東京高等裁判所 平成7年(ラ)963号 決定
不動産競売手続において売却により消滅しない賃借権に基づき対象不動産を占有する者がいる場合には、通常その売却価額を大幅に低下させるばかりでなく、一般人の買受け申出自体を妨げることとなる反面、不動産に対する賃借権自体に大なり小なりの経済的価値があることは、広く一般に認識されているところである。そうすると、不動産の賃借人が自己の第三者に対する債務につき賃貸人である所有者に物上保証を依頼し、当該不動産に抵当権の設定を受ける場合には、賃借人は、将来自らの債務不履行により抵当権が実行されるときに、自己の賃借権を主張してこれを確保しようなどとは考えず、むしろ、競売になれば当該不動産を明け渡す覚悟で物上保証を受けるのが通常であり、抵当権者となる債権者もまた当然にそれを予定しているものと考えられる。したがって、右のような場合には、債権者(抵当権者)を含む関係者間で反対の意思が明示される等の特段の事情がない限り、抵当権の設定時において、債務者である賃借人は、賃貸人(所有者)及び債権者(抵当権者)に対し、将来抵当権が実行され買受人に所有権が移転するときには賃借権を放棄する旨の意思を表示したものと認めるべきである。
抗告人は、相和銀行に対する実質上の債務者は所有者であった多摩金属工業であり、抗告人は名目上の債務者にすぎない旨主張し、確かに記録によれば、抗告人の経理上、抗告人の多摩金属工業に対する貸付金が計上されており、その額は、本件競売手続において相和銀行が本件抵当権の被担保債権として主張しているものにほぼ見合った額であることが認められるが、他方で、抗告人は多摩金属工業を母体に設立された会社で両社は親子会社の関係にあり、しかも両社とも同じ一族が経営する同族会社であって(同一人が両社の代表取締役を兼ね、前記賃貸借契約に関する契約書においても同一人が両社を代表している。)、本件建物中の事務所部分は両者が共同で使用していたこと、更に、抗告人の本件土地建物の占有形態は屑鉄を中心とする廃品回収業の事務所・工場としてのものであること及び賃借人である抗告人の代表取締役と同一人が代表取締役となっている賃貸人(所有者)自身、本件抵当権設定登記を申請した同じ日に賃貸人(所有者)を債務者として元本七億円もの抵当権を設定し、その後も極度額合計五億円にも上る抵当権を設定している(本件土地建物に賃借権があるとすれば、担保余力があるとは考え難い額である。)ことも認められ、右諸事実に照らすと、仮に抗告人主張の事実が認められるとしても、本件抵当権の設定時において、その実行後も抗告人が本件土地建物を継続使用することが予定されていたとは到底考えることができない。
そうすると、抗告人は買受人である相手方が代金を納付した時点では、実体法上、相手方のみならず多摩金属工業に対しても本件建物の占有権原を失ったというべきであり、民事執行法八三条一項本文の差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者として、引渡命令の対象となるというべきである。
(上谷 田村 鈴木)