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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)146号 判決 1997年3月05日

アメリカ合衆国ニューヨーク州10504アーモンク

原告

インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション

代表者

ウィリアム・ティ・エリス

訴訟代理人弁護士

田倉整

同弁理士

合田潔

坂口博

市位嘉宏

久米川正光

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

三友英二

及川泰嘉

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第7654号事件について、平成6年12月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年8月15日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年6月18日、名称を「磁気抵抗性読取変換器」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭61-140399号)が、平成3年1月22日に拒絶査定を受けたので、同年4月18日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成3年審判第7654号事件として審理したうえ、平成6年12月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成7年2月13日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

中央領域と該中央領域の両端の端部領域とを有する磁性材から形成された磁気抵抗性の薄膜導電層と、該薄膜導電層の前記端部領域上に直接接触して設けられて前記端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を前記端部領域に加えてこれにより前記中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめる薄膜磁性層と、前記薄膜導電層の前記中央領域の少なくとも一部分を線形応答モードに維持するに十分な大きさの横方向バイアス磁界を前記中央領域の少なくとも一部分に生じさせるための手段と、検出領域を形成するため前記薄膜導電層の前記中央領域に電気的に接続される導電手段と、を有し、前記導電手段に接続される感知手段が前記薄膜導電層により遮られる磁界の関数としての前記薄膜導電層の前記検出領域における抵抗変化を決定し得ることを特徴とする磁気抵抗性読取変換器。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭55-97021号公報(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載内容、本願発明と引用例発明との一致点、相違点の各認定及び相違点(1)の判断は認めるが、相違点(2)の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(2)の判断を誤り(取消事由1)、本願発明の審査・審判過程において、実質的に出願人に意見提出の機会を与えなかった手続上の瑕疵があり(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明との相違点(2)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(2)、すなわち、「本願発明では、単一ドメイン状態を誘起させる薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設けているのに対して、引用発明では高抗磁力薄膜をMR素子のトラック方向端部に近接して配置している点」(審決書5頁12~16行)につき、「相違点(2)については、MR素子に磁界を誘起するに際して直接接触させるか、近接して配置するかに技術思想上の相違は認められないし、MR素子上に薄膜からなる永久磁石を形成することは上記周知例においてバイアス磁場を与える方法として記載されていることから、単一ドメイン状態を誘起させる薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設けるようにすることは、引用発明に基づけば当業者が容易に想到しえたものと認められる。」(同6頁10~19行)と判断しているが、以下に述べるとおり誤りである。

(1)  本願発明の磁気抵抗性読取変換器の特徴は、特許請求の範囲に「磁気抵抗性の薄膜導電層と、該薄膜導電層の前記端部領域上に直接接触して設けられて前記端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を前記端部領域に加えてこれにより前記中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめる薄膜磁性層」とあるとおり、磁気抵抗性の薄膜導電層(MR層)の端部領域上に直接接触して設けられた薄膜磁性層にある。

すなわち、本願発明は、薄膜磁性層と薄膜導電層(MR層)の両層が、特許請求の範囲に記載された「直接接触して」という構成をとることにより、交換結合という作用効果を生じるものであり、この薄膜磁性層が、薄膜導電層の端部領域に単一ドメイン状態を形成し、これにより中央領域にも単一ドメイン状態を誘起せしめるに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を端部領域に加えるものである。

ところで、本願発明において、交換バイアスとは、交換結合、すなわち、薄膜磁性層とMR層との間の量子力学的な作用を生じさせることにより、MR層の磁区(ドメイン)を単一方向に配列させるバイアス方法をいうのであり、また、交換結合という用語は、交換相互作用ともいわれ、本技術分野において広く認識されている用語である。

本願明細書(甲第2号証の1、2)には、第4図を参照して、「図示の実施例では、縦方向バイアスは交換バイアス方法により発生される。交換バイアスは反強磁性層16がMRセンサ10の端部領域12だけをカバーするようその層16を形成させることによつて発生され、その結果、MRセンサ10の端部領域12だけが交換バイアスされる。反強磁性層16は第4図におけるハツチング領域16aにおいてインターフエース的な交換相互作用を生じさせ、その結果、MRセンサ10によつて有効なバイアス磁界が生じる。このバイアス磁界はドメイン抑止のために縦方向の向きである。」(甲第2号証の1、明細書7頁17行~8頁7行)とあるように、本願発明は、MR層の端部領域に薄膜磁性層を直接接触させることを構成上の特徴とし、それに基づく作用は、この接触部分でMR層と薄膜磁性層との間で交換結合による交換バイアスを生じさせて、MR層の端部領域を単一ドメイン状態に維持し、この端部領域の単一ドメイン状態によって、MR層の中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめるものである。

そして、本願明細書においては、このような本願発明の構成及び作用について一貫して記載されており、明細書の記載全体が縦方向バイアスに交換結合を用いる点に主眼をおいて記載されている。

(2)  このように、本願発明では、縦方向バイアスを与えるために、単一ドメイン状態を誘起せしめる薄膜磁性層をMR素子の端部領域において直接接触して設けるのに対して、引用例発明では高抗磁力薄膜をMR素子のトラック方向端部に近接して配置しているのであって、この点で、両者が構成上相違することは、審決認定の相違点(2)のとおりである。

本願発明と引用例発明とのこのような相違は、単なる配置上の相違ではなく、両者は根本的に物理現象を異にするものである。すなわち、本願発明は、縦方向バイアスを与えるために交換バイアス方法を用いているのに対して、引用例は縦方向バイアスを与えるためにハードバイアス方法を用いている。

交換バイアス方法は、前示のとおり、量子力学的な作用が及ぶ程度に層が近づいた場合に層間の量子力学的な影響を用いるものであるのに対し、ハードバイアス方法は、磁石のような磁力薄膜が外部に発生する外部磁界による静磁気的な作用を用いたものであるから、両者は本質的に全く異なる物理現象であり、引用例には、量子力学的作用を用いた交換バイアス方法に関する記載はなく、その示唆も全く存在しない。

この点に関して、審決は、「MR素子に磁界を誘起するに際して直接接触させるか、近接して配置するかに技術思想上の相違は認められない」(審決書6頁10~12行)とだけ説示し、それ以外については何らの説示もしていない。技術思想上の相違の有無に関する判断は、構成の相違に基づいた作用等も考慮した上で判断されなければならないのに、審決は、このような作用を考慮した判断を全く示すことなく、単なる構成(配置)の相違のみに基づいた判断をしたものであるから、誤りである。

また、審決は、特開昭51-81115号公報(甲第5号証)を周知例として挙げて、「MR素子上に薄膜からなる永久磁石を形成することは上記周知例においてバイアス磁場を与える方法として記載されている」(審決書6頁13~15行)と判断している。

しかし、この周知例の第9図において、永久磁石膜16は、右側磁性薄膜61及び左側磁性簿膜62上に形成されており、MR層9上にあるとは記載されていないし、何よりも永久磁石膜16と左右磁性薄膜61、62との間には非磁性で絶縁性の膜が形成されているので、本願発明のような量子力学的な作用である交換バイアスは生じるはずもない。

したがって、審決が、量子力学的作用と静磁気的な作用という物理現象の相違を全く考慮することなく、周知例の構成のみを参酌して、本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるとする判断もまた誤りである。

さらに、引用例に開示されている縦方向及び横方向バイアス方法においては、横方向バイアス磁界や記録媒体に記録されたデータからの磁界による影響を縦方向バイアス磁界が直接受ける可能性があるため磁気ヘッドの安定性に問題が生じやすい。これに対して、本願発明のように交換バイアスによるMR層の単一ドメイン化は、引用例のような外部磁界のみによるものではなく、量子力学的な作用によるものであって、この作用は、層間の距離に応じて生じる現象であり、横方向の強力な磁界による再磁化とは直接関係がない。したがって、横方向磁界が減少すれば、再磁化とはかかわりなく、交換結合による縦方向バイアス磁界の向きは本来の所望の方向を向くように作用するので、MR層を効果的に単一ドメイン化することができる。これによりバルクハウゼンノイズを有効に低減でき、安定性の高い磁気ヘッドを提供することができる。このように本願発明は、引用例発明が奏することのできない顕著な作用効果を奏するものであるから、進歩性を有するものである。

(3)  以上のとおり、MR素子に磁界を誘起するに際して直接接触させるか、近接して配置するかに技術思想上の相違は認められないとする審決の相違点(2)に対する判断は、構成に基づく作用に対する判断を全く示しておらず、また、作用効果の差異を考慮しないものであるから誤りである。

2  取消事由2(手続の瑕疵)

仮に、本願発明の特許請求の範囲に記載された「直接接触して」という構成から、交換結合という作用効果が一義的に生じないとするのであれば、本願発明の審査・審判過程において、その点について原告(出願人)に指摘して、意見を述べる機会を与えるべきであるのに、被告は、実質的に意見提出の機会を与えなかった手続の瑕疵がある。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由1について

原告は、本願発明は、交換バイアス方法を利用した磁気抵抗性読取変換器であるのに対し、引用例に記載したものは、ハードバイアス方法を利用したものである旨主張するが、この主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。

まず、本願発明にいう「薄膜磁性層」は、磁気材料の一般的な称呼の慣習からして、強磁性体、さらには磁石材料をも含むものと認められる。特に、磁石である場合には、ハードバイアス方法に用いられる永久磁石と同様の機能を奏するものと解される。

そして、本願発明において、磁気抵抗素子の端部領域に「直接接触して」薄膜磁性層を設けることとしても、このことが交換相互作用のための接触のみを意味しているとは一義的にはいえない。

上記表現は、MR素子上に他の部材としての膜を設けて磁気抵抗型ヘッドを構成する場合、前記MR素子と膜との間に電気的もしくは磁気的に隔絶するための非磁性、非導電性等の補助的な膜を介して設ける(前記周知例参照)か、あるいは格別のことがない限りこのような膜を介さないで直接設ける(特開昭52-63709号公報、同58-100216号公報、同59-207675号公報参照)かのいずれかであって、本願は、後者の意味に解することができる。

次に、本願発明において、端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を端部領域に加えてこれにより中央領域をも車一ドメイン状態に誘起させる点は、縦方向磁界を与える際、磁気抵抗素子の端部のみならず、中央領域をも単一ドメイン状態に誘起するに十分な磁界を端部に加える構成と解することができるから、これにはハードバイアス方法による磁気抵抗性読取変換器も含まれると解するのが相当である。

したがって、本願発明は、特許請求の範囲の記載から、静磁気的な作用で動作するいわゆるハードバイアス方法の構成を含むものであり、ハードバイアス方法である引用例発明と比較して、本願発明が格別の効果を奏するものとすることもできない。

以上によれば、審決が相違点(2)について、周知例を考慮して「引用発明に基づけば当業者が容易に想到しえたもの」とした判断に誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、本願発明の審査・審判過程における手続の瑕疵を主張するが、特許請求の範囲の「直接接触して」という構成により一義的に交換結合という作用効果が生じるとは解されないうえ、審判請求書にもそのような主張はないし、原告からそのような意見書も提出されていないから、審判官が敢えて原告に弁明の機会を与える必要はない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例発明との相違点(2)の判断の誤り)について

(1)  本願発明の特許請求の範囲に「磁気抵抗性の薄膜導電層と、該薄膜導電層の前記端部領域上に直接接触して設けられて前記端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を前記端部領域に加えてこれにより前記中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめる薄膜磁性層」とあるとおり、本願発明の薄膜磁性層は、磁気抵抗性の薄膜導電層(MR層)の端部領域上に直接接触して設けられ、薄膜導電層の端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を端部領域に加え、これにより薄膜導電層の中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめるものであると認められる。

原告は、本願発明は、縦方向バイアスを与えるために量子力学的な作用を用いた交換バイアス方法を用いるものであることを前提にして、相違点(2)についての審決の判断は、引用例発明におけるハードバイアス方法との作用の相違を考慮しないもので、誤りである旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲には、薄膜磁性層が「薄膜導電層の前記端部領域上に直接接触して設けられ」との記載があるものの、これが原告主張のような交換結合を利用した「交換バイアス方法による」ものであるという限定的な記載はないし、また、「直接接触して」との記載から一義的に上記原告主張のように解する根拠がないことは、以下のことからも明らかである。

すなわち、本願明細書(甲第2号証の1、2)には、「第4図を参照すると、横方法バイアス及び縦方向バイアスを持つた本発明による磁気抵抗性(MR)センサ10が示される。」(甲第2号証の1、明細書7頁4~6行)、「縦方向バイアスはその分野で知られた任意の適当な縦方向バイアス発生方法によつて発生可能である。図示の実施例では、縦方向バイアスは交換バイアス方法により発生される。」(同7頁15~18行)と記載され、本願発明においては、本願優先権主張日前に知られていた任意の適当な縦方向バイアス発生方法が採用できること、この公知の縦方向バイアス発生方法の一つとして交換バイアス方法が知られており、図面第4図の実施例は、この交換バイアス方法を採用したものであることが明示されているのである。

そして、特開昭52-63709号公報(乙第1号証)には、「基板11の表面を無歪研摩し、その研摩面上に・・・フエライト膜を成長させることにより下部磁性膜12を形成する。・・・次に、フエライト膜12の所定部分にBaOを部分的に蒸着した後、拡散のための熱処理をほどこすことにより、・・・永久磁石部13を形成する。このようにして形成された永久磁石部13の上にNi-Fe合金膜を蒸着することにより磁気抵抗効果膜14を形成する」(同号証2頁右上欄9~20行)との記載が、また、特開昭58-100216号公報(乙第2号証)には、「MR素子35の磁気記録媒体6側と反対側に角度θで切り込み溝38が設けてあり、また、これに永久磁石薄膜33を接触させて設けてある」(同号証3頁右上欄7~10行)との記載があり、さらに、特開昭59-207675号公報(乙第3号証)には、「基板1上にFe-82%Niからなるパーマロイ膜2を形成し、次にパーマロイ上に永久磁石膜であるCo-20%Pt3を形成する。・・・これによつて、磁気抵抗効果を示すパーマロイ膜と・・・永久磁石膜であるCo-20%Pt膜を備えた磁気抵抗効果素子が作製される」(同号証2頁左上欄9~17行)との記載があり、これらによれば、磁気抵抗効果素子(MR素子)に「直接接触」する薄膜からなる永久磁石を形成し、縦方向バイアスを与える方法は、周知の技術であったものと認められ、これら各公報記載のものがハードバイアス方法を利用したものであることは原告の自認するところである。

そうとすると、薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して縦方向バイアスを与える方法としては、薄膜からなる永久磁石による周知のハードバイアス方法も含まれることは明らかであるから、本願発明が縦方向バイアスを与えるために交換バイアス方法を用いたものに限定されるものということはできず、周知の永久磁石を用いたハードバイアス方法を含むものといわなくてはならない。

この周知の永久磁石を用いたハードバイアス方法は、原告も自認するとおり、磁力薄膜が外部に発生する外部磁界による静磁気的な作用を用いるものであるから、MR素子に磁界を誘起するに際して薄膜磁性層を薄膜導電層の端部領域上に直接接触させるか、近接して配置するかにおいて技術思想上の相違がないことは明らかである。したがって、本願発明において縦方向バイアスを与えるためにハードバイアス方法を採用した場合については、薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設ける本願発明と、これを近接して配置する引用例発明との間に、技術思想上の差異はないことになり、審決が、相違点(2)につき、「MR素子に磁界を誘起するに際して直接接触させるか、近接して配置するかに技術思想上の相違は認められない」(審決書6頁10~12行)と判断したことに誤りはない。

本願発明が縦方向バイアスを与えるために交換バイアス方法を採用したものに限定されることを前提とした原告の主張は理由がない。

(2)  そして、前示のとおり、MR素子に直接接触する薄膜からなる永久磁石を形成し縦方向バイアスを与える方法は周知の技術である(乙第1~第3号証)から、この周知技術を参酌すれば、薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に近接して配置する引用例発明の構成に代えて、これを直接接触して設けるものとし、相違点(2)に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できることというべきである。

審決が周知例として挙げた特開昭51-81115号公報のものは、原告主張のように、永久磁石膜16と左右磁性薄膜61、62との間に非磁性で絶縁性の膜が形成されていて、本願発明のように直接接触して設けられたものではないことが認められるが、直接接触して設けるか近接して設けるかは、ハードバイアス方法を採用した場合に技術思想上の相違がないことは前示のとおりであるうえ、MR素子に直接接触する薄膜からなる永久磁石を形成し縦方向バイアスを与える方法自体が周知の技術である以上、原告主張の点は、「単一ドメイン状態を誘起させる薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設けるようにすることは、引用発明に基づけば当業者が容易に想到しえたものと認められる」(審決書6頁15~19行)との審決の判断に影響を与える事由とは認められない。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(手続上の瑕疵)について

原告は、本願発明の審査・審判過程における手続の瑕疵を主張するが、本願発明が、特許請求の範囲の「直接接触して」という構成により一義的に交換結合を利用した「交換バイアス方法によるもの」に限定されるものでなく、本願明細書には、本願発明が任意の適当な縦方向バイアス発生方法を採用できることが明記されていることは、前示のとおりである。

そうである以上、審判官が、本願発明には前示周知のハードバイアス方法によるものも含まれると解して進歩性の判断をし、原告に特に弁明の機会を与えなかったとしても、そこに何らの手続上の瑕疵があるということはできず、取消事由2の主張は理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成3年審判第7654号

審決

アメリカ合衆国 10504、ニューヨーク州 アーモンク

請求人 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーボレーション

東京都港区六本木3丁目2番12号 日本アイ・ビー・エム株式会社内

代理人弁理士 岡田次生

昭和61年 特許願 第140399号「磁気抵抗性読取変換器」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年2月21日出願公開、特開昭62-40610)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

[手続の経緯、本願発明の要旨]

この出願は、昭和61年6月18日(優先権主張1985年8月15日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、平成3年4月18日付の手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「中央領域と該中央領域の両端の端部領域とを有する磁性材から形成された磁気抵抗性の薄膜導電層と、該薄膜導電層の前記端部領域上に直接接触して設けられて前記端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界を前記端部領域に加えてこれにより前記中央領域をも単一ドメイン状態に誘起せしめる薄膜磁性層と、前記薄膜導電層の前記中央領域の少なくとも一部分を線形応答モードに維持するに十分な大きさの横方向バイアス磁界を前記中央領域の少なくとも一部分に生じさせるための手段と、検出領域を形成するため前記薄膜導電層の前記中央領域に電気的に接続される導電手段と、を有し、前記導電手段に接続される感知手段が前記薄膜導電層により遮られる磁界の関数としての前記薄膜導電層の前記検出領域における抵抗変化を決定し得ることを特徴とする磁気抵抗性読取変換器。」

[引用例]

これに対して、原査定の拒絶理由に引用した特開昭55-97021号公報(以下引用例と称する)には、その両端に電流供給用の導体層を備えた磁気抵抗効果を有する強磁性薄膜(以下MR素子という)と、それを支持する基板との間に第1の高抗磁力薄膜を配置するとともに、前記MR素子のトラック幅方向端部に近接して第2の高抗磁力薄膜を配置した磁気ヘッドが記載されており、第1の高抗磁力薄膜をy軸方向(磁化容易軸方向であるトラック幅方向に直角な磁化困難軸方向)およびy軸からθ°(θ°は鋭角)傾いた方向に着磁してバイアス磁界を与えるとともに、第2の高抗磁力薄膜をx軸方向(磁化容易軸であるトラック軸方向)に着磁してMR素子の異方性を維持する磁界を形成することにより、線形動作を行うとともに、異方性の乱れを矯正して、バルクハウゼンノイズの極めて少ない再生波形を得ることができる旨が記載されている。

[本願発明と引用例との対比]

本願発明と引用例に記載された発明(以下引用発明と称する)を比較検討する。

磁気抵抗性の薄膜導電層(引用発明における磁気抵抗効果を有する強磁性薄膜に相当するものであり、以下MR素子という)を有し、MR素子の端部領域を単一ドメイン状態に維持するに十分な大きさの縦方向バイアス磁界(引用発明のMR素子の異方性を維持する磁界を磁化容易軸方向のバイアス磁界に相当)を与えるための薄膜磁性層(引用発明の着磁された高抗磁力薄膜に相当)と中央領域を線形応答モードに維持するに十分な大きさの横方向バイアス磁界(引用発明のMR素子の磁化困難軸方向およびそれからθ°傾いた方向にバイアス磁界を与えることにより線形動作を行わせるようにしたことに相当)を与える点、単一ドメイン状態に維持した領域に電気的に接続した導電手段を有する点で両者は一致する。

一方、本願発明と引用発明とは、

(1)本願発明では、MR素子の導電手段に接続される感知手段が、MR素子により遮られる磁界の関数としての検出領域における抵抗変化を決定するものであるとしているのに対して、引用発明では検知手段についての記載がない点、

(2)本願発明では、単一ドメイン状態を誘起させる薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設けているのに対して、引用発明では高抗磁力薄膜をMR素子のトラック方向端部に近接して配置している点、

で相違する。

[当審の判断]

上記相違点について検討する。

MR素子中を磁性記録媒体からの磁束が通るとき、磁束とMR素子中のスピンとの相互作用に伴う電気抵抗の変化を磁性記録媒体からの記録信号として読み出す磁気ヘッドが本願発明の優先権主張日において周知(特開昭51-81115号公報参照、以下周知例と称する)であることから、相違点(1)は必要に応じて付加することができる程度のものであり、この点に新規性も進歩性も見いだすことはできない。

また、相違点(2)については、MR素子に磁界を誘起するに際して直接接触させるか、近接して配置するかに技術思想上の相違は認められないし、MR素子上に薄膜からなる永久磁石を形成することは上記周知例においてバイアス磁場を与える方法として記載されていることから、単一ドメイン状態を誘起させる薄膜磁性層をMR素子の端部領域上に直接接触して設けるようにすることは、引用発明に基づけば当業者が容易に想到しえたものと認められる。

[むすび]

以上のとおりであるから、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年12月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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