東京高等裁判所 平成7年(行ケ)155号 判決 1998年3月05日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。
理由
一 本件発明について
成立に争いのない甲第四号証(本件発明の公告公報)によれば、本件発明は、その各称を「4--ピペリジリデン--4H--ベンゾ[4、5]シクロヘプタ[1、2-b]チオフエン--10(9H)--オン類の新規な製造法」とするものであって、「複素環式化合物の新規な製造方法」を目的とし、その構成を本件発明の要旨(特許請求の範囲第一項及び第二項)記載のとおりとするものであって、「発明の詳細な説明」の項には、「式[1]の化合物はモルモットにおけるヒスタミン毒性テストの結果により指摘される如くヒスタミン分解特性を有し、これらの特性により種々の原因のアレルギー性疾患の治療に使用できることが示される。モルモットにおけるセロトニン毒性テスト及びアセチルコリン毒性テストで重大なセトロトニン--拮抗特性及び抗コリン作動特性を確認し得ないので、これらの化合物のヒスタミン分解効果は特異的である。」(七欄二〇ないし二八行)と記載されていることが認められる。
上記記載によれば、本件発明は、式[1]で表される4--ピペリジリデン--4H--ベンゾ[4、5]シクロヘプタ[1、2--b]チオフエン--10(9H)--オン類の化合物の新規な製造方法に係るものであり、当該化合物はヒスタミン分解特性を有し、これらの特性により種々の原因のアレルギー性疾患の治療に使用できることが認められる。
二 本件延長登録出願について
成立に争いのない甲第二号証(特許権存続期間延長登録願)及び甲第三号証の一(平成三年六月二九日付手続補正書)同号証の三(平成四年一月二一日付手続補正書)によれば、本件延長登録出願の願書には以下の記載が認められる。
「四 特許法第六七条三項の政令で定める処分を受けた日 平成三年三月二九日(登録願書一枚一五、一六行)
「七 特許法第六七条第三項の政令で定める処分の内容
(1) 特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分 薬事法第一四条第一項に規定する医薬品に係る同法第二三条において準用する第一四条第一項の承認 (2) 処分を特定する番号 承認番号(〇三AM)第〇〇七三号
(3) 処分の対象となった物 ザジテン(フマル酸ケトチフェン)
(4) 処分の対象となった物について特定された用途 アレルギー性鼻炎」(登録願書二枚目七行ないし一五行、平成四年一月二一日付手続補正書二枚目一一行ないし一五行)
「本件特許権についての通常実施権者であるサンド薬品株式会社は有効成分ザジテン(フマル酸ケトチフエン)を含む点鼻液について平成三年三月二九日に承認[承認番号(〇三AM輸)第〇〇七三号]を受けた。なお、通常実施権者サンド薬品株式会社は同じ有効成分について過去四回の承認[承認番号(五七AM輸)第一六八号、(五七AM輸)第一六九号、同号の一部変更(二回)]を受けているが、これらの効能・効果を表にすると、次の通りである。
日付、承認番号、効能・効果
平成三年三月二九日、〇三AM輸第〇〇七三号、アレルギー性鼻炎
昭和五七年一〇月七日、(五七AM輸)第一六八号(原体)、気管支喘息
同上、(五七AM輸)第一六九号(カプセル)、同上
昭和五九年七月二〇日、同上(一部変更)、気管支喘息、アレルギー性鼻炎
昭和六一年四月三〇日、同上(一部変更)、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、湿疹、皮膚炎、皮膚そう痒症
上記の表から明らかのように、効能・効果を「アレルギー性鼻炎」としてのみとらえれば、平成三年三月二九日の承認(以下、最近の承認と略称)は最初ではない。しかし、以前の承認は内服カプセル剤であり、最近の承認は点鼻液なので、吸収される粘膜が全く異なり、それに応じて組成、副作用(点鼻液は低い)、効果(点鼻液は高い) も全く異なるので、新たな薬理実験が必要となった。しかも六年後の再評価が指示されているが、これは点鼻液の効果はカプセル剤の効果の有無と関係なく評価されることを意味する。すなわち、最近の承認は独立の効能・効果に対して与えられるものに準ずるものであり、この意味で最初のものである。」(平成三年六月二九日付手続補正書「延長の理由を記載した資料」三頁六行ないし四頁一五行)
これらの記載によれば、フマル酸ケトチフェンのアレルギー性鼻炎の用途については、昭和五九年七月二〇日、昭和六一年四月三〇日にいずれもカプセル剤で薬事法承認を受け、平成三年三月二九日に点鼻液(本件出願)で薬事法承認を受けていることが認められる。
三 取消事由1について
(1) 原告は、特許法六七条三項は、医薬品の場合、特許発明の実施に薬事法の規定による承認を得ることが必要であったために、特許発明の実施が二年以上できなかったことのみを延長登録要件として求めており、同項における「特許発明の実施」に必要な処分として、薬事法による「剤形の変更」(投与ルートの変更)に伴う処分も含まれるものと解釈すべきであって、審決が特許期間が延長される場合の要件として、所定期間妨げられた「特許発明の実施」を、医薬品の場合、特定の有効成分と特定の効能・効果との組み合わせをくくりの単位として把握し、その有効成分と効能・効果との組み合わせについて最初の承認に基づく延長登録出願である場合にだけ延長登録が認められるとすることは、特許法六七条三項の解釈を誤ったものであると主張する。
ところで、特許法は、特許権者に対し、特許発明を独占的排他的に実施する権利を付与して発明を保護する一方、特許権を無制限に存続させるときは発明の利用を阻害して産業の発達に寄与できないおそれがあることから、政策的に存続期間を法定(六七条一項)して発明の保護と利用の調和を図っているが、特許発明の実施について安全性の確保等の見地から法律の規定による許可等の処分が必要とされる場合において、当該処分の目的、手続からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要すると認められるときは、特許権者は何らの法規制もなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず、その処分を受ける必要のためその実施が相当期間妨げられることになる。そこで、特許法は、六七条三項に特許権の存続期間の例外規定を設け、特許発明の実施をしようとする場合に、「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが二年以上できなかった」ことを要件として、五年を限度として、特許権の延長登録を認めたものである。
そして、ここに「特許発明の実施」とは、特許法二条三項各号の規定(平成六年法律一一六号による改正前の規定。以下同じ。)の定める行為をいうことは当然であり、前記認定の延長登録制度の趣旨に加え、存続期間が延長された場合の特許権の効力を規定した同法六八条の二が「特許権の存続期間が延長された場合(中略)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第六七条第三項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定していることに照らすと、延長登録が認められるためには、政令で定める当該処分の範囲と延長登録出願の対象である特許発明の範囲とが重複していることが必要であり、かつ同じ物及び同じ用途に使用されるものに特許期間の延長効果を何回も付与することは法律の予定するところではないから、既に別の同様な処分を受けたことによって特許発明の実施をすることができるようになっていないことが必要である。したがって、同じ物を同じ用途に使用する以上、その使用形態等の変更のため重ねて政令で定める処分が必要とされる場合であっても、そのことを理由に特許期間の登録延長は認められないというべきである。
これをいわゆる医薬特許についてみると、特許法六七条三項の規定する政令(特許法施行令一条の三の二号)に基づく薬事法一四条一、四項の規定する医薬品の製造、輸入等の承認は、当該医薬品の有効成分、効能・効果のみならず、剤形、用法、用量等を特定した品目単位で行われている(このことは、前記二認定の事実及び成立に争いのない甲第五、六号証、甲第七号証の一ないし三、甲第九、一〇号証の記載事項から認められる)が、その記載内容からみて当該医薬品の有効成分、効能・効果から当然特許発明の実施と認めるために必要なその物及び用途が特定されるから、最初に当該処分を受けた後、当該医薬品の有効成分、効能・効果以外の剤形、用法、用量等の変更の必要上、再度処分を受ける必要が生じたとしても、後の処分によって特許期間の登録延長を認めることはできないというべきである。
(2) これを本件についてみると、本件発明は、本件延長登録出願に係る処分の対象となった化合物(フマル酸ケトチフェン)を包含する化合物の製造法に係る発明であるが、サンド薬品は、ザジテン(フマル酸ケトチフェン)のアレルギー性鼻炎の用途について、昭和五九年七月二〇日、昭和六一年四月三〇日にいずれも剤形をカプセル剤として薬事法による承認を受け、次いで平成三年三月二九日に剤形を点鼻液として本件延長登録出願に係る処分である薬事法による承認を受けていることが明らかである。
してみると、本件延長登録出願は、同出願において示す処分の範囲と特許権の範囲とが前示のとおり重複していることは明らかであるが、本件発明の実施については、フマル酸ケトチフェンの用途をアレルギー性鼻炎とするカプセル剤について政令で定める処分を受けているのであるから、本件発明が実施されていることになり、有効成分が同じでありその効能・効果が同じアレルギー性鼻炎である以上、剤形を点鼻液とし、先に処分を受けたカプセル剤とは異なる品目であることにより、その実施(生産、使用、譲渡等)につき薬事法が規定する処分を改めて受ける必要があったとしても、本件延長登録出願をもって、延長登録の要件を満たすものということはできない。
したがって、審決に特許法六七条三項に規定する「特許発明の実施」についての解釈を誤った違法は存しないのであって、これと異なる見解に立つ原告の取消事由1の主張は理由がない。
四 取消事由2について
原告は、審決は、有効成分を「物」とし、治療目的としての効能を「用途」として一義的に把握しているが、同じ有効成分を含有する医薬品製剤であっても、薬事法の取扱いと同様に錠剤、カプセル剤、点鼻液等はそれぞれ別の「物」とみるべきであり、また、剤形が変われば「用途」は異なるものと把握すべきであるから、審決の前記判断は誤りであると主張する。
しかしながら、特許法六八条の二は、前述の特許権延長制度の趣旨に照らし、存続期間が延長された後の特許権の効力を、処分の対象となった物を、その処分において特定の用途が定められている場合にあっては、その処分において定められた特定の用途について実施する場合のみを「特許発明の実施」と認め、特許権延長の効力を当該特許発明の実施以外の行為に及ばないと規定したものである。これを薬事法一四条一、四項の規定する医薬品の製造、輸入等の承認についてみた場合、当該医薬品の有効成分、効能・効果から当然特許発明の実施と認めるために必要なその物及び用途が特定されること前述のとおりであるから、同じ有効成分を含有する製剤であれば、剤形に錠剤、カプセル剤、点鼻液等の違いがあってもそれぞれ別の「物」「用途」とみることなく、いずれの剤形についても延長後の特許権の効力が及ぶとともに、既に特許発明の実施と認められる処分がなされている以上、剤形を異にする医薬品について薬事法の定める処分が必要とされるからといって、これを別の「物」「用途」についての特許発明の実施とみるべき理由はない。
したがって、審決に、医薬品における「物」又は「用途」についての把握を誤った違法はないから、原告の取消事由2の主張は採用できない。
五 取消事由3について
原告は、本件発明についての薬事法による承認は、特許期間の延長制度が創設されてから初めてのアレルギー性鼻炎についてのものであるから、本件延長登録出願は最初の延長登録出願として取扱うべきであると主張する。
しかしながら、特許権延長登録制度は、特許権存続期間中における特許権者の保護と権利期間満了後の第三者の利用の調和を図る特許制度の根幹に関わる特許期間に例外を設けたものであり、この法律効果を遡及適用することは、過去に生じた具体的な権利義務関係に重大な影響を及ぼすことから、本制度の導入に際して格別の経過措置も設けられていなかったものと解するのが相当である。
したがって、本件延長出願は最初の延長登録出願として取扱うべきであるとする原告の取消事由3の主張は理由がない。
六 以上のとおりであるから、原告主張の審決の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法は存しない。
七 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、九六条二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
口頭弁論終結の日 平成一〇年二月一九日
(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)