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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2229号 判決 1996年4月30日

東京都北区中十条三丁目三番一七号

控訴人

株式会社 石山製作所

右代表者代表取締役

石山舎人

右同所

控訴人

石山舎人

右両名訴訟代理人弁護士

遠藤安夫

東京都新宿区大京町二二番地の五

被控訴人

アキレス株式会社

右代表者代表取締役

鈴木悌次

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

右輔佐人弁理士

安原正義

主文

控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二  事案の概要、基礎となる事実、主要な争点及び当事者の主張

原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」、「第三 基礎となる事実」、「第四 主要な争点及び当事者の主張」(三頁末行から一八頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、原判決添付の別紙物件目録一の二(6)(a)の「電極配列用シート5」を「電極配列用シート4」と訂正する。

第三  当裁判所の判断

一  争点一について

1  乙第七号証の2、検甲第一号証ないし検甲第四号証、並びに、原告製品一、三ないし五において接着剤の上に位置して用いられる化粧用粘着テープは「粘着テープ」であって、これの貼付自体に接着剤の接着力が必要とされているわけではないうえ、これを貼付するに際しては、被貼着面が安定した状態にあることが好ましく、接着剤に流動性があると、化粧用粘着テープがずれたり、接着剤がはみ出したりして不良品を住じるおそれがあると考えられることを総合すると、被控訴人が「アキレスノンスパーク」という商品名で製造、販売している自己放電式除電器の大部分を占める原告製品一ないし五のうち、原告製品一及び二は原判決添付の別紙物件目録一及び二の各二の(1)ないし(5)に記載の製造工程を、原告製品三ないし五は同目録三ないし五の各二の(1)ないし(6)に記載の製造工程をそれぞれ経て製造されるもので、いずれも右各二の(3)の工程で塗布ないし再活性化された接着剤を乾燥、固化させてから、その後の化粧用粘着テープを貼りつけたり、カセットでかしめたりする右各二の(4)以降の工程に移るものであること、右(3)の工程を経た後の接着剤は、加圧しても多少の変形が生じる程度の柔軟性はあるが、これを外部から加圧した場合、流動して除電電繊維群に滲透するほどの流動性は失っているものと認められる。

2  控訴人らは、原判決の第四、一1掲記のとおり、被控訴人が原告製品を製造するに際しては、金属板に相当する部材と柔性板に相当する部材との間に接着剤を入れ、接着剤が乾燥固化して流動性を喪失する前に柔性板に相当する部材の外面から手で直接、あるいはプレス作業により金属板を介して間接的に加圧して組立てているものであって、右加圧により、柔性板に相当する部材と金属板に相当する部材との間に隙間がなくなると同時に除電繊維群を柔性板に相当する部材がくるむようになり、これにつれて接着剤が除電繊維群の周囲から内部まで滲透するようになるという工程を踏んでおり、原告製品の製造工程は右認定とは相違する旨主張するので、この点について検討する。

(一) 控訴人らは、被控訴人主張の製造工程、即ち右認定の製造工程によれば、電極固定用粘着テープと化粧用粘着テープを剥離する方法により分離しても、電極(除電繊維群)は電極固定用粘着テープに接着されたままで、化粧用粘着テープに接着された状態で剥離されることはありえないはずであるとして、控訴人らが入手した原告製品の中には、除電繊維群が電極固定用粘着テープから分離して化粧用粘着テープに接着された状態で剥離したものが存在したこと、中には化粧用粘着テープの除電繊維群に面した側に除電繊維群に相似する加圧痕が印されているものもあったことを前記主張の根拠の一つとしている。

しかしながら、電極固定用粘着テープと化粧用粘着テープを剥離する方法で分離した場合、除電繊維群が電極固定用粘着テープに接着されたままで剥離されるか、化粧用粘着テープに接着された状態で剥離されるかは、電極固定用粘着テープと除電繊維群の上から塗布された接着剤と化粧用粘着テープの粘着剤との各固定力(接着力、粘着力)の相関関係に因るものと解されるから、仮に控訴人らが入手した原告製品の中に除電繊維群が化粧用粘着テープに接着された状態で剥離したものが存在したからといって、控訴人らの前記主張を根拠づけるものとは認められない。また、原告製品において除電繊維群の上から接着剤を塗布、乾燥させた後に、化粧用粘着テープをその上に貼りつけた際にその粘着力によって化粧用粘着テープが密着したような場合には、除電繊維群が存在することによるそれらの痕跡(凹凸)が化粧用粘着テープに付く可能性は十分にあるから、化粧用粘着テープの除電繊維群に面した側に除電繊維群に相似する痕跡があることをもって、接着剤が流動性を喪失する前に加圧されたものであることを裏付けるものとは認められない。

(二) マイクロスコープで、控訴人らが収集した原告製品一に対応する原告製品の断面を二五〇倍に拡大した写真である乙第一〇号証添付写真1によれば、除電繊維群からなる電極の上面に存する、電極と化粧用粘着テープとの間の接着剤の層の厚みは、電極の存しない部分における接着剤の層の厚みと比較して相当薄いことが認められるが、電極の上面から流動性のある接着剤を塗布すれば、接着剤は電極の上面を頂点としてその両側に移動して電極をくるむような状態となり、必ずしも電極の上面に接着剤が相当の厚みを持って固化するとは限らないから、電極と化粧用粘着テープとの間の接着剤の層の厚みが薄いことをもって、接着剤が流動性を喪失する前に加圧したことを裏付けるものとは認められない。かえって、右写真1によれば、化粧用粘着テープと電極固定用粘着テープが除電繊維群を介することなく、接着剤のみを介して接している部分についても、相当の厚さの固化した接着剤の層が存在していることが認められるところ、接着剤が流動性を有する時点で加圧したとすれば、接着剤の層は相当薄いものになるであろうと考えられるから、右のように相当の厚さの固化した接着剤の層が存在することは、接着剤が塗布、乾燥された後に、化粧用粘着テープが接着剤層の上に貼付されたものであることを裏付けるものということができる。

そして、右乙第一〇号証添付写真1のほか、マイクロスコープで、控訴人らが収集した原告製品一に対応する原告製品の断面を二五〇倍に拡大した写真、原告製品二に対応する原告製品の断面を五〇倍及び二五〇倍に拡大した写真(乙第一〇号証添付写真2・3、乙第一三号証添付写真4ないし11、乙第一九号証添付写真6)によっても、原告製品において、化粧用粘着テープを手で貼る際の圧力又はプレスによる圧力によって、除電繊維群を柔性板でくるむように包み、接着剤を滲透させた上で固化していることを認めることはできない。

(三) 控訴人らは、控訴人らが入手した原告製品である「アキレスノンスパーク」を分解、検分したところ、使用されている接着剤はいずれも接着機能を有しており、固化していなかった旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。また、被控訴人が主張する製造工程において、接着剤が滲透、固化するまで放置するというのは、時間、経費を空費し、かつ十分な接着機能を接着剤に与えないもので実用性がない旨の控訴人らの主張に沿う乙第七号証の一、乙第一一号証の記載部分は採用できない。

(四) 控訴人らは、除電繊維群を電極固定用粘着テープから剥離してみた検甲第三号証には、除電繊維群の電極固定用粘着テープと接していた部分にも電極固定用粘着テープの表面にも接着剤が存在せず、除電繊維群と電極固定用粘着テープとの間に接着剤の滲透が認められないのに対し、原告製品の断面をマイクロスコープにより拡大した写真においては、除電繊維群と電極固定用粘着テープとの間に接着剤が存在していることが認められるから、検甲第一号証ないし検甲第三号証は実際の製品の製造過程においてできあがったものでないことは明らかである旨主張する。

しかし、検甲第三号証及び検甲第三号証の剥離された除電繊維群を顕微鏡で拡大撮影した甲第一二号証によれば、剥離した除電繊維群の背面には、接着剤が薄い層となって存在していることが認められ、これによれば、検甲第三号証の右剥離部分は除電繊維群と電極固定用粘着テープとの間に接着剤が滲透していたところ、除電繊維群を電極固定用粘着テープから剥離した際、右の滲透していた接着剤が除電繊維群に付着したまま、電極用固定粘着テープから剥がされたものと認められるから、控訴人らの右主張は採用できない。

(五) 乙第一一号証、乙第一三号証ないし乙第一五号証、乙第一七号証ないし乙第一九号証のうち、前記1の認定に反する部分はいずれもたやすく信用できず、他に前記1の認定を左右するに足りる証拠はない。

二  争点二について

1(一)  本件公報(甲第二号証の一)の特許請求の範囲には、「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて柔性板の外面より加圧して組立ったことを特徴とした自己放電式除電器。」と記載されていることが認められる。そして、本件公報の発明の詳細な説明には、本件発明の産業上の利用分野について、「この発明は静電気の除電器の金属板より除電繊維群の抜け落ちを防止した自己放電式除電器に関する。」(本件公報一欄七行ないし九行)と、従来技術について、「従来の自己放電式除電器は第1図に示す如く金属板1と金属板2との間に除電繊維群(除電効果のある繊維を二本以上集合させたものを明細書で除電繊維群とかく)3と接着剤4とを入れ金属板の外面より加圧し乾燥(「乾焼」とあるのは「乾燥」の誤記と認める。)したものであるため除電繊維群の太さだけ金属板1と金属板2との間に透き間ができる、この透き間は空間であるため接着剤4がここに入りやすいので、ほとんどの接着剤がここに集り肝心な除電繊維群の内部まで滲透しにくいので除電繊維の内部にあたる除電繊維まで接着ができず、このところの除電繊維が抜け落ちこれが電子複写機内の高電圧加電部に入り込み短絡し電子複写機の機能をなくすることがある。又パイプの出口の外周に除電器の平面部を、わん曲に変形し取付るとき内側の金属板と外側の金属板との接着された位置がずれて除電繊維群の接着が離れて金属板より離脱する。」(同一欄一一行ないし二七行)と、発明が解決しようとする問題点として、「この発明は金属板より除電繊維群及び除電繊維群中の一部の除電繊維の抜け落ちを防止することを目的とする。」(同二欄一行ないし三行)と、従来技術の問題点を解決するための手段として、「この発明は第2図に示すごとく金属板1と柔性板(薄い金属板、紙類、ゴム板、合成樹脂製板、布類、皮革類等のものを明細書で柔性板と書く)5との間に除電繊維群3と接着剤4とを入れ柔性板5の外面より加圧し接着する。」(同二欄五行ないし九行)と、その作用として、「柔性板5の外面より加圧するので柔性板5と金属板1とは第2図に示すごとく二者間に透き間がなぐなると同時に除電繊維群3周囲を柔性板5でくるむようになり、これにつれて接着剤4が除電繊維群3の周囲より内部まで強力に滲透させるので除電繊維群3の柔性板5と金属板1との間にある部分は一体となり固定されので除電繊維群の離脱及び除電繊維群中の除電繊維の抜け落ち等が出ない」(同二欄一一行ないし一九行)と、発明の効果として、「この発明は以上説明したように柔性板5の外面上をゴムローラー又は鉄ローラー等により加圧すると柔性板5が除電繊維群の柔性板5と金属板1との間にある部分の周囲を囲むと同時に除電繊維群3(「除電繊維群5」は誤記と認める。)の内部に接着剤4が圧入され固る。除電繊維の無い部分は柔性板5と金属板1とは接着剤4より密着するので金属板1より除電繊維群3及び除電繊維群中の一部の除電繊維の抜け落ちすることがない。」(同三欄一五行ないし四欄三行)とそれぞれ記載されていることが認められる。

(二)  甲第三号証の一ないし五、甲第四号証、乙第一号証及び乙第二号証によれば、本件発明の特許出願公告に対し、平成二年二月二一日付けで被控訴人が申し立てた特許異議についての審理において、被控訴人は、自社が本件特許出願当時すでに製造、販売して公然実施していた「ノンスパークSS」は、アルミ板と両面接着テープである薄いアルミテープとの間に金属繊維束を挟み、アルミテープの接着剤を用いて固定した構造を有するものであって、右アルミ板は本件発明の金属板に、アルミテープは本件発明の柔性板に、アルミテープの接着剤は本件発明の接着剤に、製造する際にアルミ板とアルミテープとの間に金属繊維束を挟み込んで固定するために行う加圧は本件発明の加圧にそれぞれ該当するから、本件特許出願は、特許法二九条一項一号、二号により拒絶を免れない旨の主張をしたこと、これに対し、控訴人石山は、前記(一)に認定した特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明中の作用についての記載を引用して、本件発明の特徴を主張するとともに、被控訴人の引用した「ノンスパークSS」は、両面接着テープに付着されている表面接着剤が外面加圧により他へ移動することがなく、金属繊維束の内部にまで滲透するとは到底考えられないことを根拠に本件発明と被控訴人の引用した発明とは構成も作用効果も異なることを強調したこと、その結果、特許庁審査官も控訴人石山の主張を採用して、平成三年八月二三日、特許異議申立人である被控訴人の引用した文献には本件発明の構成要件である「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて柔性板の外面より加圧して組立った」点について記載されてなく、本件発明はこの点により明細書記載の作用効果を生ずるものであることを理由に、被控訴人の特許異議の申立ては理由がないと決定して、本件発明の特許出願について特許査定をしたことが認められる。

2  右1に認定した本件明細書の記載及び特許異議についての審理の経緯によれば、本件発明は、「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて柔性板の外面より加圧して組立った」という製造工程によって製造される自己放電式除電器であり、その「加圧」の結果、柔性板と金属板との透き間をなくして除電繊維群の周囲を柔性板でくるむようにするとともに、これにつれて固化していない接着剤が除電繊維群の周囲から内部まで十分滲透されて、そのために除電繊維群3の柔性板5と金属板1との間にある部分が一体となり固定されるので除電繊維群の離脱及び除電繊維群中の除電繊維の抜け落ち等が出ないという作用効果が発揮される点に新規性、進歩性が認められて特許査定されたものであって、「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて柔性板の外面より加圧して組立った」という製造工程により製造された物として特定される自己放電式除電器を技術的範囲とするものであることは明らかである。

そして、右「加圧」の具体的内容は、柔性板と金属板との透き間をなくして除電繊維群の周囲を柔性板でくるむようにするとともに、これにつれて固化していない接着剤が除電繊維群の周囲から内部まで十分滲透されるような加圧を指すものと認められる。

控訴人らは、本件発明の特許請求の範囲は、現在実在している、組み立ったものの構造について記載したものであって、本件発明においては経時的手段(製造工程)は構成要件となっておらず、除電繊維群と接着剤を柔性板と金属板との間に入れてある構成であれば本件発明の要件を具備している旨、そして、柔性板の外面から加圧して組み立てられていればよく、経時的に加圧しようと、どのような手段で加圧しようと構わず、その加圧の程度も問わない旨主張するが、前記認定判断したところに照らして採用できない。

3  前記一1に認定のとおり、原告製品一ないし五には種々のタイプがあるものの、いずれも電極固定用粘着テープ(原告製品一ないし三)又は金属板(原告製品四、五)上に除電繊維群からなる電極を配列し、その上から電極固定用粘着テープ又は金属板と電極に接着剤を塗布し、あるいは金属板と電極に予め塗布された接着剤を再活性化し、接着剤を滲透させた後、これを乾燥、固化させて接着剤の流動性が失われて電極固定用粘着テープ又は金属板と電極が接着された後に、原判決添付の別紙物件目録一ないし五の各二(4)以降の工程が行われているものと認められる。

したがって、原告製品一ないし五には、本件発明の構成要件である「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて柔性板の外面より加圧して組立った」という点、即ち「柔性板と金属板との間に除電繊維群と接着剤とを入れて」、「加圧」即ち柔性板と金属板との透き間をなくして除電繊維群の周囲を柔性板でくるむようにし、それにつれて接着剤を除電繊維群の周囲から内部まで十分滲透させるように圧力を加えるという工程がなく、右のような工程により特定される構成、即ちそのような加圧によって柔性板と金属板との透き間をなくして除電繊維群の周囲を柔性板でくるむようにし、それにつれて接着剤を除電繊維群の周囲から内部まで十分滲透させたという構成を欠くものであると認められる。

控訴人らは、原告製品は、いずれも接着剤がまだ柔軟性を有している時点において、手により直接、あるいはプレス作業により金属板を介して間接的に、それぞれ力を加えて加圧し、これらによって除電繊維群を柔性板でくるむように包み、接着剤を滲透、固化させている旨主張するが、採用できない。

三  以上によれば、原告製品は本件発明の技術的範囲に属しないものと認められるから、競争関係にある控訴人らが「原告製品が本件特許権を侵害する」旨の書面の配付及び口頭での陳述をすることは、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知、流布に当たるものと認められる。

よって、被控訴人の本訴請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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