東京高等裁判所 平成8年(う)504号 判決
被告人 李健一
〔抄 録〕
論旨は、要するに、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。
所論に対する検討に先立ち、職権をもって、原判決の事実認定について検討する。
原審記録及び当審における事実取調べの結果をあわせ検討すると、原判決は、被告人は原判示第一及び同第二の各犯行を松本剛と共謀して行い、また、同第三の犯行を松本剛、旭幸一及び阿部章二と共謀して行ったとそれぞれ認定し、同時に同第四ないし同第六の犯行を被告人の単独犯行と認定している。しかし、原審で取り調べられた関係証拠によると、本件犯行をめぐる一連の経過は、おおよそ次のとおりであって、これによると、同第四ないし同第六の犯行を被告人の単独犯行とする原判決の認定には誤認がある。
(1) 松本剛は、刑務所で受刑中に知り合った久保田正と謀り、偽造の運転免許証を使用していわゆるサラ金業者から現金を詐取することを計画し、右久保田を通じて偽造の運転免許証を次々入手するとともに、旭幸一を誘って次々とこれを実行に移した。
(2) 被告人は、中学時代の先輩で暴力団員である阿部章二を通じて、同じく暴力団員である旭と知り合い、また阿部を通じて暴力団に関係する松本とも知り合っていたものであるが、平成七年一月下旬ころ、山口県下関市にいたところを、旭から金になる話があるとの連絡を受けて誘われ、同年二月ころから松本らの前記犯行に加担するようになった。
(3) 同人らの犯行の態様は、偽造グループの久保田から松本に送られてくる偽造運転免許証を使用して、被告人らがサラ金業者の店舗窓口に行って偽造運転免許証の架空の名義人になりすまして借入申込手続等を行い、借用名下に金員を騙し取るというものである。犯行全体の計画と指示は松本が行い、店舗窓口に出向く実行担当者は、松本の指示に従って架空名義人の個人情報など申込手続に必要な事項を暗記して犯行に備え、また、その審査手続の過程で行われる電話での本人確認に備えて、問い合わせ電話先を松本が手配・準備した。
(4) 松本、旭、被告人らは、当初大阪市内及びその周辺地区で三〇件近い犯行を行ったが、平成七年三月一七日、その頃出所してきていた阿部を仲間に加えて犯行に及んだ件(本件原判示第三の事実)が失敗し、阿部が逮捕される結果に終わった。
(5) そこで松本らは、この上関西で犯行を継続するのは危険であるとして取りやめ、犯行場所を京浜方面に移して、松本、被告人らが同地で犯行を継続した。
(6) 犯行により入手した金員は、その全額を一旦は松本に渡し、その上で松本が分配する、分配比率は、被告人は二割、残りは松本、旭らの取り分とされ、被告人が関与していないときは、被告人への分配はなく、偽造グループへの分配は松本の裁量で行うというものであった。
(7) 被告人は、平成七年五月一八日、横浜市内のサラ金店舗で同様の犯行に及んだ際に、運転免許証の偽造が発覚し、臨場した警察官に逮捕された。しかし、店舗外で見張りや連絡に当たっていた松本らはいち早く逃走した。
おおよそ以上の事実が明らかになっているが、これに加えて、被告人は、原審で取り調べられた供述調書中で、原判示第四ないし同第六の犯行に関連して、犯行に当たってはその前日あるいは当日に松本と打ち合わせを行い、松本から指示を受けて実行したこと、犯行時には、松本が見張り行為をしたこと等について詳細な供述をし、また、松本も、他の関連事実に関して原審で取り調べられている供述調書中で、大阪及び東京方面で多数回にわたって同種犯行を繰り返したこと、同人や被告人らごとの関与件数等について概括的な自供をしている。これらの関係証拠だけからでも、前記第四ないし同第六の各犯行は、被告人の単独犯行というよりは、松本を主犯とする一連の多数回犯行の一部という嫌疑が濃厚だというべきである。その後、当審で取り調べた松本の平成八年七月一一日付検察官調書によれば、松本がそれらの各犯行に関与していた事実及びその詳細を自供するに至った事実が認められるので、これらの各証拠を合わせれば、結局被告人にかかる本件各犯行は、すべて松本と共謀して行ったものであることが明らかになったといえる。そうすると、これらをいずれも被告人の単独犯行とした原判決の認定には誤認があるとせざるを得ない。そして、前記の経過に照らせば、本件犯行を立案し、その実行を統括し、犯行に欠くことのできない偽造運転免許証を準備し、実行担当者に指示を与え、利得の分配をするなどして、終始犯行の中心となったのは松本であることが明白であるところ、本件を被告人の単独犯行とするか、松本との共謀に基き、同人の指示のもとに行ったとするかは、被告人の刑責量定に関して重要な相異をもたらし、その点の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
原判決は、原判示第四ないし同第六の罪とその余の原判示各罪を併合罪として一個の刑を言い渡しているから、その全部について破棄を免れない。
なお、ここで、右の誤認を生じた主たる原因について検討しておくのに、それは結局のところ原審の審理にあったのではなく、主として捜査・起訴に当たった検察官相互間の連絡・調整不十分の点にあり、その運用には今後考慮を要する問題があると思われるので、ここにその経過を付言しておくこととする。
当審における事実取調べの結果によれば、一連の本件共犯者らに対する起訴は、それらの者が逮捕された時期及び逮捕場所の違いに応じて、横浜、大阪等の各検察庁で別々に行われたが、その間で連絡・調整が十分行われていなかったため、各被告人に対する起訴範囲の選定に大きな不均衡を生じ、これが求刑、一審判決の量刑結果に大きく影響することとなったと思われる。すなわち、共犯者中松本は、被告人に数カ月遅れて大阪地方裁判所に起訴され(起訴事実は、原判示第三の詐欺未遂の事実及び一連の同種詐欺のうちの二件で松本の単独犯行とするもの)、本件被告人に対する原審判決後の平成八年三月二八日に懲役一年一〇月の判決を受け、また、旭も本件被告人と前後して大阪地方裁判所に起訴され(起訴事実は、原判示第三の詐欺未遂の事実及び一連の同種詐欺のうちの三件で松本との共犯とするもののほか、覚せい剤取締法違反の事実二件)、平成七年一一月六日に懲役二年八月の判決を受けたことが明らかである。本件では、松本が、前記のとおり、本件被告人が関与した事件を含むその他多数の事件に広く関与し、前記のとおり犯行の実行から利益の分配に至るまで全体を統括して主導権を握り、まさに主犯と窺われる証拠関係にあったのに、その松本が懲役一年一〇月の刑を受けるにとどまったのに、被告人が懲役二年六月の判決を受けた点は、率直に言って均衡を失している。そのような不均衡を生じるに至ったのは、検察官が起訴時点で、一連の事件の全体像及びその中で各被告人が果たした役割の軽重をしっかり把握しないまま事件処理をしてしまった点にあり、具体的には横浜地方検察庁での被告人に対する起訴範囲と、大阪地方検察庁での松本に対する起訴範囲との間に大きな不均衡が生じたことに起因していると考えられる。これに、旭に対する起訴分を加えて対照して見ると、本件一連の詐欺事案の捜査、起訴については、本件が広域犯罪を窺わせる状況にあり、従って均衡のとれた事件処理をするためには担当検察官相互間での十分な連絡・調整が必要な状況にあったのに、担当検察官だけでなく、決裁官を含めて、その点の配慮に欠けていたためではないかとの疑いを払拭できないのである。そのことが、結局本件被告人に強い不公平感を植え付けることになったが、原審記録及び当審における事実取調べの結果をみる限り、被告人の感じる不満には無理からぬものがあるといわざるを得ない。
そこで、次にこのような不均衡な起訴手続に対して原審裁判所としてとるべき措置がなかったかを検討してみるのに、原審裁判所は、検察官が、起訴状で、原判示第四ないし同第六の事実を被告人の単独犯行と主張し、被告人が公判廷でこれを認めて争わなかった状況の下では、当面その主張を前提として、その立証が十分になされているかどうかを中心テーマとして審理を進めることになるのは当然である。特に、本件のように、被告人が実行行為者とされ、そのことに争いがないときには、他に共犯者の存在がうかがわれるときにも、そのことが争点として主張されない限り、裁判所が独自に審理の範囲を広げ、これを対象に取り込むまでのことをしないのが通常であるから、原審がこの段階で格別の措置を講じなかったことを非難することはできない。そして、立証段階においても、原審に判決書謄本が提出された阿部を別とすれば、大阪地方裁判所に起訴された松本、旭らの起訴や公判審理の状況は、訴訟手続上、原審には当然には伝わらないから、原審としては、どのような共犯状況となっているかを知る由もなく、取調済みの関係証拠中に、共犯関係の証拠が散見されたにしろ、原審があえてこれを問題であるとして、その点の審理に踏み込まなかったことは、その段階での判断としては一応理解できることであったと思われる(もっとも、原判決は、有罪事実を判示する冒頭において、本件が松本らに誘われて犯した事案であることを明言し、証拠上もその関与をうかがわせるものがあったのであるから、全体の統一的理解という観点からは、その点を取り上げて検討する道がなかったわけではない。)。また、量刑の点を取り上げてみても、松本、旭らの判決内容が当然に原審の公判廷に顕出されるわけではないし(本件において、松本の判決が本件の判決よりあとになっており、これが不可能の関係にあったことは明白である。)、量刑に当たって常に、共犯者の量刑結果を参酌しなければならないというものでもないから、原審が、被告人に対する量刑に当たってその点を考慮することができず、またしなかったとしても、これを不当とすることはできない。こうしてみると、上述したとおりの不均衡を生じたのは、共犯事件の捜査、起訴、さらには相互立証をめぐる組織横断的な運用の問題、さらにつきつめていえば、起訴をめぐる構造的な問題が露呈したものということができる。
ところで、本件の場合には、たまたま被告人から量刑不当を理由とする控訴があり、その中で特に松本の関与、同人との量刑上の不均衡が指摘されたために、共犯者間の前記の状況が明らかになった。そこには、基本的にみて、裁判所だけではどうすることもできない問題が含まれていること前述のとおりであるが、可能な限りその是正をはかることが望まれることに間違いはない。そして、共犯者相互間に存する上述の不均衡は、原審では格別の争点にされず、そのため見過ごされたにしても、そのことが具体的に主張された控訴審段階では、被告人の刑責を審議し直し、是正をはかることが必要だと解される。また、もともとその気になって原審記録を見てみれば、松本の共謀関係を疑ってみてもよい状況にあったのであり、その点を当審で取り調べた結果が前記のようなものとなった以上、原判決が、原判示第四ないし第六の所為を被告人の単独犯行としたことには事実誤認があるといわなければならず、結局、原判決は破棄を免れないというべきである(そして、その上に立って、被告人に対する適切な量刑を見直すべきものと思われるのである。)。
(秋山規雄 門野博 福崎伸一郎)