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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2331号 判決 1997年5月21日

控訴人(原告)

白川すみ子

ほか二名

被控訴人(被告)

東海運株式会社

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人白川すみ子に対し、四二二三万一七四〇円、控訴人白川喜朗及び控訴人白川満朗に対し、それぞれ一六七四万〇八〇五円及びこれらに対する昭和六一年一〇月八日からそれぞれ支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、原判決六頁一行目の「成否及び」を「可否及び過失割合並びに」と改め、同行の「の成否」を削るほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、原審における当事者双方の主張立証に、当審における控訴人らの主張立証を加え、これらを総合考慮しても、控訴人らの本訴請求は、理由がないからこれをいずれも棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁二行目の「成否」を「可否及び過失割合」と、一〇頁五行目の「上り、」から六行目の「過ぎない。」までを「上り車線の幅員は約三・〇五メートル、下り車線の幅員は約三・一〇メートルである。」と、一一頁一一行目及び一二頁一行目の各「相手方」をいずれも「対向車両」と、一二頁三行目の「湿つて」を「湿潤して」と、一五頁八行目の「増速」を「加速」とそれぞれ改める。

2  原判決一七頁一一行目の「相当」を「時速一〇〇キロメートルを超える」と改め、一八頁一行目の「いずれも」の次に「本件事故を惹起した当事者の一方である」を加え、二行目の「地点であるから、」を「地点であるばかりでなく、ことに<1>地点については、相当の高速で接近してくる対向車を発見した時点における対向車の位置に関する認識という事柄の性質上、」と改める。

3  原判決一八頁九行目の「道安」を「通安」と、一九頁七行目の「そのときには、」から二〇頁四行目末尾までを「その際、同証人は、運転していた車両が白川車に追い越されたのは本件事故現場の手前五〇〇メートル足らずの地点であつたように指示説明をしており、また、白川車は、追い越しを完了した後はセンター・ラインを跨いで対向車線にはみ出した状態で走行し、本件事故現場手前の左カーブに差しかかつた旨の指示説明をしているところであつて、右証言内容と右指示説明の内容とは重要な部分で食い違いをみせている。そして、本件事故の発生時点と右指示説明及び証言の各時点との時間的接着性等を考慮すれば、白川車の走行状況に関する佐藤証人の証言は採用することができない。なお、白川車の走行状況に関する佐藤証人の右指示説明の内容についても、本件事故発生後約三年半が経過した後のこととはいえ、同証人自身が右のように指示説明の内容と重要な部分で食い違う証言を行つていること等を考慮すれば、さほどの信用性を認めることはできない。」と、それぞれ改める。

4  原判決二三頁一行目の「問題」を「疑問」と、二四頁一行目の「極めて困難である」を「困難と思われる」とそれぞれ改め、二四頁一〇行目の「<×>点から」の次に「タイヤ痕の起点まで」を、二五頁二行目の「実況見分調書」の次に「添付図面」を、三行目の「うか」の次に「、ことに、実況見分調書添付図面の記載においては、タイヤ痕(A)とタイヤ痕(B)とは明らかに平行線の関係にはなく、相互にいわば『ハ』の字型の関係にあるように記載されているにもかかわらず、江守鑑定においては、タイヤ痕(A)とタイヤ痕(B)とは平行線の関係にあるように修正されている点は」を、同行の末尾に「右の修正の根拠は、<1>タイヤ痕(A)がトラクタ右前輪が印象したものと判断されること、<2>このタイヤ痕(A)と稲生車のトレーラ(またはトラクタ)の左側面によつて印象されたと認められると判断される小湊鉄道通信柱との位置関係、の二点から、タイヤ痕(B)は修正した位置に存在したと判断するのが合理的であるというのである(原審における江守証言)。しかしながら、この指摘によつても、右の実況見分調書添付図面は、事故直後の全体として周到な現場の見分と計測により、比較的慎重に作成されたものと窺われるものであるのに、この実況見分調書添付図面におけるタイヤ痕(B)の走行の方向性に関する記載が誤つており、これをタイヤ痕(A)と平行線の関係に修正するのが客観的な事実関係に合致するとする根拠が十分に示されたものとは思われない。もとより、江守鑑定の結果が示す本件事故における衝突の態様からすれば、タイヤ痕(B)はタイヤ痕(A)と平行線の関係にあると判断するのが合理的であるということは理解し得るところであるが、ここでの問題は、専ら本件事故における衝突態様の推認の基礎とすべきどのような痕跡が事故後に残されていたのかという問題なのであるから、江守鑑定の示す右のような理由付けは、むしろ、自己の鑑定の結論の合理性を支えるために、前提事実を遡つて修正認定しているのではないかとの感を拭えないのである。」を、それぞれ加える。

5  原判決二五頁四行目の「タイヤ痕」から一一行目の「もつとも、」までを、「もともと、江守鑑定においてタイヤ痕(A)は稲生車のトラクタ右前輪が印象したものと認めた判断については、前示のように、同鑑定において、残された擦過痕は稲生車のトレーラ(またはトラクタ)の左側面によつて印象されたと認められると判断された小湊鉄道通信柱と右のタイヤ痕(A)との位置関係が主要な根拠の一つとなつているのであるが、この通信柱の位置は、当初の鑑定書においては、別紙図面二のAで表示したうちの右側の大きめの丸印の位置にあつたとされていた。しかし、その後、警察において立体写真を機械的に図化した図面(甲七の二)に基づいて、右の通信柱の位置は右Aのうち約一メートル牛久寄りの小さめの丸印の位置に修正すべきものとされた。そうすると、この修正された通信柱の位置とタイヤ痕(A)との位置関係に照らせば、タイヤ痕(A)をトラクタ右前輪が印象したものとすると、稲生車のトラクタ及びトレーラは全幅二・四八メートルあるから、トラクタ左前輪が路外に逸脱する際の車体の傾斜の可能性等を考慮すると、稲生車のトラクタないしトレーラと通信柱との接触の態様は、本件におけるような擦過痕を残すといつた程度では済まず、むしろ、通信柱に重大な損傷を与えたものとなつていた蓋然性があることを否定できないのではないかと思われる(なお、」と改め、二六頁二行目の「証言」の次に「、乙四」を、四行目の末尾に「ちなみに、江守鑑定は、右の通信柱の位置の修正に伴い、タイヤ痕(B)の位置についても、当初鑑定で示された位置から三〇センチメートルないし四〇センチメートル牛久寄りの位置に平行移動し、修正した。)。」と、それぞれ加える。

6  原判決二八頁九行目の「正確である」から二九頁一行目末尾までを「正確ではないかと思われる。」と改める。

7  原判決二九頁七行目の冒頭から三七頁八行目末尾までを次のとおり改める。

「(6) なお、前示のとおり、稲生車の停止位置での状態で、トラクタ左前輪は正規の位置からずれてトラクタ左側面の燃料タンクの下まで後退しており、トラクタ右前輪も正規の位置から外れた状態になつていた。このように本件事故の過程のいずれかの段階で、トラクタの前輪はその機能を喪失してしまつたことが明らかである。この点、江守鑑定(控訴審で提出された意見書〔甲六七〕も含む。)においては、左前輪が軸とともに車体から脱落したのは左前輪がタイヤ痕(B)の終点で窪地の斜面に衝突したときであるとする。しかし、これに対し、菅原長一は、トラクタが白川車に乗り上げた後、コンクリートの路面に落下した時点で、その衝撃により車軸がずれ、タイヤが曲がるなどして前輪の機能が失われてしまつたと考えられる旨意見を述べる(乙三、原審における菅原長一の証言)ところであつて、本件のような、車両重量約五トンものトレーラを連結した車両重量約六・四トンのトラクタが対向してきた普通乗用車に衝突し、トラクタの右前輪が普通乗用車のボンネツトに乗り上げた後、路面に落下し、トラクタは道路から逸脱して、線路との間の道路より約五五センチメートル低い草地に落下し、草地を移動して停止した、そして、その過程においてトラクタの前輪の機能が失われてしまつたという態様の事故においては、いずれにせよ衝突時点以降のトラクタの前輪ないしタイヤの挙動自体には不確定要素が多いのではないかと推察されるのであり、したがつてまた、路面ないし草地に残されたタイヤ痕から、直ちに稲生車のトラクタ(及びトレーラ)の挙動を的確に確定することができるのかどうか、当裁判所としては慎重にならざるを得ないのである。このような観点からすると、江守鑑定が示す稲生車及び白川車の衝突の態様ないし稲生車のトラクタ(及びトレーラ)の挙動に関する判断は、衝突地点の特定は別とすれば、路面上のタイヤ痕(A)及び草地のタイヤ痕(B)(前述のような独自の認定。)、通信柱の擦過痕の三つを基礎とし、これらの相互関係の解析に依拠している部分が大きすぎるのではないかとの疑問を拭えないのである。」

8  原判決三七頁八行目と九行目の間に、次のとおり加える。

「5 白川車の衝突回避操作について

控訴人らは、本件事故の発生原因ないし態様について、対向してきた稲生車が本件事故現場付近で白川車の車線に進入して走行してきたため、これを発見した靖郎が、稲生車との衝突を回避するためやむなくハンドルを右に切り反対車線に進入したところ、稲生車も事故現場の手前で自車線に戻ろうとしたため、稲生車線上で衝突するに至つた旨主張する。そこで、右4にみてきた事故態様についての自動車工学的考察とは異なる視点から、右主張について検討する。

(一) 前示のように、稲生車は本件国道を時速約六〇キロメートルの速度で走行し、本件事故現場付近に差しかかつたのであるが、他方、白川車の走行速度について、仮に、江守鑑定にあるように時速六〇キロメートル(この速度は、実質的に控訴人らが主張する白川車の速度でもあると認められる。)とすると、証拠(甲六六)によれば、次のとおりの事実関係を認めることができる。

(1) 白川車を運転する靖郎は、本件衝突地点の手前約一〇〇メートルの地点に差しかかると、進路前方から対向してくる稲生車を認めることができるようになる。しかし、進路前方道路が緩やかに左にカーブしているため、未だこの地点では稲生車が白川車線を走行してくることまで認識することは困難である。

(2) しかし、白川車を運転する靖郎は、本件衝突地点の手前約八五メートルないし八〇メートルの地点に差しかかつてくると、稲生車が白川車線を走行してくることを認識することが可能となつてくる。

(3) そして、白川車が本件衝突地点の手前約七〇メートル付近まで進行してくると、靖郎は、稲生車が白川車線を走行して対向してくることを明確に認識することが可能となる。

(4) なお、白川車を運転する靖郎は、右(2)から(3)へ推移する過程で、稲生車に後続して走行してくる車両の存在を認めることも可能となつてくる(稲生車に後続車両があり、稲生車が後続車両の先頭を走行していたことは、前示のとおりである。)。

(5) ちなみに、靖郎が白川車をそのまま走行させ、本件衝突地点の手前約三五メートル付近まで進行してくると(稲生車との距離は約七〇メートル前後ということになる。)、靖郎は、稲生車が衝突を回避するために自車線に戻り始めるのを明確に認識することができる(ただし、これはあくまで江守鑑定が示した白川、稲生両車両の走行状況を前提としたもので、両車両の実際の走行状況が右のとおりであるとするものではない。)。

(二) 右の事実関係からすれば、白川車を運転する靖郎は、遅くとも(3)の時点では、稲生車との衝突回避の運転操作に入ろうとするものと考えられるが、社会通念に照らせば、このような事態に直面した自動車の運転者が通常とる運転操作としては、まず、第一に、警笛を鳴らし、ブレーキをかけ、次いで、必要に応じハンドルを左に切る、という操作であるということができる。この場合、もともと、自車線にはみ出して走行してくる対向車との正面衝突を避けるために、対向車線に入り込んですり抜けようとする運転操作は一般に対向車線を走行してくる後続車両との衝突の危険を伴うものであるから、それが確実に安全な方法である、あるいは、他に回避の方法がないといつたような特別の状況の下にある場合を除けば、運転者の心理からしても、選択される可能性の極めて少ない運転操作であると思われる。まして、本件の場合においては、白川車の走行車線の前方道路の左側には刈り入れ後の田が広がつている(甲一五)のであるから、ハンドルを左に切るという運転操作の結果白川車が路外に飛び出すことになつても、田に着地し、重傷を免れることになると考えられる。他方、対向車線からは稲生車の後続車両が接近してきているのであり、しかも、道路の右外側には小湊鉄道の線路が走つているのであるから、右(3)の段階で、靖郎が稲生車との衝突を回避するためにハンドルを右に切り、白川車を対向車線に進入させようとする運転操作をとろうとするものとは考え難いところである(この点は、(3)からさらに白川車を進行させた道路の状況においても変わらない。)。なお、右(5)からすると、仮に、江守鑑定が示した白川、稲生両車両の走行状況を前提とし、かつ、この段階で、すなわち、白川車が本件衝突地点の手前約三五メートル付近まで進行してきた段階で、靖郎が衝突回避のための運転操作を開始するとすれば、既に稲生車は自車線に戻りはじめているのであるから、白川車のハンドルを右に切ることは、正常な判断としてはあり得ないというべきである。

(三) 以上説示したとおり、靖郎の衝突回避に関する白川車の運転操作、すなわち、本件事故の発生原因ないし態様についての控訴人らの右主張(これらは、実質的に江守鑑定の示す白川、稲生両車両の走行速度及び衝突に至る走行方法に依拠したものと認められる。)は、本件国道の本件事故現場付近の具体的な道路状況及び道路交通の状況、その主張する白川車及び稲生車の走行状況に照らして、著しく不自然かつ不合理なものというべきである。

なお、右のことは、少なくとも、靖郎の運転操作が自覚的な判断に基づく正常に制御されたものであつたとの前提に立つ限り、江守鑑定に示された白川、稲生両車両の走行速度及び衝突に至る走行方法に関する推諭に不合理な点かあることを示唆するものということができよう。」

9  原判決三七頁九行目冒頭から三八頁三行目の「走行してきたが、」までを次のとおり改める。

「6 まとめ

既にみたように、本件事故は、これに関係した車両の要素も含め、比較的特異かつ複雑な態様のものと認められること、また、5にみたように、江守鑑定の結果に示された白川、稲生両車両の走行速度、衝突に至る走行方法を、本件国道の本件事故現場付近の具体的な道路状況及び道路交通の状況に当てはめて考察すると、社会通念上、衝突事故として現実に惹起される蓋然性が極めて低いものと考えられること、さらに、右鑑定の結果に反する稲生の指示説明及び証言があること等を考慮すると、当裁判所としては、本件事故について、右鑑定結果に示された白川、稲生両車両の走行速度、衝突に至る走行方法によらない場合には、事故の結果として客観的に確認された白川、稲生両車両の損傷の状況、停止位置、路面及び路外の草地のタイヤ痕、擦過痕等の痕跡に符合しないこととなる高度の蓋然性があると認められない限り、右の鑑定結果を採用することには躊躇せざるを得ない。

しかるところ、右鑑定の結果に示された白川、稲生両車両の走行速度、衝突に至る走行方法は、4に指摘したように、これを導くに至る自動車工学的解析の基礎となる事実の認定の方法の妥当性、あるいは、事故後現場付近の路面及び路外の草地に残された多くの痕跡と解析結果との整合性等に関し、いくつかの軽視できない疑問点を残すものであつて、本件事故の態様に関する一つの有力な見解であり得ることを否定するものではないが、右に述べたような、他の可能性、例えば、稲生の指示説明(甲四)にあるような態様の衝突の可能性を否定することができるというほど高度の蓋然性があるものとの心証は、遂に形成することができなかつたところであつて、結局、右の江守鑑定の結果を採用することはできないというほかはない。

そして、前示の『稲生車は衝突前には上り車線内を下り車線にはみ出さないように走行していた』との趣旨の稲生の指示説明(甲四)及び証人稲生の証言部分については、これを採用することができないとするほど不審な点はない。そうすると、稲生車は、上り車線内を走行して本件事故現場手前に差しかかつたが、」

10  原判決三九頁六行目の「昭和六〇年度」を「昭和六〇年」と改める。

二  以上のとおりであるから、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 川勝隆之 西口元)

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