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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)150号 判決 1997年3月06日

アメリカ合衆国オハイオ 44060、メントール、エンタープライズ・ドライブ 7893番

原告

ドナルド・エイ・ポルク

同訴訟代理人弁理士

大森忠孝

青山葆

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

光田敦

吉野公夫

幸長保次郎

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第16564号事件について平成6年12月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

ボルク、デイビッドは、昭和61年4月25日(優先権主張1985年4月26日アメリカ合衆国)、名称を「スリットランプ生体顕微鏡とともに用いる間接検眼用レンズ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和61年特許願第502716号)をしたが、平成2年5月1日拒絶査定を受けたので、同年9月10日審判を請求し、平成2年審判第16564号事件として審理された結果、平成6年12月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成7年2月20日上記の者の代理人に送達された。

ボルク、デイビッドは1987年1月10日死亡し、相続により、原告が本願発明につき特許を受ける権利を承継取得したので、平成7年9月28日その旨を特許庁長官に届け出た。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項(平成2年10月11日付け手続補正書添付明細書記載のもの)

レンズの両側の各共軸面が曲率導関数0の頂部臍点を有する凸状回転非球面であり、

上記レンズの各面の大きさ及び形状が次の多項式によって定義され、

y=(Ax+Bx2)1/2+Cx(p)+Dx(q)+Ex(z)・・・

ここで、Aは、各面の頂部曲率半径γの2倍の値で、γ値は約26mm~6mm、Bは(e2-1)、eは各面の頂部離心率で、e値は0.5~3.0、C、D及びEはともに多項式における各項の係数で、これらの係数値は0~500の整数又は分数、p、q及びzはともに各項のべき指数で、各指数は0~8の整数又は分数であり、

上記r、e、C、D、E、p、qおよびzの値はスリットランプ生体顕微鏡とともに用いる間接検眼用の集光-像形成レンズを提供するように組み合わせて選定され、これにより修正された像面湾曲、非点収差および歪曲を含む収差をもって被検眼の眼底像を形成する、スリットランプ生体顕微鏡とともに用いる間接検眼用レンズ。

3  審決の理由の要点

平成5年12月21日付けで、本願は、その明細書と図面の記載が不備で特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由を通知したが、依然として上記の拒絶理由で指摘した不備の点は解消されていない。

したがって、本願は、上記の拒絶理由によつて拒絶すべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

特許庁審判官は原告に対し、平成5年12月21日付け拒絶理由書(甲第15号証)をもって、別紙記載のとおりの拒絶理由を通知したが、この拒絶理由は全く不合理なものである。すなわち、

(1)  別紙の1項に記載されている多項式(本願発明の特許請求の範囲第1項に記載の多項式)は、長さの単位がメートル〔m〕のものである。したがって、係数値を500に近い値とし、指数を8に近い値としたときにも、その項の値は莫大な大きさとなることはなく、妥当な値になるのである。

被告は、xの長さの単位がメートル〔m〕であるとすると、多項式の非球面補正項Cx(p)+Dx(q)+Ex(z)の値は、

Cx(p)<500×(10-2)8m

=5×10-14m=5×10-11mm

となることは明らかである旨主張するが、

仮に、C=500、P=3を選ぶと、

Cx(p)=500×(10-2)3m

=500×10-6m=5×10-4m

=5×10-1mm=0.5mm

また仮に、C=500、P=0を選ぶと、

Cx(p)=500×(10-2)0m

=500×10-2m=500m

=500000mm

となるから、被告の上記主張は誤りである。

(2)  別紙の2項で、yを得るために、x=3.605mmが使用されているが、0.003605mが使用されれば、右辺は補正項に適した十分小さい値になるのである。

(3)  別紙の(備考)欄の冒頭で審判官も認めているように、上記実施例において、長さの単位を〔m〕として、x-y関係式に代入すれば合理的な結果になるのである。

そして、〔備考〕欄に記載の式に、指数pとして8の代わりに3を仮に代入すると、Cxp=0.5mmと大きな値になるのである。すなわち、Cxp<・・・との認識が大きな間違いである。結局、上記実施例から長さの単位を〔m〕と解することはできるのである。

したがって、上記のような不備のある拒絶理由通知を前提とする審決は違法であって、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4のうち、特許庁審判官が原告に対し、主張の拒絶理由を通知したことは認めるが、その余は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  本願発明の特許請求の範囲第1項の多項式における長さの単位がメートル〔m〕であるというような記載は、平成2年10月11日付け手続補正書(甲第9号証)のどこにも見当たらない。上記手続補正書においては、むしろ、具体的な長さの単位は、一貫してミリメートル〔mm〕が使われている。

したがって、上記多項式における長さの単位は、まずミリメートル〔mm〕であると解されるところであるが、そのように解すると、別紙1項及び2項で指摘したような不合理あるいは矛盾が生じてしまう。

それでは、上記多項式における長さの単位は一体何であるのかということになるが、上記手続補正書の記載をみる限り全く不明である。

そして、本願発明の多項式に基づいて、間接検眼用レンズの非球面のx座標、y座標を算定するにあたり、x、y(座標)値及び頂部曲率半径γを特にメートル〔m〕単位をもって表示することが、当業者の常識であるとする根拠もない。

確かに、試行錯誤の結果、長さの単位としてメートル〔m〕を用いれば、拒絶理由通知書で指摘したような不合理あるいは矛盾は解消するが、長さの単位にはメートル〔m〕以外にも様々のものがあり、単に上記不合理、矛盾が解消するからというだけで直ちに上記多項式の長さの単位をメートル〔m〕と解することはできない。

(2)  xの長さの単位がメートル〔m〕であるという仮定のもとにX=10-2とし、さらに係数Cは0~500、あるいはC<500であることを考慮すれば、多項式の非球面補正項Cx(p)+Dx(q)+Ex(z)の値は、拒絶理由通知書の(備考)、欄で指摘したように、

Cx(p)<500×(10-2)8m

=5×10-14m=5×10-11mm

となることは明らかである。

ところが、これは水素原子の半径よりもはるかに小さな値であり、このようなきわめて小さな非球面補正項の値に基づいて、現実に非球面の形状を制御しつつレンズを製造することは当業者においては到底無理である。少なくとも、レンズを製造する際に通常用いられる研磨や射出成型のような方法を用いて、当業者がこのような微小な値の非球面補正項を有する非球面レンズを実際に製造するのは、技術的にみて到底無理である。

そして、このような微小な値の非球面補正項を有する非球面レンズを当業者が実際に製造することについて、原告はその具体的方法を明細書の中に記載しておらず、またそれが本願出願当時すでに当業者において一般的に知られていた技術であることをも明らかにしていない。

このように、上記多項式の長さの単位をメートル〔m〕と解することには無理があり、少なくとも原告が主張している内容が、上記多項式の長さの単位がメートル〔m〕であると断定するに足る根拠たり得ないことは明らかである。

(3)  以上のように、結局、上記多項式の長さの単位がメートル〔m〕であると解することはできず、本件拒絶理由に原告主張の不備は存しない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、及び、特許庁審判官が原告に対し、平成5年12月21日付け拒絶理由通知書(甲第15号証)をもって、別紙記載のとおりの拒絶理由を通知したことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

原告は、別紙の1項に記載されている多項式(本願発明の特許請求の範囲第1項に記載の多項式)は長さの単位がメートル〔m〕であり、上記式にC=500、P=3、あるいはC=500、P=3を選ぶと、Cx(p)=0.5mm、Cx(p)=500000mmという妥当な値が得られ、拒絶理由通知が指摘するような不合理、矛盾はない旨主張する。

確かに、上記多項式の長さの単位をメートル〔m〕とし、係数値としてD=E=0、C=500、指数としてP=3あるいはP=0を選ぶと、上記多項式の非球面補正項Cx(p)+Dx(q)+Ex(z)の値は、原告主張のとおり、Cx(p)=0.5mm、Cx(p)=500000mmという値が得られ、この数値自体は非球面補正項の値として有意なものということができる。

しかし、まず、本願の平成2年10月11日付け手続補正書(甲第9号証)には、上記多項式の長さの単位がメートル〔m〕であるという記載はもとより、このことを示唆する記載もない。

かえって、上記手続補正書添付の明細書においては、「Aは、各面の頂部曲率半径γの2倍の値で、γ値は約26mm~6mm」(甲第9号証25頁7行、8行)、「例えば、公称屈折力90ジオプトリー、直径20mm及び端部の厚さ0.5mmを有するレンズについて考察する。・・・該レンズは中央部の厚さ7.71mm並びに前面及び後面の焦点距離9.68mmを有し、・・・。湾曲部の頂部曲率半径7.7mm及び角膜の頂点から鞏膜の内面までの軸線に沿った長さ24.13mmを有し、」(同号証16頁11行ないし17頁11行)等とあるように、長さの単位としてはミリメートル〔mm〕のみが記載されており、これによれば、上記多項式の長さの単位もミリメートル〔mm〕であると理解するのが通常であり、その単位がメートル〔m〕であると理解するのは当業者といえども困難であると認められる。

さらに、本願発明の特許請求の範囲第1項は、「C、D及びEはともに多項式における各項の係数で、これらの係数値は0~500の整数又は分数、p、q及びzはともに各項のべき指数で、各指数は0~8の整数又は分数であり、」と規定しているから、本願発明が、係数値として、D=E=0、C=500、指数としてP=8を選択する場合もその技術的範囲に含んでいることは明らかである。そこで、xの長さの単位をメートル〔m〕として、C=500、P=8を選択した場合には、拒絶理由通知が指摘したように、

Cx(p)<500×(10-2)8m

=5×10-14m=5×10-11mm

というような極めて小さな値となる。

上記数値について、被告は、「このようなきわめて小さな非球面補正項の値に基づいて、現実に非球面の形状を制御しつつレンズを製造することは当業者においては到底無理である。」旨主張するところ、原告はこの主張を争っておらず、被告の上記主張は相当であると認められる。しかして、上記多項式の長さの単位をメートル〔m〕とすると、実際にレンズを製造することが到底無理であるということは、上記多項式の長さの単位をメートル〔m〕と解釈することが困難であるということに帰する。

したがって、原告主張の前記係数値、指数を選択する場合には、非球面補正項の値として有意なものが得られるからといって、上記多項式の長さの単位はメートル〔m〕であると解釈することはできない。

以上のとおりであるから、拒絶理由通知の指摘内容は正当であり、原告の上記主張は採用できない。

原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙

1 特許請求の範囲第1項においては、レンズの各面の大きさ及び形状が次の多項式で定義されている。

y=(Ax+Bx2)1/2+Cx(p)+Dx(q)+Ex(z)・・・

そして、C、D及びEは、0~500であり、p、q及びzは0~8と規定されているが、これはきわめて広汎なものであり、レンズ形状を具体的に記載したものとは認められない。

また、通常レンズの長さを表単位はmmであり、特許請求の範囲においても頂部曲率半径がmm単位で与えられていることからみて、上記式においても、長さの単位はmmであるものと認められる。そうすると、係数値を500に近い値とし、指数を8に近い値としたとき、その項の値は莫大な大きさとなり、レンズの値として妥当なものとはいえず、不合理である。

2 平成2年10月11日付け明細書第16頁~第17頁に、実施例として、直径20mm、端部の厚さ0.5mm、中央部の厚さ7.71mm、A=23.2mm、B=1.1025、C=0.045、D=5.000、E=0、p=1.05、q=2.00のものが示されている。

(x、y)=(0、0)はレンズ頂部であり、xは光軸方向の座標と認められるから、レンズ端部のx座標は、(7.71-0.5)/2=3.605mmとなり、端部のy座標は、

y>Dxq=5.000×3.6052.00=64.98mm

となり、直径20mmであることと矛盾する。

したがって、これは妥当な実施例とは認められず、本願明細書には他に実施例の記載がないことから、本願発明を容易に実施できる程度に明細書が記載されているものとも認められない。

(備考)

仮に、上記実施例において、長さの単位を〔m〕として、x-yの関数式に代入すれば、合理的な結果にはなるが、そのように解釈する根拠がないばかりか、次のような不合理が生ずる。関数式における長さが〔m〕単位であるとすると、中央部の厚さからみて、xの最大値は10mm程度未満即ち10-2mm未満である。そうすると、指数(pとしておく)として、8を選択した場合、係数値を最大の500としても、

Cxp<500×(10-2)8m=5×10-14m=5×10-11mm

となり、このような小さな値が補正項として有意のものとは認められないから、結局長さの単位を〔m〕と解釈することはできないものである。

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