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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)286号 判決 1998年5月28日

アメリカ合衆国

01615-0008 マサチューセッツウースター ニュー ボンド ストリート 1

原告

ノートンカンパニー

代表者

デイビットベネット

訴訟代理人弁護士

宇井正一

同弁理士

古賀哲次

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

播博

後藤千恵子

小池隆

主文

特許庁が平成2年審判第10116号事件について平成7年6月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年8月5日、発明の名称を「ガラス結合アルミナ質といし車」(後に「アルミナ質ビトリファイド砥石車及び製法」と変更)とする発明につき、1984年(昭和59年)8月8日アメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和60年特許願第171266号)をしたが、平成2年2月28日拒絶査定を受けたので、同年6月25日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第10116号事件として審理し、平成5年特許出願公告第20232号として出願公告されたが、特許異議の申立てがあり、平成7年6月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月9日原告に送達された。

2  特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明という。)の要旨

アルミナ質砥粒を主成分とし無機ガラス質結合材で結合したビトリファイド砥石車において、前記アルミナ質砥粒がゲル焼結法で形成され、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子からなり、且つ、前記無機ガラス質結合材が1100℃以下の温度で形成及び熟成された組成であることを特徴とするアルミナ質ビトリファイド砥石車。

3  審決の理由

別紙1審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由Ⅰ(本願発明の要旨等)は認める。

同Ⅱ(甲各号証の記載事項)は認める。

同Ⅲ(当審の判断)のうち、「甲第1号証の1(本訴における甲第10号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)の刊行物の砥粒も、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子であり」(審決書7頁3行ないし6行)、甲第10号証の刊行物には「アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在する」(同7頁12行、13行)α-アルミナ焼結体粒子からなるアルミナ質砥石車が記載されていること、両者は、「その余の点で一致している」(同7頁17行)こと、並びに、審決書8頁18行「溶」から9頁11行までの認定、判断は争い、その余は認める。

同Ⅳ(むすび)は争う。

審決は、甲第10号証にいう「結晶子」が単結晶を構成するサブ構造であるのにこれを単結晶そのものと誤認したため一致点の認定を誤り、相違点についての判断を誤った結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、「甲第10号証の刊行物の砥粒も、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子であり」(審決書7頁3行ないし6行)、甲第10号証の刊行物には「アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在する」(同7頁12行、13行)α-アルミナ焼結体粒子からなるアルミナ質砥石車が記載されており、本願発明と甲第10号証の刊行物に記載されたものを比較すると、両者は「その余の点で一致している」(同7頁17行)と認定するが、誤りである。

<1> 甲第10号証に開示されたゲル焼結法による砥粒(以下「甲第10号証砥粒」という。)において、結晶の「見掛け直径」は、多結晶体である甲第10号証砥粒を構成する「単結晶粒」の直径ではなく、当該「単結晶粒」を構成するサブ構造結晶である「結晶子」の直径である。そして、上記「単結晶粒」の寸法(直径)は、通常5μm以上であり、サブミクロン寸法ではない。これに対し、本願発明の砥粒を構成する「結晶粒」は、サブミクロン寸法の「単結晶粒」である。したがって、本願発明の砥粒は、結晶粒の構造的特徴及び結晶粒の粒径において、甲第10号証砥粒と異なる。

すなわち、甲第10号証砥粒は、別紙2図1及び図2に示すように、約5ないし25μmの単結晶粒1からなる多結晶体であり、この単結晶粒1内に、平均300nm(3000A、0.3μm)程度の「サブ構造1a」がある。甲第10号証においては、別紙2図1の砥粒の結晶構造を電子顕微鏡で観察し、結晶の大きさを3000A程度と計測したが、観察に係る結晶構造がサブ構造であることまでは分析できずに、このサブ構造結晶をもって甲第10号証砥粒(多結晶体)を構成する単結晶粒と誤認したものである。

これに対し、多結晶体である本願発明の砥粒を構成するものは、別紙2図4に示すように、粒径がサブミクロン寸法の単結晶粒11である。

そして、砥粒の破砕特性を決めるのは、単結晶粒どおしのそれぞれ結晶学的配向方向が全く不規則な粒界(大角粒界)であり、単結晶粒内のサブ構造結晶どおしの実質的に同じ結晶学的配向を有する規則性のある粒界(小角粒界)ではないから、大角粒界が甲第10号証砥粒に比べ多く存在する本願発明の砥粒は、甲第10号証砥粒の研削特性の1.5倍から数倍の研削特性を実現する。

<2> 甲第17号証(W.A.ヤブロー及びR、ロイ「ALOOHゲル焼結の微組織的検討」J.Mater.Res.2巻4号 1987年7/8月494頁ないし515頁)の図1ないし7は、δ-及びθ-アルミナ相からα-アルミナ相への転換を透過光観察したものであり(訳文1頁下から9行ないし7行)、同図8は、完全転換のα-アルミナを偏光顕微鏡観察したもの(訳文1頁下から7行、6行)であるが、結晶(核)が発生し(図1(b)参照)、成長し(図2(b)ないし図7(b)参照)、最終的に、約5ないし15μm(図8参照。訳文1頁下から5行)の結晶粒からなるα-アルミナ多結晶体が得られることが示されており、この約5ないし15μmの結晶粒は、単結晶粒である(訳文1頁下から6行ないし4行、訳文2頁5行、6行)。

このように、非シード・ゲル焼結法では、単結晶粒は5ないし15μmにまで成長するのであるから、甲第10号証砥粒の「結晶子」は、上記5ないし15μm程度にまで成長した単結晶粒内のサブ構造結晶である。

<3> 甲第21号証(ミネソタ マイニング アンド マニファクチュアリング コンパニー(以下「3M社」という。)を出願人とする欧州特許出願公開第200、487号明細書)には、甲第10号証に対応する米国特許第4、314、827号の砥粒を含めた非シード・ゾルゲル・アルミナ砥粒について、「これらの方法の全てではないとしてもほとんどから得られるセラミック材料は、一般的に通常は同様に配向したαアルミナ結晶の集合体から形成された同定可能な「ドメイン」を有する特徴がある。これらのドメインは、典型的には平均直径が10μm以上のオーダーであり、最小平均直径は約6μmである。」(訳文2頁下から8行ないし4行)と記載されている。

この記載は、甲第10号証の出願人である3M社が、シード・ゲルゾル法で製造する甲第21号証のα-アルミナ砥粒は、非シード・ゲルゾル法で製造する甲第10号証砥粒と、実質的に異なると認識していることを示すものであり、このことは、3M社が、本願発明の砥粒(シード砥粒)と甲第10号証砥粒(非シード砥粒)は実質的に異なると認識していることを意味する。

<4> 甲第27号証(3M社の米国特許第4、744、802号明細書)には、シード材をα-酸化第二鉄とするシード・ゲル焼結法によりアルミナ砥粒を製造する方法に係る従来技術の1つである甲第10号証砥粒及び当該砥粒の追試「対照例E」について、「これらの製法の全てではないとしても殆どから得られるセラミック材料は、αアルミナの通常同様に配向した結晶の集合体からなる「ドメイン」領域を有することを特徴とする。このドメインは一般的に10μm以上のオーダーの平均直径を有し、最小平均直径は約6μmである。」(訳文1頁18行ないし21行)、「対照例E このセラミック材料は、米国特許第4、314、827号の例22の記載に基づいて、核形成剤を用いることなく、商業的に製造された。このセラミックの透過偏向光による光学的試験で、平均直径6~15μmのドメインが示された。」(訳文3頁8行ないし12行)と記載されている。

そして、甲第27号証において、「ドメイン」は、小角粒界(サブ構造)を有するが、偏光顕微鏡観察では、小角粒界(サブ構造)が消失し、同一領域として同定される「小角粒界で接するα-アルミナ微結晶の集合体」を意味するものであるから(7欄61行ないし8欄3行、8欄38行ないし45行、9欄15行ないし18行)、甲第10号証砥粒においては、6μm以上の「ドメイン」(小角粒界で接するα-アルミナ微結晶の集合体)が形成されていることは明らかである。

<5> 被告は、甲第10号証の「前記α-アルミナ相内に均一に分散させた、不規則に配向された結晶子の実質上均質微結晶構造を有する」(2頁左上欄15行ないし17行)との記載に基づく主張をするが、甲第10号証の開示内容(第2図、第3図、8頁右上欄11行ないし14行、9頁左下欄2行ないし6行及び8行ないし10行)によれば、第二相(ジルコニア)が第一相(アルミナ)に対して不規則に配向しながら分散していることをもって、上記「不規則に配向した結晶子」という表現をしていると解される。

被告は、甲第10号証中の甲第10号証砥粒の「結晶子」についての「ジルコニアとアルミナ結晶子の両者の不規則な配向を示している」との記載(9頁左下欄2行、3行)を指摘するが、甲第10号証においては、上記記載の次に、「第2図の透過電子顕微鏡写真はこの分析を確認し、灰色α-アルミナに不規則に配置されたジルコニアの暗色結晶子を示す。第3図は・・更に暗色α-アルミナ中に明るい点として示されるジルコニア結晶子の不規則な配向および形態を確認する」(9頁左下欄3行ないし10行)と記載されており、この記載によれば、第1図に係る「ジルコニアとアルミナ結晶子の両者の不規則な配向」との記載は、「アルミナ結晶粒とジルコニア結晶粒との不規則な配向」の意味であると考えられる。

(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決は、「溶融α-アルミナであろうと、ゲル終結法で製造されたα-アルミナであろうと、無機ガラスとの反応性につき実質的な違いがあるとはいえないし、本願発明におけるサブミクロンという微細な粒子径をもつ砥粒が、数100ミクロンという従来周知の溶融α-アルミナよりも、無機ガラス質と反応しやすくなることを考慮すれば、甲第10号証刊行物に記載されたアルミナ質砥石車の結合材に周知の無機ガラス質結合材を用いるに当たり、1100℃以下の温度で形成及び熟成された組成のものを用いることにより、本願発明のアルミナ質ビトリファイド砥石車とすることは当業者に格別困難があったとすることはできない。」(審決書8頁18行ないし9頁11行)と判断するが、誤りである。

<1> 従来のアルミナ質ビトリファイド砥石では、高温及び低温の両方で結合材は問題なく使用できたが、本願発明の砥粒(シードゲル焼結砥粒)では、通常の溶融アルミナ砥石において採用される製造条件(例えば1250℃)では所期の研削性能が実現されなかった。本願発明の課題自体がシードゲル焼結砥粒に特有のものである。

<2> 甲第10号証砥粒(非シード・ゲル焼結砥粒)は、単結晶粒径が5ないし25μmと大きく、サブ構造間の小角粒界も無機ガラス質結合材にとって侵入し易いものではないから、砥粒の高温焼成による劣化に関係しない。

<3> そして、甲第15号証に記載されている溶融α-アルミナ粒子と無機ガラス質材料との反応は、α-アルミナ中のアルミニウム成分が無機ガラス質材料中に溶出する反応であるから、α-アルミナ粒子の単結晶本体(α-アルミナ自身)と無機ガラス質材料との化学反応である。このリューサイト生成反応は砥石業界でも公知であるが、溶融アルミナ砥石でこの反応が生じても砥石特性及び製造において問題がないから、溶融アルミナ砥石では現在専ら高温焼成結合材が使用されている。

これに対し、本願発明において問題となった反応は、微細組織(サブミクロン結晶粒)を持つ砥粒(シード・ゲル焼結砥粒)の結晶粒界において無機ガラス質結合材が吸収されて、砥粒間を結合保持する結合材が存在しなくなり、反応した砥粒の表面強度が低下するという反応であり、反応の種類と機構が全く異なる。そして、吸収反応は温度依存性を有し、焼成温度を1100℃以下にすれば解決できることを見いだしたのが本願発明である。

<4> したがって、本願発明における砥粒と無機ガラス質結合材との反応が甲第15号証によって示唆されているものではなく、その解決法も甲第15号証に示唆されていないものであり、審決の相違点についての判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 甲第10号証には、甲第10号証砥粒について、次の事項が記載されている。

(a) 「ゲルを乾燥して硝子状状態にし、乾燥ゲルを粉砕して、所望の粒子サイズにし、粉砕材料を少なくとも1250℃の温度、しかし、鉱物融解温度より低い温度で焼成し、微細結晶の大きさのアルミナと改質成分の不規則な密接な混合物を製造することを包含する。」(5頁右下欄11行ないし16行)

(b) 「もし、製造した鉱物が研摩粒として使用されるならば、乾燥材料は所望の研摩粒より大きい固体の固まりでなければならない。」(7頁左下欄13行ないし16行)

(c) 「次いで乾燥材料を研摩粒に望まれる大きさまで粒子の大きさを小さくするために粉砕する。焼成により代表的には20容量%-40容量%収縮するから、粉砕材料は所望の小粒よりわずかに大きくなければならない。材料がまったく硬質で、かつ、もろいから、粉砕は比較的容易であり、いかなる粉砕装置、好ましくはハンマーミルまたはボールミルによって行うことができる。使用できる大きさの範囲の収量を最大にし、かつ、所望の粒子形態を製造するように考慮しなければならない。有用な研摩粒になる粒子の大きさを取り出すため粉砕材料を選別し、残存した大きさの材料は再循環させることができる。」(7頁右下欄19行ないし8頁左上欄12行)

(d) 「本発明の合成酸化アルミニウムに基づく鉱物は研摩粒として使用するのに特に適する粒子を製造する焼成の前に乾燥材料を砕きまたはつぶす結果として貝殻状の破口であることを特徴とする。研摩粒はいかなる種々の研摩製品、たとえば、被覆加工研摩製品、成形研摩車、低密度不織布研摩製品および類似物を製造するために使用してもよい。」(5頁右上欄20行ないし左下欄6行)

記載(a)における「所望の粒子サイズ」は、記載(b)、記載(c)及び記載(d)によれば、記載(d)の用途(被覆加工研摩製品、成形研摩車、低密度不織布研摩製品等)に応じたサイズのことであり、そのサイズの例が、実施例1では、0.5mm(500ミクロン)ないし5mm(10頁右上欄14行ないし17)と示されている。

また、甲第10号証には、甲第10号証砥粒を構成する結晶及びその直径に関して、次の事項が記載されている。

(e) 「ここで使用する用語「微結晶」「結晶子」および「微細結晶の大きさ」は結晶の見掛け直径が3000Aまたはそれ以下の程度であることを意味する。」(4頁右上欄15行ないし18行)

(f) 「好ましいほぼ共融性のアルミナージルコニア鉱物組成物は見掛け直径が約2500Aより短かいジルコニア結晶子および見掛け直径が約3000Aより短かいアルミナ結晶子を有している。」(5頁右上欄5行ないし9行)

記載(e)及び記載(f)における「見掛け直径」は、顕微鏡観察又は顕微鏡写真計測により得られる直径である。そして、「見掛け直径」は、不規則な立体形状の微細結晶を一方向から計測して得た直径であるから、現実の直径に比べ微差はあるが、3000A(0.3μm)の「見掛け直径」が、現実に数ミクロン寸法の直径であることはあり得ない。

したがって、上記「見掛け直径」は、「結晶子」すなわち「結晶粒」の直径を意味する。

<2>(a) そして、甲第10号証には、「本発明はα-アルミナである主成分の連続相および第二相からなる不規則に配向された結晶子の微結晶構造を有する合成非融解酸化アルミニウムに基づく研摩材鉱物、化学的窯業技術を使用する研摩材鉱物の製造方法ならびに研摩材鉱物で製造した研摩製品に関する。」(2頁右上欄14行ないし19行)、特許請求の範囲第2項の発明に関し、「改質成分である第二相を前記α-アルミナ相内に均一に分散させた、不規則に配向された結晶子の実質上均質微結晶構造を有する実質上カルシウムイオンおよびアルカリ金属イオンを含有しない非融解合成高密度酸化アルミニウムに基づく粒状研摩材料。」(2頁左上欄14行ないし19行)と記載されていることから判断されるように、甲第10号証記載の微結晶構造を有する結晶子、すなわち見掛け直径がサブミクロンの大きさである微結晶は、不規則に配向されたものであり、原告が主張するような小角粒界とは明らかに異なるものである。

(b) 米国特許第4、314、827号明細書(甲第10号証砥粒の優先権主張の基礎)には、「(Fig1の写真が)ジルコニアとアルミナの両方の結晶子の不規則な配向を示している」旨(10欄25行ないし29行)が記載されている。

そして、この記載が、甲第10号証における、「ジルコニアとアルミナ結晶子の両者の不規則な配向を示している。」(9頁左下欄2行、3行)の記載に対応する。

<3> 原告は、甲第17号証の記載を引用し、甲第10号証砥粒の「結晶子」は、単結晶粒内の「サブ構造結晶粒」であると主張する。

しかしながら、甲第21号証の記載(訳文2頁下から9行ないし4行)によれば、非シード・ゲル焼結法による砥粒がすべて大きな単結晶(ドメイン)になるものではない。

そして、甲第21号証等には、甲第10号証砥粒が、不規則配向の「結晶子」構造を有することを否定する記載はない。

<4> 甲第27号証において、米国特許第4、314、827号明細書記載の組成の異なる「40以上の例」の中の1例「例22」のセラミックにおいて、平均粒径6ないし15μmの「ドメイン」が観察されたとしても、このことをもって、甲第10号証記載の全例のセラミックにおいて、当該「ドメイン」が観察されるとはいえない。

(2)  取消事由2について

<1> 甲第10号証により、サブミクロン寸法の微細な結晶粒からなるアルミナ質砥粒が本願発明の出願前公知であり、甲第15号証により、アルミナ質砥粒が無機ガラス質と1100℃以上の高温で反応することが公知であるから、アルミナ質砥粒使用のビトリファイド砥石の形成において低温焼成結合材を用いることは、当業者であれば容易に推考できることである。そして、その効果は、微細な結晶粒がもたらす効果以上のものではない。

<2> すなわち、本願発明の砥粒及び無機ガラス質結合材は、甲第15号証複合材料のアルミナ粒子及び無機ガラス質マトリックスと、化学組成において異なるものではない。

そして、甲第15号証には、アルミナ粒径が小さく、また、温度が高い程、リューサイトが多く生成すること(285頁表4参照)、及び、この生成には、アルミナ表面積が重要な役割を果たすこと(285頁9行ないし11行)が記載されている。

してみれば、アルミナ多結晶砥粒を無機ガラス質結合材で結合するに際し、このアルミナ多結晶砥粒の反応性が溶融アルミナ砥粒(単結晶砥粒)の反応性より高いことを考慮して、反応の悪影響が生じない1100℃以下の温度を反応温度として採用することは、当業者であれば容易なことである。

<3> 原告は、甲第15号証の溶解反応(リューサイト生成反応)は、本願発明の反応とは異なると主張している。

しかしながら、本願明細書に、「本発明でこの焼成温度を1100℃以下に制限する理由は、ゲル焼結法で製造したアルミナ質砥粒は組織が微細であるゆえに反応性が高く、1100℃を越える高温で焼成すると慣用の結合材成分と反応してしまうからである。」(甲第7号証10頁4行ないし9行)と記載されているように、本願発明の反応は、単なる吸収現象ではなく、組織が微細であるが故に促進されるシードα-アルミナ砥粒と無機ガラス質結合材成分との反応である。

したがって、この点の原告の主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由Ⅱ(甲各号証の記載事項)は、当事者間に争いがなく、同Ⅲ(当審の判断)中の一致点、相違点の認定のうち、「甲第10号証の刊行物の砥粒も、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子であり」(審決書7頁3行ないし6行)、甲第10号証の刊行物には「アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在する」(同7頁12行、13行)α-アルミナ焼結体粒子からなるアルミナ質砥石車が記載されていること、並びに、両者は、「その余の点で一致している」(同7頁17行)ことを除く事実は、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由1の当否について検討する。

(1)  本願発明の砥粒について

<1>  甲第7及び第8号証によれば、本願明細書には、本願発明で使用する「多結晶アルミナ質砥粒」(本願発明の砥粒)について、「本発明で使用する主成分の砥粒は、ゲル焼結法で形成され、アルミナ結晶粒がサブミクロン寸法のアルミナ質焼結体粒子であることを特徴とする。ゲル焼結法によるアルミナ質砥粒として、米国特許第4、314、827号に開示されているものがあるが、本出願人は、このアルミナ質砥粒は偏光顕微鏡で観察すると単結晶と見做し得る数μm~10数μmの大きさのセル(ドメイン)を有しかつ微細なポアが含まれており、砥粒としての性能が制限されること、そしてこのセルはゲルに微細なα-アルミナ種材を添加して消去でき、それによって砥粒として最適な完全に微細かつ均一なα-アルミナ質多結晶体が得られることを見出した。即ち、この砥粒は、α-アルミナ質多結晶体であり、これを構成する実質的に全部のα-アルミナ結晶粒がサブミクロン(偏光顕微鏡で観察してもサブミクロン)の等軸結晶粒からなる。そして、このα-アルミナ質砥粒は、その微細かつ均一な多結晶体の微細構造の故に、研削時に砥粒がその微細な(サブミクロンの)結晶粒ごとに細片としてチッピングして、砥粒の切刃再生能力が著しく向上し、従って、研削能力が顕著に向上することを見出している(特公平4-4103号公報)。」(甲第8号証2頁16行ないし29行)、「砥粒中のa-アルミナ結晶粒の最大粒径の下限値は、理論的にはα-アルミナ結晶種材の寸法を小さくすればどこまでも小さくできるが、現在の技術でも少なくとも0.05μm程度までは可能であり、プロセスの改良により0.01μm程度までは到達できると考えられる。」(甲第7号証8頁7行ないし12行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、本願発明の砥粒は、ゲル焼結法において、ゲルに微細なα-アルミナ結晶種材(シード)を添加して製造されるものであって、サブミクロン寸法(偏光顕微鏡で観察してもサブミクロン)の「α-アルミナ質等軸結晶粒」からなる「微細構造α-アルミナ質焼結多結晶体」であり、研削時においては、当該サブミクロン寸法の「α-アルミナ質等軸結晶粒」がチッピングし、当該チッピングが砥粒の切刃再生能力、すなわち砥石車の研削性能を著しく高めることが認められる。

<2>  さらに、甲第7及び第8号証によれば、本願明細書には、本願発明の砥粒の製造方法について、「本発明に用いるゲル焼結砥粒は、<1>加熱によりα-アルミナに変換されるα-アルミナ前駆体(例、ベーマイト)のゾル又はゲルであって1μmより小さいα-アルミナへの変換を促進するのに充分な量(典型的には約0.6重量%)のα-アルミナ種材を含むものを用意し、<2>該ゾル又はゲルを乾燥し、<3>得られた乾燥物を好ましくは1200~1500℃、より好ましくは1250~1400℃で十分な時間加熱してα-アルミナ結晶に変換して製造され、その後所望の砥粒の寸法に粉砕される。」(甲第7号証8頁15行ないし9頁2行及び甲第8号証3頁17行ないし19行)、「このようなアルミナゲルは、必要に応じてマグネシアを含むことができ、また同様に必要に応じてジルコニアのようなその他の添加剤を含むことができる。」(甲第7号証9頁13行ないし16行)と記載されていることが認められる。

(2)  甲第10号証砥粒について

<1>  甲第10号証によれば、同号証には、甲第10号証砥粒について、「(2)(注・特許請求の範囲第2項) 主成分の連続α-アルミナ相と、焼成固形分に基づき、

(a) ジルコニア、ハフニア、またはジルコニアとハフニアとの組合せが少なくとも10容量%、

(b) アルミナと酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化亜鉛およびマグネシアからなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化金属との反応から誘導される少なくとも1種のスピネルが少なくとも1容量%、

(c) (b)で定義した少なくとも1種のスピネルが少なくとも1容量%とジルコニア、ハフニアおよびジルコニアとハフニアとの組合せからなる群から選ばれる酸化金属が1-45容量%、

からなる群から選ばれる改質成分である第二相を前記α-アルミナ相内に均一に分散させた、不規則に配向された結晶子の実質上均質微結晶構造を有する実質上カルシウムイオンおよびアルカリ金属イオンを含有しない非融解合成高密度酸化アルミニウムに基づく粒状研摩材料」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄19行)、「本発明はα-アルミナである主成分の連続相および第二相からなる不規則に配向された結晶子の微結晶構造を有する合成非融解アルミニウムに基づく研摩材鉱物、化学的窯業技術を使用する研摩材鉱物の製造方法ならびに研摩材鉱物で製造した研摩製品に関する。」(2頁右上欄14行ないし19行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、甲第10号証砥粒は、「α-アルミナ連続相中に、第二相(改質成分)が均一に分散し、不規則に配向した結晶子からなる均質微結晶構造」を有するものであることが認められる。

<2>  次に、甲第10号証砥粒中の上記「結晶子」が、原告の主張するように、「単結晶粒」内で小角粒界(サブ構造)で接する結晶であるか否かについて検討する。

(a) 甲第17号証によれば、同号証(W.A.ヤブロー及びR、ロイ「ALOOHゲル焼結の微組織的検討」J.Mater.Res.2巻4号1987年7/8月494頁ないし515頁)には、非シード・ゲル焼結法により得られる「アルミナ質結晶」の結晶成長について、「a.未シードゲル。第1図~第7図は、δ-及びθ-Al2O3からなるマトリックス(α-Al2O3がほとんどない)からほぼ完全にα-Al2O3に転移する経過を透過光(明視野・直交極)で示したものである。第8図は、完全転移(XRDによる)材料の微細構造を、直交極を用いた顕微鏡で観察したものである。1200℃、2時間後に完全に干渉している粒界が発生し、粒度が5~15μmの範囲であるα-Al2O3の実質的に単結晶な領域が形成されているのが分かる。」(訳文1頁下から9~4行)、「微細構造レベルでは、α相について核形成頻度が低く・・・、且つほとんど新しい核形成がない状態でこれらの領域が相互に干渉するまで連続成長し、10μmのスケールでのα-Al2O3の実質的に単結晶な領域を有する多結晶マトリックスが形成するのが明瞭に分かる。」(同2頁3行ないし6行)、「これらの単結晶アルミナ領域が多孔性副構造を有することは、1400℃で2時間仮焼すると多孔性構造が十分に光を散乱する程度に粗くなり、その結果、材料がより不透明となり且つ偏光で観察される像が顕著に曇ることから明らかである。」(同2頁15行ないし18行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によば、甲第17号証記載の非シード・ゲル焼結法においては、最終的に5ないし15μm(図8では、約10μm)のα-アルミナ単結晶領域(粒)からなる多結晶マトリックスが得られ、上記α-アルミナ単結晶領域(粒)は、「多孔性副構造」を有するものであることが認められる。

そして、甲第17号証の焼結法と甲第10号証砥粒の製造方法とのゲルを構成する成分の違いが上記認定の単結晶の粒径に影響するものとは認められず、しかも、甲第10号証砥粒の「結晶子」の寸法(サブミクロン)は、上記認定の甲第17号証の焼結法で得られるα-アルミナ単結晶領域(粒)の大きさ5ないし15μmと桁違いの微細なものであるから、甲第10号証砥粒の「結晶子」は、甲第10号証砥粒においても得られると解される「単結晶領域(粒)」を意味するものではなく、「単結晶領域(粒)」中の「サブ構造」を意味すると解するのが相当である。

(b) さらに、次のアないしウの記載も、上記(a)の認定を裏付けるものである。

ア 甲第19号証によれば、同号証(マートン・フレミング教授の宣誓供述書)には、非シード・ゲル焼結法で得られる「単結晶」について、「3.非シード・ゲル法では、アルミナは、通常、ゾルの形態の酸化アルミナー水和物(ベーマイト)として始まり、その後ゲル化、乾燥及び焼成されて、一般的に研磨材として使用されている安定なα相を形成する。・・・非シード法では、転移アルミナ素材におけるランダムな部位で転移が生じ、そしてこれらの部位から全ての転移アルミナが転換するまでα-アルミナが成長する。α-アルミナは異方性であり、特定の部位から成長しているα-アルミナは、一般的な結晶学的配向を有する。したがって、α-アルミナは、サイズが5~25μm以上である単結晶を形成する。結晶内に何らかの明らかなサブ構造が見られるが、偏光での観察から、生成物の結晶サイズは上記範囲内であることは明らかである。」(訳文1頁10行ないし21行)、「このような生成物の最も一般的なものは、3M社で製造されており、「キュビトロン(Cubitron)」として市販されている。・・・これらのアルミナ結晶は、共通の中央から放射状に広がる複数の部分を有することがよくあり、これらは全て同じ結晶学的配向を有している。これらの生成物を記載している特許に、米国特許第4、314、827号・・・がある。この特許では、発明者等は、「結晶子(crystallites)」を確認しているが、これらは、アルミナ結晶内のサブ構造の特徴に関連していると思われる。」(同1頁24行ないし2頁4行)と記載されていることが認められる。

これらの記載は、非シード・ゲル法により5ないし25μm以上のα-アルミナ単結晶が得られ、米国特許第4、314、827号の非シード・ゲル法により得られるアルミナ結晶に係る「結晶子(crystallites)」は、アルミナ結晶内のサブ構造に関連するものであることを示すものである。

イ 甲第21号証によれば、同号証(3M社を出願人とする欧州特許出願公開第200、487号明細書)には、米国特許第4、314、827号(甲第10号証砥粒の優先権主張の基礎)のアルミナ質砥粒及び他の非シード・ゾルゲル・アルミナ質砥粒について、「ゾルーゲル法による緻密アルミナ系セラミック砥粒の製造は公知である。米国特許第4、314、827号は、少なくとも一種の変性成分の前駆体によりアルミナー水和物をゲル化した後脱水及び焼成することによる化学的セラミック技術を用いた研磨鉱物の製造方法を記載している。」(訳文1頁下から4行ないし1行)、「これらの文献は、砥粒として有用なアルミナ系セラミック材料の製造技術を開示している。これらの方法の全てではないとしてもほとんどから得られるセラミック材料は、一般的に通常は同様に配向したαアルミナ結晶の集合体から形成された同定可能な「ドメイン」を有する特徴がある。これらのドメインは、典型的には平均直径が10μm以上のオーダーであり、最小平均直径は約6μmである。」(同2頁下から9行ないし4行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、米国特許第4、314、827号のアルミナ質砥粒(セラミック材料)は、同様の結晶軸方向に配向したα-アルミナ結晶の集合体である最小平均直径約6μm、平均直径10μm以上のドメインから構成されるものであることが認められ、この記載も、米国特許第4、314、827号のアルミナ質砥粒は、小角粒界で接するα-アルミナ微結晶の集合体である平均直径10μm以上(最小平均直径約6μm)の単結晶粒から構成されるものであり、したがって、米国特許第4、314、827号を優先権主張の根拠とする甲第10号証砥粒は、ミクロン寸法の単結晶粒により構成されるものであり、甲第10号証砥粒の結晶子は、上記ミクロン寸法の単結晶粒内において、小角粒界で接するサブミクロン寸法のα-アルミナ微結晶(サブ構造結晶)であることを示すものである。

ウ さらに、甲第27号証によれば、同号証(3M社の米国特許第4、744、802号明細書)には、α-酸化第二鉄をシード材とするシード・ゲル焼結法によりアルミナ質砥粒を製造する方法の発明が記載されているが(訳文3頁14行ないし22行)、当該発明の一従来技術である米国特許第4、314、827号を含む従来技術について、「これらの製法の全てではないとしても殆どから得られるセラミック材料は、αアルミナの通常同様に配向した結晶の集合体からなる「ドメイン」領域を有することを特徴とする。このドメインは一般的に10μm以上のオーダーの平均直径を有し、最小平均直径は約6μmである。」(訳文1頁18行ないし21行)と記載され、また、甲第10号証砥粒の「例22」の追試である「対照例E」について、「このセラミック材料は、米国特許第4、314、827号の例22の記載に基づいて、核形成剤を用いることなく、商業的に製造された。このセラミックの透過偏向光による光学的試験で、平均直径6~15μmのドメインが示された。」(同3頁9行ないし12行)と記載されていることが認められる。

この記載も、上記イと同様の事項を示すものである。

(c) 上記認定に反する被告の主張は、上記に説示したところに照らし、採用することができない。

(d) 以上によれば、甲第10号証砥粒は、ミクロン寸法の単結晶粒により構成されるものであり、甲第10号証砥粒の「結晶子」は、当該ミクロン寸法の単結晶粒内において、小角粒界で接するサブミクロン寸法のα-アルミナ微結晶(サブ構造結晶)であると認めることができる。

<3>  したがって、審決が、「甲第10号証の刊行物の砥粒も、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子であり」(審決書7頁3行ないし6行)、甲第10号証の刊行物には「アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在する」(同7頁12行、13行)α-アルミナ焼結体粒子からなるアルミナ質砥石車が記載されており、本願発明と甲第10号証の刊行物に記載されたものを比較すると、両者は「その余の点で一致している」(同7頁17行)とした認定、判断は誤りであるといわざるを得ない。

(3)  結論

前記(1)のとおり、本願発明の砥粒がサブミクロン寸法のα-アルミナ質等軸結晶粒(単結晶)からなっているものであり、本願発明の砥粒と甲第10号証砥粒との相違が砥粒特性の相違に結びつくものであるから、この点の審決の認定の誤りが審決の結論に影響することは明らかである。

したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。

3  そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年5月14日弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成2年審判第10116号

審決

アメリカ合衆国、マサチューセッツ 01606、ウースター、ニュー ボンド ストリート 1

請求人 ノートン カンパニー

東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所

代理人弁理士 青木朗

東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所

代理人弁理士 西舘和之

東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所

代理人弁理士 寺田豊

東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所

代理人弁理士 山口昭之

東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所

代理人弁理士 西山雅也

昭和60年特許願第171266号「アルミナ質ビトリファイド砥石車及び製法」拒絶査定に対する審判事件(平成5年3月18日出願公告、特公平5-20232)について、次のとおり審決する、

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

Ⅰ 手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和60年8月5日に出願されたものであって、特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下1番目の発明という)の要旨は、当審において出願公告された後、平成6年6月21日付け手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものと認める。

「1.アルミナ質砥粒を主成分とし無機ガラス質結合材で結合したビトリファイド砥石車において、前記アルミナ質砥粒がゲル焼結法で形成され、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子からなり、且つ、前記無機ガラス質結合材が1100℃以下の温度で形成及び熟成された組成であることを特徴とするアルミナ質ビトリファイド砥石車。」

Ⅱ 甲各号証の記載事項

これに対して、当審における特許異議申立人、株式会社 ノリタケカンパニーリミテドが、甲第1号証の1として提出した特開昭56-32369号公報(昭和56年4月1日出願公開 以下引用例1という)には、「本発明の好ましい方法は酸化性水中にアルミナー水和物を分散させ、ペプチドしたアルミナー水和物の比較的安定なヒドロゾルまたはコロイド分散液を製造し、たとえば、遠心分離により未分散粒子を除去し、生成分散液を改質成分前駆体、たとえば、酢酸ジルコニルまたは他のアルカナートと共に混合し、混合物をゲル化させ、ゲルを乾燥して硝子状状態にし、乾燥ゲルを粉砕して、所望の粒子サイズにし、粉砕材料を少なくとも1250℃の温度、しかし、鉱物融解温度より低い温度で焼成し、微細結晶の大きさのアルミナと改質成分の不規則な密接な混合物を製造することを包含する。」と記載されている(同公報5ページ右下欄2~16行)。

また、「微細結晶の大きさは結晶の見掛け直径が3000Aまたはそれ以下の程度であることを意味する。」(同4ページ右上欄16行~18行)と記載されている。

また、研摩材の成分について、「本発明の好ましい酸化アルミニウムに基づく研摩材鉱物は酸化物当重量に基づき、α-アルミナ約40%-99%(好ましくは50%-98%)」(同公報9ページ右下欄15行~17行)と記載されている。

また、「微粒子状鉱物は結合していない小粒として使用してもよく、または被加工研摩製品、研摩車、不織布研摩製品および研摩粒子が代表的に使用される他の製品を製造するのに使用してもよい。」(同10ページ左上欄10ないし13行)と記載されている。

また、甲第4号証刊行物(特開昭50-23096号公報、昭和50年3月12日公開)には、溶融アルミナ、立方晶型の窒化硼素並びにダイヤモンドから研摩工具を制作するにあたり、セラミックボンドの色々な組合わせを選択することが可能であること、その1例として、1000℃で焼成で行うことができるセラミックボンドについて記載されている。

甲第5号証刊行物(特開昭48-80107号公報、昭和48年10月26日公開)には、エレクトロコランダムすなわち溶融アルミナ、キュービクル窒化硼素およびダイヤモンドのような粒度約400ミクロンの研摩材すなわち砥粒を用いる研摩用具のためのセラミック結合材すなわち無機ガラス質結合材において、焼成温度を1000℃にさげうことができる無機ガラス質結合材が記載されている。

甲第6号証刊行物(特開昭48-102811号公報、昭和48年12月24日公開)には、エレクトロコランダムすなわち溶融アルミナおよび等軸晶系の窒化硼素から研摩用具を製造するためのセラミック粘結剤すなわち無機ガラス質結合材であって1000℃で焼成することができる結合材(粒子サイズが約400ミクロンのホワイトエレクトロコランダムすなわち溶融α-アルミナの例)が記載されている。

また、甲第8号証刊行物(特公昭43-28868号公報、昭和43年12月11日公告)には、電融アルミナすなわち溶融アルミナ、炭化硅素、炭化タングステン等を砥粒とする研摩材の製造方法において、1000℃以下の温度で焼成できる結晶化ガラス結合材すなわち無機ガラス質結合材を用いること(実施例では、粒径3~1mmの電融アルミナすなわち溶融α-アルミナ砥粒を用いる例)が記載されている。

さらに、同異議申立人が甲第11号証として提出した「旭硝子工業技術奨励会研究報告Vol.18.1971.p279-291、分散型複合材料を形成しているアルミナ粒子とガラスとの化学反応」には、1100℃及びそれ以上の温度におけるガラスマトリックスと溶融アルミナ(α-アルミナと記載されている)の複合試料の熱処理では、時間の経過とともに、アルミナとガラスが反応しリューサイトと呼ばれる反応生成物が生じることが記載されている(287ページ下3~1行)。

Ⅲ 当審の判断

甲第1号証の1の刊行物に記載された方法においては、ヒドロゾルをゲル化し、乾燥ゲルを焼成してα-アルミナの微結晶質を製造し、該微結晶質は、見かけ直径が3000Aまたはそれ以下の程度と記載されているから、甲第1号証の1の刊行物の砥粒も、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子であり、その40~99%(酸化物当量)がα-アルミナである。そして、その砥粒を用いて研摩車すなわち砥石車を製造してもよいと記載されているから、甲第1号証の1の刊行物には、アルミナ質砥粒を主成分とし結合材で結合した砥石車において、前記アルミナ質砥粒がゲル焼結法で形成され、アルミナが実質的にサブミクロン寸法の結晶粒として存在するα-アルミナ焼結体粒子からなるアルミナ質砥石車が記載されている。

そこで、本願発明と甲第1号証の1の刊行物に記載されたものとを比較すると、両者は、次の点で相違し、その余の点で一致しているといえる。相違点

結合材が、本願発明の砥石車においては、1100℃以下の温度で形成及び熟成された組成である無機ガラス質であるのに対して、甲第1号証の1刊行物に記載の砥石車においては特に記載がない。

そこで上記相違点について検討する。

甲第4、第5、第6、第8各号証刊行物には、粒径が約400ミルロン程度またはそれ以上の溶融アルミナ砥粒を結合して砥石車を製造するために用いるための、1000℃以下の温度で焼成、すなわち形成及び熟成された組成の無機ガラス質結合材が記載されている。すなわち溶融アルミナ質砥粒を、1000℃以下の温度で焼成、すなわち形成及び熟成された組成の無機ガラス質結合材で結合することは周知であるといえる。

そして、甲第11号証刊行物に示めされているガラスマトリックスは、無機ガラス質マトリックスであり、同刊行物から、α-アルミナ粒子は、1100℃以上で無機ガラス質マトリックスと反応することが当業者に知られていることであり、溶融α-アルミナであろうと、ゲル焼結法で製造されたα-アルミナであろうと、無機ガラスとの反応性につき実質的な違いがあるとはいえないし、本願発明におけるサブミクロンという微細な粒子径をもつ砥粒が、数100ミクロンという従来周知の溶融α-アルミナよりも、無機ガラス質と反応しやすくなることを考慮すれば、甲第1号証の1刊行物に記載されたアルミナ質砥石車の結合材に周知の無機ガラス質結合材を用いるに当たり、1100℃以下の温度で形成及び熟成された組成のものを用いることにより、本願発明のアルミナ質ビトリファイド砥石車とすることは当業者に格別困難があったとすることはできない。

Ⅳ むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、上記甲各号証の発明にもとづいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年6月20日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

甲第10号証の砥粒の微細組織

<省略>

図2

甲第10号証の砥粒の単結晶粒組織

<省略>

図3

甲第10号証における砥粒観察

<省略>

図4

本件出願発明の砥粒の微細組織

<省略>

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