大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1142号 判決 1996年10月02日

控訴人・附帯被控訴人

株式会社宝島社

右代表者代表取締役

蓮見清一

控訴人・附帯被控訴人

蓮見清一

石井慎二

副島隆彦

右四名訴訟代理人弁護士

新壽夫

押切謙徳

山口宏

芳賀淳

被控訴人・附帯控訴人

株式会社研究社

右代表者代表取締役

池上勝之

右訴訟代理人弁護士

上野宏

玉重無得

鈴木秀雄

竹田穣

玉重良知

渡邉純雄

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの、附帯控訴費用は附帯控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴事件

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

二  附帯控訴事件

1  原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。

2  附帯被控訴人らは、附帯控訴人に対し、原裁判第一別紙記載の謝罪広告を同第二別紙記載の掲載方法でそれぞれ一回掲載せよ。

3  附帯被控訴人らは、各自附帯控訴人に対し、原裁判認容額のほか、金五七六三万二三四八円及びこれに対する平成二年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決の事実摘示のとおりである。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりである。

一  原裁判三八頁五行目の「ほかならないが」の次に「(宇宙の起源に関する論争等は、その適例である。)」を加え、同一〇行目の「本書が、」から同三九頁七行目の末尾までを次のとおり改める。

「学術上の論争といえども、相当の節度及び公正さが要求されることは論をまたない。本書が、控訴人ら主張のように学術上の観点から本件両辞典を批判するものであるとしても、後記判断のとおり個別の例文に対する批判の大部分については、事実の摘示としてその当否の判断が証拠上可能であり、論評に該当する部分については、後記の基準に照らして判断することができる。また、編集方針を批判する部分についても、個別の例文に対する批判の真偽、当否等を前提とし、公正な論評といえるかどうかを法的に判断することが十分可能である。そして、このような判断は、その確定された事実を前提とする表現が社会通念上要求される節度及び公正さを有するかどうかという見地から、被控訴人の控訴人らに対する損害賠償請求権の存否の判断に必要な限度で行うものであり、本書全体の学術的評価を行うものではない。学術的論評であっても、学問の自由ないし表現の自由を超えるものについてその違法か否かを判断することは、何ら学問の自由を侵害するものではない。」

二  同四九頁五行目の「べきである」の次に「(その表現の当否については、後記のとおり論評としての域を逸脱しているかどうかという観点から検討される。)」を加え、同一〇行目の「原告の」を「これらの者を編者また校閲者等とした被控訴人が刊行した」に改める。

三  同五一頁二行目の「いうべきである」の次に「(最判平成元年一二月二一日民集四三巻一二号二二五二頁)」を加える。

四  同五二頁五行目の「表現行為者が」の次に「相当の理由に基づき」を加える。

五  同五四頁六行目から七行目にかけての「真実と信ずることについての相当性」の次に「(以下単に「相当性」ということがある。)」を加える。

六  同五五頁四行目から六行目にかけての「いわば国民的辞書といっても過言ではない本件」を「右」に改める。

七  同五七頁九行目の「よれば、」の次に「後記判断のとおり本書の編集方針を批判する部分の表現に論評としての域を逸脱しているものがあるけれども、」を加える。

八  同五八頁九行目の末尾に「なお、論評に属する表現行為についても、その前提となる事実の主要な部分についての真実性、相当性が要求されることは既に述べたとおりである。」

九  同六一頁六行目の「しかし」から同六二頁一一行目の末尾までを次のとおり改める。

「しかしながら、ある例文が総体としての英語国民に通じるかどうかは、当然当該国民の教育の程度、理解力等によって差があるが、少なくとも「どんな英語国民にも通じない」と断ずる本書の記載は、その文言上明らかに右例文は総体としての英語国民のいわば一〇〇人中一〇〇人に通じないとする趣旨であると認められる。このことは、後記のとおり訴訟において証拠によって確定できる性質を有するものであり、客観的に真又は偽としての性格付けができるから、事実に該当する。」

一〇  同六六頁七行目の「趣旨ではなく」を「趣旨でないことは明らかで」に改める。

一一  同七四頁一行目の「事実」を「右事実」に改める。

一二  同七九頁一行目及び同五行目の「話さない」をそれぞれ「使わない」に改める。

一三  同八〇頁八行目の「当該英語国民」を「国民」に、同行の「違ってくる」を「差がある」にそれぞれ改め、同九行目の「例えば」から同八一頁一行目の「該当する。」までを次のとおり改める。

「前示の「全く使わない」という表現とは異なり、感覚的なものであって、かなりあいまいな要素があることは否定できないが、訴訟において証拠によりその正否を確定することができる性質を有するものということができるから、事実に属する。」

一四  同八一頁二行目の「これを読んだ」を「その」に改める。

一五  同八五頁五行目から六行目にかけての「真又は偽としての性格付けができず、」を削る。

一六  同八七頁七行目の「現在の」の次に「特に英語の」を加える。

一七  同九〇頁二行目の「上流階級」の前に「特に英語の」を加え、同三行目の「現在の」を「右」に改める。

一八  同九七頁四行目の「読める」を「解される」に、同行の「本書にこのような事情を読み取り得る」を「本書にはこのような指摘をも目的とする趣旨の」に、同五行目の「右認定を左右する」を「右認定が左右される」にそれぞれ改める。

一九  同一〇一頁五行目の「読めない」を「解されない」に、同五行目の「本書に」から六行目の末尾までを「本書の記載からして、右認定が左右されるものではないことは、整理番号A8の場合と同様である。」にそれぞれ改める。

二〇  同一〇八頁八行目の「記載されており、」の次に「特に前示三番目の用例には問題もあるが、」を加える。

二一 同一二四頁五行目の「in the the dark gloom」を「in the dark gloom」に改める。

二二  同一二七頁九行目の「当たるか」を「当たるかに」に改める。

二三  同一五一頁一〇行目の「用いられ」を「用いられる」に改める。

二四  同一六三頁九行目の「適切であるとの」を「適切であると」に改める。

二五  同二〇五頁六行目の「根拠に」を「根拠として」に、同七行目の「みるべきことは整理番号A8の場合と同様である。」を「みるべきものである。」にそれぞれ改める。

二六  同二一四頁四行目の「例文との」を「例文と」に改める。

二七  同二二一頁二行目から三行目にかけての「真又は偽としての性格付け」を「正否の判断」に改める。

二八  同二五九頁一一行目の「英語国民が」を「英米、オーストラリアの国民がほとんど」に改める。

二九  同二六〇頁一行目の「誤っている」を「適切でない」に、同二行目の「みるべきことは、整理番号A4の場合と同様である。」を「みるべきものである。ただ、より適切な語の選択の余地を示唆する点は、論評に当たると解することができる。」にそれぞれ改める。

三〇  同二六一頁五行目の「使わない」を「ほとんど使わず、用例として全く不適切である」に改める。

三一  同二六二頁五、六行目の「などと記載していること」を削る。

三二  同二六三頁一〇行目の「他に本書の摘示する」を「本書の摘示する「このような表現を使う人は一人もいない」というような」に改める。

三三  同二六四頁九行目の「英語国民に一般的には使われない」を「常套句ではない」に、同一〇行目の「この本書の記載が英語国民が右例文を使わないとする」を「英語国民の常套句でないという」に、同一一行目から同二六五頁二行目にかけての「例文が誤っているという事実を摘示しているとみるべきことは、整理番号A4の場合と同様である。」を「この表現が用いられていないという事実を摘示しているとみるべきものである。ただ、語の選択の適否を問題とする論評の性格をももつことは、整理番号A56の場合と同様である。」にそれぞれ改める。

三四  同二六六頁一行目の「訂正例文の用法が常套句であって右例文は使われない」を「右例文の用法がおよそ常套句でない」に改める。

三五  同二六七頁一行目の末尾の次に「何らの根拠も示さず」を加える。

三六  同二六八頁八行目の「認められず、」を「認めることはできず、結局」に、同九行目の「はいえない」を「認めるに足る証拠はない」にそれぞれ改める。

三七  同二七七頁九行目の「しないこと」の次に「(逆接以外の形では使わないこと)」を加える。

三八  同二七八頁七行目の「右例文が」の次に「その形では」を加える。

三九  同二七九頁五行目の「本書は、」の次に「ライトハウスの右例文の外に」を加える。

四〇 同二八〇頁一〇行目の末尾に「なお、ライトハウスのguessの項には、I guessed that he was a boxer.の例文が掲げてあり(本書にもその部分のコピーが掲載されている。)、ライトハウスの読者が冒頭の(2)の例文の用法を推測することは容易である。したがって、本書の「この4つがそろわないと、英文の基本的な構造やそれが変形する可能性が学習者に伝わらないのである。」という意見については、本書の読者の判断に委ねられるべき事柄であり、本件の損害賠償請求における違法の問題は生じない。」を加える。

四一  同二八九頁三、四行目の「前示のとおりであり、」から同二九一頁一行目までを次のとおり改める。

「前示のとおりである。一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件両辞典の全英語例文のうち約二〇パーセントは使い物にならない不適切な例文であり、五パーセント前後は完全に間違いであると指摘する根拠も、右の各理由が根拠となっている、すなわち、本書が記載している例文の誤りを前提事実として意見表明をしているものと理解することができる。

ところで、五パーセント前後は完全に間違いであるとの指摘は、一つの意見表明ではあるが、本書が本件両辞典の例文八五個を個別に検討して、×△印を付して誤りを指摘していること、本件両辞典の編纂者を無能呼ばわりしていることに照らせば、英語国民が全く使わず、内外の英語辞典にも同種の語義、例文が全く掲載されていない例文が本件両辞典中には五パーセント前後含まれているという事実を暗示させるものである(仮に、完全に間違った例文が五パーセント含まれている欠陥辞典という意見表明についてこれを論評と解する余地があるとしても、その内容を構成する事実が前提として証明される必要がある。)。したがって、右指摘が適法であるというためには、本件両辞典の例文のうち約五パーセントの例文が完全に間違いであることの立証(あるいはそう信じるについて相当な理由の証明)が必要である。

これに対し、例文のうち約二〇パーセントは使い物にならない不適切な例文であるとの指摘は、完全に間違いとまでいえないものの学習用辞書の例文としては不適切であるもの、すなわち例文の描写が不明確なため意味が不明であるもの、重要な単語の用法等を理解させるに足りないとかの欠点のある例文をも含めたものが二〇パーセントあることが、その意見表明の前提事実として証明される必要がある(これまでの検討の中で論評として違法ではないと判断されたものについても、必ずしもその論評の前提事実が正しいと認められないものも含まれていることに注意すべきである。)。」

四二  同二九二頁六行目の「本書が挙げる具体的数字が実際にありうる数字であること」を「本書が挙げるこの具体的数字は実証的なものと受け取られ易い数字であること(右の新聞、雑誌の各記事は、まさにその証左である。)」に、同一〇行目から一一行目にかけての「単なる比喩的表現であるとは認めることができない。」を「単に比喩的表現であって事実を摘示したものでないと認めることは到底許されるものではない。」にそれぞれ改める。

四三  同三一一頁七行目の「八個」の次に「(1、2、6、7、11ないし14)」を、同八行目の「認められるもの」の次に「(被控訴人が明らかな誤植と自認するもの)」を、同行の「四個」の次に「(2、6、12、14)」をそれぞれ加える。

四四  同三一二頁二行目の「Gの部の例文」の次に「(本書の八六頁までに掲載のもの)」を加え、同三一三頁一行目の「を若干下回る割合」を削り、同六行目末尾に「そもそも、本書は、ライトハウスのGの部の例文一八九七個のうち約三〇個(A1ないし17、B1ないし7、D1ないし5)を掲載しているに過ぎず、これがGの部の例文全体に占める割合は、1.58パーセント(30÷1897=0.0158)に過ぎない。控訴人らは、本件両辞典の例文の五パーセントが完全に誤りであり、二〇パーセントが不適切で使い物にならないことの立証を本書の指摘以外に何らしていない。」を加える。

四五  同三一六頁八行目の「論評に該当する事由により批判する部分を除き、」を削る。

四六  同三一八頁四行目の「ある論評が」の次に「公共性を有する事項に係り、公益を目的とし、前提となる事実の主要な部分について真実であるか、真実であると信じるにつき相当な理由がある場合には、その論評が」を加える。

四七  同三一九頁二行目の「認められる」の前に「一応」を加え、同行の次に行を変えて次のとおり加える。

「ここで検討すべき①本件両辞典は間違いだらけで使い物にならないこと、②被控訴人及び本件両辞典を編纂した英語学者と英文校閲者は無能であること、③本件両辞典は絶版にすべきことという論評の前提となる事実は、本書全体の論旨からすれば、ひとえに前項で判断した本件両辞典に掲載されている全英語例文のうち約二〇パーセントは使い物にならない不適切な例文であり、五パーセント前後は完全に間違いであるという事実(あるいは論評の前提となる事実)である。そして、その前提事実の主要な部分について真実であることの立証がされていないことは、既に述べてきたことから明らかであり、真実と信じるについて相当な理由が認められないことは後記のとおりであって、右の論評は違法性を阻却される要件を満たしていないというべきである。」

四八  同三一九頁三行目の「そこで」を「次に、前記認定のとおり、個々の例文の誤りを指摘する部分の中に真実と認められるものや論評として当たっていないでもないものがあるので」に改める。

四九  同三二三頁五行目の「しかし」から同三二四頁八行目の末尾までを次のとおり改める。

「およそ学術上の論争批判については、世上いわゆる権威が認められている学説や学者に対しても、その権威に屈することなく、率直に行われるべきものであることはいうまでもない。しかし、そのことと論争批判の相手・対象の社会的存在としての重さ、真面目さ等に応じて、それなりの節度をもってなされるべきこととは別論である。特に、辞書については、本件両辞書を含めて通常の場合相当の業績を有する学者が編者となり、多数の執筆者及び校閲者が関与し、何万語もの見出し語とそれに対する語義、用法指示、例文などを他の辞書や文献等を参照しながら選別、記述した学術的労作である。このような対象を批判するに当たっては、その表現方法や表現内容についても、それなりの節度を要求してしかるべきである。以上のような諸事情を総合考慮すると、編集方針等を批判する右部分における本書の記載は、権威への挑戦として許される過激さ、誇張の域をはるかに超え、前提として指摘する事実の一部に真実であると認められるものはあっても、全体として公正な論評としての域を逸脱するものであるといわざるを得ない。」

五〇  同三二四頁一〇行目の「事実の摘示に係る部分」の次に「(論評の前提としての事実を含む。)」を加える。

五一  同三三〇頁四行目の「行ったものか」を「行ったかどうか」に改める。

五二  同三三〇頁一一行目から同三三一頁四行目までを次のとおり改める。

「以上の認定判断によれば、本書の例文の誤り等を指摘する部分には、摘示事実が真実であるか又は公正な論評に当たるとして違法性を欠く部分も一部あるが、その多くは真実性の立証がなく違法性を阻却されない。また、編集方針等を批判する部分は、全体として前提事実の立証がなく、また、公正な論評の域を逸脱したもので違法である。

付言するに、本件における各名誉毀損の成否は、端的にいえば本書の表紙に記載された「日本でいちばん売れている研究社『ライトハウス英和辞典』『新英和中辞典』はダメ辞書だ」というフレーズ(これは論評とされる。)によって要約される本書の内容が、その前提とする本件両辞書掲載の例文の正否、適否に関する事実の真実性又はその真実であると信ずることの相当性によって支えられているかどうかによって決せられる。このいずれもが認められないこと(特に中辞典についてはほとんどその具体的な立証がない。)は、これまでの認定判断によって明らかである。」

五三  同三四二頁五行目の「費用と」を「費用が」に、同行目の「との間に相当因果関係を」を「による被害回復のために相当なものと」にそれぞれ改める。

第四  むすび

以上の次第で、原判決は相当であるから、本件控訴及び本件附帯控訴をそれぞれ棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 塩月秀平 裁判官 浅香紀久雄)

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