東京高等裁判所 平成7年(行ケ)255号 判決 1996年8月20日
新潟県南蒲原郡下田村大字上大浦474番地
原告
バクマ工業株式会社
代表者代表取締役
馬場幸一
訴訟代理人弁護士
坂井煕一
同
斉木悦男
同弁理士
近藤彰
兵庫県三木市大村561番地
被告
株式会社岡田金属工業所
代表者代表取締役
山本勝次
訴訟代理人弁護士
酒井信次
同
田中稔子
同弁理士
大西健
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者が求める裁判
1 原告
「特許庁が平成5年審判第12281号事件について平成7年8月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告(審判被請求人)は、意匠に係る物品を「鋸の背金」とし、その形態を別紙第一のとおりとする登録第867117号意匠(昭和61年4月28日出願(前実用新案出願日援用)、平成5年2月12日設定登録。以下、「本件意匠」という。)の意匠権者である。
原告(審判請求人)は、平成5年6月10日、本件意匠の登録を無効にすることについて審判を請求し、平成5年審判第12281号事件として審理された結果、平成7年8月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年9月22日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1)原告の請求の理由
本件意匠は、その出願前に公知の昭和60年特許出願公開第137601号公報(甲第2号証)の第3図に記載されている鋸の背金の意匠(以下、「引用意匠1」という。)に類似し、意匠法3条1項3号に違背して登録されたものである。
すなわち、本件意匠に係る物品は、鋸の柄の先端に固着し、替え刃鋸を装着するものであるが、引用意匠1も同様である。また、両意匠は、偏平な二つ折り前部(鋸装着部)と、この鋸装着部の各側板を後部に延長して相対向させた柄装着部からなり、鋸装着部はピストル型の先細となっており、柄装着部は鋸装着部より上下幅が少し狭い矩形状であり、鋸装着部に鋸の掛け止め支持部が内設されている基本的構成態様で一致している。
一方、両意匠には、鋸装着部の先部の形状が、本件意匠では上下幅の狭い矩形で、鋸装着部の基部の幅広部分に曲線で連続しているものであるのに対し、引用意匠1は小さい円形で、鋸装着部の基部の幅広部分まで徐々に幅広となるように曲線で連続しているものである点と、本件意匠は掛け止め支持部が外観上視認できないのに対し、引用意匠1は視認できるものである点に具体的な差異が認められる。
しかしながら、本件意匠の基本的構成態様は、被告が、本件出願前に広く実施しているものであり(昭和58年2月28日付け日本刃物工具新聞(甲第3号証)の被告の広告欄参照)、また、昭和62年実用新案出願公開第1902号公報の内容を撮影したマイクロフィルムの写し(甲第4号証)及び昭和62年実用新案出願公開第194003号公報の内容を撮影したマイクロフィルムの写し(甲第5号証)にも記載されているので、本件出願当時、既に、当業者にとっては周知の形態であり、また、本件出願前の公知意匠である昭和61年実用新案出願公開第20302号公報の内容を撮影したマイクロフィルムの写し(甲第6号証)には、その第8図に、本件意匠と同様に、背金の先端部分を直線的に切り落とした形状が示されているほか、掛け止め支持部が外観に現れていない形状(以下、「引用意匠2」という。)が示されており、これらの点も本件出願前公知である。
そこで、本件意匠の保護価値について考察するに、上記のとおり、その基本的構成態様は周知であり、具体的な差異点も公知であって、その創作的価値は低く、また、この差異点は、意匠全体として観察する場合において、支配的な視覚効果を奏しているものとは認められないものである。
したがって、両意匠はその基本的構成態様が一致し、その具体的な差異点は細部の相違にすぎないものであり、本件意匠は引用意匠1に類似する。
なお、本件意匠の要部が、その先部形態に存在すると解釈するときは、引用意匠2と類似することを予備的主張とする。
(2)被告の答弁
本件意匠と引用意匠1を比較すると、本件意匠は、鋸装着部において、上下二段にわたる水平状の辺部を有しており、細幅部分と広幅部分とを明確な形で印象づける形状となっており、全体的に箱型的なイメージを与えるのに対し、引用意匠1は、鋸装着部において、基部側下方縁部の先端と上水平辺部の先端とを、緩い円弧で連結した構成であり、この部位において直角三角形を観念させるものであり、全体的には流線型で、切り出しナイフ的なイメージを与えるものである。しかも、引用意匠1は、背金の中ほどの目立つ位置に、大きな円形の模様が現れているのに対して、本件意匠にはないことから、これらの差異点を考慮すれば、本件意匠と引用意匠1とは非類似である。
また、引用意匠2は、ほぼ同じ長さの辺が直角に交わる直角三角形の先端部を切り落とした形状の略横置き台形状部に、略正方形を接続した印象を与える鋸装着部の側面形状が示されているのみであり、鋸装着部の前方に、上下幅が鋸装着部の最大幅の2分の1で、横幅が鋸装着部全体の長さの2分の1近くを占める矩形部を有し、該矩形部と鋸装着部最大幅部の矩形とによって、上下二段形状を強く印象づける本件意匠とは、そのプロポーションが異なり、非類似と認定されるべきものである。
(3)判断
<1> 本件意匠
本件意匠は、昭和61年4月28日に実用新案登録出願し、平成1年12月2日に出願の分割をし、同月30日に意匠登録出願に出願の変更をしたものであって、願書の記載及び添付図面によれば、その形態は次に示すとおりのものである(別紙第一参照)。
すなわち、基本的構成態様が、上縁を折り返し部とした二つ折りの横長板体において、その二枚の折片は、板体の厚みと略同程度の僅かな間隔を開けて対向するものであり、その横幅の略中央から左側を、下縁の一部を大きく切り欠いた鋸装着部、右側を、上下縁を僅かに切り欠いてやや細幅の2枚の舌片状の横長長方形板状の嵌合部としたものである。
具体的態様は、鋸装着部は、その最大縦幅に対する横幅は約2.5倍程度であり、鋸装着部の右寄り略3分の1を、二枚の折片の内部に細い円柱状の鋸係止部を有する上下縁端同幅の鋸取付基部(以下、「取付基部」という。)となし、その取付基部の鋸の刃先方向側寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅に延ばして鋸保持部(以下、「保持部」という。)としたものである。また、保持部は、同幅状とした部分において、二枚の折片の下縁が相互に接し、閉塞した態様をなしている。
<2> 引用意匠1
引用意匠1は、昭和60年7月22日発行の公開特許公報の4頁に記載された図面中、第3図によって示された鋸の断面図に表された「鋸の背金」の意匠であって、その形態は次に示すとおりのものである(別紙第二参照)。
すなわち、同図は「鋸の背金」の正面図のみを示すに止まるので、その正面形状を検討するに、基本的構成態様が、横長板体において、その横幅の略中央から左側を、下縁の一部を大きく切り欠いた鋸装着部、右側を、水平に延びた横長長方形板からなる嵌合部としたものである。具体的熊様は、鋸装着部は、その最大縦幅に対する横幅は約2倍程度であり、鋸装着部の右寄り略2分の1弱を、略中央部に円形が示された取付基部となし、保持部は、取付基部側の下縁から鋸の刃先方向側の上縁に向けて、湾曲纏によって斜めに切り欠き、上端に位置する先端部は小さな隅丸状に形成して保持部としたものと認められる。なお、嵌合部には左右二カ所に小円が示されている。
<3> 引用意匠2
引用意匠2は、昭和61年2月5日発行の公開実用新案公報に記載された図面中、第8図によって示された「鋸の背金」の意匠であって、その形態は次に示すとおりのものである(別紙第三参照)。
すなわち、同図は「鋸の背金」について、鋸装着部の正面形状のみを示すに止まるので、その正面形状につき検討するに、その最大縦幅に対する横幅が約2倍弱の横長板体において、その横幅の略中央から柄への嵌合側寄りを、内面に係止部を有する取付基部となし、鋸の刃先方向側寄りを、下縁側を4分の1円状に切り欠き、保持部としたものであり、先端の垂直縁の幅が取付基部の最大縦幅の略4分の1程度のものと認められる。
<4> 判断
a 本件意匠と引用意匠1の類否について
意匠に係る物品は、両意匠ともに、替え刃式の鋸において、嵌合部を鋸の柄に挿入固定させ、鋸装着部で替え刃の脱着をするための「鋸の背金」に関するものであり、同一の物品と認められる。
その形態について、正面形状において対比するに、両意匠は、横長板体において、その横幅の略中央から左側を、下縁の一部を大きく切り欠いた鋸装着部、右側を、水平に延びた横長長方形板体からなる嵌合部としたものである点で共通する。一方、
イ 本件意匠は、鋸装着部の最大縦幅に対する横幅が約2.5倍程度であるのに対し、引用意匠は、約2倍程度であり、
ロ 本件意匠は、鋸装着部の横幅方向において、その右寄り略3分の1を、二枚の折片の内面に細い円柱状の鋸係止部を有する取付基部となし、その鋸取付基部の鋸の刃先方向寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから、鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅で延ばして保持部としたものであるのに対して、引用意匠1は、右寄り略2分の1弱を取付基部となし、保持部は、取付基部側の下縁から鋸の刃先方向側の上縁に向けて、湾曲線によって斜めに切り欠き、上端に位置する先端部は小さな隅丸状に形成して保持部としたものであり、
ハ 引用意匠1の正面には、鋸装着部の取付基部の略中央位置に円形が示され、嵌合部にも左右二カ所に小円が示されているが、本件意匠には、正、背面にはそのようなものが表されていない点
に差異が認められる。
そこで、これらの両意匠の共通点、差異点について検討するに、この種の物品において、鋸装着部は、その柄への装着時において、常に外観上視認できるものであり、その形状も、略同様の構造を採る以上、一定の制約はあるものの、当該制約の範囲内においては、取付基部と保持部との大きさの比率あるいはそれらの形状、その他鋸係止部を外観上も表すかどうか等の点において、その意匠を様々に工夫する余地があるものであることが前記各甲号証に示された形態において認められる。これに対して、嵌合部の形状は、前記各甲号証を通覧しても、いずれも単純な矩形に止まり、これらの形状に比べて本件意匠の嵌合部が格別の特徴を表しているものとも認めることはできない。したがって、意匠全体として観察した場合、本件意匠の特徴を最も良く表す形態上の要部は鋸装着部の具体的態様にあるものと認められる。
そこで、本件意匠と引用意匠1との差異点について検討するに、両意匠の差異は、嵌合部における小円を除いては、いずれも、本件意匠の要部と認められる鋸装着部の具体的態様におけるものであり、わけても、保持部の形態が、本件意匠は取付基部の鋸の刃先方向側寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧に抉って、そこから、鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅に延ばしたものであるのに対して、引用意匠1は、取付基部側の下縁から鋸の刃先方向側の上縁に向けて、湾曲線によって斜めに切り欠き、上縁に位置する先端部は小さな隅丸状に形成して保持部としている差異は、鋸装着部全体に係わるものであって、かつ、視覚的に顕著なものであるから、意匠全体として対比し観察する場合において、両意匠の前述した共通する態様を凌駕し、本件意匠は、引用意匠1と別異の意匠の創作に係るものと言わざるを得ない。
b 本件意匠と引用意匠2の類否について
両意匠の鋸装着部は、ともに、鋸係止部が内部にのみ設けられており、外観上、正面からは視認できない点は共通しているものの、前記のとおり、本件意匠の保持部の形態は、取付基部の鋸の刃先方向側寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから、鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅に延ばしたものであるのに対し、引用意匠2の保持部は、尖端の垂直線の幅を取付基部の最大縦幅の略4分の1程度として、鋸装着部の鋸の刃先寄りの下縁側を4分の1円状に切り欠いたものであって、本件意匠の態様と明らかに異なり、本件意匠は引用意匠2に類似しないものというほかはない。
<5> 以上のとおりであって、本件意匠は、原告の主張及び提出した証拠によって、その出願前に刊行物に記載された意匠と類似するものとは認められないから、その登録を無効とすることはできない。
3 審決の取消事由
本件意匠及び各引用意匠の構成態様が審決の理由の要点(3)<1>ないし<3>認定のとおりであり、本件意匠と各引用意匠とが審決認定の差異点を有することは認める。しかしながら、審決は、本件意匠と各引用意匠の共通点を看過し、かつ、その認定した差異点の判断を誤って、本件意匠は各引用意匠に類似するとは認められないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)本件意匠と引用意匠1との類否判断の誤り
<1> 共通点の看過
審決は、本件意匠と引用意匠1との共通点として、「横長板体において、その横幅の略中央から左側を、下縁の一部を大きく切り欠いた鋸装着部、右側を、水平に延びた横長長方形板からなる嵌合部としたものである点」のみを認定している。
しかしながら、本件意匠と引用意匠1とは、鋸装着部の右側を、二つ折りの内部に円柱状の鋸係止部を有する取付基部とし、取付基部の左側を、鋸刃体の保持部とする点(鋸装着部の構成)において共通する。
また、本件意匠と引用意匠1とは、鋸装着部全体の基本的構成態様においても共通している。すなわち、鋸装着部の取付基部の形態は、両意匠とも、物品における最大縦幅箇所で、縦幅の約3分の2の横幅で上下端が平行となっているものであり、保持部の形態は、両意匠とも、上方が取付基部の上縁の延長で、下方を切り欠いて取付基部より縦幅が狭くなっているものである。このように、本件意匠と引用意匠1とは、鋸装着部全体の基本的構成態様が、上下縁が平行で、かつ相応の横幅を有する取付基部から、上方部分のみを前方に突出させて保持部とし、全体をピストル形状としている点において共通する。
さらに、審決は、鋸装着部全体の横幅を基準にして、「本件意匠は、鋸装着部の横幅方向において、その右寄り略3分の1を(中略)取付基部となし」、「引用意匠1は、右寄り略2分の1弱を取付基部となし」と認定している。しかしながら、鋸装着部の最大縦幅を基準にすると、両意匠の取付基部は、最大縦幅と横幅との比率が同一であるから、本件意匠と引用意匠1とは、取付基部の形態が同一というべきである。
審決の本件意匠と引用意匠1との類否判断は、上記のような共通点を何ら考慮に入れることなくなされている。
<2> 類否判断の誤り
審決は、本件意匠の要部は鋸装着部の具体的構成態様にあるとした上で、本件意匠と引用意匠1の各保持部における「差異は、鋸装着部全体に係わるものであって、かつ、視覚的に顕著なものであるから、意匠全体として対比し観察する場合において、両意匠の前述した共通する態様を凌駕し、本件意匠は、引用意匠1と別異の意匠の創作に係るものと言わざるを得ない」と判断している。
しかしながら、審決の上記判断は、両意匠の鋸装着部全体の基本的構成態様における共通点を考慮せず、かつ、本件意匠の創作性について誤った評価をしたものである。
すなわち、本件意匠と引用意匠1の鋸装着部全体の基本的構成態様を観察すると、両者は、前記のように、「同一の形態の取付基部から、その上縁が取付基部の延長で、下方を切り欠いて取付基部より縦幅を狭くした保持部を突出させて、全体がピストル形状となっている形態」である点において共通している。この基本的構成態様は、鋸の背金に特徴的な構成態様であり、取付基部の横幅に多少の差異はあっても、本件出願前に広く知られていたものであって、このような鋸装着部全体の基本的構成態様を意匠の要部と認定した審決例(昭和63年審判第6253号、審決日平成4年12月24日)も存在する。
一方、審決は、本件意匠の保持部の「下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから、鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁端同幅に延ばした」態様と、引用意匠1の保持部の「取付基部側の下縁から鋸の刃先方向側の上縁に向けて、湾曲線によって斜めに切り欠き、上縁に位置する尖端部は小さな隅丸状に形成し」た態様との差異を、本件意匠と引用意匠1との差異点として認定している。
しかしながら、本件意匠の鋸装着部の保持部は、引用意匠1の鋸装着部の保持部を単に横に長く延ばし、その先端を隅丸から角形に変形したものにすぎない。すなわち、引用意匠1の保持部を横に長く延ばそうとすると、取付基部の刃先方向寄りの下縁からの曲線をより緩やかな曲線にして、縦幅が小さい保持部に至るように下方を抉ることになる。なお、本件意匠における保持部先端の角形は、引用意匠2に示されているように、鋸の背金の形状としては公知のものである。
したがって、本件意匠の保持部の形態は、格別な創作力を要することなく得られるものであって、強い美的印象を発揮するものではない。
以上のとおり、本件意匠と引用意匠1との共通点である鋸装着部全体の基本的構成態様は、鋸の背金としては当然の特徴的な態様である。そして、本件意匠は、引用意匠1に基づいて、鋸装着部の取付基部の形態をそのまま採用し、単に、保持部を横に長く延ばしてその先端部分を角型にするという、簡単な変更を行ったものにすぎない。したがって、本件意匠の保持部の具体的構成態様に基づく印象は、鋸装着部全体の基本的構成態様に基づく美感を凌駕して、本件意匠の支配的要素となっているとはいえないから、本件意匠は引用意匠1に類似するというべきである。
(2)本件意匠と引用意匠2との類否判断の誤り
審決は、「本件意匠の保持部の形態は、鋸取付基部の鋸の刃先方向側寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから、鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅に延ばしたものであるのに対し、引用意匠2の保持部は、先端の垂直線の幅を取付基部の最大縦幅の略4分の1程度として、鋸装着部の鋸の刃先寄りの下縁側を4分の1円状に切り欠いたものであって、本件意匠の態様と明らがに異なり、本件意匠は引用意匠2に類似しないものというほかはない」と判断している。
しかしながら、審決の上記判断は、両意匠の鋸装着部全体の基本的構成態様における共通点を全く考慮せずになされたものである。
すなわち、本件意匠と引用意匠2とは、鋸装着部が取付基部と保持部とで構成されている点(鋸装着部の構成)において共通する。
また、本件意匠と引用意匠2とは、鋸装着部全体の基本的構成態様においても共通している。すなわち、鋸装着部の取付基部の形態は、両意匠とも、物品における最大縦幅部分で、上下端が平行となっているものであり、保持部の形態は、両意匠とも、上縁が取付基部の延長で、下方を切り欠いて取付基部より縦幅が狭くなっているものである。このように、本件意匠と引用意匠1とは、鋸装着部全体の基本的構成態様が、取付基部から上方部分のみを前方に突出させて保持部とし、全体がピストル形状となっている点において共通し、保持部の先端が角形に形成されている点(保持部の先端形状)も共通している。
したがって、本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部を観察すると、「平行な上下縁が柄端部から適宜の長さに突出し、上縁がさらに延長し、下縁を曲線で切り欠き、縦幅部分を突出させた形態」、すなわち「取付基部と保持部からなり、全体がピストル形状となっている形態」が、両意匠に共通する特徴的な形態である。そして、本件意匠と引用意匠2の各保持部における具体的構成態様の差異点は、上記の特徴的な基本的構成形態に埋没してしまう程度のものにすぎないというべきである。
本件意匠と引用意匠2との類否判断は、特徴的な基本的構成形態における共通点と、保持部の具体的構成態様における差異点とを総合的に勘案して行われるべきであるのに、審決は、鋸装着部全体の共通点を考慮せず、保持部の部分的な差異点のみに基づいて、誤った結論に至ったものである。
第3 請求原因の認否及び被告の主張
請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 本件意匠と引用意匠1との類否判断について
原告は、本件意匠と引用意匠1の各取付基部は鋸装着部の最大縦幅を基準にすると最大縦幅と横幅との比率が同一であるから、両意匠の鋸装着部は取付基部の形態が同一であると主張する。
しかしながら、意匠の類否は、意匠を全体的に観察して判断すべきであるから、鋸装着部のうち取付基部のみを取り上げてその形態が同一であるという原告の主張は失当である。
また、原告は、本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部は全体がピストル形状となっている形態である点において共通しており、本件意匠は、引用意匠1の鋸装着部の保持部を単に横に長く延ばし、その先端部分を角型に変形したものにすぎないと主張する。
しかしながら、引用意匠1の鋸装着部は、長い横辺と短い縦辺とが直角に交わる直角三角形部(保持部)の横に、鋸装着部の横幅の3分の1強の横幅で、縦幅がそれより広い縦長の長方形部(取付基部)を配置したもので、ピストルの銃口あるいは筒先に相当する部分が存在しない。したがって、引用意匠1の鋸装着部は、「切出しナイフ」的な印象を与えるというべきであって、これをピストル形状というのは当たらない。
なお、本件意匠の鋸装着部は、前方側に、縦幅が最大縦幅の2分の1で、横幅が鋸装着部全体の2分の1近くの矩形部(保持部)を形成し、基部側に、縦幅が極めて広い縦長の矩形部(取付基部)を形成して、引用意匠1の「切出しナイフ」的な印象とは大きく異なる、二段構成の印象を与えるものである。
したがって、本件意匠の要部は鋸装着部の具体的構成態様にあるとした上で、本件意匠と引用意匠1の各保持部における「差異は、鋸装着部全体に係わるものであって、かっ、視覚的に顕著なものであるから、意匠全体として対比し観察する場合において、両意匠の前述した共通する態様を凌駕し、本件意匠は、引用意匠1と別異の意匠の創作に係るものと言わざるを得ない」とした審決の認定判断は、正当である。
2 本件意匠と引用意匠2との類否判断について
原告は、本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部は、平行な上下縁が柄端部から適宜の長さに突出し、上縁がさらに延長し、下縁を曲線で切り欠き、縦幅部分を突出させた全体がピストル形状となっている特徴的な基本的構成態様において共通すると主張する。
しかしながら、引用意匠2の鋸装着部は、ほぼ同じ長さの横辺と縦辺とが直角に交わる直角三角形の先端部を切り落とした形の横置き台形部(保持部)の横に、縦幅と横幅とがほぼ等しい矩形部(取付基部)を配置したものである。したがって、引用意匠2の鋸装着部は、取付基部の横幅に比較して保持部の横幅さが短い「ずんぐり形状」であって、「切出しナイフ」の刃先先端部分を縦方向に一部カットした印象を与えるものであり、これをピストル形状というのは当たらない。
したがって、本件意匠の保持部の態様と引用意匠2の保持部の態様とは明らかに異なり、本件意匠は引用意匠2に類似しないものというほかはないとした審決の認定判断に、誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)並びに本件意匠と各位引用意匠の構成態様が同2(3)<1>ないし<3>のとおりであることは、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 本件意匠と引用意匠1との類否判断について
(1) 原告は、審決は本件意匠と引用意匠1とが鋸装着部の右側を取付基部とし、左側を保持部とする構成において共通することを看過していると主張する。
しかしながら、審決が、本件意匠の鋸装着部について「右寄り略3分の1を(中略)取付基部となし、その取付基部の鋸の刃先方向側寄りから、鋸装着部の横幅の略中央の位置にかけて下縁を4分の1の円弧状に抉って、そこから鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅の略2分の1の縦幅で上下縁同幅に延ばして保持部としたものである」と認定し、引用意匠1の鋸装着部について「右寄り略2分の1弱を(中略)取付基部となし、保持部は、取付基部側の下縁から鋸の刃先方向側の上縁に向けて、湾曲線によって斜めに切り欠き」と認定していることは審決の理由の要点(3)<1>ないし<3>記載のとおりである。審決は、本件意匠と引用意匠1とが上記のように鋸装着部の右側を取付基部とし、左側を保持部とする基本的構成態様において共通することを、類否判断における共通点として明記していないが、その認定した差異点口には、本件意匠と引用意匠1とが上記のような基本的構成態様において共通することを前提として、さらに詳細な構成態様の差異が示されているのであるから、この点が審決の結論に影響を及ぼすことはない。
(2) また、原告は、本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部は、その基本的構成態様が上下縁が平行かつ相応の横幅を有する取付基部から上方部分のみを前方に突出させて保持部とし、全体をピストル形状としている点において共通しているが、審決はこれを看過していると主張する。
しかしながら、本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部の具体的構成態様を検討すると、両意匠の保持部の形状、特に取付基部の下縁から鋸の刃先方向側に向かう形状には顕著な差異があるから、その差異を無視して、単純に両意匠の各鋸装着部は、上下縁が平行かつ相応の横幅を有するものから上方部分のみを前方に突出させた形態において共通すると認定することはできない。それゆえにこそ、審決は、本件意匠と引用意匠1の各保持部の具体的構成態様について詳細な認定をし、類否判断を行っているのであるから、審決が本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部は全体をピストル形状としている点において共通するとの摘示をしなかったことは、もとより正当である。
(3) そして、本件意匠及び引用意匠1に係る物品である「鋸の背金」は、その装着部に替え刃を装着するための部材であり、これを装着後、鋸を前後に往復させて使用するものであるから、このような物品の性質・用途・使用形態に照らすと、装着部の形状が看者の最も注目する意匠の要部というべきであるところ、両意匠の装着部の具体的構成態様は、審決の理由の要点(3)<1>及び<2>認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
この点について、原告は、鋸装着部の最大縦幅を基準にすると本件意匠と引用意匠1の各取付基部は最大縦幅と横幅との比率が同一であるから、両意匠は取付基部の形態が同一であると主張する。
しかしながら、審決は、本件意匠の要部は鋸装着部の具体的構成態様にあるとしながらも、「わけても、保持部の形態」に着目し、本件意匠と引用意匠1との各保持部における「差異は、鋸装着部全体に係わるものであって、かっ、視覚的に顕著なものである」と説示していることから明らかなとおり、鋸装着部のうち保持部の具体的構成態様に基づいて類否判断を行っているのである。したがって、仮に、原告が主張するように本件意匠と引用意匠1の各取付基部の形態が同一であるとしても、このことは、審決の結論に影響を及ぼすことはないというべきである。
(4) そして、原告は、本件意匠は引用意匠1に基づいて鋸装着部の取付基部の形態をそのまま採用し、単に保持部を横に長く延ばしてその先端を隅丸から角形に変形したものにすぎないから、本件意匠の保持部の具体的構成態様に基づく印象は、鋸装着部全体の基本的構成態様に基づく美感を凌駕して本件意匠の支配的要素となっているとはいえないと主張する。
しかしながら、鋸の背金は極めて単純な構成のものであるから、その意匠の創作に当たって公知の意匠と類似しない形態を得る余地は大きくないと考えられる。したがって、鋸の背金の意匠においては、その要部である装着部の僅かな構成態様の差異であっても、全体の美感を左右し、類否判断に影響を及ぼすことがあると解するのが相当である。
これを本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部についてみると、本件意匠の保持部は、その横幅が取付基部の横幅の2.3倍以上であり、その最小縦幅も取付基部の縦幅の約2分の1であることに加えて、保持部の下縁の2分の1以上が直線であって曲線部分は2分の1以下であり、かつ、保持部の先端も直線であることによって、全体として構造が丈夫であり、鋸の替え刃を強固に装着しうるものとの印象を与えるものである。これに反し、引用意匠1の保持部は、その横幅が取付基部の横幅の約1.75倍程度であり、また、保持部の下縁は大部分が曲線であって直線部分はほとんど存在せず、したがってその最小縦幅は取付基部の縦幅の5分の1以下にすぎないため、全体として華奢な構造のものとの印象を与えるということができる。
そして、鋸の背金は、これに替え刃を装着し、相当の力をもって前後に往復させて使用するための部材であるから、その看者は、構造が丈夫であるか否か、鋸の替え刃を強固に装着しうるか否かに重大な関心をもって、その意匠を観察すると考えるべきである。そうすると、本件意匠と引用意匠1の各保持部における上記の差異は、単なる微差ということはできず、鋸の背金全体の美感を左右するものであると解するのが相当である。本件意匠と引用意匠1の各鋸装着部全体の形態を単なる「ピストル形状」という概念で捉え、本件意匠の保持部の具体的構成態様に基づく印象は本件意匠の支配的要素となっているとはいえないとする原告の主張は、鋸の背金という物品の具体的な用途・使用方法を全く度外視したものであって、失当というべきである。
以上のとおりであるから、本件意匠と引用意匠1の各保持部における「差異は、鋸装着部全体に係わるものであって、かつ、視覚的に顕著なものであるから、意匠全体として対比し観察する場合において、両意匠の前述した共通する態様を凌駕し、本件意匠は、引用意匠1と別異の意匠の創作に係るものと言わざるを得ない」とした審決の判断に、誤りはない。
2 本件意匠と引用意匠2との類否判断について
(1) 原告は、審決は本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部が取付基部と保持部とで構成されている点において共通することを看過していると主張する。
しかしながら、審決が、本件意匠の鋸装着部について具体的に認定していることは前記1(1)のとおりであり、また、引用意匠2の鋸装着部について「横幅の略中央から柄への嵌合側寄りを(中略)取付基部となし、鋸の刃先方向側寄りを(中略)保持部としたもの」と認定していることは審決の理由の要点(3)<3>記載のとおりである。審決は、本件意匠と引用意匠2とが上記のように鋸装着部の片側を取付基部とし、他の片側を保持部とする基本的構成態様において共通することを、類否判断における共通点として明記していないが、その認定した差異点には、本件意匠と引用意匠2とが上記のような基本的構成態様において共通することを前提として、さらに詳細な構成態様の差異が示されているのであるから、この点が審決の結論に影響を及ぼすことはない。
(2) また、原告は、本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部は取付基部から上方部分のみを前方に突出させて保持部とし、全体をピストル形状としている点において共通し、保持部の先端が角形に形成されている点も共通しているが、審決はこれを看過していると主張する。
しかしながら、審決が本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部は全体をピストル形状としている点において共通するとの摘示をしなかったことが正当であることは、前記1(2)において説示したところと同様である。
また、本件意匠と引用意匠2の各保持部の先端が角形に形成されている点において共通することは原告主張のとおりであるが、後に述べるように、この点を加味しても、本件意匠と引用意匠2の各保持部の具体的構成態様は類似しないといわざるをえないから、類否判断においてこの点に言及しなかったことは、審決の結論に何らの影響も及ぼすものではない。
(3) そして、本件意匠及び引用意匠2に係る物品である「鋸の背金」において、装着部の形状が看者の最も注目する意匠の要部というべきであるところ、両意匠の装着部の具体的構成態様は、審判の理由の要点(1)<1>及び<3>記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
原告は、本件意匠と引用意匠2の各保持部における具体的構成態様の差異点は特徴的な基本的構成態様に埋没してしまう程度のものにすぎないと主張する。
しかしながら、鋸の背金の看者が、構造が丈夫であるか否か、鋸の替え刃を強固に装着しうるか否かに重大な関心をもってその意匠を観察すると考えるべきことは、前記1(4)のとおりである。これを本件意匠と引用意匠2の各鋸装着部についてみると、本件意匠の保持部が、その横幅が取付基部の横幅の2.3倍以上であり、その最小縦幅も取付基部の縦幅の約2分の1であることは前記1(4)のとおりであるが、取付基部自体は、縦幅が横幅の1.4倍を上回る縦長のものである。これに反し、引用意匠2の保持部は、その横幅が取付基部の横幅よりかえって小さく、かつ、その最小縦幅も取付基部の縦幅の約4分の1にすぎないが、取付基部自体はほぼ正方形であって、頑丈な構造の印象を与えるものであるから、鋸装着部全体として印象は、本件意匠のそれと全く異なることが明らかである。したがって、鋸の背金の看者が、引用意匠2の鋸装着部全体の形態を単なる「ピストル形状」という概念で捉え、本件意匠と類似の美感を得るということは、とうてい考えられないというべきである。
以上のとおりであるから、引用意匠2の保持部は「本件意匠の態様と明らかに異なり、本件意匠は引用意匠2に類似しないものというほかはない」とした審決の判断にも、誤りはない。
第3 よって、本件意匠はその出願前に刊行物に記載された意匠と類似するものとは認められないとした審決の認定判断は正当であって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)
別紙第一 本件登録意匠
意匠に係る物品 鋸の背金
説明 背面図は正面図と対称にあらわれる。
<省略>
別紙第二 甲第2号証意匠
意匠に係る物品 鋸の背金
<省略>
別紙第三 甲第6号証意匠
意匠に係る物品 鋸の背金
<省略>