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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)169号 判決 1998年2月24日

岡山県岡山市下石井1丁目2番3号

原告

株式会社林原生物化学研究所

同代表者代表取締役

林原健

同訴訟代理人弁理士

須磨光夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

吉田敏明

後藤千恵子

小池隆

主文

特許庁が平成3年審判第17270号事件について平成7年4月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年10月26日、名称を「高純度イソマルトースの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和56年特許願第171179号)したところ、昭和62年10月24日出願公告(昭和62年特許出願公告第50477号)されたが、特許異議の申立があり、平成3年5月17日拒絶査定を受けたので、同年9月5日審判を請求し、平成3年審判第17270号事件として審理された結果、平成7年4月13日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月15日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

グルコアミラーゼによるグルコース逆合成反応、α-グルコシダーゼによるグルコース転位反応またはデキストランの部分加水分解反応によって得られるイソマルトースを固形物当り7%以上含有する糖液をアルカリ金属型またはアルカリ土類金属型強酸性カチオン交換樹脂を充填したカラムに流し、次いで水で溶出してイソマルトデキストリン高含有画分、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分、イソマルトース高含有画分、イソマルトース・グルコース高含有画分、グルコース高含有画分の順に分画してイソマルトース高含有画分を採取するに際し、その分画により得られるイソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース/グルコース高含有画分を、前記糖液を前記カラムに流す前後または前記糖液と共に流してイソマルトース高含有画分を採取することを特徴とする高純度イソマルトースの製造方法。

3  審決の理由

別紙審決書(写し)記載のとおりであって、その骨子は、本願発明は引例1記載の発明(引例発明)に基づいて当業者が容易に発明することができるものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由のうち、本願発明の要旨の認定、引例1の記載事項の認定、本願発明と引例発明との一致点及び相違点の認定(審決の理由2頁2行ないし11頁2行)は認めるが、その余(同11頁5行ないし14頁16行)は争う。

審決は、相違点(c)、(d)、(e)についての判断を誤り、かつ、本願発明の効果についての判断を誤って、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点(c)の判断の誤り(取消事由1)

<1> 審決は、引例発明における成分分離は主として各糖成分の分子量の違いによる拡散性の違いによるものであると認められること、引例発明においては、デンプン加水分解物から、DP1からDP4間での成分及びデキストロース及びレブロースを分離していることからみて、引例発明の糖類の分離は種々の性質及び分子量の糖類について適用できると認められることを根拠として、「本願発明の原料糖液からイソマルトースを分離するために引例発明の排除クロマトグラフィー法を適用することに格別の創意を要するものとは認められない。」(甲第1号証11頁17行ないし12頁1行)と判断している。

しかし、引例1(甲第4号証)には「溶離の速度は種々の成分の分子量及び化学構造によって左右される」(2欄62行ないし64行)と明記されている。引例1の例2においては、分子量が同じデキストロースとレブロースとが明確に分離されている。このことからすれば、引例発明の成分分離に分子量は影響しているかも知れないが、少なくとも例2に関しては、成分分離は主として各糖成分の分子量の違いによるものであるといえるものではない。

また、引例1で分離されている糖は、単糖類ではデキストロースとレブロース、二糖類ではマルトース、三糖類ではマルトトリオースのみである。三糖類までに限ったとしても、性質の相違する多種多様の糖が存在するのであり、そのような糖類の多様性を無視して、「引例発明の排除クロマトグラフィーによる糖類の分離は種々の性質及び分子量の糖類について適用できると認められる」(甲第1号証11頁15行ないし17行)とした審決の論理には明らかに飛躍がある。

上記のとおり、引例1の排除クロマトグラフィーは、「溶離の速度は種々の成分の分子量及び化学構造によって左右される」のであるから、引例1の排除クロマトグラフィーによってデキストロースやマルトトリオースからマルトースが分離できたからといって、引例1の排除クロマトグラフィーによって、各種糖質を含む本願発明の原料糖液から、果たしてイソマルトースが分離できるか否かは到底予測できるものではない。

したがって、審決が挙げる上記根拠はいずれも合理的理由がなく、上記判断は誤りである。

<2> 審決は、本願発明の原料糖液が「イソマルトースを固形物当り7%以上含有する」点について、「目的物であるイソマルトースを分離、採集するのになるべく多量にイソマルトースを含む原料を選択することに格別の創意は認められないし、かつ、本願発明の原料糖液中の「7%」というイソマルトース濃度が臨界的なものとは認められない。」(甲第1号証12頁9行ないし14行)と判断している。

しかしながら、本願発明において原料糖液中のイソマルトース含有量を7%以上と特定した理由は、「目的物であるイソマルトースを分離、採集するのになるべく多量にイソマルトースを含む原料を選択する」という意味からではない。

本願発明は、本願発明の製造方法による場合には、イソマルトースを固形物当り7%以上含有する原料糖液を使用すれば、イソマルトース含有量が40%以上の高純度イソマルトースを70%以上の高収率で得ることができることを明らかにし、それを構成要件として記載したものである。このように、原料糖液中に必要とされる最低のイソマルトース含有量が明らかにされることによって、当業者は労力を無駄にすることなく、効率よく高純度のイソマルトースを高収率で得ることができるのであり、本願発明における「原料糖液中のイソマルトース含有量を7%以上」との限定は、このような技術思想に基づくものである。

そして、本願発明において「7%以上」という限定は、本願明細書中に開示された実験、特に第2表の結果に基づいてなされたものであり、第2表の結果、及びそれをグラフ化した甲第6号証から明らかなように、イソマルトース含有量が7%以上になればイソマルトースの収率が急激に変化しており、「7%」という値が臨界的な意味を有することは明白である。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

(2)  相違点(d)の判断の誤り(取消事由2)

本願発明における、イソマルトデキストリン高含有画分、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分、イソマルトース高含有画分、イソマルトース・グルコース高含有画分、グルコース高含有画分の順に分画してイソマルトース高含有画分を採集する工程は、次のイソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分、イソマルトース・グルコース高含有画分を循環させる工程の前提となる必要不可欠な構成である。

そして、カラムからの流出液は連続的に切れ目なく流出してくるものであり、自ずから画分毎に別れて流出してくるものではない以上、どのような画分毎に分けて分画するかは作業者の恣意に任されており、それを本願発明のような特定の画分に分けて分画することには、明確な技術思想があり、技術的な工夫がある。

したがって、相違点(d)についての審決の判断は誤りである。

(3)  相違点(e)の判断の誤り(取消事由3)

審決は、「イソマルトースを収率よく分離し、採集するためには、本願発明の原料糖液をカラムに通して、目的純度のイソマルトース画分を採集するだけでなく、その操作において当然に生成する、なお比較的多量のイソマルトースを含む画分を原料糖液側に循環させることは、クロマトグラフィー分離技術上常套の手法であり、」(甲第1号証13頁3行ないし9行)としているが、何らの具体的証拠も示されていない。

また、審決は、「引例発明の排除クロマトグラフィー法を利用して目的純度のイソマルトース画分を採集する場合、排除クロマトグラフィー技術の性質からみて、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分の循環操作に格別の支障があるものとは認められない。」(甲第1号証13頁11行ないし18行)としているが、一体いかなる排除クロマトグラフィー技術の性質からみて、「イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分の循環操作に格別の支障があるものとは認められない。」といえるのか、全く不明である。引例1の記載からみて、引例1の排除クロマトグラフィーにおいては、最高分子量成分を含む画分以外の画分をカラムに再循環させるなどということは全く予定外の事項であるし、本来、不都合で禁止されていることである。

したがって、相違点(d)についての審決の判断は誤りである。

(4)  効果についての判断の誤り(取消事由4)

本願発明は、イソマルトース含有量が40%以上の高純度イソマルトースを、原料糖液中のイソマルトースに対して70%以上の高収率で得ることを可能(甲第3号証3欄38行ないし4欄19行)にし、更には、使用水量を減少させることができる(同6欄21行ないし28行)との優れた効果を有するものである。

したがって、「本願発明は、引例発明の排除クロマトグラフィー法を適用して、その場合に通常予想される以上の効果を奏したものとも認められない。」(甲第1号証14頁7行ないし10行)とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当あって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 本願発明は、本願原料糖液から高純度イソマルトースを製造しているが、原料糖液についてはその原料を特定していないから、その組成も多種多様である。また、本願明細書には、「α-グルコシダーゼによるグルコース転移反応」で得られる本願原料糖液を実際に使用した具体例は示されておらず、この原料糖液はグルコアミラーゼによるグルコースの逆合成反応とは反応機構を異にすることから、当然生成物も同一であるはずのないものである。これらのことは、原告が、本願明細書に記載されたごくわずかな実施例に基づいて、本願原料糖液の組成の違いは排除クロマトグラフィー法による高純度イソマルトースの製造にさしたる影響がないことを示している。

したがって、「性質の相違する多種多様の糖が存在するのであり、そのような糖類の多様性を無視して、「引例発明の排除クロマトグラフィーによる糖類の分離は種々の性質及び分子量の糖類について適用できると認められる」とした審決の論理には明らかに飛躍がある」旨の原告の主張は正当ではない。

<2> 原告は、本願発明の「イソマルトースを固形物当り7%以上含有する」という条件は、本願明細書の発明の詳細な説明の第2表に基づくものである旨主張している。

しかしながら、第一に、本願明細書の発明の詳細な説明の項の第2表は、特定の原料糖液を特定のカチオン交換樹脂を用いてイソマルトースを濃縮した場合の結果を示すものである。この場合の条件からは、他の原料糖液又は他のカチオン交換樹脂を用いた場合に、例えばイソマルトース含有量が40%以上の高純度イソマルトースを70%以上の高収率で得るために必要な、原料糖液中のイソマルトース濃度の具体値(例えば7%)までを推測させるものではあり得ない。

第二に、上記第2表の結果は、再循環法の結果を示すものではない。再循環法では、たとえ原料糖液のイソマルトース濃度が7%以上であっても、再循環する画分の量及びこの画分中のイソマルトース濃度によってイソマルトースの濃度が様々に変動し、イソマルトースの濃度によって、本願発明で得られる「高純度イソマルトース」のイソマルトース濃度及び収率が変動する。

甲第10号証の表2によれば、再循環の場合、原料糖液中のイソマルトースが5.4%、7.1%のとき、原料糖液中のイソマルトースに対する収率は、それぞれ62.3%、77.0%であるから、後者の値が70%のときは、前者の値は6%程度であると推定され、上記表2は、7%という数値の臨界性を否定する結果となっている。

したがって、本願発明の原料糖液中の「7%」というイソマルトースの濃度は臨界的な意味があるものとは認められない。

(2)  取消事由2について

排除クロマトグラフィー法は糖類の分離に有効であると知られているから、高純度イソマルトースを製造する場合にも排除クロマトグラフィーを試みてみるものである。特に、排除クロマトグラフィー法は、糖分子の分子量(糖分子の大きさの目安)の差異を利用するという性質からみて、イソマルトースを含有する原料糖液から高純度イソマルトースを製造しようとするのに、排除クロマトグラフィー法を適用することに格別の創意を要するものではない。

そして、排除クロマトグラフィーによってイソマルトースを濃縮しようとする場合、糖類の大量生産方法であり、水で溶離する引例発明の方法を採用することが適切であり、その場合、引例1(甲第4号証)に記載されているように、主として糖成分の分子量によって分離されてくることは容易に予想できることである。

(3)  取消事由3について

本願発明は、「その分画により得られるイソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分を、前記糖液を前記カラムに流す前後または前記糖液と共に流してイソマルトース高含有画分を採取する」工程を有する。

上記において、上記画分を「前記糖液を前記カラムに流す前後または前記糖液と共に流」すことは、再循環法として最もありふれた方法にすぎない。すなわち、再循環は原料糖液と分離された画分(目的物をなお含有するが、その目的物の濃度が製品画分より低い)とを合わせて分画することであるからである。

(4)  取消事由4について

本願発明が高純度イソマルトースを高収率で得ることを目的とする発明であるからには、その目的に応じた、高純度イソマルトースに特有なイオン交換樹脂なり、分画法なり等を特定しなければ、原告が主張する本願発明の効果が本願発明の構成に基づく特有の効果であるとすることはできない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由)の各事実、並びに、引例1の記載事項、本願発明と引例発明との一致点及び相違点が審決の認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  取消事由1及び4について

(1)  本願明細書の発明の詳細な説明には、実験による本願発明の説明として次のとおり記載されていることが認められる。

「樹脂は、アルカリ金属型強酸性カチオン交換樹脂(ダウケミカル社製造、商品名ダウエックス50W×4、Na+型)を使用し、これを水懸濁液として内径5.4cmのジャケット付ステンレス製カラム1本に樹脂層長が10mになるように充填した。カラム内温度を75℃に維持しつつ、原糖液を樹脂に対して5v/v%加え、これに75℃の温水をSV0.2の流速で流して分画し、イソマルトース含有量40%以上のイソマルトース高含有画分を採取した。

結果は第2表に示した。

第2表

<省略>

(注) 不可能とはイソマルトース含有量40%以上のイソマルトース高含有画分が得られなかったことを意味する。」

(甲第3号証7欄26行ないし8欄15行)

そして、上記第2表の結果に基づき、X軸を「原糖液のイソマルトース含量(%)」、Y軸を「原糖液中のイソマルトースに対する収率(%)」として作成されたグラフ(甲第6号証)の記載によると、原料糖液のイソマルトース含有量が3.6%から7.1%に上昇するまでは、原料糖液中のイソマルトース量に対する収率も直線的に上昇するが(45.2%→75.3%)、原料糖液のイソマルトース含有量が7.1%を越えると、12.7%の場合が80.6%、25.5%の場合が81.4%と、高収率が維持されていることが認められる。

上記認定の事実によれば、原料糖液のイソマルトース含有量が7.1%の付近を境にしてイソマルトースの収率が急激に変化していることは明らかであり、本願発明における原料糖液中の「7%」というイソマルトース濃度は臨界的数値というべきである。

(2)<1>  被告は、上記第2表は、特定の原料糖液を特定のカチオン交換樹脂を用いてイソマルトースを濃縮した場合の結果を示すものであって、この場合の条件からは、他の原料糖液又は他のカチオン交換樹脂を用いた場合に、例えばイソマルトース含有量が40%以上の高純度イソマルトースを70%以上の高収率で得るために必要な、原料糖液中のイソマルトース濃度の具体値(例えば7%)までを推測させるものではあり得ない旨主張する。

そこで、本願明細書(甲第3号証)に記載の実施例において使用されている「イオン交換樹脂」の種類及び使用量についてみると、次のとおりであることが認められる(但し、上記第2表に記載の場合との比較のため、同表の場合と同様に、イソマルトース含有量40%以上のイソマルトース高含有画分を採取し、「再循環」をしない実施例のみを示す。)。

実施例 使用樹脂 使用量

1 XT-1022E、Na+型 内径5.4cm×20m

2 XT-1022E、K+型 内径6.2cm×10m

3 ダウエックス50W、Mg++型 内径5.4cm×15m

そして、本願明細書(甲第3号証)に記載の実施例における「原糖液のイソマルトース含量」及び「原糖液中のイソマルトースに対する収率」についてみると、次のとおりであることが認められる。

実施例 原糖液のイソマル 原糖液中のイソマルトーストース含量(%) に対する収率(%)

1 25.5 75.1

2 12.2 79.1

3 16.5 78.1

上記認定のとおり、原料糖液中のイソマルトース含有量が「7%以上」である12.2%ないし25.5%の場合においては、原料糖液中のイソマルトースに対する収率が、75.1%ないし79.1%であることを示しており、この収率は、上記第2表に掲記の収率にほぼ匹敵するものである。

そうすると、上記各実施例におけるように、上記第2表に係る実験において使用したものと異なるイオン交換樹脂を異なる量で使用した場合でも、原料糖液中のイソマルトース含有量が、12.2%ないし25.5%の場合には、その収率が第2表に係る実験の場合と大差ないということになり、このことは、上記第2表に係る実験において使用したものと異なるイオン交換樹脂を異なる量で使用した場合においても、原料糖液中のイソマルトース含有量が「7%」付近において、イソマルトースの収率が急激に変化する臨界点が存在するであろうことを推測させるものであるというべきである。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

<2>  被告は、上記第2表の結果は再循環法の結果を示すものではなく、再循環法では、たとえ原料糖液のイソマルトース濃度が7%以上であっても、再循環する画分の量及びこの画分中のイソマルトース濃度によってイソマルトースの濃度が様々に変動し、イソマルトースの濃度によって、本願発明で得られる高純度イソマルトースのイソマルトース濃度及び収率が変動する旨主張する。

上記第2表に係る実験において使用した原料糖液は、グルコースにグルコアミラーゼを加え逆合成反応を起こさせて調製している(甲第3号証7欄6行ないし9行)のに対し、実施例2の原料糖液はデキストランを部分加水分解反応で調製し(甲第3号証9欄4行ないし9行)、実施例3の原料糖液は水飴にグルコアミラーゼを加え逆合成反応を起こさせて調製していて(同9欄26行ないし30行)、原料糖液の調製法が相違しており、当然その糖組成も異なるものと考えられる。しかるに、上記<1>に認定のとおり、実施例2及び実施例3におけるイソマルトースの収率は、実験の場合とほぼ同じような結果が得られている。

そうすると、再循環によって糖組成が最初のものと異なることになっても、上記第2表に示された実験結果に格別の変化が生じるとは考えられず、原料糖液中のイソマルトース含有量が7%以上であればイソマルトースを高収率で得られることに変わりはないものと考えられる。

そして、本願発明のように、「イソマルトデキストリン.イソマルトース高含有画分」あるいは「イソマルトース.グルコース高含有画分」を再循環しても、これらに含有されるイソマルトースの含有量に対応するイソマルトースの収率に従って、イソマルトースが得られるだけであることは技術的に明らかでしる。

したがって、上記第2表の結果は再循環法の結果を示すものではないとしても、原料糖液中のイソマルトース濃度が「7%」付近で、イソマルトースの収率が急激に変化する臨界点を示すことに何ら影響することはないものというべきである。

上記の点は、甲第10号証によれば、原告の研究管理担当の渋谷孝が行った実験において、「本願明細書に示された高純度イソマルトース製造方法において、カラムに、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分及びイソマルトース・グルコース高含有画分を再循環するしないにかかわらず、原料糖液のイソマルトース含有量が7%以上で初めて、イソマルトース含有量40%以上のイソマルトース高含有画分中に、イソマルトースを70%以上の高収率で得ることができ、7%という数値の臨界性に変化がなかった。」という実験結果が得られたことが認められることからも裏付けられるところである。

<3>被告は、甲第10号証の表2によれば、再循環の場合、原料糖液中のイソマルトースが5.4%、7.1%のとき、原料糖液中のイソマルトースに対する収率は、それぞれ62.3%及び77・0%であるから、後者の値が70%のときは、前者の値は6%程度であると推定され、上記表2は、7%という数値の臨界性を否定する結果となっている旨主張している。

しかし、本願発明では、「原料糖液中のイソマルトースに対する収率」が「70%」のところで臨界性を示すのではなく、「原料糖液中のイソマルトース」が「7%」のところで臨界性を示すものである。

そして、甲第10号証の「表2」をもとに作成したと認められる「図3 原料糖液中のイソマルトース含有量と収率との関係」によれば、原料糖液中のイソマルトース含有量が7%付近でイソマルトースの収率が急激に変化していることが認められる。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

(3)  上記のとおり、本願発明における原料糖液中の「7%」というイソマルトース濃度は臨界的数値というべきであり、本願発明は、「原糖液はその糖組成をイソマルトース含有量7%以上にすれば、イソマルトース含有量40%以上のイソマルトース高含有画分中にイソマルトースが原糖液イソマルトースに対して70%以上の高収率で採取できる」(甲第3号証8欄16行ないし21行)という、引例発明からは予測できない顕著な効果を奏するものであることが認められる。

(4)  以上のとおりであるから、審決が、相違点(c)の判断に当たり、本願発明の原料糖液が「イソマルトースを固形物当り7%以上含有する」点について、「目的物であるイソマルトースを分離、採集するのになるべく多量のイソマルトースを含む原料を選択することに格別の創意は認められないし、かつ、本願発明の原料糖液中の「7%」というイソマルトース濃度が臨界的なものとは認められない。」(甲第1号証12頁9行ないし14行)とした判断、及び、本願発明の効果について、「引例発明の排除クロマトグラフィー法を適用して、その場合に通常予想される以上の効果を奏したものとも認められない。」(同14頁7行ないし10行)とした判断はいずれも誤りであり、取消事由1及び4は理由がある。

3 よって、その余の取消事由について検討するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成 3年審判第17270号

審決

岡山県岡山市下石井1丁目2番3号

請求人 株式会社 林原生物化学研究所

昭和56年 特許願第171179号「高純度イソマルトースの製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年10月24日出願公告、特公昭62-50477)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

〔一〕 本願は、昭和56年10月26日に出願され、昭和62年10月24日に出願公告されたものであって、その発明の要旨は、平成5年5月17日付けの手続補正書によって補正された特許請求の範囲の第1項に記載されたとおりの

「(1) グルコアミラーゼによるグルコース逆合成反応、α-グルコシダーゼによるグルコース転位反応またはデキストランの部分加水分解反応によって得られるイソマルトースを固形物当り7%以上含有する糖液をアルカリ金属型またはアルカリ土類金属型強酸性カチオン交換樹脂を充填したカラムに流し、次いで水で溶出してイソマルトデキストリン高含有画分、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分、イソマルトース高含有画分、イソマルトース・グルコース高含有画分、グルコース高含有画分の順に分画してイソマルトース高含有画分を採集するに際し、その分画により得られるイソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分を、前記糖液を前記カラムに流す前後または前記糖液と共に流してイソマルトース高含有画分を採集することを特徴とする高純度イソマルトースの製造方法。」

にあるものと認められる。

〔二〕 これに対して、平成5年2月12日付けで当審が通知した拒絶の理由において引用した米国特許第4109075号明細書(以下引例1という。)には、下記の趣旨の記載があることが認められる。

(イ) a.糖類の供給混合物を分子排除クロマトグラフィー帯域に供給し

b.供給混合物の最も拡散しにくい糖類成分を含有する第一画分を捕集し、この第一画分は主として最高分子量の糖類を含有しており、

c.主として中程度の分子量の糖類を含有している第二画分及び主として低分子量の糖類を含有している第三画分を包含する後続画分を上記帯域から捕集し、

d.まず上記第一画分で、次いで水で溶離して、連続的に上記帯域を溶離し、そして、

e.上記帯域から各画分を回収する

工程を包含する排除クロマトグラフィーによって糖類を分離する方法。(クレームの第1項)

(ロ)加水分解によって製造したデンプン成分は一般にその重合度、DPによって同定する。記号DP1は重合度が1のスターチ加水分解物、すなわちデキストロースを指し、DP2は2個のデキストロース単位を有する重合度2のデンプン成分(マルトース)を、また、DP3は3個のデキストロース単位を有する成分(マルトトリオース)を指す。(1欄、47-54行)

(ハ) この発明の他の目的は、単糖類と多糖類をたがいに分離し、最小量の溶離剤によってデンプン加水分解物の糖分布を変更することである。(3欄、27-31行)

(ニ) この発明の関連する目的は、溶離剤としての水を最小量用いて、デキストロース及び多糖類からレブロースを分離することである。(3欄、32-35行)

(ホ) この発明の排除クロマトグラフィーの溶離サイクルにおいては、少なくともカラム充填物の細孔に最も拡散しにくい分子を含む第1の画分(デンプン加水分解物の分離では、主として最大分子量成分)、中程度の拡散性(かつ、主として中程度の分子量)の成分を含む第2の画分、及び最高の拡散性(かっ、主として最小分子量)の成分を含む第3の画分をカラムから溶離する。(3欄、42-53行)

(ヘ) 最高の分子量を有する成分を含有する還流画分は、カラムを速やかに通過し、カラム平衡を格別阻害したり、移動させたりしない。

この発明によって、デンプン加水分解物の糖類組成を変更し、DP1からDP4まての範囲の多糖類の一つに富む画分を製造することができる。この発明は、多糖類画分を還流しないときよりも少ない水の量で、デキストロース及び多糖類からレブロースを分離し、レブロースシロップを製造するのにも適用できる。(4欄、3-18行)

(ト) この発明の排除クロマトグラフィーにおいて好ましい手段は、架橋した芳香族ビニル樹脂のマトリックスを有するスルホン酸化樹脂の金属塩のようなイオン交換樹脂である。(5欄、50-53行)

(チ) 40.2のD.E.(デキストロース当量)を有し、次の糖類組成:

乾物%

DP 1 10.7

DP 2 39.2

DP 3 16.7

DP 4 7.4

DP 5+ 26.0

を有するトウモロコシ デンプン(CPCコード 1435)の加水分解物の供給試料を排除クロマトグラフィーで分離した。カラムに30-50メッシュの粒径をもち、カルシウム状態にあるイオン交換樹脂を充填した。

還流をともなわない操作の場合は、カラムが定常状態に達した後に、各画分中のDP成分の濃度の供給原料中のDP成分の濃度に対する比率(C/CO)を各画分ごとに計算して、Feg.1に図示してある。最初の画分はDP5+成分を含有し、他の成分は分子量が減少する順序で含有されてくる。

還流をともなう操作の場合は、種々の画分のC/COを計算すると、Fig.1に図示した還流なしの場合と同じような曲線になる。(例1)

(リ) 42%のレブロースを含み、39.5%の乾物量をもち、次の組成:

重量部

デキストロース 50.1

レブロース 42

マルトース 4.3

イソマルトース 2.3

マルトトリオース 0.1

パノース 0.6

DP4+ 0.6

プシコース 0.14

を有するシロップを例1と同じ樹脂を充填したカラムを使用して、レブロースをデキストロースから分離した。

最初の画分は主としてDP3+多糖類を含んでおり、カラムに循環させた。(例2)

〔三〕A 本願発明と上記〔二〕 (イ)の発明(以下では引例発明という。)とを比較する。

本願発明も引例発明の方法も、ともにカラムクロマトグラフィー法によって、糖類の混合物からその成分である糖を分離あるいは濃縮する方法であって、

(a) 本願発明の方法では、カラムに「アルカリ金属型またはアルカリ土類金属型強酸性カチオン交換樹脂」を充填するのに対して、引例発明の方法では、架橋した芳香族ビニル樹脂のマトリックスを有するスルホン酸化樹脂の金属塩のようなイオン交換樹脂{上記〔二〕(ト)参照}、例えばカルシウム状態にあるイオン交換樹脂を充填する{上記〔二〕(チ)参照}点、及び

(b) 本願発明の方法では「水て溶出」するのに対して、引例発明では「水で溶離」する{上記〔二〕(イ)及び(ヘ)参照}点

の二点では、本願発明は引例発明と一致しているが、

(c) 本願発明の方法では、カラムに流す糖液(以下本願発明の原料糖液という。)は「グルコアミラーゼによるグルコース逆合成反応、α-グルコシダーゼによるグルコース転位反応またはデキストランの部分加水分解反応によって得られるイソマルトースを固形物当り7%以上含有する糖液」であるのに対して、引例発明では分子排除クロマトグラフィー帯域に供給する混合物は単に糖類とされている{上紀〔二〕(イ)、(ハ)及び(ニ)参照}点、

(d) 本願発明の方法では、「イソマルトデキストリン高含有画分、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分、イソマルトース高含有画分、イソマルトース・グルコース高含有画分、グルコース高含有画分の順に分画してイソマルトース高含有画分を採集する」のに対して、引例発明の方法では、主として分子量に対応する拡散性に応じて、少なくとも第1画分から第3画分までを分離するものである{上記〔二〕(ホ)参照}点、及び

(e) 本願発明の方法では、「その分画により得られるイソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分を、前記糖液を前記カラムに流す前後または前記糖液と共に流してイソマルトース高含有画分を採集する」のに対して、引例発明では、「DP1からDP4までの範囲の多糖類の一つに富む画分を製造」し、また、レブロースを分離する{上記〔二〕(ヘ)並びに(チ)及び(リ)参照}ものである点の三点で、本願発明は引例発明と相違していることが認められる。

〔三〕B つぎに、上記〔三〕Aで指摘した相違点(c)、(d)及び(e)を検討する。

(1) 上記(c)の点

上記〔二〕(ホ)によれば、引例発明の原料糖混合物の成分分離は、各糖成分の充填樹脂上での拡散性に基づいて分離するものであり、その拡散性は主として各糖成分の分子量の違いによるものであることが認められ、また、上記〔二〕の(ヘ)、(チ)及び(リ)によれば、デンプン加水分解物からDP1からDP4までの成分及びデキストロースとレブロースとを主成分とする混合物からデキストロース及びレブロースを分離していることからみて、引例発明の排除クロマトグラフィーによる糖類の分離は種々の性質及び分子量の糖類について適用できると認められるから、本願発明の原料糖液からイソマルトースを分離するために引例発明の排除クロマトグラフィー法を適用することに格別の創意を要するものとは認められない。

なお、多糖類デキストランの酸加水分解物がイソマルトースを含んでいることは周知である〔必要ならば、小竹無二雄監修、大有機化学 第20巻 天然高分子化合物II(昭和50年、株式会社朝倉書店)の105頁参照〕。

また、本願発明の原料糖液を「イソマルトースを固形物当り7%以上含有する糖液」に特定している点も、目的物であるイソマルトースを分離、採集するのになるべく多量にイソマルトースを含む原料を選択することに格別の創意は認められないし、かつ、本願発明の原料糖液中の「7%」というイソマルトース濃度が臨界的なものとは認められない。

(2) 上記(d)の点

本願発明の原料糖液を引例発明の排除クロマトグラフィー法による分離操作にかければ、本願発明の原料糖液を組成する成分の分子量に応じて、当然に本願発明における順序で溶離されるものと認められるから、このような順序を特定したことに格別の技術的工夫は認められない。

(3) 上記(e)の点

イソマルトースを収率よく分離し、採集するためには、本願発明の原料糖液をカラムに通して、目的純度のイソマルトース画分を採集するだけでなく、その操作において当然に生成する、なお比較的多量のイソマルトースを含む画分を原料糖液側に循環させることは、クロマトグラフィー分離技術上常套の手法であり、支障がないかぎり原料の有効利用のために当然なされる工夫であると認められる。そして、引例発明の排除クロマトグラフィー法を利用して目的純度のイソマルトース画分を採集する場合、排除クロマトグラフィー技術の性質からみて、イソマルトデキストリン・イソマルトース高含有画分および/またはイソマルトース・グルコース高含有画分の循環操作に格別の支障があるものとは認められない。

なお、引例発明の方法では高分子量の画分を循環させているが、これは溶離操作のために使用する水の量をなるべく少量にするためであって、引例発明の方法でこのような特別の操作をしているからといって、引例発明の方法の排除クロマトグラフィー法が本願発明の原料糖液からイソマルトースを分離するのに適用できないことにはならない。

〔三〕C そして、本願発明は、引例発明の排除クロマトグラフィー法を適用して、その場合に通常予想される以上の効果を奏したものとも認められない。

〔四〕 そうすると、本願発明は、引例発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められる。

したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定によって、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年4月13日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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