東京高等裁判所 平成8年(ネ)652号 判決 1997年3月12日
神奈川県藤沢市湘南台五丁目三六番地の五
控訴人
元旦ビューティ工業株式会社
右代表者代表取締役
舩木元旦
右訴訟代理人弁護士
鳥海哲郎
同
梅野晴一郎
右輔佐人弁理士
島田義勝
同
水谷安男
東京都新宿区西新宿七丁目七番六号
被控訴人
株式会社日建板
右代表者代表取締役
瀧森清一
右訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙目録(一)記載の横葺き屋根板を用いた屋根の接合部構造を有する屋根板の製造、販売、貸渡し及び譲渡若しくは貸渡しのための展示をしてはならない。
3 被控訴人は、同目録(一)記載の横葺き屋根板を用いた屋根の接合部構造を有する屋根板を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、金三〇五万円及びこれに対する平成四年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 当事者の主張は、以下に削除、訂正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由 第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決五丁裏末行目から一〇丁裏二行目までを削除する。
三 同一〇丁裏三行目から一二丁裏七行目までを次のとおり改める。
「1 イ号物件が本件特許発明の構成要件を充足するか。
(一) 控訴人の主張
イ号物件の構成aないしeは、本件特許発明の構成要件AないしEに該当するので、イ号物件は、本件特許の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害する。
(1) イ号物件の構成c以外の構成が、本件特許発明のC以外の構成要件を充足することについては、争いがないところである。
イ号物件の構成cと本件特許発明の構成要件Cとでは、イ号物件の「前記下部折り返し縁37と前記縁曲げ部39のほぼ中間の位置において折り返し部38と突き合わされる上部折り返し縁41を形成させ」との構成が、本件特許発明の「前記下部折り返し縁37を突き合わせる上部折り返し縁41を形成させ」との構成に該当するかが主要な争点であり、その他の点においてイ号物件の構成cが本件特許発明の構成要件Cを充足することについては、争いがないところである。
ところで、本件特許発明の技術的範囲を定めるに当たっては、本件特許明細書及び図面(以下、図面を含め「本件特許明細書」という。原判決別紙特許公報のとおり。)の特許請求の範囲第1項(独立請求項)、第2項ないし第7項(各実施態様項)及び第1図ないし第4図の各図面に示す一一の構造とを総合的に観察し、軒側成形部の各形状、棟側成形部の各形状、各組み合せ形状等によって、構成要件Cに関する「突き合わせる」構造がいかなる外延を有するのか、換言すれば、本件発明者が当初よりどの技術的範囲までを本件特許請求の範囲として考えていたかを明らかにする必要がある(控訴人作成の甲第二五号証の二の図面参照)。
<1> 本件特許発明における下部折り返し縁37と上部折り返し縁41とを突き合わせるという場合の「突き合わせる」とは、二つのものを近づけることであり、必ずしも「つけ」た状態を意味するものではなく、二つのものの間に距離が存在する状況を包含する。
また、「突き合わせる」と同義の「向かい合わせる」とは、あくまで二つのものが正対することであり、必ずしも接触することを意味するものではなく、「突き合わせる」各部材間に直接的な介在物がないままの「状態で少しの間隔を有する場合を予定ないし包摂した概念である(甲第一五ないし第一八号証、第二六号証)。
このことは、建築の技術分野における公開実用新案公報及び公開特許公報(甲第二四号証の一ないし一七)における「突き合わせる」という用語の使用例などからみても、明らかである。
<2> 仮に、「突き合わせる」が、ある物とある物とが接触することを意味するとしても、そもそも「縁」とは、例えば「物の端の部分。また、物のまわりの、ある幅をもった部分」と定義されている(甲第二六号証)ように、特定の一点を意味する言葉ではなく、一定の範囲を持つ「幅をもった部分」を意味するのである。
したがって、本件特許請求の範囲第1項の「下部折り返し縁を突き合わせる上部折り返し縁」に示される技術は、何も点と点とが一点において合致するような技術ではなく、ある程度の幅を有する二つの「縁」と「縁」という各部分が、「突き合わされる」ものである。
<3> 本件特許発明の目的の一つが、風雨、砂、泥及び塵埃などの浸入を効果的に防止することにあることはいうまでもない。そして、雨水などの浸入を効果的に排除できるのは、突き合わせ接合部46が面板部32からオーバーハング状に立ち上がった部分に位置されていること、その立ち上がり基部に水捌き空間部50が存在すること等によるものであり、この点は突き合わせ接合部に少しばかりの間隔があっても同様である。
本件特許請求の範囲第1項の文言及びその他本件特許明細書の「発明の詳細な説明」中のいずれにおいても、雨水の浸入を防ぐのは、「突き合わせ接合部」を一つの点として密着させることにのみよるとの技術的思想は開示されていない。
<4> イ号物件の構成cと本件特許発明の構成要件Cとでは、本件特許発明にいう下部折り返し縁37と上部折り返し縁41との突き合わせの位置が、イ号物件においては縁曲げ部39のほぼ中間の位置にあるという点で異なるといえるが、それはわずかの差であり、イ号物件においても、点37の周辺を意味する「下部折り返し縁」部分と、点41の周辺を意味する「上部折り返し縁」部分とが、「突き合っている」関係にあるといえるから、イ号物件の構成cは本件特許発明の構成要件Cを充足するというべきである。
(2) また、本件特許請求の範囲第7項に記載されている実施態様項は、「棟側成形部の立上り部に形成される突出形状部は、下部折り返し縁に近付けた部分に平坦面部を残して、その立上り基部側に少なくとも一つの立上り段部を有する構成とし、前記棟側成形部の平坦面部に対し、軒側成形部の立下り部内側の下端部に沿って形成した起立部を軒側から覆うように突き合せたことを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の横葺き屋根板を用いた屋根の接合部構造。」であり、そこには下部折り返し縁と上部折り返し縁との間に間隔のある発明が開示されているから、この点からみても、イ号物件は、本件特許の技術的範囲に含まれるというべきである。
もとより、特許発明の技術的範囲を定めるに当たっては、独立請求項(必須要件項)の記載が基礎とされるべきは当然である。しかし、本件特許発明には、独立請求項の他に実施態様項第7項が存在し、実施態様項は独立請求項を技術的に限定して具体化したものであるから、やはり本件特許の技術的範囲の内包をなすものとして、これを無視することは許されない。
前述したとおり、本件特許請求の範囲第1項に記載されている技術は、何も点と点が一点において合致するという限定された技術ではなく、ある程度の幅を有する部分である二つの「縁」と「縁」とが「突き合わされる」ものなのである。そして、そのように独立請求項を広く捉えた場合、実施態様項第7項で示された下位概念の発明及び第4図cに示される実施例(以下、実施態様項第7項ないしその実施例を「第7実施例」と称することがある。)の具体的構成をあるがままに素直に見れば、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41との間に間隔のある発明が開示されているという他ない。例えば、第4図cを見ても、37、36c、46a等の数字で示される幅のある部分である「下部折り返し縁」と、40c及び41辺りを意味する幅のある部分である「上部折り返し縁」が、「突き合わされている」ものと理解できることは明らかである。」
四 同一二丁裏八行目の「後記再反論において、」を削除する。
五 同一三丁裏一行目を削除し、以下のとおり付加する。
「(二) 被控訴人の主張
(1) 本件特許発明においては、構成要件Cにおいて、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41とを「突き合わせる」ことが必須の要件となっているのに対し、イ号物件においては、原判決別紙目録(一)の第3図からも明らかなように、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41とは、距離を置いて隔てられており、「突き合わせる」関係にない。したがって、イ号物件は、本件特許発明の構成要件Cを充足せず、本件特許を侵害しない。
<1> 控訴人は、国語辞典(甲第一五ないし第一八号証、第二六号証)を根拠に、「突き合わせる」には「向かい合わせる」との意味があり、それは必ずしも二つの物が接触している場合に限られない旨主張するが、本件においては、本件特許発明の「突き合わせる」の技術的意味が重要なのであって、単に「突き合わせる」あるいは「向かい合わせる」の国語的意味から、一般的に検討しても、意味のないことである。
控訴人の右主張を前提にしても、イ号物件における下部折り返し縁37と上部折り返し縁41は、折り返し部38に沿って横にずれて離れているのであって、両者は正対せず、「向かい合わせ」られていないのであるから、「突き合わせる」の関係を満たしていない。
「建築」の技術分野の出願であれば、同じ言葉はすべて同じ意味に使われているという控訴人の主張は、全く根拠のないものである。
<2> 「縁」が厳密な数学的な意味での「点」を意味するものでないことは明らかである。しかし、控訴人の主張によれば、「縁」すなわち「幅のある一定の範囲」とは、結局、「下部折り返し縁」については、「立下り部」と「折り返し部」を合わせた部分をいい、「上部折り返し縁」については、「突出形状部」と「受け入れ部」を合わせた部分ということになるが、「幅のある一定の範囲」をこのように解釈することは、「立下り部36」や「折り返し部38」と「下部折り返し縁37」、あるいは「突出形状部40a」や「受け入れ部42」と「上部折り返し縁41」とを区別しないことになり、それは特許請求の範囲第1項の記載と全く相容れない解釈となる。
<3> 本件特許発明の目的が雨水等の浸入防止であることからも、本件特許発明が下部折り返し縁37と上部折り返し縁41を間隔を置いて向き合う状態で配置することを予定しているとは解釈できない。実際の屋根では、施工上の不具合から縁と縁の間にすき間が生じてしまうことはあるとしても、雨水などが浸入しないように、突き合わせ端面は基本的に接触しているのであり、設計上下部折り返し縁37と上部折り返し縁41の間に少し間隔をあけて上下の屋根板を配置する接続構造などは考えられない。
本件特許発明の実施例を示す各図においても、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41は当然接触する状態で描かれている。
なお、第4図cでは、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41の表示は離れた位置に記載されているが(この点は、後記のとおり、本件特許発明の実施例としては失当である。)、突き合わせ接合部46及び折り返し部38と受け入れ部42では他の図と同様、二つの屋根は接触している。
(2) 実施態様項第7項は、特許請求の範囲第1項に従属しているのであるから、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41の位置関係について、同第1項に記載されている内容に反するものとはなりえない。
そして、そもそも、控訴人の主張によっても、「突き合わせる」は「向かい合わせる」と同義であり、「二つのものが正対すること」を意味するのであるから、第4図cにおいて、36cの下端と40cの下端の組み合わせのみが「突き合わせた」関係にあり、他の組み合わせである下部折り返し縁37と上部折り返し41の位置関係は、およそ「突き合わせる」には該当しない。」
六 同一三丁裏二行目の「(1)」を「(3)」と改め、同七行目の「(2)」、同一四丁表五行目の「(3)」、同丁裏三行目の「(4)」をいずれも削除する。
七 同一四丁裏九行目から一六丁表五行目までを以下のとおり改める。
「2 仮にイ号物件が本件特許発明の構成要件を充足しないとしても、均等物か。
(一) 控訴人の主張
(1) 仮に、イ号物件が本件特許発明の構成要件の一部を充足しないとしても、均等物と評価すべきである。
均等と評価すべき要件としては、
<1> 解決すべき技術課題及びその基礎となる技術思想が特許発明と対象物品において変わるところがないこと。
<2> 対象物品が特許発明の奏する中核的な作用効果をすべて奏すること。
<3> 対象物品の一部の異なる構成は、それに基づいて顕著な効果を奏する等の格別の技術的意義が認められないこと。
<4> 出願当時の技術水準に基づくとき、その一部の異なる構成に置換することが可能であること。
の四つである。
(2) 解決すべき技術課題の同一性
本件特許発明及びイ号物件の目的は、共に、軒側、棟側各成形部の外部に露出される係合突き合わせ部での風雨、並びに砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に防止しうる成形部を備えた屋根の接合部構造を提供することにあり、全く同一の問題を技術的課題としており、技術思想も同一である。
(3) 中核的な作用効果の同一性
本件特許発明及びイ号物件の中核的な作用効果は、共に、
<1> 接合部が面板部から上部に位置することによる防水及び防塵
<2> オーバーハング状の立上り部が風雨に方向性を与えることによる防水等
<3> 減圧空間部を構成することによる防水
にあり、両者が同一であることに議論の余地はない。
(4) 格別の技術的意義の不存在
仮に、本件特許発明においては、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41とが接触しており、イ号物件の構成cにおいては、上部折り返し縁41が、下部折り返し縁37と折り曲げ部39のほぼ中間の位置において折り返し部38と接触しているとした場合、両者の違いは、本件特許発明においては、点37と点41とが接触しているのに対し、イ号物件においては、点37と点38との間に距離があるというに過ぎない。換言すれば、軒側成形部における折り返しが、短い(本件特許発明)か、長い(イ号物件)かの差しかなく、他の点は全く同一なのであって、両者間には僅かな差異しかない。
そして、このわずかな差異には、格別の技術的意義は存しない。
(5) 置換可能性及び置換容易性
上記構成上の僅かな差異の意味は、イ号物件は、本件特許発明における棟側成形部を、オーバーハング状に立ち上げた立ち上がり部の水捌き空間の延長上に軒側に伸長させたものに過ぎないのである。
特にこの点は本件特許における実施例第4図cを参照すると一層明らかであり、第4図cにおいて、46aに示される点と点37を結んだ直線を若干延長すれば、それがすなわち、イ号物件そのものとなるのである。そして、本件特許の基本的な技術的思想は、立上り部をオーバーハング状に形成することにより風雨を捌くことにあるから、この風雨の進行方向に点46aと点37を若干延長することを思いつくなど、当業者にとっては何らの難事ではない。
(二) 被控訴人の主張
(1) 均等論は、特許請求の範囲の記載文言に従って権利範囲を定めるという原則に対し、例外的に適用されうるもので、本件特許発明は、そのような例外的保護に値するような発明ではないから、均等論の適用の余地がない。
本件特許発明出願前の公知技術を示す実開昭四八一〇〇三一〇号公報(乙第二号証)において、屋根板の軒側成形部には立上り部があり、その立上り基部に水捌き空間が存在して、係合突き合わせ部が屋根板の面板よりも高い位置にある構成となっている。右実用新案公報自体には、本件特許明細書に記述されているような目的、作用効果は記述されていないが、右実用新案公報の第2図の屋根板接続構造自体がそのことを示している。したがって、控訴人が本件特許発明の中核的技術思想であるという内容自体は、公知の屋根板接続構造によって具現されているものにすぎない。
(2) 本件特許発明においては、下部と上部の折り返し縁が突き合わされているのに対し、イ号物件では両者が離れていることは、イ号物件では屋根板の軒側成形部の先端から棟方向に奥行きのある空間部が存在することを意味する。そして、上下屋根板の突き合わせ部は、本件特許発明のように外部に露出される位置ではなく、前記空間部の奥まった天井部の位置にある。
このような構成上の相違のために、イ号物件では、突き合わせ接合部に雨やほこり等がはいりにくい。これに対し、本件特許発明の構成は、イ号物件に比べ突き合わせ接合部が外部に露出しているので、突き合わせ接合部の隙間から雨やごみが入りやすい等の作用効果の差異があるほか、イ号物件では、本件特許発明におけるような、接合部が風によって開くとか、雪解け水の水位が上がった場合奥まった空間の内部にまで水が浸入するなどの不都合はない。
(3) 以上のとおり、本件特許発明の構成とイ号物件の構成では、その構成上の相違によりそれぞれ作用効果が異なり、両者が置換可能であるとはいえないし、置換容易でもない。
八 同一六丁六行目の「4」を「3」と改める。
第三 証拠
原審及び当審における各書証目録の記載を引用する。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却すべきであると判断する。
その理由は、以下に削除、訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由第三 争点に対する判断」と同一であるからこれを引用する。
1 原判決一七丁表七行目から二一丁裏七行目までを削除する。
2 同二一丁裏八行目の「二」を「一」に改める。
3 同二三丁裏四行目から末行目までを以下のとおり改める。
「さらに、本件特許発明の目的の一つが、風雨、砂、泥及び塵埃などの浸入を効果的に防止することにあることは、当事者間に争いがない。
この点に関して、控訴人は、雨水などの浸入を効果的に排除できるのは、突き合わせ接合部が面板部からオーバーハング状に立ち上がった部分に位置されていること、その立ち上がり基部に水捌き空間部が存在すること等によるものであり、この点は突き合わせ接合部に少しばかりの間隔があっても同様である旨主張する。
確かに、本件特許明細書(甲第二号証の一、本件特許公報)には、従来の金属鋼板製の横葺き屋根板を用いた屋根の接合部構造が、「軒側、棟側各成形部の係合突き合せ部が、面板部の面上に直接、接触するように位置して構成され、しかも、この係合突き合せ部は、必然的に同面板部からほゞ直角に立上る内角部の隅角に存在する」(同5欄33~37行)構造となっていたため、「面板部に与えられた屋根勾配に沿つて吹き上げられる風雨が・・・前記内角部の隅角に露出されている係合突き合せ部に集中して吹き当てられることになり」(同5欄38~42行)、「軒側、棟側各成形部の外部に露出される係合突き合せ部での風雨、ならびに砂、泥、塵埃などの浸入」(同6欄19~21行)という問題点を有したことに鑑み、これを効果的に防止するため、本件特許発明においては、「前記棟側成形部には、内側ヘオーバーハング状に突出する立上り部を立上げて、その立上り基部に水捌き空間部を抱え込んだ突出形状部を形成させた」(同6欄36~39行)等の構造を採用した旨説明されていることが認められる。
しかし、右従来技術の問題点は、「軒側、棟側各成形部の係合突き合せ部が、面板部の面上に直接、接触するように位置して構成され、しかも、この係合突き合せ部は、必然的に同面板部からほぼ直角に立上る内角部の隅角に存在する」という構造に由来するものであり、この問題点を解決するために、その棟側成形部に「立上り部を立上げて」係合突き合せ部が面板部の面上に直接、接触しないようにした構造は、実開昭四八-一〇〇三一〇号公報(乙第二号証)に開示されている考案においても採用されている構造であることは同公報第2図により明らかである。また、同図には、この立上り部は面板部の面上から垂直に立ち上がっているように図示されているが、面板部に与えられた屋根勾配を考慮すると、この立上部はその立上り基部に水捌き空間部に相当する空間を構成することが認められる。したがって、突き合わせ接合部を面板部から立ち上がった部分に位置させ、その立ち上がり基部に水捌き空間部を存在せしめる技術思想は、本件特許発明の原出願日より一〇年以上前からの公知の技術に示された技術思想にすぎない。また、右公報の第2図によれば、この公知技術において、軒側成形部の立下り部を立ち下げて形成した下部折り返し縁に相当する箇所と棟側成形部の立上り部を外側に折り曲げて形成した上部折り返し縁に相当する箇所は隔たって位置し、また、軒側、棟側各成形部の接合部は、本件特許発明のように外部に露出される位置ではない点において、本件特許発明とは異なることが認められる。
この公知技術を前提として、本件特許発明をみると、本件特許明細書においては、図面第1、第2図に示す本件特許発明の第1実施例につき、「その立上り部40に立下り部36が連続して連接され、それぞれの両折り返し縁41、37が相互に突き合わされて突き合せ接合部46を形成するように」(同8欄36~39行)係合接続させる構造をとることにより、「同係合突き合せ接合部46からの風雨、それにこの風雨に伴なつた砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に排除できる」(同10欄20~22行)作用効果を奏すると記載され、上部折り返し縁41と下部折り返し縁37が相互に突き合わされて、突き合わせ接合部46を形成することにより、突き合わせ接合部46からの風雨及びこれに伴った砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に排除できると説明され、これを前提に、図面第3図aないしc及び第4図aないしdに示されている第2ないし第8実施例が、「第1実施例の構成における立上り部40での突出形状部の変形例として」(同11欄25~27行、12欄8~10行)説明されている。
この本件特許明細書の記載によれば、第2ないし第8実施例は、第1実施例における立上り部40での突出形状部の変形例にすぎず、その上部折り返し縁41と下部折り返し縁37が相互に突き合わされて、突き合わせ接合部46を形成する構成においては、第1実施例と異ならないものとして説明されていることが明らかである。
このように、本件特許明細書に記載されている本件特許発明のすべての実施例が、その上部折り返し縁と下部折り返し縁が相互に突き合わされて、突き合わせ接合部を形成する構成を有し、この構成により風雨及びこれに伴った砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に排除できることと説明されているのであって、この場合、両折り返し縁の間に間隙があるとすると、この突き合わせ接合部に風雨が吹き当たれば、風雨及びこれに伴った砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に排除することができないことは自明であるから、本件特許発明の構成要件Cにおける「下部折り返し縁を突き合せる上部折り返し縁を形成させ」との構成は、両折り返し縁が相対し相互に突き合う関係で密着していることをいうと解するのが、本件特許発明の技術的思想に即した技術的意味であるというべきである。
なお、図面第4図cについては、後に判断する。」
4 同二四丁表一行目から二六丁表七行目を以下のとおり改める。
「(三) 控訴人は、「突き合わせる」ないしはこれと同義の「向かい合わせる」とは、二つのものが正対することであり、必ずしも接触することを意味するものではなく、「突き合わせる」各部材間に直接的な介在物がないままの状態で少しの間隔を有する場合を予定ないし包摂した概念である旨、また、このことは建築の技術分野における「突き合わせる」という用語の使用例からも明らかである旨主張する。
しかし、本件特許発明において、「突き合わせる」のは下部折り返し縁と上部折り返し縁であり、この両折り返し縁が密着していないとすれば、風雨及びこれに伴った砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に排除するという本件特許発明の目的を達成できないことは、前示のとおりである。
控訴人が右主張を根拠づける文献として挙げる甲第一五ないし第一八号証、第二四号証の一ないし一五、第二六号証において、各部材間に直接的な介在物がないままの状態で少しの間隔を有する場合をも「突き合わせる」と表現しているのは、いずれも両部材が密着しなければならない必要性がない場合にすぎず、このような場合を例として、右密着することが必須である本件特許発明における「突き合わせる」との意味を理解しなければならない理由がないことは、明らかである。
なお、甲第二四号証の一六、一七には、「突き合わせ」の例として、横屋根板部材の各突き合わせ端面に形成した端縁折曲部同士を突き合わせる構造が開示されていることが認められ、仮にこれを「二つの物を向かい合わせにして近づける」態様として理解しても、これらはいずれも、向かい合わせにされる二つの端縁折曲部同士が正対し、極めて近接した位置にあることが要求されており、一つの横屋根板部材の端縁折曲部が他の横屋根板部材の端縁折曲部以外の箇所に対している場合を、「突き合わせ」と表現しているのではない。
さらに、「縁」が厳密な意味での「点」を意味するものでないことはその字義から明らかであるが、本件特許請求の範囲第1項の記載によれば、下部折り返し縁は、軒側成形部において、立下り部を立下げた後、さらに折り返して折り返し部を形成するための、その立下り部と折り返し部とを折り返して分かつ箇所に形成された縁を指し、また、上部折り返し縁は、棟側成形部において、突出形状部を形成した後、さらに折り返して受け入れ部へに至る折り返しの箇所に形成された縁を指すことが認められ、このような「折り返し縁」が、下部折り返し縁については、折り返し部の部分、上部折り返し縁については、受け入れ部にまで延在する部分を含む範囲の意味で用いられているとは、到底認められない。
他方、イ号物件の構成cにおいては、原判決別紙目録(一)の第3図からも明らかなように、下部折り返し縁37と縁曲げ部39のほぼ中間の位置において折り返し部38と突き合わされる上部折り返し縁41を形成させているものであるから、下部折り返し縁37と上部折り返し縁41とは、相当の距離を置いて隔てられており、両者は正対していないし、極めて近接した位置にもないことは明らかである。
したがって、イ号物件の構成cは本件特許発明の構成要件Cを充足せず、本件特許請求の範囲第1項から、イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するとの控訴人の主張は理由がないというべきである。」
5 同二六丁表八行目の「2 第7実施例との関係について」を「2 実施態様項第7項及び第7実施例との関係について」と改める。
また、同丁表九行目、同丁裏一〇行目、同二七丁表四行目から五行目及び一〇行目の各「第7実施例」を「実施態様項第7項」と、同丁表二行目の「実施例」を「実施態様項」と、それぞれ改める。
6 同二七丁裏五行目の冒頭に、「この実施態様項第7項は本件特許発明の第7実施例の構成を実施態様項として特許請求の範囲に記載したものであると認められるところ、」を、同八行目の「認められる」の次に、「(甲第二号証の一、12欄25~35行)」を各加える。
7 同二八丁表一〇行目から二九丁表五行目までを以下のとおり改める。
「しかし、本件特許明細書には、第4図cに示す第7実施例につき、「係合突き合せ部46を下向きにしたもので、こゝでも前各実施例と同様な作用、効果を得られるほかに、下向きの係合突き合せ部46としたので、同係合突き合せ46への直接的な風雨の吹き込みを避けて雨水のはけを良くし」(甲第二号証の一、12欄29~34行) と記載されているとおり、下向きの係合突き合せ部46(同第4図cでは46a)が他の実施例における突き合せ接合部46と同じ作用効果を持つものであることが示されているのであるから、下部折り返し縁と上部折り返し縁との間に間隔を置く構成を特に開示したものということはできず、また、その下部折り返し縁37が折り返し部38の部分、上部折り返し縁41が受け入れ部42にまで延在する部分を含む範囲の意味で用いられているとは、到底認められない。」
8 同二九丁表六行目及び同丁表末行目から同丁裏一行目にかけての各「第7実施例」をいずれも「実施態様項第7項」と改める。
9 同二九丁裏五行目から同三〇丁裏五行目までを以下のとおり改める。
「二 イ号物件が均等物であるとの控訴人の主張について
1 本件特許発明及びイ号物件の目的は、共に、軒側、棟側各成形部の接合部での風雨、並びに砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に防止できる成形部を備えた屋根の接合部構造を提供することにあり、同一の問題を技術的課題としていることは、被控訴人も明らかに争わないところである。
2 しかし、イ号物件は、「前記下部折り返し縁37を突き合わせる上部折り返し縁41を形成させ」という点において、本件特許発明の構成要件Cを充足しないことは、前示のとおりである。
そして、イ号物件において、下部と上部の折り返し縁が離れていることは、屋根板の軒側成形部の先端から棟方向に奥行きのある空間部が存在し、上下屋根板の突き合わせ部は、本件特許発明のように外部に露出される位置にはなく、前記空間部の奥まった天井部の位置にあることを意味するものといえる。
他方、本件特許発明と、被控訴人の引用する公知技術である前示実開昭四八-一〇〇三一〇号(乙第二号証)に記載された考案とを比較すると、両者は、本件特許明細書に本件特許発明が従来例の問題点を解決するための構成として説明している「棟側成形部には、内側へオーバーハング状に突出する立上り部を立上げて、その立上り基部に水捌き空間部を抱え込んだ突出形状部を形成させた」構造のうち、突き合わせ接合部を面板部から立ち上がった部分に位置させ、その立ち上がり基部に水捌き空間部を存在せしめる構造を採用している点において変わりはなく、両者の主たる相違点は、右構造を前提として、本件特許発明の構成要件Cのうち、立上り部が内側へオーバーハング状に突出する」構成と「前記下部折り返し縁を突き合わせる上部折り返し縁を形成させ」る構成に関するものであり、この公知技術において、軒側成形部の立下り部を立ち下げて形成した下部折り返し縁に相当する箇所と棟側成形部の立上り部を外側に折り曲げて形成した上部折り返し縁に相当する箇所は隔たって位置し、また、軒側、棟側各成形部の接合部は、本件特許発明のように外部に露出される位置ではない点において、本件特許発明とは異なることは前示のとおりである。
すなわち、公知技術も軒側、棟側各成形部の接合部での風雨、並びに砂、泥、塵埃などの浸入を効果的に防止できる成形部を備えた屋根の接合部構造という点においては本件特許発明と同じであるが、その軒側、棟側各成形部の接合部の構成において、下部折り返し縁と上部折り返し縁が相互に突き合わされて突き合わせ接合部を形成する本件特許発明とは、その技術的思想を異にする構成を採用しているものというべきである。
そして、イ号物件と右公知技術とを比較すると、下部と上部の折り返し縁が離れている点において両者は共通し、また、軒側、棟側各成形部の接合部は、本件特許発明のように外部に露出される位置ではないという意味において、イ号物件は公知技術の延長上にあるものということができる。
3 そうすると、本件特許発明が、主として構成要件Cに関する構成によって、公知技術との相違点が認められるのに対し、イ号物件は、構成要件Cの構成の一部を充足しないことにより、本件特許発明と技術手段を異にし、かつ、公知技術と課題解決のための技術的思想を共通にし、その延長上にあるものというべきである。したがって、公知技術と相違することにより特許性が認められた本件特許発明の構成要件を、公知技術と共通し、その延長上にある構成について、置換可能で置換容易であるとして、イ号物件を本件特許発明と均等物であるとすることは相当でない。
結局、イ号物件は、本件特許を侵害するものとは認められない。」
二 よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であるから、控訴人の本件控訴を棄却すべきであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)