東京高等裁判所 平成6年(行ケ)256号 判決 1998年1月14日
大阪府茨木市庄1丁目28番10号
原告
フジテック株式会社
代表者代表取締役
内山正太郎
訴訟代理人弁護士
内田修
同
内田敏彦
東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地
被告
株式会社日立製作所
代表者代表取締役
金井務
訴訟代理人弁護士
本間崇
同
田中成志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和63年審判第10691号事件について、平成6年8月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和49年3月29日にした特願昭49-34560号を原出願とする分割出願として、昭和54年10月8日に特許出願(以下「本件出願」という。)され、昭和57年8月25日に出願公告、昭和58年6月14日に設定登録された、名称を「エレベータのサービス予測時間算出装置」とする特許第1150628号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、昭和63年6月13日、本件発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和63年審判第10691号事件として審理したうえ、平成3年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたが、平成5年11月17日、この審決に対する取消訴訟(東京高裁平成4年(行ケ)第17号)において審決を取り消す旨の判決がなされたので、再度審理したうえ、平成6年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月13日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨
複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段と、上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたことを特徴とするエレベータのサービス予測時間算出装置
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、原出願及び本件出願前に外国で頒布された刊行物であるゴードン・ディヴィド・クロス(Gordon David Closs)氏が1970年10月に作成し1971年1月19日にマンチェスター大学理工学部図書館に受け入れられた同図書館所蔵の学位請求論文「大規模エレベータ・システムにおける乗客交通のコンピュータ制御("THE COMPUTER CONRTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS")」(審決甲第1号証、以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)、特開昭48-70247号公報(審決甲第2号証、以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)及び昭和47年12月25日三菱電機技報社発行「三菱電機技報第46巻第12号」1361~1367頁(審決甲第3号証、以下「引用例3」といい、そこに記載された発明を「引用例発明3」という。)に記載された発明並びに昭和44年7月7日付け「朝日新聞」大阪15版(4)面(審決甲第10号証の1の1及び2、以下「周知例1」という。)、昭和44年7月23日付け「朝日新聞」大阪3版(10)面(審決甲第10号証の2の1及び2、以下「周知例2」という。)、昭和44年7月24日付け「朝日新聞」大阪12版(14)面(審決甲第10号証の3の1及び2、以下「周知例3」という。)及び昭和44年7月25日付け「朝日新聞」大阪12版(4)面(審決甲第10号証の4の1及び2、以下「周知例4」という。)に例示される経験則に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるとする請求人(原告)主張の無効理由について、本件発明は、これらの証拠に記載された発明及び前記経験則に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないとし、請求人が主張する理由によっては、本件特許を無効にすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定(審決書8頁7行~12頁10行)、引用例発明2及び3の認定(同15頁13行~16頁2行)、本件明細書の記載内容の吟味(同16頁6行~20頁21行)は、認める。
審決が、引用例発明1のエレベータがサービスするに要する時間の算出の開始点について、「その開始点は、ホール呼び発生『後』とは言い得ても、ホール呼び発生『時点』とは言い得ない」(同13頁5~7行)、「ホール呼び(既にかごに割り当てられている未応答呼び)が発生し更に新規なホール呼び(新規呼び)が発生した後・・・サービスするに要する時間を算出する」(同15頁1~7行)とする認定は争う。
審決は、本件発明と引用例発明1との対比についての判断(同22頁13行~23頁18行)を誤り、引用例発明1~3と、周知例1~4に例示される経験則からは、本件発明が容易に発明することができたものとすることはできないと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 引用例1(審決甲第1号証、本訴甲第4号証)の
本件発明と引用例
そして、審決も、「一般に、出来事全体の所要時間を予測する際に出来事の開始から予測時点までの経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間を加算して求めることが一般的な経験則である」(審決書23頁19行~24頁2行)と認定している。のみならず、エレベータ業界においては、これまた審決が認定しているように、算出時点より後の予測時間を算出する手段(引用例発明2、審決書15頁13~19行記載の
したがって、引用例
2 被告は、引用例発明1は、かご内に行先ボタンを設けていないポート式エレベータを対象とするものであるから、本件発明の最大の課題である「いつ発生するか分からないかご呼びによるかごの停止」という、待時間予測上の不確定要因が存在しないと主張する。
しかし、エレベータにおいて最大の不確定要因は、「いつ登録され割り当てられるか分からないホール呼びによる停止」である。すなわち、エレベータにおいては、まずホール呼びが発生し、このホール呼びから派生してかご呼びが発生するから、「いつ登録され割り当てられるか分からないホール呼びによる停止」という不確定要因がまず存在し、それに付随して「いつ発生するか分からないかご呼びによる停止」という不確定要因が存在するのである。すなわち、引用例発明1のシステムにおいても、当初の割当て時には許容範囲内であったあるホール呼びのサービス予測時間が、いつ発生するか分からない新たなホール呼びによってかごが停止を余儀なくされ、その結果、最大待ち時間を越えることもあるのである。
こうした事態を防ぐために、引用例発明1においても、いつ発生するか分からない新規ホール呼びを常時監視しつつ、新規ホール呼びが発生するつど、このホール呼びによるかごの停止及び行き先階におけるかごの停止、並びに乗降人数の多寡に応じた停止時間等の新しい情報(増分コスト)によって、再度、演算をし直しており、もしあるホール呼びのサービス予測時間が、その後の状況の変化により最大待ち時間を越えることになる場合には、そのかごへの新たな割当てを制限して長待ちが発生しないようにしているのであるから、サービス予測時間の予測のし直しが行われる点で、本件発明と変わることはない。
したがって「いつ発生するか分からない新たな呼びによるかごの停止」という不確定要因が現存のシステムだけに存在し、引用例発明1のシステムにはそうした不確定要因に対する認識が全くないかのような被告の主張は明らかに誤りである。
そして、本件発明において、「いつ発生するか分からないかご呼びによる停止」という不確定要因に基づく誤差については、引用例発明1のシステムと同様に、新たなかご呼びが発生する毎に、その停止に必要な時間を加算することで修正を行っているのであり、継続時間そのものは単に過去の走行の確定した部分の予測時間と実際時間のずれを修正する役割を果たしているにすぎないのである。つまり、本件発明において「継続時間を加味する」ことの意義は、いつ発生するか分からないかご呼びやホール呼びに基づく誤差を可能な限り早く取り除くことにあるのではなく、単に走行を既に終えた部分について、予測時間と実際時間とのずれを修正するものにすぎず、「いつ発生するか分からないかご呼びやホール呼びによるかごの停止」という不確定要因に基づく誤差の修正については、本件発明も引用例発明1のシステムも同様の方法で行っているのである。本件発明と引用例発明1において、対象となるエレベータの呼びシステムにおける相違は、予測方式の相違ということはできない。
3 また、被告は、引用例1においては、仮定運行時間と現実の運行時間とのずれについて、技術的課題としての認識及び解決手段が与えられていないと主張する。
確かに、引用例1には、仮定運行時間と現実の運行時間とのずれを早期に解消するための解決手段は記載されていないが、「何らかの理由によりかごが予想以上に遅れ」(甲第4号証訳文9頁3行)と記載されるように、仮定運行時間と現実の運行時間との間でズレを生じることが正しく認識されていたものである。
したがって、当業者が、引用例1に開示されたサービス予測時間の予測における改良、すなわち、予測時点までの仮定運行時間を現実の運行時間(継続時間)に置き換える改良をする動機が存在しないと考えることは誤りである。
4 そもそも、時間予測のために考慮すべき一要素として「仮定運行時間」を用いるよりも、「現実の運行時間」すなわち「ホール呼び発生後の経過時間」を用いる方が予測の精度は向上するという知識は、当業者でなくても常識ある通常人なら誰でも持ち合わせている一般的な経験則である。
すなわち、複数の異なる時点において、何度も出来事全体の所要時間を予測し直す場合、この予測所要時間を、出来事の開始時点から予測時点までの過去の経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの今後の予測時間とに分けて、前者を実際の継続時間(確定時間)に置き換え、これにその予測時点以後の(今後の)予測時間を加算して求めることにより、後の時点における予測ほど、全体の予測所要時間に占める実際の継続時間の割合が大きくなるようにして予測精度を高めることは、周知例1~4(審決甲第10号証の1~4、本訴甲第7号証の1~4)におけるアポロの月から地球への帰還時間予測にみられるように、極く普通に行われる一般的な経験則である。このように一般的な経験則は、出来事全体の所要時間を予測する際に、その出来事の種類や内容を問わず、適用される普遍性を有している。
したがって、引用例発明1においても、この一般的な経験則を適用する場合と適用しない場合とでは明らかに予測精度に相違を生じるであろうことは、何人にも容易に理解できることであり、そのサービス予測時間の予測精度を高めるためにこれを適用することを妨げる理由は何も存在しない。引用例発明1にこの経験則を適用すべき必要性がないという被告の主張は、何ら根拠のないものである。
5 なお、本件発明と引用例発明2とを比較してみると、常に最新の情報に基づいて、今後のサービス予測時間を算出する点では共通するものであり、引用例発明2が今後のサービス予測時間だけを算出対象としているのに対し、本件発明では、これにホール呼び発生後の継続時間を加算している点においてのみ相違するものである。そして、この継続時間の加算は、上記のとおり一般的な経験則であるから、この点からも本件発明は格別の進歩性を有するものとはいえない。
第4 被告の反論の要点
審決の結論は正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。
原告の主張のうち、引用例
1 本件発明は、前示要旨のとおり、「ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段」と、「上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段」とを備え、「上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する」ことにより、精度の高いエレベータのサービス予測時間を算出することを可能とするものである。
すなわち、本件発明では、予測時点の時々刻々の変化に沿い、確定時間としてホール呼びの発生後の継続時間を算出する一方で、いつ登録されるかわからないかご呼びによるかごの停止に対しては、常時、かご呼びの発生を監損しつつ、かご呼びが発生する毎に、このかご呼びの行き先階への停止を考慮に入れた最新の情報の下で、その後にホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出するものである。この結果、本件発明は、「いつ発生するか分からないかご呼びによるかごの停止」という課題を解決したものであり、この点において、引用例発明1のエレベータシステムには見られない新規な特徴を有するものである。
2 これに対し、引用例発明1は、ホール呼びによって乗客が乗り込む階床と降りる階床を確定させ、かご内に行先ボタンを設けておらずかご呼びを行うことのできないポート式エレベータを対象とするものであり、最初のホール呼びがあった時点でサービス予測時間を算出し、この算出時間は固定しておいて、新たなホール呼びがあった時点で、新たなホール呼びが発生したことにより余分に必要となる時間(増分コスト)を別途算出し、従前のサービス予測時間に単純に加算するものである。
そのため、引用例発明1には、本件発明の最大の課題である「いつ発生するか分からないかご呼びによるかごの停止」という待時間予測上の不確定要因が存在しないし、また、本件発明のように、予測待時間を、ホール呼び発生後の継続時間と今後の予測待時間とに分ける必要性自体が存在せず、また、予測時点までの継続時間を加算することに関する示唆もない。
しかも、引用例発明1においては、仮定運行時間と現実の運行時間とのずれが存在することは示唆されていても、そのずれを修正する必要性の認識はなく、これを技術的課題としては考えておらず、その解決手段も与えられているものではない。
したがって、このような技術課題の存在しない群管理エレベータの分野において、本件発明のような、サービス予測時間を算出するにあたり、算出時点までの継続時間を算出しこれをサービス予測時間に加算する思想は、従来技術と異なる発想であり、当業者といえども、引用例発明1~3から本件発明を容易に発明できたものとはいえない。
3 以上のとおり、引用例発明1では、サービス予測時間を、ホール呼び発生後の継続時間と今後の予測時間とに分ける必要性や、継続時間を加算することに関する示唆がなく、また、仮定運行時間と現実の運行時間とのずれを技術的課題としていないものであるから、周知例1~4に示されるアポロの時間表示のような一般的な経験則(審決書23頁19行~24頁2行)を、引用例発明1に採用する余地はない。
4 なお、本件発明も引用例発明2も、発生したホール呼びにエレベータがサービスするに要する時間を算出するものであるが、引用例発明2は、算出時点以降の待ち時間を算出しているのに対し、本件発明は、群管理エレベータ制御上の前記の問題点に着目し、ホール呼び発生後、当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する点で相違しているものである。
第5 当裁判所の判断
1 審決の理由中、引用例1の記載事項の認定(審決書8頁7行~12頁10行)、引用例発明2及び3の認定(同15頁13行~16頁2行)、本件明細書の記載内容の吟味(同16頁6行~20頁21行)、本件発明が審決のいう特徴的構成を備えており、この特徴的構成により、審決認定の効果を期待することができる(同21頁17行~22頁12行)との点は、当事者間に争いがない。
また、審決の「前記
2 この相違点につき敷衍すると、本件明細書(甲第2号証、以下、図面を含めて「本件明細書」という。)の「本発明の目的は、ホール呼び発生後の継続時間を考慮した高精度のサービス予測時間算出装置を提供するにある。」(同号証2欄14~16行)との記載と、その実施例において、行先別かご乗客数を、かご床下に設置された秤装置などによりかご内乗客数を検出し、かご呼びによる行先階ごとに所定の割合で配分して予測する(同2欄28行~3欄26行、第1図)とともに、ホール待ち客数を、各階ホールに設置されたホール待客数検出装置(マットスイッチ、超音波送受波器、工業用ビデオカメラなど)により検出し(同3欄27行~4欄6行、第2図)、これらの行く先別かご乗客数及びホール待ち客数やかご呼び又はホール呼びの区別、演算時点でのエレベータの状態(減速開始、ドア開中、ドア閉じ開始、出発)等に基づいて、各階の停止に要する時間を予測し(同4欄36行~5欄27行、第3図)、この各階の停止に要する時間と、演算時点でのエレベータの位置から停止予定の階床までの階床間隔(走行時間)とを加算して、今後のサービスに要する予測時間を新たに算出し、このサービスに要する予測時間と、演算時点までの経過時間である継続時間とを加算して、全体のサービス予測時間を演算する(同4欄9~32行、同5欄27~37行、第4図)ことが示されていることによれば、本件発明の今後のサービスに要する予測時間の算出では、既に停止が割り当てられたホール呼びに対して、新たなホール呼びがあった時点で、その時点での最新の情報に基づいて今後のサービス時間を予測し直し、さらに、当初の予測時間と現実の運行時間との差異を解消するため、それまでに要した現実の運行時間(継続時間)を加算して、全体のサービス時間を予測するものと認められる。したがって、例えば、既にサービス予測時間が算出されて停止が割り当てられたホールについても、到着する前に停止する予定の階床の客数に増減があれば、当該ホールヘの到着時間も増減することになり、もしホール又はかご内の客数が減っていれば、その階床での停止時間を短縮してサービスに要する予測時間の算出することになる。
これに対し、引用例発明1が、ホール呼びによって乗客が乗り込む階床と降りる階床を確定させ、かご内に行先ボタンを設けておらず、かご呼びを行うことのできないポート式エレベータを対象とするものであることは、当事者間に争いがなく、引用例1(甲第4号証)には、「2台のかごに対してある単一呼びを割当てる最善の方法を得る為、単一呼び割当て方式は各かごに順番にその呼びを仮に割当て、夫々の割当てごとに総コストを計算する。このシステムは決定論的となっているため、つまり各かごの位置及び荷重状態と共に、新規呼びの行先階、並びに既に2台のかごに割当てられているすべての未応答呼びの行先階が分かっているので、そのコストは演算し得る。更に、システム内の全ての呼び及び乗客の利用時間の合計が最小であることが、最適な制御であることの適切な基準であることが分かっているため、夫々のかごに呼びを割当た場合の全ての個々の呼び及び乗客の利用時間並びにその合計が簡単に計算され、2台のかごのコストの和、即ち合計コストが最小となるような割当が選択されるのである。」(同号証訳文1頁17行~2頁1行)、「適切な運転時間例は下記のとおりである。隣接階間のフライトタイム・・・付加する加減速時間・・・戸閉時間・・・乗客乗降時間次に、例えば、ある階で止まっているかごがその階で乗客を乗せ、その隣接する階で降ろすのに要する時間は次のように計算される。乗込み・・・戸閉・・・かごの加速・・・通常のフライトタイム・・・かごの減速・・・降車」(同4頁6~18行)、「もし、一つの階床で一人よりも多くの乗客が乗降する場合には、夫々の乗客の乗降ごとに1.2秒が加算される。乗客の乗降時間は交通量が多い条件下では修正される。」(同5頁1~3行)、「システムが決定論的なものであるため、全ての未応答呼びに対して新たに待時間を予測するとき、その予測待時間はあとでそのかごに他の呼びが割当てられない限り実際の待ち時間とほぼ一致する。もし、あるかごに呼びを割当てた結果、その呼び或いは他のすでに割当てられている呼びの待時間が所定時間よりも長くなる場合には、ペナルティがそのコストに加算され、その割当ては阻止される。この呼びは、同様に最小コストに基づいて2番目に適切なかごに割当てられる。これは、不充分なサービスが明白となってからその対策をとる従来方式の『forgotten man機能』をかなり改善したものとなる。」(同6頁25行~7頁7行)、「何らかの理由によりかごが予想以上に遅れ、かごに既に割当てられている呼びが、その後に他の呼びが割当てられるということがないにもかかわらず許容される最大値よりも長く待たなければならなくなっても、この方法によるペナルティは、自動的にその後の割当てを禁止してしまうものではない。チェックされるのは割当ての増分コストにすぎないため、このような割当てが自動的に禁止されてしまうことはない。そして、その後発生した呼びが、長待呼びの待時間を更に長くするということがない限り、そのかごに割当てられることもある。」(同9頁3~10行)と記載されている。
これらの記載及び前示当事者間に争いがない事実によれば、引用例発明1では、ホール呼びから乗り込む階床と降りる階床の両方を検出し、最初のホール呼びがあった時点でサービス予測時間を算出し、その後、新たなホール呼びがあった時点で、新たなホール呼びが生じたことにより余分に要するサービス時間(増分コスト)を別途算出し、当初の算出時間に加算することにより、全体のサービス時間を予測するものと認められる。そして、そのサービス時間の予測にあたって、かご内の乗客数を何らかの方法により把握し、この人数が多い場合は乗降時間を増加して予測することは開示されているが、いったん算出された予測時間に修正が加えられることはなく、その後の上記増分コストが加算されるだけであり、当初の予測時間と現実の運行時間との差異を解消するため、それまでに要した現実の運行時間(継続時間)を考慮することは、全く想定されておらず、これに対する解決方法も何ら示唆するものではない。
したがって、既に停止が割り当てられたホール呼びに対して、新たなホール呼びがあった時点で、その時点での最新の情報に基づいて今後のサービス時間を予測し直し、さらに、当初の予測時間と現実の運行時間との差異を解消するため、それまでに要した現実の運行時間(継続時間)を加算して、全体のサービス時間を予測する本件発明と、いったん算出された予測時間に修正を加えず、新たなホール呼びがあった時点で、その呼びに基づく増分コストのみを加算して、全体のサービス時間を予測する引用例発明1とは、今後のサービス時間の予測の精度及び当初の予測時間と現実の運行時間との差異の解消の点において、基本的に相違するものといわなければならない。
3 原告は、引用例発明1においても、いつ発生するか分からない新規ホール呼びを常時監視しつつ、新規ホール呼びが発生するつど、このホール呼びによるかごの停止及び行き先階におけるかごの停止、並びに乗降人数の多寡に応じた停止時間等の新しい情報(増分コスト)によって、再度、演算をし直しており、サービス予測時間の予測のし直しが行われることは本件発明と変わることはないと主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明1では、増分コストを加算するだけで当初のサービス予測時間は修正されないのに対し、本件発明においては、新しく最新の情報に基づいて再計算するすることにより当初の予測時間であっても修正される場合がある点で基本的に相違するから、原告の主張は採用できない。
また、原告は、出来事全体の所要時間を予測し直す場合において、この予測所要時間を、出来事の開始時点から予測時点までの過去の経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの今後の予測時間とに分けて、前者を実際の継続時間に置き換え、これにその予測時点以後の予測時間を加算して求めることにより予測精度を高めることは、周知例1~4(甲第7号証の1~4)に示されるとおり、極く普通に行われる一般的な経験則であり、このような一般的な経験則を引用例発明1に適用することを妨げる理由はないと主張する。
しかし、引用例発明1では、前示のとおり、新たなホール呼びが発生した時点で、割当て済みのホール呼びに対するサービス予測時間を算出する場合、当初の予測時間に新たな呼びにより発生した増分コストをそのまま加算して算出するものであるから、サービス予測時間の始点及び終点は本件発明と同一であるとしても、本件発明のように、演算時点を中心として全体の予測時間を今までの継続時間と今後の予測時間とに分けて考えるという技術思想を開示ないし示唆するところはなく、本件全証拠によっても、本件発明の原出願前に、群管理を行うエレベータの制御システムにおいて、予測時間を算出する際に、その時点までの継続時間と今後の予測時間とを加算して算出することを示唆する資料は見当たらない。
したがって、出来事全体の所要時間を予測する際に、出来事の開始から予測時点までの経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間を加算して求めることが一般的・抽象的な経験則であるとしても、引用例発明1のエレベータの制御システムに、このような一般的・抽象的な経験則を採用する動機ないし契機を欠くから、当業者にとって、このことが容易であるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。
さらに、原告は、本件発明と引用例発明2とを比較すると、今後のサービス予測時間を算出する点で共通し、引用例発明2が今後のサービス予測時間だけを算出対象としているのに対し、本件発明ではこれにホール呼び発生後の継続時間を加算している点においてのみ相違し、この継続時間の加算は上記のとおり一般的な経験則であるから、本件発明は格別の進歩性を有するものでないと主張する。
しかし、引用例発明2は、単に今後のサービス予測時間を算出するものであって、サービス予測時間を算出する場合に、仮定運行時間と実際の運行時間のずれを解決するため、演算時点において継続時間と今後の予測時間とに分けて算出する技術思想を示唆するものではない。そして、引用例発明2に仮定運行時間と実際の運行時間のずれの解決という技術課題が認められない以上、上記のような一般的・抽象的な経験則を採用する動機ないし契機を欠くから、当業者にとって、この経験則を引用例発明2に適用することが容易であるとはいえず、原告の上記主張もまた採用できない。
その他原告の各主張がいずれも採用できないことは、前記説示に照らして明らかであり、本件全証拠によるも、引用例発明1~3及び周知例1~4から本件発明を推考することが容易であるということは、いまだできない。したがって、本件審判請求事件で審理された事実及び証拠を前提とし、かつ、本件訴訟における当事者間に争いがない前示1摘示の事実を前提とする限り、審決にこれを取り消すべき瑕疵があるということはできない。
4 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
昭和63年審判第10691号
審決
大阪府茨木市庄1丁目28番10号
請求人 フジテック株式会社
大阪府大阪市北区梅田1丁目2番2-1200号 大阪駅前第2ビル12階
代理人弁理士 内田敏彦
東京都千代田区丸の内1丁目5番1号
被請求人 株式会社日立製作所
茨城県日立市幸町2丁目1番48号 秋山ビル2階 日峯国際特許事務所
代理人弁理士 高田幸彦
東京都千代田区丸の内1丁目5番1号 株式会社日立製作所特許部
代理人弁理士 稲毛諭
上記当事者間の特許第1150628号発明「エレベータのサービス予測時間算出装置」の特許無効審判事件についてされた平成3年11月21日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取り消しの判決〔平成4年行(ケ)第17号、平成5年11月17日判決言渡〕があったので、さらに審理の上、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ. 本件特許の手続の経緯
本件審判の請求に係る特許第1150628号(以下、「本件特許」という。)は、昭和49年3月29日の特許出願である特願昭49-34560号(以下、「原出願」という。)の一部を特許法第44条第1項の規定により新たな特許出願とした昭和54年10月8日の出願(以下、「本件出願」という。)について、昭和57年8月25日に出願公告(特公昭57-40073号)された後、昭和58年6月14日に設定の登録がなされたものである。
Ⅱ. 本件特許発明の要旨
本件特許発明の要旨は、上記出願公告された明細書(以下、「本件明細書」という。)及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の欄に記載されたとおりの次のものにある:
「複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段と、上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたことを特徴とするエレベータのサービス予測時間算出装置」。
Ⅲ. 請求人の主張
これに対して、請求人は、「第1150628号特許は、これを無効とする 審判費用は、被請求人の負担とする」との審決を求め、
甲第1号証として、ゴードン・ディヴィド・クロス(Gordon David Closs)氏が英国マンチェスター大学理工学部(The University of Manchester Institute of Science and Technology)から博士号学位を得るために西暦1970年(昭和45年)10月に作成し、西暦1971年(昭和46年)1月19日にマンチェスター大学理工学部図書館(UMIST Library)に受け入れられた 同図書館所蔵の学位請求論文「大規模エレベータ・システムにおける乗客交通のコンピュータ制御("THE COMPUTER CONRTROL OF PASSEN TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS")」〔以下、上記図書館所蔵の学位請求論文(原本)を「クロス論文」という。」〕を、
甲第2号証として特開昭48-70247号公報を、
甲第3号証として「三菱電機技報第46巻第12号」第1361-1367頁(昭和47年12月25日 三菱電機技報社発行)を、甲第4号証の1として、ジー・シー・バーニー(G.C.Barney)博士からフジテック株式会社の石丸治氏に宛てた西暦1987年(昭和62年)9月7日付けの書簡を、
甲第4号証の2として、ミルドレッド・イェガー(Mildred Jaeger)氏が作成した マンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証を、
甲第4号証の3として、アーサー・エス・プライバー(Arthur S. Priver)氏が作成した マンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証を、
甲第4号証の4として、ジョセフ・ジェイ・ベン・ウリ(Jossef J. Ben Uri)氏が作成した マンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証を、
甲第5号証として、フジテック株式会社開発本部部長石丸治氏からジー・シー・バーニー博士に宛てた西暦1987年(昭和62年)11月19日付けの書簡を、
甲第6号証の1として、マンチェスター大学理工学部図書館官吏エム・ピー・デイ(M.P.Day)氏から フジテック株式会社の石丸治氏に宛てた西暦1987年(昭和62年)12月18日付けの書簡を、
甲第6号証の2として、ミルドレッド・イェガー氏が作成したマンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証を、
甲第7号証として、アーサー・エス・プライバー博士が作成した宣誓書を、
甲第8号証として、ダン・レビ(Dan Levy)博士が作成した宣誓書を、
甲第9号証として、ダン・レビ(Dan Levy)博士が西暦1973年(昭和48年)5月にテクニオンーイスラエル工科大学評議員会(the Senate of the Technion-Israel Institute of Technology)に提出した研究論文"OPTIMAL CONTROL IN VERTICAL TRANSPORTATION"を、
甲第10号証の1の1及び甲第10号証の1の2として、昭和44年7月7日付け「朝日新聞」大阪15版(4)面を、
甲第10号証の2の1及び甲第10号証の2の2として、として、昭和44年7月23日付け「朝日新聞」大阪3版(10)面を、
甲第10号証の3の1及び甲第10号証の3の2として、として、昭和44年7月24日付け「朝日新聞」大阪12版(14)面を、
甲第10号証の4の1及び甲第10号証の4の2として、として、昭和44年7月25日付け「朝日新聞」大阪12版(4)面を、
夫々、提示し、要するに、本願発明は、甲第4~9号証の書面により本件特許出願前に頒布された刊行物に該当する甲第1号証の論文、及び、甲第2、3号証の刊行物に記載された発明、並びに、甲第10号証の1ないし4に例示される極くありふれた経験則に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである旨主張している。
Ⅳ. 甲第1号証論文の刊行物公知性について
本件について平成3年11月21目付けでした審決に対する東京高等裁判所の審決取り消しの確定判決〔平成4年行(ケ)第17号、平成5年11月17日判決言渡〕によって、
1. 請求人が甲第1号証として提出した"THE COMPUTER CONRTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS"と題するGordon David Closs氏の論文のコピー(以下、このコピーを「甲第1号証書証」という。」)が、クロス論文と同時にハード・カバー本として作製された6冊の内の1冊で、ジー・シー・バーニー博士に贈呈されたもの〔以下、バーニー博士に贈呈されたこの1冊を「バーニー博士所有の本」という。〕の複写物であること、
2. クロス論文は、少なくとも西暦1991年(平成3年)7月に至るまで加筆又は改変はされておらず、また、テクニオンーイスラエル工科大学のジョセフ・ジェイ・ベン・ウリ氏、米国運輸省のアーサー・エス・プライバー氏及びエイ・オー・スミス社のミルドレッド・イェガー氏の3名が、西暦1972年(昭和47年)から西暦1973年(昭和48年)にかけて、マンチェスター大学理工学部図書館から正規の手続きに従って入手したクロス論文の複写物は、クロス論文とその内容において同一であって、特許法第29条第1項第3号にいう「特許出願前に外国において頒布された刊行物」ということができること、そして、
3. 甲第1号証書証は、その論文の内容において、バーニー博士所有の本及びクロス論文とも、イェガー氏らが入手したクロス論文の複写物とも、同一であるということができること
が判示された。
従って、甲第1号証書証に記載された論文の内容は、本件出願前に外国において頒布された刊行物である上記複写物〔以下、これらの複写物を「甲第1号証刊行物」という。〕に記載されているものと認める。
Ⅴ. 甲第1~3号証刊行物に記載された発明
1. 甲第1号証刊行物に記載された発明
甲第1号証書証即ち甲第1号証刊行物には「大規模エレベータ・システムにおける乗客交通のコンピュータ制御」と題する論文が記載されており、その第5章(Chapter 5 Control of Multi car Systems)には、
「『単一呼び割当て』の方法が展開され、2台を越えるかごを有し、<1>決定論的となっている(かごの位置及び荷重状態と共に、<2>新規呼び乃至<3>既にかごに割り当てられている全ての未応答呼びの行先階が分かっている)システム」〔This chapter is concerned with the extension of the method of Single Call Allocation to systems comprising more than two cars.(p.63 1.2-4)…the system has been<1>deterministic i.e. the destination floors of<2>the new call plus<3>all unanswered calls already allocated to the two cars are known, together with position and load construction of each cars.(p.63 1.25-29)〕において、
「2台のかごに対してある単一呼びを割当てる最善の方法を得るため、「単一呼び割当て』方式では、各かごに順番にその呼びを<4>仮に割り当て、夫々の割当てごとに総コストが計算されること」〔In order to determine the best way to allocate a single call given a choice of two cars, Single Call Allocations involve<4>the tentative allocation of the call to each car in turn, the total cost being calculated for each allocation.(p.63 1.21-24)〕、
「システム内の全ての呼び及び乗客の利用時間の合計が最小であることが、最適な制御であることの適切な基準であることが分かっているため、夫々のかごに呼びを<4>割当てた場合の全ての個々の呼び及び乗客の利用時間並びにその合計が簡単に計算されること」〔Since it has established that the minimal sum of the journey times of all calls and passengers in the system is a suitable criterion of optimality, all individual call and passenger journey times are simply predicted and summed for each car for<4>two possible allocations of call,….(p.63 1.29-p.64 1.5)〕、(「従来の制御方式は、利用時間よりはむしろ<5>待ち時間を減らすようにプログラムされている。これは、乗客は例えば短い時間待って長い時間乗る方が、長い時間待って短い時間乗るよりもイライラしないものだとされているからである。…しかしながら心理学的には<5>待ち時間がやはり重要であり、利用時間が最小になるように制御されるシステムであっても最大<5>待ち時間は適切なレベルに維持できるようにしなければならない。それ故、システム全体の効率を損なうことなく最大<5>待ち時間をどれだけ減らすことができるかを調査するために1つの制約を導入されることになるであろう。」〔Conventional control schemes are programmed to reduce<5>waiting times rather than journey times since it may be argued that passengers find it less frustrating for example to travel for a long time having first waited for a short time than to travel for a short time having first waited for a long time.…For psychological reasons<5>waiting time is still important however and a system controlled to minimise journey times should also be capable of maintaining maximum<5>waiting times at a reasonable level. A constraint might therefore be introduced to investigate by how much maximum<5>waiting time may be reduced without impairing overall system efficency.(p.68 1.12-p.69 1.16)〕とした後、)「『単一呼び割当て』を使用して割当てのコストを演算する方法は、<6>全ての予測待ち時間についてチェックを維持することにより行われること」〔The method of computing the cost of allocation using Single Call Allocation is such that a check may be kept<6>on all predicted waiting times.(p.69 1.17-19)〕、そして、
「システムが<1>決定論的なものであるため、<7>全ての未応答呼びに対して新たな待ち時間を予測するとき、その予測待ち時間はあとでそのかごに他の呼びが割り当てられない限り実際の待ち時間とほぼ一致し、もし、あるかごに呼びを<4>割り当てた結果、その呼び或いは他のすでに割当てられている呼びが待つ時間が所定時間よりも長くなる場合には、ペナルティがそのコストに加算され、その割当てが阻止されること」〔Since the system is<1>deterministic the predicted waiting times will correspond closely to the actual waiting times, unless further calls are later allocated to the car<7>when new waiting times will be predicted for all unanswered calls. If<4>the allocatoin of a call to a car would result in that call or any other call already allocated to the car waiting for more than a specified maximum time, a penalty could be added to the cost and that allocation blo cked.(p.69 1.19-27)〕
が記載されており、これらの記載において「呼び」がホール呼びを指していることは敢えて断る迄もない。
これらの記載によれば、先ず、「従来の制御方式」における<5>の「待ち時間」はホール呼びが発生してからこのホール呼びが発生した階床にかごがサービスするまでの時間であるから、甲第1号証刊行物には、次ののとおりの発明が記載されている:
「複数の階床をサービスするエレベータにおいては、ホール呼びが発生してから上記ホール呼び発生階床にエレベータが実際にサービスするに要する時間がエレベータ制御上の重要な指標になること」。
次に、上記「システム」における<6>の「予測待ち時間」は、全てについてチェックが維持され、<2>の「新規呼び」及び<3>の「既にかごに割り当てられている未応答呼び」の発生階床にかごがサービスするまでに要する時間が含まれるとされているが、「最大待ち時間」をどれだけ減らすことができるかを調査するために導入された1つの制約に過ぎないから、その開始点は、ホール呼び発生「後」とは言い得ても、ホール呼び発生「時点」とは言い得ないので、このチェックの時点乃至<7>の「予測するとき」について検討する。
この時点に関しては、例えば、<8>のように「全ての未応答呼びに対して『新たな』待ち時間を予測するとき」との記載があり、また、上記システムは、コンピュータにより<4>のように「仮に割り当てて総コストを計算する」方式であり、しかも、<1>のように「決定論的」であることを勘案すると、上記「全ての予測待ち時間」は、<3>の「新規呼び」発生毎にこの「新規呼び」の発生階床及び行先階床を「仮に割り当て」て最適割当て計算するための一計算時間内に〔in one computation peri-od(p.64 1.22-23)〕予測乃至チェックがなされる。それ故、この時点は、「新たな」条件を与える「新規呼び」が発生してから比較的短い時間が経過した時点であり、「新規呼び」発生毎のこのようなタイミングを起点として上記「全ての予測待ち時間」を予測乃至チェックをしているということができる。
そして、このような予測計算を実行する手段が装置として装備され、また、この予測計算は、各かごに「新規呼び」の発生階床及び行先階床を順次仮に割り当てるものであるから、「新規呼びの待ち時間」はこの「新規呼び」の発生階床にサービスすることが既に決定したかごを対象にしていない。
以上の吟味を考慮し、「新規呼び」及び「既にかごに割り当てられている未応答呼び」の発生階床に所定のかごがサービスするまでに要する時間の算出に着目し、上記のような時点を「ホール呼び発生後」「ホール呼びが発生した後」と表現すると、甲第1号証刊行物には、次の及び
2. 甲第2、3号証刊行物に記載された発明
甲第2号証刊行物及び甲第3号証刊行物には、要するに、次の
Ⅵ. 本件特許発明と甲号証刊行物記載発明
1. 本件特許発明
(1) 本件明細書の記載内容の吟味
本件特許発明の要旨は、既に摘記したとおりのもので、時間には始点がある筈なのに「発生後」と規定されたり、通常「当該」なる語は所定の条件を満たすものをいうのに何ら所定の条件を示さずに「当該エレベータ」と規定する等、曖昧な規定がなされている上、本件出願が原出願の一部を新たな特許出願とした所謂「分割出願」であるのに拘わらず、本件明細書の詳細な説明の欄の導入部には、原出願の明細書(特開昭50-130156号公報参照)に存在しない「特に、この予測時間を用いて…群管理制御上問題があった。」との記載〔本件明細書第1頁18行~第2頁13行(公告公報第1欄33行~第2欄13行)〕があるので、本件特許発明において算出しようとしているサービス予測時間なるものの内容を明瞭に把握するのが一層困難になっている。
そこで、本件明細書の記載から本件特許発明の算出内容について検討する。
<ア>算出対象となるサービス予測時間の始点
先ず、上記導入部の記載を除外すると、本件明細書には、「本発明の目的は、ホール呼び発生『後』の継続時間を考慮した高精度のサービス予測時間算出装置を提供すること」にあり〔本件明細書第2頁17~19行(公告公報第2欄14~16行)参照〕、ホール呼びが発生して『から』サービスするまでの時間を算出するものであり〔本件明細書第6頁13~16行、第10頁3~8行(公告公報第4欄9~12行、第5欄35~40行)参照〕、ホール呼びをエレベータに割り当てる方式にもホール呼びを割り当てしない方式にも適用可能である〔本件明細書第10頁12~15行(公告公報第6欄3~6行)参照〕ことが示されている。
更に具体例をみると、本件特許発明の構成要件「上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段」に対応して、前者方式において、ホール呼びが生じ、ホール呼び割り当て信号(例えば、Ry2UA)が発生して『から』、このホール呼び割り当て信号に対応するエレベータがこのホール呼び発生階床にサービスするに要する時間を演算する時点『まで』の継続時間をカウントするカウンタ(例えば、CLW2UA)で構成されるものが示されている〔本件明細書第5頁10~11行、第7頁11~13行、第8頁16~17行(公告公報第3欄30~31行、第4欄27~29行、第5欄8~9行)及び第4図参照〕。
これらを綜合すると、本件特許発明では、「サービス予測時間」を算出するのに、「ホール呼びが発生してから算出すべき『サービス予測時間』に比べて十分に短い時間が経過した時点」を始点としており、これを「ホール呼び発生後」と表現したものと認められる。
<イ>算出時間の対象となるエレベータ
この発明の具体例〔本件明細書第3頁11行~第10頁2行、第10頁12行~第11頁11行(公告公報第2欄28行~第5欄34行、第6欄3~22行)及び第1~5図参照〕によれば、本件特許発明の構成要件「少なくとも…サービスするに要する時間を算出する手段」の算出対象となるエレベータについて算出され前記継続時間と加算される時間は、「ホール呼び発生階床(例えば、8階上昇)に『このホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定した』エレベータ(例えば、A号機)がサービスするまでに要する時間」であり、本件明細書には、上記導入部の記載を除くと、未決定乃至仮決定の(即ち、上記ホール呼び階床にサービスすることになるかもしれない)エレベータを対象とする旨を導出するに足る記載を何処にも見出すことができない。
従って、本件特許発明で算出時間の対象となる「当該エレベータ」は、「『上記ホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定した』エレベータ」であると認められる。
<ウ>エレベータ台数に関して
本件特許発明は、これを適用するエレベータシステムのエレベータ台数について明確に規定しておらず、当然、1台のエレベータを備えたシステムに適用可能である〔この発明の具体例は、複数台のエレベータ(例えば、A-C号機)を備えたシステムにおけるものを開示しているが、「サービス予測時間」の算出については各エレベータで互いに独立しているから、1台のエレベータ(例えば、A号機)を備えたシステム(前記ホール呼びを割り当てしない方式の一典型で、例えば、満員のときはホール呼びがあっても、エレベータのその発生階床へのサービスが決定されないことがある。)についても、当然適用できることが明らかである。〕から、この点からも本件特許発明に関する前記<ア>及び<イ>の認定は、一層容易に首肯し得る。
<エ>導入部の記載について
本件明細書の前記導入部の記載に言及すると、以上<ア>~<ウ>で述べたことから、本件特許発明は、算出するエレベータ予測サービス時間の始点の原因情報である「ホール呼び」より後のホール呼びに対しては、群管理制御〔本件明細書第1頁19~20行(公告公報第1欄33~34行)参照〕に利用することが期待し得るとは云うことができ、また、「従来方式のサービス予測時間は、演算時点より後の予測時間しか考慮していない」〔本件明細書第2頁14~16行(公告公報第2欄11~13行)〕のに鑑みて「本発明の目的は、演算時点より後の予測時間の上に、ホール呼び発生後(演算時点までの)継続時間を考慮した…サービス予測時間算出装置を提供する」ことにあると合理的に解釈することができるが、上記原因情報である「ホール呼び」自体に対して最適なエレベータを割り当てたり、その旨の表示を行ったりすること〔本件明細書第2頁6~13行(公告公報第2欄3~10行)参照〕は、期待すらし得ない。
従って、上記導入部の記載の内従来技術に関する記載〔本件明細書第2頁1~16行(公告公報第1欄35行~第2欄13行)〕は、本件特許発明に直接関係しない従来技術を単に示したものに過ぎない。
(2) 本件特許発明の構成
以上の吟味から、本件特許発明は、正確に表現すると、次のとおりものであることが明らかである:
「複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも『上記ホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定した』エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に『上記』エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段と、上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後『上記』エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたことを特徴とするエレベータのサービス予測時間算出装置」。
2. 本件特許発明と甲号証刊行物記載発明の対比
本件特許発明と甲第1号証刊行物乃至甲第3号証刊行物に記載された前記~
本件特許発明が、複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも「上記ホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定した」エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に「上記」エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段を備えたエレベータのサービス予測時間算出装置において、
「上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後『上記』エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたこと」という特徴的構成
を有し、この特徴的構成故に、本件明細書の記載からも明らかなように、ホール呼び発生後の継続時間を考慮したサービス予測時間算出装置を提供することができ、上記「ホール呼び」より後のホール呼びに対しては、群管理制御に好適となることを期待することができる。
これに対し、甲第1号証刊行物乃至甲第3号証刊行物に記載された前記~
また、前記
そして、予測に関する乃至
それ故、例えば甲第10号証に示されるように、一般に、出来事全体の所要時間を予測する際に出来事の開始から予測時点までの経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間を加算して求めることが一般的な経験則であるものの、上記諸発明にこのような経験則を導入することは、その前提となる上記課題がない以上、採用の余地がない。
従って、これらの発明を組み合わせて本件特許発明の構成を導出することは、困難であると云わざるを得ない。
Ⅶ. 結び
以上のとおりであるから、本件特許発明が甲第1号証刊行物乃至甲第3号証刊行物に記載された発明及び前記経験則に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと云うことはできない。
従って、請求人が主張する理由によっては、本件特許を無効とすることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年8月29日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)