東京高等裁判所 平成6年(行ケ)59号 判決 1995年11月21日
東京都世田谷区駒沢3丁目16番3号
原告
ライザー工業株式会社
同代表者代表取締役
山形光二
同訴訟代理人弁理士
田中昭雄
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
佐伯義文
同
山田幸之
同
花岡明子
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第15986号事件について平成6年1月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和63年9月24日、名称を「用廃水の微生物処理装置」(後に「用廃水の微生物処理方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和63年特許願第237527号)したが、平成4年6月19日拒絶査定を受けたので、同年8月19日審判を請求し、平成4年審判第15986号事件として審理されたが、平成6年1月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年3月5日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
容器内にはケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品の濾材を充填し、該充填層を仕切板で仕切って通水路を形成し、更に上記充填層の中央には紫外線ランプを挿入するとともに、上記通水路には室温~50℃に加温された処理すべき浴槽水、プール用温水を循環させて上記焼成品の表面に微生物膜を成長せしめ、上記被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理し、更に上記紫外線ランプより照射される紫外線により被処理水中に含まれる生菌を殺菌乃至除菌処理することを特徴とする浴槽水、プール用温水の用廃水微生物処理方法。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) これに対して、本願の出願前に頒布された特開昭62-262795号公報(昭和62年11月14日出願公開。以下「第1引用例」という。)には、「この発明による低濃度有機廃水の処理方法は、不溶性担体に微生物を自然付着させ、微生物付着担体を曝気槽内で流動させて廃水を処理するに当り、担体としてクリストバライトの焼成物を用いることを特徴とする」(2頁右上欄2行ないし6行)こと、及び「担体(2)をドラフト管(7)の内部で上昇させかつ同管(7)の外部で下降させて、曝気槽(1)内を流動させた」(3頁左上欄下から4行ないし1行)ことが図面と共に記載されており、同じく、本願の出願前に頒布された特公昭58-8812号公報(昭和58年2月17日出願公告。以下「第2引用例」という。」には、水の微生物処理を行う際、「紫外線を放射する紫外線灯を組み込んだ紫外線照射槽に槽中の水を導いて、この槽内で、・・・紫外線を照射した後、空隙率の大きい合成樹脂製繊維から成る網状層状体を円筒状または袋状に形成して微生物着床体とし、被浄化水がこの全面からほぼ均一に透過するよう支持筒に装着した浄化槽に導き、浄化して水槽に戻すもので、これを循環して行なうものである」(4欄4行ないし14行)こと、及びその作用効果として、「バクテリアは紫外線照射により殺菌され、その後、殺菌されたバクテリアは循環して浄化槽に導入され分解される結果、過剰バクテリアの蓄積を防止し、着床体の目詰りを極力少なくすることができる」(14欄7行ないし11行)ことが図面と共に記載されている。
(3) そこで、本願発明と第1引用例に記載されたものとを対比すると、第1引用例の「槽」、「クリストバライトの焼成物」、「担体」、「ドラフト管」は、各々、本願発明の「容器」、「ケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品」、「濾材」、「仕切板」に相当するから、結局、両者は、容器内にはケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品濾材を充填し、該充填層を仕切板で仕切って通水路を形成し、上記通水路には処理すべき水を循環させて上記焼成品の表面に微生物膜を成長せしめ、上記被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理する廃水微生物処理方法である点で一致し、次の点で相違する。
<1> 本願発明は、被処理水が浴槽水、プール用温水の用廃水であるのに対し、第1引用例のものは、低濃度有機廃水と記載されているだけで、特に限定されていない点(相違点<1>)。
<2> 本願発明は、被処理水を、室温~50℃に加温するのに対し、第1引用例のものは、被処理水の温度については記載されていない点(相違点<2>)。
<3> 本願発明は、充填層の中央には紫外線ランプを挿入するとともに、被処理水中の含有物を微生物膜との接触により分解処理した後に、紫外線ランプにより照射される紫外線により被処理水中に含まれる生菌を殺菌乃至除菌処理するようにしたのに対し、第1引用例のものは、紫外線ランプについては記載されていない点(相違点<3>)。
(4) 相違点について検討する。
<1> 相違点<1>について
第1引用例には、被処理水が低濃度有機廃水であることが記載されており、かつ、被処理水を低濃度有機廃水の下位概念である浴槽水、プール用温水の用廃水に限定することに格別の技術的意味があるものとは認められない。
<2> 相違点<2>について
微生物によって、その活動に適した温度があるため、その温度に合わせて被処理水の温度を室温~50℃に加温することは、当業者が必要に応じて適宜採用し得たものと認められる。
<3> 相違点<3>について
(a)第2引用例には、微生物による水処理において過剰バクテリアの蓄積を防止し、着床体の目詰りを極力少なくするために、被処理水を紫外線を照射することによりバクテリアを殺菌した後に、これを浄化槽に導く旨記載されており、第1引用例における廃水微生物処理方法において、第2引用例に記載された、被処理水に紫外線を照射する技術を適用し、紫外線ランプより照射される紫外線により被処理水中に含まれる生菌を殺菌乃至除菌処理するようにすることは、当業者が容易になし得たものと認められ、(b)また、その際、被処理水を殺菌処理した後に微生物処理を行うか、あるいは微生物処理を行った後に殺菌処理するかは、微生物処理の効率を優先するか、殺菌処理の効率を優先するかによって選択すべき事項であり、被処理水を殺菌処理した後に、微生物処理を行うことに代えて、微生物処理を行った後に、殺菌処理するようにすることは、当業者が適宜なし得たものと認められ、(c)かつ、充填層の中央に紫外線ランプを挿入して、本願発明のごとく構成することに格別困難性があるものとは認められない。
<4> そして、本願発明は、上記構成を採ることにより格別の効果を奏しているものとは認められない。
(5) したがって、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願発明と第1引用例のものとが、「上記焼成品の表面に微生物膜を成長せしめ、上記被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理する」点で一致しているとの部分は争い、その余は認める。同(4)<1>は認める。同(4)<2>は争う。同(4)<3>のうち、(b)は認めるが、その余は争う。同(4)<4>、(5)は争う。
審決は、本願発明と第1引用例のものとの一致点の認定及び相違点<2>及び<3>についての判断をいずれも誤り、かつ、本願発明の奏する顕著な効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 一致点の認定の誤り(取消事由1)
<1> 第1引用例(甲第2号証)のものは活性汚泥処理する方法であるが(1頁右下欄4行)、この活性汚泥法は、フロック状に成長した微生物の集塊(活性汚泥)を水中に懸濁浮遊させた状態で被処理水と接触させて浄化するものである。第1引用例のものでは、活性汚泥をフロック状に成長させるために、被処理水を冷却するとともに、活性汚泥の曝気槽内での濃度を維持するためにクリストバライトの焼成物からなる不活性担体に自然付着させるものであり、本願発明とは逆に被処理水を冷却しており、クリストバライトの焼成物はその表面に微生物膜を成長させる濾材として使用するのでなく、フロック状に成長した活性汚泥を自然付着させる不活性担体として使用するものである。
上記のとおり、第1引用例のものは、「焼成物の表面に微生物膜を成長せしめ、被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理するもの」ではない。
したがって、本願発明と第1引用例のものとが上記の点でも一致するとした審決の認定は誤りである。
<2> 被告は、第1引用例の処理方法は、水処理の初期の段階において、クリストバライトの焼成物の表面にわずかに付着した微生物膜が、その後、時間の経過に伴って定常的な水処理ができる程度に成長していく方法、すなわち生物膜法に属する方法である旨主張する。
しかし、第1引用例の「クリストバライトの焼成品に微生物を自然付着させる」旨の記載は、「曝気槽内に不活性担体を装入し、同担体に汚泥を付着させることによって、槽内の汚泥濃度を高く維持し」(2頁左上欄2行ないし4行)等の記載から判断して、曝気槽内でのフロック状に成長した微生物の集塊(活性汚泥)の沈降を防ぐために、「曝気槽内で成長した活性汚泥をクリストバライトの焼成物に自然付着させる」ことを意味しているとみるべきである。すなわち、第1引用例のものでは、曝気槽内でフロック状に成長した微生物の集塊(活性汚泥)を、クリストバライトの焼成品に自然付着させるのであり、水処理の初期の段階において、クリストバライトの焼成物の表面にわずかに付着した微生物膜が、その後、時間の経過に伴って定常的な水処理ができる程度に成長させるものではない。
なお、第1引用例の「曝気槽内にクリストバライトの焼成物からなる担体と種汚泥として活性汚泥を添加する」(2頁右下欄7行ないし9行)との記載からしても、第1引用例のものでは、種汚泥を核として活性汚泥を成長させ、この活性汚泥をクリストバライトの焼成物の表面に自然付着させるものであって、微生物をクリストバライトの焼成物の表面に成長させるものでないことは明らかである。
また、一般に気体又は溶液中の溶質が固体表面に吸着する際に、気体一固体間の相互作用が弱く特殊な化学結合が認められない物理吸着は、低温において著しく増大することが知られており、第1引用例のように被処理水を冷却して曝気槽内に送り込むような低温の条件下では、当然活性汚泥がクリストバライトの焼成物表面に物理吸着(自然付着)され、その表面は速やかに活性汚泥で覆われると予想されるから、水処理の初期の段階において、上記クリストバライトの焼成物の表面にわずかに付着した微生物膜が、その後、時間の経過に伴って成長するという現象は起こり得ない。
(2) 相違点<2>の判断の誤り(取消事由2)
<1> 第1引用例の2頁右下欄11行ないし13行の記載及び第1図から明らかなように、第1引用例のものでは、活性汚泥の生成を良好にするために、常温の被処理水を本願発明とは逆に冷却槽(3)で冷却して曝気槽に導入しているから、第1引用例より、被処理水の温度を室温~50℃に加温することは、当業者が必要に応じて適宜採用し得ることではない。
また、本願発明において、「被処理水の温度を室温~50℃に加温する」という温度条件は、単に微生物の活動温度に合わせて定めたものでなく、被処理水の温度条件と充填層を形成する濾材の種類を替えた場合の被処理水の処理効率について多くの実験を重ねた結果、被処理水の温度を室温~50℃とし、濾材としてクリストバライト等のケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品を使用するときが最も良好な処理効率が得られることを見いだし、この実験結果に基づいて上記の温度条件を定めているのである。本願発明のような生物膜法においては、濾材の表面に成長せしめた微生物膜に被処理水を接触させて処理するところから、その処理効率には微生物の活動温度以外に、濾材の種類等が関与しており、したがって、その最適の処理効率は、一義的に微生物の活動温度によって定まるものではなく、本願発明のように被処理水の温度条件と充填層を形成する濾材の種類を替えた実験結果によらなければ定めることができないのである。しかるに審決は、この点を看過している。
したがって、相違点<2>の判断は誤りである。
<2> 被告は、第1引用例の発明は冷却槽を必須要件とするものではない旨主張するが、第1引用例の発明で冷却槽を設ける理由は、活性汚泥の生成を良好にするためだけでなく、低温条件下において、活性汚泥がクリストバライトの焼成物表面に物理吸着(自然付着)し易くなることを考慮すると、クリストバライトの焼成物表面に生成した活性汚泥を自然付着し易くするためでもある。すなわち、第1引用例の発明の必須要件である「自然付着」を実現させるために、被処理水を冷却して曝気槽に導入することが必要であり、したがって、冷却槽を設けることも第1引用例の発明の必須要件といえるから、被告の主張は失当である。
(3) 相違点<3>の判断の誤り(取消事由3)
第2引用例のものは、合成樹脂製繊維からなる微生物着床体に被浄化水を接触させて浄化処理を行うものであり、これは、本願発明と同様の生物膜法による処理方法であるのに対して、第1引用例のものは、活性汚泥法による処理であって、両者の技術思想は異なるものであるから、第2引用例に記載の「被処理水に紫外線を照射する技術」を第1引用例の発明に適用することはできない。
したがって、相違点3の判断は誤りである。
(4) 顕著な効果の看過(取消事由4)
紫外線による水殺菌は、他の殺菌法と異なり、残留効果を持たない特性があり、濾材に発生した微生物の生息に影響を及ぼさないので、本願発明のように「充填層の中央に紫外線ランプを挿入して紫外線の照射を行う」と、微生物膜内に生息する生菌がより効果的に殺菌ないし除菌処理できるなど、第2引用例の発明にはない特別の効果を奏することができる。
したがって、本願発明の効果についての審決の判断は誤りであって、本願発明の顕著な効果を看過している。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
第1引用例には、同引用例における廃水の処理方法につき活性汚泥処理法と記載されてはいるが、クリストバライトの焼成品からなる不溶性担体に微生物を自然付着させた微生物付着担体を用いている点で、典型的な活性汚泥法とは異なっており、原告の主張はその前提において失当である。
上記のとおり、第1引用例の処理方法は、クリストバライトの焼成品からなる不溶性担体に微生物を自然付着させた微生物付着担体を用いるものであるから、水処理の初期の段階において、クリストバライトの焼成物の表面にわずかに付着した微生物膜が、その後、時間の経過に伴って定常的な水処理ができる程度に成長していく方法、すなわち生物膜法に属する方法であるといえる。
原告は、第1引用例のものでは被処理水を冷却しているから、活性汚泥はクリストバライトの焼成物表面に物理吸着され、その表面は速やかに活性汚泥で覆われると予想され、水処理の初期の段階において、クリストバライトの焼成品の表面にわずかに付着した微生物膜が、その後、時間の経過に伴って成長するという現象は起こり得ないと主張するが、第1引用例には、活性汚泥をクリストバライトの焼成物の表面に物理吸着させることについて記載されていない。
(2) 取消事由2について
第1引用例の図面には、冷却槽(3)が設けられているものが記載されいるが、第1引用例の発明は冷却槽を必須の要件とはしていない。
第1引用例には、クリストバライトの焼成品を微生物の担体として用いることが記載されており、しかも、本願発明は微生物の種類について何ら限定していないが、どの程度の温度が最適なのかは、微生物によってその活動に適した温度があること、浴槽湯の処理及び熱帯魚飼育用水の処理等、室温より高温の温度範囲で水処理を行うことが普通に行われていることを勘案すると、被処理水の温度範囲を室温~50℃と限定するようなことは、当業者であれば格別の工夫を要することなく定め得たものとするのが相当である。
(3) 取消事由3について
上記(1)で述べたように、第1引用例の処理方法はいわゆる生物膜法に属する方法であるから、第1引用例のものと第2引用例のものとは、生物膜法である点で共通している。
したがって、当業者が第2引用例に記載された技術を第1引用例の発明に適用することが容易になし得ないほど、両者が技術思想を異にしているということはできず、原告の主張は失当である。
(4) 取消事由4について
第2引用例のものも、紫外線照射槽Cにおいて廃水に紫外線を照射するものであり、濾材に発生した微生物生息に影響を及ぼさないことは明らかであり、微生物膜内に生息する生菌のみの殺菌ないし除菌処理ができるものであるから、原告の主張は失当である。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点のうち、第1引用例及び第2引用例に審決摘示の事項が記載されていること、本願発明と第1引用例のものとの相違点の認定及び相違点<1>についての判断についても、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 第1引用例の「槽」、「クリストバライトの焼成物」、「担体」、「ドラフト管」が、各々、本願発明の「容器」、「ケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品」、「濾材」、「仕切板」に相当すること、本願発明と第1引用例のものはいずれも廃水微生物処理方法であって、「容器内にはケイ酸SiO2を主成分とする天然多孔質系珪藻土鉱物の焼成品濾材を充填し、該充填層を仕切板で仕切って通水路を形成し、上記通水路には処理すべき水を循環させる」点で一致していることについては、当事者間に争いがない。
<2> そこで、第1引用例のものが、「焼成品の表面に微生物膜を成長せしめ、被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理する」ものであるか否かについて検討する。
第1引用例(甲第2号証)には、「この発明は、比較的低濃度の有機物を含む廃水を、好気的に活性汚泥処理する方法に関し、さらに詳しくは特定の担体に活性汚泥を付着させて同担体を曝気槽内で流動させることによって廃水を処理する方法に関する。」(1頁右下欄3行ないし7行)と記載されていることが認められるが、乙第1号証(「水質汚濁防止技術と装置=1 水質汚濁防止技術概論」昭和53年10月20日株式会社培風館発行)中の「曝気槽で活性汚泥と有機物を接触させて有機物を酸化分解し、沈殿槽で処理水と活性汚泥とを分離し、活性汚泥を再び曝気槽へ循環させる方式を活性汚泥処理法と呼んでいる。」(23頁9行ないし11行)との記載に照らしても、上記のとおり担体を用いる第1引用例の発明は、担体を用いない、通常の活性汚泥処理法とは異なるものと認められる。
ところで、第1引用例の発明による低濃度有機廃水の処理方法は、不溶性担体に微生物を自然付着させ、微生物付着担体を曝気槽内で流動させて廃水を処理するに当り、担体としてクリストバライトの焼成品を用いることを特徴とするものであるが(このことは当事者間に争いがない。)、この方法において担体に付着した微生物が、曝気槽で増殖し、微生物膜が成長することは、次の点からいっても、当業者にとって自明のことと認められる。すなわち、甲第13号証(「水質汚濁防止技術と装置=5 水質汚濁防止技術概論」昭和54年10月25日株式会社培風館発行)には、表面に微生物膜を着生させた流動状態の濾材と汚水を接触させて汚水を浄化処理する流動接触濾床法が生物膜法の一種として記載されており(130頁7行ないし12行)、乙第7号証(特開昭49-113457号公報)には、活性汚泥の着生媒体となる固形物メディアを曝気槽内に浮遊させて、活性汚泥方式により廃水処理する方法において、固形物メディアの表面に生物膜が着生し、この生物膜と汚水とが接触し、汚水が浄化されることが記載されているが(特許請求の範囲、2頁右上欄2行ないし6行)、第1引用例のものにおいて、不溶性担体(クリストバライトの焼成品)が曝気槽内に流動する状態は、甲第13号証の流動接触濾床法において生物膜着生濾材が流動する状態、乙第7号証記載の方法において曝気槽内で固形物メディアが浮遊する状態に相当するものであるから、第1引用例の方法におけるクリストバライト焼成品に生物膜が着生することは明らかである。
したがって、第1引用例のものは、「焼成品の表面に微生物膜を成長せしめ、被処理水中の含有物を該微生物膜との接触により分解処理する」方法を用いているものと認められる。
<3> 原告は、第1引用例の「クリストバライトの焼成品に微生物を自然付着させる」旨の記載は、「曝気槽内に不活性担体を装入し、同担体に汚泥を付着させることによって、槽内の汚泥濃度を高く維持し」(2頁左上欄2行ないし4行)等の記載から判断して、曝気槽内でのフロック状に成長した微生物の集塊(活性汚泥)の沈降を防ぐために、「曝気槽内で成長した活性汚泥をクリストバライトの焼成物に自然付着させる」ことを意味しているとみるべきであり、また、第1引用例の「曝気槽内にクリストバライトの焼成物からなる担体と種汚泥として活性汚泥を添加する」(2頁右下欄7行ないし9行)との記載からしても、第1引用例のものでは、種汚泥を核として活性汚泥を成長させ、この活性汚泥をクリストバライトの焼成物の表面に自然付着させるものであって、微生物をクリストバライトの焼成物の表面に成長させるものでないことは明らかである旨主張する。
第1引用例には、「上記のような点を改善する方法として、曝気槽内に不活性担体を装入し、同担体に汚泥を付着させることによって、槽内の汚泥濃度を高く維持し、以って廃水の処理能力の向上が考えられている。しかしながら、この方法では・・・糟内の汚泥濃度が高く維持できなくなり、ひいては処理水質の低下をまねくことになる。この発明は、・・・処理水質の低下をまねくおそれのない、低濃度有機廃水の処理方法を提供することを目的とする。」(2頁左上欄1行ないし16行)と記載されており、この記載によれば、第1引用例の発明は、曝気槽内の汚泥濃度を高く維持するという課題を解決するために、流動する不溶性担体を加えて槽内の汚泥濃度を高く維持するようにしたものと認められるが、第1引用例の発明は、不溶性担体に微生物を自然付着させた微生物付着担体を用いるものであり、前記のとおり、この方法においては、担体に付着した微生物が、曝気槽で増殖し、微生物膜が成長することが明らかであるから、流動する不溶性担体を加えて槽内の汚泥濃度を高く維持するようにしているからといって、第1引用例の発明が、いわゆる生物膜法ではないということにはならない。
また、第1引用例には、「種汚泥として活性汚泥を・・・になるように同槽(1)に添加した。」(2頁右下欄7行ないし9行)と記載されていることが認められるが、生物膜法は、接触材(濾材)表面に微生物膜を付着・成長させるのに長期間を要するという欠点があることから(乙第6号証2頁左上欄10行ないし13行)、第1引用例のものでは、早期に処理機能を確立するために種汚泥を加えて、クリストバライトの焼成品に微生物を付着させ、微生物膜を成長させているものと考えるのが自然である。したがって、第1引用例の発明が曝気槽内に種汚泥を添加したことをもって、生物膜法であることを否定する根拠とすることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
また、原告は、第1引用例のように被処理水を冷却して曝気槽内に送り込むような低温の条件下では、当然活性汚泥がクリストバライトの焼成物表面に物理吸着(自然付着)され、その表面は速やかに活性汚泥で覆われると予想されるから、微生物膜が成長するという現象は起こり得ない旨主張する。
しかし、第1引用例には、クリストバライトの焼成品の表面が速やかに活性汚泥で覆われ、微生物膜が成長しないことを示すような記載ないし示唆はない。また、甲第14号証(「化学大辞典」昭和46年2月5日共立出版株式会社発行)には、「物理吸着は低温で著しい」旨記載されている。しかし、同号証には、「物理吸着」は「気体または溶液中の溶質が固体表面に吸着する際に、気体一固体間あるいは溶質一固体間の相互作用が弱く特殊な化学結合が認められない場合をいう。」と定義されているところ、活性汚泥は溶質ではないから、活性汚泥のクリストバライト焼成品への付着を物理吸着ということはできず、したがって、第1引用例のような低温の条件下では、クリストバライトの焼成品表面は速やかに物理吸着された活性汚泥で覆われ、微生物が成長する現象は起こり得ないとする原告の主張は採用できない。
<4> 以上のとおりであって、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 第1引用例の2頁9行ないし13行の記載及び図面第1図によれば、第1引用例記載の実施例では、合成有機廃水を冷却槽(3)内の廃水槽(4)から曝気槽(1)へ導入しており、冷却槽で合成有機廃水を冷却しているものと認められる。
しかし、有機合成工程の種類により、その工程から生じる廃水の温度が異なることは明らかであるところ、第1引用例には、その対象となる合成有機廃水がどのような合成工程から発生したものであるのか、また、その冷却がどの程度の温度の廃水をどの程度まで冷却するのかについての具体的な記載はなく、上記冷却が室温以下に冷却することを意味しているのか否か明らかではない。
ところで、生物膜法も活性汚泥法も好気性細菌を利用して廃水処理を行うものであり(乙第1号証22頁ないし24頁、乙第5号証159頁図9・2)、これらの細菌には、低温菌(発育、繁殖温度、0~30℃)、中温菌(同10~45℃)、高温菌(同25~70℃)等多様な菌が存在すること(乙第5号証162頁)、例えば、生物膜法と認められる第2引用例(魚類飼育水槽用水の浄化方法に関するもの)、乙第3号証の1(実開昭62-199107号公報、浴槽湯の循環装置に関するもの)、活性汚泥法と認められる乙第8号証(実開昭58-132595号公報、前ばつ気槽制御装置に関するもの)、第9号証(特開昭62-132595号公報、ばつ気槽用加温装置に関するもの)には、加温された被処理水を使用することが記載あるいは示唆されていることからすると、上記各廃水処理法が、室温以下でしか効率的に実施できないというものでないことは明らかである。
したがって、生物膜法において、処理効率を考慮しつつ、被処理水の温度範囲を設定することは当業者が適宜行うことにすぎず、本願発明において被処理水の温度を室温~50℃とすることに格別の困難性があったとは認められない。
<2> 原告は、生物膜法における処理効率は被処理水の温度条件と濾材(不溶性担体)の種類が影響するから、最適の処理効率はこれらの条件を替えた実験結果によらなければ定めることはできない旨主張する。
しかし、第1引用例には、クリストバライトの焼成品を担体とする生物膜法が記載されているのであるから、上記担体の使用を前提として最適の処理温度を定めることに格別の困難性があるということはできない。
<3> 以上のとおりであって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
<1> 被処理水を殺菌処理した後に微生物処理を行うか、あるいは微生物処理を行った後に殺菌処理するかは、微生物処理の効率を優先するか、殺菌処理の効率を優先するかによって選択すべき事項であり、被処理水を殺菌処理した後に微生物処理を行うことに代えて、微生物処理を行った後に殺菌処理するようにすることは、当業者が適宜なし得たものであることについては、当事者間に争いがない。
<2> 審決摘示の第2引用例の記載事項によれば、第2引用例には、微生物による水処理において、過剰バクテリアの蓄積を防止し、被処理水に紫外線を照射することによりバクテリアを殺菌した後に、これを浄化槽に導くことが記載されているということができる。そして、第2引用例の発明は生物膜法、紫外線照射殺菌法を利用する廃水処理法である(このことは当事者間に争いがない。)のに対し、前記(1)に認定のとおり、第1引用例の発明は生物膜法を利用する廃水処理法である。
上記のとおり、第1引用例の発明と第2引用例の発明はいずれも、生物膜法を利用しており、第2引用例には、生物膜法と紫外線照射技術を併用することが示されているのであるから、第1引用例の廃水処理法に対し、第2引用例の紫外線照射技術を付加適用することは、当業者が容易に想到し得ることと認められる。
原告は、第1引用例の発明は活性汚泥法であるから、第2引用例の紫外線照射技術を適用することはできない旨主張するが、採用できない。
<3> したがって、相違点<3>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。
(4) 取消事由4について
<1> 本願明細書には、「この処理水は充填層の中央に形成された通水路に送られ、ここで微生物吸着層で資化されない一部の雑菌はランプにより紫外線の照射を受けて殺菌乃至除菌されるので、負荷過剰現象が抑制されるのである。」(甲第8号証12頁13行ないし17行)、「処理装置内に混入する雑菌等は紫外線処理により微生物装置内に繁殖する好気性の微生物に影響を与えることなく、効果的に殺菌処理できる。」(同17頁1行ないし4行)と記載されていることが認められる。
他方、第2引用例に、「バクテリアは紫外線照射により殺菌され、その後、殺菌されたバクテリアは循環して浄化槽に導入され分解される結果、過剰バクテリアの蓄積を防止し、着床体の目詰りを極力少なくすることができる。」と記載されていることは、当事者間に争いがない。
<2> 原告は、紫外線による水殺菌は他の殺菌法と異なり、残留効果を持たない特性があり、濾材に発生した微生物の生息に影響を及ぼさないので、本願発明のように「充填層の中央に紫外線ランプを挿入して紫外線照射を行う」と、微生物膜内に生息する生菌がより効果的に殺菌ないし除菌処理できるなど、第2引用例の発明にない特別の効果を奏することができる旨主張する。
しかし、本願明細書に、「紫外線による水殺菌が他の殺菌法と異なり、残留効果をもたない特性があり、濾材に発生した微生物生息に影響を及ぼさないので、装置内の好気性の微生物が紫外線により死滅することもない。」(甲第8号証13頁4行ないし8行)と記載されていることからしても、上記記載事項は技術常識に属することと考えられる。そして、第2引用例の発明は、生物膜法を行う浄化槽とは別体に配置した紫外線照射槽に紫外線ランプを設けて紫外線の照射を行うもので、本願発明のように、充填層の中央に紫外線ランプを挿入して紫外線の照射を行うものではないが、第2引用例の発明も本願発明と同様に、生物膜処理部と紫外線照射部とを区画し、紫外線照射が生物膜内における微生物の生息に影響を及ぼさないようにするものであり、上記のような紫外線ランプの配置の相違が効果の点で格別の差異をもたらすものとは認め難い。結局、本願発明も第2引用例の発明も、被処理水に対し、紫外線による照射を行って被処理水中に含まれる生菌の殺菌ないし除菌をする点では差異はなく、本願発明が第2引用例の発明に比べて格別の効果を奏するものとは認め難い。
<3> したがって、本願発明の効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由4は理由がない。
3 以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。
よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)