東京高等裁判所 平成8年(う)1284号 判決
被告人 大屋和則
〔抄 録〕
3(一) また、本件逮捕状の緊急執行手続の適法性について検討すると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。すなわち、
(1) 被告人に対する原判示第一及び第二の各事実を被疑事実とする本件逮捕状は、平成七年七月七日に発付され、麹町警察署の担当官が保管していたこと
(2) 警視庁大崎警察署生活安全課課長代理を務める岩元雅雄は、同年九月二五日、他の事件の捜査班から、指名手配中の大屋和則に氏名が類似した大屋和典という者を発見したので応援されたいとの要請を受け、薬物対策係の捜査員一人を派遣したこと
(3) 岩元は、翌二六日午前五時ころ、同警察署の当直責任者から、右氏名類似者が大屋和則かどうかの確認は取れていないが、捜査員に招集をかけているので、本件マンションに行って捜査指揮をされたいとの要請を受け、同日午前七時ころ、本件マンションに赴き、七人くらいの捜査員らと合流したこと
(4) 岩元と右捜査員らは、同日午前七時三〇分ころ、本件マンションの近くに止めた捜査車両内において、前日の捜査に従事した捜査員から、氏名類似者が大屋和則かどうかの確認までには至っていないとの報告を受けた上、大屋和則に係る指名手配の被疑事実が原判示第一及び第二の各事実であることを確認したこと
(5) その後、岩元らは、本件マンションの管理人から事情聴取したところ、管理人が持っていた宿泊者の運転免許証のコピーから、本件マンション九二五号室の宿泊者が大屋和則本人であること、すなわち、被告人が同月一九日から同室に宿泊していること、本件マンションの宿泊料金が前日払い制であること、被告人が同月二五日の宿泊料金までしか支払っていないことが判明したこと
(6) そこで、岩元らは、右宿泊料金の支払状況から、被告人がすぐにもチェックアウトする可能性があると考え、右九二五号室の前に行き、「警察の者だ、開けてください。」などと言いながら同室のドアを何度もノックしたところ、室内からドーンという物音と水の流れる音などがしたので、被告人が自殺か逃亡か証拠隠滅を図っているのではないかと判断し、直ちに管理人に連絡を取ったこと
(7) 岩元らは、管理人から、チェックアウトの時間帯で忙しいため警察官だけで部屋を開けてほしいと言われて合かぎを渡されたので、同月二六日午前八時四〇分過ぎころ、「大屋さん、開けないなら入るよ。」などと言いながら、合かぎを使って右九二五号室に入ったところ、同室内には男性が一人いたこと
(8) 岩元らは、同室内において、右男性が被告人本人であることを確認した後、同日午前八時四五分ころ、被告人に逮捕状が発付されていることを告げた上、逮捕状の緊急執行ということで被告人を逮捕したこと(その際、被告人に対する被疑事実の要旨の告知の有無については、後記(三)説示のとおり。)
などの事実が認められる。
(二) 右(一)認定の各事実を総合すれば、岩元らが、当初は被告人と氏名が類似している者ということで情報を得た本件マンション九二五号室の宿泊者について、管理人の持っていた宿泊者の運転免許証のコピーによって被告人本人であるとの確認をした際、被告人がすぐにもチェックアウトする可能性があるという差し迫った状況にあったということができる。逮捕状の緊急執行は、逮捕状がすでに発付されており、それを示すのが少し遅れるという性質のものであることを考えると、逮捕状を入手することが全く不可能な場合のみに限定されるものではなく、本件のような状況があるときには、刑訴法二〇一条二項、七三条三項に定める「急速を要するとき」に該当し、逮捕状の緊急執行を行うことが許されると解すべきである。
(三) 次に、本件逮捕状の緊急執行の際に被告人に被疑事実の要旨を告げたかどうかについて、関係各証拠をみると、被告人を逮捕した警察官である岩元は、原審公判廷において証人として尋問を受けた際、自分が、逮捕時に、被告人に対し、逮捕状が出ていることを伝えるとともに、平成六年一二月一二日ころの覚せい剤の使用と麹町警察署の敷地内における岐阜ナンバーの車の中に覚せい剤を所持したという二つの事実だということを告げたところ、被告人が、使用は分かるが所持は知らないと答えた旨供述している。岩元の右証言は、被告人が、前記二認定のように、右一二月一二日にそのまま麹町警察署から帰ったため、自分が任意提出した吸入具に覚せい剤が付着していたことが後日の鑑定により捜査機関に発覚したという事実を知らなかったことともよく符合し、事態の自然な流れに沿うものであって、信用性が高いというべきである。したがって、本件逮捕状の緊急執行の際に、岩元が右供述で述べた趣旨のことを被告人に告げたことは、十分に認定することができる。ところで、逮捕状の被疑事実の要旨の告知に当たっては、被疑者に理由なく逮捕するものではないこと、すなわち、いかなる犯罪事実による逮捕であるかを一応理解させる程度に逮捕状の被疑事実の要旨を告げれば足りるのであって、日時、場所、犯行態様など逮捕状に記載された「被疑事実の要旨」をすべて漏れなく告げるまでの必要はなく、事案により、また、被疑者の被疑事実の了知の程度により、告知が必要とされる程度は異なるものと解される。本件についてこれをみると、覚せい剤使用の事実については、被告人としては身に覚えがあったわけであり、平成六年一二月一二日ころの覚せい剤の使用と告げたのみで、被疑事実の要旨の告知として不十分ということはできない。また、覚せい剤所持の事実については、同日ころの麹町警察署の敷地内における岐阜ナンバーの車の中に覚せい剤を所持したという事実であると告げたのであるから、日時、場所、所持態様等の概略を告げており、被疑事実の要旨の告知として十分ということができる。したがって、以上検討したところによれば、逮捕警察官は、本件逮捕状の緊急執行の際に、被告人に被疑事実の要旨を告げたものというべきである。
4 以上にみたとおり、本件逮捕状は、先行行為の違法を引き継いだようなものではなく、適法に発付されたものであり、また、本件逮捕状の緊急執行手続も適法なものであって、他に本件逮捕手続を違法とするような事情は何ら存しないから、被告人は適法に逮捕されたものと認められる。
(松本時夫 岡田雄一 服部悟)