東京高等裁判所 平成8年(う)1893号 判決
被告人 鈴木豊
〔抄 録〕
関係証拠によれば、被告人は、区立図書館において、本の整理をしていた二〇歳の女性アルバイト職員に対し、「連れが出られないから手伝ってくれ。鍵が開かなくなった。」と言って女子便所内に誘い込んだうえ、身体的な障害はないのに、「脊髄が悪いんです。手伝ってください。」と言い、同女が手に負えないので他の職員を呼びに行こうとするや、「今すぐじゃないとだめなんです。簡単ですから。」などとせっぱ詰まった様子で言って、身体障害者を装い、同女とともに女子便所の奥にある身体障害者用の便所に入り、「手が不自由なんで手伝ってください。」「チャックを下ろしてください。」などと言って、再度他の職員を呼びに行こうとした同女を「いつもは妹にやってもらっているんです。」と説得して引留めて、ズボンのチャックを下げさせて自己の陰茎を露出し、恥ずかしさから再び他の職員を呼びに行こうとした同女に対し、「大丈夫できますよ。急いでいるから。背中をさすってくれ。」などと言って、同女をして被告人が真実身体障害者であると誤信させ、自己の背中をさすらせるなどした後、「尿道が狭いので持ってください。」などと陰茎に触るように指示し、困惑して他の職員を呼びに行こうとした同女に対し、「できますよ。大丈夫ですよ。」などと言って引留めて陰茎を握らせ、さらに、それをしぼるように指示したことが認められる。
なお、被告人は、捜査段階及び原審公判廷において、右の事実関係自体は認めていたが、当審において、腹をしぼるように頼んだのに、被害者が聞き違えて陰茎を持ったものであるなどと弁解するが、関係証拠に照らし、到底信用できない。
右認定した事実関係の下に本件を検討すると、被害者は、被告人の言により、被告人が手や脊髄の不自由な身体障害者であると誤信させられ、矢継ぎ早になされた被告人の要求により、もしこれに従わなければ、被告人が小便をすることができず、非常に困難な状況になるし、他の職員を呼びに行く時間もないような緊急を要する状態であると思い込まされ、公的施設の職員として、身体障害者を介護しなければならないという気持もあいまって、冷静な判断力や批判力を欠いた心理状態に陥れられ、やむなく被告人の要求するままに被告人の陰茎を握ったり、しぼるようにしたものであって、このような場合、被害者は、被告人の要求を断ることが著しく困難な心理状態、すなわち抗拒不能の状態にあったというべきである。所論は、被害者は他の職員と代わることもできたというのであるが、前記のとおり、被告人は、被害者が他の職員を呼びに行こうとすると、「今すぐじゃないとだめなんです。簡単ですから、」とか「急いでいるから。」などと言って引留め、被害者が立ち去ることができないような状態に陥れたことが認められるから、所論は採用できない。
そうすると、被告人は、虚偽の事実を申し向けながら、次第に被害者を抗拒不能の状態に陥れ、被害者がそうした状態に陥っていることを利用して、自己の陰茎を握らせるなどしたものであるから、被告人に対し、準強制わいせつ罪の成立を認めた原判決に事実の誤認ないし法令の適用の誤りは認められない。
(久保眞人 岡村稔 長谷川憲一)