大判例

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東京高等裁判所 平成8年(く)247号 決定

被請求人 大村保

〔抄 録〕

論旨は、要するに、水戸地方裁判所は平成八年三月二七日に申立人に対して刑執行猶予言渡取消決定をしたが、その主文の記載は、「水戸地方裁判所が平成五年六月二八日被請求人(申立人を指す)に対してなした刑の執行猶予の言渡は、これを取り消す。」となっていた、しかし申立人は執行猶予の裁判を右裁判所で受けたことはないから、右決定は無効である、というのである。

そこで、検討するに、記録及び当審の事実取調べの結果によると、申立人は、

(1) 平成五年六月二八日名古屋地方裁判所豊橋支部において、業務上横領、窃盗罪により、懲役二年、四年間その刑の執行を猶予する旨の判決言渡を受けていたところ(同年七月一三日確定)、

(2) 右猶予の期間中にさらに犯した業務上過失致死罪により、平成七年六月一三日水戸地方裁判所麻生支部において禁錮六月に処する実刑判決の言渡を受け、右判決は平成八年二月一六日確定したこと、

そこで、水戸地方検察庁検察官は、同年三月一五日、水戸地方裁判所に対し、(1)の刑の執行猶予言渡の取消請求をし、水戸地方裁判所裁判官は、同月一九日、当時水戸少年刑務所に在監していた申立人に対し、右取消請求についての意見を求めたが、その際の求意見書には意見を求める理由として、「被請求人は、平成五年六月二八日名古屋地方裁判所豊橋支部において、業務上横領罪及び窃盗罪により、懲役二年(未決勾留日数中五〇日を算入)に処せられ、四年間その刑の執行を猶予する旨の判決言渡(同年七月一三日確定)を受けたものであるが、平成七年六月一三日水戸地方裁判所麻生支部において、右猶予の期間中更に犯した業務上過失致死罪により禁錮六月に処する旨の判決言渡を受け、その刑につき執行猶予の言渡がなく、右判決は平成八年二月一六日確定した。」旨記載した文書が別紙として添付されていたこと、これに対して申立人は、水戸地方裁判所に対し、同月二一日付けで、右(1)及び(2)の両裁判を摘示した上で、先に言い渡された判決の刑執行猶予の言い渡しは、これを取り消されても異議がない旨記載した意見書を提出したこと、同月二七日、水戸地方裁判所書記官は、申立人に対する求意見書に添付した別紙と同内容の文書を別紙として右事件の決定書原稿を作成準備して記録とともに担当裁判官に提出したが(なお、右別紙は、今後決定謄本などにも使用する必要からこの段階で複写して複数用意しておくのが通常の事務である。)、その際、決定書主文を「水戸地方裁判所が平成五年六月二八日被請求人に対してなした刑の執行猶予の言渡は、これを取り消す」旨、取消対象である刑の執行猶予を宣告した裁判所名の表示を誤って記載してしまったこと、担当裁判官はこれに気付き、同日、担当書記官に右決定書の主文中の「水戸地方裁判所」を正しく「名古屋地方裁判所豊橋支部」と訂正させた上、原決定をしたこと、しかるに、担当書記官は、主文中の裁判所名の表示が右のとおり訂正されたことを失念し、訂正前の用紙を使用して本件決定書謄本を作成し、それを申立人が在監する水戸少年刑務所の所長宛に特別送達の方法で送達し、右謄本は翌二九日水戸少年刑務所長に送達されたこと、その後すぐに、担当書記官は右謄本作成の際の誤りに気付き、主文中の言渡裁判所名の表示を正しく訂正した決定書謄本を作成して同年四月四日水戸少年刑務所長宛に速達普通郵便で送付し、右謄本は翌日同所長に届いたと認められること、この訂正後の謄本が申立人の身柄とともにその後黒羽刑務所へ引き継がれ、同年九月一二日、同刑務所において、申立人は、前記水戸地方裁判所麻生支部で言い渡された刑の執行に引き続いて、前記(1)の名古屋地方裁判所豊橋支部で言い渡された刑の執行を受けることになったために、訂正後の本件決定の謄本の送達を受けていないことを理由として、同月二一日本件申立てをしたこと、以上の事実を認めることができる。

右認定の事実によれば、水戸地方裁判所が申立人に対してなした本件刑の執行猶予言渡取消決定自体は誤りがなく作成されていたといえるが、当時申立人が在監していた水戸少年刑務所の所長宛に送達された右決定謄本は、その主要部分である主文中の、取り消されるべき刑の執行猶予を宣告した裁判所名の表示に誤りがあって、その点で決定原本と相異していたことになる。

ところで、このように送達された決定謄本に表示上の誤りがあり、謄本の内容が原本の記載と一部相違している場合に、このような謄本の送達に本来の決定告知の効果があるといえるかは一つの問題である。その誤りが、本件のように主文中にあるとき、主文は裁判の結論に関する重要部分であるとの性質に鑑みると、この点を安易に考えることはできない。しかし、反面、誤りが主文中にあるときは、それがどのような性質の誤りであっても、謄本送達をすべて無効と考えるのも行き過ぎである。やはり、誤りの内容・性質や、さらにはそれが一連の手続きの中で占める重要性等を具体的、現実的に考慮して判断するのが適当であろう。例えば、謄本送達と直接関連する一連の手続全体の中で、それが単純な表示上の誤りであることが明白であり、それ故に不服申立権等の行使が実質的に妨げられるおそれがないと認められるような場合には、送達された謄本に一部誤記があった場合であっても、これを無効とするまでのことはないと考えられる。これを本件の刑の執行猶予取消決定の場合についてみると、この手続きにおいては、申立人は、同決定前に、あらかじめ裁判所から意見を求められ、その求意見書には、取消の対象となっている執行猶予を宣告した裁判と、取消の原因となる裁判の双方を特定表示した上で、刑の執行猶予を取り消されることに異議があるかどうかを問われることになる。そして、その意見書においても、同様に、右の双方の裁判を特定表示した上で相手方の意見が記載される扱いであり、本件申立人の場合には、取り消されても異議がない旨記載した意見書が提出されているのである。そして、裁判所は、この意見を承けて本件取消決定をしたのであるから、このように求意見書に添付して申立人に送付された書面の記載内容、本件謄本の記載内容と右一連の手続経過を合わせてみれば、本件謄本記載の主文のうち、取消の対象となっている刑の執行猶予を宣告した裁判所名の表示に単純な誤記があることは、当初から被告人にとって明らかであったと考えて差し支えなく、かつ、このことを前提とする同決定には、被告人としても異議がなかった場合なのであるから、不服申立権等の行使が実質的に妨げられるおそれがない場合であったことも明らかといえる。このような場合には、前述したとおりの理由で、本件謄本の送達は無効ではないと考えるのが相当である(ちなみに、本件では、裁判所名の表示を訂正した後の謄本が、四月五日に水戸少年刑務所長宛事実上送られている。刑務所での通常の取り扱いからみて、訂正後の右謄本は水戸少年刑務所長へ届いた時点で申立人に示された可能性が高いと考えられるが、なお明瞭ではない。しかし、取消決定にかかる刑の執行着手にあたり、黒羽刑務所において訂正後の決定謄本が申立人に示されたことは、本件申立理由書の記載自体によっても明らかであるから本件は刑執行に着手した後で遅れて訂正後の謄本が申立人に示された場合とは事案を異にしている。)。

(秋山規雄 下山保男 福崎伸一郎)

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