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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)16号 判決 1997年7月16日

名古屋市瑞穂区下坂町2丁目36番地

原告

株式会社国盛化学

代表者代表取締役

塩谷陽右

訴訟代理人弁理士

伊藤研一

東京都目黒区上目黒1丁目7番15号

被告

株式会社不二工機製作所

代表者代表取締役

横山隆吉

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

坪井淳

中村誠

布施田勝正

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とずる。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第23551号事件について、平成6年11月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「液体排出用のポンプ」とする実用新案登録第1980208号考案(昭和58年4月4日出願、平成3年7月30日出願公告、平成5年8月27日設定登録。以下「本件考案」という。)実用新案権者である。

原告は、平成5年12月15日、被告を被請求人として、上記実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第23551号事件として審理したうえ、平成6年11月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月22日、原告に送達された。

2  本件考案の要旨

内面を漸次直径を増加する曲面となし、この曲面の小径側に吸込口を、大径側に章出口を有するポンプ本体と、このポンプ本体の上部に設けたカバーと、前記曲面に接しないような間隙でポンプ本体内の上方よりの駆動軸で回転する羽根とを有し、前記カバーの羽根駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け、駆動軸のまわりの液体の回転運動によってポンプ本体内に等圧面が回転放物線で近似出来る自由表面を形成し、ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つと共に、この空隙は気体流入部に連通されている構造の液体排出用のポンプ。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、(1)本件考案の昭和59年9月20日付け、昭和62年4月24日付け、昭和63年9月2日付け、平成3年4月5日付け、平成4年8月31日付けの各手続補正、(以下、これらの補正をそれぞれ「第1次補正」~「第5次補正」という。)には、違法はない、(2)昭和39年2月1日初版発行(平成元年12月25日第24版発行)仲嶋正之著「初学者のための水力学と流体機械 実用機械光学文庫20」理工学社3-5頁(審決甲第1号証、本訴甲第15号証)、名古屋市工業研究所第312号成績書(審決甲第2号証、本訴甲第6号証)、名古屋市工業研究所第347号成績書(審決甲第3号証、本訴甲第7号証)、名古屋市工業研究所第210号成績書(審決甲第4号証、本訴甲第8号証)の記載によっても、本件考案が自然法則に反するので実用新案法3条柱書きの考案には該当しないとすることはできないし、また、同法5条3項又は4項(いずれも平成2年法律第30号による改正前のもの)の規定に違反しているということもできない、(3)本件考案は、特公昭47-43241号公報(審決甲第5号証、本訴甲第12号証、以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例考案1」という。)、米国特許第2301722号明細書(審決甲第6号証、本訴甲第17号証、以下「引用例2」といい、そこに記載された考案を「引用例考案2」という。)に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易になし得るものであるとすることはできない、したがって、請求人(本訴原告)の主張する理由及び証拠方法によっては、本件考案の登録を無効にすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の第2次~第5次補正における補正事項に関する判断(審決書8頁11行~10頁4行、11頁13行~12頁2行)、引用例1(本訴甲第12号証)、引用例2(同第17号証)の記載事項の認定(審決書22頁9~78行、24頁2~17行)は認め、その余は争う。

審決は、被告(審判被請求人)が昭和59年9月20日付け手続補正書(甲第18号証)においてした補正(以下「本件補正」という。)が要旨を変更するものであるのに、これを要旨変更でないと誤って判断し(取消事由1)、本件考案のポンプの基本的原理が自然法則に反しないものと誤って判断し(取消事由2)、引用例考案1及び2は「自由表面」を形成していないと誤認した結果、本件考案がこれらの考案からきわめて容易になし得たものではないと誤って判断した(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(無効理由(1)についての判断の誤り)

被告は、本件補正において、出願当初の明細書の「小孔」に「小間隙」を含ませる旨の補正をすることにより、本件考案の基本的技術思想と異なる事項を追加し、要旨を変更する補正を行った。その結果、本件出願の出願日は本件補正がされた昭和59年9月20日に繰り下がり、本件考案は、昭和58年9月20日に出願された特開昭60-66033号公報(本訴甲第20号証、審決甲第9号証、以下「引用例3」といい、そこに記載された考案を「引用例考案3」という。)記載の考案と同一であるから、無効とされるべきである。

(1)  本件考案の出願当初の明細書及び図面(甲第4号証、以下、図面も含めて「当初明細書」という。)に記載された考案は、同明細書の第1図に示すような従来からの不完全密閉形のドレーンポンプでは汚れたドレーンを吹き出すことがあるので、これを防止するため、完全密閉形のポンプにするとともに、完全密閉形ポンプにおいても揚水を可能にするために「小孔」を設けたことを基本的技術思想とするものである。このことは、被告(審判被請求人)自らが、平成4年8月31日付け実用新案登録異議答弁書(甲第21号証3頁13行~4頁第8行)及び平成6年6月14日付け審判事件答弁書(甲第5号証3頁)において認めるところである。

このような考案のポンプに対し、駆動軸のボス部とカバーとの間に「小間隙」を設けると、当初明細書の第1図に示される間隙からドレーンを吹き出し可能な従来からの不完全密閉形のポンプとなってしまう。

したがって、当初明細書に記載された「小孔」に「小間隙」を含ませる旨の本件補正は、完全密閉形を要旨とする当初明細書に記載された考案のポンプに不完全密閉形のポンプを含ませるものであり、本件考案の前記基本的技術思想と矛盾することになり、要旨の変更となる。しかも、当初明細書に記載された「小孔」は、空気を流入させるためのものであり、本件補正後の「小間隙」は、空気を排出させるためのものであるから、機能としても矛盾するものである。

審決は、当初明細書の第1図に示す「小間隙」が周知技術であることも勘案すると、本件考案の「小孔」の記載から「小間隙」を考え得ることは自明であると認定した(審決書10頁17行~11頁6行)が、同第1図に示すポンプと本件考案のポンプとは、上記のとおり密閉形式が全く相違するものであるから、不完全密閉形のポンプにおいて周知であるとする「小間隙」を、本来「小間隙」を設けないことを特徴とする完全密閉形のポンプにおいても周知であるとする判断は、誤りである。

(2)  以上のとおり、本件補正は要旨変更であるから、本件考案の出願日は補正がされた昭和59年9月20日に繰り下がる結果、補正後の考案は引用例3(甲第20号証)に記載された排水装置(ドレーンポンプ)と実質的に同一であるため、その登録は無効とされるべきである。

すなわち、引用例考案3は「従来の問題点であるモータの運転率、回転体による回収量を個々に検討せず排水量が多くなった時回収量を自動的に多くしある一定水位まで下がった場合に回収量を低下させることができるようにして効率の良い排水が行える排水装置」の提供を目的として、回転体を改良したものであるが、その改良の元となるものは「ドレン水内に浸漬された回転体をモータにて回転させ、該回転体の遠心力を利用してドレン水をはね上げる、いわゆる遠心式ポンプ」であるから、本件考案と同様の構成及び作用を有するものである。なお、上記「遠心力を利用してドレン水をはね上げる」との記載は、遠心ポンプにおける「吸い上げる」「押し上げる」という2つの機能を、「はね上げる」と表現したに過ぎない。

また、引用例考案3は、本件考案の「吸込口」に相当する「入口開口(端)」を備え、基本的には遠心ポンプのポンプ作用で、くみ上げ部によりドレン水を排水可能とするものである。そしてその基本となる遠心ポンプ作用とは、羽根の回転に伴ってポンプ室内に自由表面を形成して揚水するポンプ原理によるものであるから、このことからも、「自由表面」が本件考案の特有原理ではなく、遠心ポンプにおいて自明の原理であることが明らかである。さらに、引用例考案3は、ドレンケースにおける回転軸回りに隙間を有しているため、本件考案のポンプ原理が正しいのであれば、同様に「自由表面」を形成する際に上記隙間から空気を流入させることになり、本件考案と作用効果も一致している。

被告は、引用例考案3は「自由表面を形成する」要件を備えていないと主張するが、本件考案の当初明細書には、「自由表面」が一切記載されていないにもかかわらず、第2次次補正(甲第19号証)によりこれを追加した経緯からみれば、ポンプ原理が本件考案と同様のものである引用例考案3においても、「自由表面を形成する」ことが自明な技術的事項にすぎないことは明らかである。

2  取消事由2(無効理由(2)についての判断の誤り)

本件考案のポンプが、その定常運転時にポンプ本体内に空気を流入させても揚水するものであることは認めるが、本件考案は、その運転開始直後から常に空気を流入させて揚水することをポンプ原理とするものである。しかし、本件考案を実施したポンプF型は、少なくとも運転開始直後にポンプ本体内の空気を排出しないと、揚水不能である。したがって、本件考案の上記基本的原理は、実施不能であって自然法則に反するものである。

この点について、被告自身が、別件訴訟の準備書面(甲第27号証)で、「運転開始直後は、ポンプ本体内に流入したドレーンがポンプ本体内の空気を物理的に押し上げるので、一時的に空気が排出されることになる。」(同号証8頁)と述べ、本件考案のポンプが運転開始直後にポンプ本体内から空気を排出する事実を認めている。また、名古屋市工業研究所第347号成績書(本訴甲第7号証、審決甲第3号証)及び原告が財団法人化学品検査協会に依頼した試験に基づく平成8年9月19日付け試験報告書(甲第25号証)の試験No.3及び平成8年10月30日付け同報告書(甲第29号証)の試験No.2からも、本件考案を実施したポンプF型が、運転開始後にポンプ本体内の空気を排出しないと揚水不能であることが明らかである。また、上記平成8年9月19日付け試験報告書の試験No.5~No.8によれば、上記ポンプF型を運転して揚水を確認した後、開閉弁を「閉」にした直後の圧力が(-)側及び(+)側の間で変化しており、ポンプ本体に対して空気が流入したり流出しだりしていることが認められるから、全ての揚水可能状態において空気流入作用を有するものでないことが明らかである。

また、本件考案においては、「空気を吸込んでもポンプ機能を低下しないという特有の効果」を有するものとされるが、本件考案を実施したポンプF型においては、空気流入によりポンプ機能が悪影響を受けており、この点においても自然法則に反している。

すなわち、上記成績書(甲第7号証)の実験装置は始動時から空気が充分に流入できる構造であるが、定常運転の際に開閉弁を「開」にした場合の試験結果は、開閉弁を「閉」にして空気を流入不能にした場合の試験結果に比べてポンプ機能としての吐出流量が大きく減少しており、ポンプ機能が低下しないとする作用効果について再現性がないから、自然法則に反している。

3  取消事由3(無効理由(3)についての判断の誤り)

本件考案の構成要件である「回転放物面で近似できる自由表面」は、昭和59年12月25日改訂版第1刷発行(平成5年9月1日同版第11刷発行)国清行夫ほか2名著「最新機械工学シリーズ6 水力学(改訂・SI版)」森北出版株式会社43~45頁(本訴甲第13号証、審決甲第7号証)に記載されているように、遠心ポンプ一般においてみられる現象であって本件考案を特徴づけるものではなく、本件考案は、引用例考案1及び2からきわめて容易になしえたものである。

(1)  審決は、仲嶋正之著「初学者のための水力学と流体機械 実用機械光学文庫20」(本訴甲第15号証、審決甲第1号証)の3.5図に遠心ポンプにおける一般的現象として自由表面が形成されることを認めており(審決書9頁13~15行)、他方、前掲「最新機械工学シリーズ6 水力学(改訂・SI版)」には、遠心ポンプの一般的事項についての直接の記載はないが、流体力学の基礎式に関する公理が記載されるとともに「液面は回転放物面」との記載があり、昭和59年9月20日第4版第8刷発行・梶原滋美著「ポンプとその使用法」丸善株式会社27~28頁(甲第16号証)によれば、周知例に記載された事項が遠心ポンプの運動原理に関する公理と同一であると認められるから、周知例には、遠心ポンプにおいても自由表面が形成されることが記載されているということができる。

(2)  本件考案は、運転開始時にポンプ本体内に空気を流入させて所定の揚程を得ることを揚水原理の一部としているが、引用例考案1のポンプも、揚水開始時においては内壁内に被吐出物が溜まっていないため、開口が大気に連通して空気が流入可能な状態になっていることが推測される。この意味において引用例考案1のポンプと本件考案とは揚水開始時における作用が一致している。そして、引用例考案1のポンプは、揚水途中においては開口が被吐出物で閉鎖されて空気の流入が不可能になっているが、引用例1の第3図あるいは本件明細書及び図面(甲第1号証、以下、図面も含めて「本件明細書」という。)の第1図に示されるように、被吐出物を排出させるための吐出口をポンプ本体上部に設けることが一般に周知である以上、引用例考案1において、吐出物を溜める内壁の代わりにポンプ本体上部に吐出口を設け、開口の開放状態を保って空気の流入を可能とする構成を、当業者は容易に想定できるものである。

(3)  引用例考案2は、水銀を汲み上げるという特殊用途のポンプであるが、本件考案のように水(ドレーン)の揚水にも当然使用できるものであり、その場合には、水が水銀に比べて低比重であるため、回転羽根は回転抵抗が少なくなって高速回転してポンプ本体から水を飛び出させることが推測される。このような場合、引用例1(甲第12号証)及び本件明細書(甲第1号証)に示されるような、周知の駆動軸回りに間隙を有したカバー及び吐出孔を引用例考案2に設けれることは、容易に考えられることであり、その結果、当業者は本件考案をきわめて容易に想起できることとなる。

以上のとおり、審決が、引用例1は、その第1図に示すケーシングが流体で満たされているため、自由表面でドレーンと混合して吐出される空気を気体流入部から補給して揚水する点について何ら記載及び示唆されていないし、本件考案の構成要件である「回転放物面で近似できる自由表面」は、前掲「最新機械工学シリーズ6水力学(改訂・SI版)」(甲第13号証)をみても、遠心ポンプ一般のポンプ本体内で自由表面が形成される点が記載されていないから、本件考案は、引用例考案1に基づいてきわめて容易になしうるものであるとすることはできず、また、引用例考案2は、汲み上げる対象が水銀であるためカバーを付加する必要がなく、空気が液(水銀)と混ざって吐出されるものではないから、カバーに「気体流入部」を設ける必要性が存在しないので、本件考案は、引用例考案2からきわめて容易になしうるものとすることができないと判断したこと(審決書22頁19行~24頁1行、24頁17行~25頁14行)は、いずれも誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本件考案のポンプは、その出願当初から、積極的に大気が流入できることを前提として、ドレーンの噴出による汚染及び塵埃の侵入を防止し、騒音を抑制するに必要な状態にしてカバーを設けたものである。したがって、原告が、本件考案の明細書のみならず審決書においても用いられていない「完全密閉形ポンプ」「不完全密閉形ポンプ」という概念を用いて、「小孔」に「小間隙」を含ませる補正は、当初明細書に記載された完全密閉形のポンプの考案を、不完全密閉形のポンプへ変更する新規事項の追加であると主張することは、誤りである。

しかも、当初明細書に記載された「小孔」は、空気を流入させるためのものであり、回転羽根のボス部とカバーとの間に設けた「小間隙」においても、ポンプ本体内と大気を連通するものであって、羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させるものであるから、機能としても同様のものである。

したがって、本件補正は、要旨の変更に当たるものではなく、審決の認定判断(審決書10頁17行~11頁12行)に、誤りはない。

(2)  仮に、本件補正が要旨変更に当たるとしても、本件考案は引用例考案3とは実質的に同一ではないから、本件考案の実用新案登録が無効になることはない。

すなわち、引用例考案3は、本件考案の要旨である、吸込口に相当する構成、ポンプ本体内に等圧面が回転放物線で近似出来る自由表面を形成すること、そのために曲面に接しないような間隙でポンプ本体内の上方よりの駆動軸で回転する羽根を有することを、いずれも備えていない。しかも、引用例考案3は、回転体の回転によりドレーン水が回転体の吸込用開口から吸い込まれ、回転体の汲み上げ溝を介して上昇して、外部に排出されるものであるから、本件考案とは作用効果も全く異なるものである。

2  取消事由2について

本件考案は、その運転開始後から常に空気を流入させて揚水することを考案の要件とするものではない。むしろ、本件明細書の詳細な説明では、本件考案の気体流入部がドレーンの排出に伴って空気を吸い込むものであることを明示している。したがって、原告の主張はその根拠を欠き、到底成り立たない。

また、原告が提出する各種の実験報告は、いずれも本件考案の構造とは異なるものであるから、その結果から、本件考案が自然法則に反しているとの結論を導くことはできない。

そうすると、本件考案が実用新案法3条柱書きの規定に反しているとすることができず、また、実用新案法5条4項及び5項の規定に反しているともすることができないとした審決の認定判断(審決書12頁12行~19頁5行)に、誤りはない。

3  取消事由3について

(1)  本件考案のように、ポンプ本体内に空気等の気体を積極的に流入させて液体の排出中は形成された自由表面を維持するとした基本的技術思想は、原告の挙げる前掲「最新機械工学シリーズ6水力学(改訂・SI版)」(甲第13号証)その他の技術文献(甲第15、第16号証)のいずれにも開示されるものではない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書23頁6~18行)に、誤りはない。

(2)  引用例1には、本件考案の作動原理の基本となる、液体の回転運動により形成される自由表面でドレーンと混合されて吐出される空気を気体流入部から補給することによって、形成された自由表面を維持しながらドレーンの吐出を行うことについては、何らの記載も示唆もないのである。

引用例考案1の固体混合液用ポンプは、発明の名称からも明らかなように、土砂、石炭、木片、繊維状物、布、魚類等の軟硬様の混合汚物が混合している液体を、パイプ輸送するために用いられるものである。このポンプにおいて、吸入口より吸い込まれた混合汚物は、回転車の回転により発生する遠心力によってケーシングの内壁面に跳ね飛ばされて円錐螺旋状面にそって旋回しながら移動し、渦状吐出ケーシング内に到達し、更に吐出口へと移動するものであり、本件考案とは、その作用効果を全く異にするものである。

そうすると、本件考案が引用例考案1に基づいてきわめて容易になしうるものとすることはできないとした審決の判断(審決書23頁18行~24頁1行)に、誤りはない。

(3)  引用例考案2のポンプは、水銀の表面の乱れを最小に抑えるために、水銀の攪拌を避けるように設計することを基本としており、その回転羽根の回転も低速回転としているので、騒音や液体の噴出による汚染は考えられていないから、カバーの必要性は全くないものである。

したがって、仮にポンプの駆動軸回りに間隙を有したカバーを設けることが周知であるとしても、引用例考案2に当該カバーを設けることは、当業者にとってきわめて容易になし得るものではなく、まして、駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設ける必要性は全く認められない。

そうすると、本件考案が引用例考案2に基づいてきわめて容易になしうるものではないとした審決の判断(審決書25頁11~14行)に、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(無効理由(1)についての判断の誤り)について

本件補正は、当初明細書の考案の詳細な説明の項の「・・・も良い。」(甲第4号証明細書5頁4行)の次に「更に前記の小孔19は回転羽根15のボス部とカバ18との間の小間隙としても効果は変らない。」との記載を追加するものであり、本件補正により当初明細書の実用新案登録請求の範囲が補正されていないことは、当事者間に争いがない。

当初明細書(甲第4号証明細書)の実用新案登録請求の範囲には、「内面を漸次直径を増加する曲面となし、この曲面の小径側に吸込口を、大径側に吐出口を有するポンプ本体と、この曲面に接しないような間隙でポンプ本体内で回転する羽根とを有し、この羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる小孔を有する流体ポンプ。」と記載され、考案の詳細な説明には、「本案によって解決しようとする技術的課題はポンプ本体を特殊な形状とし、ポンプを停止してもドレーン内の塵埃がポンプ本体内に溜らないようにしたものである。このような技術的課題を解決する為に本案は次のような技術的手段を採る。即ち本案は吸込口から吐出口にかけてポンプ本体の内面を漸時径を大にした曲面とし、この曲面内にて曲面に対し、適宜小間隙を介して回転する羽根を設け、更にこの羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる小孔を設けている。」(同2頁2~12行)、「ポンプ本体11の上部にはカバ18を設け、このカバに大気とポンプ本体内とを連通する小孔19を設けている。ドレーンの液面は回転羽根15の先端に達しているものとする。今モータ17を回転すると、回転羽根15はポンプ本体11内に於て駆動軸16を介して回転し、ドレーンを吸込口12より吸い上げ吐出口13より吐出する。然してドレーンはポンプ本体11内を上昇する間に速度を増し、圧力ヘッドが速度ヘッドに変換され、羽根の中心部は略々揚程に相当する負圧となる。この時カバ18に設けられた小孔19から大気がポンプ本体11内に吸込まれる為ポンプは所定の揚程を保ちドレーンは何ら支障なく吐出口13より吐出される。」(同3頁16行~4頁11行)との記載がある。

これらの記載及び当初明細書の本件考案の実施例を示す第2図に、ポンプ本体上面のカバ18を貫通する駆動軸16の近傍に、カバ18を貫通してポンプ本体内と外気を連通する小孔19が記載されていることからすると、当初明細書に記載された本件考案は、ポンプを停止してもドレーン内の塵埃がポンプ本体内に溜まらないようにするため、吸込口から吐出口にかけてポンプ本体の内面を漸次直径を増加する曲面としたものであり、モータを回転すると駆動軸を介して回転羽根がポンプ本体内で回転し、回転羽根の先端に液面が達していたドレーンを吸込口から吸い上げ、吐出口から吐出するものであり、この場合ドレーンは、ポンプ本体内を上昇する間に速度を増し、羽根の中心部はほぼ揚程に相当する負圧となるが、カバーに設けられた小孔から大気がポンプ本体内に吸い込まれ、ポンプ本体内を大気圧に保つため、ポンプは所定の揚程を保ちドレーンを支障なく吐出するものであると認められる。

したがって、当初明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された「大気を流入させる小孔」とは、所定の揚程を保つため、カバーを貫通してポンプ本体内の羽根の中心部の負圧領域と外気を連通させ、大気をポンプ本体内に吸い込むためのものであり、その「孔」としての形状は特定されているわけではなく、その位置も「駆動軸の近傍」であればよく、カバーと駆動軸との接触する部分を排除しているものではないと認められる。

他方、本件補正における「小間隙」とは、文理上、物と物との間のわずかな隙間であることが明らかであり、これを回転羽根のボス部とカバーの間に設けることにより、ポンプ本体内の羽根の中心部の負圧領域と外気とが連通され、大気をポンプ本体内に吸い込むことになるものと認められる。

そうすると、当初明細書の実用新案登録請求の範囲の「駆動軸近傍の大気を流入させる小孔」は、「回転羽根のボス部とカバとの間の小間隙」を除外するものでなく、両者は、ポンプ本体内と外気とを連通させ、大気をポンプ本体内に流入させる点において、同一の作用効果を有するものと認められ、本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものではないと認められる。

原告は、本件補正は、完全密閉形を要旨とする当初明細書に記載された考案のポンプに不完全密閉形のポンプを含ませるものであると主張するが、当初明細書に記載された考案は、「駆動軸近傍の大気を流入させる小孔」との構成を有するものであり、完全密閉形のポンプを要旨とするものではないから、原告の主張は、その前提において誤りであり、採用できない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、取消事由1に関する原告の主張は採用できず、審決の認定判断(審決書10頁17行~11頁12行)に、誤りはない。

2  取消事由2(無効理由(2)についての判断の誤り)について

前示本件考案の要旨、本件考案のポンプが、その定常運転時にポンプ本体内に空気を流入させても、所定の揚程を得ることができるものであることは、当事者間に争いがない。

本件明細書(甲第1号証)には、「空調機等のドレーンには土或は綿等の塵埃が含まれて居り、このような塵埃がポンプを停止すると、ポンプ本体の溜り部分5に溜り次の起動時に回羽根をかじり、甚しい時は回転羽根を損傷することがあつた。又このようなポンプにあつてはポンプ内の空気を排出しないと所定の揚程は得られなかつた。本案によつて解決しようとする技術的課題はポンプ本体を特殊な形状とし、ポンプを回転すると共に、ポンプ本体内に空気を流入して所定の揚程を得るようにしたものである。(同号証1欄20行~2欄7行)、「モータ駆動軸を介して回転羽根を回転させると、ドレーンは駆動軸のまわりの回転運動によつて生じる回転放物面をポンプ内に形成して吸込口より吸い上げられ、空気を流入して吐出口より所望個所に吐出される。然して、羽根15が回転すると自由表面の境界で液と空気が混じり、空気の一部は気泡となつてドレーンと共に吐出される。このため所定の自由表面即ち揚程を得るためには常に気体流入部19から空気の補給が必要である。」(同2欄20行~2頁3欄7行)、「気体流入部より導入された空気は回転羽根の先端まで空気を連通し、ポンプ内に自由表面(強制渦運動による回転放物面)が作られる。」(同欄25~28行)、「然も本案ポンプによる時は空気を吸込んでもポンプ機能を低下しないという特有の効果を有する。」(同4欄25~27行)との記載がある。

そして、水力学に関する一般的文献である「最新機械工学シリーズ6水力学(改訂・SI版)(甲第13号証)には、鉛直軸のまわりの回転運動として、「図2.20のように円筒形の容器に深さhまで液体を入れて、中心軸のまわりに角速度ωで回転させるときの液面ならびに液体中の圧力を考えてみる。この場合も、液体は回転を始めてからまもなく、ちょうど固体のように回転して相対的静止の状態に達するから、流体静力学の基礎式が適用できる。このような液体の運動を強制うず運動(forced vortex motion)という。・・・すなわち液面は回転放物面(paraboloid of revolution)であることがわかる。」(同号証43頁19行~44頁21行)との記載があり、この記載によれば、筒形の容器に入れた液体を中心軸のまわりに回転させると液面に回転放物面が形成されることが認められ、昭和39年2月1日初版発行(平成元年12月25日第24版発行)・仲嶋正之著「初学者のための水力学と流体機械 実用機械光学文庫20」理工学社(甲第15号証)、昭和59年9月20日第4版第8刷発行(昭和40年10月5日初版発行)・梶原滋美著「ポンプとその使用法」丸善株式会社(甲第16号証)にも同旨の記載がある。

本件明細書及び上記技術文献の記載によれば、本件考案のポンプは、ポンプ停止時にドレーンに含まれる塵埃が溜まり、回転羽根が損傷等することと、ポンプ内の空気を排出しないと所定の揚程を得られないという従来技術の問題点を解決するために、前示本件考案の構成を採用し、ポンプ本体の内面を漸次直径を増加する曲面形状とするとともに、ポンプを回転する際にポンプ本体内に空気を流入させるようにしたものであり、これにより、ポンプ本体内に溜まり部が存在しないことにより、ポンプ停止時に塵埃がポンプ本体内に溜まることがなく、また、羽根の回転によりドレーンに遠心力を与え、強制渦運動による回転放物面すなわち自由表面を形成し、所定の揚程を得るとともに、ポンプ本体内の空気の一部がドレーンと共に吐出されても、気体流入部からの空気の流入によりポンプ本体内を大気圧に保つようにしたものと認められる。すなわち、本件考案は、従来周知の揚水ポンプでは、ポンプ本体内に空気を吸い込むと揚水不能となるか著しい機能低下が起こるとされていたことと比較して、ポンプ本体内に空気を流入させても、所定の揚程を得ることができるようにしたものと認められる。

原告は、本件考案はその運転開始直後から常に空気を流入させて揚水することをポンプ原理とするものであるが、運転開始直後にポンプ本体内の空気を排出しないと揚水不能となるから、実施不能であって自然法則に反すると主張する。しかし、本件考案の揚水原理は前示のとおりであって、運転開始時に回転羽根の先端が液面に達している限りにおいて前示揚水原理により揚水できるものであり、この場合、運転開始直後にポンプ本体内の空気を排出しなくとも揚水可能であることは明らかであるから、原告の主張は採用できない。

また、原告は、本件考案は、本件明細書に記載されているように、「空気を吸込んでもポンプ機能を低下しないという特有の効果を有する」(甲第1号証4欄25~27行)ことを特徴としていながら、ポンプ運転中に空気を流入させると、空気を流入させない場合に比較し、揚水機能が低下しているから、自然法則に反すると主張する。

しかし、本件考案は、前示のとおり、従来周知の揚水ポンプがポンプ本体内に空気を吸い込むと揚水不能となるか著しい機能低下が起こるとされていたのに比較し、空気をポンプ本体内に流入させても所定の揚程を得ることができる点に特徴を有するものであり、本件明細書の上記記載はこのことをいうにすぎないことは明らかである。また、本件考案は、ポンプ本体内に空気を流入させる構成であるから、空気を流入させない場合と流入させた場合を比較して揚水機能の差異を論じても意味のないことであり、原告の上記主張は、それ自体失当である。

原告の援用する成績書(甲第6~第11号証)及び試験報告書(甲第25、第29号証)は、以上の判断を覆すに足りるものとは認められない。

したがって、本件考案が実用新案法3条柱書きの規定に反しているとすることができず、また、実用新案法5条4項及び5項の規定に反しているともすることができないとした審決の認定判断(審決書12頁12行~19頁5行)に、誤りはない。

3  取消事由3(無効理由(3)についての判断の誤り)について

審決の理由中、引用例1及び2の記載事項の認定は、当事者間に争いがない。

引用例1(甲第12号証)には、「本発明ポンプの回転車1は、その入口側円錐面6をなし、その上部は円筒面9をなすように形成され、この回転車1が高速回転することにより、その外周に発生する半径方向の遠心力Hによつてケーシング2の内壁と回転車1の外周面6との間の上昇流路3および水平流路8内に吸入された液体に高速回転による遠心力を与える。このため流路3、8内の固形物は連続的にケーシング2の内壁4および5に押しつけられ、重量の重い固形物程ケーシング2の螺線状内壁に沿つて流水Fとなつて上昇し、吐出口11へと移動する。更に第3図、第4図においてよくわかるように吸入口10より吸込まれた混合汚物は回転車1の回転により発生する遠心力によつてケーシングの内壁面4に跳ね飛ばされて円錐螺線状面にそつて旋回しながら移動し、渦状吐出ケーシング内5に到達し、更に吐出口へと移動する。」(同号証1頁1欄29行~2欄16行)と記載されているが、本件考案の「羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け」る構成については、何らの言及はなく、その図面にも、気体流入部に該当する構成は記載されていない。

この引用例1の内容からすると、引用例考案1は、その固体混合液に混じってポンプ本体内の空気が吐出されても、新たに空気をポンプ本体内に流入するという技術思想はないものと認められ、本件考案とその技術思想及び構成を異にするものであると認められる。

また、引用例2(甲第17号証)には、「本発明は、例えば塩素と焼灼剤の製造のための水銀陰極電解槽の作用に見出される高さのような比較的小さな高さを通して水銀(私が用いるこの用語は純粋な水銀だけではなく液状のアマルガムも含む)を持ち上げることに関する。・・・空気と接触状態のアマルガムを攪拌すると、水銀に溶解した金属を酸化し、従ってその上に浮きかす酸化物を形成する傾向がある。過剰に酸化すると、アマルガムが大部分その連続的な液状の性質を失う。・・・この理由のために、水銀ポンプは水銀の攪拌をできるだけ少なくして低い速度で作動し、大きな開口を有しそして容易に掻除できなければならない。私が発明した水銀ポンプはこれらの必要条件を果たしかつ本発明の方法で好都合に用いることができる」(同号証訳文1頁3行~2頁5行)、「本発明の水銀ポンプは、室またはボールと、水銀を室の下部に供給するための手段(例えば、溝)と、水銀体の中心部分が押し下げられると共に表面部分が持ち上げられるようにボール内の水銀たまりにほぼ垂直な軸心を中心とする回転を与えるための手段(例えば、回転可能な水掻き羽根車)と、水銀の回転体の持ち上げられた外側部分からの溢流により水銀をボールから排出するための手段とからなる。前述したように、ボールまたは室内で側方に限られた水銀体が回転されたときに、水銀体の表面部分がほぼ回転放物面の形を取り、その上縁はボールのリムにおける溢流に隣接していてかつボールへ流れこむ水銀のレベルまたは「ヘッド」より実質的に上にある。回転により水銀に与えられる遠心力により、ボールであふれる水銀が持ち上げられる。ポンプ室内の作用が第一に回転の作用でなければならない。攪拌は、水銀の表面に最小の乱流があるように最小でなければならない。ポンプの通常の作動で水銀の露出面が比較的滑らかなままでかつ乱されないままであるので、アマルガムに溶解された金属の酸化の傾向は最小に減らされる。」(同2頁17行~3頁18行)と記載されている。

これらの記載及びその図面によれば、引用例考案2は、水銀(液状のアマルガムを含む。以下同じ。)のみを対象とする特殊なポンプであり、回転により、水銀の表面が回転放物面の自由表面を形成するとともに、水銀が持ち上げられて吐出するものであるが、攪拌により空気と水銀とが混じることを最小限に抑えることが必要とされるものであって、本件考案の「羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け」る構成については、何らの言及はなく、その図面にも、気体流入部に該当する構成は記載されていない。

この引用例2の内容からすると、引用例考案2は、ポンプ本体内に空気を積極的に流入させようとする技術思想はないものと認められ、本件考案とその技術思想及び構成を異にするものであると認められる。

そうすると、本件考案が筒形の容器に入れた液体を中心軸のまわりに回転させると液面に回転放物面が形成されるという周知の技術事項を前提とする考案であるとしても、本件考案とその技術思想及び構成を異にする引用例考案1及び2から、本件考案の構成を想到することがきわめて容易であるということは、なおできないといわなければならず、本件全証拠によっても、これがきわめて容易にできることを根拠づける資料は見当たらない。

したがって、本件考案は引用例考案1及び2並びに周知技術に基づいて当業者がきわめて容易になしうるものとすることはできないとした審決の判断(審決書27頁7~10行)に、誤りはない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第23551号

平成6年審判第3447号

審決

平成5年審判第23551号

名古屋市瑠穂区下坂町2丁目36番地

請求人 株式会社国盛化学

愛知県名古屋市南区平子2丁目19番17号

代理人弁理士 伊藤研一

東京都目黒区上目黒1丁目7番15号

被請求人 株式会社不二工機製作所

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 鈴江武彦

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 村松貞男

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 坪井淳

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 橋本良郎

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 布施田勝正

平成6年審判第3447号

東京都大田区池上5丁目23番13号

請求人 太産工業株式会社

東京都渋谷区恵比寿二丁目36番13号 広尾SKビル4階

代理人弁護士 秋吉稔弘

東京都渋谷区恵比寿2丁目36番13号 広尾SKピル4階 瀧野国際特許事務所

代理人弁理士 瀧野秀雄

東京都渋谷区恵比寿2丁目36-13 広尾SKビル4階 瀧野国際特許事務所

代理人弁理士 草野敏

東京都目黒区上目黒1丁目7番15号

被請求人 株式会社不二工機製作所

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 鈴江武彦

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 村松貞男

東京都千代田区霞が関3丁目7書2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 坪井淳

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 橋本良郎

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 布施田勝正

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は請求人の負担とする。

理由

[1]本件登録第1980208号実用新案(以下、本件考案という。)は、昭和58年4月4日に実用新案登録出願され、平成3年7月30日出願公告(実公平3-35915号)がされた後、その登録は平成5年8月27日に設定の登録がなされたもので、その考案の要旨は、出願公告後の平成4年8月31日付け手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの

「内面を漸次直径を増加する曲面となし、この曲面の小径側に吸込口を、大径側に吐出口を有するポンプ本体と、このポンプ本体の上部に設けたカバーと、前記曲面に接しないような間隙でポンプ本体内の上方よりの駆動軸で回転する羽根とを有し、前記カバーの羽根駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け、駆動軸のまわりの液体の回転運動によってポンプ本体内に等圧面が回転放物面で近似出来る自由表面を形成し、ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つと共に、この空隙は気体流入部に連通されている構造の液体排出用のポンプ。」にあるものと認める。

[2]これに対し、請求人 株式会社国盛化学は、甲第1号証(仲嶋正之「初学者のための水力学と流体機械 実用機械工学文庫20」(昭39-2-1第1版発行、昭64-12-25第24版発行)理工学社3-5頁)

甲第2号証ないし甲第4号証(いずれも名古屋市工業研究所の成績書)

甲第5号証(特公昭47-43241号公報)

甲第6号証(米国特許第2301722号明細書)

甲第7号証(国清行夫ほか2名著「最新機械工学シリーズ6 水力学(改訂・SI版)」(平5-9-1)森北出版(株)p.43-45)

甲第8号証(実開昭52-165302号公報)

甲第9号証(特開昭60-66033号公報)

を示し、

本件考案の登録を無効とする理由として、

(1)本件考案の昭和59年9月20日付け、同62年4月24日付け、同63年9月2日付け、及び、平成3年4月5日付けの各手続補正(以下、それぞれ、第1次補正~第4次補正という)が、明細書の要旨を変更し、また、平成4年8月31日付けの手続補正(以下、第5次補正という)が、実用新案法第13条で準用する特許法第64条の規定に違反している。したがって、

a. 上記各手続補正が却下された場合、補正前の考案は、甲第5号証、甲第8号証記載の考案に基づいて、当業者がきわめて容易になし得たものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。。

b. 第1次補正が要旨変更の場合、本件考案の出願日が、昭和59年9月20日に繰下がる結果、本件考案は、甲第9号証記載の考案の存在により、実用新案法第3条の2の規定により実用新案登録を受けることができない。

(2)甲第1号証ないし第4号証の記載によれば、本件考案は、実用新案法第3条柱書の考案に該当せず、また、同法第5条第3項又は第4項の規定に違反しており、実用新案登録を受けることができない。

(3)上記各手続補正が適法に行われたとした場合、本件考案ば、甲第5号証、第6号証記載の考案に基づいて、当業者がきわめて容易になし得たものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

旨の主張をしている。

また、請求人 太産工業株式会社は、

甲第1号証(米国特許第2301722号明細書)

甲第2号証(実公昭28-9492号公報)

甲第3号証(実公昭52-18401号公報)

甲第4号証(実願昭58-49872号(実開昭59-154897号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)

甲第5号証(仲嶋正之「初学者のための水力学と流体機械 実用機械工学文庫20」(昭39-2-1第1版発行、昭64-12-25第24版発行)理工学社3-5頁)

を示し、

本件考案の登録を無効とする理由として、

(1)第2次補正~第4次補正の各手続補正は、明細書の要旨を変更するものであって、第2次補正がなされた、昭和62年4月24日又はそれ以降の手続き補正がなされた日に、本件考案の出願日が繰下がる結果、本件考案は、甲第4号証記載の考案、または、同考案に基づいて、当業者がきわめて容易になし得た考案となり、実用新案法第3条第1項第3号に該当し実用新案登録を受けることができない、または、同法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。また、第5次補正が、実用新案法第13条で準用する特許法第64条の規定に違反している。

(2)実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案法第5条第4項又は第5項の規定に違反しており、実用新案登録を受けることができない。

(3)上記各手続補正が適法に行われたとした場合、本件考案は、甲第1号証~甲第3号証記載の考案に基づいて、当業者がきわめて容易になし得たものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

旨の主張をしている。

[3]そこで、まず、5回にわたって行われた各手続補正が、明細書の要旨を変更しているか、或いは、実用新案法第13条で準用する特許法第64条の規定に違反しているかどうかについて検討する。

両請求人が、違法な補正であると主張している点をまとめると、つぎのとおりである。

a. 「駆動軸のまわりの液体の回転運動によってポンプ本体内に等圧面が回転放物面で近似出来る自由表面を形成し、ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つと共に、この空隙は気体流入部に連通されている構造」、あるいは、「液体の回転運動により形成される自由表面でドレーンと混合し吐出される空気を、気体流入部から補給して自由表面を維持しながら揚液を行う揚水原理」については、出願当初の明細書には記載されておらず、第2次補正~第5次補正によって追加されたものである。

b. 「気体流入部」は、第2次補正で追加され、また、気体流入部としての「ボス部とカバとの間の小間隙」は、第1次補正で追加されたものであり、出願当初明細書には記載されていない。

c. 出願公告後の第5次補正において、気体流入部は、「羽根駆動軸の近傍」から「カバーの羽根駆動軸の近傍」の位置に補正されたが、「カバーの羽根駆動軸」の構成が不明瞭であり、実用新案法第13条で準用する特許法第64条第1項の要件を満たしていない。

さて、まず、上記主張a.について検討する。

出願当初の明細書第3頁第19行~第4頁第11行「ドレーンの液面は回転羽根15の先端に達しているものとする。今モータ17を回転すると、回転羽根15はポンプ本体11内に於いて駆動軸16を介して回転し、ドレーンを吸込口12より吸い上げ吐出口13より吐出する。然してドレーンはポンプ本体11内を上昇する間に速度を増し、圧力ヘッドが速度ヘッドに変換され、羽根の中心部は略々揚程に相当する負圧となる。この時カバ18に設けられた小孔19から大気がポンプ本体11内に吸い込まれる為ポンプは所定の揚程を保ちドレーンは何等支障なく吐出口13より吐出される。」には、本件考案のポンプの作動原理が記載されている。この記載のうち「羽根の中心部は略々揚程に相当する負圧となる。この時カバ18に設けられた小孔19から大気がポンプ本体11内に吸い込まれる」によれば、小孔から意識的に大気を吸い込ませることにより、羽根中心部には常に空気が存在するようになることが示唆され、そのような状態下では、ポンプ本体11内のドレーンは回転羽根15によって回転され、等圧面が回転放物面で近似できる自由表面を形成する(請求人 株式会社国盛化学が示した甲第1号証の3、5図参照)ものと認められる。また、通常の遠心ポンプでは、ポンプ本体内に空気を吸い込むことが、一般に悪影響を与える(必要ならば、日本機械学会 水力学・水力機械部門委員会編「ポンプーその設備計画・運転・保守一」(昭48-2-10)丸善(株)p.189-190の、10.5.1空気の功罪の項参照)ことからも、上記作動原理の記載が、通常の遠心ポンプのものではないことが窺われる。

したがって、上記a.の主張は失当である。

つぎに上記主張b.について検討する。

本件の出願当初の明細書及び図面には、その明細書第1頁第9行と第2頁第11行~12行とに「この羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる小孔を有する」及び第3頁第17行~18行に「このカバに大気とポンプ本体内とを連通する小孔19を設けている。」との記載があり、確かに唯一の実施例を図示するところの第2図には回転羽根5のボス部とカバ18との間の小間隙は記載されていないが、従来技術である第1図には、回転羽根のボス部とカバーとの間に小間隙が形成されている。

さらに、このように構成することが上述の外に一般のポンプでは従来周知(例えば、請求人 太産工業株式会社の示した甲第3号証の挿通部5c参照)であることをも勘案すると、上述のとおりの出願当初明細書と図面(第1図、第2図)より「このカバに大気とポンプ本体内とを連通する小孔を設け」「この羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる小孔を有し」との記載からも、回転羽根のボス部とカバーとの間の小間隙をも考え得ることは自明のことである。また、出願当初の明細書第1頁第9行と第2頁第11行~12行とに「この羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる小孔を有する」と記載されているとおり、小孔は大気を流入させるものであり、気体流入部は出願当初の明細書に記載されていたと認められる。

したがって、上記b.の主張は失当である。

つぎに上記主張c.について検討する。

本件考案の実施例を示す第2図の記載によれば、気体流入部はカバー18において、羽根駆動軸の近傍に設けられていることは明らかであり、この記載を参酌すれば「カバーの羽根駆動軸の近傍」の記載は、なんら不明瞭でなく、「カバーの羽根駆動軸」の記載も本件考案の構成を不明瞭にしているものではない。そして、「カバーの羽根駆動軸の近傍」は、請求の範囲の減縮に相当するので、上記c.の主張は失当である。

以上のとおり、上記各手続き補正には、違法は無いので、手続き補正の違法を前提とした、請求人 株式会社国盛化学の上記主張(1)、および、請求人 太産工業株式会社の上記主張(1)について、これ以上検討は行わない。

[4]つぎに、本件考案が実用新案法第3条柱書の考案に該当しないかどうか、また、同法第5条第3項又は第4項の規定に違反しているかどうかについて検討する。

請求人 株式会社国盛化学は、甲第1号証の記載によれば、遠心ポンプが揚水するには、ポンプ本体(胴)内から空気を抜き出し、ポンプ本体内が負圧になっていなければならないが、本件考案のポンプは、気体流入部からポンプ本体内に空気を流入させているので、遠心ポンプの揚水原理に反しており、揚水できない旨主張しているが、本件考案のポンプは、[3]項の主張a.に関して述べたように、「液体の回転運動により形成される自由表面でドレーンと混合し吐出される空気を、気体流入部から補給して自由表面を維持しながら揚液を行う揚水原理」によるものであり、通常の遠心ポンプとは揚水原理を異にしているので、通常の遠心ポンプの揚水原理に反しているからといって揚水できないわけではない。したがって、本件考案が実用新案法第3条柱書の考案に該当せず、また、同法第5条第3項又は第4項の規定に違反しているという同請求人の主張は失当である。

また、同請求人は、甲第2号証(名古屋市工業研究所、第312号、成績書)、甲第3号証(名古屋市工業研究所、第347号、成績書)、甲第4号証(名古屋市工業研究所、第210号、成績書)を示し、本件考案は、実用新案法第3条柱書の考案に該当しないと主張しているので、各号証ごとに検討を行う。

a. 甲第2号証は、被請求人が製造した本件考案とほぼ同一構造のドレーンポンプF型(空気流入部は、回転羽根のボス部とカバーとの間隙として形成されている。以下、ポンプF型という。)の上面カバーとモーターブラケットとの間にカップ状の覆い(シールドケース)をパテにより気密に取付け、モータを夫々の電圧で駆動して所定の揚程を得るまでの間における覆い(シールドケース)内の圧力変化をマノメータの水柱により測定した実験結果であり、覆い(シールドケース)内が大気より約12~13mmH2O高くなる(換言すれば、ポンプ本体内に空気が流入することがない)ことを示している。

そして、同請求人は、ポンプF型はポンプ本体内の空気を排出して負圧になることが揚水条件で、その揚水原理は周知の遠心ポンプのものと同一であって、本件の明細書に記載される「モータ駆動軸を介して回転羽根を回転させると、ドレーンは駆動軸まわりの回転運動によって生じる回転放物面をポンプ内に形成して吸い込み口より吸い上げられ、空気を流入して吐出口より所望個所に吐出される。然して、羽根15が回転すると自由表面の境界で液と空気が混じり、空気の一部は気泡となってドレーンと共に吐出される。このため所定の自由表面即ち揚程を得るためには常に気体流入部19から空気の補給が必要である。」(公告公報第2欄第20行~第3欄第7行)という本件考案の作動原理は、この実験結果と矛盾しており自然法則に反している旨の主張をしている。

しかしながら、この実験は、空気を流入させないような構造の実験装置で行ったものであって、ポンプ本体内は水で満たされ、周知の遠心ポンプと同様に機能しただけであり、始動時から空気が充分に流入できるようにすれば、異なった結果が得られることが予想され、この実験結果から、直ちに、本件考案の作動原理が自然法則に反しているとすることは出来ない。

b. 甲第3号証は、ポンプF型に取り付けた覆い(シールドケース)の側面の圧力測定孔から引きだした配管に開閉弁を取り付け、該開閉弁を開閉した際の吐出流量を測定した実験結果であり、駆動開始時及び定常運転時に閉状態に保った場合、流量が零、従って全く揚水しないことを、また開閉弁を開いて駆動開始して揚水した後の定常運転時に開閉弁を開或いは閉とした場合、開の場合に比べて閉の場合の方が流量が多くなったことを示している。

そして、同請求人は、駆動開始時及び定常運転時に閉状態に保った場合の結果から、ポンプ本体に対する空気の流入がない場合には全く揚水せず周知の遠心ポンプ原理と一致している旨主張している。しかしながら、始動時から空気が充分に流入できるようにすれば、異なった結果が得られることが予想され、この実験結果から、本件考案のポンプの作動原理が、周知の遠心ポンプ原理と一致しているとすることはできない。

また、開閉弁を開いて駆動開始して揚水した後の定常運転時に開閉弁を開或いは閉した場合、開の場合に比べて閉の場合の方が流量が多くなったことから、ポンプ本体内を大気開放した場合、大気閉鎖した場合に比べて流量が低下してポンプ機能が低下しており、「空気を吸い込んでもポンプ機能を低下しない」という本件考案のポンプの作用効果は自然法則に反していると主張している。しかしながら、通常の遠心ポンプでは、ポンプ本体内に空気を吸い込むことが、一般に悪影響を与え、場合によっては揚水不能になることもある(必要ならば、日本機械学会編「ポンプーその設備計画・運転・保守一」(昭48-2-10)丸善(株)p.189-190の、10.5.1空気の功罪の項参照)ことと比べれば、本件考案のポンプは、多少空気を吸い込んでも揚水を維持でき、ポンプ機能はそれほど低下しないということができ、上記本件考案のポンプの作用効果は自然法則に反しているとの主張は失当である。

c. 甲第4号証は、ポンプF型の吐出口に600mmの高さまで垂直に立ち上げた管路を接続し、夫々の電圧(回転数)で定常運転に達した後、圧力測定配管の大気開放バルプを閉じ、そのまま連続運転して10分後の吐出流量とマノメータの値を調べ、続いて該大気開放バルプを開いて本体上部の覆いの中を大気圧に戻し、通常状態における吐出流量を測定した実験結果であって、電圧135Vの場合にはマノメータにおける水柱の移動が零でシールドケース内の圧力変化がないこと、従ってポンプ本体に対する空気の吸入及び排出がないことを示している。

そして、同請求人は、電圧135Vの場合、ポンプ本体に対する空気の吸入及び排出がないことから、「自給作用時においては空気が常にポンプ本体内に吸い込まれなければならない」とする点が実験結果と相違しており、自然法則に反している旨主張している。しかしながら、この実験は、定常運転に達した後、圧力測定配管の大気開放バルプを閉じ、そのまま連続運転して10分後にマノメータで覆い内の圧力を測定したものであって、その運転状態は、常時気体流入部を開いている本件考案のポンプの運転状態とは相違しているので、この実験結果から上記の点が自然法則に反しているということはできない。

以上総合すると、本件考案は自然法則に反するので実用新案法第3条柱書の考案に該当しない、とすることはできない。

また、以上のとおりであるから、甲第2号証ないし甲第4号証の実験結果から、本件考案の明細書に記載された構成に基づく作用では揚水自体が不可能で、かつポンプ機能を低下させるものであるから、その記載は実用新案法第5条第3項又は第4項に違反しているという主張も失当である。

また、請求人 太産工業株式会社は、実用新案登録請求の範囲の、a.「カバーの羽根駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け」の構成が正確に理解できず、また、「カバーと羽根駆動軸の近傍」と実施例との関係も正確に理解できない。b.「駆動軸のまわりの液体の回転運動によってポンプ本体内に等圧面が回転放物面で近似出来る自由表面を形成し、ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つと共に、この空隙は気体流入部に連通されている構造」は、「内面を漸次直径を増加する曲面となし、この曲面の小径側に吸込口を、大径側に吐出口を有するポンプ本体と、このポンプ本体の上部に設けたカバーと、前記曲面に接しないような間隙でポンプ本体内の上方よりの駆動軸で回転する羽根とを有し、前記カバーの羽根駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け」の構成要件により生ずる作用の記載であるのか、その構成要件以外の特定の構成を有するものか不明である。c.「ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つ」の空隙が、実施例のどの部分に相当するのか不明である。

したがって、実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案法第5条第4項、第5項に規定する要件を満たしていない旨主張している。

ここで、上記a.b.c.の主張についてそれぞれ検討する。まず、a.の主張については、

[3]項の主張c.についての検討において述べたとおりであり、なんら構成は不明瞭ではなく、実施例との関係が正確に理解できないわけでもない。つぎに、b.の主張については、「駆動軸のまわりの液体の回転運動によってポンプ本体内に等圧面が回転放物面で近似出来る自由表面を形成し、ポンプ内で回転する回転羽根は空気層即ち自由表面を形成出来る空隙を持つと共に、この空隙は気体流入部に連通されている」は、考案の詳細な説明及び図面の記載を参酌すれば、「内面を漸次直径を増加する曲面となし、この曲面の小径側に吸込口を、大径側に吐出口を有するポンプ本体と、このポンプ本体の上部に設けたカバーと、前記曲面に接しないような間隙でポンプ本体内の上方よりの駆動軸で回転する羽根とを有し、前記カバーの羽根駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設け」の部分の構成要件を、より明確化するものであることが明らかである。つぎに、c.の主張について検討すると、明細書の実施例の記載及び第2図の記載によれば、空気層即ち自由表面が形成されるのは、ポンプ本体内の曲面14に囲まれる空間であり、この空間内には曲面14と接しないような間隙で平板状の羽根が配置されているのであるから、空気層即ち自由表面を形成出来る空隙は、上記空間から羽根および小間隙δが占める部分を除いた空間、換言すれば、平板状の羽根の両側の空間に相当することは、当業者にとって明らかである。

したがって、実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案法第5条第4項、第5項に規定する要件を満たしていないという、同請求人の主張は失当である。

[5]つぎに、本件考案が実用新案法第3条第1項各号に掲げる考案に基づいてきわめて容易になし得たものかどうかについて検討する。

まず、請求人 株式会社国盛化学の主張から検討する。同請求人の示した甲第5号証の第1図には、下部に吸入口を有すると共に上部に吐出口を有し、下方から上方に向かって内径が徐々に増大する螺旋状の内面を有したケーシングと、ケーシングの上部に対し、駆動軸を、周面に間隙を有した状態で挿通する透孔を有して上面開口を覆う上平面板と、ケーシング内の駆動軸に対し、内面との間に間隙を有して取付けられる回転車とからなる、本件考案と形状が類似するポンプが記載されている。

しかしながら、甲第5号証では、そのポンプの原理を示す第1図において、回転車が収容されるケーシング部分は液体で満たされており、同号証には、本件考案のポンプの作動原理である、液体の回転運動により形成される自由表面でドレーンと混合し吐出される空気を、気体流入部から補給して自由表面を維持しながら揚液を行う点については、何等の記載も示唆もなされていない。また、同請求人は、本件考案の構成要件である「回転放物面で近似できる自由表面」は、本件考案の構成に基づく特別顕著な現象ではなく、同請求人が示した甲第7号証第43~45頁に記載されているように遠心ポンプ一般においてみられる現象であり、本件考案を特徴付けるものではない旨、主張しているが、同号証は、容器内の液体をある角速度で回転させた場合、強制渦運動となって、回転放物面の自由表面が形成されることを示しているだけであり、遠心ポンプ一般のポンプ本体内でこのような自由表面が形成されることについては何等記載されていない。以上総合すると、本件考案は甲第5号証記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易になし得るものであるとすることは出来ない。

また、同請求人が示した甲第6号証の図1には、下部に吸込口を有すると共に上部リムを囲むケーシングに設けられた排出トラフを有し、下から上方に向かって内径が徐々に増大する内面を有したポンプ室と、ポンプ室の上方に設けられた軸に対し、その内面との間に隙間を有して取り付けられる羽根とからなる本件考案と揚水原理が類似するポンプが、記載されている。しかしながら、その第1頁右欄第9~24行に、「水銀の表面の乱れを最小に抑えるため、撹はんは最小でなければならない。ポンプの通常の作動で水銀の露出面が比較的滑らかなままでかつ乱されないままであるのでアマルガムに溶解された金属の酸化の傾向は最小に減らされる。どんな場合でも水銀の撹はんを避けるように設計しなければならない。」旨の記載があり、このポンプは自由表面が滑らかになるように運転されるものであり、本件考案のポンプのように自由表面の境界で液と空気が混じり、空気の一部は気泡となってドレーンと共に吐出されるように運転されるものではなく、そのような運転を想定しているものでもない。そして同号証記載のポンプでは、液体の表面は滑らかであって、騒音や、液体の噴出による汚染は考えられず、かつ、塵あいが侵入しても自由表面付近の液体と共に容易に排出される構造であるので、このポンプにカバーを付加する必要性がなく、また空気が液と混ざって吐出されるものではないから、カバーの羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設ける必要性もまったく存在しないので、そのようなカバーや気体流入部を有する本件考案が、同号証記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易になし得るものであるとすることはできない。

次に、請求人 太産工業株式会社の主張について検討する。同請求人の示した甲第1号証は、請求人 株式会社国盛化学が示した甲第6号証と同一のものであり、その記載内容はすでに述べたとおりである。また、甲第2号証には、ポンプ本体の上面にカバーを配置し、そのカバーに気体流通部(軸とケーシングの隙間等)を設けたポンプが、甲第3号証には、カバーを有する空調機用のポンプが記載されている。

ところで、同請求人が示した甲第1号証記載のポンプは、すでに述べたとおり、自由表面が滑らかになるように運転されるものであり、本件考案のポンプのように自由表面の境界で液と空気が混じり、空気の一部は気泡となってドレーンと共に吐出されるように運転されるものではなく、そのような運転を想定しているものでもない。そして同号証記載のポンプでは、液体の表面は滑らかであって、騒音や、液体の噴出による汚染は考えられず、かつ、塵あいが侵入しても自由表面付近の液体と共に容易に排出される構造であるので、このポンプにカバーを付加する必要性がなく、また空気が液と混ざって吐出されるものではないから、カバーの羽根の駆動軸の近傍に大気を流入させる気体流入部を設ける必要性もまったく存在しない。さらに、甲第2号証には、ポンプ本体の上面にカバーを配置し、そのカバーに気体流通部を設けたポンプが記載されているものの、その気体流通部は空気を排出するものであって、本件考案の気体流通部のように空気を流入させるものではない。してみると、甲第2号証に、ポンプ本体の上面にカバーを配置し、そのカバーに気体流通部を設ける技術が、甲第3号証に、空調機用のポンプにカバーを設ける技術が記載されているとしても、本件考案が、甲第1号証~甲第3号証記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易になし得るものとすることはできない。

したがって、本件考案が実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができないという、両請求人の主張は失当である。

[6]よって、両請求人の主張する理由および証拠方法によっては、本件考案の登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年11月16日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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