東京高等裁判所 平成7年(行コ)29号 判決 1995年11月28日
第二六号事件控訴人・第二九号事件被控訴人(第一審原告)
木更津木材株式会社
右代表者代表取締役
小高茂
右訴訟代理人弁護士
山下清兵衛
第二六号事件被控訴人(第一審被告)
千葉地方法務局木更津支局登記官
冨山斉
第二九号事件控訴人(第一審被告)
国
右代表者法務大臣
宮澤弘
第一審被告ら指定代理人
徳田薫
外三名
第一審被告冨山斉指定代理人
本吉洋夫
第一審被告国指定代理人
武田信男
外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は、それぞれの控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 第一審原告
1 原判決中第一審被告千葉地方法務局木更津支局登記官に関する部分を取り消す。
2 原判決別紙登記目録記載の登記に関して、登録免許税法第三一条第二項の規定に基づいて平成三年二月二〇日なされた還付通知請求について、第一審被告千葉地方法務局木更津支局登記官がなした「過誤納付の事実は認められないので、税務署長への還付の通知はできない。」とする平成三年三月一三日付の第一審原告宛の通知処分(本件処分)を取り消す。
3 第一審被告国の控訴棄却
二 第一審被告登記官
第一審原告の控訴棄却
二 第一審被告国
1 原判決中第一審被告国に関する部分を取り消す。
2 第一審原告の請求を棄却する。
第二 事案の概要
平成四年法律第一四号による改正前の租税特別措置法七八条の三第一項(本件軽減規定)は、中小企業者が集団化等のため取得する土地等の所有権移転登記について、「(前略)これらの登記に係る登録免許税の税率は、政令で定めるところにより、登録免許税法第九条の規定にかかわらず、千分の二十五とする。」と定めており、この税率は、さらに昭和六一年法律第一三号による措置法改正附則二〇条四項により、一定の要件の下に、土地について一〇〇〇分の一二、建物について一〇〇〇分の一六とされている。そして、同法施行令四二条の九第三項は、「法第七十八条の三第一項の規定は、事業協同組合等が前項各号に掲げる土地又は建物を当該各号に規定する貸付け又は譲渡しの条件に従って譲り渡すことができることとなった日から一年以内に大蔵省令で定めるところにより登記を受ける場合に限り、適用する。」と規定している。また、同法施行規則二九条一項は、「法第七十八条の三第一項の規定の適用を受けようとする者は、その登記の申請書に、(中略)施行令第四十二条の九第二項各号に規定する資金の貸付けをした都道府県知事又は当該登記に係る土地若しくは建物の同項各号に規定する譲渡しをした都道府県知事の証明書を添付しなければならない。」と規定している。
本件は、登記申請の際上記証明書の添付をせず軽減税率によらずに登録免許税を納付したが、その後証明書を登記官に提出して軽減税率による場合との差額の還付を求めた第一審原告が、第一審被告登記官に対しては税務署長への還付通知を拒絶した本件処分の取消しを求め、第一審被告国に対しては差額の不当利得としての返還を請求した事件である。
事実関係はおおむね争いがなく、その詳細と争点は、原判決事実摘示のとおりである。そして、当審における双方の主張を要約すると、次のとおりである。
(第一審原告の当審における主張)
原判決は、本件処分の取消請求の訴えを却下した。しかし、行政庁は過誤納金還付の要件として登記官の税務署長への還付の通知が必要であるとしており、本件処分を取り消す必要がある。本件処分は、いわゆる準法律行為的行政処分に該当し、処分性があるから、訴えを却下せず、処分取消しの判決をすべきである。
(第一審被告国の当審における主張)
原判決は、本件軽減規定は、手続的事項を軽減税率適用のための要件とし、その上でその細目を政令以下に委任したものと解することができないとし、上記施行令の規定は、政令への委任がないので無効であり、本件軽減規定の適用要件を充足した登記を受けた第一審原告は、軽減税率による登録免許税を納付すれば足りるとして、その過誤納金の返還請求を認めている。しかし、これは憲法八四条の租税法律主義の意義を誤解したものである。
特別措置を受けるための課税要件のうち実体的要件は、登録免許税法の各規定及び本件軽減規定において定められており、したがって、上記規定中の「政令の定めるところにより」という委任文言の指すところは、もはや実体的要件ではなく、手続的要件に関する事項でしかあり得ない。このように措置法全体の趣旨、文言を合理的に解釈すれば、上記規定は、手続的事項を課税要件とする趣旨であることは明瞭であり、委任の趣旨もその手続的事項を政令で定めることにある。租税法律主義は、このように法律全体の趣旨を考慮して規定の解釈をすることを禁止するものではなく、原判決の解釈は狭きに失する。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、次に記載するほか原判決と同一の理由により、第一審原告の第一審被告登記官に対する処分取消しの訴えは却下すべきであるが、第一審原告の第一審被告国に対する過誤納金の返還請求は理由があり認容すべきものであると判断する。
(第一審原告の当審における主張について)
登録免許税の納付義務は登記のときに成立し(国税通則法一五条二項一四号)、納付すべき税額は納付義務の成立と同時に自動的に確定するものとされている(同条三項六号)。そうすると、その税額は公定力をもって確定されることはなく、したがって登録免許税法三一条一項の還付通知及び同条二項の還付通知請求に対する還付通知できない旨の通知も、単に還付の事務を円滑ならしめるための認識の表示に過ぎず、過誤納税額の還付請求権者の法律的地位を変動させる法的効果を有することはない。したがって、還付通知できない旨の通知は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないのであり、その取消しを求める訴えは不適法であるといわねばならない。この点に関する第一審原告の主張は、採用することができない。
(第一審被告国の当審における主張について)
第一審被告国は、手続的課税要件以外の課税要件は、本件軽減規定の場合、法律の中で規定されているから、本件軽減規定において法律が政令に委任するという文言は、新たに手続的課税要件を政令で定めることの委任以外には考えられず、したがって、本件軽減規定は、その明文にはないが手続的要件を課税要件としたものと解釈できると主張している。
しかし、いわゆる租税法律主義を規定したとされる憲法八四条のもとにおいては、租税の種類や課税の根拠のような基本的事項のみでなく、納税義務者、課税物件、課税標準、税率などの課税要件はもとより、賦課、納付、徴税の手続もまた、法律により規定すべきものとされており(最高裁大法廷昭和三〇年三月二三日判決民集九巻三号三三六頁、最高裁大法廷昭和三七年二月二一日判決刑集一六巻二号一〇七頁)、租税の優遇措置を定める場合や、課税要件として手続的な事項を定める場合も、これを法律により定めることを要するものである。そして、このような憲法の趣旨からすると、法律が租税に関し政令以下の法令に委任することが許されるのは、徴収手続の細目を委任するとか、あるいは、個別的・具体的な場合を限定して委任するなど、租税法律主義の本質を損なわないものに限られるものといわねばならない。すなわち、もし仮に手続的な課税要件を定めるのであれば、手続的な事項を課税要件とすること自体は法律で規定し、その上で課税要件となる手続の細目を政令以下に委任すれば足りるのである。第一審被告国は、包括的な委任文言を採用して課税要件の追加自体を政令に委任しないと、変転してやまない経済現象に対処できない弊害が生じるとするが、前記のような規定の方法によったからといって、所論のような弊害が生じるとは考え難い。
そして、租税法律主義のもとで租税法規を解釈する場合には、ある事項を課税要件として追加するのかどうかについて法律に明文の規定がない場合、通常はその事項は課税要件ではないと解釈すべきものである。それにもかかわらず、「政令の定めるところによる」との抽象的な委任文言があることを根拠として、解釈によりある事項を課税要件として追加し、政令以下の法令においてその細目を規定することは、租税関係法規の解釈としては、許されるべきものではない。第一審被告国は、法律上手続的な事項が課税要件とされていないことと、政令への委任文言があることを根拠に、法律は手続的事項を課税要件としているものと解釈すべきであると主張する。しかし、手続的事項は手続的効果を有するにとどめ、これを課税要件としない立法政策があることを考慮すると、このような解釈は成り立ち得ないものである。
そして、憲法の租税法律主義がこのようなものである以上、本件の委任文言は、その抽象的で限定のない文言にかかわらず、これを限定的に解釈すべきものであり、追加的な課税要件として手続的な事項を定めることの委任や、解釈により課税要件を追加しその細目を決定することの委任を含むものと解することはできない。
したがって、租税特別措置法施行令四二条の九第三項及び同法施行規則二九条一項が、軽減税率による登記申請には特定の証明書の添付を要するものとした部分は、証明書の添付という手続的な事項を軽減税率による登記申請の受理要件という手続的な効果を有するにとどめるものとして有効であるが、右の手続的な事項を課税要件とし、登記申請時に証明書の添付がなければ、後に証明書を提出しても軽減税率の適用がないとする部分は、法律の有効な委任がないのに税率軽減の要件を加重したものとして無効である。そして、その有効であることを前提として、上記証明書の添付のなかった第一審原告の登記申請には、第一審原告が後に証明書を提出しても、租税特別法七八条の三第一項の軽減税率の適用がないとする第一審被告国の主張は、採用することができない。
以上のとおりであって、第一審被告国の主張は、いずれも採用することのできないものである。
二 したがって、原判決は相当で、本件各控訴はいずれも理由がないものであるから、これを棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官篠田省二 裁判官浅生重機 裁判官杉山正士)