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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)163号 判決 1997年1月21日

静岡県浜松市中沢町10番1号

原告

ヤマハ株式会社

同代表者代表取締役

上島清介

同訴訟代理人弁理士

川﨑研二

山下智典

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

高瀬博明

伊藤陽

吉村宅衛

関口博

主文

特許庁が平成6年審判第14607号事件について平成7年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年5月31日、発明の名称を「電子楽器の音色制御装置」(後に「自動演奏装置」と訂正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和57年特許願第92644号)をしたところ、平成4年5月29日出願公告(平成4年出願公告第32396号)されたが、異議申立てがされ、平成6年4月1日拒絶査定を受けたので、平成6年9月1日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成6年審判第14607号事件として審理した結果、平成7年3月31日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成7年6月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  第1発明(以下「本願第1発明」という。)

「所望の楽曲に関する自動演奏用の演奏データを順次記憶した記憶手段を含み、自動演奏開始指令を受けて該記憶手段から演奏データを読み出すことにより、楽曲の進行に従って自動演奏用の演奏データを順次発生する演奏データ発生手段と、

前記楽曲の進行に従って発生される楽音の音色を指示する第1の楽音音色指示データを発生するものであって、前記自動演奏開始指令の発生時には前記楽曲の演奏データとセットで予め記憶されている初期音色データを読み出して該第1の楽音音色指示データとして発生し、その後は、前記楽曲について演奏データとセットで予め記憶されている音色を変更すべき演奏タイミングにおいて変更すべき音色を示す音色データを該第1の楽音音色指示データとして発生する楽音音色指示データ発生手段と、

前記演奏データ発生手段で発生した演奏データに基づき楽音を発生する楽音発生手段と、

楽音音色指定用の操作子を有し、前記楽音発生手段における楽音発生中において該操作子が操作された場合、その操作タイミングで、前記予め記億されている初期音色データあるいは音色データを書き換えることなく、該操作により指定された音色に対応する第2の楽音音色指示データを発生する楽音音色指示操作手段と、

前記楽音音色指示データ発生手段または前記楽音音色指示操作手段から前記第1の楽音音色指示データまたは前記第2の楽音音色指示データが発生される毎に、当該発生された楽音音色指示データを前記楽音発生手段に出力し、発生される楽音の音色を該楽音音色指示データで指示された音色に変更制御するとともに、この変更制御を次に前記第1の楽音音色指示データまたは前記第2の楽音音色指示データが発生されるまで継続する制御手段と、

を具備することを特徴とする自動演奏装置。」

(2)  第2発明(以下「本願第2発明」という。)

「所望の楽曲に関する演奏データを順次記憶するとともに、該演奏データ間の任意の所定の位置に楽音音色変更指示データを記憶した演奏データ記憶手段と、

この演奏データ記憶手段に記憶された演奏データと楽音音色変更指示データを楽曲の進行に従って順次読み出す演奏データ読出手段と、

この演奏データ読出手段で読出された演奏データに基づき楽音を発生する楽音発生手段と、

発生される楽音の音色を制御する制御データを複数記憶する制御データ記憶手段と、

この制御データ記憶手段に制御データを任意に書き込む書込み手段と、

前記演奏データ読出手段で楽音音色変更指示データが読出される毎に、前記制御データ記憶手段から制御データを順次読出して前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色変更指示データが読出されるまで継続する制御手段と、

を具備することを特徴とする自動演奏装置。」(別紙1第1図及び第3図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  原査定における拒絶の理由の概要は次のとおりである。

本願の発明は特開昭56-102891号公報(本訴における甲第4号証。以下、書証番号は本訴における書証番号を意味する。以下、「引用例」という。)、特開昭50-17212号公報、特開昭54-155819号公報、特開昭56-101194号公報及び特開昭56-91299号公報に記載の発明、並びに特開昭54-28121号公報の記載に例示される従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

(3)  引用例の記載

引用例には、次の発明が記載されている。

「所望の楽曲に関する自動演奏用の演奏データとして、音符データと変更音色情報を含む休符データを記憶する演奏データ記憶手段と、

この演奏データ記憶手段に記憶された演奏データと変更音色情報を楽曲の進行に従って順次読み出す演奏データ読出手段と、

この演奏データ読出手段で読出された演奏データに基づき楽音を発生する楽音発生手段と、

を具備し、

前記演奏データ読出手段で変更音色情報が読出される毎に、該変更音色情報制御データとして順次前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色指示データが読出されるまで継続する、

自動演奏装置。」

(4)  本願第2発明と引用例に記載の発明とを対比すると、両者は、

「所望の楽曲に関する自動演奏用の演奏データを順次記憶するとともに、該演奏データ間の所定の位置に楽音音色変更情報を記憶した演奏データ記憶手段と、

この演奏データ記憶手段に記憶された演奏データと楽音音色変更情報を楽曲の進行に従って順次読み出す演奏データ読出手段と、

この演奏データ読出手段で読出された演奏データに基づき楽音を発生する楽音発生手段と、

前記演奏データ読出手段で変更音色情報が読出される毎に、該変更音色情報制御データとして順次前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色指示データが読出されるまで継続する、

自動演奏装置。」

である点で一致し、次の3点で一応の相違が認められる。

<1> 演奏データ間の所定の位置に記憶される楽音音色変更情報が、本願第2発明では「変更指示データ」であって、変更される音色データ自体は別途「発生される楽音の音色を制御する制御データを複数記憶する制御データ記憶手段」に記憶されるものであるのに対し、引用例に記載の発明では、楽音音色変更情報が「音色データ」自体である点。

<2> 演奏データ間に記憶される楽音音色変更情報が、本願第2発明では「任意の所定の位置」であるのに対し、引用例に記載の発明では、「休符データの存在する位置」に限られる点。

<3> 演奏データ読出手段で変更音色情報が読出される毎に、該変更音色情報制御データとして順次前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色指示データが読出されるまで継続するために、本願第2発明ではそのための「制御手段」を有しているのに対し、引用例に記載の発明ではそのような制御手段が明示されていない点。

(5)  以下、各相違点について判断する。

<1> 相違点<1>について

情報処理一般において、時系列のプログラムにおいて一部のプログラムを別のメモリに収納し割込み処理するものは“サブルーチン方式”として、また、一連のデータに対して一部を別のメモリに収納して参照するものは”ルックアップ方式”として、何れも周知の技術である。したがって、自動演奏装置において、その一部の情報データである音色制御データを別のメモリに収納することも、情報処理機能として格別のことではない。

自動演奏装置においても、演奏データ間の所定の位置に記憶される楽音音色変更情報が、「変更指示データ」であって、変更される音色データ自体が別途「発生される楽音の音色を制御する制御データを複数記憶する制御データ記憶手段」に記憶されるものは、本願出願前に既に周知の事項である(例えば、特開昭54-151431号公報(甲第10号証)参照)。

したがって、引用例に記載の発明に対し、このような周知技術を適用することに格別の想考性はない。

<2> 相違点<2>について

ⅰ サブルーチンあるいはルックアップをどの位置で行うかは設計事項であり、そのプログラムあるいはデータを使用する際に、必要に応じて任意の位置に定めて設計するものである。楽音発生においても、音色の変更をどのタイミングで行うかは、どのような自動演奏を行うかという使用上の問題である。自動演奏装置としては、単に必要に応じた音色変更が細かく設定可能であればよい(例えば、甲第10号証には、「1楽音波形(自然楽器音を模倣できる程度の多彩性を持つ:該公報2頁右下欄16行、17行)の終了時点で必要な割込み信号(音色データ)を作成しCPUへ転送する旨の記載(同頁左下欄19行ないし右下欄2行)がある)。

ⅱ したがって、必要に応じた音色変更を細かく設定可能にするために、演奏データ間に記憶される楽音音色変更情報を「任意の所定の位置」とすることに、装置として格別の意味はない。

<3> 相違点<3>について

本願第2発明も、引用例に記載の発明も、ともに「演奏データ読出手段で変更音色情報が読出される毎に、該変更音色情報制御データとして順次前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色指示データが読出されるまで継続する」ものであるから、引用例に「制御手段」としての格別の記載がなくとも、楽音発生回路自体がそのような制御手段を含んでいると解釈するのが合理的である。したがって、相違点<3>は実質的な相違点ではない。

<4> 総合すれば、本願第2発明は引用例に記載の発明に上記のような周知事項を単に適用したものにすぎず、当業者が容易に想考し得るものである。また、この適用により、予期せぬ新たな効果を生ずるものでもない。

したがって、本願第2発明は、引用例に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

<6> 以上のとおりであるから、本願は、本願第1発明について判断するまでもなく、原査定の理由と同旨で拒絶するべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)は認める。ただし、相違点は他にもある。

同(5)中、<1>のうち、「情報処理一般において、時系列のプログラムにおいて一部のプログラムを別のメモリに収納し割込み処理するものは“サブルーチン方式”として、また、一連のデータに対して一部を別のメモリに収納して参照するものは”ルックアップ方式”として、何れも周知の技術である」ことは認め、その余は争う。<2>のうち、ⅰは認め、ⅱは争う。<3>は認める。<4>は争う。

同(6)は争う。

審決は、相違点<1>、<2>についての判断を誤り、かつ、相違点を看過した結果、本願第2発明についての進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点<1>についての判断の誤り)

審決は、自動演奏装置において、その一部の情報データである音色制御データを別のメモリに収納することも、情報処理機能として格別のことではなく、自動演奏装置においても、演奏データ間の所定の位置に記憶される楽音音色変更情報が、「変更指示データ」であって、変更される音色データ自体が別途「発生される楽音の音色を制御する制御データを複数記憶する制御データ記憶手段」に記憶されるものは、周知の事項であるから、引用例に記載の発明に対し、このような周知技術を適用することに格別に想考性はないと判断するが、誤りである。

<1> 本願第2発明の楽音音色変更処理

ⅰ 本願は、楽音音色変更指示データと制御データとの2つのデータを用いて音色の制御を行うが、本願における楽音音色変更指示データは、あくまでも音色変更のタイミングを指示するデータであり、音色自体を指示する機能は何ら有していない点に特徴がある。本願において音色を指示するのは、制御データ記憶手段に記憶されている制御データである。そして、楽音音色変更指示データと制御データとは、制御手段によって「演奏データ読出手段で楽音音色変更指示データが読み出される毎に、前記制御データ記憶手段から制御データを順次読み出して前記楽音発生手段に与えることにより、この読み出された制御データに基づき楽音の音色を制御する」よう取り扱われる。このように、楽音音色変更指示データは、制御データを読み出すタイミングを与えるだけである。

本願明細書及び図面(以下「本願明細書」という。甲第2号証及び第3号証の1ないし3)の第2図(別紙1参照)には、磁気テープ2に記録された演奏データが示されており、この図に示される演奏データが番地順に読み出されていくと、演奏データが示す音符や休符に従った演奏が自動的になされるようになっている。そして、演奏データ中に挿入されたフレーズマークPH(楽音音色変更指示データに対応)が読み出されると、第4図(別紙1参照)に示される自動演奏用の音色データ(制御データに対応)が読み出され、この音色データに応じた音色が図1(別紙1参照)に示される楽音信号形成回路10において生成される。ここで、フレーズマークPH(楽音音色指示データ)は、番地を歩進させるタイミングを指示するが、特定の音色を指示する機能は有していない。

ⅱ 被告は、本願第2発明はルックアップ方式のものも含む旨主張する。

しかしながら、本願第2発明の要旨にいう「楽音音色変更指示データ」は、文字どおり楽音音色の変更を指示するデータの意味であり、また、「順次読出して」は楽音音色変更指示データが読み出される毎に制御データ(音色自体を指示するデータ)を読み出しての意味において用いられている。つまり、いずれも通常の技術的意義において用いられている。

そして、本願の一実施例(甲第3号証の3第3頁9行ないし末行、甲第2号証2頁右上欄2行ないし8頁左上欄10行。以下「本願第1実施例」という。)では、フレーズマークPHが読み出される毎にメモリアドレスが1つずつ歩進されるが、「順次読出して」の意味は1アドレスずつ歩進して読出すという意味に限定されるものではなく、「本願発明の他の実施例」(甲第2号証8頁左上欄11行ないし19行に記載の部分。以下「本願第2実施例」という。)における読み出し方も、本願第2発明にいう「順次読出して」に含まれるものである。すなわち、本願第2実施例では、別紙2参考図5に例示するように、番地1にフレーズ番号2とチェロ、番地2にフレーズ番号1とバイオリン、番地3にフレーズ番号4とビオラ、番地4にフレーズ番号3とチェロがそれぞれ記憶されている。以上の記憶状態において、演奏が開始され、第1フレーズの直前でデータDが読み出されると、メモリM内のフレーズ番号が走査され、これにより、フレーズ1を記憶している番地2内のバイオリンの音色が読み出される。この結果、第1フレーズはバイオリン音で演奏される。同様にして、第2、第3、第4フレーズは、各々チエロ、チエロ、ビオラの音色で演奏され、別紙2参考図4の場合と同様の音色切換となる。上述の動作にあっては、データDが読み出される毎にフレーズ番号が歩進され、これに対応した番地内の音色データが順次読み出される。このように、本願第1実施例はメモリMの物理的なアドレスを用いて読み出しを行っているのに対し、本願第2実施例ではフレーズ番号を媒介にして読み出しを行っている点で相違するが、両者ともデータDが読み出される毎に順次音色データを読み出している点において差異はなく、データDは読み出しタイミングを与えるだけである。このことから、本願第2実施例は、本願第2発明の方式の範疇に入り、別紙2参考図4(A)に示すルックアップ方式とは全く異なっていることが明らかである。

<2> 本願第2発明における楽音音色変更指示データと制御データの連係処理は、サブルーチン方式、ルックアップテーブル方式あるいは甲第10号証に記載の方式とは全く異なるものである。

ⅰ まず、サブルーチン方式とは、一部のプログラムを別のメモリに収納し、適宜このプログラムを読み出して処理を行う方式をいうが、本願第2発明においては、一部のプログラムを別のメモリに収納するという手段は用いていない。すなわち、本願の実施例においては、楽音音色変更指示データが磁気テープ2から読み出されると、音色データメモリ24内のアドレスが歩進され、歩進されたアドレスに対応する音色データ(制御データ)が読み出されるだけであり、他のプログラムが起動されるという処理は行っていない。

したがって、本願第2発明にサブルーチン方式の概念を適用して認定を行うことは、技術的誤解に基づくものといわざるを得ない。

ⅱ ルックアップ方式とは、一般に、あるデータ群に含まれるデータを、所定のメモリを参照することにより、他のデータ群のデータに変換する技術であり、例えば、カラー表示技術などによく用いられるものである。より具体的に説明すると、別紙2参考図1に示すように、入力側のデータ群に含まれるデータ<1>、<2>、<3>を、メモリMを参照することにより、出力側データ群のデータa、b、cに変換する技術である。このルックアップ方式を自動演奏の音色制御に適用するには、例えば、別紙2参考図2に示すように、メモリMの内容を、データ<1>がフルート、データ<2>がクラリネット、データ<3>がトランペットの各音色データに対応するように設定する。このような設定を行えば、自動演奏データ中に配されたデータが、例えば、<2>、<1>、<3>の順で読み出されると、クラリネット、フルート、トランペットの各音色が順次指示され、楽曲は指示された音色に変化する。ここで注意すべきことは、入力側データ群のデータ<1>、<2>、<3>が何らかの音色を指示するデータであり、特に、メモリMの内容が決まった後は特定の音色を一義的に指示するデータになることである。

一方、本願における楽音音色変更指示データは、制御データを読み出すタイミングを与えるもので、音色を指示するものではない。別紙2参考図3を用いて説明すれば、自動演奏データの中から楽音音色変更指示データDが読み出される毎に、メモリMの番地が歩進され、各番地内の制御データが読み出される。そして、読み出された各制御データによって音色が指定される。すなわち、楽音音色変更指示データD、D、Dは、特定の音色との関連性は有していない。

したがって、本願第2発明においては、曲の進行をイメージしながらメモリMの内容を書き込むことができ、初心者でも曲の進行を把握しながら容易に音色データの設定をすることができるが、ルックアップ方式では、メモリMの内容と曲の進行とは全く関連していない。また、自動演奏データ(引用例における楽譜データと同義)の作成にあっては、次のような差異が生じる。すなわち、ルックアップ方式においては、メモリMの内容によって入力側のデータ群と出力側のデータ群が関連付けられるから、データ<1>、<2>、<3>を配置して行くに際し、音色の内容を考慮しなければならない。一方、本願第2発明においては、音色の内容は全く考慮せず、音色を変化させるのに適したタイミングの部分に変更指示データを順次配置して行けばよい。

したがって、引用例にルックアップ方式を適用することにより本願第2発明を容易に発明できるとの審決の判断は誤りである。

ⅲ 甲第10号証には、「(5)は、ランダムアクセスメモリにより構成された音色パラメータメモリであり、音色パラメータとして例えば、周期波形、エンペローブ波形に対応する抵抗板の電圧印加パターン、及びビブラート、トレモロ情報がある。」(2頁左下欄3行から7行、6頁左上欄6行ないし9行)、「音符情報は楽音波形発生器(8a)~(8f)における楽音波形合成のパラメータとなるものであり、周期波形、エンベロープ波形、ピッチ、音量、符長、速度などの情報が含まれると共に、この発明による音色パラメータが含まれている。」(6頁左下欄17行から右下欄2行)と記載されている。

以上の記載から甲第10号証においては、楽譜情報に含まれる音色パラメータを用いてランダムアクセスメモリ(5)をアクセスし、これにより、周期、ピッチ、音量等の情報を読み出し、これらの情報に基づいて楽音波形発生器(8a)~(8f)によって発音がなされるものと推量される。この場合、甲第10号証における音色パラーメータは、特定の楽音を指示するデータ(電圧印加パターン等の情報により楽音が特性される)であるから、結局、甲第10号証は引用例と同等の技術を開示するにすぎない。

したがって、引用例に甲第10号証に示される技術を適用しても本願が示されることはなく、審決の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)

審決は、「必要に応じた音色変更を細かく設定可能にするために、演奏データ間に記憶される楽音音色変更情報を「任意の所定の位置」とすることに、装置として格別の意味はない」と判断するが、誤りである。

<1> 本願における「任意」の文言は、楽音音色変更指示データの挿入位置に制約がないことを技術的に明確にするために用いられている。そして、本願は、楽音音色変更指示データの挿入位置を任意にしただけでなく、楽音音色変更指示データと制御データとの機能を分け、さらに、書込手段との連係において制御データを書き換え可能とした点に特徴があるのである。

一方、引用例においては、「演奏音色が切り替わる前にある休符の休符データ中にのみ変更後の音色を指定するデータを入れておき、この休符を実行すると同時に楽音発生同路の発生音色を指定音色に変更することによって、スムーズに音色変更できるようにした」(甲第4号証2頁左上欄3行ないし8行)とあるように、休符のタイミングにおいて音色変更を行うことを要旨としており、任意のタイミングで音色変更を行うことは全く考慮していない。

<2> 審決においては、甲第10号証の割込み制御回路(9)について言及し、これがデータ挿入位置の任意性を示すものとして認定しているが、甲第10号証の「1楽音波形の終了信号を入力して楽音波形の終了時点で必要な割込みデータを作成しCPU(1)へ割込み信号として転送する機能を備えている。」(2頁左下欄19行、20行、6頁右上欄1行、2行)及び「1楽音(自然楽器音を模倣できる程度の多彩性をもつ)」(6頁右下欄11行、12行)という記載からは、1楽音の終了タイミングにおいて割込みを行うという内容が示されるだけであり、他に音色変更の技術に関する記載は全くない。

さらに、甲第10号証は、全体的に記載が暖昧であり、また、甲第10号証には、楽譜情報と音色パラメータの連係、あるいは音色の変更については全く記載がない。そもそも甲第10号証においては、音色を変更するという意図はないと思われる。

<3> したがって、審決の相違点<2>についての判断は誤りである。

(3)  取消事由3(相違点の看過)

本願第2発明と引用例に記載の発明との間には、「書込手段」の有無という相違点があるが、審決は、この相違点を看過している。

本願第2発明においては、「制御データ記憶手段に制御データを任意に書き込む書込み手段」が設けられており、これによって操作者が自動演奏の音色を自由に設定できる。すなわち、本願第2発明においては、楽音音色変更指示データと制御データとが個別に設定されているため、操作者が制御データ記憶手段だけを書き換えれば、自動演奏データについては何ら手を加えなくても音色の変更がなされるように構成されているものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 本願第2発明は、ルックアップ方式も含むものである。すなわち、本願明細書中の「上述した実施例においては、鍵盤4のキーによって音色データメモリ24の書込み時のアドレスを指定するようにしたが、これに代えて、キーによって指定されたフレーズのフレーズ番号を音色データと共に音色データメモリ24へ書込み、読出し時において音色データメモリ24内の各フレーズ番号を走査して音色データを得るようにしてもよい。」(甲第2号証8頁左上欄12行ないし19行)との記載(本願第2実施例)は、音色データにはこのデータの所在を示すフレーズ番号が付されており、所望の音色データを得る場合には、メモリ内のフレーズ番号を走査して捜し出すことを意味している。そして、本願第2実施例は、フレーズ番号を参照キーとして別のメモリに収納してある音色データを参照するものであるから、ルックアップ方式のデータ収納ということができる。

そして、ルックアップ方式は情報処理一般において周知であり、電子楽器におけるデータ処理も情報処理そのものであるから、情報処理一般における周知技術を電子楽器に適用することに格別の想考性はないとした審決の判断に誤りはない。

<2> 仮に、本願第2発明がルックアップ方式でないものに限定されるとしても、自動演奏データとともに音色変更タイミング信号を記憶し、楽曲演奏時に音色変更タイミング信号を検知する毎に所定の順序にしたがって音色を切り換える自動演奏装置は周知(特開昭48-29416号公報-乙第1号証)である。すなわち、乙第1号証には、演奏(自動演奏データに相当)とともに音色変更タイミング信号(切換信号に相当)を記憶し、楽曲演奏時に切換信号で(音色変更タイミング信号を検知する毎に)所定の順序にしたがって音色を切り換える電子楽曲装置(自動演奏装置)の発明が記載されており、この点に関しては、本願第2発明との間に格別の差異は認められない。

したがって、引用例に記載の発明に基づいて本願第2発明を容易に発明することができるとした審決に誤りはない。

(2)  取消事由2について

甲第10号証によれば、「音色変更が細かく設定可能」(甲第1号証9頁20行)とすることは、周知である。そして、自動演奏装置として音色変更が細かく設定可能であれば、音色の変更をどのタイミングで行うかは、どのような自動演奏を行うかという使用上の問題である。したがって、必要に応じた音色変更を細かく設定可能とするために、演奏データ間に記憶される楽音音色変更情報を「任意の所定の位置」とすることに、装置として格別の意味はない。

原告は、甲第10号証の記載内容から任意の位置で音色を変更するという技術を導き出すことはできない旨主張するが、甲第10号証に記載されたものにおいて、(1音符の発音終了毎に出される)割込み要求信号に基づき転送される音色パラメータを割込み信号の前後で相違させれば音色を変化させることが可能であること、すなわち「音色変更が細かく設定可能であ」ることは、明らかである。

また、メモリ(5)に記憶されている音色パラメータ情報がどのように読み出されるのかの点についても、「楽譜情報メモリ(3)から次に各声部の最初の音符に対応する楽譜情報とあらかじめメモリ(5)に設定されている音色パラメータ情報とを各声部毎に対応する楽音波形発生器(8a)~(8f)の前段にあるレジスタ(6)へCPU(1)を経て転送される。」(甲第10号証4頁左上欄7行ないし11行)との記載からすれば、メモリ(5)に記憶されている音色パラメータ情報がどのように読出されるのかは明らかである。

(3)  取消事由3について

本願第2発明が「制御データを任意に書き込む書込み手段」を有することについて、審決では格別に言及していないが、制御データ記憶手段は、制御データを記憶しておき必要に応じて読出し可能にする記憶手段であり、記憶手段にデータを記憶させる装置とデータを読み出す装置が付随されていることは当然である。したがって、本願第2発明の要旨にいう「この制御データ記憶手段に制御データを任意に書き込む書込み手段」は、制御データ記憶手段を有するものであれば当然使用されるべきものであって、相違点として格別に挙げるほどのものではない。

仮に、この点を相違点であると解したとしても、自動演奏装置においてデータ記憶装置として再書込み可能なRAMを用い、演奏者がデータを自由に書き込むための書込み装置を楽器本体内に内蔵したものは周知であり(単なるデモンストレーション演奏、あるいは電子オルゴールを除けば、自動演奏装置の大半はRAMを有しているものである。)、この相違点はそのような周知技術の単なる適用であって、格別の想考性はないものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(3)(引用例の記載事項の認定)及び(5)<3>(相違点<3>についての判断)は当事者間に争いがなく、同(4)(一致点、相違点の認定)も当事者間に争いがない(ただし、原告は、相違点は他にもあると主張する。)。

2  甲第2号証、甲第3号証の1ないし3によれば、本願明細書には、本願第2発明の目的、構成、効果として、次の記載があることが認められる。

(1)  「この発明は発生される楽音の音色等の態様を自動的に変更制御する自動演奏装置に関する。従来、磁気テープ等に記録された楽音データを順次読み出し、この楽音データに基づき自動演奏を実行する自動演奏装置は周知である。しかし、かかる自動演奏装置は、音色、効果、テンポ等(以下、これらを総称して音色という)を最初に設定すると、この音色がそのまま維持されて最後まで自動演奏が続けられる。このように音色が固定されると、自動演奏はつまらないものになるばかりか、演奏曲によっては不自然に感じられることすらある。この発明は上述した事情に鑑みてなされたもので、自動演奏音の音色をその自動演奏楽曲に合わせた好適なものに演奏の開始から自動的に設定できると共に、音色変更タイミングが、その自動演奏曲の内容に合わせて指示され、かつ、演奏者が意識的に音色を変更したい場合には、その要求に答えることもできる自動演奏装置を提供することを目的とする。また、この発明の他の目的は、自動演奏における音色変更タイミングについては、演奏楽曲に合わせた好適な位置で自動的に指示するが、変更すべき音色については、操作者が任意に設定することができる自動演奏装置を提供することにある。」(甲第2号証1頁右下欄11行ないし末行、甲第3号証の1第2頁5行ないし8行、甲第3号証の3第1頁下から7行ないし2頁4行)

(2)  「(本願)第2発明は、所望の楽曲に関する演奏データを順次記憶するとともに、該演奏データ間の任意の所定の位置に楽音音色変更指示データを記憶した演奏データ記憶手段と、この演奏データ記憶手段に記憶された演奏データと楽音音色変更指示データを楽曲の進行に従って順次読出す演奏データ読出手段と、この演奏データ読出手段で読み出された演奏データに基づき楽音を発生する楽音発生手段と、発生される楽音の音色を制御する制御データを複数記憶する制御データ記憶手段と、この制御データ記憶手段に制御データを任意に書き込む書込み手段と、前記演奏データ読出手段で楽音音色変更指示データが読出される毎に、前記制御データ記憶手段から制御データを順次読出して前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御するとともに、この制御を次に前記楽音音色変更指示データが読出されるまで継続する制御手段とを設けたことを特徴としている。」(甲第3号証の3第2頁下から4行ないし3頁8行)

(3)  「(本願)第2発明によれば、自動演奏における音色変更タイミングについては、演奏楽曲に合わせた好適な位置で自動的に指示されるとともに、変更すべき音色については操作者が任意に設定することができる。すなわち、音色については、任意に設定できるが、音色変更は予め設定された適切なタイミングにおいてのみ行われるという効果が得られる。」(甲第3号証の2第7頁3行ないし10行)

3  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  サブルーチン方式とは、時系列のプログラムにおいて一部のプログラムを別のメモリに収納し割込み処理するものであることは、当事者間に争いがない。

本願第2発明における楽音音色変更指示データと楽音の音色を制御する制御データとの関係は、前記1に説示の本願第2発明の要旨からすると、「演奏データ読出手段で楽音音色変更指示データが読出される毎に、前記制御データ記憶手段から制御データを順次読出して前記楽音発生手段に与えることにより、この読出された制御データに基づき楽音の音色を制御する」ものである。

本願明細書には、本願第1実施例において「楽音音色変更指示データ」であるフレーズマークPHと、「制御データ」である音色データとの関係について、「次に、楽曲の自動演奏が進行し、第1フレーズの自動演奏が終了すると、この終了時点において演奏データメモリ7からフレーズマークPHが読出され、読出回路12へ供給される。これにより、読出回路12からフレーズパルスPHPが出力され、・・・音色データメモリ24の1番地の内容、すなわち、第4図(別紙1参照)に示す音色データA、Bおよび変更フラグ“1”が読出され、・・・セレクタ25が入力端子cへ供給されている音色データA、Bを各々音色データTOJ1、TOM1として出力し、端子T7を介して楽音信号形成回路10へ供給する。これにより、楽曲の第2フレーズの自動演奏音およびマニュアル音の音色が各々音色データAおよびBに対応したものとなる。」(甲第2号証7頁左上欄3行ないし左下欄5行)、「次いで、楽曲の第2フレーズの自動演奏が進行し、次のフレーズマークPHが演奏データメモリ7から読出され、これにより読出回路12からフレーズパルスPHPが再び出力されると、上述した場合と同様にして音色データメモリ24の2番地内のデータ「0」および変更フラグ“0”が読出され、」(同号証7頁左下欄6行ないし12行)、「楽曲の第3フレーズの自動演奏音およびマニュアル音の音色は第2フレーズの音色と同一になる。以下、上述した過程が繰返される。」(同号証7頁左下欄18行ないし右下欄1行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願第1実施例においては、フレーズマークPH(楽音音色変更指示データ)によって、音色データメモリ24内のアドレスが歩進され、歩進されたアドレスに対応する音色データ(制御データ)が読み出されるだけであり、他のプログラムを起動するという処理は行っていないことが認められる。また、本願第2実施例においても、後記<3>で説示のとおり、この点は同様である。

したがって、本願第2発明においては一部のプログラムを別のメモリに収納するという手段は用いていないから、本願第2発明はサブルーチン方式とは技術思想を異にすると認められる。

<2>  次に、ルックアップ方式とは、一連のデータに対して一部を別のメモリに収納して参照するものであることは、当事者間に争いがない。

前記2に説示のとおり、本願第2発明の楽音音色変更指示データは、制御データ(音色データ)を読み出すタイミングを与えるもので、音色を指示するものではなく、本願第2発明においては、自動演奏データの中から楽音音色変更指示データが読み出される毎に、順次、各番地内の制御データが読み出され、読み出された各制御データによって音色が指定されるものであり、楽音音色変更指示データは、特定の音色との関連性は有していない。また、本願第2発明においては、楽音音色変更指示データは音色自体を指示しないから、音色データメモリの内容は楽曲の進行順に設定するものと認められる。

一方、ルックアップ方式を自動演奏の音色制御に適用すると、音色変更メモリ中に各入力データに対応して各出力データ(音色データ)を設定することになると認められる。そして、音色変更メモリのデータ内容が決まった後は特定の音色を一義的に指示するデータになると認められる。

したがって、本願第2発明はルックアップ方式とは技術思想を異にすると認められる。

<3>  被告は、「上述した実施例においては、鍵盤4のキーによって音色データメモリ24の書込み時のアドレスを指定するようにしたが、これに代えて、キーによって指定されたフレーズのフレーズ番号を音色データと共に音色データメモリ24へ書込み、読出し時において音色データメモリ24内の各フレーズ番号を走査して音色データを得るようにしてもよい。」(甲第2号証8頁左上欄12行ないし19行)との本願第2実施例についての記載は、フレーズ番号を参照キーとして別のメモリに収納してある音色データを参照するものであるから、ルックアップ方式のデータ収納ということができ、本願第2発明はルックアップ方式を包含するものである旨主張する。

上記記載によれば、本願第2実施例においては、メモリの各番地において、鍵盤のキーによって指定されたフレーズ番号と音色データとが記憶されることが認められる。そして、例えば、演奏が開始され第1フレーズの直前で音色変更指示データが読み出されると、メモリ内のフレーズ番号が走査され、これにより、フレーズ番号1とともに記憶されている音色が読み出され、その結果、読出された音色で演奏され、同様にして、音色変更指示データが読出される毎に順次フレーズ番号を走査していき、そこに記憶されている音色データにより音色を切換えて演奏されるものと認められる。上記認定事実によれば、本願第2実施例は、フレーズ番号を媒介にして読み出しを行っている点で本願第1実施例と相違するが、両者とも変更指示データが読み出される毎に順次音色データを読み出しており、変更指示データは読み出しタイミングを与えるだけである点で差異はないと認められる。よって、本願第2実施例の変更指示データは、ルックアップ方式とは異なり、特定の音色には対応しておらず、本願第2実施例がルックアップ方式であるとは認められない。

したがって、本願第2発明がルックアップ方式を含むとの被告の主張は、採用できない。

<4>  次に、甲第10号証に記載された技術内容について検討する。

甲第10号証には、「多彩な音色で長時間に渡り楽曲を連続自動演奏する新規な方式の提供を目的とする。かかる目的を達成するため、この発明は、音符の速度、速度変化、演奏スタイル等の楽譜情報の外に、特に楽器の音色に関する楽譜情報を記録したマイクロコンピュータにより、楽音波形発生器を制御することを特長とするものである。」(2頁左上欄12行ないし18行)、「楽譜情報メモリ(3)((4)の誤記と認められる。)から次に各声部の最初の音符に対応する楽譜情報とあらかじめメモリ(5)に設定されている音色パラメータ情報とを各声部毎に対応する楽音波形発生器(8a)~(8f)の前段にあるレジスタ(6)((7)の誤記と認められる。)へCPU(1)を経て転送される。」(同号証4頁左上欄7ないし11行)、「CPUはその割込み要求信号を受けて所定声部の次に音符に関する情報を楽音波形発生器の前段にあるレジスタ(6)((7)の誤記と認められる。)へ転送する。直後に声部の音符の発音が行なわれる。」(4頁右上欄14行ないし17行)と記載されていることが認められる。

しかしながら、甲第10号証には、楽音単位(音符単位)で音色の変更を行うという記載はなく、メモリ(5)に記憶されている音色パラメータ情報がどのように読み出されるかについても記載がない。また、音色パラメータと楽譜情報との関係について明確な記載はなく、割込発生時に音色が変更されるということについての記載もない。

そうすると、甲第10号証を引用して、音色変更情報が変更指示データであって、変更される音色データ自体が別途データ記憶手段に記憶されるものは周知であるということはできず、また、他にこの点が周知であると認めるに足りる証拠もない。

<5>  被告は、仮に、本願第2発明がルックアップ方式でないものに限定されるとしても、自動演奏データとともに音色変更タイミング信号を記憶し、楽曲演奏時に音色変更タイミング信号を検知する毎に所定の順序にしたがって音色を切り換える自動演奏装置は周知(特開昭48-29416号公報-乙第1号証)であり、引用例に記載の発明に基づいて本願第2発明を容易に発明することができるとした審決に誤りはない旨主張する。

乙第1号証によれば、特開昭48-29416号公報(乙第1号証)の発明の詳細な説明には、次の記載があることが認められる。

「従来より、電子楽器の演奏においては、手動のプリセットスイッチ等により音色切換選択して演奏するもので、演奏中曲想に合わせて種々のスイッチ操作を行うものである。・・・したがって、電子楽器の演奏に際しては、単なる鍵盤操作のみならず、多くのスイッチ操作等を同時に行わなければならないので、高度の技術を必要とし簡単に楽しむことができない。」(1頁左下欄18行ないし右下欄10行)、「この発明に係る電子楽器装置は、少なくとも2トラックを有する磁気テープを備えたテープ装置を用い、その一方のトラックに演奏音の一部を、他方のトラックにその演奏音に合わせた切換信号を記録し、上記録音された演奏音に合わせて電子楽器演奏を行なうと共に、切換信号により電子楽器演奏時の音色、リズム等を自動的に切換えるようにするものである。」(1頁右下欄16行ないし2頁左上欄3行)、「第1図において電子楽器に組み込み構成される音源回路11からの音源信号は、鍵盤機構12部の演奏操作によって選択導出され、この導出された音源信号は複数例えば第1乃至第3の音色形成回路13、14、15に供給される。そして、この音色形成回路は13~15の出力信号は、それぞれトーンボリユウム16a、17a、18aを介して一括して合成し、第1の楽音信号とする。・・・各トーンボリユウムをそれぞれ調節設定することにより第1乃至第3の音色の異なる楽音信号が作り出されるようになるものである。そしてこの第1乃至第3の楽音信号は、プリセット切換回路19を介して取り出し、増幅器20で適宜増幅して、図示しない発音装置に導かれる出力端子21に結合するものである。」(2頁左上欄5行ないし右上欄7行)、「このテープ装置22は2チャンネルの信号を再生するものとし、・・・第1のトラック24には、演奏すべき楽音の伴奏部分のみが録音されるものであり、第2のトラック25にはAおよびBで示すように切換指令信号が記録されるものである。すなわち、第1図において、テープ装置22から上記切換指令信号をテープ信号検知装置26で検知し、この検知信号によりプリセット切換回路19を切換駆動するもので、例えば、最初の切換指令信号で第1の楽音信号を選び、次の信号で第2の楽音信号を選ぶようにする等の動作を行なう。」(2頁右上欄14行ないし左下欄9行)、「テープ装置22の第1のトラック24から再生された伴奏音に基づき鍵盤機構12を操作し、電子楽器演奏を行なうもので、録音された音と共演するようになる。同時に録音された磁気テープ23の進行に伴ないプリセット切換回路19に切替指令信号が送られ、楽器演奏の進行に伴って音色が自動的に切換えられるものである。」(2頁左下欄11行ないし18行)

これらの記載によれば、乙第1号証に記載された発明は、テープに記録された音色切換信号A、Bが、本願第2発明の楽音音色変更指示データのように単に音色を切換えるタイミングのみを指示する信号であれば、プリセット切換回路19を一方向に切換えていくだけの信号となり、トーンボリユウム16、17、18で設定された音色を順番に切換えていくことになり、固定的な音色変化しかできないものであると認められる。そうすると、乙第1号証から認められる周知事項によっては、引用例に記載の発明に基づいて本願第2発明を容易に発明することができたものと認めることはできず、この点の被告の主張は採用できない。

<6>  以上によれば、原告主張の取消事由1は理由がある。

(2)  そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。

4  よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙1

<省略>

別紙2

<省略>

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