東京高等裁判所 平成7年(行ケ)37号 判決 1996年4月23日
ドイツ連邦共和国
デー60488 フランクフルト・アム・マイン、ゲーリッケシュトラーセ7
原告
アイテイーティー・オートモーティブ・ヨーロップ・ゲーエムベーハー
同代表者
ウルフ・グラウ
同
ペーター・ポルトビヒ
同訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
河野哲
同
勝村紘
同
中村俊郎
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
田村敏朗
同
田中英穂
同
幸長保次郎
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第18550号事件について平成6年9月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文第1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年9月14日、名称を「ブレーキスリップコントロール装置用制御回路および方法」とする発明につき、ドイツ連邦共和国における1982年9月18日付け特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(特願昭58-168512号)をしたが、平成4年7月7日拒絶査定を受けたので、同年10月5日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第18550号事件として審理した結果、平成6年9月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年10月24日原告に送達された。
2 本願の特定発明の要旨
本願の特許請求の範囲1により特定された発明(以下「特定発明」という。)の要旨は、次のとおりである。
自動車に好適なブレーキスリップコントロール装置を制御する方法であって、車輪または車軸の回転状態をセンサによって検出してセンサ信号を生成し、該センサ信号を電気的に処理してブレーキ圧力制御バルブに供給されるバルブ制御信号を生成し、車輪に加えられるブレーキ圧力を車輪回転状態に応じて制御し、異常時に前記ブレーキスリップコントロール装置を少なくとも部分的に切り離すようにした制御方法において、各センサに接続され前記センサ信号に応答して常時互いに独立に且つ並列的に動作すると共に同一のクロック信号によって同期された少なくとも2個のロジック回路ユニット(2、3、20、21)を複数の制御系として冗長的に用い、これらのロジック回路ユニットにより前記センサ信号に基いて前記バルブ制御信号を夫々出力させ、前記ロジック回路ユニットの両出力部を含む互いに対応する複数の信号発生部位に於て、前記ロジック回路ユニットの一方での信号及び信号変動と前記回路ユニットの他方での信号及び信号変動とを継続的に夫々常時比較し、前記ロジック回路ユニット間の比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定することを特徴とするブレーキスリップコントロール装置用制御方法。(別紙図面1第1図参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願の特定発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 一方、特開昭57-130108号公報(以下「引用例」という。)における、例えば、1頁右下欄8~10行の「(3)前記第2のコンピュータが、・・・両データ処理の結果を比較照合することを特徴とする」、3頁右上欄8~16行の「C;Bの状態で・・・比較結果に異常が認められたとき異常表示装置40に表示「B」として表示し、乗員に知らせること。」、3頁左下欄13~18行の「(3)制動制御用コンピュータ30(第3図参照) F;ブレーキスイッチ・・・制御出力を制動力調節装置31に与えること。」、そして4頁右上欄4~17行の「次に、・・・異常発生時は被チェックコンピュータまたはチェックコンピュータのいずれかの異常として検知することができる。」等の記載、および上記各記載に対応する第1~3図(別紙図面2参照)の記載内容を参照すると、上記引用例には、
自動車等の車両に好適なアンチスキッド制御装置を点検して表示する手段であって、車輪の回転状態を車輪回転センサ(7)によって検出してセンサ信号を生成し、該センサ信号を電気的に処理して制動力調節装置(31)に供給される制動力を緩めるための制御出力を生成し、車輪に加えられる制動力を車輪回転状態に応じて制御し、異常時に前記アンチスキッド制御装置が異常であることを表示するようにした点検表示手段において、各車輪回転センサ(7)に接続され前記センサ信号に応答して、スロットルスイッチ(2)の信号レベルがアクセルが全閉であることを示しているときでブレーキスイッチ(6)の信号レベルがブレーキ操作中であることを示しているとき、互いに独立に且つ並列的に同じまたは類似のプログラム部分を用いて同じまたは類似のデータ処理を行う第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを複数の制御系として冗長的に用い、これらのコンピュータにより前記センサ信号に基いて前記制御出力を夫々出力させ、前記コンピュータの両出力部に於て、前記コンピュータの一方での信号及び信号変動と前記コンピュータの他方での信号及び信号変動とを夫々比較照合し、前記コンピュータ間の比較照合結果に差異が生じた時に異常発生と判定するアンチスキッド制御装置用点検表示手段、
が記載されているものと認められる。
(3) そこで、一般に、アンチスキッド制御装置において、車輪の回転状態をセンサによって検出してセンサ信号を生成し、該センサ信号を電気的に処理してブレーキ圧力制御バルブに供給されるバルブ制御信号を生成し、車輪に加えられるブレーキ圧力を車輪回転状態に応じて制御することが、技術的常識事項であること、また、同じく一般に、複数のコンピュータを用いた制御装置等において、それら複数のコンピュータ相互間で情報をやり取りして所定のデータ処理を行うに際し、それら複数のコンピュータを同一のクロック信号によって同期することが、同じく技術的常識事項であることを勘案しつつ、上記引用例に記載されたものと本願の特定発明とを比較すると、上記引用例のものにおけるアンチスキッド制御装置、車輪回転センサ(7)、制動力調整装置(31)、制動力を緩めるための制御出力、制動力、そして第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)は、それぞれの機能、作用あるいは性質からみて、それぞれ、本願の特定発明におけるブレーキスリップコントロール装置、センサ、ブレーキ圧力制御バルブ、バルブ制御信号、ブレーキ圧力、そして2個のロジック回路ユニットに相当すると認められるので、本願の特定発明は、下記の(A)、(B)2点において引用例のものと相違し、その余の点において一致しているものと認められる。
(A)本願の特定発明においては、2個のロジック回路ユニットが、それぞれ、常時動作しバルブ制御信号を含む互いに対応する複数の信号発生部位を有するロジック回路ユニットであって、上記互いに対応する複数の信号発生部位に於ける信号及び信号変動同士を継続的に常時比較しているのに対し、引用例のものにおいては、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)が、それぞれ、スロットルスイッチ(2)の信号レベルがアクセルが全閉であることを示しているときでブレーキスイッチ(6)の信号レベルがブレーキ操作中であることを示しているとき即ち必要時に動作し制動力を緩めるための制御出力を出力する同じまたは類似のデータ処理を行うプログラム部分を有するコンピュータであって、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)間の制御出力を上記必要時に比較している点、および
(B)ロジック回路ユニット間の比較結果に差異が生じ異常と判定したとき、本願の特定発明においては、ブレーキスリップコントロール装置を少なくとも部分的に切り離すように制御しているのに対し、引用例のものにおいては、アンチスキッド制御装置が異常であることを表示するようにしている点。
(4) 相違点について、検討する。
<1> 相違点(A)について
それぞれ、常時互いに独立に且つ並列的に動作し同じデータ処理を行うべく全体的に同一のプログラムを有する複数例えば2個の制御装置を複数の制御系として冗長的に用い、これらの制御装置の互いに対応する複数の信号発生部位に於ける信号及び信号変動同士を継続的に夫々常時比較するようにした制御手段は、従来周知である(必要ならば、例えば、特開昭57-69403号公報、特開昭52-54877号公報、特開昭50-157778号公報等を参照のこと。)から、上記引用例のものに上記周知の制御手段を適用して、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを、それぞれ、常時動作し制動力を緩めるための制御出力を含む互いに対応する複数の出力信号を発生すべく同じデータ処理を行う全体的に同一のプログラムを有するコンピュータとし、上記互いに対応する複数の出力信号同士を継続的に常時比較するようにして、本願の特定発明のもののように構成する程度のことは、当業者が必要に応じて容易になし得たものと認められる。
<2> 相違点(B)について
制御システムに故障等の異常が発生した場合、制御システムの動作を停止させるようにすること、即ち、コントロール装置を切り離すようにすることは、請求人(原告)も明細書において例を挙げて開示しかつ例えば前記拒絶の理由において挙示した特開昭52-115987号公報にも記載されているように、本願の出願前に周知の技術手段であり、それ故、上記引用例のもののアンチスキッド制御装置の異常時にそれを表示することに代えて、上記周知の技術手段である異常時にコントロール装置を切り離す手段を採用して、本願の特定発明のもののように構成する程度のことは、当業者が容易になし得たものと認められる。
<3> そして、本願の特定発明の要旨とする構成によってもたらされる明細書に記載の効果も、当業者であれば容易に予測することができる範囲のものであって、格別なものとはいえない。
(5) したがって、本願の特定発明は、引用例に記載された発明および各周知の手段に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定に該当するから、本願は、他の発明につき検討するまでもなく、特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)は認める。
同(2)のうち、引用例に「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを複数の制御系として冗長的に用い」ることが記載されていることは争い、その余は認める。
同(3)のうち、引用例のものにおける「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)」が本願の特定発明の「2個のロジック回路ユニットに相当すると認められる」との認定、本願の特定発明についての「互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」との認定、引用例のものにおける「ブレーキ操作中であることを示しているとき即ち必要時に動作し」及び「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)間の制御出力を上記必要時に比較している点」との認定、並びに、相違点(B)における「ロジック回路ユニット間の比較結果に差異が生じ異常と判定したとき」の認定は争い、その余は認める。ただし、相違点は、他にもある。
同(4)のうち、<2>は認め、<1>、<3>は争う。
同(5)は争う。
審決は、本願の特定発明と引用例のものとの一致点の認定を誤り、相違点を看過し、相違点の認定を誤り、かつ、相違点に対する判断を誤った結果、本願の特定発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り、相違点の看過)
審決は、「(引用例のものが)第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを複数の制御系として冗長的に用い」(甲第1号証5頁11行、12行)、引用例のものにおける「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)」(同6頁18行、19行)が本願の特定発明における「2個のロジック回路ユニットに相当すると認められる」(同7頁3行ないし5行)と認定するが、誤りである。
<1> 引用例のものにおいては、第2のコンピュータ(10)は、本来は第1のコンピュータ(30)とは別の処理を行うために設置されているものであり、その処理の空き時間を利用して、第1のコンピュータ(30)のデータ処理の結果を点検するためのデータ処理を実行するようにプログラムされているにすぎない。したがって、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)と第1のコンピュータ(30)は、常時互いに独立にかつ並列的に動作するものではない。さらに、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)は制動のための制御系としては用いられてはおらず、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)は冗長的に用いられているものではない。なお、冗長とは、信頼性の向上のために、規定の機能を遂行するための構成要素又は手段を余分に追加するような構成状態をいうものである。
これに対し、本願の特定発明の2個のロジック回路ユニットは、常時互いに独立にかつ並列的に動作し、かつ、複数の制御系として冗長的に用いられる装置である。
<2> しかも、本願の特定発明におけるロジック回路ユニット(3)それ自身は、相手のロジック回路ユニット(2)をチェックする機能を有しておらず、チェックする機能、すなわちそれぞれの信号の比較は、これらロジック回路ユニット(2、3)とは別に設けられたコンパレータ(12、13)で行われる。なお、第3図(別紙図面1参照)では、第2図のロジック回路ユニット(2、3)及びコンパレータ(12、13)等の記載が省略されているにすぎない。
これに対し、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)は、その第2図(別紙図面2参照)等に示されているとおり、第1のコンピュータ(30)のデータ処理の結果をチェックすろための装置であって、チェック機能をそれ自身有しているものである。
(2) 取消事由2(相違点の認定の誤り)
<1> 審決は、相違点(A)の認定において、本願の特定発明が「互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」(甲第1号証7頁12行)信号を比較していると認定しているが、本願の特定発明においては、2個のロジック回路ユニットの「両出力部」に加え、互い対応するロジック回路ユニット内の「複数の信号発生部位」をも比較の対象としていることを看過し、引用例のものとの相違点を看過している。
すなわち、本願の特定発明は、「ロジック回路ユニットの両出力部を含む互いに対応する複数の信号発生部位に於いて」(甲第6号証1頁11行、12行)、信号を比較するものである。
<2> また、審決は、相違点(B)の認定において、「ロジック回路ユニット間の比較結果に差異が生じ異常と判定したとき」(甲第1号証8頁5行、6行)と認定しているが、本願の特定発明が比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定する点で引用例のものと相違する点を看過している。
すなわち、本願の特定発明は、「ロジック回路ユニット間の比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定する」(甲第6号証1頁14行、15行)ものである。
<3> 審決は、「ブレーキ操作中であることを示しているとき」(甲第1号証7頁18行、19行)を「即ち必要時に」と認定し、同様に、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)間の制御出力の比較を「上記必要時に比較している点」(同8頁4行)と認定しているが、誤りである。
ブレーキスリップコントロール装置は常時点検することにより、引用例によっては期待できないより高い信頼性が得られるものである。したがって、あたかもブレーキ操作中以外は上記装置の点検が不必要であるかのような審決の認定は誤りである。
(3) 取消事由3(相違点に対する判断の誤り)
<1> 審決は、「それぞれ、常時互いに独立に且つ並列的に動作し同じデータ処理を行うべく全体的に同一のプログラムを有する複数例えば2個の制御装置を複数の制御系として冗長的に用い、これらの制御装置の互いに対応する複数の信号発生部位に於ける信号及び信号変動同士を継続的に夫々常時比較するようにした制御手段は、従来周知である」(甲第1号証8頁15行ないし9頁1行)と認定するが、誤りである。
審決が周知である理由として例示した甲第8ないし第10号証には、それぞれ審決が相違点とした制御手段の一部の構成しか記載されていない。すなわち、
甲第8号証には、シーケンス制御の二重化装置が記載されているが、この装置はプラントからの入力信号を順次取り込んで演算処理を行い2台のマイクロコンピュータの出力信号が一致したときにその信号を出力してシーケンス制御を行う技術が記載されているだけである。
甲第9号証には、多重化制御装置の異常検出装置が記載され、制御装置を構成するユニット各段の出力を取り込み、相対する出力を常時比較するものである。
また、甲第10号証には、プロセス制御装置の常時監視方式について記載されているが、機器の出力応答を常時比較検出しているだけである。
発明は、一般に、既知の構成要素を有機的に組み合わせることによって行われるのが普通であって、各構成要素がそれぞれ周知又は公知だからといって、組み合わされた有機的構成が周知であると判断するのは不当である。
<2> また、審決が上記周知であると指摘した事項の中には、回路ユニットの出力部のみならず、回路ユニット内の複数の信号発生部位をも比較の対象とすることは含まれていない。このことは、審決が上記周知技術の例示として挙げた甲第8ないし第10号証には、本願の特定発明のように出力部を含む互いに対応する複数の信号発生部において夫々比較しているものは記載されていないことからも、明らかである。
<3> さらに、引用例のものに被告が周知と主張する制御手段を適用することは、そもそも理論的に不可能である。燃料供給装置を制御する第2のコンピュータ(10)を制動制御用の第1のコンピュータ(30)のデータ処理の状態の点検に常時用いると、第2のコンピュータ(10)の本来の目的である燃料供給装置を制御することが全く不可能となるからである。
<4> したがって、引用例のものに上記周知の手段を適用することは、当業者が必要に応じて容易になし得たとの判断は、誤りである。
(4) 取消事由4(効果についての判断の誤り)
審決は、本願の特定発明の奏する効果についての判断を誤っている。
<1> すなわち、本願の特定発明は、常時比較する構成を採用することにより、ブレーキが操作される以前にブレーキスリップコントロール装置の電子回路の異常を検知した場合にも、ブレーキ操作中と同様に即座にブレーキスリップコントロール装置を切り離し、かつ、運転者に故障した旨を知らせ、引用例のものをはるかに超える安全性を確保できるものである。
審決は、「ブレーキ操作中であることを示しているとき即ち必要時に動作し」(甲第1号証7頁18行ないし20行)、「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)間の制御出力を上記必要時に比較している点」(同8頁2行ないし4行)と認定し、上記安全性の確保の向上を看過しているものである。
<2> また、本願の特定発明は、複数の信号発生部位をも比較の対象とし、比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定するとの構成を採用することにより、異常の発見をより迅速かつ確実に行うことができ、自動車走行時でのエラーの感知能力を飛躍的に高めることができるものである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 冗長なる用語は、「規定の機能を遂行するための構成要素又は手段を余分に付加し、その一部が故障しても上位アイテムは故障とならない性質」を意味する。
ところで、本願の特定発明においては、ロジック回路ユニット(3、21)は、信号をテストの目的のみに発生させるために余分に付加された制御系ではあるが、制動のための制御系としては用いられていない。また、2個のロジック回路ユニットを並列的に用い、2個のロジック回路ユニットの信号の比較の結果に差異が生じた時には異常発生と判定し、かかる異常時には「ブレーキスリップコントロール装置を少なくとも部分的に切り離すようにした」もので、異常時にはブレーキスリップコントロール装置によるブレーキスリップコントロールを行わないようにしたものである。
したがって、本願の特定発明は、上記「冗長」なる用語の意味のうち、前半の「規定の機能を遂行するための構成要素又は手段を余分に付加」したものでないばかりか、後半の「その一部が故障しても上位アイテムは故障とならない性質」も有していないものである。
<2> また、本願に添付された第1図及び第2図(別紙図面1参照)に示されているロジック回路ユニット(3)それ自身は、相手のロジック回路ユニット(2)をチェックする機能を有しておらず、それぞれの信号の比較は、別に設けられたコンパレータ(12、13)において行われている。しかしながら、同第3図に示されているロジック回路ユニット(21)それ自身は、相手のロジック回路ユニット(20)をチェックする機能を有しており、それぞれの信号の比較はロジック回路ユニット(21)それ自身に設けられたチェック機能部において行われるものである。
それ故、引用例の第2のコンピュータ(10)と本願の特定発明のロジック回路ユニット(21)とは、本質的に機能を異にするものではない。
(2) 取消事由2について
<1> 審決(甲第1号証)の「互いに対応する複数の信号発生部位」(8頁19行)との記載は、出力部からの制御出力を含む互いに対応する複数の信号発生部位を意味している。
このことは、審決が「(A)本願の特定発明においては、2個のロジック回路ユニットが、それぞれ、常時動作しバルブ制御信号を含む互いに対応する複数の信号発生部位を有するロジック回路ユニットであって、上記互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」(7頁8行ないし12行)と記載し、「(本願の特定発明が)引用例のものに上記周知の制御手段を適用して、第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを、それぞれ、常時動作し制動力を緩めるための制御出力を含む互いに対応する複数の出力信号を発生すべく同じデータ処理を行う全体的に同一のプログラムを有するコンピユータとし、上記互いに対応する複数の出力信号同士を継続的に常時比較するように」(9頁4行ないし12行)構成したものであるとして論理を展開していることから明らかである。
<2> 本願の特定発明のように複数の信号(その数をnとする)を比較するものにあっては、その比較結果の差異の数は、最小で1つであり、最大でnである。本願の特定発明のように互いに対応する複数の信号を比較するようにした構成においては、複数の信号の比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定するようなことは、極めて当然の事柄にすぎない。
<3> 「即ち必要時に」等の記載は、「スロットルスイッチ(2)の信号レベルがアクセルが全閉であることを示しているときでブレーキスイッチ(6)の信号レベルがブレーキ操作中であることを示しているとき、」(甲第1号証5頁5行ないし8行)なる引用例のものにおけるアンチスキッド制御装置の異常についての点検タイミングを言い換えたものにすぎず、ブレーキスリップコントロール装置の異常についての点検がブレーキ操作中であることを示しているときのみ必要であることを意味するものでも、また、ブレーキ操作中以外はブレーキスリップコントロール装置の点検が不必要であることを意味するものでもない。
(3) 取消事由3について
<1> 従来周知である例として審決に示したもののうち、甲第9号証には、例えば、「このように情報処理の最終段で多重化された信号を比較するのでは・・・どのユニットが異常であるか局所的に把握できなく、・・・困難が伴なう。」(1頁右下欄15行ないし20行)、「本発明は制御装置を構成するユニット各段の出力を取込み、相対する時系列信号を常時比較し、不一致の時点で・・・装置である。」(2頁左上欄4行ないし7行)、「第2図は・・・2、3、21および31の・・・・各ユニットの状態を比較し、相対するユニットの1組でも状態の不一致が認められれば不一致信号を中央制御ユニット4に出力する」(2頁左上欄8行ないし15行)、「本発明の装置により、大規模な制御装置のどのユニットに異常が存在するものか異常発生と同時に簡単に把握することができる。」(2頁右上欄19行ないし左下欄2行)等と記載されており、この記載及び第2図からみて、甲第9号証には、それぞれ、常時互いに独立に且つ並列的に動作し同じデータ処理を行うべく全体的に同一のプログラムを有する複数、例えば2個の制御装置を複数の制御系として冗長的に用い、これらの制御装置の互いに対応する複数の信号発生部位に於ける信号及び信号変動同士を継続的に夫々常時比較するようにした制御手段が記載されており、この制御手段は、各最終段の出力のみならず、局所的すなわち2個の制御装置の各中間段の信号発生部位からの信号をも比較の対象とするものである。
なお、従来周知である例として示した甲第8及び第10号証は、例示として適切ではなかったが、乙第3及び第4号証の記載からみても、審決(甲第1号証)8頁15行ないし9頁1行に記載した制御手段が従来周知であることは、変わらない。
<2> また、第2のコンピュータ(10)が本来燃料供給装置を制御することを理由として、引用例のものに被告が周知と主張する制御手段を適用することは理論的に不可能であるとの主張が理由がないことは、明らかである。
<3> したがって、引用例のものに上記周知の制御手段を適用することは、当業者が必要に応じて容易になし得たとの審決の判断に誤りはない。
(4) 取消事由4について
原告はブレーキスリップコントロール装置の異常時に装置が故障した旨をブレーキ装置以前に運転者に知らせることによる効果を主張するが、それに対応する構成は、本願の特定発明の特許請求の範囲に記載されていない。
原告主張のその余の効果は、引用例のものに審決認定の周知の制御手段等を適用して本願の特定発明のもののように構成されたブレーキスリップコントロール装置用制御方法が奏する効果であって、当業者にとって容易に予測し得る程度の効果である。
なお、審決が「ブレーキ操作中であることを示しているとき」を「即ち必要時に動作し」と言い換えていること等は、ブレーキ操作中以外はブレーキスリップコントロール装置の点検が不必要であることを意味しているものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願の特定発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)のうち、「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)とを複数の制御系として冗長的に用い」ることが記載されていることを除く事実、
同(3)(一致点及び相違点の認定)のうち、引用例のものにおける「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)」が本願の特定発明の「2個のロジック回路ユニットに相当すると認められる」との認定、本願の特定発明についての「互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」との認定、引用例のものにおける「ブレーキ操作中であることを示しているとき即ち必要時に動作し」及び「第1のコンピュータ(30)と第2のコンピュータ(10)間の制御出力を上記必要時に比較している点」との認定、並びに、相違点(B)における「ロジック回路ユニット間の比較結果に差異が生じ異常と判定したとき」との認定を除く事実、
並びに、同(4)(相違点に対する判断)のうち、<2>(相違点(B)に対する判断)
は、当事者間に争いがない(ただし、原告は、相違点は他にもあると主張する。)。
2 本願の特定発明の概要
本願明細書(本願に添付の図面を含む。以下、同じ。甲第2ないし第6号証)によれば、本願の特定発明の概要として次の記載があることが認められる。
(1) 「本発明は、ブレーキスリップコントロール装置の制御方法に関するもので(ある)。」(甲第3号証11頁10行、11行)
「この種の制御方法および回路は、基本的にサービスにおいて高い信頼性が要求される。従って誤動作はあらゆる場合において極めて危険である。」(同11頁19行ないし12頁2行)
「本発明の目的は、従来の方法と比較して、更にサービスの信頼性および装置の信頼性に豊んだブレーキスリップコントロール装置のコントロール方法を提供するもので、特に、回路内外におけるエラーに対して迅速な感知とそれに対する速い応答が実現できる方法を提供するものである。」(同14頁18行ないし15頁4行)
(2) 「本発明の基本的技術思想によれば、概略、2個の完全な回路ブロックまたは回路ユニットにおいて信号を互いに独立して、且つ同期させて冗長的に処理するので、この結果、これらブロックの出力端子およびこの回路内の対応するロケーション即ち部位において同じような信号が予め決められた時間期間で得られるようになる。センサ信号が並列的にブロックに供給されるので、信号通路中に設けられた回路中の各エラーが信号の異なったコース即ち信号経路に得られ、これに割当てられたコンパレータは、回路の実施方法およびエラーの性質に依存して臨時の停止や完全なスィッチオフに対して直ちに応答するようになる。両方の回路ユニットによって同じようなバルブコントロール信号が発生されるが、ブレーキスリップコントロールアクションが得られ、装置のスイッチオフまたは停止は、両方の回路ユニット動作がそのままであり、内部および外部回路で同じような信号を発生させる場合においてのみ回避されるようになる。このことによって、故障に対して要望された高い信頼性が得られるようになる。」(同16頁7行ないし17頁8行、甲第4号証2頁15行ないし末行)
3 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 前記説示のとおり、本願の特定発明の要旨(特許請求の範囲)には、「少なくとも2個のロジック回路ユニット・・・を複数の制御系として冗長的に用い」ることが記載されている。
上記特許請求の範囲の記載における「冗長的」に用いることの意味を検討する。
一般に、「冗長」とは、信頼性の向上のために、規定の機能を遂行するための構成要素又は手段を余分に追加するような構成状態をいうと解される。しかしながら、本願明細書の第1図及び第2図(別紙図面1参照)によれば、回路ブロック2の出力は、バルブドライバ14を経て、ブレーキ圧力コントロールバルブ15にも供給されているのに対して、回路ブロック3の出力は、コンパレータ12、13に供給されているのみであることが認められる。さらに、甲第3号証(22頁14行ないし19行)によれば、本願明細書には、「また、第2の回路ブロック3で発生させたバルブコントロール信号は、このような迂回の手段を講じる必要はない。その理由は、これらコントロール信号はテストの目的のみに発生させたものであり、実際のブレーキ圧力コントロール用の信号ではない。」と記載されていることが認められる。そうすると、本願の特定発明における「複数の制御系として冗長的に用い」るとは、一方のロジック回路ユニットに対する他方のロジック回路ユニットが、ブレーキ圧力コントロールバルブの制御に用いられず、テスト目的のために備えられているものも包含していると解すべきである。
そうすると、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)が制動のための制御系としては用いられていない点をとらえて、引用例のものと本願の特定発明との間に一致点の認定の誤りがあるとすることはできない。
また、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)は、本来、第1のコンピュータ(30)とは別の処理を行うために設置されているとしても、前記説示のとおり、「スロットルスイッチ(2)の信号レベルがアクセルが全閉であることを示しているときでブレーキスイッチ(6)の信号レベルがブレーキ操作中であることを示しているとき」には、「互いに独立に且つ並列的に同じまたは類似のデータ処理を行」っているものであり、本願の特定発明の特許請求の範囲にいう「冗長的」に用いられているものである。
なお、審決は、信号等を常時比較しているか否かの点を相違点(A)の中で、相違点として取り上げているものであり、常時比較しているか否かの点で一致点の認定の誤りがあるとすることはできない。
<2> 原告は、本願の特定発明においては、信号の比較はロジック回路ユニット(2、3)とは別に設けられたコンパレータ(12、13)で行われているが、引用例の第2のコンピュータ(10)は、チェック機能をそれ自身有しているものであると主張する。
しかしながら、本願の特定発明の特許請求の範囲は、「前記ロジック回路ユニットの一方での信号及び信号変動と前記回路ユニットの他方での信号及び信号変動とを継続的に夫々常時比較し」と記載しているが、この比較回路がロジック回路ユニットの内部にあるか、外部にあるかについては何ら限定していない。
そうすると、信号の比較がコンパレータで行われているか否かの点において、一致点の認定の誤りがあるとすることはできない。
<3> したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 原告は、審決は「互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」と認定し、本願の特定発明においては、2個のロジック回路ユニットの「両出力部」に加え、互い対応するロジック回路ユニット内の「複数の信号発生部位」をも比較の対象としていることを看過していると主張する。
しかしながら、「互いに対応する複数の信号発生部位」との記載は、「上記」との記載(甲第1号証7頁11行)に続くものであり、この「上記」は、「常時動作しバルブ制御信号を含む互いに対応する複数の信号発生部位」(甲第1号証7頁9行ないし11行)を意味していると解される。そして、前記説示の本願の特定発明の要旨中の「これらのロジック回路ユニットにより前記センサ信号に基いて前記バルブ制御信号を夫々出力させ」(甲第6号証1頁10行、11行)との記載によれば、ロジック回路ユニットの「出力部」における信号がバルブ制御信号として入力されるものであることが認められるから、「バルブ制御信号」(甲第1号証7頁9行、10行)は出力部の信号を意味していると解せられる。したがって、「互いに対応する複数の信号発生部位に於ける」との認定は、両出力部における信号の比較のみならず、互いに対応するロジック回路ユニット内の「複数の信号発生部位」の比較も行っていることを意味していると解せられる。
<2> 次に、原告は、審決は本願の特定発明が比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定する点を看過していると主張する。
しかしながら、審決が、本願の特定発明は両出力部における信号の比較のみならず、互いに対応するロジック回路ユニット内の「複数の信号発生部位」の比較も行っていると認定していることは、上記のとおりであるところ、複数の信号同士を比較していることを前提として理解すれば、審決中の「ロジック回路ユニット間の比較結果に差異が生じ異常と判定したとき」(甲第1号証8頁5行、6行)との記載は、ひとつでも差異が生じた場合のことを意味していると認められる。
<3> 原告は、審決が「ブレーキ操作中であることを示しているとき」を「即ち必要時に」と認定した等の点は誤りである旨主張する。
しかしながら、上記「即ち必要時に」等の認定は、前後の文脈の中で理解すれば、引用例のものにおける技術思想上はブレーキ操作中のみが必要時であると審決が理解していることは意味しても、それ以上に、ブレーキ操作中以外はブレーキスリップコントロール装置の点検が不必要であることまで認定したものとは認められないから、原告のこの点の主張は理由がない。
<4> したがって、原告の取消事由2の主張は理由がない。
(3) 取消事由3について
<1> 甲第9号証(特開昭52-54877号公報)には、「多重化された制御装置の異常検出装置に関し、特に制御装置が時系列信号を取扱う場合の異常検出装置」(1頁左下欄13行ないし15行)に関し、「制御装置を構成するユニット各段の出力を取込み、相対する時系列信号を常時比較し、不一致の時点で不一致パルスを異常記憶用のメモリに送出すること」(2頁左上欄4行ないし7行、第2図、第3図)が記載され、その実施例の説明の中で、「相対するユニットの1組でも状態の不一致が認められれば不一致信号を中央制御ユニット4に出力する。」(2頁左上欄13行ないし15行)と記載されている。
また、乙第3号証(松本吉弘編「計算機制御システム」昭和48年6月15日第1版発行)は、制御用電子計算機システムの並列システムの説明の中で、第1・7図とともに、「この二重システムの他の方式は並列照合システム(dual system)である。第1・7図はその基本形を示している。二重に存在する各コンポーネントは決まったタイミングで照合し合ってその結果が同一の場合にのみ先へ進む方式であり」(19頁本文10行ないし15行)と記載され、出力部を含めて互いに対応する複数の信号発生部位において比較し、ひとつでも差異が生じた場合は異常と判定することが記載されている。
乙第4号証(特公昭44-16951号公報)には、「同期操作を行う1対のデータ処理ユニットで構成されるデータ処理装置」(1欄31行、32行)に関し、「各データ処理ユニットは他方のデータ処理ユニットが有しているのと相対応した複数個のデータ源を有しており」(1欄34行ないし37行)、「2つの処理ユニットの相対応した個所から同時に取って来たデータを周期的に比較することによって誤処理を検出」(2欄21行ないし24行)し、「もし、この様にして取って来たデータが一致しないならば、両処理ユニットの受信入力が異なっていたか、または1方の処理ユニットが正常に動作していないかのいずれかである」(2欄24行ないし28行)ことが記載されている。これらの記載によれば、データ処理装置において、複数の信号発生部位において常時比較し、ひとつでも差異が生じた場合に異常と判定することが記載されていると認められる。
そうすると、「それぞれ、常時互いに独立に且つ並列的に動作し同じデータ処理を行うべく全体的に同一のプログラムを有する複数例えば2個の制御装置を複数の制御系として冗長的に用い、これらの制御装置の互いに対応する複数の信号発生部位に於ける信号及び信号変動同士を継続的に夫々常時比較するようにした制御手段は、従来周知である」との審決の認定に誤りはないと認められる。なお、審決が、回路ユニットの出力部のみならず、回路ユニット内の複数の信号発生部位をも比較の対象とし、ひとつでも差異が生じた場合に異常と判定することを含めて上記周知事項の認定を行ったことは、前記(2)に説示したところから明らかである。
原告は、審決が例示する甲第8ないし第10号証にはそれぞれ審決が相違点とした制御手段の一部の構成しか記載されていないところ、発明は、一般に、既知の構成要素を有機的に組み合わせることによって行われるのが普通であって、各構成要素がそれぞれ周知又は公知だからといって、組み合わされた有機的構成が周知であると判断するのは不当である旨主張する。
しかしながら、甲第9号証には審決が周知事項と認定した項目がすべて含まれている上に、上記認定の甲第9号証、乙第3号証及び乙第4号証に記載された技術事項は、特定分野に特有なものではない一般的な周知技術と認められるから、複数の信号発生部位における信号の比較、常時比較及びひとつでも異常発生と判定等の各技術事項を統合し、この周知技術の統合されたものを引用例のものに適用することは、当業者にとって容易に想到できることと認められる。
<2> さらに、原告は、燃料供給装置を制御する第2のコンピュータ(10)を制動制御用の第1のコンピュータ(30)のデータ処理の状態の点検に常時用いることは理論的に不可能である旨主張する。
確かに、引用例の明細書(甲第7号証)に記載された第2のコンピュータ(10)は、燃料制御用のプログラムを実行するものとして記載されているものであるが(2頁左下欄末行ないし右下欄7行)、審決が認定した引用例のものは、引用例の明細書の特許請求の範囲に記載された発明そのものではなく、引用例のものにおける第2のコンピュータ(10)は第1のコンピュータ(30)とともに複数の制御系として冗長的に用いられ、両出力部における信号及び信号変動を比較照合するコンピュータとして認定されたものであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。
<3> したがって、原告主張の取消事由3は理由がない。
(4) 取消事由4について
原告の主張のうち、本願の特定発明は、常時比較するとの構成を採用することにより、ブレーキが操作される以前にブレーキスリップコントロール装置の電子回路の異常を検知した場合にも、ブレーキ操作中と同様に即座にブレーキスリップコントロール装置を切り離すことができ、引用例のものをはるかに超える安全性が確保できる点、並びに、複数の信号発生部位をも比較の対象とし、比較結果にひとつでも差異が生じた時に異常発生と判定するとの構成を採用することにより、異常の発見をより迅速かつ確実に行うことができ、自動車走行時でのエラーの感知能力を飛躍的に高めることができる点は、本願の特定発明の構成を採用することにより、当然予想できる効果であり、格別のものとは認められない。
なお、原告の主張のうち、ブレーキが操作される以前にブレーキスリップコントロール装置の電子回路の異常を検知した場合、運転者に故障した旨を知らせることにより、引用例をはるかに超える安全性が確保できると主張する点は、ブレーキスリップコントロール装置が故障した旨をブレーキ操作以前に運転者に知らせることに対応する構成は、本願の特定発明の特許請求の範囲に何ら記載されていないから、発明の要旨に基づかない効果の主張として採用できない。
また、審決が「ブレーキ操作中であることを示しているとき」を「即ち必要時に」と言い換えている等の点は、前記のとおり、引用例のものにおける技術思想上はブレーキ操作中のみが必要時であると審決が理解していることは意味しても、それ以上に、ブレーキ操作中以外はブレーキスリップコントロール装置の点検が不必要であることまで認定したものとは認められず、本願の特定発明の奏する上記一層の安全性の確保の効果を審決が看過していることを示すものとは認められない。
したがって、原告主張の取消事由4は理由がない。
4 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>