東京高等裁判所 平成8年(う)1351号 判決
被告人 山田和夫
〔抄 録〕
1 まず、控訴趣意に対する判断に先立ち、職権により調査するに、原判決は、被告人らの人定事項の表示、罪となるべき事実の認定判示及び法令の適用の判示については、本件各起訴状の写しの記載内容を利用し、また、証拠の標目の挙示については証拠等関係カードの写しの記載を用いており、そのため、原判決書の記載だけから判示内容を直ちに読み取ることができず、いずれも原判決書に添付された本件各起訴状の写しや証拠等関係カードの写しと照らし合わせて、ようやくその内容を知ることができるのである。
ところで、原判決は、平成八年七月三〇日、被告人及び原審相被告人海老原孝司(以下、「海老原被告人」という。)に対し、同時に言い渡されたものであるが、原審における審理状況等は、次のようなものである。すなわち、原審では、被告人と海老原被告人とは併合審理されていたが、双方とも複数回起訴があったものである。結局、原判決時において併合審理されていた事件は、海老原被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件(水戸地方裁判所下妻支部(以下、裁判所名は省略)平成七年(わ)第三六一号。平成七年一一月九日起訴。以下、<1>事件という。)、被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件(平成七年(わ)第三六二号。同日起訴。以下、<2>事件という。)、海老原被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件(平成七年(わ)第三七五号。同月二〇日起訴。以下、<3>事件という。)、被告人及び海老原被告人に対する窃盗被告事件(平成七年(わ)第三八二号。同月二四日起訴。以下、<4>事件という。)、被告人に対する窃盗、道路交通法違反及び海老原被告人に対する窃盗被告事件(平成七年(わ)第四〇九号。同年一二月一四日起訴。以下、<5>事件という。)、海老原被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件(平成七年(わ)第四三七号。同月二六日起訴。以下、<6>事件という。)、被告人に対する窃盗被告事件(平成八年(わ)第九九号。平成八年三月二七日起訴。以下、<7>事件という。)、海老原被告人に対する窃盗被告事件(平成八年(わ)第一〇〇号。同日起訴。以下、<8>事件という。)、被告人に対する各窃盗被告事件(平成八年(わ)第一一七号、第一四五号及び第一九三号。同年四月二日、同月二五日及び同年五月三一日各起訴。以下、<9>事件、<10>事件及び<11>事件という。)、海老原被告人に対する窃盗被告事件(平成八年(わ)第二〇一号。同年六月七日起訴。以下、<12>事件という。)の計一二件である。なお、原審の審理は、判決言渡期日を含め五回にわたって行われたが、第一回公判期日以降、被告人と海老原被告人の弁論は併合されたままで、途中、分離されることはなく、また、検察官から請求のあった甲号証及び乙号証については、被告人及び海老原被告人がいずれも、各関係分を全部証拠にすることに同意し、その取調べを終えている。
そこで、本件のように、複数の被告人に対し同時に判決を言い渡した場合であって、各被告人に対して複数回の起訴があり、その起訴の全部又は一部が全被告人に共通でないようなときに、原判決のような判示方法が許されるかどうか、以下に検討することとする。
2 原判決は、被告人及び海老原被告人の人定事項につき、「被告人山田和夫 右の者の本籍、住居、職業、生年月日は、別紙平成七年一一月九日付け起訴状(当庁平成七年(わ)第三六二号。写し)記載のとおり」「被告人海老原孝司 右の者の本籍、住居、職業、生年月日は、別紙平成七年一一月九日付け起訴状(当庁平成七年(わ)第三六一号。写し)記載のとおり」として表示している。この点、用いられた起訴状は、被告人と海老原被告人とでそれぞれ別個に特定されており、原判決書に添付された起訴状写しには、本籍、住居、職業及び生年月日が具体的に記載されているから、各人定事項は、右各起訴状写しを照合すれば、明らかになるということはできる。したがって、裁判を受ける者の特定のために裁判書における一定の人定事項の表示を定める刑訴規則五六条一項の趣旨に照らし、原判決書においても、被告人の表示の項に具体的な記載のあることが望ましいとはいえ、原判決のような表示でも、それが直ちに違法であるとはいえない。
3 原判決は、罪となるべき事実として、「別紙各起訴状(写し)及び各追起訴状(写し)の各公訴事実のとおり(但し、平成七年一一月九日付け起訴状(当庁平成七年(わ)第三六一号)の公訴事実及び同日付け起訴状(当庁平成七年(わ)第三六二号)の公訴事実第一に「フェニルメチルアミノプロパン」とあるのをいずれも「フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩」と改め、平成七年一一月二四日付け追起訴状の公訴事実三行目に「坂入茂所有の」とあるのを「坂入茂所有又は管理の」と改める)」と認定判示し、原判決書には<1>事件ないし<12>事件の起訴状の写し計一二通が添付されている。
ところで、複数の被告人に対する有罪判決の場合には、いずれの被告人の関係で、どの事実を罪となるべき事実として認定したのか、それが判文上明確でなければならないことはいうまでもなく、また、それは、有罪判決に罪となるべき事実を示すことを求めている刑訴法三三五条一項の要請でもある。しかるに、原判決においては、右のように、被告人又は海老原被告人のいずれの関係で認定したのか一切特定することなく、罪となるべき事実として、「別紙各起訴状(写し)及び各追起訴状(写し)の各公訴事実のとおり」と判示しているのであって、この判示をみる限り、文理からすれば、被告人及び海老原被告人の両名とも、すべての公訴事実について有罪であるとの認定を受けたものと解されるのである。もっとも、原判決書に添付された各起訴状の写しをみれば、前記のように、被告人と海老原被告人とが一括起訴されたのが、<4>事件及び<5>事件であり、被告人のみに対する起訴は、<2>事件、<7>事件、<9>事件、<10>事件及び<11>事件であって、海老原被告人に対する起訴は、<1>事件、<3>事件、<6>事件、<8>事件及び<12>事件であるから、各起訴状の写しと照らし合わせると、各起訴状に被告人として表示してある者との関係で、当該起訴状に記載されている公訴事実を罪となるべき事実として認定判示したものと解し得る余地がないでもない。しかしながら、海老原被告人に対する起訴状のうちには、例えば<8>事件のように、公訴事実として、「被告人は、山田和夫、平野紀雄と共謀の上、……普通乗用自動車一台(時価約一五〇万円相当)を窃取したものである。」と記載されたものもあり、原判決が、被告人との関係で、この公訴事実として記載された事実を罪となるべき事実として認定判示したのかどうかは、判文上から必ずしも明らかではない。したがって、原判決は、海老原被告人に対する公訴事実をも被告人の罪となるべき事実として認定したものと解される可能性が大きいというべきである。もともと、判決書は、それを読む者に誤解や混同が生じないように明確であることが必要であり、特に、複数の被告人に対する判決においては、それぞれの被告人の関係で、どの事実が罪となるべき事実として認定されたのか、誤解されることなく一義的に明確であることが絶対的な要件である。そのような観点からすれば、原判決は、右にみたとおり、被告人と海老原被告人の両名に対し同時に言い渡した判決であるにもかかわらず、いずれの事実をいずれの者の罪となるべき事実として認定したのか、特定性や明確性を欠き、結局のところ、被告人がいかなる犯罪事実について有罪と認定されたのかが不明であることに帰する。すなわち、原判決には、刑訴法三三五条一項に定める罪となるべき事実の判示が明確でないという違法があるといわざるを得ないのである。
4 また、原判決における証拠の標目の挙示は、次のようなものである。すなわち、原判決書の証拠の標目の項に、「被告人両名の公判供述のほか、別紙証拠等関係カード(写し)のうち左に列挙する証拠番号の標目のとおり(但し、その標目の略語の意味は別紙略語表のとおりである。また、複数の標目の表記が同一であるものには、前記証拠番号を付加する。なお、証拠の標目を有罪判決に示すべきことは刑事訴訟法三三五条一項の規定するところであるが、これとは別に、証拠の作成日、作成者、供述者、供述録取者、罪となるべき事実との対応関係を判決に示すべきことを命ずる趣旨の法令は存しないから、これらは除外する。)甲1ないし24、26ないし34、36ないし38、40ないし44、47ないし50、52ないし58、60ないし64、66ないし72、74ないし111、113ないし125 乙3、5ないし22、28ないし30、34ないし46」と表示し、原審検察官請求証拠等関係カード及び略語表の各写しを添付している。
この点、刑訴法三三五条一項は、有罪判決においては、有罪と認めた犯罪事実がいかなる証拠によって認定されたのかを明らかにするという趣旨で、証拠の標目を示すべきことを定めているのである。したがって、複数の犯罪事実があるときは、どの証拠でどの事実を認定したのかをできる限り明らかにしておくことが望ましい。その意味で、原判決が、有罪判決の証拠の標目について、「罪となるべき事実との対応関係を判決に示すべきことを命ずる趣旨の法令は存しない」などとの見解を示しているのは正しくないというべきである。ただ、数個の犯罪事実につき証拠の標目を一括挙示したため、判文上は証拠と事実との関連性が明らかでない場合であっても、記録と照らし合わせれば、どの証拠によってどの事実が認定されたのかが明白であるときは、違法とまではいえないと一般に解されているので、原判示のような一括挙示もそれだけで直ちに違法ということはできないであろう。しかし、本件においては、原判決は、被告人と海老原被告人の両名に対し同時に言い渡した判決であり、このように、被告人が複数の場合には、それぞれの被告人の関係で、どの証拠をどの事実の認定資料に用いたのかが判文上明らかであることを要する。ところが、原判決が右のように証拠番号で挙示した証拠のうち、被告人と海老原被告人の両名の関係で共通に取り調べられた証拠もあるとはいえ、甲第一号ないし甲第一二号、甲第七四号、甲第七五号、甲第八四号ないし甲第八八号、甲第九三号ないし甲第一一一号、甲第一一三号及び甲第一一四号並びに乙第三号、乙第二二号、乙第三四号、乙第三五号及び乙第三九号ないし乙第四四号の各証拠は、いずれも被告人の関係でのみ取り調べられた証拠であり、また、甲第一三号ないし甲第二四号、甲第二六号、甲第七六号ないし甲第八三号及び甲第一一五号ないし甲第一二五号並びに乙第五号ないし乙第九号、乙第二八号ないし乙第三〇号、乙第四五号及び乙第四六号の各証拠は、いずれも海老原被告人の関係でのみ取り調べられた証拠である。そして、原判決は、これらの証拠を証拠番号で一括して挙示するのみで、被告人と海老原被告人のいずれの関係で、どの証拠を事実認定の資料として用いたのかが判文上明らかにされていない(なお、原判決書に添付されている原審検察官請求証拠等関係カードの写しには、関係被告人の欄に「A」、「B」又は「AB」の表示があるが、これらの符号が何を意味するのか、判文上からは不明である。)。すなわち、原判決においては、証拠の標目の挙示に当たり、証拠と被告人又は海老原被告人との各関連性を明らかにしていないのであるから、原判決には、刑訴法三三五条一項に定める証拠の標目の挙示が明確さを欠くという違法があるというほかない。
5 さらに、原判決は、法令の適用の項で、「罰条」として、「別紙起訴状(写し)及び追起訴状(写し)の各罰条のとおり」と判示している。そして、原判決書に起訴状の写し計一二通が添付されていることは、前記3でみたとおりである。
ところで、複数の犯罪事実があり、かつ、複数の被告人に対する判決を言い渡すときは、それぞれの被告人の関係で、どの被告人のどの所為にどの罰条を適用したのかが判文上明確でなければならないことはいうまでもなく、また、それは、有罪判決に法令の適用を示すことを求めている刑訴法三三五条一項の要請でもある。ところが、原判決は、被告人と海老原被告人の両名に対し同時に言い渡した判決であり、かつ、被告人の関係だけでも、有罪と認定した併合罪の関係に立つ犯罪事実の個数が一一個に及ぶにもかかわらず、被告人と海老原被告人について別々に罰条を判示することもせず、また、右両名のどの所為にどの罰条が対応するのかも明確に示していないのである。したがって、原判決には、法令の適用を示すに当たり、同項に定める程度まで具体的かつ明確に挙示することを怠った違法があるといわざるを得ないのである。
6 以上要するに、原判決は、被告人に対し、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示すに当たり、刑訴法三三五条一項に定める要件を充足していないのである。すなわち、同項の定めを充足していない原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというほかなく、この点において、原判決中被告人に関する部分は破棄を免れない。
(松本時夫 岡田雄一 服部悟)