東京高等裁判所 平成7年(ネ)1518号 判決 1995年12月20日
控訴人
佐藤文男
右訴訟代理人弁護士
森下文雄
被控訴人
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
酒巻英雄
右訴訟代理人弁護士
川村和夫
同
太田千絵
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成四年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人の予備的請求中その余の部分を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを八分し、その七を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決は、控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一七五八万三九四七円及びこれに対する平成四年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(主位的請求及び当審で追加した予備的請求)。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴及び当審において追加された予備的請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり加除、訂正するほかは原判決の事実欄の二に記載されたとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二丁表三行目と四行目の間に「(主位的請求原因)」を加え、同丁裏一行目の「一二二〇万一五九四円」を「一二二〇万一五四九円」に改め、同行の「原告名で」の次に「外貨建ての」を、同丁裏一〇行目と一一行目の間に次のとおりそれぞれ加える。
「またワラントはその仕組が複雑で株式に比較してリスクが大きい金融商品であり、知識や経験のない一般の個人投資家に安易に勧めるべき商品ではないところ、控訴人は、これまでリスクの少ないいわゆる資産株の現物取引のみを行ってきたものであり、ワラントの取引経験は一度もなかったこと、四銘柄の株式は、定年退職後の年金生活のために、株式よりもリスクの少ない資産に買い換える目的でその売却を依頼したものであること、オムロン(本件ワラントの引換対象株式)の株価は当時二三〇〇円位で、権利行使価格の二九〇〇円を大幅に下回っており、損をする確率の高いものであったことからすると、長田が控訴人に本件ワラントを買わせた行為は適合性の原則にも違反するものである。
さらに、控訴人は、長田を信頼して四銘柄の株式の売却を依頼したのに、同人は右信頼を裏切り、右売却代金で本件ワラントの無断買付けをなし、その後は控訴人との連絡を拒否して転勤してしまったものであり、長田の右の行為は控訴人に対する背任行為に該当する。」
二 原判決三丁表一行目の「四銘柄の株式売却の清算金残金」を「本件ワラントの購入代金」に、同丁裏三行目の「翌日」を「翌日である平成四年八月四日」にそれぞれ改め、同四行目と五行目の間に次のとおり加える。
「(当審で追加された予備的請求原因)
(一) 主位的請求原因の(一)ないし(三)に同じ。
(二) 仮に、右の四銘柄の株式の売却に際し、控訴人が長田に対して、本件ワラントの買付けを承諾したとしても、右の承諾は長田の違法な勧誘行為(説明義務違反)に基づくものである。
すなわち、証券取引法四七条の二は、『証券会社は、外国証券取引に係る契約を締結しようとするときは、あらかじめ顧客に対し大蔵省令で定める書面を交付しなければならない。』とし、また、日本証券業協会の公正慣習規則第九号(協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則)第六条は、『協会員は、顧客と新株引受権証券にかかる契約を締結しようとするときは、あらかじめ当該顧客に対し、本協会又は証券取引所が作成する説明書を交付し、当該取引の概要及び取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るため新株引受権証券取引に関する確認書を徴求するものとする」と定めているところ、長田は、控訴人がワラント取引の経験のないことを知っていたのであるから、控訴人に対し、ワラント取引の説明書を事前に交付し、ワラントとワラント債の区別、権利行使価格、権利行使期間などその危険性について具体的に説明した後、日を改めてワラント取引に関する確認書を徴求して本件ワラントの買付委託を受けるべきであったのに、ワラントについての十分な説明をすることなく、取引説明書の交付及び確認書の徴求も本件ワラントの売買契約成立後になしたものである。
したがって、被控訴人は、控訴人に対し、民法七一五条により次の損害を賠償する義務がある。
(三) 主位的請求原因の(五)に同じ。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、金一七五八万三九四七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
三 原判決三丁裏五行目の「二」を「2」に、同六行目の全文を次のとおりそれぞれ改める。
「(主位的請求原因に対する認否)
(一) 主位的請求原因(一)、(二)の事実は認める。同(三)のうち、控訴人が被控訴人に対して四銘柄の株式の清算金の支払いを求めたことは否認するが、その余の事実は認める。」
四 原判決五丁表二行目と三行目の間に次のとおり加える。
「(予備的請求原因に対する認否)
(一) 主位的請求原因に対する認否の(一)に同じ。
(二) 予備的請求原因(二)は否認ないし争う。
主位的請求原因に対する認否の(二)で述べたとおり、長田は控訴人に対し、ワラント取引及び本件ワラントについて十分な説明をしている。
(三) 同(三)は争う。」
第三 証拠
証拠関係は、原審及び当審における各書証目録並びに各証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 事実関係
一 主位的請求原因(一)ないし(三)の事実及び予備的請求原因(一)ないし(三)の事実は、控訴人が被控訴人に対して四銘柄の株式の清算金の支払を求めたことを除いて、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に、甲第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、三、九(ただし、いずれも後記措信しない部分を除く。)、第八号証、第一五号証、第一六号証、乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証及び証人長田浩一、同羽田拓の各証言並びに控訴人本人の供述(原審及び当審、ただし、後記措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する甲第四号証の一ないし一〇(ただし、一、三、九についてはその一部)、第七号証、第一二号証の一、二及び控訴人本人の供述部分(原審及び当審)はいずれも前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 控訴人(昭和六年五月二三日生まれ)は、同二四年に静岡県周智郡の農業協同共済組合に就職し、同五二年に同郡森町の収入役、同五五年に同町の助役に就任し、同五九年に退任した。そして、同六〇年に榎屋建設株式会社に入社し、平成二年からは同社の子会社の榎屋開発株式会社において、役員兼従業員として不動産販売等の業務に従事していた。
控訴人は、昭和四六年から被控訴人浜松支店と取引を開始し、現物株の売買によりかなりの利益を上げていたが、平成元年八月を最後に取引を中断していた。
控訴人は、同三年四月当時、四銘柄の株式(時価合計一二〇〇万円余り)を所有していたが、ワラント取引の経験はなく、新聞等でワラント債という言葉を見たことがある程度であった。
2 被控訴人浜松支店営業課に勤務していた長田は、平成三年四月一八日午前一一時ころ、榎屋開発株式会社を訪れて控訴人と面談し、控訴人に対し、当時の相場環境として、株式投資をするには企業の業績等を検討して銘柄を選択することが特に重要である旨説明し、持参していたオムロンの株価の推移を示すチャートのコピー(乙第六号証の二と同様のもの)を示して、オムロンの業績は好調であり同社の現在の株価は非常に安いから、控訴人が所有している四銘柄の株式より高い投資効率が期待できると述べ、さらに、株式に投資した場合よりもワラントに投資した場合の方が値上がりした時の利益率が高いこと、ワラントは株価に連動して価格が変動するが、株価が値上がりすればワラント価格は株価以上に上昇し、株価が値下がりすればワラント価格は株価以上に下がること、ワラントは株価が権利行使期限までに権利行使価格に達しないときは無価値になることを説明し、持参していた外貨建てワラントの価格表(乙第七号証と同様のもの)を示して、オムロンワラントには第三回発行のものと第四回発行のものがあるが、第三回ワラントは権利行使期限までにまだ二年余りあり、その期間のうちにオムロンの株価(当時二三〇〇円から二四〇〇円)が第三回ワラントの権利行使価格(二九一九円)を上回る可能性が非常に高いので、既に権利行使価格(一六四〇円)を上回って単価が高くなっていた第四回ワラントよりも投資効率が高いと述べて、第三回オムロンワラントの買付けを推奨した。
控訴人は、長田の右の説明を頷きながら聞いていたが、同人の勧めに従って、四銘柄の株式の売却注文を翌一九日の寄付き(取引開始直後の立会い)に出して、その売却代金の範囲内で第三回オムロンワラントを買い付けることを承諾した。
なお、長田と控訴人が右の日に面談した時間は約三〇分であり、長田が控訴人に対してワラント取引の説明をした時間は、そのうち三ないし四分であった。また、控訴人はワラント取引について何の質問もしなかったため、長田は控訴人がワラント取引の仕組を理解したものと判断した。
3 長田は、同月一九日、控訴人の委託に基づいて四銘柄の株式を売却し、その売却代金の範囲内で第三回オムロンワラントを一三〇ワラント買付け、当日、控訴人にその旨電話連絡した。
4 控訴人は、同月二三日、取引報告書(四銘柄の株式売却の報告書、甲第二号証の一、二)及び外国証券取引報告書(本件ワラント買付けの報告書、甲第三号証)を被控訴人から送付を受けて受領し、翌二四日、被控訴人浜松支店を訪れて、株式売却清算金(一二二〇万一五四九円)から本件ワラント買付代金(一二〇八万三一七五円)とその他(七七二円)を控除した清算金一一万七六〇二円を受領した。
控訴人は、右清算金受領後、被控訴人の女子事務員からワラントの取引説明書を交付され、同書に綴られていたワラント取引に関する確認書(乙第一号証)に署名、押印し、さらに外国証券取引口座設定約諾書(乙第三号証)、外貨建証券配当金等の振込先指定届(乙第四号証)、国外発行の株式等に係る配当所得の源泉分離課税の選択申告書(乙第五号証)にも署名、押印して、これらの書類を被控訴人に交付した。
そして、控訴人は、被控訴人浜松支店の待合室で右の取引説明書を読んで、ワラントが社債でないことに気付き、二階の営業課に赴いて女子事務員に本件ワラントの相場を知る方法等を尋ね、日本経済新聞に掲載されていること及び前日の相場が12.5ポイントで控訴人が購入したときよりも一ポイント値下がりしていることを聞いた。
控訴人は、同夜、右取引説明書を二時間以上かけて熟読し、ワラント取引の仕組を理解した。
5 控訴人は、同年六月上旬、長田から顧客を引き継いだ羽田拓と面談し、本件ワラントが値下がりしていることについて不満を述べたが、このときは同人から暫く様子を見るように勧められた。
しかし、同月二七日、控訴人は、羽田から、本件ワラントが購入時の13.5ポイントに回復するためには現在のオムロンの株価二一〇〇円が三〇〇〇円以上にならなければならないので現状では難しいと思う、これに対し、オムロンの第四回ワラントは権利行使期間も平成七年一月までと長く、権利行使価格も一六四〇円と低いから将来的に希望がもてる、買い換えた第四回ワラントが一二〇〇万円に達するためには株価が二八九〇円になればよいと説明されて、株価が羽田の言うとおり二八九〇円まで回復する事は無理だとしても、二五〇〇円になれば現在の六〇〇万円の損害の約半分は回収できることになると考えて、羽田の勧めに従うことにし、本件ワラントをオムロン第四回ワラントに買い換えることを承諾した。
そこで、羽田は、控訴人の右の委託に基づいて、そのころ本件ワラントを五九九万一一九六円で売却し、オムロン第四回ワラントを五八八万四一二五円で購入した。
第二 主位的請求について
一 控訴人は、本件ワラントは長田が控訴人に無断で購入したものであると主張し、控訴人本人の供述(原審及び当審)及び控訴人作成の文書(甲第四号証の一ないし一〇、第七号証)中には右主張に沿う部分が存在する。
しかし、第一の二4のとおり、控訴人は、四銘柄の株式の売却代金から本件ワラントの購入代金等を控除した清算金を受領し、かつ、ワラントの取引説明書の交付を受け、確認書等のワラント取引に必要な各種書類に署名、押印してこれを被控訴人に差し入れていることからすると、同2のとおり、控訴人は本件ワラントの買付けを長田に委託したものと認めるのが相当であり、右の控訴人本人の供述部分及び控訴人作成の文書は採用することができない(なお、控訴人は、ワラントの取引説明書は本件ワラントの預かり証の付属書類であると考えて、無断売買契約を取り消すまでの一時的なものと判断して受領したとか〔甲第四号証の一〇〕、確認書等の各種書類も同様に考えて署名、押印した〔控訴人の原審供述〕と弁解しているが、到底措信できない。)。
また、控訴人(当審)は、四銘柄の株式の売却については委託注文書を作成して長田に交付したが、本件ワラントの買付けについては委託注文書を作成していないと供述しているが、右供述中の四銘柄の株式の売却について委託注文書を作成したとの部分は、乙第一二号証(被控訴人総務業務部事務制度課長千葉義輝作成の報告書。委託注文書は有価証券の売買を委託する際に作成されることがあるが、通常の場合は、外務員資格を有する証券会社の従業員が口頭で受注することがほとんどである旨の記載がある。)に照らしてたやすく措信することができない(なお、乙第一三号証の平成元年八月七日付けの控訴人作成の委託注文書の存在から、四銘柄の株式の売却の際にも委託注文書を作成したものと推認することもできない。)。したがって、本件ワラントの買付けについて委託注文書が作成されていないことも、前記認定を覆すに足りない。
二 控訴人は、本件ワラントの買付けは適合性の原則にも違反すると主張している。
しかし、第一の二1のとおり、控訴人は森町の助役の経歴を有する当時五九歳の会社役員であり、現物株の取引のみとはいえ株式取引について約二〇年の経験を有し、一二〇〇万円相当の投資資産を所有していたものであるから、ワラント取引はその仕組が複雑で株式に比較してリスクが大きいこと、オムロンの株価は当時二三〇〇円位で権利行使価格の二九〇〇円を大きく下回っていたことを考慮しても、控訴人にとって本件ワラントの買付けが未だ適合性の原則に違反しているものとは認められない。
三 控訴人は、長田は控訴人の信頼を裏切って本件ワラントを無断購入したものであり、長田の右の行為は背任行為に該当すると主張しているが、長田が本件ワラントを無断で購入したものでないことは前記認定説示のとおりであり、その他、本件全証拠によるも、長田が控訴人に対して背任行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。
四 そうすると、長田の本件ワラントの無断購入を理由とする控訴人の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三 予備的請求について
一 ワラントは、新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分から切り離されて、それ自体で取引の対象とされている新株引受権ないしこれを表象する証券であり、発行会社の株式を、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定量購入することのできる権利(証券)である。
したがって、ワラントは、権利行使時に発行会社の株価が権利行使価格を上回らないと無価値となる。また、ワラントの価格は、株価に連動するがその変動率は株価よりも大きく、株価の値上がりへの思惑(プレミアム)で変動する要素が大きいため不安定であり、株価が下がらなくてもワラント価格が下がることもある。
このように、ワラントは、株式の現物取引に比べてハイリスク・ハイリターンの金融商品である。
二 そこで、証券取引法四七条の二は、ワラント取引について、あらかじめ顧客に対し、取引の概要その他大蔵省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならない旨定め、また、日本証券業協会制定の協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)第六条三項も、ワラント取引について、顧客に対しあらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたり、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認書を徴求する旨を定めている。
右の各規定は、公法上の取締法規又は協会員の内部規則としての性質を有するものであるから、右各規定に違反した行為が私法上も直ちに違法と評価されるものではない。しかし、右各規定は、ワラント取引の仕組が複雑で危険性の高いものであることに基づき、一般投資家の保護、育成を目的として制定されたものであるから、証券会社の外務員は、一般投資家を勧誘するにあたり、右各規定の趣旨、内容に則り、顧客がワラント取引の概要及び危険性(すなわち、ワラントの意義、権利行使価格、権利行使期間、価格形成のメカニズム、ハイリスク商品であり無価値となる場合もあること等)について、的確な認識を形成するに足りる十分な説明をすべき注意義務があり、右注意義務の違反の程度が社会的相当性を欠くと認められる場合は私法上も違法となり、証券会社は、民法七一五条により、当該勧誘行為によって顧客が被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。
三 そこで、これを本件についてみるに、第一の二2のとおり、長田は控訴人に対し、ワラントの価格は株価に連動するがその変動率は株価以上に大きいこと及び株価が権利行使期間までに権利行使価格に達しないときは無価値になることを口頭で一応説明しているが、その時間はわずか三、四分にすぎず、しかも、本件ワラントの有利性に比重をおいた説明の中でなされていることからすると、控訴人が森町の助役の経歴を有する当時五九歳の会社役員であり、現物株の取引について約二〇年の経験を有していることを考慮しても、控訴人が右の説明によりワラント取引の概要及び危険性について的確な認識を形成しえたとは認め難い。
また、ワラント取引は一般投資家に周知のものとはいえず、ワラント債と誤解しやすい商品であったから、長田としては、その違いを認識させるように、ワラントの意義について具体的に説明すべきであったのにこれをしなかったため、控訴人は本件ワラントを社債と誤解して買付け委託したものである(第一の二4)。
長田は、控訴人がワラント取引について何の質問もしなかったため、その仕組を理解したものと判断したのであるが、わずか三、四分の右のような説明で控訴人がワラント取引の仕組を理解したものと判断したのは軽率というべきである。
さらに、長田は控訴人に対し、取引説明書をあらかじめ交付せず、確認書の徴求もしていない。取引説明書の交付及び確認書の徴求がなされたのは、第一の二4のとおり、売買代金の清算後である。
以上の事情を考慮すれば、長田は控訴人に対して説明義務を尽くしておらず、その違反の程度は社会的相当性を欠くものと認められるから、被控訴人は、民法七一五条により、控訴人が被った後記損害を賠償すべき義務がある。
四 控訴人が賠償を受けるべき損害の額について
1 控訴人は、本件ワラントを一二〇八万三一七五円で購入したが、第一の二5のとおり、平成三年六月二七日、羽田に勧められて本件ワラントを五九九万一一九六円で売却し、右売却代金のうち五八八万四一二五円でオムロン第四回ワラントを購入したものであるところ、右オムロン第四回ワラントの購入は、取引説明書を熟読してワラント取引の仕組と危険性を理解したうえで、自己の判断と責任においてなしたものであるから、同ワラントが無価値になったとしてもその損害は控訴人が負担すべきものである。そうすると、長田の前記不法行為に基づく損害は、控訴人が本件ワラントを売却した時点で発生した損害がこれに当たるものというべきであり、前記の一二〇八万三一七五円から五九九万一一九六円を控除した金額である六〇九万一九七九円であると認められる。
ところで、控訴人は、前記認定のとおり、長田の説明不足により、本件ワラントを社債と誤解して購入したものであるが、控訴人においても、ワラント取引の仕組と危険性について十分に理解しないまま安易に買付けを承諾した過失があるうえ、本件ワラントの買付けから五日後には取引説明書の交付を受けて、ワラントが社債でないこと及びワラント取引の仕組と危険性を認識したのであるから、その後にワラントの値下がりにより拡大した損害については、速やかなワラントの売却等により損害の拡大を防止することを怠った控訴人にかなりの責任があるというべきである。そして、控訴人の右の責任の程度と長田の勧誘行為の違法性の程度を考慮すると、本件においては、過失相殺により、被控訴人が負担すべき損害額は、六〇九万一九七九円の三割弱である一八〇万円が相当である。
2 控訴人は、長田が本件ワラントを無断購入したことにより精神的苦痛を被ったとして、慰謝料四〇〇万円を請求している。
しかし、長田が本件ワラントを無断購入した事実はなく、同人の不法行為は説明義務違反に基づくものであるが、本来、財産上の損害は財産上の請求によって回復されるものであり、精神的損害の賠償は、財産上の損害の請求のみでは回復しえない特別の事情がある場合に考慮すべきものである。本件において、控訴人の主張する精神的苦痛は財産上の損害の賠償を受けることによって同時に償われる性質のものであるから、控訴人の右の慰謝料請求は認められないものというべきである。
3 本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、被控訴人が賠償すべき金額が一八〇万円であること、本件訴訟の難易度、その他諸般の事情を考慮すると、二〇万円が相当である。
五 よって、控訴人の予備的請求は、二〇〇万円及びこれに対する損害額確定の日の後である平成四年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
第四 結論
以上の次第で、控訴人の主位的請求は理由がないから本件控訴を棄却し、当審で追加された予備的請求は一部理由があるから右理由がある部分を認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 林道春)