東京高等裁判所 平成7年(ネ)1075号 判決 1997年5月29日
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
株式会社クラウンユナイテッド
旧商号 ユニセフ株式会社
右代表者代表取締役
宮越邦正
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
宮越商事株式会社
(旧商号クラウン株式会社)
右代表者代表取締役
宮越澄人
右両名訴訟代理人弁護士
今泉直俊
同復代理人弁護士
藤田吉信
被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
破産者株式会社A破産管財人
武田芳彦
被控訴人
武田芳彦
主文
一 原判決主文一及び二の項を取り消す。
二 右取消部分に係る被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦の請求を棄却する。
三 控訴人株式会社クラウンユナイテッドの本件その余の控訴及び被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦の附帯控訴をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人株式会社クラウンユナイテッドと被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦との間では、これを二分し、その各一をそれぞれの負担とし、控訴人宮越商事株式会社と被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦との間では、全部同被控訴人の負担とし、控訴人株式会社クラウンユナイテッドと被控訴人武田芳彦との間では、全部同控訴人の負担とする。
事実
第一 申立て
(平成七年(ネ)第六一号事件)
一 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(一) 右取消部分中、被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦の請求を棄却する。
(二) 被控訴人らは、各自、控訴人株式会社クラウンユナイテッド(以下「控訴人ユニセフ」という。)に対し、八八二〇万円及びこれに対する平成三年六月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
3 1(二)の項について仮執行の宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
(平成七年(ネ)第一〇七五号事件)
一 附帯控訴の趣旨
1 原判決中、被控訴人破産者株式会社A破産管財人武田芳彦(以下「被控訴人管財人」という。)敗訴の部分を取り消す。
2 控訴人ユニセフは、被控訴人管財人に対し、五三一五万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 控訴人宮越商事株式会社(以下「控訴人クラウン」という。)は、被控訴人管財人に対し、七四〇万八八五五円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人らの負担とする。
5 仮執行の宣言
二 附帯控訴の趣旨に対する答弁
本件附帯控訴を棄却する。
第二 当事者の主張<省略>
第三 証拠<省略>
理由
第一 第一事件について
一 請求原因事実は、当事者間に争いがないか、証拠によってこれを認めることができるものであって、原判決理由説示(原判決四七頁六行目から同四九頁八行目まで)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四七頁一〇行目の「別紙1(一)のうち、」の次に「売上高と返品の数額は、証拠(甲一四の三一、一五、二五の一、原審証人佐野三郎)により、」を加え、同四八頁一行目の「(甲二六の一)」の次に「及び甲第一五号証」を加え、同二行目から三行目の「(甲二七の一)」を「(甲二七)及び甲第一五号証」と改め、同四行目の「(甲二八の一)」、同六行目の「(甲二六の一)」及び同七行目の「(甲二九)」の次にいずれも「及び甲第一六号証」を加え、同九行目及び同一〇行目の「数額」をいずれも「差引合計金額」と改め、同四九頁一行目の「数額」の次に「に基づくもの」を加え、同三行目の「証人」の前に「甲一四の三一、一五」を加える。)。
二 そこで、控訴人ユニセフの相殺の抗弁及びこれに関連する当事者の主張について判断するに、Aと控訴人ユニセフとの間の取引関係、契約関係については、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由説示(原判決四九頁一一行目から八六頁二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決五〇頁五行目の「目的として設立された株式会社(資本金」を「目的とする株式会社(昭和六〇年当時の資本金」と改め、同六行目の「弁論の全趣旨」を「乙一〇二」と改め、同五二頁五行目の「乙四五」を「乙三九ないし四一、四三、四五」と改め、同五四頁一一行目の「A」から同五五頁一行目末尾までを「Aが、採算を検討してこれに対する回答をし、これをもとに控訴人ユニセフと協議してコストダウン率を引き下げるなどしつつ、コストダウンが実施されていった(乙一〇三ないし一〇九の二、当審証人宮越一光)。」と改め、同五六頁三行目の「増加し」の次に「てAの売上の過半を控訴人ユニセフとの取引が占め、昭和五八年七月請求分から売上の九〇パーセントを超え(九〇パーセントを超えた点は争いがない。)」を加え、同五行目の「甲一四の一八」の次に「・一九、三八」を加え、同六行目の「被告ユニセフ」の前に「昭和六〇年五月請求分でも九三パーセントを超えており(この点は争いがない。)、」を加え、同五七頁四行目の「翌月一〇日」の次に、「に翌々月末支払期日の」を加え、同五行目の「乙二一」の前に「甲一五、」を加え、同一〇行目の「甲一〇の一、」の次に「一八の一、」を加え、同五八頁三行目の「利益率」を「人件費率」と改め、同一〇行目の「甲一〇の一、」の次に「一八の一、」を加え、同五九頁一行目の「証人」の前に「甲一〇の一、」を加え、同六〇頁四行目の「一〇の一」の次に「乙一六、一七の一ないし五、原審証人伊藤和幸〔第一回〕、」を加え、同六行目の「三七」の次に「、原審証人伊藤和幸〔第一回〕、同片峰良男〔第二回〕」を加え、同八行目の「あり」の次に「(右事実は争いがない。)」を加え、同九行目から一〇行目の「右事実は争いがない。」を「乙一六、一七の三、原審証人日下部安秀」と改め、同六一頁三行目の「断られ」から同六二頁六行目までを次のとおり改める。
「断られた。そこで、片峰社長は、宮越社長の実兄である宮越一光専務に対し、控訴人ユニセフのAに対する前受手形の措置が同年五月一〇日をもって終わっているが、Aの月末の資金繰りが苦しいので、同年六月一〇日の支払分のうち一〇〇〇万円について、同年五月末日までに前受手形で支払をしてほしい旨要望した。これに対し、宮越一光専務は、一〇〇〇万円にのぼる買掛代金のいわば前払いに関わる事項は、社長の決裁を要する事項であり、同専務には代表権限も、専決権限もなかったが、前受手形の措置については、予てAから三〇か月間の実施を求められたのを協議の結果一二か月に圧縮したうえで宮越社長の決裁を受けたという経過もあり、Aの右要望についての決裁も得られるであろうと考え、片峰社長に対し、右要望の趣旨を了解したので本社の決裁を仰ぐ旨約し、直ちに本社の稟議に付したところ、本社の経理担当者は、期日が迫っているため、決裁が下り次第手形を振り出す準備を整えたが、本件サンプル引渡の発覚という後記のような事情から、社長の決裁が下りなかったので、控訴人ユニセフは、その旨、Aに連絡したが、Aでは、これに対して特に不満等を述べることなく、自ら奔走して月末資金の調達を行った。(甲一八の一、乙九、二一ないし二三、四五、一〇一、一〇二、原審証人片峰良男〔第一、二回〕、同片峰富尾〔第一回〕、同佐野三郎、当審証人宮越一光)
これに対し、証拠(原審証人片峰良男〔第一、二回〕、同片峰富尾〔第一回〕)中には、右前受手形の要望に対し、宮越一光専務がこれを了解したとの供述部分があるが、同専務は、宮越社長の実兄であるとはいえ、控訴人ユニセフの代表権限を有しないことや同控訴人の内規上、右要望事項が社長の決裁事項と定められていることに照らしても、同専務が右決裁を経ることなく、右要望をそのまま了解するとは考え難く、右供述部分は、これに反する当審証人宮越一光の証言と対比し、採用することができない。そして、前認定の事実によれば、同専務には、右了解をする代表権限も代理権限もないし、Aの側でも、同専務は控訴人ユニセフ側の窓口であるとの理解を持っており(この点は原審証人片峰富尾(第一回)によって認められる。)、さきに一二か月の前受手形についての交渉及び決裁を経た経験に照らしても、同専務が右のような権限を有していないことは十分に承知していたものと解される。」
2 原判決六三頁三行目の「また、」の次に「宮越社長は、」を加え、同四行目の「被告クラウンの」を「控訴人クラウンの代表者として、同控訴人の」を加え、同六四頁四行目の「甲」の次に「九、」を加え、同一〇行目の「被告ユニセフでは、右契約締結により取引継続になる」を「控訴人クラウンは、Aが本件競業避止契約を締結することによって、控訴人らとの間の取引が継続することとなる」と改め、同六五頁一行目の「一四の一」を「一四の三一」と改め、同一〇行目の「登記すること等」の次に「を内容としており、このような約定は」を加え、同六六頁九行目の「右事実」を「控訴人ユニセフに対する本件納品停止の事実」と改め、同六七頁三行目の「移動した金型は」の次に「せいぜい」を加え、同七行目の「右金型は、」を「片峰社長は、移動した金型を」と改め、同一〇行目の「午後二時三〇分ころ」から同一一行目の「一時混乱したが」までを「午後二時ころ、Aから、同日納品予定の製品を納品しない旨の通知を受けたことから、Aの真意の確認や同控訴人の工場の作業停止などのために一時は混乱状態となったが」と改め、同六八頁四行目の「右事実」を「右解除通告と持参要求の事実」と改め、同五行目の「乙五の二、三、六」を「乙五の二・三、六、二〇、四五」と改め、同六九頁一行目の「全般」を「全額」と改め、同二行目の「甲一〇の一、」の次に「乙二四、」を加え、同四行目を「被控訴人管財人が昭和六三年七月二七日に控訴人ら代理人に対して本件金型の引取りを求めるまでの間、控訴人ユニセフから、Aないし被控訴人管財人に対し、本件金型の返還を求めたり、その所在や保管状況の確認をしようとした事実は、本件証拠上」と改め、同八行目から九行目の「右各事実は、いずれも争いがない。」を「甲二二、乙七。なお、本件仮差押の点は争いがない。」と改め、同七一頁二行目の「右事実は争いがない」を「乙一五、四五、原審証人片峰良男(第一回)。なお、右設立の事実は争いがない。」と改め、同六行目の「二月三日」を「二月一三日」と改め、同七行目の「商号変更した」の次に「旨の登記をした」を加え、同九行目の「被告ユニセフ」から同七二頁九行目までを次のとおり改める。
「控訴人ユニセフは、同控訴人に対する本件納品停止とこれを理由とする本件取引基本契約の解除の結果、同控訴人が直ちに本件金型の返還を受け、それを他の下請業者に持ち込んで部品製造を発注して納品を受けても、同控訴人の生産が可能となるまでには少なくとも一週間を要するため、次のとおり、少なくとも合計一七七二万七九六六円の損害を被った(乙二五の一・三・四、二六、二九、四二の一、原審証人日下部安秀、当審証人宮越一光、弁論の全趣旨)。
① 逸失利益 一一六五万一九六六円
昭和六〇年六月分の予定受注生産高と実績生産高との差額四億九九三七万円中の七日分のうち、得べかりし利益一〇パーセント相当額
(計算式) 499,370,000÷30×7×0.1
② 遊休人件費 六〇七万六〇〇〇円
右工事操業停止期間中の手待ち労働人員発生に伴う損害で、一人当たりの実績月額人件費一八万六〇〇〇円中の七日分の一四〇人分
(計算式) 186,000÷30×7×140」
3 原判決七三頁二行目の「証人」の前に「乙四五、」を加え、同七四頁八行目の「ほとんど」を「たびごとに協議のうえ、コストダウン率を引き下げるなどしつつ、その要請」と改める。
4 原判決七五頁七行目の「ないこと、」の次に「そして、控訴人ユニセフの主張するような競業避止義務を特に定めた契約書その他の文書が作成された形跡もないこと、」を加える。
5 原判決七六頁五行目の「可能であったこと」の次に「(原審証人日下部安秀、同宮越澄人)」を加え、同七七頁六行目の次に「また、控訴人ユニセフは、Aによる本件サンプル引渡が本件取引基本契約七条二項前段、九条に違反し、さらには、控訴人ユニセフの部品及び貸与した金型により製作した部品を使って控訴人ユニセフの製品と全く同型の競争商品を製作しようとした背信的行為であると主張するが、右サンプルは控訴人クラウンがAに供与した部品であるから、右主張は、その前提を欠くものである。」を加え、同七八頁一〇行目から同七九頁四行目までを削る。
6 原判決八一頁一〇行目から同八三頁五行目までを削る。
7 原判決八三頁七行目から同八六頁二行目までを次のとおり改める。
「被控訴人管財人は、控訴人ユニセフが、昭和六〇年五月二二日、同年六月一〇日支払分のうち一〇〇〇万円を同年五月末までに支払うことを承諾したことを前提として、本件金型返還債務の期限が到来した同年六月七日当時、弁済期の到来した商行為による売買代金一〇〇〇万円の債権を有していたから、商事留置権を有する旨主張するが、右の支払承諾の事実が認められないことは前認定のとおりであるのみならず、証拠(乙九、原審証人片峰良男〔第一回〕、同片峰富尾〔第一回〕)によっても、Aの申入れは、同年五月末までに控訴人ユニセフに対する債権の支払を手形割引の方法により事実上受けるために、同控訴人振出の約束手形の交付を求めたものであって、Aは、その交付を受け、これを他に割り引いて資金手当てを図る心積もりであり、同控訴人も、決裁がおりた場合には同年八月末日を支払期日とする約束手形を振り出す予定であったことが認められるのであるから、Aの申入れは、売掛代金債権の弁済期を早期に到来させる趣旨に出たものではなく、単に支払方法として、支払期日が後にくる約束手形を事前に交付することを求めたものにすぎないというべきであるから、いずれにせよ昭和六〇年六月一〇日より前に右一〇〇〇万円の売掛代金債権が弁済期にあったことにはならない。したがって、被控訴人管財人の商事留置権に関する主張は、失当というべきである。」
三 控訴人ユニセフによる相殺について
1 右認定の事実によれば、控訴人ユニセフは、昭和六〇年六月五日、Aの同控訴人に対する本件納品停止という本件取引基本契約の債務不履行とこれを理由とする同月六日の本件取引基本契約の解除の結果、少なくとも合計一七七二万七九六六円の損害を被ったものである。
また、控訴人ユニセフの抗弁(二)(1)ないし(4)は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と前認定の事実とによれば、本件金型貸与契約は、昭和六〇年六月六日に解約されたが、Aが同契約所定の期間内に控訴人ユニセフに対して本件金型を返還しなかったため、同月九日には、同契約所定の違約金(当該金型製作費の三倍相当額)を支払うべき義務が発生したこと、右金型製作費は原判決別紙貸与金型明細表記載のとおり合計八八五九万五〇〇〇円であるから、右違約金はその三倍の二億六五七八万五〇〇〇円となることが認められる。
2 ところで、前認定の事実によれば、控訴人ユニセフは、昭和五七年にAと取引を開始し、Aの売上げの過半を占めるほどに取引が増加する一方で、再三にわたってコストダウンを要求し、Aではその要求に応じるために設備投資を重ねるなどの企業努力に努めてきたものであるが、昭和六〇年四月ころになって、突然、その利益の四割程度を占め、人件費率が高く従業員の配置転換も困難な組立発注の停止を翌月以降行う旨通告し、Aによる停止措置の暫時延期の懇願をにべもなく退けていたところ、本件サンプル引渡という事態が発生するや、それが取引契約違反とまではいえない事柄であるのに、殊更に問題視し、Aに事の顛末を確かめることもせず、一方的に、契約違反を理由にそれまでの継続的契約関係を直ちに解消する旨通知したうえ、同社の片峰社長を控訴人ユニセフ本社に呼びつけ、同社長から、御詫状や念書を取りつけたばかりか、Aの売上の過半を占める注文を発注する立場にあるという圧倒的に優位な契約上の地位を背景にして、さらに、本件競業避止契約の締結を迫り、これに応じなければ、本件取引基本契約の解消の撤回には応じない旨の強硬な態度を示したため、Aは、進退極まり、控訴人ユニセフの譲歩を引き出そうと、同控訴人に対する本件納品停止に踏み切ったものである。なお、証拠(乙四五、原審証人伊藤和幸〔第一回〕、同日下部安秀、同宮越澄人)中には、片峰社長が、予て控訴人ユニセフとの競争会社である訴外シナノ・エレクトロニクスの設立を企図し、本件競業避止契約の締結の申入れを機に、既に経営の悪化していたAを計画的に倒産させ、同控訴人にその責任を転嫁して打撃を与えようとしたものであるとの部分があるが、前認定のように、Aは、その倒産の一、二年前に多額の設備投資をしていることや、その倒産回避のため、昭和六〇年六月末支払の手形決裁のために片峰社長らが個人的に借入をするなどして奔走していることなどの事情に照らし、右供述部分等は、採用することができない。
右のような事実関係に照らすと、Aによる控訴人ユニセフに対する本件納品停止は、同控訴人によるその契約上の優位性を背景にした右のような一連の行為が誘因となっているものというべきであるから、それに由来する損害の発生については、同控訴人にも責められるべき点があることは否定できず、損害の公平な分担という観点から、これを斟酌すべきものであるところ、同控訴人の被った前記損害のうち三割を過失相殺として減じるのが相当と判断する。したがって、控訴人ユニセフがAの債務不履行を理由として請求しうる損害賠償債権額は一二四〇万九五七六円となる。
3 次に、原審証人伊藤和幸(第一回)によれば、本件金型貸与契約において、違約金を金型製造代金の三倍と定めたのは、貸与した金型の棄損や返還不能などの結果、その金型を新たに製造する費用のほか、これを使用して生産を再開するまでの間の逸失利益、人件費の無駄、納品先に対する補償金等をも見込んだものであることが認められるから、右違約金の定めは、損害賠償額の予定と解されるところ、前記のように、違約金の発生原因となった本件金型貸与契約の解除及び返還義務不履行という事態に立ち至るについては、債権者である控訴人ユニセフにも責められるべき点があり、これを斟酌しなければ、損害の公平な分担の観念に照らし相当ではないと解されるから、過失相殺の法理により、右損害賠償額の予定の効力の一部を否定し、これを減額することが相当と判断されるところ、前記認定の事情に照らすと、右違約金の三割を減ずるのが相当と判断されるから、控訴人ユニセフがAに対して違約金として請求しうる金額は一億八六〇四万九五〇〇円となる。
4 控訴人ユニセフは、昭和六〇年八月二八日到達の書面をもって、被控訴人管財人に対し、同控訴人に対する本件納品停止による損害賠償金の内金二〇〇〇万円の債権及び本件違約金の内金二億五一〇〇万円の債権を自動債権とし、被控訴人管財人の請求に係る売買代金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして、乙第七号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人ユニセフは、同年六月一〇日、Aに対する内容証明郵便をもって、その金型代金相当の損害賠償債権を自働債権とし、Aの売掛代金債権を受働債権として相殺する旨の通知を発し、右郵便は、そのころ、Aに到達したものと認められることに照らすと、同控訴人は、受働債権である売掛代金債権中、同日までに期限の到来していない債権については、その期限の利益を放棄したうえ、相殺をする意思を明示していたものと認められる。したがって、自働債権である損害賠償債権と違約金債権(いずれも期限の定めのない債権)及び受働債権である本件売掛代金債権(弁済期は昭和六〇年六月一〇日)は、昭和六〇年六月一〇日に相殺適状となったものというべきである。
5 したがって、控訴人ユニセフによる相殺の意思表示により、昭和六〇年六月一〇日に遡って、損害賠償債権一二四〇万九五七六円と違約金債権一億八六〇四万九五〇〇円を自働債権とし、本件売掛代金債権七二五六万九九一三円を受働債権として、対当額をもって(なお、自働債権については、相殺充当の規定に則り、その債権額に按分した金額)、相殺により消滅したものであり、この結果、Aの売掛代金債権は、全額相殺により消滅したことが明らかである。
四 結論
以上の認定判断によれば、被控訴人の本件請求に係る売掛代金債権は、全額相殺により消滅しているから、同被控訴人の本件請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二 第二事件について
一 請求原因事実は、当事者間に争いがないか、証拠によってこれを認めることができるものであって、原判決理由説示(原判決九二頁四行目から九三頁六行目まで)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決九三頁五行目の「九四七万〇一一七」を「九四七万〇〇一七」と改める。)。
二 そこで、抗弁について判断する。
1 抗弁(一)のうち(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがなく、これによれば、本件外注契約は、継続的製作物供給契約の実質を有するものであり、このような契約関係における履行遅滞によって、債権者である控訴人クラウンの工場の操業が停止し、甚大な損害が生じるであろうことは、債務者であるAにおいて容易に予見しうるものであると認められるところ、前記第一で認定した事実関係によれば、Aは、控訴人ユニセフとの契約上の紛争から、同控訴人のみならず、同控訴人と代表者を同じくし、ユニセフグループを構成するという理由から、右紛争とは直接の関わりのない控訴人クラウンに対しても、何らの事前通知なく、一方的に、同控訴人に対する本件納品停止を実行したものであって、このような債務不履行行為は、右のような継続的契約関係における当事者間の信頼関係を一方的に破壊するものであって、前記無催告解除の特約に基づいて同控訴人のした契約の解除は、有効というべきであり、それが権利濫用に当たるとする被控訴人管財人の主張は、採用することができない。
2 そして、控訴人クラウンが、Aによる同控訴人に対する本件納品停止による八日間の生産停止のため、合計一七二五万一八〇〇円の損害を被ったことは、原判決理由説示(原判決九五頁四行目から七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
3 控訴人クラウンは、右の損害のほか、同控訴人は、同控訴人の製品と控訴人ユニセフの製品とをエコトロニクス社に出荷していたものであるところ、控訴人両名に対する本件出荷停止の結果、右出荷期限の遅延のため補償金の支払を余儀なくされて、同額の損害を被った旨の主張をするが、本件外注契約上、控訴人ユニセフに対する本件納品停止及び同控訴人との間の本件金型貸与契約の不履行が、直ちに控訴人クラウンに対する関係で債務不履行となると解することはできない。控訴人クラウンの主張するように、控訴人ユニセフが控訴人クラウンの発行済み株式総数の四九パーセントを持ち、両者の社長が同一であるなど、経営的にも人的にも密接な関係にあるとしても、それだけでは、その法人格を同一視するなど両者の関係を同一として扱うべきであるとはいえないから、Aの控訴人ユニセフに対する債務不履行によって、控訴人クラウンが損害を被ったとしても、右損害は、同控訴人に対する債務不履行による損害と評価することはできない。そして、控訴人クラウンの主張する右損害は、控訴人ユニセフに対する債務不履行に基づくものと控訴人クラウンに対する債務不履行に基づくものとが区別されていないし、本件全証拠によっても、これを区別することはできないから、結局、右損害賠償債権の数額を確定できず、相殺の自働債権として相殺に供することはできないというべきである。
4 控訴人クラウンは、昭和六一年九月一七日の原審における口頭弁論期日において、被控訴人管財人に対し、右損害賠償債権と同被控訴人請求に係る売買代金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。
被控訴人管財人は、右損害賠償請求権の行使が、信義則に反し、あるいは権利の濫用に当たると主張するが、本件全証拠によっても、これを認めることはできないし、また、Aが控訴人クラウンに対する本件納品停止を行うについて、同控訴人に責められるべき点があるとも認められないから、右損害賠償債権について、過失相殺をする余地もない。
5 以上の認定判断によれば、被控訴人管財人の控訴人クラウンに対する本件売掛代金債権(合計一〇七九万五九二二円)は、昭和六〇年五月末日までに発生した債権六九三万二九八一円(原判決別紙4のうち五月中の分と同別紙5)については同年六月末日に、同年六月末日までに発生した債権三八六万二九四一円(原判決別紙4のうち六月中の分)については同年七月末日に弁済期を迎えたものであるから、それぞれその弁済期に従って、同控訴人の前記損害賠償債権(遅くとも同年六月一二日までに発生したと認められる。)合計一七二五万一八〇〇円と相殺適状となり、順次その対当額で相殺によって消滅したものと認められる。
三 結論
以上の認定判断によれば、被控訴人管財人の本件請求に係る売掛代金債権は、全額相殺により消滅しているから、同被控訴人の本件請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がない。
第三 第三事件について
一 請求原因(一)、(二)、(三)の後段、(六)及び(七)の各事実は当事者間に争いがなく、本件金型の使用及び保管状況に関しては、次に付加訂正するほかは、原判決理由説示(原判決九八頁一一行目から同一〇三頁五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一〇〇頁八行目の「証人」の前に「乙九三、」を加え、同一〇一頁五行目の「温度管理」を「温湿度管理」と改め、同六行目の「塗布する」の次に「などの長期間保存の」を加え、同八行目ないし一〇行目を「これに対し、控訴人ユニセフの伊藤工場長は、金型の長期保管の場合には、温湿度管理、防塵対策、防水油塗布などの方法が必要であることを承知していた者であるが、毎月Aの工場を訪れて、Aでの金型保管の状況を見る機会があり、Aでは防水油塗布などを行っている様子を見たことがなかったけれども、その保管方法一般について注意を与えたり、特に指導をしたりすることはなく、納品された成型品に傷があるとか、問題が起きたときには、錆には注意をしろとか、取扱に注意をしてくれというようなことをその度ごとに連絡をしたはずであるという認識であったにすぎない。そして、控訴人ユニセフが、Aに対し、一般に、金型の保管方法や日常的な手入方法についての注意や指導をしたような形跡はない(原審証人伊藤和幸〔第二回〕)。」と改める。
2 原判決一〇一頁一一行目を次のとおり改める。
「(四) 片峰社長は、昭和六三年六月三日、部品生産を停止し、同月五日から、控訴人ユニセフに対する本件納品停止を行い、同月六日、本件金型のうち一、二個を上田所在の会社の倉庫に移動したが、一〇日ほどで持ちかえった。なお、それ以外の金型は、所定の場所に保管ないし置いてあった。(甲一〇の一、一八の一・二、原審証人片峰良男〔第一、二回〕、同片峰富尾〔第二回〕)」
3 原判決一〇二頁一行目の「昭和六〇年」の前に「Aは、約七億五〇〇〇万円の負債を抱えて自己破産の申立てをし、」を加え、同行目の「原告が」の前に「破産宣告を受け」を加え、同二行目の「乙」の前に「甲四六、」を加え、同九行目の「引き継いだ」の次に「。そして、被控訴人管財人は、本件第一事件の訴訟において、控訴人ユニセフの金型に関する違約金債権を自働債権とする相殺の抗弁に対して、右違約金債権の権利発生障害事由として、本件金型についての商事留置権の主張をしたことはあったが、同控訴人に対し、右訴訟の前後を通じて、本件金型の返還をしない旨の意思を表示したことはない」を加え、同行の次に行をかえて次のとおり付加する。
「控訴人ユニセフは、同控訴人に対する本件納品停止が行われた直後の昭和六〇年六月六日の時点でこそ、Aに対し、本件金型貸与契約の解除に伴い本件金型の返還を求める旨の意思を表明したけれども、同月一〇日付で発した内容証明郵便においては、本件金型返還要求に対するAからの返答がないことから、取引先及び消費者を守るために、取引先と相談の上新たな対応を開始したと前置きし、ついてはAからの金型返却拒絶の通告に起因する金型代金一億五九一九万円の損害賠償債権をもって売掛代金と相殺の上、その残金を支払うことを前面に出して請求するようになった(乙六、七)。また、控訴人ユニセフは、同月一四日には、同控訴人の生産再開を急ぎ損害の拡大を防ぐため、新たに同様の金型を金型製作業者に注文せざるを得なくなり、これにより本件金型返還という本来の給付は、同控訴人にとって無意味になったとして、Aの履行遅滞に基づく本件金型を含む金型製作費相当額一億五九一九万円の損害賠償請求債権を被保全権利とし、A所有の不動産に対する仮差押の申立てを行い、その疎明資料中には同控訴人従業員作成に係る同旨の報告書が存在する(甲二二、四七)。さらに、控訴人ユニセフは、同年八月二七日付内容証明郵便により、被控訴人管財人に対し、重ねて相殺の意思表示を行い、また、被控訴人管財人からの売掛債権の支払請求に対する同年九月六日付回答書においても、単に相殺済みであるとして支払を拒絶する旨を記載するにとどまり、いずれの書面においても、本件金型の返還、あるいはその保管管理に言及する記載は一切存在しない(甲四八、五一の一ないし三)。また、破産者Aの第一回債権者集会が昭和六〇年八月三〇日に開催され、そこで破産者の営業廃止を議決しているのであるが、同集会に出席した控訴人ユニセフの代理人は、その際、被控訴人管財人に対し、本件金型の返還あるいはその保管管理について何の意見も述べていない(甲三四、三六の一・二、原審における被控訴人管財人)。なお、控訴人ユニセフの昭和六〇年八月二七日付内容証明郵便(甲四八)においては、本件金型を返還しないことによる違約金請求権をも自働債権として相殺する旨の意思表示をしているが、右違約金請求権は、本件金型貸与契約の解約後二日経過したことによりすでに発生している債権であって、右債権の発生はその後の返還の有無に左右されないのであるから、右債権の主張をしているからといって、同控訴人が本件金型の返還を求めている意思を明示しているものとは解されない。」
二 右認定の事実によれば、控訴人ユニセフは、Aによる同控訴人に対する本件納品停止に対し、直ちに本件金型貸与契約を解除して、本件金型の返還を求めたが、昭和六〇年六月一四日には、Aが本件金型の返還を拒絶していることを理由に、一転して、本件金型の返還ではなく、その不能を前提に新たな金型製作費用相当の損害賠償金の請求をするようになり、その理由として、同控訴人の生産再開を急ぎ、損害の拡大を防ぐため、新たに同様の金型を金型製作業者に注文せざるを得なくなり、これにより本件金型返還という本来の給付は、同控訴人にとって無意味になったとの態度を表明するに至り、それ以後も同様の姿勢を貫き、本件金型の返還を求めることはもとより、本件金型の保管方法などについての関心を示すこともないまま経過し、昭和六三年七月に被控訴人管財人から、本件金型の引取りを求められたときにも、同被控訴人の商事留置権に関する訴訟上の主張を撤回しなければ引き取らない旨回答して、その引取りを拒絶する意思を明示している。
三 ところで、破産管財人は、善良な管理者の注意をもって職務を行うことを要するものであり、破産宣告に伴い破産者から第三者の取戻権の対象となる動産の占有を承継した場合には、取戻権者にこれを引渡すまでは、棄損、紛失等をすることのないようにしてこれを保管すべき注意義務があるというべきところ、その注意義務の内容は、その動産の性質、性状に基づく一般的な保管管理の方法をもとに、取戻権者と破産者との間のその動産に関する契約関係等において定められた保管管理の方法のほか、破産管財人が破産管財業務を遂行する上で知り又は知りえた事情等をも総合的に勘案して判断すべきものである。
そして、乙第七八号証によれば、本件金型のように寸法精度の高い金型については、深さ一ミクロン以上の点状の錆(腐食)の発生でその機能を失うものと考えられ、半年以上の保管のためには、十分な腐食防止処理を施すことが必要とされており、めっき、塗装などの腐食防止対策の施されていない鉄鋼材料を倉庫等屋内に保管する場合の腐食防止対策は、一般に、保管環境の温湿度コントロールを行い、結露を生じさせないように一定温度低湿度の環境を保持すること、鉄鋼材料表面を清浄にして錆止め油を塗布すること、気化性錆止め剤、気化性錆止め紙等を用いて錆止め包装を行うことなどとされており、このような腐食防止処理を行っていない金型は、半年以上の長期間の間には、たとえ室内に置かれたとしても腐食の発生により金型としての機能喪失を免れないものであったこと、本件金型については、一般に十分な腐食防止処理が施されてはいなかったこと、なお、Aが保管していた金型の中にはオイルがよく塗布されていたため腐食痕が殆どみられない金型もあったが、防塵措置は施されておらず、また、それが本件金型の中の一部であるかどうかは明らかではないことが認められる。
ところが、前認定の事実のように、被控訴人管財人が本件金型の占有を承継したAは、本件金型を用いて成型品を製作する専門業者であるところ、予て本件金型の保管管理について、風雨を避ける方法をとっていたとはいえ、温湿度管理、防塵対策、防水措置などの長期間保存の措置を十分にはとっていなかったものであるが、同様に控訴人ユニセフも、本件金型をAに使用させて成型品を製作させていた専門業者であるところ、毎月Aの工場を訪れた際に、このようなAの保管管理の方法を見る機会があったのに、これに対して格別の注意をしたり、指導をすることもなく、たかだか、製品に問題が生じた場合に錆に注意をするように促すに止まっていたにすぎない。しかも、控訴人ユニセフは、Aが破産宣告を受ける以前の昭和六〇年六月一四日の時点で、本件金型の返還は無意味になったとして、その金型の製作費用を請求する姿勢を前面に出し、以後、本件金型の返還についてはもとより、その保管管理などについて、Aに対して何の要求もせず、また、Aの操業停止に続く破産宣告に伴い、その営業廃止が決議され、したがって、本件金型が使用されないままの状態で保管管理されていることを十分承知していながら、Aを承継した被控訴人管財人が弁護士であって、一般に金型についての専門的知識を十分には有していないことを知っていたはずであるのに、同被控訴人に対し、本件金型の保管管理の方法等について何らの要求も、さらにはその注意を喚起することすらしなかったのであり(この間、同被控訴人は、権利発生障害事由として商事留置権の存在に関する訴訟上の主張をしただけで、本件金型の返還を拒む旨の意思を表示したことはない。)、このため同被控訴人としても、専門業者であるAによる本件金型の保管管理の方法に問題があることや、同様に専門業者である控訴人ユニセフの側で期待する本件金型の保管管理の方法がそれとは異なるものであることについての注意を喚起される機会はなかったものというべきである。したがって、このような事実関係のもとでは、控訴人ユニセフとAとの間においては、Aが本件金型の保管管理に関する方法については、少なくとも概括的にはこれを了解していたものと認めるのが相当であるが、同控訴人は、Aに対して本件金型貸与契約を解除した後、その返還ではなく、新規金型製作費用の損害賠償を請求するようになった昭和六〇年六月一四日以降、本件金型の返還を受けることが無意味となったことを明言し、Aが操業停止後、同年七月二六日に破産宣告を受け、さらには同年八月三〇日にその営業が廃止されるという状況に立ち至りながら、その保管管理の方法態様について全く無関心ともいえる態度に終始し、昭和六三年七月には被控訴人管財人からの引取要請を拒絶すらしているという一連の言動に照らすと、同被控訴人に対し、少なくとも、従前Aが行っていた保管管理の方法以上の程度、態様による保管管理を求める意向のないことを表明していたものというべきであり、このような意向は、本件金型の保管管理の方法に関する当事者間の合意に準じるものとして斟酌すべきものである。
以上認定の事実によれば、被控訴人管財人としては、本件金型の占有を承継したAが、本件金型について行っていたと同程度の保管管理の方法によりこれを行えば、その注意義務を果たしたものと解するのが相当であるところ、前認定の事実によれば、同被控訴人は、昭和六三年一一月に本件金型をAの本社工場から移転するまでの間、Aが保管していたのと同様の方法、態様で本件金型を保管管理していたものであるが、長期間保存のための保管管理方法をとっていなかったため、三年以上にわたるAの工場内での保管の結果、右移転をした同月の時点ではすでに本件金型には腐食が生じて、金型としての機能を喪失していたものと解される(したがって、同月以降の移転後の不適切な保管方法による錆の発生等は、本件金型がすでにその機能を喪失した後のことであるというべきであるから、その保管方法の当否は、結論に影響しないことが明らかである。)から、その間に本件金型に腐食が生じたからといって、その注意義務を懈怠したことにはならないというべきである。
四 次に、控訴人ユニセフは、被控訴人管財人の本件金型の引渡義務不履行の結果、新たな金型の製作を余儀なくされたとして、その製作代金相当額の損害賠償を請求するところ、被控訴人管財人は、破産管財人に就任した昭和六〇年七月二六日の当日、片峰社長からの事情聴取等により、本件金型が控訴人ユニセフからの預かり動産であり、同控訴人が昭和六〇年六月六日にその返還を請求したことを聞いているから(原審における被控訴人管財人)、同被控訴人は、本件金型が控訴人ユニセフの所有に係る動産であり、同控訴人に対して引き渡すべきものであることを承知していたことは明らかである。
しかし、控訴人ユニセフは、被控訴人管財人に対して本件金型の返還を求めることなく経過していたもので、前認定の事実によれば、同控訴人は、Aが本件金型の引渡に応じなかったことから、昭和六〇年六月一四日の時点で、同控訴人の生産再開を急ぎ、損害の拡大を防ぐため、新たに同様の金型を金型製作業者に注文せざるを得なくなり、これにより本件金型返還という本来の給付は、同控訴人にとって無意味となったとの態度を表明していたものであり、現に、Aが同じ時に納品を停止した同じユニセフグループである一審相被告目黒電波測器株式会社は、Aに預けた金型の取戻しを諦めて同月中下旬には新規に金型の製作に着手していること(原審証人内藤雄二郎)からみても、同控訴人も、当然そのころまでに、本件金型の取戻しに代えて、新規に金型の製作に着手しているものと推認するのが相当であるところ、その製作には一般に三か月程度を要し、同年八月位までかかっているが(同証人、原審証人伊藤和幸〔第一回〕)、被控訴人管財人がAの工場の封印執行を終えたのが同年八月八日であり、Aの第一回債権者集会が開催されたのが同月三〇日であることからすると、新規の金型の製作はそのころまでに相当程度進捗していたものと推認するのが相当であるから、同控訴人において、その金型製作代金に係る損害は、既に相当程度に発生していたものであるが、被控訴人管財人が、同控訴人に対し、就任後、速やかに本件金型を返還しなかったために、同控訴人が、結局どの程度の損害を被ったのかについては、これを確知しうる証拠もない。したがって、控訴人ユニセフの右損害賠償請求については、これを認めることができない。
なお、本件金型のうち六個については、その所在が不明であるが、前認定の事実によれば、被控訴人管財人が破産管財人としてAの占有を承継した時点では、右六個が既に存在していなかったものと認められるから、その紛失は同被控訴人の注意義務違反に起因するものではない。したがって、被控訴人管財人には、これによって控訴人ユニセフが被った損害を賠償すべき責任はない。
五 以上によれば、控訴人ユニセフの被控訴人らに対する請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がない。
第四 結論
以上の認定判断によれば、被控訴人管財人の控訴人らに対する請求は、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これを一部認容した原判決部分は不当であるから、これを取り消し、控訴人らのその余の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、また、相殺を認めて被控訴人管財人の右請求を棄却した原判決部分は相当であって、被控訴人管財人の附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清永利亮 裁判官小林亘 裁判官佐藤陽一)