東京高等裁判所 平成7年(行ケ)38号 判決 1996年12月24日
東京都千代田区丸の内2丁目1番2号
原告
日立電線株式会社
同代表者代表取締役
橋本博治
同訴訟代理人弁護士
小坂志磨夫
同
安田有三
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
遠藤政明
同
及川泰嘉
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第17497号事件について平成6年12月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「光ファイバ複合架空地線」とする特許第1395875号(昭和51年8月18日出願、昭和60年9月17日出願公告、昭和62年8月24日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、平成4年9月18日、明細書を訂正することについて審判を請求し、平成4年審判第17497号事件として審理された結果、平成6年12月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成7年1月25日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1) 本件審判請求は、特許第1395875号発明の明細書を審判請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正しようとするものであって、その要旨は、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲における「裸金属線条」を「アルミニウム被鋼線」と、「金属管」を「アルミニウム管」と、「中心部近傍」を「中心」と、「収容されている」を「収容されており、前記アルミニウム管は合せ目を溶接したものである」と訂正すると共に、それに合わせて明細書の発明の詳細な説明の項の明瞭でない記載を訂正するものであって、訂正明細書の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「架空地線を構成する複数本のアルミニウム被鋼線と、該アルミニウム被鋼線とは別のアルミニウム管とを該アルミニウム管が該架空地線の中心に位置するように一緒に撚り合せてなり、このアルミニウム管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されており、前記アルミニウム管は合せ目を溶接したものであることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」
(2) これに対して、訂正異議申立人住友電気工業株式会社は、本件特許は、出願公告決定謄本送達前にした補正が明細書の要旨を変更したものであるから、特許法40条(平成5年法律第26号による削除前のもの)の規定により、その補正についての手続補正書を提出したときである昭和60年1月22日に出願したものとみなされるので、訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により構成される発明は、甲第1ないし第4号証(審決における書証番号)の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないので、本件訂正は特許法126条3項(平成6年法律第116号による改正前のもの)の規定に違反する旨主張する。
(3) そこで、上記主張について検討する。
<1> まず、本件特許の出願日について検討すると、出願当初の図面の第1図に示されている2本のアルミニウム管は、架空地線の「中心」と「中心の管に隣接する位置」とに配置されていることは把握できても、本件特許の出願当初の明細書中には、光ファイバを収納した中空管が他の金属線条とどのような位置関係で配置されるかを明確にした記載はもとより、撚り合せの構造に基づく効果に関する記載からの配置を間接的にでも規定した記載もなく、管の配置を特定するという技術思想が出願当初から開示されていたとはいえない。また、第1図に示されていた2本の管の位置について、一方の管の位置を「中心」とすることはともかく、他方の管の位置を「中心付近」と規定することは、図示された位置は3層構造の第2層で中心と外周層の中間層であり、例えば、これが4層構造の架空線においての第2層に配置されている場合を中心付近とするのと異なり、いずれともいえない位置のものを、「中心付近」と一義的に規定するのは、配置に関して何ら説明のない第1図からは無理があり、位置の規定にも新規な事項が追加されたとしか認められない。
さらに、中空管が「中心」と「それに隣接した位置」に設けられることを、「中心」と「中心付近」と表現できると仮定しても、出願当初の明細書には、中空管を第1図に示される位置のいずれかに、単独に配置することについての記載はなく、中空管を「中心」もしくは「中心付近」に配置することは、何ら開示されていない構成を付加したことであり、特に、その一方である「中心」のみとすることは、訂正審判請求人が、本件特許を分割した出願の公開公報である特開昭60-198008号公報に記載しているように、「中心」にあれば、それ以外の場合のような撚り合せの結果、中空管が螺旋状となって光ファイバの交換などの保守に不都合が生じることもないという効果、あるいは、「中心」にあれば、その管の直径は、外周に配置される金属線条の直径と異ならせても良く、撚り合せの作業も容易である等の効果を奏するものであり、中空管の配置を、「中心」もしくは「中心付近」さらに「中心」のみとすることは、出願当初の明細書に記載された事項の範囲内であるとすることはできず、本件特許について、出願公告決定謄本送達前にした補正は、明細書の要旨を変更したものであるから、本件特許は特許法40条の規定により、その補正についての手続補正書を提出したときである昭和60年1月22日に出願したものとみなされる。
<2> 次に、訂正異議申立人の提出した甲各号証について検討すると、
(a) 本件特許の出願当初の明細書及び図面を出願公開した特開昭53-24582号公報(審決における甲第1号証、本訴における甲第4号証。以下「引用例1」という。)には、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単独または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」(特許請求の範囲)及び実施例の説明として「第1図において、1は亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線又はアルミニウム線等の線条であり、2はアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管であり光ファイバが挿入されている。・・・第3図はやはり光ファイバ3を開口管21内に挿入し合せ目を溶接4したもの、・・・」の記載と共に、第1図として、中心の1個と、その周囲を囲む6個の内の1個とが、上下に並んで管2を表す白丸で、残る5個と、さらにその外側を囲む12個が線条1を表す斜線が記入された丸で描かれた複合架空線が示されている。
以上のことから引用例1には、次の発明が記載されていると認められる。
「架空地線を構成する複数本の線条と共に、管が、一緒に撚り合せてなり、この管には少なくとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」
(b) スイス特許第567730号明細書及び図面(審決における甲第2号証、本訴における甲第17号証。以下「引用例2」という。)には、少なくとも一つの光導体を有し、支持鎧装が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有する光伝送併用架空ケーブルが示されている。
(c) 実開昭48-30772号公報(審決における甲第3号証、本訴における甲第18号証。以下「引用例3」という。)には、多種の伝送を行うことのできる架空地線として、単一又は複数の導体芯線を絶縁体で絶縁した絶縁芯線と、それをとりまく外部導体よりなる伝送併用架空地線が示されている。
<3> そこで、本件訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により構成される発明(以下「訂正後の発明」という。)と引用例1に記載された発明とを比較すると、両者は、「架空地線を構成する複数本の線条と、少なくとも一条の光ファイバを収容した管とが、一緒に撚り合せてなることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」である点で一致し、ただ、次の3点で相違している。
イ.訂正後の発明が、線条をアルミニウム被鋼線と、管をアルミニウム管とにそれぞれの使用材料を規定しているのに対して、引用例1の発明は、使用材料について言及していない点。
ロ.訂正後の発明が、アルミニウム管の配置される位置を架空地線の中心と規定しているのに対して、引用例1の発明は、管の配置について言及していない点。
ハ.訂正後の発明が、アルミニウム管の構造を合せ目を溶接したものと規定しているのに対して、引用例1の発明は、管の構造について言及していない点。
<4> 上記相違点について検討する。
(a) 相違点イについて
引用例1においても、実施例の説明中に「1は亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線またはアルミニウム線等の線条であり、2はアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管」との記載があり、アルミニウム被鋼線とアルミニウム管とをそれぞれ選択することに何らの困難性は認められず、また、その選択の結果として、「異種金属間の接触腐食による損傷を生じることがない」という効果が得られることも、当該技術分野における周知事項を述べたにすぎない。
(b) 相違点ロについて
引用例1においても、第1図に示される実施例では、管を架空地線の中心及び隣接する位置に配置しており、また、引用例2、3にも見られるように金属線条と伝送線とを撚り合せる際に、伝送線を中心に配置することは周知技術であり、訂正後の発明のように管を架空地線の中心に配置することに格別の困難性が存在するとは認められない。
(c) 相違点ハについて
引用例1の第3図に示される実施例では、「第3図はやはり光ファイバ3を開口管21内に挿入し合せ目を溶接4したもの」との記載があり、同じく第5、6図に示される閉口管22も水密性は備えており、訂正後の発明のように合せ目を溶接した管を用いることは、単なる設計的事項の選択にすぎない。
(d) そして、訂正後の発明は、上記構成を採用することにより、当業者が予期し得ない効果を奏しているとも認められない。
(e) したがって、訂正後の発明は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
<5> 以上のとおりであるから、本件訂正は、訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり、特許法126条3項の規定に適合しないものであるから、これを認めることはできない。
3 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)<1>は争う。同(3)<2>(a)は認める。同(3)<2>(b)、(c)は争う。同(3)<3>は認める。同(3)<4>(a)、(b)、(c)は認める。同(3)<4>(d)、(e)は争う。同(3)<5>は争う。
審決には、訂正審判制度の基本構成を否定し、訂正後の発明について、出願公告決定謄本送達前の補正(以下「出願公告前の補正」という。)が要旨変更であることのみを根拠として出願日を認定した誤り、及び、本件審判請求について審理を尽くさなかった違法があり(取消事由1)、訂正後の発明は出願当初の明細書に記載された事項の範囲内ではないと誤って判断した違法がある(取消事由2)。
(1) 取消事由1
<1> 審決は、訂正審判請求の当否を判断するに当たっては、特許出願から出願公告決定謄本送達までの出願経過を検討して、当該特許の出願日を決定すべきであり、出願経過を検討の結果、明細書の要旨変更に該当する補正が認められた場合は、特許出願日の繰り下がりを前提として訂正審判請求の当否が判断されることになり、このことは、要旨変更とされるおそれのある補正を経て出願公告及び特許された特許請求の範囲から、そのおそれのある補正部分を除去するための訂正審判を請求した場合においてもあてはまる、という論理構成によるものと認めざるを得ない。
しかし、上記論理構成は、訂正審判制度の基本構成を否定するものであって、審決はこの一点からして取り消されるべきである。すなわち、
訂正審判において審理の対象とされる明細書は審判請求時の特許明細書であり、出願公告前の補正が明細書の要旨を変更したと認められる場合においても、当該要旨変更部分を要旨変更とならないように訂正する本件のような場合には、その願書提出日に出願されたものとみるべきである。
しかるに審決は、無効審判事件におけると同一の手法をもって、出願公告前の補正に要旨変更部分があったか否か、換言すれば、本件特許の出願日は出願公告前の補正の日に繰り下がるか否かという点に重点をおいて判断し、訂正後の発明について、出願公告前の補正が要旨変更であることのみを根拠として出願日を認定したものであり、訂正審判制度の本質は、ここにおいて全く見失われている。
審決においては、まず、出願公告明細書には本来有効な特許部分がありはしないか、また、そこには無効の疑いのある部分が挿入されていないか、無効の疑いのある部分を除去することによって、本来有効な範囲に減縮せしめることの当否等について検討、審理されるべきであったのに、この点についての審理は尽くされていない。
<2> 被告は、審決は、訂正後の「アルミニウム管が架空地線の中心に位置するように(アルミニウム被鋼線と)一緒に撚り合せてなり」という技術的事項が出願当初の明細書・図面(以下「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものではないと判断し、その結果、当該技術的事項を含む出願公告前の補正がなされた昭和60年1月22日を本願出願日とみなしたものである旨主張しているが、審決はそのような判断をしておらず、審決は、専ら出願公告前の補正の要旨変更を問題にしているのである。
また、本件訂正後の発明は特許請求の範囲の減縮に当たるが、仮に、被告が主張するように訂正後の発明が当初明細書に記載した事項の範囲内でないならば、訂正後の発明が特許法126条2項の実質的変更を伴うクレームの減縮であるか否かを問題にすべきであって、同条3項をもって論ずることは許されない。
原告も、訂正審判請求の可否の審理において、特許法126条3項にいう「特許出願の際」を判断するとき、出願公告前の補正を要旨変更として出願日を認定すべき事例のあり得ることは否定しないが、そのような事例に該当するのは、出願公告前の補正により加えられ、訂正後の明細書に残存している技術的事項が、当初明細書に記載した事項の範囲内ではない場合である。これを本件に即していうならば、出願公告前の補正において挿入され、要旨変更に当たるとされる、中空管が架空地線の「中心もしくは中心付近」に配置されるという技術的事項が訂正後の発明の要件として残っている場合のことである。しかしながら、本件訂正において、上記技術的事項が削除変更されていることはいうまでもない。
(2) 取消事由2
当初明細書に記載された発明と訂正後の発明を比較すると、前者は「アルミニウム管が該架空地線に一緒に撚り合せてなり」に対して、後者は「アルミニウム管が該架空地線の中心に位置するように一緒に撚り合せてなり」と、文言上は相違している。
ところで、アルミニウム管には複数本の光ファイバが挿入されることが予定されているので、アルミニウム管自体の数が1本の場合が当然のことながら予定されている。すなわち、当初明細書には、発明の要旨として、管の本数自体については何ら言及されておらず、管の本数が複数本必要であることを示唆するものではない。通信容量によっては、管によって区画される空間内に複数本の光ファイバを挿入し、更に必要であれば管を複数にすることもある、ということである。
架空送電線又は架空地線においては、特殊な要請がある場合を除いて、これを構成する多数の金属線条とは異なる線条や管を一緒に撚り合わせる場合には、断面形状が円形であることから中心に配置する方が極めて自然である。何故ならば、異質な線条や管の寸法形状が多数の金属線条と異なる場合はもちろんであるが、仮に寸法形状が同一であっても、ヤング率等の物性が異なることにより、撚線構成全体のバランスが崩れると撚線作業上著しく不都合を生じるので、極力バランスを保つ形とすることが望ましく、この要請からは、異質な線条や管を中心に配置することが最も簡便であるからである。
上記のとおりであるから、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことである。
したがって、当初明細書には、管が1本の場合、管を架空地線の「中心」に配置することが記載されているということができる。
以上のとおりであるから、訂正後の発明は当初明細書に記載された事項の範囲内のものというべきであり、これに反する審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
審決は、特許出願から出願公告決定謄本送達までの出願経過を検討したものではなく、本件審判請求の訂正の要旨が特許請求の範囲の減縮を主たる目的としたものであると認定し(甲第1号証2頁2行ないし3頁2行)、次に、更なる訂正要件である特許法126条3項の規定を満足しているか否かを審理するために必要な「特許出願の際」について、特許法40条の出願日擬制が成り立つかどうかを検討したものである(同号証3頁17行ないし6頁6行)。そして、この検討に当たり、本件訂正による特許請求の範囲の技術的事項(「アルミニウム管」が架空地線の「中心」に位置するようにアルミニウム被鋼線と一緒に撚り合せていること)が当初明細書に記載の範囲内におけるものか否かを検討し、その結果、当該特許請求の範囲が当初明細書記載の範囲内のものでない技術的事項で構成されていると判断し、本件特許出願は、上記技術的事項を含む点において要旨を変更するものと認められる補正について手続補正書を提出した時(昭和60年1月22日)にしたものとみなしたものである。
したがって、審決に原告主張の誤りはない。
(2) 取消事由2について
当初明細書には、単に、架空送電線または架空地線を構成するアルミニウム被鋼線等の線条に、光ファイバを収納するためのアルミニウム等からなる管を添設または撚り合わせて一体化した複合架空線とすることが記載されているだけである。そして、当初明細書には、光ファイバを収納する管と架空地線を構成する線条とをどのような配置関係として撚り合わせるかに関する記載は全くなされておらず、一実施例を説明する第1図が示されているだけであって、光ファイバを収納する管を中心にのみ配置して架空地線を構成する線条と撚り合わせることは記載されていない。
訂正後の特許請求の範囲の「アルミニウム管が該架空地線の中心に位置する」における「中心」は、特許請求の範囲を減縮するために、訂正前の「中心部近傍」なる記載を訂正するものであるから、架空地線における撚り合わされた線条の中心のみを意味するものである。すなわち、訂正後の特許請求の範囲に記載された発明は、アルミニウム管が架空地線の中心のみに位置するように線条と一緒に撚り合わせられることを要件とするものである。
そして、架空地線の中心にのみ管を配置することを要件とする訂正後の発明が、当初明細書に記載されていなかったことは明らかである。
したがって、当初明細書には、光ファイバを収納する管を1本とすること、及び、管を1本とした場合にその管を架空地線を構成する線条の中心として撚り合わせることは記載されておらず、また、このことが当初明細書の記載からみて自明であるものとも認められない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(1)(本件訂正審判請求の内容)、(2)(訂正異議申立人の主張内容)、(3)<2>(a)(引用例1の記載事項の認定)、(3)<3>(訂正後の発明と引用例1に記載の発明との一致点及び相違点の認定)、(3)<4>(a)ないし(c)(相違点についての判断)についても当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 前項の争いのない事実、及び、甲第2ないし第5号証、第6号証の1・2によれば、本件発明については、願書に最初に添付した明細書・図面(当初明細書)が特開昭53-24582号公報(引用例1)として出願公開されたこと、昭和60年1月22日付け手続補正書により明細書全文が補正され、この全文補正明細書が特公昭60-41403号公報として出願公告されたが、上記補正明細書の特許請求の範囲の記載は、「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」であること、その後更に特許請求の範囲等が補正された後、登録されたものであり、本件審判請求は、本件特許明細書を前記審決の理由の要点(1)に記載のとおり訂正しようとするものであって、訂正明細書の特許請求の範囲の記載は、「架空地線を構成する複数本のアルミニウム被鋼線と、該アルミニウム被鋼線とは別のアルミニウム管とを該アルミニウム管が該架空地線の中心に位置するように一緒に撚り合せてなり、このアルミニウム管によって区画されている空間内に少なくとも一条の光ファイバが収容されており、前記アルミニウム管は合せ目を溶接したものであることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」であることが認められる。
<2> ところで、特許法126条1項にいう「願書に添付した明細書又は図面」とは、訂正審判請求時における明細書又は図面と解すべきであり、訂正審判請求に係る訂正が同条に規定する要件を具備しているか否かも、訂正審判請求時における明細書及び図面の記載を基準として判断されるべきものである。
そうすると、出願公告前に明細書の要旨を変更する補正がなされたにもかかわらず、その補正が特許法53条により却下されていない場合には、要旨を変更する事項が訂正審判請求時の明細書に含まれていることになるが、このような明細書を基準として特許法126条に規定する要件を具備しているか否かを判断すると、訂正明細書に要旨を変更する事項が含まれていても訂正の要件を充足するという不都合が生じることになる。特許法40条は、出願公告前の補正が要旨を変更するものと特許権の設定登録後に認められたときは、その特許出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなすと規定して、上記のような場合に不当な結果が生じないようにしているのである。
したがって、出願公告前にした補正が明細書の要旨を変更するものと認められる場合であっても、審判請求に係る訂正によって、当該要旨変更部分が要旨変更とならないように訂正されていれば、特許法126条3項の要件の充足性については、願書提出日に出願されたものとして審理、判断されるべきであるが、出願公告前にした補正が明細書の要旨を変更するものと認められ、かつ、審判請求に係る訂正によって、当該要旨変更部分が要旨変更とならないように訂正されていなければ、特許法40条の規定により、当該補正について手続補正書を提出した時を出願日とみなし、それを前提として同法126条3項の要件の充足性について審理、判断すべきものと考えられる。
要するに、訂正の可否を判断するについては、出願公告前の補正が明細書の要旨を変更するものであるか否かということだけではなく、その要旨を変更する事項が訂正後も残存しているか否かということについても、審理、判断する必要があるということになる。
<3> 審決は、本件特許の出願日についての検討(甲第1号証3頁18行ないし6頁6行)において、出願公告前の補正に係る、中空管を架空地線の「中心もしくは中心付近」に配置することが、当初明細書に記載されているか否かについての検討に相当部分を費やし、結論的に、「本件特許について、出願公告決定謄本送達前にした補正は、明細書の要旨を変更したものであるから、本件特許は特許法40条の規定により、その補正についての手続補正書を提出したときである昭和60年1月22日に出願したものとみなされる。」(同号証6頁1行ないし6行)と説示していることが認められ、これによれば、審決は、出願公告前の補正が明細書の要旨を変更するものであることのみを判断し、本件特許の出願日を認定しているものとみられなくもない。
しかし、審決は、「中空管の配置を、「中心」もしくは「中心付近」さらに「中心」のみとすることは、出願当初の明細書に記載された事項の範囲内であるとすることはできず、」(甲第1号証5頁18行ないし6頁1行)と説示しており、ここで中空管(アルミニウム管)の配置が「「中心」のみ」というのは、訂正後の発明に係る構成であるから、審決は、中空管を架空地線の「中心」に配置するという構成が訂正後も残存していることを前提として、その訂正後も残存している中空管の配置を「中心」のみとすることが当初明細書に記載されていないこと、すなわち、訂正後の特許請求の範囲に記載された発明は、出願公告前の補正による要旨変更部分が残存していることについても判断しているものと認められる。
したがって、審決の説示にはやや説明不足の点はあるものの、訂正審判制度の基本構成を否定し、出願公告前の補正が要旨変更であることのみを根拠として訂正後の発明についての出願日を認定したものとは認め難く、また、本件審判請求について審理を尽くさなかった違法があるとも認められない。
<4> 原告は、仮に訂正後の発明が当初明細書に記載した事項の範囲内でないならば、訂正後の発明が特許法126条2項の実質的変更を伴うクレームの減縮であるか否かを問題にすべきであって、同条3項をもって論ずることは許されない旨主張するが、特許法126条1項、2項の訂正要件を充足しているか否かを判断するための基準明細書は訂正審判請求時の特許明細書であり、特許請求の範囲の減縮を目的とする本件訂正は、訂正審判請求時の特許明細書との対比においては実質上特許請求の範囲を変更しているものとはいえないから、原告の上記主張は採用できない。
また原告は、本件訂正においては、出願公告前の補正において挿入された、中空管が架空地線の「中心もしくは中心付近」に配置されるという技術的事項が削除変更されている旨主張するが、本件訂正後においても、「中心」に配置することは残存しているのであるから、上記主張は理由がない。
<5> 以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 甲第3号証(特許願書)によれば、本件発明の当初明細書には、特許請求の範囲に、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」と記載され、発明の詳細な説明に、「マイクロウエーブが取れない状態で有線方式だけに頼った線路では信頼性の点でかなり危険がある。このため情報量が多く、かつ、信頼性の高い線路が電力業界に於いて要求されている。本発明は、斯かる状況に鑑み、情報量が多くかつ信頼性の高い送電線路に伴なった通信線路を提供することを目的とする。」(2頁2行ないし8行)、「本発明の要旨は、架空送電線又は架空地線を構成している亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線、又はアルミニウム線等の線条にアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管が添設又は撚り合せられ、当該管内に1本又は多数本の光ファイバを平行あるいは撚り合わせて挿入されていることにある。」(2頁9行ないし14行)、「本発明の複合架空線であれば次のような顕著な効果を奏する。(1)高所に布設されるため従来の電柱等に布設された通信制御回線に比し信頼性の高い線路となる。(2)電力輸送線路の建設と同時に通信制御用線路を確保出来る。(3)光ファイバを用いるために小サイズで大容量通信が可能であり、従来の同軸ケーブルよりも、小形化軽量化されると共にマイクロ.ウエーブへの依存度も低下する。(4)一般には手の届かぬ安全な高所に通信制御回線を確保できる。」(3頁19行ないし4頁11行)と記載されていることが認められる。
しかし、当初明細書には、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に添設または撚り合わせられる管がどのような位置に配置されるのかについての開示ないし示唆はない。
訂正後の発明は、光ファイバを収容するアルミニウム管が架空地線の「中心」に位置するように架空地線(アルミニウム被鋼線)と一緒に撚り合わせられることを要件とするものであるが、当初明細書には、光ファイバを収容する管が配置される位置が架空地線の「中心」であることについての記載はなく、上記要件に係る構成が当初明細書の記載からみて自明であるとも認められない。
<2> 原告は、本件発明においては、管が1本の場合も当然に予定されており、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことであるとして、本件発明の当初明細書には、管が1本の場合、管を架空地線の「中心」に配置することが記載されているということができる旨主張する。
しかし、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、常にその異質の線条や管を中心に配置することが技術常識であることを認めるべき証拠はないし、当初明細書の記載からみて、光ファイバを収容する管を1本とし、その管を架空地線の「中心」に配置することが当業者にとって自明であるとも認められないから、原告の上記主張は採用できない。
<3> 以上のとおりであって、訂正後の発明は当初明細書に記載された事項の範囲内であるとすることはできないとした審決の判断は正当であって、取消事由2は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)