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東京高等裁判所 平成7年(う)302号 判決 1997年5月12日

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡部保男作成名義の控訴趣意書及び弁論要旨に、これに対する答弁は、検察官坂田一男作成名義の答弁書及び検察官伊豆亮衞作成名義の弁論要旨に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、被告人に死刑を宣告したが、被告人に対する量刑に当たっては、被告人の異常盗癖・異常性欲等を含む規範意識の欠如が形成されるに至った経緯(劣悪な家庭環境、小学校・中学校における悲惨な体験等)を深く洞察し、これを斟酌すべきであること、被告人は、原審段階において、一時期、自暴自棄となって死刑を望み、不合理な虚偽の供述をするなどして、反省悔悟の態度が十分ではなかったとみられていたところ、原判決後は、次第に、本件各犯行の重大性を認識し、自分の過去の犯罪を通じて、自己の生き方、考え方に問題があり、人生に対する内省が欠落していたことなどに気付き、現時点においては、被害者、遺族等に対する真摯な謝罪と反省悔悟を深めており、被告人の情状は、原判決後、大幅に変更があること、死刑の適用は、これを慎重に行うべきであり、その罪責がまことに重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合に限り、死刑の選択が許されるとする最高裁判決(昭和五八年七月八日第二小法廷・刑集三七巻六号六〇九頁)の趣旨及び近時における量刑の傾向等に徴すると、原判決の量刑は重すぎて不当であるから、原判決を破棄し、被告人に対して無期懲役の判決をされるよう求める、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討する。

本件は、被告人が、強盗と強姦を企図し、白昼、顔見知りの主婦宅に上がり込み、同女から現金約三万一、〇〇〇円を強取するとともに同女を姦淫し、その口封じに確定的殺意のもとに、千枚通し及び牛刀で同女の側胸部、頚部を突き刺し、総頚動脈等切断に基づく失血により同女を死亡させて殺害したという強盗強姦・強盗殺人の事案(原判示第五の事実)、右犯行の約四〇日前、一人住まいの女性を狙って強盗と強姦を企て、未明、未婚女性の部屋において、果物ナイフで脅迫するなどして、同女から現金約一万七、〇〇〇円を強取するとともに同女を姦淫したという強盗強姦の事案(原判示第四の事実)のほか、遊興費ほしさに三回にわたって空巣窃盗に及んだ事案(原判示第一ないし第三の各事実)である。

被告人は、北海道上川郡和寒町において、農家の一一人兄弟姉妹(男八人、女三人)の七男として出生したが、小学二年生のころ、父親が脳溢血で倒れ、中学入学のころには、母親も心臓病等に冒されたことなどから、経済的に貧しく、家業の養豚の手伝いなどのため、学校を欠席することが多く、成績も振るわず、空巣盗や性的いたずらを繰り返すようになり、中学二年時には、女子小学生に対する強制わいせつ等の非行により、北海初等少年院に送致され、約二年間収容された。そして、中学卒業の昭和四七年春、六男の兄六郎を頼って上京し、塗装工として働いたが、空巣窃盗や強盗の非行により家庭裁判所に送致され、成人後の昭和五三年一〇月三一日、東京地方裁判所において、窃盗(空巣二二件)、有印私文書偽造・同行使・詐欺(窃取した郵便貯金通帳等を利用して郵便局から貯金引出し名下に金員を騙取した)、暴行(深夜エレベーター内において女性の首を締めるなどした)等の罪により、懲役二年六月・四年間執行猶予の判決を受け、故郷の和寒町に戻った。しかし、右判決の一週間後には、白昼、同町内において、留守番中の二三歳の女性に対し、包丁を突きつけて脅迫し、両手を縛り、猿ぐつわをするなどした上、姦淫し、処女膜裂創の傷害を負わせる強姦致傷の犯行に及び、同年一二月二七日、旭川地方裁判所において懲役三年六月に処せられ、前記執行猶予が取消された刑期をも併せて函館少年刑務所に服役した。被告人は、昭和五九年五月四日、右刑務所を仮出獄後、再度上京したが、その翌日、喫茶店で女性の後頚部等に咬みつき、頚部を締めるなどして傷害を負わせる事件を起こして、罰金八万円に処せられた。

また、被告人は、同月二三日ころ、乙山塗装店(乙山春男が経営し、平成四年三月に有限会社乙山塗装店となる。)に塗装工として就職し、昭和六〇年八月ころ、丙原花子(当時二八歳位)と結婚して、同女とその連れ子二人とともに暮らすようになり、間もなく、同女との間に長男太郎をもうけたものの、昭和六一年四月ころから昭和六三年七月ころにかけて、空巣窃盗を重ねるに及び、同年一一月二日葛飾簡易裁判所において、窃盗九件等の罪により懲役一年六月に処せられて、滋賀刑務所に服役した。その後、平成元年九月二一日仮出獄して、乙山塗装店に復職したが、仮出獄期間中の同年一二月に、未成年の女性に対する強制わいせつの嫌疑で逮捕され、乙山塗装店の経営者の尽力で示談が成立したため、刑事訴追は免れたものの、右仮出獄が取り消されて、黒羽刑務所で残刑の執行を受けることとなり、妻花子とも離婚の止むなきに至り、長男太郎は同女に引き取られた。そして、被告人は、平成二年六月一日に右刑務所を満期出所し、再び乙山塗装店で働き始め、平成三年六、七月ころ、行きつけのスナックで、主婦の丁川夏子(昭和二二年一〇月一八日生)と知り合い、間もなく親密な仲となり、夫と離婚した同女と平成四年三月三一日に婚姻し、同女方の姓を名乗ることとなった。

被告人は、夏子と結婚したころ、乙山塗装店から一か月平均約四〇万円の給料を得ており、これを全額妻夏子に渡し、その中から四万ないし六万円位を小遣いとしてもらっていたものの、パチンコ、競馬等のギャンブルに凝り、小遣いだけでは到底足りず、常に遊興費等に窮する状態となったが、金銭面に厳しい妻に右金額以上を求めることができず、空巣窃盗を敢行するようになり、その一環として、原判示第一ないし第三の各犯行に及んだものである。

被告人は、妻夏子との夫婦仲は円満で、性生活の面でも格別不満はなかったにもかかわらず、二二歳時の昭和五三年一一月に犯した前記強姦致傷の犯行の際、被害者に対して、猿ぐつわをし、緊縛するなどして極度に畏怖させた上、思うがままに姦淫したことに覚えた異常な性的快感が忘れられず、右と同様の手段で女性を姦淫したい願望を抱き、その異常性欲を満足させるとともに、遊興費等欲しさも加わり、各敢行するに至ったのが、原判示第四及び第五の各犯行である。

すなわち、原判示第四の強盗強姦の犯行は、被告人が、未明に、刃体の長さ約一〇センチメートルの果物ナイフ、軍手、目隠用の粘着テープ等を携行し、自転車に乗って一人暮らしの女性の部屋を捜し回った末、アパートの一室にA(当時一九歳)が寝ているのを認めるや、軍手を着用して、風呂場の窓から右居室内に至り、同所にあったパンティストッキングで覆面をした上、就寝中の同女に前記果物ナイフを突きつけ、「騒いだら殺すぞ。金を出せ」などと申し向け、手にしたおしぼりタオルで猿ぐつわをし、同室内にあったパンティストッキングで両手を緊縛し、前記粘着テープで目隠しをするなどの暴行脅迫を加えて、その反抗を抑圧し、同女から現金約一万七、〇〇〇円を強取するとともに、下着を剥ぎ取るなどした上、同女を強いて姦淫したというものである。

そして、原判示第五の強盗強姦、強盗殺人の犯行は、被告人が、塗装工としての仕事先で、湯茶の接待等を受けて、顔見知りとなった主婦B(当時三五歳)に対して、性的欲望を覚え、前記の異常な手口により同女を姦淫したいとの願望を強く抱き、併せて金員強取をも企図し、その機会を窺っていたところ、原判示第四犯行の約四〇日後、雨天のため仕事が休みになので、かねてからの企てを実行に移そうと決意するに至り、軍手、猿ぐつわ用のタオル、布を携行し、また、同女が泣き寝入りすることなく、被害を警察に届け出そうな場合には、同女を殺害しようとの犯意を抱いて、同女方に赴き、午前九時三〇分ころ、同女のほかに家人がいないことを確認するや、「近くまで仕事に来たので立ち寄った」などと口実を構えて上がり込み、湯茶等で接待してくれる同女と数時間雑談等をしながら犯行の機会を窺った上、午後一時前ころ、やにわに、右手で同女の口を塞ぎ、左手でその左腕を押さえて、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。声を出すな」などと申し向けて脅迫し、さらに、「人殺し」と叫ぶ同女の前頚部を右手で強く締めつけ、同女の態度等から、同女が泣き寝入りすることはないものと判断し、当初の計画どおり、金員を強取し、姦淫した上、自己の犯行の発覚を防ぐため同女を殺害するほかないとの意思を固め、前記タオル等で同女に猿ぐつわをし、同女方洋服だんすの中から持ち出してきたネクタイでその両手首を縛り上げ、金員の有り場所を聞き、手にした千枚通しを背中に突きつけ、二階の和だんす前に案内させて、現金約二万四、〇〇〇円を強取し、次いで、同女を再び一階に連行し、前記洋服だんすから取り出した紐等を用いて、同女の両手首を首の後ろに回して首と一緒に縛り上げるなどした上、肉体関係を迫り、これを拒否する同女に対し、そのみぞおち付近を手拳で三回位力一杯殴打し、近隣に同女の悲鳴が聞こえないようにするため、押入れから敷布団を取り出して同女の上半身にかぶせ、目をつぶり動かなくなった同女のジーパンをずり降ろし、台所にあった刃体の長さ約一五・八センチメートルの牛刀を手にして、同女のパンティの両脇を切断して剥ぎ取り、執拗なわいせつ行為を加えた末、同女を姦淫し、次いで、確定的殺意のもとに、千枚通しで背部を三回位・側胸部を一回、牛刀で頚部と後頚部を各一回、それぞれ突き刺し、そのころ、同女を頚部刺創による総頚動脈等切断に基づく失血により死亡させて殺害し、さらに、台所にあった手提袋から現金約七、〇〇〇円を強取したというものである。

以上の本件各犯行中、最も重大かつ悲惨なものは、いうまでもなく、原判示第五の強盗強姦、強盗殺人の犯行であるところ、同犯行中、強姦の所業は、前記のとおり、被告人が、昭和五三年に犯した強姦致傷事犯の際に覚えた異常な性的快感を再び体験したいとの邪悪な願望を抱き続け、これを遂げるべく敢行したものであり、原判示第四の犯行も同様に被告人の異常な性的衝動に基づいて敢行されたものであるが、原判示第五の被害者Bに対しては、かねてより凌辱の機会を窺い、ついにその実行に及んで、その異常な性的欲求を遂げたものであって、その動機には、汲むべき点が些かもないばかりか、被告人の犯行遂行意思の強固さ、執拗さには戦慄を感じさせるものがあるといわなければならない。のみならず、被害者に猿ぐつわを咬ませ、両手を縛るなどして、その自由を奪い、肉体的にも精神的にも著しい苦痛を与えた上、被害者を執拗に辱めた末に姦淫に及ぶ手口には、被害者を極限まで辱めたることによって、自己の性的欲望を遂げるという残忍、非情にして異常な嗜虐性が看取されるところであり、被告人のこのような変質的で異常な性衝動は、極めて強烈であって、しかも被告人の人格の一部を形成しているものとみられるところであって、同種手口による再犯のおそれは高く、その矯正には困難なものがあるというべきである。また、被告人は、被害者方が経済的に裕福であるものとみて、被害者を姦淫する際に、現金をも強奪しようと企て、その目的を遂げた上、これらの強姦、強盗の所業が被害者本人の口から警察に届けられることをおそれ、その口封じのために同女の殺害にまで及んでいるのであって、その態様も、前記のとおり、猿ぐつわを咬ませ、縛り上げて身動きのできないようにした同女の心臓を目掛けて、千枚通しで、全体重をかけて何度も突き刺し、さらに止めを刺すべく、その頚部を二度にわたって牛刀で突き刺しているのであって、まことに兇悪で残虐極まりない所業というほかはない。同女は、ほぼ即死に近い状態で絶命しており、血の海となった現場で、下半身を露出し、頚部や手首に紐やタオルなどを巻き付けられ、かつ、猿ぐつわを咬まされ、後頭部に牛刀の刃が突き刺さったまま絶命していたのであって、その惨状には目を覆わしめるものがある。加えて、被告人は、同女を殺害した後、さらに現金強取に及び、次いで、犯行の発覚を防ぐべく、手にした茶碗等から指紋を拭き取り、煙草の吸殻を入れた空き缶等を被害者方から持ち出した後、再度現場に立ち戻って、被害者が確実に死亡したかどうか、自己の遺留品がないかどうか、などを確認しているのであって、そこには、人間の生命、人格に対する憐憫の情もない被告人の冷酷な性情を窺うことができる。

被害者Bは、会社勤めの夫と二人の幼子(当時一〇歳の長女と六歳の長男)とともに平穏で幸福な家庭生活を送っていた当事三五歳の貞淑な主婦であり、同女方の塗装工事をしにきていた被告人に対し、昼食時に湯茶のほか味噌汁を振舞ったり、自家製のパンをもてなすなど、温かい態度で接していたものであり、本件当日も、「近くまで仕事に来たので立ち寄った」旨の被告人の詐言を信じて、快く室内に招じ入れ、昼食にラーメンを作って馳走するなど、親切に応対していたものであって、被告人から感謝されこそすれ、恨みや憎しみを受けるいわれは全くなく、同女には落ち度と目すべきものは些かもなかったにもかかわらず、突如、被告人から襲いかかられ、強姦等の辱めを受けた上、無残な姿で殺害されるに至ったものであって、その結果はまことに悲惨であり、最愛の夫や子供らを残して非業の死を遂げざるを得なかった悲痛さ、無念さには、察するに余りあるものがあり、また、突然、このようにして妻を奪われた被害者の夫の心情にも、悲痛極まりないものがあり、今日に至るも、母親を失った二人の子供の将来を思い、暗澹たる気持でいるものと推察され、さらに、被害者の両親の悲嘆さも、被害者の夫のそれに劣るものではないと推量されるところである。とりわけ、事件の第一発見者として、無残な母親の姿と凄惨な現場の状況を目撃した被害者の二人の幼子が受けた衝撃等には筆舌に尽くし難いものがあったと思料され、二人の生涯にとって、本事件は、最も忌まわしく、最も悲しむべき出来事として残るものと思われる。したがって、これらの遺族が、被告人に対し、被害者を返してほしい旨訴え、極刑を望むことも、極めて当然のことであるといわなければならない。

しかるに、被告人は、被害者の遺族に対して、慰謝の措置を全く講じていないこと、殊に、原審第五回(平成五年九月七日)、第六回(同年一〇月二九日)公判廷において、本事件について、「自分は以前から被害者と肉体関係があった」などと虚偽供述を行うなどし、原審第九回(平成六年二月八日)公判廷において右供述を撤回したものの、公判審理に少なからぬ影響を与えたこと、また、本件が、白昼、閑静な新興住宅街において敢行された凶悪な強盗強姦、強盗殺人事件であって、近隣住民や地域社会に与えた衝撃、恐怖感にも多大なものがあったと思われること、さらに、これまで被告人の更生のために多大な援助をしてきた前記乙山春男が原審証人として被告人に不利な供述を行ったとして逆恨みし、原判決後においても、同人を非難する手紙を、原審証人Dや当審弁護人に差し出すなして、当審弁護人から手紙、接見を通じての働きかけが行われるまでは、反省悔悟の面で十分とはいい難いものがあったこと、などに徴すると、本事件の犯情においては、極めて悪質なものがあるといわざるを得ない。

また、原判示第四の強盗強姦の所業も、動機が前記のとおり極めて悪質なものであって、計画性も十分認められ、その態様も被害者の殺害には及んでいない点を除外すれば、原判示第五の犯行と同様であり、もとより何らの落ち度もなくしてこのような被害に遭遇した被害者本人の屈辱、肉体的・精神的苦痛には甚大なものがあったものと思料されるにもかかわらず、被告人から、何らの慰謝の措置もなされておらず、被害者の被害感情には厳しいものがあり、この事案に関しても、その犯情には重いものがあるというべきであり、原判示第一ないし第三の各窃盗も、その動機がパチンコ、競馬等の遊興費欲しさという酌量の余地のないものである上、その態様は、いずれも、カジヤ(通称豆カジ)で施錠をこじ開けて居室に入り現金のみを窃取するという、手馴れた巧妙なものであって、被害額も多額であるにもかかわらず、今日に至るまで被害弁償は一切されていないのであって、この点の犯情にも軽視し難いものがあるというべきである。

そして、これまで説示してきたところを総合すると、被告人の刑事責任には、まことに重大なものがあり、被告人に対して極刑をもって臨むことも十分に考えられる事案であるといわなければならない。

しかしながら、他方、原審において取り調べられた関係証拠に当審における事実調べの結果を総合すると、被告人は、原判示第五の犯行後、現場から逃走し、同日午後三時三〇分ころ、JR亀有駅前のパチンコ店「××」に赴き、同店で遊興中の妻を呼び出して、(同年七月二三日に死亡している妻の母について)「お母さん死んだよね。本当に死んだよね」などと言い、さらに、妻の母には一度も会ったことがないのに、「△△△と母が一緒に歩いていた。自分のことをずっと後をつけてきた。橋のところでサングラスをかけた男がナイフを持って向かってきたので、その男を橋から落とした」などと意味不明のことを言って、涙ぐむなどの異様な言動に及んだため、妻は、被告人を近くの喫茶店に連れて行き、落ち着かせようとしたところ、被告人がコーヒーも飲まずに体を震わせ、「お母さんが家に来ている。頭の半分が真っ白だ。家には帰らない」などと言うので、午後三時五〇分ころ、知人のCに電話で、「母が本当に死んだのか確かめてくれないか。死んでいたら埋葬場所を確かめて、折り返し電話して欲しい」旨依頼し、同女から折り返し、「(母は)同年七月二三日に死亡している」旨の電話連絡を受けたこと、そして、妻は、午後四時ころ、被告人を自宅に連れ帰ったところ、被告人が、体を震わせて、「玄関に母が来ているから、入れてやれ」などと言ったり、うずくまって右手を激しく震わせるなどしたので、前記乙山春男とも相談の上、午後七時ころ救急車を要請し、被告人を亀有病院に連れて行き、点滴治療等を受けさせたが、被告人は、なおも「お母さんが家に来ているから帰ろう」などと譫言を繰り返していたこと、被告人は、同夜右病院に泊まり、翌二一日昼ころ、帰宅し、同月二二日には仕事に出掛けたものの、妻に体調不良を訴え続け、同月二四日から二五日にかけて、妻らと、福島県いわき市内の寺に妻の母の墓参に行ったこと、さらに、被告人は、捜査が身辺に及ぶことを察知した後、同月二八日夜から妻と家を出て、列車で福島県に向かい、同月三一日いわき市内の神社の境内で妻と睡眠薬による心中自殺を図り、未遂に終わったこと、などの事実が認められ、右各事実に徴すると、被告人は、被害者を殺害した直後、精神的錯乱状態に陥り、同状態が数日間継続した後、自ら死を選ぼうとしており、その経緯を通じて、被告人がその良心に叱り責められ、苛まれていた情況にあったことを認めることができるのであって、被告人には、なお規範的な人間性が僅かに残されていたものとみる余地があること、被告人は、前記のとおり、北海道の寒村で、農家の七男として生まれたが、幼少時、父親が脳溢血で倒れ、母親も健康に恵まれなかったため、兄弟姉妹が畑仕事等を手伝って生計を維持するという極貧の家庭で育ち、そのため幼児期から父母の愛情を受けることが少なく、基礎的な躾を受けることができないまま成長し、小学校に入学後は、豚の世話などのため、欠席が多く、学業も振るわず、同級生等からは、豚等の家畜の臭いがするなどと言われて軽蔑され、疎外されていたこと、小学校の指導要録中、「健康の記録(三年生ないし六年生)」欄には、「清潔さを欠く」との記載があり、また、被告人の中学二年時の担任D教師(原審及び当審証人)は、「被告人の一家は、家畜小屋を改造したような家に住んでいた」旨供述しているところであり、被告人の中学卒業のころまでの生活環境は劣悪であったことが窺われ、これが被告人の人格形成、とりわけ情操面での人格形成に深刻な影響を及ぼしたということを否定し難く、被告人が上京後は、二度結婚し、職も得て、地道に働けば、社会的にも人並みの生活をすることができる生活環境に恵まれた時期もあったことを思うと、前記のような被告人の性格的歪み、強固に固着した反社会的な犯罪性癖の形成が被告人が自らの手で招いたものであり、その責任を他に転嫁する余地がないものであるとしても、前記のような、被告人の劣悪な成育状況は、やはり量刑上考慮せざるを得ないものであること、そして、被告人は、前記のとおり、原審段階において、一時期、原判示第五の被害者を辱め、その名誉を傷つける虚偽の供述をして、公判審理に少なからぬ影響を与えたり、原判決後、雇主の乙山春男を逆恨みしたりして、真摯な反省の面で疑いを生じたが、当審弁護人の手紙や二十数回にも及ぶ接見を通じて、次第に、原判示第五の強盗強姦・強盗殺人の犯行をはじめ、本件各犯行の重大性、自己の前科を含む過去の生き方や考え方に問題があったことを自覚するようになり、遺族感情を配慮した弁護人の助言により止めたものの、原判示第五犯行の被害者の遺族に対して、手紙で謝罪したい気持ちを抱くに至り、平成八年二月二九日には、弁護人に対し、死刑を宣告されて命の尊さを思い知らされ、被害者に対する謝罪の心情を赤裸々に綴った手紙を差し出し、当審公判廷においては、原判示第五犯行の被害者を辱め、その名誉を傷つける虚偽の供述を原審公判廷でしたことについて、改めて詫びるとともに、右被害者の遺族を含む全被害者に対して謝罪したい気持を繰り返し述べ、さらに、前記乙山春男を逆恨みしたことは心得違いであった旨の供述もするに至っており、規範意識に目覚めるきっかけを得つつあるものとみられること、そして、被告人が、肉親と絶縁状態にある中で、中学在学時の担任教師で、被告人が少年院在院中も、面会してくれるなど温かく接し、その後も電話、年賀状等を通じて、被告人との接触を続けた前記Dに対しては、心を開き、原審段階で、心情を率直に吐露する手紙を何通も差し出しており、同人は、原審及び当審において、被告人を見捨てることなく見守りたい旨証言し、今後も、同人と被告人との間には心の繋がりが期待できるものと思われること、その他、被告人は、中学卒業後、塗装工の技術を身につけ、前記前科により服役した期間以外は、前記乙山塗装店等でそれなりに稼働していたこと、などが認められる。

以上、検討してきたところを総合すると、原判示第五の犯行が、何の落ち度もない家庭の主婦を強姦し、金員を強奪し、残虐な手口で殺害したという凶悪重大事犯であること、被告人には同種前科が存在すること、被告人の犯罪性向が顕著であって、矯正が困難であるとみられること、などに徴して、被告人の刑事責任は余りにも重大であり、殊に、右被害者とその遺族の心情に思いを致せば、被告人に対して死刑を宣告した原判決の量刑も首肯できないわけではないけれども、死刑は何といっても究極の峻厳な刑罰であること、前記のとおり、被告人のために斟酌すべき諸事情があること、そして、最高裁判所が所論指摘のような死刑の適用基準を判示していることなどを併せ考えるとき、被告人に対して、死刑をもって処断することについては、熟慮してもなお躊躇せざるを得ず、この際、被告人を無期懲役に処し、終生、右被害者の冥福を祈らせて贖罪に当たらせることが相当であるとの結論に達した次第である。

よって、論旨は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に自判することとする。

原判決の認定した(罪となるべき事実)記載の犯罪事実に、その掲げる法令(「刑法」を「平成七年法律第九一号による改正前の刑法」と改める。)を適用し、原判示第五の強盗強姦と強盗殺人とは、一個の行為による場合であるから、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)五四条一項前段、一〇条により重い強盗殺人罪の刑で処断することとし、各処定刑中、原判示第四の罪について有期懲役刑を、原判示第五の罪について無期懲役刑をそれぞれ選択し、原判示第一ないし第四の各罪は原判示摘示の前科との関係で再犯であるから、いずれも改正前の刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をし(原判示第四の罪については同法一四条の制限内に従う。)、以上は、同法四五条前段の併合罪であるが、同法四六条二項本文により、原判示第五の罪について選択した無期懲役のほかは他の刑を科さず、被告人を無期懲役に処し、原審及び当審における各訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山善房 裁判官 鈴木勝利 裁判官 岡部信也)

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