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東京高等裁判所 平成7年(ネ)3256号 判決 1998年1月29日

主文

一  控訴人の本件控訴及び当審において追加された予備的請求をいずれも棄却する。

二  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  申立て

一  控訴人

1 控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、四億六三三五万〇二七五円及びこれに対する平成六年一一月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行の宣言

2 当審において追加された予備的請求の趣旨

被控訴人は、控訴人に対し、四億六三三五万〇二七五円及びこれに対する平成六年一一月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、控訴人が、被控訴人に対し、主位的請求として、被控訴人の施行した土地区画整理事業に伴い、被控訴人と当該区画整理事業の対象土地上に造船工場を所有していた控訴人との間で、甲第二号証の確約書(以下「本件確約書」という。)をもって、被控訴人が控訴人に対して甲第一号証の承諾書(以下「本件承諾書」という。)により支払を約束した補償金と控訴人が実際に造船工場を除去、移転するのに必要とする費用との差額金を支払う旨の合意(以下「差額補償約束」という。)が成立したと主張して、その差額金であるという四億六三三五万〇二七五円の支払を求め、予備的請求として、本件確約書による差額補償約束の成立が否定されるとすれば、控訴人は、実際に造船工場の除去、移転に必要な費用の補填もないまま、その除去、移転を余儀なくされることになるが、それは、被控訴人の担当者の控訴人に対する不法行為によるものであると主張して、国家賠償法一条ないし民法七一五条に基づき、その損害の内金として、主位的請求と同額の支払を求めている事案である。なお、控訴人の主位的請求に係る訴えは、土地区画整理法七八条に基づく損失補償金の支払を求めるというものではなく、本件確約書により差額補償約束が成立したことを前提に、民事訴訟としての給付の訴えとして、その差額補償約束に基づく差額金の支払を求めるというものである。

二  前提となる事実関係

本訴各請求に対する判断の前提となる事実関係は、概略、次のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨により容易に認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

1 被控訴人は、自ら施行者とし、結城都市計画事業の一環として、結城南部第一土地区画整理事業(以下「本件区画整理事業」という。)などを行うことになった。

2 被控訴人は、本件区画整理事業の対象土地上に控訴人が造船工場を所有していたため、その除去、移転が必要となったので、南部土地区画整理事務所長の寺田儀明(以下「寺田」という。)、同事務所補償係長の五十幡仁(以下「五十幡」という。)が中心となって、控訴人との間で、その除去、移転に伴う補償について折衝を続けてきた。

3 被控訴人は、右の担当者において、控訴人との間で折衝を重ねた末、平成五年八月七日、乙第一〇号証の書面をもって、本件区画整理事業に伴う補償として最終的に九二九〇万円を支払う旨を提案し、本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付するよう求めた。なお、九二九〇万円の内訳は、本件承諾書では、次の(1)ないし(5)のとおりとなっている。

(1) 建物補償 七〇〇二万〇一五四円

(2) 工作物補償 一一五万三六六四円

(3) 動産移転料 九四万七六〇〇円

(4) 仮倉庫補償 二六四万九六〇〇円

(5) 移転雑費 一八一二万八九八二円

4 これに対して、控訴人は、それまでの被控訴人との折衝で、被控訴人の提案する補償金の額に納得していなかったが、平成五年八月一一日、本件確約書の交付を受けるのと引換えに、本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付することになった。

5 被控訴人は、その後、控訴人に対し、本件承諾書に係る補償金九二九〇万円を支払った。

三  本件訴訟における争点

1 主位的請求の基本的な争点は、本件確約書をもって、被控訴人と控訴人との間に、本件承諾書により支払を約束された補償金と控訴人が実際に必要とする費用との差額金を支払う旨の差額補償約束が成立したか否か、その解釈問題に帰するが、この点を含め、主位的請求に関する当事者双方の主張は、概略、次のとおりである。

(控訴人)

(一) 差額補償約束の成立

本件確約書は、以下のとおり、被控訴人が控訴人に対して控訴人主張の差額金を支払うことを約束したものである。すなわち、

控訴人は、寺田らから本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付するよう求められたが、それ以前の平成五年七月ころ、区画整理前の造船工場の機能を維持しつつ、建築基準法に適合する建物を新築するには、少なくとも次の(1)ないし(10)の合計五億五六二五万〇二七五円の費用を必要とし、被控訴人が本件承諾書をもって提案した補償金九二九〇万円では、その費用に到底足りないことが判明していた。

そこで、控訴人は、例えば、五十幡が、同年三月一〇日及び二四日に交付した甲第四及び第五号証の書面をもって、必要な費用は一〇〇パーセント補償すると言っていたことなどから、寺田らにその点を明確にする書面を交付するよう要求し、その結果、本件確約書が交付され、寺田らからこれをもって差額金を補償する旨の確約を得たので、その交付を受けるのと引換えに、本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付したのである。なお、甲第四及び第五号証の書面、本件確約書が有効に作成されたものであることは、その後の同年一一月二二日あるいは同年一二月七日、改めて確認されているところである。

(1) 就業不能補償(業務中断中の諸経費を含む。) 六六〇〇万円

本件承諾書には、就業不能補償に係る記載はないが,本件確約書では、その本文で、この点の補償を約束している。但し、右の費用は、平成五年八月一二日からとりあえず一年間の補償金である。

(2) 建物補償 四億二九七三万一八三四円

控訴人は、区画整理後も、区画整理前の造船工場と同じ機能を有する工場設備を希望していたが、既存の建物を一部移築し、再築するというのでは、建築基準法に抵触するため、新たに建物を建築する必要が生じた。しかし、本件承諾書で予定されていた建物補償は、七〇〇二万〇一五四円にとどまり、新建物の建築に必要とする右の費用に到底足りないため、新建物の物件内容、すなわち、新建物が建築基準法に適合し、現況を維持するために相当なものであるか否か、その内容については、被控訴人と協議することを前提に、新建物の建築費用については、その全額を被控訴人において補償する旨を確約したのである。なお、被控訴人は、その後、新建物の物件内容について、控訴人との協議に応じていないが、控訴人は、建築基準法に適合し、かつ、現機能を維持するという本件確約書で予定されていた二つの条件を具備する新建物を建築するには、右の費用を必要とするのであるから、被控訴人は、その補償をすべきものである。

(3) 工作物補償 一一五万三六六四円

この点は、その後、甲第七号証をもって、その補償をする旨を重ねて確約している。

(4) 動産移転料 一二七万七二〇〇円

この点も、その後、甲第七号証をもって、その補償をする旨を重ねて確約している。

(5) 移転雑費 二三六五万〇三八七円

本件確約書の本文で、本件承諾書の想定していない移転雑費の実費について、別途補償する旨を約束している。

(6) 図面作成料・見積費用 五六〇万三四五〇円

この点も、その後、甲第一〇号証の書面をもって、その補償をする旨を重ねて確約している。

(7) コンクリート撤去費用 二六四万四九六八円

この点も、その後、甲第九号証の一ないし三の書面をもって、その補償をする旨を重ねて確約している。

(8) 盛土費用 二〇〇万円

本件確約書の3の項で、市の道路計画高に一〇センチメートルを加算した高さまで盛土をすることを基準に、その費用を補償する旨を約束している。なお、こ点も、その後、甲第八号証の書面をもって、その補償をする旨を重ねて確約している。

(9) 船置場賃借料 二三九三万五八一二円

本件確約書の7の項で、船置場の賃借に必要な費用の一切は、被控訴人が負担する旨を約束している。但し、右の費用は、平成五年八月一二日からとりあえず一年間の賃借料である。

(10) 保険料 二五万二九六〇円

仮設置場の火災保険料であるが、被控訴人は、その後、甲第六号証の一によっても、その保険料を被控訴人が負担することを重ねて確約している。但し、右の費用も、平成五年八月一二日からとりあえず一年間の火災保険料である。

(二) 表見代理による差額補償約束の成立

仮に本件確約書は被控訴人の都市計画部長の飯島圭介(以下「飯島」という。)及び寺田がその立場上で作成したものにすぎず、被控訴人の市長が作成したものではないため、本来、被控訴人に対して効果が及ばないものであるとしても、控訴人は、飯島及び寺田が都市計画部長あるいは南部土地区画整理事務所長という立場にある以上、被控訴人の市長を代理して本件確約書を作成して控訴人に交付する権限を被控訴人の市長から授与されていると信じて本件確約書の交付を受けるのと引換えに本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付したのであって、それまでの折衝の経緯に照らしても、控訴人がそう信じることには正当の理由があるから、本件確約書は、表見代表の法理により、被控訴人の市長が作成して控訴人の交付したものとみて、その効果が被控訴人に対して及ぶものというべきである。

(三) よって、控訴人は、本件確約書をもって控訴人と被控訴人との間に成立した差額補償約束に基づき、被控訴人に対し、本件承諾書により支払われた補償金と前記(一)の(1)ないし(10)の費用合計との差額金である四億六三三五万〇二七五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一一月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

(一) 控訴人が、本件確約書の交付を受けるのと引換えに、本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付したことは認めるが、本件確約書をもって控訴人主張の差額補償約束が成立したことは否認する。本件確約書は、飯島及び寺田が都市計画部長あるいは南部土地区画整理事務所長という立場上で作成して控訴人に交付したものであって、被控訴人の市長を代理して作成したものではなく、そのことは、本件確約書の文面上でも明らかであるから、その効果が被控訴人に及ぶことはなく、これによって被控訴人が控訴人に控訴人主張の差額金を支払うべき義務を負担する根拠とはなり得ない。

(二) 控訴人は、本件確約書の作成について表見代理の法理が適用されると主張するが、被控訴人の市長の権限は法定されているのであるから、被控訴人の市長自身がその法定されている権限を踰越した場合はともかく、本件のような場合に表見代理の法理が適用される余地はない。また、仮に表見代理の法理が適用されるとしても、控訴人は、寺田らとの折衝で、被控訴人の市長が本件確約書のような書面を作成して控訴人に交付することはできないため、飯島及び寺田がその立場上で本件確約書を作成して控訴人に交付したことを承知していたのであるから、控訴人主張の正当の理由もなく、いずれにしても、飯島及び寺田が作成して控訴人に交付した本件確約書について、その効果が被控訴人に帰属するという控訴人主張の表見代理が成立する余地はない。

(三) したがって、被控訴人には、本件確約書をもって、控訴人に対し、その主張に係る差額金を支払うべき責任はない。

2 予備的請求の基本的な争点は、本件確約書による差額補償約束の成立が否定される場合に、控訴人をして本件確約書を控訴人に交付するのと引換えに本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付させたという飯島及び寺田の控訴人に対する不法行為の成否であるところ、この点を含め、予備的請求に関する当事者双方の主張は、概略、次のとおりである。

(控訴人)

(一) 飯島及び寺田の不法行為

飯島及び寺田は、控訴人から本件承諾書の交付を受けるため、本件確約書では、被控訴人が差額金の支払を約束したことにはならないのに、被控訴人が控訴人に対して間違いなく差額金を支払うかのように控訴人を誤信させて本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付させたのである。

(二) 控訴人が被った損害

控訴人が本件確約書により被控訴人から差額金の支払を受けられると誤信したことによって被った損害は、概要、以下のとおりである。

(1) 賃借権の喪失による損害

控訴人は、その造船工場の敷地を代表者石島真一の父石島茂から賃借していたが、本件区画整理事業に伴い、その賃借土地のうち、東側の五五二・六平方メートルが道路に取られることになったため、当該部分の賃借権を喪失したことによる損害を被った。

(2) 新建物の建築に伴う損害

控訴人は、従前の敷地が狭められたので、従来どおり営業を継続するため、新建物を高層化して対処することになったが、その新建物の建築には、前記のとおり、四億二九七三万一八三四円が必要となるので、本件承諾書により支払われた建物補償七〇〇二万〇一五四円との差額である三億五九七一万一六八〇円に相当する損害を被る結果となった。

(3) 船置場の賃借に伴う損害

控訴人は、新建物を建築するまでの間、船置場の用地を賃借しているが、賃料を被控訴人が負担しなくてもよいということになると、その賃料も控訴人の損害となる。

(4) 船置場の設置に伴う損害

また、船置場について、鉄板、仮囲い、プレハブの設置及びリース代金も発生しているが、これも控訴人の損害となる。

(5) 売上げの減少による損害

控訴人は、本件区画整理事業の前は、年間五七二六万円の売上げがあったのに、その後は、年間三七四万円の売上げにとどまっているが、新建物が完成するまで、従来どおりの営業ができないことによるものであって、その差額も控訴人の損害である。

(三) よって、控訴人は、国家賠償法一条ないし民法七一五条に基づき、被控訴人に対し、前記(二)(1)ないし(5)の損害の内金として、主位的請求と同額の四億六三三五万〇二七五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一一月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

(一) 飯島及び寺田は、前記のとおり、各自の立場で本件確約書を作成して控訴人に交付したものであって、控訴人を欺罔するなどしたことはなく、控訴人主張の不法行為は成立する余地がない。

(二) また、控訴人は、飯島及び寺田の不法行為により損害を被ったと主張するが、その損害は、差額補償約束が成立したことを前提とする損害であって、差額補償約束が成立しなかったことによる損害ではない。

(三) したがって、被控訴人には、飯島及び寺田の不法行為を理由として、国家賠償法一条あるいは民法七一五条に基づき、控訴人主張の損害を賠償すべき責任はない。

第三  当裁判所の判断

一  主位的請求の当否

1 控訴人は、本件確約書をもって差額補償約束が成立したことを前提に、主位的請求として、その主張に係る差額金の支払を求めるので、以下、本件確約書をもって差額補償約束が成立したと認められるか否かについて検討することとする。

2 前記前提となる事実関係に、《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 寺田は、南部土地区画整理事務所長として、五十幡は、同事務所補償係長として、控訴人の代表者石島真一の父石島茂が所有している土地が換地の対象となることから、同土地を賃借して同土地上に造船工場を所有しているという控訴人との間で、その除去、移転に伴う補償について折衝を行うことになった。

(二) 被控訴人は、土地区画整理法七八条にいう補償の対象となる損失は、現在価格を基準とした損失をいうので、控訴人に対しても、造船工場を除去、移転することに伴う補償はその範囲にとどまると考えていたが、控訴人は、建物を新築する予定で、その場合には、新築に要する費用の全額が損失に当たり、被控訴人からその補償を受けられると考えていたため、補償額をめぐって、両者の考えは鋭く対立していた。

(三) 被控訴人は、平成五年八月七日、控訴人に対し、最終的な提案として九二九〇万円の支払を申し出たが、建物補償についてみても、新建物の建築費用の全額の補償が受けられると考えていた控訴人が本件承諾書の建物補償について直ちに承諾するところではなかった。

(四) 寺田は、平成五年八月一一日、控訴人に要請されて控訴人代表者宅に赴いたが、控訴人の希望する補償に応ずることはできないが、例えば、新建物の建築資金については、控訴人がその資金を借り入れるとして、被控訴人において、利子補給という程度であれば、場合によっては、応ずることもできると考え、控訴人の希望するその他の事項についても、今後、控訴人と更に協議を継続することを申し出て、控訴人に対し、何とか本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付するよう懇請した。

(五) これに対して、控訴人は、寺田の申出を被控訴人の市長の名義で書面化することを要求したが、寺田から、市長の名義で書面化することはできないとして、その要求を断られたため、寺田が、飯島と連名で、被控訴人の担当者において今後も控訴人と必要な協議を継続することを確約する趣旨で、本件確約書を控訴人に交付するということで妥協し、その際、寺田が用意した本件確約書の文言では、その具体性に欠けるとして、その文言を本文とし、控訴人の用意した文言を1ないし8の項として加えることを提案し、寺田及び飯島がその提案を容れて作成された本件確約書を控訴人に交付するのと引換えに、本件承諾書に署名捺印して被控訴人に交付することになった。

3 右認定に係る本件確約書が作成されるに至った経緯及び本件確約書の文言に鑑みれば、本件確約書は、控訴人が建物の除去、移転に伴い営業が不能となった間の補償及びその移転に伴う雑費については、別途補償すること、新建物の建築については、引き続き関係機関との協議対応を行っていくことを確約したうえ、更に、新建物の建築確認申請については、必要な協力をすること、控訴人が資金の借入れを必要とする場合には、その利子補給について検討する用意があること、盛土に必要な費用についても別途宅地整備補償として取り扱う予定であること、控訴人が建築を予定している新建物は、被控訴人が支払う建物補償では不足が出るが、建築基準法に適合する建築であることは必須の条件であるので、現機能を維持することを基本とした新建物を建築することができるよう、控訴人と協議のうえ、その要望に添うようにすること、船置場については、一切被控訴人の負担とすることなどを確約したものであって、その確約の主体が、被控訴人の市長ではなく、飯島及び寺田であることも明らかであって、要するに、当該両名が被控訴人の担当者として被控訴人においてその確約に従った支払をすることができるよう努力することを表明したものと解釈される。

この点について、控訴人は、本件確約書は、本件承諾書に係る補償金と実際に必要とする費用との差額金の支払を約束したものであると主張し、控訴人代表者は、当審における本人尋問及びその作成した陳述書をもって、その主張に添う供述をするところ、本件確約書には、「就業不能補償費、移転雑費等は別途補償することとします。」とか、「電柱、電話柱の移設については、市の負担で対応いたします。」とか、「公害設備図面費、見積費及び消火設備の見積費は別途支払いとします。」とか、「船置場について(鉄板敷、地代、部品倉庫、囲いさく等)いっさい市の負担とします。」とか、あたかも控訴人に対する確定的な支払を約束したかのような文言もないわけではない。

しかしながら、本件確約書の解釈は、その形式的な文言に拘泥して行われるべきものではなく、本件確約書が作成されるに至った経緯、その作成時の状況などの事情を勘案して、本件確約書の趣旨とするところを明らかにするようにして行われるべきところ、本件確約書を作成したのが、被控訴人の市長ではなく、飯島及び寺田であったうえ、被控訴人の市長が本件確約書を作成することができないため、当該両名が作成するに至った経緯は、前説示のとおり、控訴人も了解していたと認められるほか、本件確約書には、「引き続き関係機関との協議対応は行っていきます。」とか、「協議により対応し、協力いたします。」とか、「検討事項になります。」とか、「別途…取り扱います。」とか、「要望に添うようにいたします。」とか、飯島及び寺田が当該事項の実現に向けて努力する旨を表現している文言もあることも総合して考慮すれば、控訴人に対する支払を約束したような文言からなる条項も、その他の文言からなる条項も、飯島及び寺田が、被控訴人の担当者として、控訴人の要望する事項について今後も協議し、その協議が調えば、被控訴人をして控訴人に対して必要な支払を行わせるよう努力することを確約する趣旨で交付したものであることが明らかであるといわざるを得ない。なお、本件確約書が右説示した趣旨にとどまるものであったのに、控訴人が本訴請求に至っているというのは、一見、不自然であるといわなければならないが、控訴人代表者の当審における供述に徴すれば、控訴人においては、寺田の申出を本件確約書として書面化した以上、以後、更に被控訴人と折衝を続ければ、いずれは本訴請求に係る差額金が支払われるであろうと考えたか、あるいは、本件確約書をもって控訴人の主張するような趣旨に解釈し得るとの独自の見解に立ったものと考えられるところであって、他に右説示した解釈を覆し、控訴人主張の本件確約書をもって差額補償約束が成立したと解釈するに足りる証拠はない。また、右控訴人代表者の供述によれば、控訴人代表者は、控訴人に対する支払約束をする権限があるのは市長であることを十分承知していて、直接市長と交渉したりしていることが認められるところ、市長が控訴人に対して支払約束をしたことを認めるに足りる証拠も存しない。控訴人代表者は、市長が支払約束をしたかのような供述をするが、これを裏付けるに足りる的確な証拠もなく、その供述を採用することはできない。

4 控訴人は、飯島及び寺田が被控訴人の市長を代理して本件確約書を作成して控訴人に交付する権限を授与されていなかったとしても、表見代理の法理により、被控訴人と控訴人との間に控訴人主張の差額補償約束が成立したと認められるべきであると主張するが、前認定のとおり、寺田は、市長の名義で本件確約書を作成することはできないとして、控訴人の要求を断ったうえ、飯島と連名で本件確約書を作成して控訴人に交付しているのであるから、本件には、表見代理の法理が適用されるような事実関係は存しないのであって、この点に関する控訴人の主張は採用の限りでない。

5 右説示したところによれば、控訴人主張の差額金補償約束の成立が認められない以上、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は、その理由は是認し得ないが、結論それ自体は正当であるといわなければならないから、控訴人の本件控訴は、結局のところ、理由がないというほかはない。

二  予備的請求の当否

1 控訴人は、本件確約書による差額補償約束の成立が否定されるならば、飯島及び寺田の不法行為が成立すると主張する。

2 しかしながら、本件確約書は、前説示のとおり、飯島及び寺田が、本件区画整理事業の担当者として、本件確約書に記載された事項については控訴人と今後も必要な協議を続け、協議が調えば、被控訴人をして必要な支払を行わせるよう努力する趣旨であって、控訴人主張の差額金の支払を約束したものではなく、それは、本件確約書の交付を受けた控訴人においても、前認定の経緯からして、当然に了解していたことであるといわなければならない。

そして、弁論の全趣旨によれば、その後、寺田らと控訴人との間で、右の協議が続けられた形跡はないように窺われるところ、それは、控訴人において、前説示のとおり本件確約書の解釈をし、差額金の支払を求めることにしたことによるものと認められる。

したがって、現時点においてもなお、寺田らが本件確約書に従った協議をしなければならないものであるか否かはともかく、控訴人に本件確約書を交付した飯島及び寺田について、その後、控訴人との間で協議を続けていなかったとしても、控訴人主張の不法行為が成立する余地はないといわなければならない。

3 右説示したところによれば、控訴人の当審において追加された予備的請求も、飯島及び寺田の不法行為によって被ったという損害について判断するまでもなく、その理由のないことが明らかである。

三  よって、控訴人の本件控訴及び当審において追加された予備的請求をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成九年一二月二日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 滝沢孝臣 裁判官 佐藤陽一)

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