東京高等裁判所 平成7年(行ケ)106号 判決 1998年3月26日
アメリカ合衆国
10013-2412ニューヨーク、ニューヨーク、アヴェニュー オブ ジ アメリカズ32
原告
エイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーション
(旧商号 アメリカン・テレフォン・アンド・テレグラフ・カムパニー)
同代表者
エー・ジー・スタインメッツ
同訴訟代理人弁理士
岡部正夫
同
井上義雄
同
加藤伸晃
同
岡部譲
同
臼井伸一
同
藤野育男
同
朝日伸光
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
荒井寿光
同指定代理人
木南仁
同
鈴木朗
同
吉村宅衛
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成5年審判第12449号事件について平成6年11月7日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、2項と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「多機能データ信号処理の方法と装置」(その後「多機能データ信号処理装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和58年6月8日にアメリカ合衆国においてした特許出願による優先権を主張し、日本国を指定国として昭和59年5月10日になされた国際出願(国際出願番号PCT/US84/00700)に基づく特許法184条の5第1項の規定による書面を、昭和60年2月8日に提出(昭和59年特許願第502000号)したが、平成5年3月3日、拒絶査定がなされた。そこで、原告は、同年6月21日、審判を請求したところ、特許庁は、この請求を同年審判第12449号事件として審理した結果、平成6年11月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月14日、原告に対し送達された。なお、その際、原告のための出訴期間として90日が付加された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)
入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置において、
n個の連続する入力データ信号ビットの状態を決定するための手段(例えば23、26)、ここでnは該出力信号波形の該内容を定義するために必要な上記状態の数であり、及び
2n個の波形の複数の組を記憶し、該決定されたn個の状態に応答して該組の1つを選択して出力信号波形を構成する手段(例えば10、27、30)を含み、各組は該n個の状態のそれぞれ異なった組合せに対応する波形の異なった集合からなり、
該複数の組の間の相違は該状態には無関係であり、
該記憶及び選択のための手段は該データ信号の周波数成分の2倍以上の速度のクロックを用いた組合せ信号波変換機能を用いさらにいかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されていることを特徴とするデータ信号処理装置(別紙図面1参照)
3 審決の理由
審決の理由は別添審決書理由記載のとおりである(以下、同理由中における引用例記載の発明を「引用発明」(別紙図面2参照)という。)
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由のうち、本願発明と引用発明が、「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置」であること及び「該記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されていること」において一致していることは否認し、その余は争わない。
審決は、本願発明が、1ビットずつ連続して入力される入力データ毎に、それに対応するアナログ出力信号波を順次発生させることを内容とするものであるのに対し、引用発明が、そのような構成内容を有するものではないことから、両者は、上記のとおり原告が否認した点において一致しないにもかかわらず、これを一致すると誤って認定したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。
(1) 本願発明に係るデータ処理装置の入力データ信号は、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであり、同装置は、そのような入力データ信号のデータ情報すなわちデータビットについて、その1つ毎に対応する波形を持つアナログ出力信号波を発生させるものである。
また、入力データ信号のデータビットの流れの中において、1つのデータビット毎に1つのアナログ波形を、「保留時間なく」(すなわち、遅延する時間を有することなく)順次発生させるように同期して刻時することで、データビット毎に選択されたアナログ波形間の継目は、連続的なものとなる。
(2) これに対し、引用発明は、従来のいわゆる関数発生器の一種であって、メモリMEMには、正弦波、のこぎり波、矩形波等の複数の波形データが記憶され、例えば、指令情報が00のときに正弦波データが読み出され、それが繰り返しDAコンバータDACに与えられてアナログ変換され、それにより連続した正弦波が発生するものである。
つまり、引用発明においては、いったん指令情報が与えられると、後は、メモリコントローラMCOTが、それに対応する波形データ(例えば正弦波データ)を、繰り返しメモリMEMから読み出すのであり、また、この指令情報は、固定的、静止的であって、本願発明のような入力データ信号の流れである時間的系列のものではない。
したがって、引用発明は、本願発明のように、一連の入力データ信号のデータ情報の流れにおいて、個々のデータビットに対応する波形を順次発生させるデータ信号処理装置ではなく、n個の入力データ信号ビット(指令情報)に対応して、選択された同じ波形を繰り返し発生させる関数発生器であるとともに、その指令情報は、所定のビット速度を有するデータ信号の流れではないから、引用発明においては、この指令情報に同期してアナログ出力信号波を発生させるということはない。
このように、引用発明においては、指令情報は選択された固定的、静止的な値であって、入力データビットの時間的な流れの系列ではないから、そのアナログ出力波形の発生のタイミングは、指令情報の印加タイミングとは無関係である。
(3) なお、被告は、本願発明の入力データ信号について、「1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のもの」を意味しないとするとともに、入力データ信号と出力データ信号波が同期していることは、本願発明の特許請求の範囲の記載において特定されていないと主張する。
しかしながら、本願明細書における実施例の記載(入力データがNRZ入力とされている。)のほか、本願発明の特許請求の範囲(第1項)においては、「入力データ信号」が「周波数」を有すること及び記憶、選択のための手段が、「選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」ことが記載されていることから、本願発明の入力データ信号が、引用発明のように静的なものではなく、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであることは明らかである。
また、そのような入力データ信号に対応するアナログ出力信号波を発生させるためには、出力信号である波形も時間的に流れていく時系列の信号とならなければならないし、入力データ信号との同期も不可欠であるから、本願発明の特許請求の範囲(第1項)において、上記のとおり、「選択された組の間の連続した変換」とされ、記憶及び選択のための手段が、入力データ信号と同期する連続した変換を与えるように刻時されていることが示されている。
(4) 以上のとおりであるから、引用発明に係る装置は、本願発明のように、「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置」ではなく、また、引用発明における記憶、選択のための手段であるメモリコントローラMCOT、メモリMEM、DAコンバータDACは、「いかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」ものでもない。
したがって、本願発明と引用発明は、上記の点において一致するものではなく、審決は、その点において、両者の一致点の認定を誤ったものである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 請求の原因1ないし3の各事実は認める。
同4は争う。
審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。
2 取消事由についての被告の反論
(1)ア 本願発明は、特許請求の範囲(第1項)に記載されたとおりの「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置」に関するものである。
上記の技術的な内容は、上記請求の範囲に記載のとおりであって、明確に理解することができるところ、それによれば、その内容は、原告の主張より広いものであって、「入力データ信号は、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであり、本願発明に係る装置は、そのような入力データ信号のデータ情報すなわちデータビットについて、その1つ毎に対応する波形を持つアナログ出力信号波を発生させるもの」という限定的なものではない。
すなわち、本願発明の入力データ信号が「1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものである」ことは、本願発明の要旨に基づくものではない。
イ 他方、引用発明に係る装置は、入力データ信号である指令情報毎の内容に対応する指定された波形を持つ、任意のアナログ信号を発生させるものである。
そして、引用発明における指令情報は、任意波形発生装置から、連続するアナログ出力波形を発生させるための入力信号であるから、一般的に固定的、静止的な信号であっても、あるいは、時間的に流れていく時間系列の信号であってもよいことは、当業者において明らかであり、引用発明において、時間的に流れていく時間系列の信号を特に排除するとの理由も見当たらない。
したがって、引用発明においては、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列の信号をも含むものである。
ウ 以上によれば、本願発明と引用発明とは、「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置」との点において一致するものであることは明らかであり、その点についての審決の認定に誤りはない。
(2)ア 引用発明に係る装置は、各種のアナログ信号波形の発生に際して、各種の指令情報をコントローラMCOTでデコードし、該波形のデータが記憶されている先頭アドレスから順次一定時間毎にメモリをアクセスし、波形データをDAコンバータに読み出し、同コンバータでこれをアナログ値に変換することによって任意波形を発生させるものである。
イ したがって、引用発明に係る装置は、複数の指令情報を連続して受けた場合、同じ動作を繰り返し連続した信号波形を発生させるものである。つまり、引用発明に係る装置は、指令情報の内容に対応して定められたアナログ信号波形を、指令情報毎に発生させるものであり、当然、あるタイミングにより連続して入力される指令情報に対しては、時間的に連続するアナログ信号波形を発生させるものである。
そのため、引用発明の上記構成は、本願発明の特許請求の範囲(第1項)の記載における「該記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」と格別相違するところは見当たらない。
ウ また、デジタル値の信号を扱うとき、各電子部品間をクロック信号で同期を取りながら出力信号を得ることは当然であり、引用発明に係る装置も、その出力波形は、当然、メモリ、DAコンバータとともにクロック信号と同期して出力される。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲(第1項)における上記イの記載が、原告主張のような対応関係をもって入力データ信号と出力信号波とが同期していることを示すものとは解されない。
エ 以上のとおり、本願発明と引用発明とは、「該記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」ことにおいても一致しているものであり、審決のこの点についての認定にも誤りはないものというべきである。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由)については当事者間に争いがない。
また、引用例の記載内容が審決認定のとおりであること、本願発明と引用発明とが、「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置」であること及び「該記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されていること」の点を除き、審決認定のとおり一致していること、本願発明と引用発明との相違点が審決認定のとおりであること、両発明の相違点1、2についての判断が審決記載のとおりであることについても、当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要について
成立に争いのない甲第2号証(本願発明についての出願公表公報、以下「本願公報」という。)及び甲第3号証(平成5年7月21日付け手続補正書)によると、本願発明の概要は以下のとおりであることが認められる。
1 本願発明は、データ信号処理の方法と装置に関するものであり、特に、信号ビットコード変換及び予備等化のような機能に有用な方法と装置に関するものである(本願公報2頁右上欄4行ないし6行)。
2 当業者には公知のように、2進の1と0の信号ビットの異なった組合せを用いたデジタル信号コードを別のコードに変換し、同じ情報を表現することが行われる。
それらのシステムでは、個々のビット信号は、両方のコードにおいて同じ方法で表現されるのが普通である。すなわち、2進の1のビットは両方のコードで同じ方法で表現され、2進の0は両方のコードで同じ方法で表現される。
ところで、2進信号ビットは、ベースバンド形式と変調形式の両方において、異なった方法で表現することができる。
ビットの表現形式にかかわらず、個々のビット表現形式を変更する必要の生じることがある。
しかし、例えば、無線伝送のためにビットコード変換を行うと、しばしば不都合な影響が生じる。
アール・イー・フィッシャーの論文「進歩した自動車電話サービスー装置試験の加入者セット」(「Bell System Technical Journal」1979年1月号123頁ないし143頁)の第10図のマンチェスタビット符号器では、ベッセル低域フィルタが用いられている。
しかし、このようなフィルタは、データパターンに依存する出力振幅を持つ。この出力振幅におけるパターン依存性は、システム誤り率に影響を与え、更に、誤り率もパターン依存性を持つようになってしまう(同2頁右上欄7行ないし右下欄18行)。
3 本願発明は、このような問題点を解決するため、要旨記載の構成を採用したものである。
本願発明においては、複数のデータ信号入力ビット状態に関する情報が集められ、出力の信号波形の特性が決定される。該状態は、入力データ信号の最高周波数成分の2倍の速度より大きい速度を持つ局部クロック信号とともに用いられ、望ましい出力信号波を構成するために、組合せ論理回路を制御する(平成5年7月21日付け手続補正書3頁2行ないし4頁3行、本願公報2頁右下欄20行ないし3頁左上欄1行)。
4(1) 別紙図面1第1図は、本願発明の信号処理回路をデータ信号のビット形式変換装置に応用した場合の回路図である。
同第2図は、ベッセルフィルタ形の技術と比較した場合に、本願発明によって達成される改善を示すために、処理回路の出力信号スペクトルの大きさを表す図である。
同第3図から第6図は、第1図の信号処理を達成するために用いられている信号波形の図である(同3頁左上欄6行ないし13行)。
(2) 第1図の信号処理回路は、アースレベルに対して不平衡なNRZ入力信号を、アースレベルに対して平衡しているマンチェスタ(分割位相符号化システム)出力データ信号に変換するよう構成されている(同3頁左上欄15行ないし18行)。
NRZからマンチェスタヘのビットコード変換において、各マンチェスタビット波形の形は、入力NRZデータビットの現在のビット状態と、同じNRZ入力信号の直前のビット状態とによって、主として定められる。したがって、2ビットに対し、4つの可能な別々のビット状態の組合せがあり、これがマンチェスタ出力の主たる形状を決定する。一般的にいうと、出力信号ビットの形状を規定するのにn個の入力ビット状態が用いられると、2nのビット状態の組合せが可能となる(同3頁右下欄14行ないし4頁左上欄3行)。
(3) 別紙図面1第3図から第6図は、前ビットと現在のビットとの組合せ、すなわち00、01、10、11からなる2n個の2ビットデータ列を表すために、ROM10に蓄えられているデータの4つの波形を示している。横軸は時間であり、ビットセルの開始点からの相対値で示されている。このようなビットセルの開始点は、軸上の中央、すなわちゼロ時刻位置になっている。よって、各図の波形は、直前のビットセルの後半分の波形と、これに続く現在のビットセルの前半分の波形とを含んでいる(同5頁右上欄9行ないし20行)。
5 本願発明の実施例によれば、本願発明のROM変換方式は、データ信号を受信する回路の帯域通過特性に、周波数的にきわめて良く整合の取れた出力を発生する。この整合性の改善により、誤り率が減少する(同5頁左上欄15行ないし19行)。
また、本願発明の実施例によれば、別紙図面1第3図から第6図に示した信号波形は、次の3つの作用効果を有している。
(1) データ情報の再生についての作用効果
ビットコード変換のみについていえば、出力波形は、新しいビットコードでデータ情報を再生するようなものを任意に選べばよい。しかしながら、この変換の過程において、本願発明では、少なくとも2つの別の信号波形修正の1つ又はそれ以上を実現するという利点を持っている。
(2) 同図面第4図及び第5図の0から1への遷移及び1から0への遷移における波形の振幅制限についての作用効果
これらは、各図にあるように、ほぼ±110振幅単位に振幅を制限している。
これに対して、第3図及び第6図の0から0への遷移及び1から1への遷移は、ほぼ±125振幅単位だけ変化しており、これらは、無線受信局のフィルタにおいて、より大きな減衰を受ける。
よって、送信局の符号化操作において、前者の2つの遷移に振幅制限を設けることにより、受信局における任意の遷移において、実質的に同じデータビット振幅を持つ機会が大幅に増え、これにより、受信局においてデータパターンに依存するようなデータ振幅の出現を減らすことができる。
(3) 帯域制限機能についての作用効果
同図面第1図のROM変換形の回路により、データ信号の大きな部分を無線装置の通過帯域に閉じ込めるという作用効果を実現している。また、本方式では、データ速度の高調波における干渉の大きさも減少させている(同5頁右上欄24行ないし右下欄2行)。
第3 審決取消事由について
そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 原告は、本願発明に係るデータ処理装置について、その入力データ信号が、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであり、それに基づいて、入力データ信号のデータ情報(データビット)の1つ毎に対応するアナログ出力信号波を連続して発生させるものであるのに対し、引用発明は、指令情報に対応して、選択された同じ波形を繰り返し発生させる関数発生器であり、その指令情報は固定的、静止的であって、入力データ信号ビットの時間的な流れの系列でないから、指令情報に同期してアナログ出力信号波を発生させるものではないと主張する。
2 そこでまず、本願発明における「入力データ信号」について検討するに、
(1) 本願発明の特許請求の範囲(第1項)において、「入力データ信号」に関し次のとおり記載されていることは、前記第1のとおり当事者間に争いがない。「入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置において、
n個の連続する入力データ信号ビットの状態を決定するための手段(略)、ここでnは該出力信号波形の該内容を定義するために必要な上記状態の数であり、及び
2n個の波形の複数の組を記載し、該決定されたn個の状態に応答して該組の1つを選択して出力信号波形を構成する手段(略)を含み」
上記記載からみるならば、本願発明の「入力データ信号」は、「データ情報」を有し、「データ情報の内容」によりアナログ出力波形を指定するものであること、また、その指定は、「n個の連続するビット」により行われるものであることが認められるが、上記記載においては、それ以上に、「入力データ信号」の内容として何らの限定も加えられていないことが明らかであり、更に、その点は、本願発明の特許請求の範囲(第1項)の記載全体を勘案しても同様というべきである。
(2) なお、これに対し、原告は、上記特許請求の範囲において、上記(1)の記載のほかに、「入力データ信号」が「周波数」を有すること、「記憶及び選択のための手段」が「選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」ことがそれぞれ記載されていること、並びに、本願明細書の実施例の記載において、入力データが「NRZ入力」であるとされていることを挙げ、これらは、本願発明の「入力データ信号」が、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであることを示している旨主張する。
しかしながら、本願発明の特許請求の範囲(第1項)における上記各記載が、直ちに、本願発明の「入力データ信号」について、1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のものであることを示すとはいえないことは、その記載自体から明らかであり、また、本願明細書における「NRZ入力」についての記載(前記第2、4(2)参照)も、それが本願発明の一実施例についてのものに過ぎない以上、そのことから、直ちに、本願発明における「入力データ信号」の内容を限定することができないことも明らかである。
したがって、原告の上記主張は理由がないものというべきである。
(3) 以上によれば、本願発明の「入力データ信号」は、「データ情報」を有し、「n個の連続するビヅト」によりアナログ出力波形を指定するものではあるが、更に、その信号を、「1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のもの」に限定して解すべき理由はないものというべきである。
(4) そして、上記のとおり、本願発明の「入力データ信号」が「1ビットずつ時間的に流れていく時間系列のもの」に限定されるものとはいえない以上、本願発明の特許請求の範囲(第1項)における「記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して、該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」との記載部分も、「入力データ信号」の1ビット毎に対応する波形を持つアナログ信号波を発生させることに限定されるものと解することができず、単に、「入力データ信号」に同期して選駅されたアナログ信号波を、連続して発生させることを意味するものといわざるを得ない。
2(1) 一方、引用発明が、入力データ信号である「指令情報」の内容に対応する指定された波形を持つ、任意のアナログ信号波形を発生させる任意波形の発生方式に関するものであり、「指令情報」をコントローラMCOTでデコードして、入力データ信号の状態を決定し、この信号をメモリMEMに入力して、順次一定時間毎にメモリMEMをアクセスし、所定の波形を選択した上、DAコンバータDACに読み出し、アナログ値に変換してアナログ信号の波形に処理することを内容とするものであること、引用発明の「指令情報」がn個の連続するデジタル信号であること、また、上記「指令情報」が、メモリにアクセス、つまり、記憶すると同時に選択されて、DAコンバータの出力に、アナログ信号の波形を、時間的に止まらず連続して出力させているものであることについては、前記第1(審決の認定に係る引用例の記載内容、本願発明と引用発明との一致点)のとおり当事者間に争いがなく、なお、成立に争いのない甲第4号証(引用例)においては、これらの点について、次のとおり記載されていることが認められる。
「任意の波形を発生させる方式は種々ある。たとえばメモリの所定アドレスに予め発生すべき発生データを発生順に記憶させておき順次メモリをアクセスして発生データを読出しこれをDAコンバータを介してアナログ値として任意アナログ波形を発生させる方式もその1つである。」(1頁左下欄14行ないし19行)「第2図の如き波形を発生する場合には予じめ所定時間間隔で該波形を分割し各時刻における電圧値を波形データとして順次メモリに、アドレスと時刻を対応させて記憶しておき、該アナログ波形発生に際しては指令情報をコントローラMCOTでデコードして該波形のデータが記憶されている先頭アドレスより順次一定時間毎にメモリをアクセスしD-AコンバータDACに読出し、DAコンベータでこれをアナログ値に変換することにより任意波形を発生している。」(1頁右下欄6行ないし16行)
(2) 以上によれば、引用発明における入力信号は、原告主張のとおり、それが固定的、静止的な信号であるとしても、「指令情報」を有し、その内容によりアナログ信号の波形を指定するものであり、また、その指定は、「n個の連続するデジタル信号」により行うものである上、それに同期して、アナログ信号の波形を連続して出力させるものであることが明らかである。
3 以上の1及び2における認定事実からみるならば、引用発明における「デジタル信号」と本願発明における「ビット」とは、その内容において一致するものであり、両者の入力信号に差異があるものとはいえず、また、両者は、入力信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生させる点においても一致し、アナログ信号が「いかなる可変性の保留時間をも除去して、該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている」ことにおいて差異はないものといわざるを得ない。
4 そうすると、審決には、本願発明と引用発明との間における一致点の認定について、原告主張のような誤りはないものというべきである。
第4 以上によれば、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
口頭弁論終結の日 平成10年3月17日
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)
理由
(手続の経緯・本願発明の要旨)
本願は、1984年5月10日(優先権主張1983年6月8日、アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、その発明の要旨は、当審において補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の必須要件項に記載されたとおりの、
「入力データ信号のデータ情報の内容に対応す る指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置において、
n個の連続する入力データ信号ビットの状態を決定するための手段(例えば23、26)、ここでnは該出力信号波形の該内容を定義するために必要な上記状態の数であり、及び
2n個の波形の複数の組を記載し、該決定されたn個の状態に応答して該組の1つを選択して出力信号波形を構成する手段(例えば10、27、30)を含み、各組は該n個の状態のそれぞれ異なった組合せに対応する波形の異なった集合からなり、
該複数の組の間の相違は該状態には無関係であり、
該記憶及び選択のための手段は該データ信号の周波数成分の2倍以上の速度のクロックを用いた組合せ信号波変換機能を用いさらにいかなる可変性の保留時間をも除去して該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されていることを特徴とするデータ信号処理装置。」
にあるものと認める。
(引用例)
これに対して、原査定の拒絶理由に引用された、本願の優先権主張の日前の昭和53年9月21日出願公開された「特開昭53-108358号公報」(以下、「引用例」 という。)には、「入力データ信号である指令情報の内容に 対応する指定された波形をもつ 任意のアナログ信号波形を発生する任意波形の発生方式に関し、指令情報をコントローラMCOTでデコードして入力データ信号の状態を決定し、この信号を1024ワードの記憶容量であって、複数の波形データを記憶するメモリMEMに入力して、順次一定時間毎にメモリMEMをアクセスして、所定の波形を選択してDAコンバータDACに読みだし アナログ値に変換してアナログ信号の波形に処理する」ことが記載されている。
(対比)
引用例では、指令情報は、コントローラMCOTでデコードしていることが記載されているので、この指令情報は、n個が連続するデジタル信号であるということができる。さらに、指令情報が与えられると、指令情報をデコードし、先頭アドレスより順次一定時間毎にメモリにアクセスして D-Aコンバータに読みだし、アナログ値に変換していることからみて、指令情報は、メモリにアクセスつまり記憶すると同時に選択されて、DAコンバータの出力に、時間的にとどまらずアナログ信号の波形を連続して出力させているものと認められる。
したがって、両者は、入力データ信号のデータ情報の内容に対応する指定された波形を持つアナログ出力信号波を発生するデータ信号処理装置であり、
n個の連続する入力データ信号ビットの状態を決定するための手段であって、nは出力信号波形の内容を定義するために必要な状態の数である手段と、
波形の複数の組を記憶し、該決定されたn個の状態に応答して出力信号波形を構成する手段とを含み、
各組はそれぞれn個の状態の異なった組合わせに対応する波形の異なった集合からなり、
該記憶及び選択のための手段は、いかなる可変性の保留時間をも除去して、該選択された組の間の連続した変換を与えるために同期して刻時されている点で一致し、
1 本願発明では、2n個の波形の複数の組を記憶し、その複敬の組の間の相違は、n個連続する入力データ信号ビットで決定される状態には無関係である点であるの対して、引用例には、このような記載が明記されていない点、
2 本願発明では、記憶及び選択のための手段はデータ信号の周波数成分の2倍以上の速度のクロックを用いた組合わせ信号波変換機能を用いているのに対して、引用例には、このような記載は明記されていない点で相違している。
(当審の判断)
相違点1について
引用例におけるメモリMEMは、デジタル信号を任意のアナログ波形を出力するために複数の波形を記憶しおり、かっ1024ワードの記憶容量であることからみて、引用例の出力信号波形を構成する手段もnビットの入力に対し 2n 個の波形の複数の組を記憶するようにすること、さらには、ここに記憶されている各波形はデジタル信号を任意のアナログ波形に出力するものであるから 指令情報の状態 (本発明でいうn個の連続する入力データ信号ビットの状態)とは異なる波形となるように無関係のものとすることは、いずれも 当業者が必要に応じて適宜に想到実施し得る程度のことといわざるをえない。
したがって、上記相違点1は格別なものといえない。
相遠点2について
電気信号データを処理する電気装置において、データ信号をメモリに書込み記憶しそしてメモリから読出し選択するとき、メモリとともにその入出力に関連する回路をふくめて、回路全体をクロックパルスで同期をとって動作させることは周知技術である。そして、クロジクパルスをどの程度の周波数とするかは、使用する入力データ信号の周波数と所用の出力アナログ信号に対応して当業者が適宜に選択し得るものであり、本願発明のようにデータ信号の周波数成分の2倍以上の速度のクロックを用いた信号波形変換機能を用いることは、設計の際に当業者が必要に応じて容易に実施し得る程度のことにすぎない。
(むすび)
したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
別紙図面1
<省略>
<省略>
図面の簡単な説明
本発明の種々の特徴、目的及び利点は、次に述べる詳細な説明と、以下に説明する添付図面とを参照することによつてより良く理解されよう。
第1図は本発明の信号処理回路をデータ信号のビツト形式変換装置に応用した場合の回路図であり、
第2図は前述のベツセルフイルタ形の技術と比較した場合に本発明によつて達成される改善を示すために、処理回路の出力信号スペクトルの大きさを表わす図であり、
第3図から第6図は第1図の信号処程を達成するために用いられている信号波形の図である。
別紙図面2
<省略>
図面の簡単な脱明
第1図は従来の任意波形発生器、第2図は従来方式を説明するための任意波形、第3図は本発明に係る記憶情報のフオーマツト、第4図は本発明に係る任意波形発生器である.
図中、1はメモリコントローラ、MEMはメモリ、DACはDAコンバータである.