大判例

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東京高等裁判所 平成7年(う)413号 判決

被告人 南谷紀久司

〔抄 録〕

一 論旨は、要するに、原審は、小松ベニス・メロディー(以下「小松」という)の平成六年九月八日付副検事に対する供述調書を刑訴法三二一条一項二号前段に該当する書面として証拠に採用して取調べをし、有罪の認定をしているが、副検事は同号にいう「検察官」ではなく、また、右採用の当時、小松は「所在不明のため公判準備若しくは公判期日において供述することができない」状況にはなく、したがって、右供述調書は証拠能力を欠くから、原審の右訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、というのである。

まず、先に指摘したとおり、副検事は検察庁法によって資格を与えられたものであり、また、同法三条によって「検察官」と定められているのであるから、右供述調書が検察官の面前における供述を録取した書面に当たることは明らかである。

そこで次に、右検察官面前調書の採用、取調べの手続等について検討する。

(1) 平成六年九月二九日の第二回公判期日において、検察官請求の書証一一通(いわゆる甲号証)のうち、被害者であるタクシー運転手藤村英三(以下「被害者」あるいは「藤村」という)及び目撃者田中幸一の各検察官面前調書の同意部分並びにその他の全部同意の書証が取調べられ、また、検察官から被害者及び同人運転のタクシーの乗客であり本件を目撃していた小松の各証人尋問の請求があり、両証人が採用されて、このうち被害者の証人の尋問を終え、小松証人は、一一月一日の第三回公判期日に尋問の予定となった。

(2) 九月三〇日、裁判所は、検察官が特定した東京都港区芝一丁目一四番一号ハイツ芝大門七〇四に宛てて小松証人の召喚状を発送したところ、同召喚状は、一〇月三日の配達の際、不在ということで郵便局に保管され、保管期間の経過により同月一三日裁判所に返却された。そして、同日、検察官に対して、送達ができなかった旨通知され、その後、改めて召喚状の送達手続はされなかった。

(3) 第三回公判期日に小松証人が不出頭であったため、検察官から刑訴法三二一条一項二号前段の書面として小松の検察官面前調書の取調べ請求があり、併せて、同号の要件立証のため、東京都港区長作成の一〇月一七日付「外国人登録の照会について(回答)」と題する書面、法務省入国管理局登録課作成の同月二一日付外国人出入国記録調査書及び司法警察員作成の同月二七日付傷害被疑事件捜査復命書の取調べ請求があって、弁護人の意見を聴いた上(弁護人は必要なしとの意見)、要件立証のための各書証の採用が決定された。それに対して弁護人から「被害者の供述や目撃証人が他にいるのに、直ちに小松証人が所在不明ということで取調べすることに異議がある」旨の異議が申立てられたが、裁判所はこれを棄却して取調べを行い、次いで小松の検察官面前調書の採用決定をしたところ、弁護人から異議の申立てがあったが、裁判所はやはりこれを棄却し、その取調べを終えた。その後、小松の証人尋問の請求が撤回され、採用が取り消された。

(4) 一一月八日の第四回公判期日において、弁護人は、小松の検察官面前調書について、所在不明が立証できていないことを理由に証拠排除の申立てをし、その根拠として、弁護人が召喚状の宛先のマンションの居室に出向き、そこに居合わせた外国人女性に尋ねたところ、小松は一時帰国中で一一月中旬ころに再び前記住居に帰ってくる予定である旨の調書結果を記載した弁護人作成の報告書を提出し、同月一七日の第五回公判期日には小松の証人尋問を請求し、一二月六日の第六回公判期日に採用決定がされ、第七回公判期日に尋問の予定となった。

(5) 平成七年一月一二日の第七回公判期日は午後一時三〇分と指定されていたところ、同日午前一一時五〇分ころ、弁護人から裁判所に対し電話で、被告人がインフルエンザのため公判期日を変更してほしい旨の連絡があった。裁判所は、診断書の提出を促し、また、小松証人に召喚状が送達できているので公判期日の変更はできない旨返答し、被告人及び弁護人の出頭を要請した。そして、開廷予定時刻に小松証人が出頭し、一方、被告人及び弁護人が不出頭であったところから、裁判所は、被告人及び弁護人が正当の理由なく公判期日に出頭しないものとして、被告人及び弁護人の意見を聴かないまま同期日を公判準備期日に切り替え、刑訴規則一〇八条の手続をすることなく、検察官のみの立会いのもとに小松証人の尋問を実施した。なお、同月二三日、裁判所から、弁護人及び被告人に対し同規則一二六条一項による尋問調書整理済みの通知がされている。

(6) 同月三一日の第八回公判期日において、弁護人は、公判期日外の証人尋問につき、弁護人及び被告人は実施することにつき何ら通知を受けておらず、同意もしていないとの理由で異議を述べ、尋問調書の職権による取調べに対して、不同意の意見を述べるとともに取調べ終了後証拠排除の申立てをしたが、裁判所は、右申立て及び前記(4)の証拠排除の申立てをいずれも棄却した。

所論は、右の一連の手続のうち、(3)に述べた小松の検察官面前調書の採用とその有罪認定への利用を違法というので、所在不明等を立証するため取調べられた(3)掲記の証拠をみると、警察官は、送達先のマンションの管理人から事情を聴取して、小松ベニス・メロディーなる女性は居住していないとの回答を、また、同女が働いていたとされる港区六本木のパブ従業員から事情を聴取して、同女は現在稼働していないとの回答を、それぞれ得たことが認められるものの、同女は平成二年に日本人の小松誠一と婚姻し、また、それ以前から本邦に入国して生活しており、本件当時、日本人の配偶者等を在留資格として平成六年六月一二日から三年間の在留許可の更新がされていること、夫の小松誠一は、警察官に対して、同女とは約一年位前から別居中であるが、同女居住のマンションの家賃を継続して支払っていると述べていることが認められ、また、検察官が把握している右検察官面前調書によれば、九月八日の時点で、同女は、右マンションで夫及び夫との間の三歳の子供の三人で生活している旨述べている。このような状況からすれば、一一月一日の第三回公判期日の時点で、刑訴法三二一条一項二号前段の「公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」に当たると認定することは、十分な要件立証に基づいたものとはいえない。このことは、前記(4)、(5)のように弁護人のその後の若干の調査で同女の動静が判明して現実に右マンションに召喚状が送達され、同女の証人尋問が実施されたことからも裏付けられている。したがって、小松の検察官面前調書は、刑訴法三二一条一項二号前段の書面としての証拠能力を欠き、これを同号の書面として採用、取調べをし、有罪認定の用に供した原審の訴訟手続は、法令に違反するものというほかはなく、この点の所論は正当である。

さらに、先に認定した審理経過をもとに、職権によって検討すると、(5)及び(6)の手続中にも違法がある。

すなわち、原審は、第七回公判期日を公判準備に切り替えて公判期日外の証人尋問を実施しているところ、裁判所は、弁護人に対して、公判期日の変更はできないと連絡して、出頭を要請したのみで、もし被告人が不出頭の場合には公判準備に切り替えて予定されていた小松証人の尋問を実施することについて、被告人又は弁護人の意見を聴いていない。たしかに、同証人の尋問は同日の本来の公判期日において実施することが予定されていたことであり、突如証人の取調べを決定し、即時これを実施したものではない。また、今後の公判期日に同証人の出頭が必ずしも確実に見込まれたわけではないこと、さらには弁護人からの公判期日変更申請が電話によるものであり、被告人の病状について診断書その他の資料により疎明しているわけでもないから適式なものとはいえないこと(刑訴規則二九六条、一七九条の四)、などの事情があったから、原審が、公判準備に切り替えてでも同証人の尋問を実施したいという意向を持ったことには無理からぬ面があるけれども、そうであるからといって、被告人又は弁護人の意見を聴くことなく実施してよいということにはならず、本件公判期日外の証人尋問の手続は、刑訴法二八一条に違反し被告人側の証人審問権を侵害した違法なものであるといわざるを得ない。そして、前記(6)のようなその後の弁護人の異議及び証拠排除の申立ての状況からすれば、右手続の瑕疵は治癒されておらず、刑訴法三〇三条により裁判所に職権による証拠調べの義務が課せられているにしても、右のような違法の手続のもとでの証人尋問の結果を記載した書面を、前記のように弁護人の異議(不同意の意見)にもかかわらず職権により取調べをすべきではなく、この点においても訴訟手続に違法があるといわざるを得ない。

しかしながら、本件においては、後記第三において検討するように、小松の検察官面前調書及び証人尋問調書を除いても、被害者の供述を全面的に信用することができ、原判決の事実認定に変動は生じないから、所論の主張及び職権により指摘した点のいずれについても、その訴訟手続の法令違反が、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は理由がない。

(香城 森 中野)

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