(甲第6号証)とその類似1(甲第7号証)並びに意匠登録第865660号(甲第8号証)とその類似1(甲第9号証)にみられるように、手足掛部の連続略X字状模様の有無の差があっても類似する意匠と判断された事例があることが認められる。
原告は、この点に関し、手足掛部の連続略X字状模様は、この種物品の意匠では二義的である旨主張する。
しかし、上記甲第6~第9号証の各意匠を検討すると、これらのマンホール用足場金具の意匠は、細長い四角柱体を基本形状とした手足掛部には、その中央部と左右の3箇所に相当大きな円弧状(その内部に二重小円形等がある)の意匠が施され、この特徴的な形状が看者に強い印象を与えるものであること、また、上記各意匠の本意匠(甲第6、8号証)とその類似意匠(甲第7、9号証)との関係をみると、本意匠において存在する連続略X字状模様が類似意匠では削除されていることが認められる(その意味で、前記波形状凹凸面に関して、本意匠において両側面に存在したもののうち、片側面が削除されたものが類似意匠とされていることと同旨と解される。)。
そして、前記のとおり、本件登録意匠と引用意匠とに共通する基本的構成態様については、四角柱体とL字状丸棒鋼という単純な組合せによる構成態様で、格別特徴もないことから、看者にとってそれほど注意をひくところのものとはならないこと、また、連続略X字状模様については、本件登録意匠にはないのに対し、引用意匠はこれを付加したものであることを併せ考えると、上記甲第6~第9号証の事例と同列に論ずることはできないというべきであるし、連続略X字状模様が本件登録意匠の出願日前に公知のものであるとしても、本件登録意匠と引用意匠との対比にあたって、これを原告主張のように二義的なものにすぎないとすることはできない。
(4) 類否判断について
以上のとおり、<1>本件登録意匠と引用意匠とに共通する基本的構成態様については、四角柱体とL字状丸棒鋼という単純な組合せによる構成態様で、格別特徴もないことから、看者にとってそれほど注意をひくところのものとはならず、具体的構成である手足掛部の波形状凹凸面及び連続略X字状模様についての態様が、両意匠の類否判断を左右する要素であること、<2>手足掛部の波形状凹凸面の態様のみをとらえると、引用意匠も本件登録意匠の類似の範囲に入るかのようであるが、上記のとおり、引用意匠は、本件登録意匠にはない連続略X字状模様を付加したものであり、かつ、連続略X字状模様が二義的なものとはいえないこと、<3>本件登録意匠と引用意匠との相違点は、上記のとおり、手足掛部の波形状凹凸面が正面と背面に形成されているか背面にのみ形成されているかの相違点と、連続略X字状模様が施されていないか施されているかの相違点の2つがあるのに対し、原告が類否判断の根拠として挙げる他の本意匠と類似意匠との相違点が、それぞれ、手足掛部の波形状凹凸面の態様における相違点のみか、連続略X字状模様の有無の相違点のみであるかいずれか1つであることを総合すると、結局、本件登録意匠と引用意匠は、看者に別異の印象を与えるものであり、意匠全体として類似しないというべきであり、これと同旨の審決の判断に誤りはない。
3 原告が意匠法10条に関し、類似意匠の新規性は本意匠の出願時点で判断すべきであると主張する点は、現行意匠法の解釈として採用できないところであり、理由がないことは明らかである。
4 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官山下和明は転補につき、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)
別紙第一 本願の意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
説明 右側面図は左側面図と対象にあらわれる。
<省略>
別紙第二 引用の意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
<省略>
別紙第三 本件登録意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
<省略>
平成1年審判第18457号
審決
埼玉県草加市栄町2丁目4番5号
請求人 三山工業 株式会社
東京都千代田区神田駿河台1の6 お茶の水スクエアB館
代理人弁理士 萼経夫
東京都千代田区神田駿河台1の6 お茶の水スクエアB館
代理人弁理士 館石光雄
東京都千代田区神田駿河台1の6 お茶の水スクエアB館
代理人弁理士 村越祐輔
東京都中央区京橋2丁目7番19号 守随ビル 佐藤特許事務所
代理人弁理士 佐藤英二
昭和61年意匠登録願第8437号「マンホール用足場金具」拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願の意匠は、昭和61年3月10日の、本意匠を意匠登録第656649号とした類似意匠登録出願に係り(出願当初は、本意匠を昭和60年意匠登録願第4278号とし、その後、昭和58年2月28日の意匠登録出願である上記本意匠に補正した。)、願書の記載及び願書に添付した図面代用写真によれば、意匠に係る物品を「マンホール用足場金具」とし、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである。
これに対して、原審において、本願の意匠に類似するとして拒絶の理由に引用した意匠は、特許庁意匠課資料係受入昭和59年4月20日の内国カタログ、三山工業株式会社発行の「ノーブレンハンド&ソール ステップ」第22頁所載の写真版表示記号SL560とした意匠であって、意匠に係る物品を「マンホール用足場金具」とし、その形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。
そこで、本願の意匠と引用の意匠とを比較すると、意匠に係る物品については、両者同じマンホール用足場金具として使用の目的、使用の状態等に差異はなく、同一物品と言え、形態については、細長い断面略正方形状の四角柱体を基本形状とした手足掛部と、その左右両端面より、L字状の丸棒鋼を突出させた芯棒部とにより組み立てられいる基本的構成態様が共通し、又、各部の具体的構成態様において、手足掛部の背面側(引用の意匠にあっては、正面視方向)には、その中央部の大部分(手足掛部全長の約2/3)に、平面方向より見て、大きな円弧状の谷部と小さな円弧状の山部とを交互に多数連続して波形状凹凸面を形成し、平面側及び底面側には、左右両端より全長の約1/6内側の位置に、小円形の反射安全表示部を各々設け、その反射安全表示部間に、略X字状模様を多数等間隔に連続して施している点が共通している。
そして、両意匠に共通する基本的構成態様については、四角柱体とL字状丸棒鋼という単純な組み合わせによる構成態様で、格別特徴もないことから、看者にとって然程に注意を惹くところのものとはならず、足場金具の意匠の創作がマンホールでの人の昇降の安全性や施工上の容易性等を考慮し、いかに具体的な形状として工夫するかというところにあることから、むしろ、両意匠に共通する具体的構成態様である背面側に形成されている波形状凹凸面及び平・底面側に施されている連続略X字状模様についての態様が、手足掛部の広い部分に渡って表現され、特に看者に視覚的印象を強く与えて、格別の注意を促すところのものとなり、両意匠の類否判断を左右する要素と認められる。なお、両意匠には、手足掛部の表面に菱形格子状地模様が施されているかどうかの不明な点はあるが、この点については、当該地模様が近接して初めて視認できる程度の非常に細かい表面処理であって、かつ、特徴的なものでもなく、特段の注意を促すものではないから、両意匠がもたらす共通感に変更を加えず、類似判断に及ぼす影響はほとんど無いものと言える。以上のことから、両意匠は、意匠に係る物品を同一とし、類否判断を左右する要素において共通するものであり、他の共通点とも相俟って、前記不明点にかかわらず、意匠全体として類似している。
ところで、請求人代理人は、審判請求理由書において、引用の意匠は、請求人が本願の意匠を実施化したところのもので、本願の意匠と同一の意匠であり、本願の意匠と引用の意匠は、本意匠である意匠登録第656649号(以下、本件登録意匠という)に類似するものとし、本意匠の意匠登録出願後に、その類似範囲において自らが公知にした意匠をもって、本願の意匠の新規性阻却の理由とすることは、類似意匠登録制度の趣旨に反するものとなるから、結局、本願の意匠は、類似意匠として登録されるべき要件を具備しているもので、意匠法第3条第1項第3号に該当しない旨、主張しているので、先ず、引用の意匠と本件登録意匠との類否関係について判断する。
本件登録意匠は、昭和58年2月28日に意匠登録出願された意匠登録願昭和58年8077号に係り、昭和60年4月25日に設定の登録がなされた意匠登録第656649号の意匠であって、願書及び願書添付の図面の記載によれば、意匠に係る物品を「マンホール用足場金具」とし、その形態を別紙第三に示すとおりとしたものである。
そこで、引用の意匠と本件登録意匠とを比較すると、意匠に係る物品については、両者同じマンホール用足場金具として使用の目的、使用の状態等に差異はなく、同一物品と言え、形態については、細長い断面略正方形状の四角柱体を基本形状とした手足掛部と、その左右両端面より、L字状の丸棒鋼を突出させた芯棒部とにより組み立てられている基本的構成態様が共通し、又、各部の具体的構成態様において、手足掛部の背面側(引用の意匠にあっては、正面視方向)には、その中央部の大部分(手足掛部全長の約2/3)に、平面方向より見て、大きな円弧状の谷部と小さな円弧状の山部とを交互に連続して波形状凹凸面を形成し、平面側には、左右両端より全長の約1/6内側の位置に、小円形の反射安全表示部を設けている点が共通している。一方、両意匠の相違点として、<1>正面側への波形状凹凸面の有無について、引用の意匠は、正面側には波形状凹凸面が無いのに対して、本件登録意匠は、背面側と対称に、正面側に波形状凹凸面が形成されている点、<2>引用の意匠のみが、反射安全表示部間に、略X字状模様を多数等間隔に連続して施している点、<3>反射安全表示部の設置について、引用の意匠は、平面側だけでなく底面側にも設けられているのに対して、本件登録意匠は、平面側のみに設けられている点、<4>凸条線の有無について、引用の意匠は、手足掛部の左右両端より僅かに内側寄りの各周面に細い凸条線を設けているのに対して、本件登録意匠は、当該凸条線が無い点において相違している。
そして、両意匠の形態上の共通点及び相違点を総合して検討してみると、両意匠においても前記したと同様の理由から、具体的構成態様である波形状凹凸面及び連続略X字状模様についての態様が、両意匠の類否判断を左右する要素と認められる。そして、その波形状凹凸面の態様については、手足掛部の一面の約2/3という広い部分を占め、本件登録意匠にあっては背面側とはまったく別個に、正面側という目立つ箇所にも、具体的な形状が付け加わることとなり、その存否が、類否判断に及ぼす影響は過小評価されるべきものではなく、また、連続略X字状模様についても、引用の意匠における当該模様は、滑り止め機能を有して連続して手足掛部の一面の約2/3という広い部分を占め、平面側と底面側に施されているもので、その外観に変化を与え、看者に無視できない印象を与えるもので、類否判断に及ぼす影響は著しいものがある。しかして、これらの類否判断を左右する要素に著しい相違がある以上、両意匠は、看者に別異の印象を抱かせるに十分なものである。
以上のことから、両意匠は、意匠に係る物品を同一とし、類否判断を左右する要素において、著しい相違が見られ、その他の相違点とも相俟って、看者に別異の印象を与える両意匠は、意匠全体として類似しないものと言うほかない。
そうすると、前記請求人代理人の主張は採用することができない。
以上のとおりであるから、結局、本願の意匠は、その出願前に頒布された刊行物に記載された引用の意匠に類似し、意匠法第3条第1項第3号に該当するもので、意匠登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年8月11日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
別紙第一 本願の意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
説明 右側面図は左側面図と対称にあらわれる。
<省略>
別紙第二 引用の意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
<省略>
別紙第三 本件登録意匠
意匠に係る物品 マンホール用足場金具
<省略>