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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)297号 判決 1997年10月02日

東京都港区虎ノ門2丁目5番5号

原告

石川ガスケット株式会社

同代表者代表取締役

石川五男

同訴訟代理人弁理士

林宏

内山正雄

田中芳雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

舟木進

芝哲央

田中弘満

吉野日出夫

主文

特許庁が平成4年審判第3297号事件について

平成7年10月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年5月28日、特許庁に対し、名称を「金属積層形ガスケット」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和63年実用新案登録願第70582号)をしたが、平成3年12月17日、拒絶査定を受けたため、平成4年2月27日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第3297号事件として審理するとともに、本願考案について、平成6年11月16日、実用新案出願公告(平成6年実用新案出願公告第45095号)を行ったが、訴外日本ガスケット株式会社から異議の申立てがなされた。そこで、特許庁は、平成7年10月3日、異議申立ては理由があるとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月15日、原告に対し送達された。

2  本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載) 複数の金属板を積層することにより構成され、一部の厚さ調整用金属板に数によって厚さを識別する厚さ識別用の切欠を設けると共に、他の金属板に該識別用切欠を露出させる透視用切欠を設けてなることを特徴とする金属積層形ガスケット(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本出願日前の出願であって、本願考案の出願後に出願公開された昭和63年実用新案登録願第62218号(平成1年実用新案出願公開第165857号公報参照)の願書に最初に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写(以下「先願明細書及び図面」といい、そのうち上記明細書を「先願明細書」、上記図面を「先願図面」、同明細書及び図面に記載された考案を「先願考案」という。)には、次のア、イのとおりの「積層ガスケット」が記載されている(別紙図面(2)参照)。

ア 実用新案登録請求の範囲の記載

「所望の厚さを有するシート材に該シート材の厚さに関係なく一定の厚さを有する合わせ材を少なくとも一枚重ね合わせ、前記シート材に該シート材の厚さを表わす印を該シート材のボアセンタから一方にずらした位置に設け、且つ前記合わせ材に前記印に対応した位置に切欠きを設けたことを特徴とするシリンダヘッド用積層ガスケット」

イ 考案の詳細な説明欄の記載

「第1図にガスケット2を示す。ガスケット2は、中間のシート材4とシート材4の表裏面にそれぞれ貼付される合わせ材6とからなる三層で、それぞれエンジンの気筒に合った孔部8が形成され、三層を組み合わせて所定の厚さを形成し、シリンダ(図示せず。)に組み付けられるようになっている。シート材4は、エンジンに適応した所定の厚さのもので、図中左方の端部にはノッチ10が形成されている。ノッチ10は3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状であり、厚さの識別表示となっている。…合わせ材6は、常に一定の厚さで、シート材4の厚さに関係なく、全体の形状が同一であれば常に同一のものが使用される。また、この合わせ材6の端部には、シート材4のノッチ10に対応した位置に切欠き14が形成してあり、かかる合わせ材6を前記シート材4に組み合わせるとこの切欠き14からノッチ10が表われる。

したがって、このガスケット2によれば、第2図に示すようにノッチ10を切欠き14を通して見ることができガスケット2の厚さを一目で識別できる。」(先願明細書3頁17行ないし4頁19行)

「ガスケット2の厚さは、シート材4で決定されることから、合わせ材6を厚さに関係なく共通に使用できる。それ故、合わせ材6の金型や製作に必要な手間、及び在庫等を大幅に減少させることができる。

尚、厚さの表示手段は、ノッチに限らず、第3図に示すような英文字16、あるいはその他の数字等をボアセンタ12から一方に片寄らせた位置に印し、合わせ材6に窓18を設けて、この英文字16を読み取るようにしてもよい。このように構成しても上記例における効果と同様な効果を得ることができる。更に上記例では三層のガスケット2について述べたが、本考案は三層に限らず、他の積層数であっても良い。」(同5頁3行ないし16行)

したがって、先願明細書及び図面には、

「所望の厚さを有するシート材に、該シート材の厚さに関係なく一定の厚さを有する合わせ材を、少なくとも一枚重ね合わせ、前記シート材に、該シート材の厚さを表す印としてのノッチを該シート材に設け、該ノッチは、三つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状であり、かつ、前記合わせ材に、前記印に対応した位置に切欠きを設けたことを特徴とする、シリンダヘッド用積層ガスケット」

が記載されているものと認められる。

(3)  そこで、本願考案と先願考案とを対比すると、シリンダヘッド用積層ガスケットとして金属積層板を用いることはきわめて周知慣用の技術であることを考慮すれば、本願考案における、「一部の厚さ調整用金属板」、「識別用の切欠」、「他の金属板」、「該識別用切欠を露出させる透視用切欠」、「金属積層形ガスケット」が、それぞれ、先願考案における「所望の厚さを有するシート材」、「シート材の厚さを表わす印(ノッチ)」、「一定の厚さを有する合わせ材」、「合わせ材に、前記印に対応した位置に設けた切欠き」、「シリンダヘッド用積層ガスケット」に相当するものと認められるから、両者は、

「複数の金属板を積層することにより構成され、一部の厚さ調整用金属板に厚さを識別する切欠を設けるとともに、他の金属板に、該識別用切欠を露出させる透視用切欠を設けてなることを特徴とする、金属積層形ガスケット」である点において一致し、下記の点において一応相違する。

厚さの識別表示手段として、本願考案が、数によって厚さを識別する厚さ識別用切欠であるのに対し、先願考案は、「3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状」のノッチ10と記載され、切込みの数によって厚さを識別するか否かが不明である点

(4)  上記の相違点について検討するに、一般に、異種、異形のもの等を、切欠(ノッチ)、突起等の数により識別することは、きわめて普通に行われている周知慣用技術(「B1、B3 ENGINE MECHANISM」株式会社オートラマ昭和61年2月発行、1-48頁、Fig.1-135、昭和56年実用新案登録願第179415号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写、昭和59年実用新案登録願第139267号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写等参照)であること、先願明細書には、厚さを識別するために三つのノッチ(切欠)を用いたものが記載されているしと、また、先願明細書には、厚さ識別のために他の識別手段を用いることが可能である旨の記載があること等を総合的に判断するならば、上記相違点は、当業者が普通に行う技術常識に基づく単なる設計的な事項に過ぎない。

(5)  以上を総合的に勘案すると、本願考案は、先願考案と実質的に同一であり、また、本願考案の考案者が先願考案の考案者と同一であるとも、本出願時に本願考案の出願人が先願考案の出願人と同一であったとも認められないから、本願考案は、実用新案法3条の2の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は争わない。

同(3)のうち、本願考案と先願考案との一致点、両考案が金属板の厚さの識別表示手段の点において相違すること及び本願考案の切欠が、数によって厚さを識別するものであることは争わないが、先願考案の構成については争う。

同(4)、(5)は争う。

審決は、先願考案の相違点に係る構成についての認定、判断を誤るとともに、本願考案の先願考案とは異なる作用効果を看過したことにより、本願考案と先願考案とが同一のものであると誤認した点において違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決が、先願考案について、金属板(シート材)に対する「切込みの数によって厚さを識別するか否かが不明である」とした点は誤りである。

ア すなわち、先願明細書においては、「ノッチ10は3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状であり、厚さの識別表示となっている。」(4頁5行ないし7行)と記載され、シート材のノッチ(切欠)が、三つのノッチを備えているものであるにせよ、「厚さに応じた形状」であることが明示されている。

また、先願明細書においては、「厚さの表示手段は、ノッチに限らず、第3図に示すような英文字16、あるいはその他の数字等を…印し、合わせ材6に窓18を設けて、この英文字16を読み取るようにしてもよい」(5頁8行ないし12行)と記載され、「形状」による識別表示という制約の範囲内で他の表示形状を採用できるとしているに過ぎず、先願図面(別紙図面(2))第3図には、シート材4に「A」の文字を示したガスケットが示されている。

一方、先願明細書においては、「切込みの数によって厚さを識別する」ことを示唆する記述は見当たらない。

イ 以上によれば、先願考案において、厚さを表すためシート材に設ける印は、ノッチ10や文字16等の「厚さに応じた形状」であることが明らかであり、「切込みの数によって厚さを識別するか否かが不明である」というものではない。

したがって、先願考案は、本願考案のように、ノッチ(切欠)の「数」によって厚さの識別表示をするものでなく、厚さに応じた「形状」により厚さの識別表示をするものであることが明らかであるから、本願考案と先願考案は、その点において一致するものではなく、実質的にも同一の構成を有するものとはいえない。

(2)  また、本願考案は、先願考案との相違点に係る構成により、先願考案にはない特有の作用効果を奏するものであるから、先願考案と実質的に同一であるとはいえない。

ア ガスケットの厚さ調整用金属板は、打抜型による金属板の打抜きにより形成されるが、本願考案のように、数によって厚さを識別する厚さ調整用の切欠を設ける場合には、打抜型における雄型に、切欠の最大数に相当するピン取付け穴を設けるとともに、対応する雌型に打抜穴を設けておき、金属板の打抜きに際して、雄型に、識別用切欠の数に合った本数の切欠形成用ピンを選択的に取り付けるだけでよい。この場合、ピンを取り付けたところでは、そのピンに対応する雌型の打抜穴との間において切欠が形成され、ピンを取り付けていないところでは、金属板に打抜力が作用しないので、切欠が形成されない。

そのため、本願考案に係る厚さ調整用の切欠の数が異なる各金属板は、共通の打抜型を使用し、しかも、同形のピンを使用して、ピンの数を変えるだけで形成することができるため、本願考案においては、使用するピンの種類も少なくて済む(1種類)という利点がある。

イ これに対し、先願考案のように、金属板を厚さに応じた形状によって識別する場合には、雄型として、異形状に対応した数の切欠形成用のピンを用意する必要があり、一方、雌型においては、いずれの切欠形成用のピンを使用するかにより、そのピンの形状にあった打抜穴が必要になるため、結局、各切欠形成用のピンの形状に対応した雌型が必要になり、各金属板を、共通の打抜型を使用して、簡単かつ安価に形成することができなくなる。

ウ 上記のように、本願考案における作用効果は、先願考案における作用効果と大きく異なるから、相違点に係る本願考案の構成が、先願考案の単なる設計的事項であるとすることはできず、両考案が同一のものであるとすることはできない。

(3)  したがって、本願考案を先願考案と同一であると判断した審決には、考案の同一性について認定を誤った違法がある。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  相違点に係る先願考案の構成について

ア 先願明細書によると、先願考案においては、厚さ調整用金属板の厚さ識別のための手段として、「ノッチ10は3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状であり、厚さの識別表示となっている。」(4頁5行ないし7行)と記載されているが、「切り込みの数によって厚さを識別する」とは明示的に記載されておらず、また、上記の「3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状」の意味が、厚さの識別表示を、三つの切込みの数を変更することにより行うことを指すのか、それとも、半径形の切込みを三つとし、切込みの形状(例えば、半径形の輪郭等)を変更することにより行うことを指すのか、必ずしも明らかではない。

そこで、審決においては、先願考案の構成を、「切込みの数によって厚さを識別するか否かが不明である」としたものであって、この点に誤りはない。

イ そして、先願明細書においては、上記のとおり、シート材の厚さの識別表示の例として、「3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状」を有する「ノッチ10」が示されているところ、そこでは、単に「厚さに応じた形状」と記載されているのではなく、「3つ」の「半径形」の切込みと記載されており、また、先願図面(別紙図面(2))の第1図、第2図には、同じ大きさ、同じ形の三個の切込みが記載されている。

上記の切込みが、厚さの識別表示の例として示されているということは、とりも直さず、上記の切込みの識別性は、「3つ」又は「半径形」、すなわち、「半径形の個数」又は「半径形の形状」のいずれかに存するとみるのが常識的解釈といえよう。

更に、識別性の付与を実施に際して行う場合、「半径形の個数」の識別性と、「半径形の形状」の識別性とを考えるならば、簡単かつ識別力という点からすれば、前者の方が後者に優るとも劣らないことは明らかである。

そのため、上記のとおり、先願明細書及び図面には三つのノッチ(切欠)を用いたものが識別表示として記載されていること、及び、識別する手段として、切欠、突起等の数によることはきわめて普通に行われている周知慣用技術であることを考慮するならば、先願明細書及び図面においては、先願考案の設計、実施に際して当然に考慮されるべき「切込みの数により厚さを識別するもの」が記載されているに等しいと解することが妥当であり、それを、本願考案のように、「数によって厚さを識別する厚さ識別用切欠」と限定することは、単なる設計的事項に過ぎないというべきである。

ウ 以上により、審決は、先願明細書においては、厚み調整用金属板を「数によって識別」することが明示されていないものの、その明細書及び図面の記載と、周知慣用技術とを考え合わせるならば、本願考案が「数によって厚さを識別する厚さ識別用切欠」としたことは、単なる設計的な事項に過ぎないと判断したものであり、この点に誤りはない。

(2)  本願考案と先願考案の作用効果について

前記(1)のとおり、先願明細書及び図面においては、切込みの数により厚さを識別するものが記載されているに等しいと解されるから、本願考案は、その構成が先願考案と実質的に同一であり、構成が同一である以上、原告の主張する作用効果は、先願考案も当然に奏する作用効果に過ぎない。

したがって、本願考案と先願考案の作用効果についての原告の主張も失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、先願明細書及び図面の内容、本願考案と先願考案との一致点がいずれも審決記載のとおりであること、両考案が金属板の厚さの識別表示手段の点において一応相違すること、本願考案の切欠が数によって厚さを識別するものであることについても当事者間に争いがない。

第2  本願考案の概要について

成立に争いのない甲第2号証の1(本願明細書及び図面)、第2号証の2(平成7年8月22日付け手続補正書)によれば、本願考案の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  本願考案は、複数の金属板を積層してなる金属積層形ガスケットの改良に関するものである(本願明細書1頁12行及び13行)。

2  最近、エンジンの高性能化に伴い、ピストンとヘッドとの間の隙間、いわゆるトップクリアランスが、出力や排気ガス等に影響を及ぼすものとして、厳しく管理されるようになっている。このトップクリアランスは、通常、シリンダブロックとヘッドとの間に介設されるシリンダヘッドガスケットの厚さによって調節され、厚さの異なるガスケットを選択的に組み付けることによって所定のトップクリアランスを得るようにされているが、その場合、同一エンジンについて厚さが微妙に異なる数種類のガスケットを管理しなければならないため、その管理が面倒であるとともに、各ガスケットの厚さの識別が非常に困難であるという欠点があった。

ガスケットの厚さを識別する方法としては、例えば、ガスケットを構成する各金属板に、それぞれ外部に露出する突片を設け、この突片の位置や数等によって各金属板の厚さ、すなわちガスケットの厚さを識別できるようにすることが考えられるが、この方法では、すべての金属板が厚さ識別のための要素となるため、かえって識別が複雑化し、しかも、各金属板を形成するにあたり、それぞれ形の異なる別の打抜型を使用しなければならないため、多くの型が必要になって、製造の煩雑化とコストの上昇とが避けられない(同1頁15行ないし3頁1行)。

3  本願考案は、上記の課題を解決するため、要旨記載の構成を採用したものである(上記手続補正書1頁23行ないし26行)。

4  本願考案によれば、ガスケットを構成する一部の金属板に、数によって厚さを識別する厚さ識別用の切欠を形成したので、この切欠の数によって、ガスケットの厚さを容易に識別することができる上、例えば、形状の異なる一定数の切欠を設け、その形状の違いによって厚さを識別する場合に比べ、小さい切欠の僅かな形状の違いを識別する必要がないため、切欠を見間違えるおそれが少なく、厚さの識別をより確実に行うことができる。

また、厚さの異なるガスケットを得る場合には、識別用切欠の数の異なる厚さ調整用金属板を、その厚さに応じて選択的に使用すればよいため、少数の部品を変更するだけで、厚さの異なるガスケットを容易に形成することができる。

更に、厚さ調整用金属板の形成にあたっては、金属板を打ち抜く打抜型に、識別用切欠に合った数のピンを選択的に取り付けることにより、所定の切欠を備えた厚さ調整用金属板を形成することができる。そのため、切欠の数の異なる各金属板を共通の打抜型を使用して簡単かつ安価に形成することができ、しかも、上記識別用切欠は、同形のピンを使用して、その数を変えるだけで形成することができるため、使用するピンの種類も少なくて済むという利点がある(上記手続補正書2頁11行ないし28行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  まず、相違点に係る先願考案の構成について検討するならば、次のとおりである。

(1)  審決は、上記相違点として、先願考案においては、ガスケットのシート材が、「数によって厚さを識別する」切欠(ノッチ)を有するものであるか否かが不明であるとするが、このことは、上記相違点に係る構成の切欠(ノッチ)が、先願明細書及び図面に具体的に記載されていると認定するまでには至らないとする趣旨を述べたものであることが明らかである。

そうすると、本願考案と先願考案とは、明細書における具体的な記載において同一であると認めることができないところであるが、なお、実用新案法3条の2第1項における、先願の考案又は発明と、後願の考案とが「同一であるとき」とは、その間に実質的な同一性が存在する場合をも含むものと解すべきであるから、本件における審決の理由に即していえば、先願明細書及び図面において、ノッチの「数」による厚さの識別について具体的に記載されていなくとも、当業者において、その趣旨が記載されているに等しいものとしてそれらを読み取ることが可能と認められる場合には、本願考案と先願考案とが「同一である」とみなし得るところである。

(2)  そこで、その点について検討するに、

ア 審決は、上記相違点について、審決の理由の要点(4)記載の理由により、当業者が普通に行う技術常識に基づく単なる設計的な事項に過ぎないと判断し、被告は、本訴において、この点を更に補充して、先願明細書においては、シート材の厚さ識別表示の例として、「『3つ』の『半径形』の切り込みで厚さに応じた形状」の「ノッチ10」が示されているが、その場合、「半径形の個数」又は「半径形の形状」の、いずれかに識別性があるものとみなすのが常識的な解釈であるとし、実際においては、前者による識別性のはうが優れているとした上で、<1>先願明細書には、厚さを識別するために三つのノッチ(切欠)を用いたものが記載されていること、<2>異種、異形のもの等を、切欠(ノッチ)、突起等の数により識別することは、きわめて普通に行われている周知慣用技術であることを考慮すれば、先願明細書には、切り込みの数により、シート材の厚さを識別するものが記載されているに等しいと解すべきであるとして、本願考案のように、「数によって厚さを識別する厚さ識別用切欠」と限定することは、単なる設計的な事項に過ぎないと主張する。

イ しかしながら、先願明細書においては、上記のとおり、シート材の厚さの識別表示の例として、「ノッチ10は3つの半径形の切り込みで厚さに応じた形状であり、厚さの識別表示となっている。」と記載されている(この記載文言についても、前記第1のとおり当事者間に争いがない。)が、その技術的意味は、文言からみて、ノッチとして形成された三つの切込みの半径形をシート材の厚さによって変化させる、すなわちシート材の厚さによって三つの切込みそれぞれの半径形の径等を変えて組み合わせて厚さの識別を行うものと理解することができ、その他、成立に争いのない甲第4号証(先願明細書及び図面)の記載内容を検討しても、先願明細書及び図面には、先願考案の目的、作用効果についての記載部分をも含め、英文字のような「形状」をシート材の識別表示として用いることが記載されているに過ぎず、「数」によってシート材の厚さを識別する趣旨を窺わせる部分は、記載も示唆もまったく見当たらないところである。

ウ そうすると、被告の主張する前記<1>及び<2>の事由のほか、更に、審決が理由として挙げる、「先願明細書には、厚さ識別のために他の識別手段を用いることが可能である旨の記載があること」を考慮したとしても、先願明細書及び図面には、切込みの「数」によってシート材の厚さを識別するものが記載されているに等しいとまで認めることは困難であり、当業者において、先願明細書及び図面から、当然に上記の事項を読み取るものと認めるまでには至らないというべきである。

エ そして、本願考案は、前記第2の4認定のとおり、前記相違点に係る構成を採用したことによって、ガスケットの数を容易に識別することができ、先願明細書及び図面に開示された形状の違いによって厚さを識別する場合に比べ、厚さの識別をより確実に行うことができるものであるから、先願考案とは作用効果を異にし、「形状」による識別表示を「数」による識別表示に変えることが単なる設計事項とすることはできない。

オ そうであれば、本願考案と先願考案とは、「実質的に同一」であるとも認め難いといわざるをえない。

2  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本願考案は、先願考案と同一のものであると認めることはできないところであるから、これを肯定した審決には、本願考案と先願考案との相違点について判断を誤った違法があるものというべきである。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

<省略>

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は本考案の1実施例を示す平面図、第2図はその要部斜視図、第3図は厚さの識別方法を説明する要部正面図、第4図は本考案の第2実施例を示す要部正面図である。

1a、1b、11a、11b・・金属板、

2、12・・識別用切欠、

3、13・・透視用切欠。

別紙図面(2)

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は本考案にかかるガスケットを示す分解斜視図、

第2図は第1図に示したガスケットの部分平面図、

第3図は本考案の他の例を示す部分平面図、

第4図は従来例。

2…ガスケット、4…シート材、6…合わせ材、8…孔部、10…ノッチ、12…ボアセンタ線、14…切欠き、16…英文字、18…窓。

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