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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)270号 判決 1999年2月04日

オーストリア国 アー -1221 ウィーン

インドゥストリーシュトラーセ 67

原告

イムノ アクチェンゲゼルシャフト

代表者代表取締役

レナーテ モルダン

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

同弁理士

西川繁明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

田中穣治

加藤孔一

後藤千恵子

廣田米男

ドイツ連邦共和国 3550 マールブルク1、

エミール・フオン・ベーリング・シュトラーセ76

被告補助参加人

ベーリングヴェルケ・アクチェンゲゼルシャフト

代表者

フィリップ・スタイン

ヘリベルト・ブック

熊本市清水町大窪668番地

被告補助参加人

財団法人化学及血清療法研究所

代表者理事

野中實男

両被告補助参加人訴訟代理人弁護士

大場正成

近藤恵嗣

嶋末和秀

同弁理士

富田博行

主文

特許庁が平成4年審判第1034号事件について平成6年7月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用中、補助参加によって生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余の部分は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1979年2月15日のオーストリア国の特許出願に基づく優先権を主張して、昭和55年2月8日に発明の名称を「組織接着剤およびその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和55年特許願第13783号)をし、昭和63年8月11日に出願公告されたが、平成3年8月30日に拒絶査定を受けたので、平成4年1月20日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成4年審判第1034号事件として審理された結果、平成6年7月13日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年8月3日にその謄本の送達を受けた。なお、この審決に対する訴訟提起期間として90日が付加された。

2  本願発明の特許請求の範囲(特許請求の範囲第1項)

フィブリノーゲンおよび第ⅩⅢ因子を含有する人間のまたは動物の蛋白をベースとする組織接着剤に於て、

(a)第ⅩⅢ因子を少なくとも7単位/mlの量でそしてフィブリノーゲンを少なくとも70mg/mlの量で含有し、その際に第ⅩⅢ因子とフィブリノーゲンとの割合(1gのフィブリノーゲン当りの第ⅩⅢ因子の単位数で表わす)が少なくとも80であること、および

(b)プラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤を1ml当り20~2000カリクレイン-阻害剤-単位(Kallikrein-Inhibitor-Einheit:KIE)含有することを組合せて有することを特徴とする、上記組織接着剤。

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書の理由の写しのとおりであって、その要点は、本願発明は、前記優先権主張日前に頒布された刊行物であるDie Medizinische Welt、29巻17号720頁ないし724頁(1978年発行)(甲第4号証。以下「引用例1」という。)及びWiener klinische Wochenschrift、supplementum 49、3頁ないし18頁(1976年発行)(甲第5号証。以下「引用例2」という。)に記載された技術事項(以下、順に「引用技術1」、「引用技術2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由中、特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、引用技術1及び2、本願発明と引用技術1との対比による一致点と相違点の各認定は認め、相違点についての判断は争う。

審決は、その認定判断を誤って、本願発明の引用技術1との相違点に関する進歩性を否定し(取消事由1)、本願発明の奏する顕著な作用効果を否定し(取消事由2)、その結果、前項のとおりの判断をしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、本願発明と引用技術1との相違点について、プラスミノゲン-活性剤-阻害剤又はプラスミン-阻害剤(以下「本件阻害剤」と総称することがある。)と第ⅩⅢ因子とは、共にフィブリノーゲンをトロンビンにより凝固したフィブリンにいわば凝固の補強作用をなすものであって、その一方の第ⅩⅢ因子の使用手段についてみると、引用例1では組織接着剤にあらかじめ含有させて使用するものであるが、引用例2では本件阻害剤の使用例と同様にトロンビンと一緒か、あるいは単独で使用する例が示されていること、引用例1に記載されているとおり、組織接着剤に本件阻害剤の作用対象となるプラスミンの前駆物質プラスミノゲンが直接に含まれていることを併せみると、本願発明のように、本件阻害剤の使用手段として、同阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させて使用してみようとすることは、当業者であれば容易に考え及ぶと判断しているが誤っている。

(イ) 第ⅩⅢ因子をあらかじめ組織接着剤中に添加ないしは追加して使用することは、以下のとおり、引用例1及び2に開示されておらず、したがって、当業者が、引用例1及び2中の第ⅩⅢ因子に関する記載に基づいて阻害剤を組織接着剤に含有させることを想到しうるとはいえない。

ⅰ 引用例1には、フィブリノーゲン濃縮製剤(フィブリンクレーバー)中に、プラスミノゲンや第ⅩⅢ因子が存在することが記載されているが、これらは、血漿及びその氷点沈降物からの濃縮過程で残存しているものであって、新たに添加した成分ではない。

ⅱ 引用例2には、ヒトフィブリノーゲン氷点沈降物を用いた実験例が示されているが、実験結果の説明の中において、「フィブリン凝固の5-M-尿素溶液中での溶解度は、数種のフィブリノーゲン溶液を使う場合、ロット毎に異なる。これは溶液中の第ⅩⅢ因子含有量が一様でないことによるものであろう。」との記載があって、使用した血漿氷点沈降物や濃縮処理法により、ヒトフィブリノーゲン氷点沈降物(フィブリノーゲン濃縮製剤)中に残存する第ⅩⅢ因子の含有量にバラツキのあることが示されており、したがって、一定量の第ⅩⅢ因子を添加するというものではない。また、同引用例には、「第ⅩⅢ因子を加えることにより、尿素溶液中の溶解性が完全に失われ、トリプシンとプラスミンによる凝固の溶解を遅らせることができる。」との記載があって、組織接着剤に含まれる第ⅩⅢ因子の量では不十分であって、安定なフィブリン凝塊を形成するには、適用時に第ⅩⅢ因子を使用する必要のあることが示されている。

以上のとおり、引用例1及び2には、組織接着剤に第ⅩⅢ因子が残存しているか、あるいは第ⅩⅢ因子を使用するとしても、組織接着剤の適用時に独立の溶液として使用することが記載されているにすぎず、第ⅩⅢ因子をあらかじめ組織接着剤中に添加ないしは追加して使用することは開示されていない。

したがって、引用技術1及び2に、第ⅩⅢ因子が組織接着剤中に含まれることが開示されているとしても、そのことから直ちに、当業者が、本件阻害剤を組織接着剤に含有させることを想到しえたものということはできない。

(ロ) また、第ⅩⅢ因子は、活性化されて第ⅩⅢa因子となり、直接フィブリン分子間の架橋に関与してフィブリン凝塊の生成に寄与する。これに対して、本件阻害剤は、プラスミノゲン活性剤やプラスミンの作用を阻害することにより、生成したフィブリン凝塊の早期溶解を抑制する役割を担っている。このように、第ⅩⅢ因子と本件阻害剤とは、作用が異なり、作用する対象及び時期も相違するから、第ⅩⅢ因子が組織接着剤中に含まれている事例が示されているからといって、そのことから直ちに、当業者が、本件阻害剤を組織接着剤に含有させることが容易に想到しえたものということはできない。

(ハ) 次に、審決は、組織接着剤に本件阻害剤の作用対象となるプラスミンの前駆物質プラスミノゲンが直接に含まれていることを容易推考の理由の1つとして挙げているが、プラスミノゲンそれ自体は、不活性な物質であって、プラスミノゲン活性剤の作用によってはじめてプラスミン活性をもつようになるものであるから、単に組織接着剤中に少量の不活性なプラスミノゲンが存在しているからといって、そのことから、従来より採用されている本件阻害剤の単独使用又はトロンビンとの併用使用に替えて、組織接着剤中に本件阻害剤をあらかじめ含有させることへの積極的な動機を与えるということはできない。

(ニ) 従来、当業者間において、組織接着剤にフィブリン凝塊の形成やフィブリン溶解に関与する新たな成分を加えることは、組織接着剤の不安定性を増大させたり、各成分の消費や失活のおそれがあるとされ、行われていなかったものである。

すなわち、組織接着剤の接着原理は、生体中での血液凝固過程に類似するものであって、多くの因子が関与する極めて複雑な連鎖的反応により、フィブリン凝塊を形成して組織接着を行い、組織接着をなし遂げた後には、フィブリン溶解に至る不可逆な過程を経るものである。一方、組織接着剤は、血漿からフィブリノーゲンを濃縮して製造される濃縮製剤であるため、フィブリノーゲン以外に、第ⅩⅢ因子などの各種血液凝固因子やその他の蛋白などの多種類の成分を多かれ少なかれ含有している。これらの血液凝固因子は、相互に反応して、凝固とフィブリン溶解を起こしやすいものである。したがって、組織接着剤は、化学的に不安定なものであり、組織接着剤中にフィブリン凝塊の形成やフィブリン溶解に関与する新たな成分を添加すると、組織接着剤中で好ましくない連鎖反応を引き起こしたり、各成分の相互作用による消費や失活(活性の喪失や低下)につながるおそれが生じるため、フィブリン凝塊の形成やフィブリン溶解に関与する新たな成分の添加は避けられており、フィブリン溶解に(抑制的に)関与する阻害剤についても同様であった。

このことは、従来、あらかじめ組織接着剤にフィブリン凝塊の形成やフィブリン溶解に関与する新たな成分を加えること、特に、阻害剤を添加することが提案されていなかったからことからも理解することができる。

(ホ) したがって、本件阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させて使用してみようとすることは、当業者であれば容易に考え及ぶとの審決の判断は、誤っている。

(2)  取消事由2

審決は、本願発明の効果は、組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させることとなれば、本件阻害剤が、他の成分とともに溶液状態にあるフィブリノーゲンと均一に分散され、結果的に凝固フィブリンに均一に分散されることとなることは明らかであるから、当業者が容易に予想しうる程度を越えるものとは認められないと判断したが、誤っている。

(イ) 本願発明は、特許請求の範囲の構成を採用することによっで格別顕著な効果を奏するものである。

すなわち、本願発明の組織接着剤は、<1>接着あるいは創傷封じという高度の負担を負いえ、また、確実で、かつ、持続性のある止血を行いうる、すなわち、創傷あるいは組織表面への良好な接着性と高い内部的強度を有する、<2>体内での接着の持続性を調節できる、<3>創傷治療過程につれて接着剤を完全に吸収しうる、<4>創傷治療で要求される性質についての要求を満足する、という格別顕著な効果を奏しうるものである。

また、本願発明においては、組織接着剤に本件阻害剤を含有させることにより、その他の構成と相まって、より具体的には、<5>組織接着剤の接着性能を阻害することなく、フィブリン凝塊の早期溶解を効果的に抑制することにより、良好な接着性と接着力を発揮し、持続性のある、調節可能な創傷封じが可能となる、<6>組織接着剤中に、フィブリノーゲン、第ⅩⅢ因子及び阻害剤を組み合わせて望ましい量比で含有させているため、創傷治療に際し、各成分の溶液をそれぞれ適用する従来の方法に比べて、創傷部位への適用が容易である、<7>各成分液を創傷部位に適用すると、操作が煩雑であることに加えて、不均一な混合と組織接着剤の希釈の問題が生じるが、本願発明の組織接着剤によれば、そのような問題点を解消することができる、<8>生成するフィブリン凝塊中に本件阻害剤が均一に分散するため、高濃度の組織接着剤やトロンビン溶液を用いて、緊急、かつ、確実な組織接着を可能とする。また、本件阻害剤の均一分布により、再現性のある安定した組織接着が可能となる、という優れた作用効果を奏しうるものである。

(ロ) 甲第6号証及び甲第13号証に示される実験結果は、これらの実験条件に対応する生体内での条件・環境下において、本願発明の組織接着剤が、従来技術よりも明らかに優れた作用効果を発揮することを証明している。乙第3号証ないし乙第7号証や乙第15号証に示される被告提出の各実験報告書の実験結果は、前記甲各号証の実験報告書による本願発明の作用効果の顕著性に関する証明力を何ら否定するものではない。

(ハ) したがって、本願発明の効果について、当業者が容易に予想しうる程度を越えるものとは認められないとした審決の判断は、誤っている。

第3  請求の原因に対する被告及び補助参加人らの認否並びに主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断には、原告が主張するような誤りはなく、審決は維持されるべきである。

2  被告及び補助参加人らの主張

(1)  取消事由1について

(イ) 原告は、引用例1及び2には組織接着剤に第ⅩⅢ因子や本件阻害剤を添加することが開示されていないと主張するが、成分を添加することは、当業者が適宜なしうることである。

原告の主張は、要するに、組織接着剤に本件阻害剤を添加した公知例がなかった、あるいは、引用例1及び2は本件阻害剤を組織接着剤に含有させることを直接的に示していないという点に尽きるが、組織接着剤に第ⅩⅢ因子を含有させることは引用例1に記載されており、また、本件阻害剤の作用に直接的に関わるプラスミノゲンは引用技術1の組織接着剤に含まれており、本件阻害剤をそこにあらかじめ含有させておこうと試みるだけの理由は十分に示されている。

(ロ) 原告は、第ⅩⅢ因子と本件阻害剤の作用対象が異なり、作用時期も相違する旨主張する。しかし、本件においては、第ⅩⅢ因子と本件阻害剤の生化学的な作用を問題にしているのではない。審決は、フィブリノーゲン及びトロンビン以外の成分を組織接着剤溶液、トロンビン溶液のいずれに入れるか、あるいは独立の溶液にするかということが問題になっているときに、トロンビンの作用によりフィブリノーゲンからフィブリンが生成した後に働くという点で本件阻害剤と共通する第ⅩⅢ因子を例に挙げ、本件阻害剤を第ⅩⅢ因子と同様に組織接着剤に含ませることも当然考えられると述べているのである。

(ハ) 原告は、引用例1の組織接着剤にプラスミノゲンが含まれていても、本件阻害剤をあらかじめ組織接着剤に含有きせる動機を与えるものではないと主張する。しかし、プラスミノゲンは、フィブリンを溶解する働きを有するプラスミンの前駆体であり、生体内のプラスミノゲン-活性剤の作用によりプラスミンに変化する物質である。本件でいわゆる阻害剤とは、プラスミノゲンをプラスミンに転換させるプラスミノゲン-活性剤を阻害するもの、あるいは生成したプラスミンを阻害するものである。そうすると、引用例1のように、組織接着剤中にプラスミノゲンが含まれていれば、本件阻害剤は、まさにそのプラスミノゲン、ひいてはプラスミンの働きを抑えるために添加するものである以上、当然組織接着剤に本件阻害剤を入れてみようという動機付けになることは明らかである。

(ニ) 原告は、組織接着剤に本件阻害剤を加えると、相互作用や反応を起こしたり、消費や失活につながるおそれがあると考えられていたから、当業者は、本件阻害剤を加えるのを避けていた旨主張するが、そのようなおそれがあると考えられていたとは、本願明細書にすら記載されておらず、出願人自身そのようには考えていなかったものと思われる。いずれにしても、そのようなことについての証明はなく、原告独自の見解にすぎない。

組織接着を行うに当たっては、フィブリノーゲンとトロンビンを用いるが、これらの成分を1つの溶液に入れると凝固してしまい不都合である。そこで、フィブリノーゲン溶液、すなわち、組織接着剤溶液とトロンビン溶液は、必ず別々の溶液にしておき、使用する直前に混合するか、患部に順次適用されていた。これに対して、これら以外の成分を組織接着剤溶液若しくはトロンビン溶液に入れても、凝固するなどの不都合はなく、<1>組織接着剤溶液に含有させる、<2>トロンビン溶液に含有させる、<3>別に溶液を用意する、のいずれかの方法を採ることが可能であった。本件阻害剤については、上記の<2>及び<3>の方法が知られており(引用例1及び2)、かつ、<1>を排除する格段の理由がない以上、当業者が単に3つの選択肢のうち残った1つを選択し上記<1>の組織接着剤溶液に含有させる方法を採用することには何の困難性もない。

現に、上記のとおり、フィブリノーゲン及びトロンビン以外の成分の1つである第ⅩⅢ因子について上記<1>ないし<3>のいずれの方法も知られているところ(引用例1及び2)、審決が「阻害剤と第ⅩⅢ因子とは共に・・・いわば凝固の補強作用をなす」という文言で表現したように、本件阻害剤も第ⅩⅢ因子も、トロンビンによりフィブリノーゲンがフィブリンとなった後に作用するものであり、両者の作用機序は異なっても、フィブリンが可及的に溶解されないようフィブリンの強度をカバーする点に帰着するところが共通しており、本件阻害剤についても、第ⅩⅢ因子と同様に、当業者が上記<1>の方法を用いてみようとすることは当然である。

さらに、第ⅩⅢ因子における上記<1>の方法の場合は、第ⅩⅢ因子をその作用対象であるフィブリンの前駆体であるフィブリノーゲンと同じ溶液中にあらかじめ含有させておくことを意味するところ、引用例1の組織接着剤は、本件阻害剤の作用対象となるプラスミンの前駆物質プラスミノゲンを含んでいるので、同阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させて使用してみようと考えることは極めて当たり前のことである。

したがって、本件阻害剤の使用手段として、本願発明のように、組織接着剤にあらかじめ含有させて使用することは、当業者にとって何の困難性もないことである。

(2)  取消事由2について

(イ) 原告が本願発明の効果であると主張する<1>ないし<4>の点は、抽象的な主張でおり、具体的な裏付けが全く示されていないのみならず、本件の争点ともされていない。<1>ないし<4>の点は、組織接着剤一般に妥当しうるもので、特に、本願発明に固有の効果とは認められない。

また、原告は、組織接着剤に本件阻害剤を含有させることにより、その他の構成要件と相まって、本願発明が奏する効果として、<5>ないし<8>を主張するが、これらは、いずれも抽象的な主張であり、具体的な裏付けが全く示されていない。すなわち、<5>は、従来技術とどこがどのように異なるのかが明らかでなく、本願発明に特徴的な効果とは認められない。<6>については、従来技術の一例においても本願発明においても、適用されるのは、組織接着剤溶液とトロンビン溶液という2つの溶液であるから、従来の方法に比し適用が容易であるというのは誤りである。<7>は、従来の方法の操作が煩雑であるとの点は誤りであり、不均一な混合や希釈の問題を生ずるというのも正しくない。<8>のうち、「高濃度の組織接着剤」を云々する点は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって、本願発明とは関係がない。また、原告主張の均一分散に基づく効果の点は、証明がない。

(ロ) フィブリノーゲンは、トロンビンと反応させるに当たり、溶液状態で使用される。当然のことながら、本件阻害剤も、第ⅩⅢ因子などの他の成分と同様、溶液状態で使用される。

そうであるからこそ、引用例1の組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させることとなれば、同阻害剤が、引用例1の組織接着剤に含まれている他の成分と共に溶液状態にあるフィブリノーゲンと、均一に分散され、結果的に該阻害剤がフィブリン凝塊中に均一に分散されることになることは明らかである。そして、本件阻害剤が、フィブリノーゲンと均一に分散されるということになれば、フィブリンの溶解を効率よく抑制するものと当業者が予想することは当然である。

さらに、原告は、本願発明の効果を裏付けるために甲第6号証及び甲第13号証を提出しているが、乙第3号証ないし乙第8号証及び乙第15号証に照らし、実験方法もその結果も信憑性を欠いている。

(ハ) したがって、本願発明は、引用技術1との相違点に基づいて格別顕著な効果を奏するものでなく、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

甲第3号証によれば、本願明細書には、本願発明の内容について次のとおりの記載があることが認められる。

1  技術分野

「本発明はフィブリノーゲンおよび第ⅩⅢ因子を含有する人間のまたは動物の蛋白をベースとする組織接着剤に関する。」(2頁3欄18行ないし20行)

2  従来技術

「久しい以前から、出血の止血の為あるいは創傷を封じる為に血液凝固物質を使用することは公知である。・・・最近・・・動物実験での不縫合下の維管束間神経移植の為の、フィブリノーゲンと第ⅩⅢ因子とをベースとする組織接着剤が開示されている。

別のある研究は・・・動物実験にて、氷点沈降物およびトロンビンとしてのフィブリノーゲンによって組織接着を行ない得ることが提示された。」(同欄21行ないし同欄41行)

3  技術課題

「これら公知の調剤は尚満足し得ないことが判っている。何故ならば、これは組織接着剤に対して出される以下の要求をなお十分には満足していないからである:

(a)接着あるいは創傷封じという高度の負担を負い得ること並びに確実で且つ持続性のある止血、即ち、創傷あるいは組織表面への接着剤の良好な接着性、並びに接着剤の高い内部的強度、

(b)体内での接着の調節可能な持続性、

(c)創傷治療経過につれて接着剤を完全に吸収し得ること、

(d)創傷治療で要求される性質。

このことは、部分的には止血に必要とされる各凝固因子が公知の調剤に於ては互に最適な関係で存在していないことに帰因しそして接着域に於けるフィブリン溶解活性が不十分にしか抑制されていないことも帰因している。度々、酵素の作用によって組織接着の早期溶解が生ずる。」(同欄42行ないし同頁4欄16行)

4  目的

「本発明は、これらの欠点や困難を回避することを目的としそして人間や動物の根源の第ⅩⅢ因子およびフィブリノーゲンをベースとし且つ最初に述べた前提条件を満足する組織接着剤を創造することを課題としている。」(同欄17行ないし21行)

5  構成

上記目的を達成するために、本願発明は、本願明細書の特許請求の範囲記載の構成を採用している。(同欄26行ないし同欄37行)

6  作用効果

「本発明に従う組織接着剤は広汎な用途を有している。このものは、人間または動物の組織-または器官部分の不縫合接合、創傷封じおよび止血並びに創傷治療の促進に使用できる。

以下に本発明の組織接着剤の使用方法の例を記す:この組織接着剤を、Ca2+-イオンを含有するトロンビン溶液と一緒に、接合するべき組織部分に塗布しそして互に混ぜ合せる。その際にトロンビンの作用によって可溶性フィブリノーゲンが不溶性フィブリンに転化(ゲル化)しそして更に第ⅩⅢ因子が(Ca2+-イオンの存在下に)活性化されて第ⅩⅢa因子と成り、そしてこの第ⅩⅢa因子がフィブリンを架橋させて高分子にする。これらの反応によって混合物は凝固し且つ同時に組織表面にしっかり付着し、これによって接着が達成される。

創面からの出血に対しても、組織接着剤とトロンビン溶液とを出血する創面に塗布することによって止血することができる。

創傷治療を促進させる為に用いる場合には、この組織接着剤は創傷治療過程で徐々に溶解されそして完全に吸収される。」(同頁6欄8行ないし同欄29行)

第3  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  甲第4号証、甲第5号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、同事実は原告も認め、被告及び補助参加人らも認めるところである。

(1)  引用例1には、組織接着のためのフィブリノーゲン濃縮製剤(フィブリンクレーバー)に関し、フィブリン接着剤(フィブリンクレーバー)には、少なくとも1mlの接着剤溶液につき、80mmgのフィブリンが含まれているが、全タンパク質の79%は凝固し得、更に、他のタンパクと一緒にアルブミンがディスク電気泳動により同定でき、プラスミノゲンの含量は、0.13mg/mlであり、第ⅩⅢ因子は十分に存在すること、更に、フィブリン溶解阻害剤を、トロンビンと一緒に局所に適用すると、術後のフィブリン溶解を阻止することができることが記載されている(引用技術1)。

(2)  引用例2には、フィブリノーゲンは、接着すべき箇所に塗布し、トロンビン溶液及び第ⅩⅢ因子を十分に加えて凝固させるが、平均100mg/mlの通常のフィブリノーゲン濃度を使った場合、凝塊の強度は、トロンボエラスト・グラフィー(TEG)で測定ないしは記録しうる程度をはるかに超え、30mg/ml以下となったときにはじめて評価しうる成績を得、そこで、TEGによる試験は、すべて20mg/ml濃度のフィブリノーゲン溶液を使用し、使用直前のトロンビン溶液に第ⅩⅢ因子を濃度を次第に高めて加え、フィブリン凝塊の強度が高められ、第ⅩⅢ因子の最適濃度は、42mg程度であると思われることが記載され、また、フィブリン溶解の抑制について、フィブリン溶解とは、プラスミン酵素によるフィブリン及びフィブリノーゲン分子の不可逆的分解であり、この酵素は血漿中で不活性な前駆物質プラスミノゲンの形で存在し、その活性化は様々な組織・尿(ウロキナーゼ)及び血液中に含まれるフィブリノキナーゼよって直接的に、あるいは、プロアクチペーターを介してフィブリノキナーゼ(例えば、ストレプトキナーゼ)によって間接的に行われ、特に、フィブリン溶解を行う活性物質が豊富にあるのは、子宮、副腎、肺、前立腺のほかに、毛細管の内皮細胞や細かい静脈並びに血液徴粒子であり、手術により細胞破壊があった後には、大量の局部的フィブリン溶解が起こるが、炎症又は回復過程(創復治癒)において、遊離される非特異的蛋白分解酵素は、フィブリン凝固を分解することができると記載した上で、各0.2mlのフィブリノーゲン溶液たるヒトフイブリノーゲン氷点沈降物(トロンビン沈降性蛋白-フイブリノーゲン-110mg/ml)に、0.1mlのトロンビン溶液(3000N.I.H、Caイオン量を2倍にした5mlのリンゲル溶液中に溶かしてある)を添加して、SALK平板上で、フィブリン凝固物を形成させ、その溶解性を各0.3mlの尿素溶液、トリプシン、プラスミン及びストレプトキナーゼで検査し、同様の試験を第ⅩⅢ因子(0.1mlの第ⅩⅢ因子溶液)を含むフィブリン凝固物で繰り返し、3番目の実験系では、0.3mlの天然の蛋白分解酵素阻害剤の添加によるフィブリン溶解阻止能を測定し、成績は、第ⅩⅢ因子を加えることにより、尿素溶液中の溶解性が完全に失われ、トリプシンとプラスミンにとる凝固物の溶解を遅らせることができ、天然の蛋白分解酵素阻害剤を加えることにより、主としてトリプシン作用及びプラスミン作用が完全に阻止されると記載されている(引用技術2)。

(3)  本願発明と引用技術1とを対比すると、両者は、組織接着剤に関し、フィブリノーゲン及び第ⅩⅢ因子を含有する人間又は動物の蛋白をベースとし、また、該フィブリノーゲンの含有量についても、引用技術1の80mg/mlが、本願発明の少なくとも70mg/mlに対して包含する関係にある点で一致しているが、本願発明において、<1>第ⅩⅢ因子の含有量を少なくとも7単位/mlと規定すると共に、第ⅩⅢ因子とフィブリノーゲンとの割合(1gのフィブリノーゲン当りの第ⅩⅢ因子の単位数で表わす)を少なくとも80と規定し、<2>組織接着剤に更に本件阻害剤を含有させ、しかも、同阻害剤の含有量を1ml当り20~2000カリクレィン-阻害剤-単位と規定しているのに対して、引用技術1ではこのようなことが示されていない点で相違する。

2  取消事由1について

審決は、本願発明と引用技術1との相違点について、本件阻害剤と第ⅩⅢ因子とは、共にフィブリノーゲンをトロンビンにより凝固したフィブリンにいわば凝固の補強作用をなすものであって、その一方の第ⅩⅢ因子の使用手段についてみると、引用例1では組織接着剤にあらかじめ含有させて使用するものであるが、引用例2では本件阻害剤の使用例と同様にトロンビンと一緒か、あるいは単独で使用する例が示されていること、引用例1に記載されているとおり、組織接着剤に本件阻害剤の作用対象となるプラスミンの前駆物質プラスミノグンが直接に含まれていることを併せみると、本願発明のように、本件阻害剤の使用手段として、同阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させて使用してみようとすることは、当業者であれば容易に考え及ぶと判断しているので、その当否について検討する。

(1)  まず、引用例1及び2中の第ⅩⅢ因子の記載から、当業者が、第ⅩⅢ因子と同様に本件阻害剤を組織接着剤に含有させることを想到しえたかどうかについて検討する。

(イ) 甲第3号証、甲第5号証、甲第18号証、乙第2号証及び弁論の全趣旨によれば、フィブリノーゲンによる組織接着の原理は、概ね次のとおりであると認められる。

ⅰ フィブリノーゲンは、線維素原と呼ばれ、血液凝固系第Ⅰ因子とも呼ばれている水溶性のタンパク質である。

ⅱ フィブリノーゲンは、エンドペプチターゼであるトロンビンの作用によって、カルシウムイオンの存在下で、不安定なフィブリンモノマーとなる。

ⅲ 第ⅩⅢ因子は、カルシウムイオンの存在下で、トロンビンの作用によって活性化し、第ⅩⅢa因子となる。

ⅳ 第ⅩⅢa因子は、フィブリンポリマーに作用して、架橋させて高分子とし(水素結合のみでゆるく結ばれているフィブリン網を共有結合により交差結合させる。)、その結果、凝固して安定化し、難溶性のフィブリン凝塊となって、フィブリン溶解に対する高い抵抗力が得られる。

上記認定の事実によれば、第ⅩⅢ因子は、上記組織接着の過程で、トロンビンの作用によって活性化され、フィブリンモノマーを難溶性のフィブリン凝塊に変えるという作用をするものであって、フィブリノーゲンに直接作用をするものではなく、また、トロンビンと反応するものでもない。

(ロ) 次に、甲第4号証、甲第5号証、乙第1号証、乙第2号証、丙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、フィブリン溶解の原理は、概ね次のとおりであると認められる。

ⅰ 血漿中に存在する不活性のプラスミノゲンは、様々な組織、尿及び血液中に含まれるフィブリノキナーゼの直接的な作用によって、又はプロアクチベーターを介してフィブリノキナーゼ(例えば、ストレプトキナーゼ)による間接的な作用によって活性化され、プラスミンとなる。

ⅱ プラスミンは、フィブリン凝塊あるいはフィブリノーゲンに作用して、これを不可逆的に分解する。

ⅲ フィブリン溶解阻害剤は、フィブリンの溶解を阻害するものであり、その一種として、プラスミノゲン-活性剤-阻害剤、ブラスミン-阻害剤、アプロチニン等が存在する。プラスミノゲン-活性剤-阻害剤は、プラスミノゲンをプラスミンに変えるプラスミノゲン活性剤に作用して、その活性化の作用を阻害するので、その結果として、プラスミンの生成を抑制し、ひいては、プラスミンによるフィブリンの溶解を阻害するものである。ブラスミン-阻害剤は、プラスミンに作用して、その作用を阻害し、その結果、フィブリンの溶解を阻害するものである。アプロチニン(トラジロールとも称される)は、フィブリン溶解阻害剤の一種であって、プラスミノゲン活性剤とプラスミンの両方の作用を阻害するものである。

上記認定の事実によれば、本件阻害剤、すなわち、プフスミノゲン-活性剤-阻害剤、ブラスミン-阻害剤又はアプロチニンは、いずれもフィブリン溶解阻害剤の一種であり、プラスミノゲン活性剤やプラスミンに作用してプラスミンによるフィブリンの溶解を阻害するものである。

(ハ) 以上によれば、第ⅩⅢ因子と本件阻害剤は、フィブリノーゲンによる組織接着の過程における作用機序が、基本的に異なるものであって、第ⅩⅢ因子が組織接着剤にあらかじめ含有されて使用されているからといって、このことから、当業者が、直ちにフィブリン溶解阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させるということを想到しえたものとは認めがたい。

(ニ) 被告及び補助参加人らは、審決のとおり、フィブリノーゲン及びトロンビン以外の成分を組織接着剤溶液、トロンビン溶液のいずれに入れるか、あるいは独立の溶液にするかということが問題になっているときに、トロンビンの作用によりフィブリノーグンからフィブリンが生成した後に働くという点で本件阻害剤と共通する第ⅩⅢ因子を例に挙げ、本件阻害剤を第ⅩⅢ因子と同様に組織接着剤に含ませることも当然考えられる旨主張する。

しかしながら、上記認定のとおり、第ⅩⅢ因子は、フィブリンが生成した後に働くものではなく、活性化されてフィブリン凝塊の形成のために働くものであって、フィブリン凝塊が生成した後に働く本件阻害剤とは明らかに相違しているのであるから、被告らの上記主張は、採用の限りでない。

(2)  引用例1において組織接着剤中にプラスミノゲンが存在していることが、組織接着剤中に阻害剤をあらかじめ含有させる積極的な動機を与えるかどうかについて検討する。

(イ) 前記(1)(ロ)認定の事実によれば、フィブリン溶解阻害剤は、プラスミノゲン活性剤やプラスミンに作用して、プラスミンによるフィブリンの溶解を阻害するものであって、プラスミノゲンと同様、フィブリンの溶解を阻害する作用に関与するものであるが、プラスミノゲンに作用するものではないのであって、必ずしもプラスミノゲンと一緒に取り扱わなければならないものではない。

ところで、甲第3号証によれば、組織接着剤は、凍結の状態で市販されているものであり、解凍後は、室温で24時間放置すると、凝固とフィブリン溶解が自然に起こるため、長時間放置したり、何回も解凍、凍結を繰り返すことは、避けなければならないことが認められ、生化学的に安定しているとはいえないものである。

以上に、本出願当時、いまだ組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ添加するという公知例がなかったとの事実を併せ考えると、少なくとも本出願当時、組織接着剤にあらかじめフィブリン溶解阻害剤を添加しうるという発想を生じさせるような技術水準にはなかったものというべきである。

そうすると、組織接着剤がプラスミノゲンを含有することは、組織接着剤中に阻害剤をあらかじめ含有させる積極的な動機を与えるものとは認められない。

(ロ) 被告及び補助参加人らは、フィブリノーゲンとトロンビン以外の成分を組織接着剤溶液若しくはトロンビン溶液に入れても、凝固するなどの不都合はなく、<1>組織接着剤溶液に含有させる、<2>トロンビン溶液に含有させる、<3>別に溶液を用意する、のいずれかの方法を採ることが可能であったところ、本件阻害剤については、上記<2>及び<3>の方法が知られており、かつ、<1>を排除する格段の理由がない以上、当業者が単に3つの選択肢のうち残った1つを選択し上記<1>の組織接着剤溶液に含有させる方法を採用することには何の困難性もない旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によっても、本出願当時、フィブリノーゲンとトロンビン以外の成分を組織接着剤溶液若しくはトロンビン溶液に入れても、凝固するなどの不都合はないとの技術常識が形成されていたことを認めるに足りない。

また、仮に、被告及び補助参加人らが主張するように、本出願当時、フィブリノーゲンとトロンビン以外の成分を組織接着剤溶液若しくはトロンビン溶液に入れても、凝固するなどの不都合はなく、上記<1>ないし<3>の方法を採ることが可能であり、そのうち<2>及び<3>の方法が知られていたと仮定しても、前記のとおり、現実には、本出願当時、いまだ組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ添加するという公知例がなかったことからすれば、かえって、<1>の方法を排除せざるをえない事情があったと推認きれるものというべきである。そうすると、被告及び補助参加人らの上記主張は、採用することができない。

(3)  以上のとおり、本願発明と引用技術1との相違点について、本願発明のように、本件阻害剤の使用手段として、同阻害剤を組織接着剤にあらかじめ含有させて使用してみようとすることは、当業者であれば容易に考え及ぶとした審決の判断は、誤っているといわざるをえない。

3  取消事由2について

審決は、本願発明の効果は、組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させることとなれば、本件阻害剤が、他の成分とともに溶液状態にあるフィブリノーゲンと均一に分散され、結果的に凝固フィブリンに均一に分散させることとなることは明らかであるから、当業者が容易に予想しうる程度を越えるものとは認められないと判断しているので、その当否について判断する。

(1)  前記第2の3ないし6認定の事実によれば、従来技術は、組織接着剤に要求されるところの、<1>接着あるいは創傷封じという高度の負担を負うことができ、また、創傷あるいは組織表面への良好な接着性と高い内部的強度を有するので、確実で、かつ、持続性のある止血を行うことができる、<2>体内での接着の持続性を調整できること、<3>創傷治療過程につれて接着剤を完全に吸収しうること、<4>その他創傷治療で要求される性質を有することという要求を十分に満足させていなかったところ、本願発明においては、止血に必要とされる各凝固因子が公知の調剤において互いに最適な関係で存在していなかったこと、そして、接着域におけるフィブリン溶解活性が不十分にしか抑制されていなかったことという知見に基づき、本願明細書の特許請求の範囲記載の構成を採用することによって、上記欠点や困難性を克服し、良好な接着性、高い内部的強度、調節可能な接着の持続性等の効果を奏する組織接着剤を提供するので、人間や動物の組織又は器官部分の不縫合接合、創傷封じ、止血並びに創傷治療の促進に使用することができるというものであることが認められる。

(2)  審決は、組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させた場合、本件阻害剤が、他の成分とともに溶液状態にあるフィブリノーゲンと均一に分散され、結果的に凝固フィブリンに均一に分散されることとなり、これに伴って所定の効果を奏しうることを認めつつ、組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させることに進歩性がなく、当業者が容易に想到しえたことを前提として、当業者が容易に予想しうる程度を越えるものとな認められないと判断しているところ、前記2の認定判断のとおり、本願発明の組織接着剤に本件阻害剤をあらかじめ含有させるという構成は、従来技術にない新規なもので、当業者が容易に想到しえなかったのであるから、少なくとも本件阻害剤が凝固フィブリンに均一に分散されることに伴って奏する所定の効果についても、当業者が容易に予想しうる程度のものでないことは明らかである。

(3)  甲第6号証によれば、アプロチニンが、組織接着剤溶液に含まれているか、トロンビン溶液に含まれているかで、プラスミンによるフィブリンの溶解に差が生じるか否かを確かめる実験において、組織接着剤溶液(全蛋白質、フィブリノーゲン、第ⅩⅢ因子、プラスミノゲン含有)にあらかじめアプロチニンを含有させ、その後にトロンビン溶液を添加して攪拌することで形成されるフィブリン凝塊の溶解は、上記組織接着剤に、アプロチニンをあらかじめ含有させたトロンビン溶液を添加して攪拌することで形成されるフィブリン凝塊の溶解に比較して、より遅く溶解が進行するとの結果が得られた旨の記載があることが認められる。また、甲第13号証によれば、動物に対する上記同様の実験において、止血効果の点で、アプロチニンを組織接着剤溶液中に含有させた場合の方が、トロンビン/CaCl2溶液に含有させた場合より優れているとの実験結果が得られた旨の記載があることが認められる。

上記事実に、前記(1)及び(2)認定の事実を併せ考えると、本願発明に係る組織接着剤は、従来のものに比べて良好な接着性、高い内部的強度、調節可能な接着の持続性等の作用効果を奏するものであることが認められる。

(4)  これに対して、被告及び補助参加人らは、甲6号証に記載された実験結果の信用性を減殺すべく乙第3号証ないし乙第7号証を、甲第13号証に記載された実験結果の信用性を減殺すべく乙第15号証をそれぞれ挺出しているので検討する。

乙第3号証を検討するに、甲第6号証の実験と同様に、アプロチニンが、組織接着剤溶液に含まれているか、トロンビン溶液に含まれているかで、プラスミンによるフィブリンの溶解に差が生じるか否かを確かめる実験を行っているが、同実験に使用した組織接着剤溶液中の含有成分の構成及び分布に相違があり、また、溶液の攪拌の態様について必ずしも同一であるか明らかでない。更に、アプロチニンを組織接着剤溶液に含めた場合と、アプロチニンをトロンビン溶液に含めた場合の結果を比較するに、当初は前者においてフィブリン凝塊の溶解が早く進行していたのが、時間の経過とともに、後者の方がフィブリン凝塊の溶解が早く進行するようになるなどしている。

乙第4号証及び乙第5号証を検討するに、アプロチニンを組織接着剤溶液に添加してフィブリン凝塊を形成した場合と、トロンビン溶液に添加してフィブリン凝塊を形成した場合とで、フィブリン溶解に差が生じるか否かを確かめる実験がされているが、いずれも実験に使用した組織接着剤にはプラスミノゲンをあらかじめ含有させておらず、後でウロキナーゼあるいはプラスミンを添加させているので、甲第6号証の実験と比べて明らかに相違しており、また、溶液の攪拌の態様についても必ずしも同一であるのか明らかでない。

乙第6号証を検討するに、アプロチニンを含む組織接着剤溶液と塩化カルシウムを含むトロンビン溶液とを混合させて形成したフィブリン凝塊にプラスミンを添加した場合と、塩化カルシウムを含むアプロチニン溶液にトロンビンを溶解して得た溶液と組織接着剤溶液と混合して形成したフィブリン凝塊にプラスミンを添加した場合とで、フィブリン溶解に差が生じるか否かを確かめる実験がされているが、同実験に使用した組織接着剤にはプラスミノゲンをあらかじめ含有させておらず、後でプラスミンを添加させているので、甲第6号証の実験と比べて明らかに相違しており、また、フィブリン凝塊を形成するに当たっての溶液の攪拌の態様について必ずしも同一であるのか明らかでない。

乙第7号証を検討するに、アプロチニンを組織接着剤溶液にあらかじめ含有させてフィブリン凝塊を形成した場合と、アプロチニンをトロンビン溶液にあらかじめ含有させてフィブリン凝塊を形成した場合とで、プラスミンによるフィブリンの溶解に差が生じるか否かを確かめる実験を行っているが、同実験では、既に形成されているフィブリン凝塊にプラスミン溶液を重層させるというものであって、プラスミノゲンを当初から含有させてフィブリン凝塊を形成している甲第6号証の実験とは明らかに相違しており、また、フィブリン凝塊を形成するに当たっての溶液の攪拌の態様について必ずしも同一であるのか明らかでない。

以上によれば、乙第5号証ないし乙第8号証をもって、直ちに甲第6号証に記載された実験結果を否定するに足りるものとはいえない。

(5)  乙第15号証を検討するに、甲第13号証の実験と同様に、アプロチニンが、組織接着剤溶液に含まれているかトロンビン溶液に含まれているかで、動物の止血効果に差が生じるか否かを確かめる実験を行っているが、その結果によれば、アプロチニンが組織接着剤溶液に含まれている場合の実験結果10例中再出血が観察されなかったのは3例、トロンビン溶液に含まれている場合の実験結果10例中再出血が観察されなかったのは5例となっているが、それぞれの再出血した症例をみると、前者においては、最大出血量が0.03gないし14.7g、平均出血量が3.1gであるのに対して、後者においては、最大出血量が0、2gないし23.4g、平均出血量が3.6gとなっており、結局、後者は、前者に比べて再出血した症例が少ないという点で止血効果が良好であったが、再出血した症例の比較では、前者の方が止血効果が良好であったという矛盾した結果となっている。

上記事実によれば、乙第15号証をもって、直ちに甲第13号証の実験結果を否定するに足りるものとはいえない。

(6)  したがって、本願発明の効果について、当業者が容易に予想しうる程度を越えるものとは認められないとした審決の判断は、誤っているものというほかはない。

3  以上によれば、審決は、その認定判断を誤って、本願発明の引用技術1との相違点に関する進歩性を否定し、本願発明の奏する顕著な作用効果を否定し、ひいては、本願発明は、当業者が引用例1及び2に基づいて容易に発明をすることができたとしたものであって、違法であるから、取消しを免れない。

第4  よって、本訴請求は、理由があるから、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、66条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年1月21日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

本願は、1979年2月15日にオーストリア国においてなした特許出願に基づいて優先権を主張し、昭和55年2月8日に出願されたものであつて、その発明の要旨は、出願公告された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第5項に記載されたとおりのものと認められ、同第1項には次のとおり記載きれている。

「(1) フイブリノーゲンおよび第ⅩⅢ因子を含有する人間のまたは動物の蛋白をベースとする組織接着剤に於いて、

(a) 第ⅩⅢ因子を少なくとも7単位/mlの量でそしてフイブルノーゲンを少なくとも70mg/mlの量で含有し、その際に第ⅩⅢ因子とフイブリノーゲンとの割合(1gのフイブリノーゲン当たりの第ⅩⅢ因子の単位数で表わす)が少なくとも80であること、および

(b) プラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤を1ml当たり20~2000カリクレイン-阻害剤-単位(Kallikrein-Inhibitor-Einheit:KIE)含有することを組合わせて有することを特徴とする、上記組織接着剤。」

特許請求の範囲第1項に記載の発明を、以下「本願発明」と称する。

これに対して、原査定の拒絶の理由である特許異議の決定の理由に引用され、本願の前記優先権主張日前に頒布されたDie Medizinische Welt、29(17)1978、第720-724頁(以下「引用例1」という。)には、組織接着のためのフイブリノーゲン濃縮製剤(フイブリンクレーバー)に関し、フイブリン接着剤(ブイブリンクレーバー)には、少なくとも1mlの接着剤溶液につき、80mgのフイブリンが含まれているが、全タンパク質の79%は凝固し得、さらに、他のタンパクと一緒にアルブミンがディスク電気泳動により同定でき、プラスミノゲンの含量は、0.13mg/mlであり、第ⅩⅢ因子は十分に存在すること、更に、フイブリン溶解阻害剤を、トロンビンと一緒に局所に適用すると、術後のフイブリン溶解を阻止することができることが記載されている。また、同じくWiener Klinische Wochenschrift、1976、supplementum 49、第3-18頁(以下「引用例2」という。)には、フイブリノーゲンは接着すべき箇所に塗布し、トロンビン溶液及び第ⅩⅢ因子を十分に加えて凝固させることが、平均100mg/mlの通常のフイブリノーゲン濃度を使った場合、凝塊の強度は、トロンボエラスト・グラフイー(TEG)で測定乃至は記録しうる程度をはるかに超え、30mg/ml以下となつたときはじめて評価しうる成績を得、そこで、TEGによる試験はすべて20mg/ml濃度のフイブリノーゲン溶液を使用し、使用直前のトロンビン溶液に第ⅩⅢ因子を濃度を次第に高めて加え、フイブリン凝塊の強度が高められ、第ⅩⅢ因子の最適濃度は42mg程度であると思われることが記載され、また、フイブリン溶解の抑制について、フイブリン溶解とは、プラスミン酵素によるフイブリンおよびフイブリノーゲン分子の不可逆的分解であり、この酵素は血漿中で不活性な前駆物質プラスミノーゲンの形で存在し、その活性化は様々な組織、尿(ウロキナーゼ)および血液中に含まれるフイブリノキナーゼよつては直接的に、或いは、プロアクチベーターを介してフイブリノキナーゼ(例えばストレプトキナーゼ)によつては間接的に行われ、特にフイブリン溶解を行う活性物質が豊富にあるのは、子宮、副腎、肺、前立腺の他に、毛細管の内皮細胞や細かい静脈並びに血液微粒子であり、手術により細胞破壊があつた後には、大量の局部的フイブリン溶解が起こるが、炎症または回復過程(創復治癒)において遊離される非特異的蛋白分解酵素は、フイブリン凝固を分解することができると記載した上で、各0.2mlのフイブリノーゲン溶液たるヒトフイブリノーゲン氷点沈降物(トロンビン沈降性蛋白-フイブリノーゲン-110mg/ml)に、0.1mlのトロンピン溶液(3000N.I.H、Caイオン量を2倍にした5mlのリンゲル溶液中に溶かしてある)を添加して、SALK平板上で、フイブリン凝固物を形成させ、その溶解性を各0.3mlの尿素溶液、トリプシン、プラスミン、およびストレプトキナーゼで検査し、同様の試験を第ⅩⅢ因子(0.1mlの第ⅩⅢ因子溶液)を含むフイブリン凝固物で繰り返し、三番目の実験系では、0.3mlの天然の蛋白分解酵素阻害剤の添加によるフイブリン溶解阻止能を測定し、成績は、第ⅩⅢ因子を加えることにより、尿素溶液中の溶解性が完全に失われ、トリプシンとプラスミンによる凝固物の溶解を遅らせることができ、天然の蛋白分解酵素阻害剤を加えることにより、主としてトリプシン作用およびプラスミン作用が完全に阻止されると記載されている。

本願発明と引用例1に記載されたものとを対比すると、

引用例1の「80mgのフイブリン」の「フイブリン」が、本願発明にいう「フイブリノーゲン」と同義のものであり、また、同例における如きフイブリノーゲンを基調とする組織接着剤が人間または動物の血漿からの蛋白をベースとしたものであることは、何れも疑問の余地がないので、両者は、組織接着剤に関し、フイブリノーゲンおよび第ⅩⅢ因子を含有する人間のまたは動物の蛋白をベースとし、また、該フイブリノーゲンの含有量についても、引用例1の80mg/mlが本願発明の少なくとも70mg/mlに対し包含する関係にある点で一致し、本願発明において、(1)第ⅩⅢ因子の含有量を少なくとも7単位/mlと規定すると共に、第ⅩⅢ因子とフイブリノーゲンとの割合(1gのフイブリノーゲン当りの第ⅩⅢ因子め単位数で表わす)を少なくとも80と規定し、(2)組織機着剤に更にプラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤を含有させ、しかも、該阻害剤の含有量を1ml当り20~2000カリクレイン-阻害剤-単位と規定しているのに対し、引用例1ではこのようなことが示されていない点で相違するものとと認められる。

そして、請求人は、前記の相違点に関し、組織接着剤が優れた接着性と接着強度を発揮するにはフイブリノーゲンを高濃度とするだけでなく、第ⅩⅢ因子の含有量を高くしなければならないこと、本願発明の発明者の一人、ゼーリッヒ博士が作成した1993年11月24日付の実験報告書(Ⅱ)を提出し、同報告書からして、所定量のフイブリン溶解阻害剤を本願発明のように事前に組織接着剤に含有させていると、各引用例の如き従来のトロンビン溶液に含有させたもの(あるいは阻害剤が独立の溶液として添加されたもの)よりも、形成されたフイブリン凝塊中に均一に分散し、このことがフイブリン溶解活性を効率よく抑制し、かつ、治癒の進行に伴つて、接着剤が完全に吸収されるという予期できない効果を奏するものであり、かつ、阻害剤の規定された単位の量の範囲内で調剤すなわち組織接着剤の貯蔵安定性が改善されることなどから、本願発明は進歩性を有するものと認められるべき旨主張する。

そこで、請求人の主張するところに基づき前記の各相違点について検討する。

(1)本願発明において、前記のとおり、第ⅩⅢ因子とフイブリノーゲンとの割合(1gのフイブリノーゲン当りの第ⅩⅢ因子の単位数で表わす)が少なくとも80と規定しているが、この数値自体に、本願明細書及び本件審判請求書の各記載を精査するも、臨界的意義を認め得るに足る根拠が何も見出せないので、この数値による規定は、単に好ましい配合割合を選択した程度に留まるものと解される。しかるに、第ⅩⅢ因子は、周知のとおり、トロンビン溶液のカルシウムイオンの存在下で活性化した第ⅩⅢa因子にてフイブリノーゲンをトロンビンで凝固させたフイブリンを架橋させ高分子とし、結果、フイブリンの凝固を安定化させ溶解を遅らせる作用があるところ、この作用のための第ⅩⅢ因子の好ましい使用量は、引用例2にも例示されているが、その反応機構からして明らかなように、フイブリノーゲンの使用量に即し自ずから決まるものと認められる。

してみると、本願発明において規定した第ⅩⅢ因子とフイブリンーゲンとの割合については、当業者が追跡実験により容易に見出し得る性質のものと認められる。

(2)プラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤は、前記のとおり、フイブリノーゲンの凝固したフイブリンがプラスミンにより溶解されるのを阻止するのに使用されるもので、このような阻害剤の使用例が引用例1及び2に示されているが、その使用手段をみると、組織接着剤に予め含有させて使用するのではなく、トロンビンと一緒にとか単独で使用した例しか示されていない。しかしながら、阻害剤と第ⅩⅢ因子とは共にフイブリノーゲンをトロンビンにより凝固したフイブリンにいわば凝固の補強作用をなすものであつて、その一方の第ⅩⅢ因子の使用手段についてみると、引用例1では組織接着剤に予め含有させて使用するものであるが、引用例2では阻害剤の使用例と同様にトロンビンと一緒にとか単独で使用する例も示されていること、及び、引用例1に記載されているとおり、組織接着剤に阻害剤の作用対象となるプラスミンの前駆物質プラスミノゲンが直接に含まれていることを併せみると、本願発明の如く、プラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤の使用手段として、該阻害剤を組織接着剤に予め含有させて使用してみようとすることは、当業者にとり容易に考え及ぶことと認められる。

そして、このことによる請求人の主張するところの本願発明の効果についても、組織接着剤に阻害剤を予め含有させることとなれば、阻害剤が、他の成分と共に溶液状態にあるフイブリノーゲンと均一に分散され、結果的に凝固フイブリンに均一に分散されることとなることは明らかであるから、当業者が容易に予測し得る程度を越えるものとは認められない。

また、本願発明がプラスミノゲン-活性剤-阻害剤またはプラスミン-阻害剤の使用量を決定するに当つて、組織接着剤の含有量や組織中のプラスミノゲン活性物質の含有量などを勘案しなければならないことは当然のことであり、一方、本願発明において阻害剤を1ml当たり20~2000カリクレイン-阻害剤-単位の量と規定した数値自体に臨界的意義の存在を認め得る根拠が何も見出せないので、本願発明のかかる単位の量も、当業者が適宜に決定し得る程度のものと認められる。

そして、組織接着剤の貯蔵性が請求人の主張するように上記規定のアプロチニンの単位の量で改善されたとしても左程のものとは認め難く、むしろ、そのような貯蔵性は組織接着剤中の保護膠質としての役目を果たすアルブミンなど周知の貯蔵性に関わる機能をもつ血漿蛋白質に負うところが大きいものと認められ、一方、この認定を左右するに足る証拠は何も示していない。

したがつて、請求人の前述の主張は理由がないものという他はない。

以上のとおり、本願発明は、各引用例に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

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