大判例

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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2205号 判決 1996年6月27日

控訴人

甲野太郎

被控訴人

株式会社東京放送

右代表者代表取締役

砂原幸雄

右訴訟代理人弁護士

田多井啓州

木下潮音

浅井隆

大澤英雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

次のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏三行目の末尾に以下のとおり加える。

「本件放送(平成五年一〇月四日放送)には、リポーターの市毛に対する質問として「あの聞くところによりますとねぇ、ご主人の方が市毛さんとお母様に暴力を振るわれたというのも聞いたんですけど。」との発言及び市毛の「はぁ〜、そういうことも本当に、今ねぇ、私の口から何か申し上げるわけにはいかないんです。」との発言が含まれている。リポーター及び市毛の右各発言部分は、平成二年一二月二四日のTBSテレビの番組の放送内容の一部である。そして、同日の放送内容には控訴人の「市毛と同人の母親に暴力を振るったことはない」旨の発言も含まれていた。しかし、本件放送では控訴人の右暴力を否定する発言や控訴人が右暴力を振るったことを否定している旨の説明は放送されなかった(検証の結果)。

東京地方裁判所は、株式会社報知新聞社が控訴人の市毛の母親らに対する暴行傷害が控訴人と市毛の破局(婚姻関係の破綻)を決定的にしたとする記事を報知新聞に掲載したことに対し、控訴人が同新聞社を被告として提起した同裁判所平成四年(ワ)第九二八五号謝罪広告等請求事件について、平成五年九月二二日、「控訴人が妻(市毛)の母親に暴力を振るって傷害を負わせたとの記事は、事実とは認められない。」「控訴人の利枝(市毛の母親)らに対する暴行傷害が破局を決定的にしたとする記事は、離婚問題の当事者の認識とも異なる事実を記載したものといわざるを得ず、右記事部分が真実であると認めるに足りる証拠はない。」「同新聞社は、控訴人のプライバシーを侵害し、名誉を毀損する内容の記事を掲載した報知新聞を発行し頒布した。」と判断して、同新聞社に対し謝罪広告の掲載と慰謝料一〇〇万円の支払を命ずる判決を言い渡した(甲第四号証)。被控訴人の本件放送の担当プロデューサーは、右判決が言い渡されたことを知っていたが、本件放送においては右判決について一切触れなかった(証人島崎忠雄)。」

二  控訴人

1  平成七年五月改正(同年一一月一一日施行)前の放送法(以下、改正前の放送法又は単に「放送法」という。)五条に定める放送内容確認のための措置を取ることの請求規定は、請求者に実体法上の請求権を与えたものであるから、被控訴人が控訴人の本件申入れ(本件放送の内容を確認できる措置を講ずるよう求めた申入れ)を拒否した行為は、控訴人の右請求権を侵害したものである。

2  控訴人は、放送法五条に基づく右請求を実体法上の権利とだけ構成しているわけではなく、実体法上の請求権ではないとしても、法律上保護されるべき地位であると構成しているものであり、原判決がこれを単に実体法上の権利とだけ構成しているのは正当ではない。

すなわち、放送法五条に基づく右請求は、権利侵害を受けた者に付与された訂正放送などの請求権を保障するために法が特に定めたものであり、これは一般の行政法規等とは異なり、特定の個人を対象とするものであり、その目的も右に述べたとおり個人の権利の救済を意図するものである。

したがって、放送法五条に基づく請求をした控訴人の地位は、控訴人が受けた権利侵害の救済を実現するために法律が被控訴人に課した義務の対象たる地位であり、これは法律上保護されるべき地位である。

3  本件において被控訴人は、何ら正当な事由なくして、控訴人の権利救済のための放送内容開示の請求を拒否したものであり、これにより右に述べた控訴人の法律上保護されるべき地位を侵害したものであって、これは民法上の不法行為を構成するものである。

三  被控訴人

1  放送法五条及び同法施行令一条により放送事業者が義務づけられているのは、一定範囲の放送の内容が確認できるものを放送事業者自身が適当と認める方法で保管することであり、放送事業者に対して、放送により権利の侵害を受けたと主張する者から放送内容を確認する旨の請求を受けた際にこれに応じることを義務づけているものではない。

2  放送法五条が右のような放送内容の保存義務を放送事業者に課しているに止まるのは、同法四条一項が、放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によって、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から訂正放送等の請求があったときに、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときに相当の方法で訂正又は取消しの放送をしなければならないとしていることからも明らかである。同条項により、放送によって権利の侵害を受けたと主張する者から訂正放送等の請求を受けた際に放送内容が真実であるか否かを調査する義務は、放送事業者に課せられているのであって、権利侵害を受けたと主張する請求者には放送内容の調査権限は付与されていない。放送法五条は、右の放送事業者による放送内容の調査を確実に行わしめるための必要措置として同法施行令一条の放送内容の保管を義務づけていると解すべきである。

3  放送法五条は、右のとおり、控訴人のごとく放送事業者の放送が真実でないことによって権利の侵害を受けたと主張して放送事業者に訂正放送等の請求をした者に対して放送内容の確認閲覧の権利を認めたものと解する余地はなく、放送事業者に応諾義務を課したものでもないから、控訴人が主張する法律上保護されるべき法的地位なるものは認められない。

4  平成七年五月改正(同年一一月一一日施行)の放送法(以下「改正放送法」という。)は、訂正放送等の請求期間及び放送番組の保存期間の延長、保存の対象となる放送の範囲の拡大及び改正前の放送法には明確な定めがなかった放送番組の内容の確認方法について「視聴等」によることを明確化したものである。このような放送法の改正が、放送によって権利を侵害された被害者の救済を広げる趣旨で行われたものであることは明らかである。

5  放送番組内容の確認方法については、改正前の放送法五条は何ら規定を置いていなかったが、改正放送法五条には「視聴その他の方法により確認することができるよう」という文言が追加された。この文言の追加によって、改正前の放送法では従来放送事業者に義務づけられていなかった番組視聴によって放送内容を確認させる義務を負わせ、放送による権利侵害を訴える者に視聴の権限を与えたものである。

6  以上のとおり、本件番組が放送された当時の改正前の放送法においては、訂正放送の請求をした者に対して放送事業者は放送番組の内容を視聴等によって確認させる義務を負わず、番組内容の確認は放送事業者が自ら主体的に行うものであったものであり、平成七年五月の改正放送法によって初めて請求者に対して放送番組内容を視聴等の方法によって確認させることが義務づけられたものである。

したがって、改正前の放送法下に生じた本件において、被控訴人が控訴人の請求に対して、被控訴人自身が番組内容を確認して回答を行ったことをもって、控訴人の権利を侵害したものということはできないから、控訴人の本件慰謝料請求は理由がない。

第三  争点に対する判断

一  放送法(平成七年五月改正前のもの)五条は、放送事業者は、政令の定めるところにより、「審議機関又は前条の規定による訂正若しくは取消しの放送の関係者」が放送番組の内容を放送後において確認できるように必要な措置をしなければならない旨規定している。そこで、先ず、同条が予定している放送内容確認の主体に控訴人が含まれるかという点について検討する。

放送法五条は、放送番組審議機関が、放送番組の適正を図るため必要があると認めるときに意見を述べることができるという、放送番組に対する批判機関としての機能を果たすために放送番組の内容を検討できるようにするとともに、同法四条一項の規定による訂正又は取消しの放送の関係者の確認の資料に供するために設けられた規定であると解される。そして、審議機関のほかに放送内容確認の主体として予定されている同法四条一項の規定による訂正又は取消しの放送の関係者には、時事に関する放送(同法施行令一条一項一号)については、これについての訂正又は取消しの放送が行われた後におけるその関係者のみならず、訂正若しくは取消しの放送又はその請求が行われる前の段階において、放送事業者が行った放送について、一応の合理的な理由に基づいて、真実でない事項が放送されて、それにより自己の権利が侵害されたのではないかと危惧し、権利侵害の有無を確認する必要を有している者も含まれると解するのが相当である。

これを本件についてみると、前認定のとおり、控訴人と市毛の離婚問題について放送した本件放送(平成五年一〇月四日午前八時三〇分からのTBSテレビの番組)には、リポーターが市毛に対する質問として「あの聞くところによりますとねぇ、ご主人の方が市毛さんとお母様に暴力を振るわれたというのも聞いたんですけど。」との発言及び市毛の「はぁ〜、そういうことも本当に、今ねぇ、私の口から何か申し上げるわけにはいかないんです。」との発言が含まれているところ、リポーター及び市毛の右各発言部分は、平成二年一二月二四日のTBSテレビの番組の放送内容の一部であり、同日の放送内容には控訴人の「市毛と同人の母親に暴力を振るったことはない」旨の発言も含まれていたが、本件放送では控訴人の右暴力を否定する発言や控訴人が右暴力を振るったことを否定している旨の説明は放送されなかった。控訴人は、本件放送後、知人から、控訴人と市毛との離婚問題を扱った本件放送が、控訴人が市毛及びその母親に対して暴力を振るったかのような印象を視聴者に与える放送をして控訴人の名誉を侵害しているということを聞き、本件放送が真実でない事項の放送をしたことによって自己の名誉が侵害されたのではないかと危惧し、平成五年一〇月五日及び同月一三日、被控訴人に対し、本件放送の内容を確認できる措置を講じるよう申し入れ(本件申入れ)更に、訂正・取消し及び謝罪の放送を求めた。これに対し、被控訴人は、本件放送には控訴人に対する名誉毀損を構成するような部分は存しないとして、本件申入れを拒否した。

以上によれば、本件放送の右のような内容及び本件放送が一般の視聴者に与える印象等を考えると、控訴人が、本件放送によって控訴人が市毛及びその母親に対して暴力を振るったという真実でない事項の放送がされ、控訴人の名誉が侵害されたのではないかと危惧したことには、一応の合理的な理由があったと認められるから、控訴人は放送法五条が予定している放送内容確認の主体に含まれるというべきである。

二  次に、控訴人が、放送法五条に基づき、被控訴人に対して本件放送の内容を確認できるような措置を講ずることを請求する権利(放送内容の確認(閲覧)請求権)を有しているか否かについて検討する。

放送法五条及び同法施行令一条は、放送事業者の義務として、原稿又は録音若しくは録画をした物その他放送内容を確認することができる物で放送事業者が適当と認めるものを保存することを義務づけている。そして、放送事業者が同法五条及び同法施行令一条により、審議機関及び同法四条一項に定める訂正又は取消しの放送の関係者に対してこれを確認させる義務までを負うかについては、条文上明確ではないものの、右の放送内容の保存義務は、これを審議機関及び右の関係者に確認させる義務を当然の前提としているものと解するのが相当である。

確かに、放送法五条は、同法四条一項の訂正又は取消しの放送の関係者の当該保存資料に対する確認(閲覧)請求権及び放送事業者のこれに対する応諾義務を直接規定したものではない。しかしながら、同法四条一項の訂正又は取消しの放送の関係者が当該放送の内容を確認することができるために、放送事業者は同法五条による必要な措置を講ずる義務があるのであるから、訂正又は取消しの放送の関係者は、放送事業者に対し当該放送内容の確認(閲覧)請求権を有し、放送事業者は、右関係者から請求があった場合は、これに応ずべき義務があると解するのが相当である。

なお、平成七年五月の改正放送法五条は、従来、同法四条一項の訂正又は取消しの放送の関係者が放送後に番組内容を確認する方法が法律の文言上あまり明確ではなかったことから、訂正又は取消しの放送の関係者は、放送事業者が保存している番組を自ら視聴等することによって番組内容を確認することができるよう条文の文言を明確化したものである。このように改正放送法五条は、改正前においても認められていた訂正又は取消しの放送の関係者の確認(閲覧)請求権の確認の方法を視聴等によることと具体的に規定し、これを明確化したものであって、従来認められていなかった訂正又は取消しの放送の関係者の確認(閲覧)請求権を新たに認めたものではない。

三 以上によれば、被控訴人が正当な事由(例えば、当該関係者が必要以上に放送内容の確認〔閲覧〕を要求したために放送事業者の業務に支障をきたすなど確認〔閲覧〕請求権の行使が権利の濫用にあたる場合)がないのに控訴人の本件申入れを拒否したことは、控訴人の本件放送内容の確認(閲覧)請求に対する被控訴人の応諾義務に違反し、控訴人の本件放送内容の確認(閲覧)請求権を侵害した不法行為を構成するといわなければならない。

そして、控訴人は、被控訴人の本件申入れ拒否行為によって本件放送の内容を確認することができず、被控訴人の責任を追及するかどうかの判断をし、その手続をとるのが遅れたこと、控訴人は、本訴提起後の平成六年九月九日の原審口頭弁論期日に行われた本件放送のビデオテープの検証により初めて本件放送の内容を確認したこと、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、控訴人が被控訴人の右不法行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は、金二〇万円が相当である。

第四  結論

したがって、控訴人の本件請求は右の限度で理由があるから、控訴人の本件請求を全部棄却した原判決は不当であり、控訴人の本件控訴は一部理由がある。

よって、原判決を取消し、控訴人の本件請求を本判決主文第二項の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邊昭 裁判官河野信夫 裁判官小野剛)

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