東京高等裁判所 平成8年(ネ)616号 判決 1996年11月27日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人パナ教育システム株式会社に対し、金一二七万六二四八円及び内金九八万四一二三円に対する平成五年一〇月七日から支払済みまで、内金二九万二一二五円に対する平成七年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人株式会社東和エンジニアリングの被控訴人に対するクレジット債権管理組合脱退に伴う同組合規約に基づく組合費用支払債務のないことを確認する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
理由
一 控訴人パナ教育が昭和六二年五月、出資金一〇万円を支払ってクレジット債権管理組合の組合員となり、控訴人東和が平成元年一月にクレジット債権管理組合の組合員となったこと、平成五年六月一〇日の段階で、クレジット債権管理組合に取立委託した債権の回収金で控訴人パナ教育に支払われるべき金額が八八万九一二三円存在したこと、控訴人らが、被控訴人に対し、平成五年一〇月六日到達の書面でクレジット債権管理組合から脱退する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
二 控訴人らとの契約の相手方について
控訴人らは、まず、クレジット債権管理組合は何ら組合としての団体的実体はなく、被控訴人は形式的には「クレジット債権管理組合業務執行者」を名乗って業務を行っているが、それはいわば組合を隠れ蓑にしているもので、実態は被控訴人が、組合に加入した者から取立て困難な債権の取立委任を受け、弁護士法七二条、七四条に違反する活動を行っているのであり、控訴人らとの契約の相手方は、クレジット債権管理組合ではなく被控訴人であるとの主張をする。
しかしながら、《証拠略》によれば、
1 控訴人らの加入申込書の宛先は「クレジット債権管理組合 業務執行者 被控訴人」とされており、加入承諾書の名義人も同じく「クレジット債権管理組合 業務執行者 被控訴人」となっていて、押印も「クレジット債権管理組合業務執行者」としてのそれがなされていること、
2 クレジット債権管理組合の活動状況、財政状況等は必ずしも明らかではないが、「組合の概要」、「組合のご案内」と題されたいずれもクレジット債権管理組合発行名義のパンフレットの内容や、原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、クレジット債権管理組合の組合員は現在約五二〇〇社あり、職員は一〇〇名、東京に業務執行本部を、大阪、名古屋、札幌、福岡、高松、仙台に事務所をそれぞれ置き、組合の経費は取立委任を受けた債権の回収額のほぼ約半額を組合の費用として納めさせることで運営がなされていること、
3 平成七年六月の法人税の確定申告については、被控訴人とは別個にクレジット債権管理組合としての確定申告がなされており、クレジット債権管理組合独自の貸借対照表、損益計算書は、毎年事業計画書とともに組合員に送付されていること
の各事実が認められる。
そうすると、控訴人らが主張するように、クレジット債権管理組合が組合としての実体を全く欠くとまでは本件証拠上認めることはできず、むしろ前記の加入申込書の内容等から、控訴人らとしては、クレジット債権管理組合業務執行者たる被控訴人との間で、組合の加入契約を締結し、債権の取立委任もクレジット債権管理組合業務執行者としての被控訴人に委任したものと認めるのが相当である。したがって、控訴人らとの契約の相手方は、クレジット債権管理組合ではなく、被控訴人自体であるとする控訴人らの主張は採用することができない。
三 被控訴人の被告適格について
前記二冒頭で掲げた証拠によれば、
1 クレジット債権管理組合は、昭和五一年五月一〇日設立されたもので、事業目的は「クレジット債権を有するかまたは将来クレジット債権を有する見込みのある者が出資し、各自の債権を協力して能率的に管理する。」とされ、業務内容は「組合員から委託された、遅延クレジット債権の管理、債務者の所在調査、行方不明者の追跡・発見等」とされているが、実際の業務内容は、組合に出資して加入した者が組合員であり、かつ業務報行者たる被控訴人に、各人の有する回収困難な債権の取立てを委任し、回収額の半額程度を受領するのを目的としているとみられること、
2 クレジット債権管理組合には、組合員総会、理事会などの機関もなく、会員の意思表示の機会は全くなく、加入組合員は、加入の際組合規約を承認したものとして、組合の運営、財産管理権などすべての権限を業務執行者である被控訴人に委任したことになっており、被控訴人の代表者は、被控訴人が組合の代表者であるとの認識で行動していたこと(なお、甲第四の組合規約一二条によれば、組合が業務執行にあたって生じた利益及び損失は、出資の価額に応じて配分及び負担する、とされているが、このような利益の配分や損失の負担が組合員になされた形跡はない。)、
3 そこで、クレジット債権管理組合の運営に関するすべての権限はあげて業務執行者である被控訴人に委ねられているといっても過言ではく、組合の財産の管理処分権限は実際上被控訴人が有しているとみて差し支えないこと、
の各事実が認められる。
ところで、クレジット債権管理組合の組合規約には、組合の財産管理や訴訟追行等を誰の名で行うかは明示がないが、前記のような組合の活動の実態、すなわち組合の業務は実際には組合員からの業務執行者たる被控訴人への債権取立委任が専らで、被控訴人以外の他の組合員が業務に参加したり、業務を監督したりする制度も機会もなく、被控訴人のみが実際上の組合財産の包括的な管理権限を有していると認められることに照らせば、各組合員は組合加入にあたり、黙示的に被控訴人に被控訴人の名で組合の財産を管理し、組合の債権債務につき訴えまたは訴えられる権能を付与したものとみるのが相当である。そこで、被控訴人は、組合財産に関する訴訟につき組合員から任意的訴訟信託を受けていると認められ、これを無効とすべき事由があるとも認め難いから、本訴につき自己の名で訴訟を追行する当事者適格を有するものと認められる。
四 控訴人らの請求についての判断
1 控訴人パナ教育の請求について
控訴人パナ教育が昭和六二年五月、出資金一〇万円を支払いクレジット債権管理組合に加入したこと、平成五年六月一〇日現在の控訴人パナ教育に支払うべき債権回収預り金が八八万四一二三円あったこと、同控訴人が平成五年一〇月六日到達の書面でクレジット債権管理組合から脱退する旨を通知したことは当事者間に争いがない。そうすると、被控訴人は控訴人パナ教育に対し、右債権回収預り金八八万四一二三円を支払うべき義務がある。そして、右出資金一〇万円の返還は、組合脱退に伴う組合員の払戻し請求の趣旨であると認められるところ、脱退当時の組合財産の状況に従った計算において脱退組合員の持分が出資金を下回ることについては、業務執行者たる被控訴人において主張、立証すべきものと解せられるところ、被控訴人は右数額に争わず、また右の点について主張、立証はないから、右出資金一〇万円についても、控訴人の持分相当額としてその返還を求めることができるものというべきである。
また、《証拠略》によれば、平成五年六月一〇日以降も被控訴人は控訴人パナ教育委託の債権回動を行い、控訴人パナ教育に支払うべき額は、平成七年一一月一〇日現在で更に合計五六万九九六八円増加し、合計一四三万三九一二円に上っていることが認められる。そうすると、控訴人パナ教育の請求原因1(五)に記載した回収債権の一部二九万二一二五円の請求についても理由がある。
2 控訴人東和の請求について
控訴人東和が、平成元年一月、クレジット債権管理組合に加入したが、同控訴人が平成五年一〇月六日到達の書面でクレジット債権管理組合から脱退する旨を通知したことは当事者間に争いがない。
五 抗弁について
クレジット債権管理組合の規約九条では、「組合員はいつでも脱退することができる。但し、脱退の事由が業務執行者の責によらない場合は既に弁護士に委任した債権額の二〇パーセントか、又は全受託債権額の一〇パーセント相当額のいずれか業務執行者の選択する金員を支払わなければならないとされている。」ことが認められる。ところで、本件において、被控訴人ないしクレジット債権管理組合は、控訴人パナ教育に対し、同控訴人が解除の意思表示をした平成五年一〇月六日までに、回収債権のうちの八八万四一二三円を支払わなければならないのにそれを支払わない債務不履行があったことはこれまでの説示から明らかである。そして、《証拠略》によれば、控訴人パナ教育は被控訴人ないし組合に対し、債権回収預け金八八万四一二三円の支払を度々催告したのに、一向に支払わないため、脱退したものであることが認められ、これは、実質的には、クレジット債権管理組合ないし被控訴人の債務不履行を理由として組合契約を解除したものと解せられ、右脱退は業務執行者の責による場合であると認められる。そうすると、控訴人パナ教育の再抗弁は理由があり、同控訴人には脱退に当たり全委託債権額の一〇パーセント等の額を支払う義務が生じているとは認めがたく、被控訴人の相殺の抗弁は理由がないといわなければならない。
同じく、《証拠略》によれば、控訴人東和の脱退事由は、同控訴人としては、組合に加入して間も無く債権口数一件、金額六二万余円の債権取立てを依頼したが、被控訴人からは全く債権回収の推移等について報告がなかったことが認められる。そうすると、控訴人東和の脱退もやむを得ない事由があったと認められ、業務執行者の責によらない場合であったとは認めがたい。したがって、被控訴人が控訴人東和に対して一四万〇五五二円の債権を有しているとの主張も採用できない。
六 結論
そうすると、控訴人らの請求は、全部理由があると認められる。そこで、これと異なる原判決を取り消し、控訴人らの請求を主文第二、第三項のとおり認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 田村洋三 裁判官 豊田建夫)