東京高等裁判所 平成8年(ラ)1155号 決定 1996年8月09日
抗告人 有限会社日生クリエイト
右代表者代表取締役 川本益代
右代理人弁護士 石田裕久
相手方 株式会社共同債権買取機構
右代表者代表取締役 金澤彰
右代理人弁護士 兼松健雄
主文
本件執行抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨は、「『原決定を取り消す。』との裁判を求める。」というものであり、抗告の理由の要旨は、次のとおりである。
1 原決定別紙物件目録(1)ないし(5)記載の各土地(以下「本件土地」という)については、平成八年四月二日に競売開始決定がされたが、同目録(6)記載の建物(以下「本件建物」という。)は、本件土地の所有者である株式会社日ソ貿易(以下「日ソ貿易」という。)に対しつなぎ融資をした日本コージーホームズ株式会社(以下「コージーホームズ」という。)が、その債権回収のために、右開始決定前に日ソ貿易との間で本件土地につき短期賃貸借契約を締結した上建築したものであり、日ソ貿易及びコージーホームズに執行妨害の事実もその意図もない。
2 抗告人は、コージーホームズの依頼により、平成八年四月一五日、同社の子会社であり本件建物の登記名義人である有限会社クニ・コーポレーションに七五〇〇万円を貸し付けた際、本件建物に譲渡担保の設定を受け、これを原因とする所有権移転登記を経たものであり、本件建物を占有、使用しているわけではなく、抗告人に執行妨害の事実もその意図もない。
3 前記1のとおり、コージーホームズと日ソ貿易との間の本件土地の賃貸借契約は本件土地についての競売開始決定前に締結されており、本件建物の保存登記も右開始決定前にされているから、本件建物は、売却のための保全処分の対象とはならない。
二 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 日ソ貿易は、平成三年七月一一日、コージーホームズから本件土地を代金三二億二〇〇〇万円で買い受けたが、生泉興産株式会社(以下「生泉興産」という。)は、同日、日ソ貿易に対し、右代金支払のため二〇億円を貸し渡し、更地であった本件土地につき極度額を二四億円とする順位一番の根抵当権の設定を受けた。また、コージーホームズは、同日、日ソ貿易に対し九億五〇〇〇万円を貸し渡し、この債権を担保するため本件土地につき順位二番の抵当権の設定を受けた。
生泉興産と日ソ貿易との間の右貸借においては、元金は、平成五年五月から同二八年二月までの三か月毎の各一五日に二一〇〇万円ずつ、同年五月一五日に六八〇〇万円を弁済し、利息は、年一〇・一パーセントの割合として、借入日及び平成三年八月から三か月毎の各一五日に次回支払日までの分を前払いする約定であったが、日ソ貿易は、平成五年五月一五日、右元利金の分割弁済を遅滞し、約定に基づき期限の利益を失った。その後、日ソ貿易は、右貸金につき、同年六月三〇日に五〇〇〇万円、同年八月一六日に三五〇〇万円、同年一一月一五日に二九〇〇万円、平成六年二月二八日に一二五〇万円及び同年五月一六日に五〇〇万円を弁済し、生泉興産との合意により、右各金員は元金に充当された。
(二) 前記根抵当権については、平成六年九月五日に元本が確定し、生泉興産は、同日、右抵当権によって担保された日ソ貿易に対する前記貸金債権を住友生命保険相互会社に譲渡し、同社は、同月二九日、これを更に相手方に譲渡した。
その後、日ソ貿易からは、右貸金元金につき一〇万円ずつ四回、合計四〇万円の弁済があり、平成八年四月一六日現在の前記貸金の残元金は一八億六八一〇万円である。
(三) 平成七年二月ころ、更地である本件土地を活用するため、日ソ貿易がこれを建設会社に資材置場として賃貸する交渉が進められ、抵当権者である相手方もこれを了承したが、コージーホームズの代表者が反対し、逆に本件土地を同社に賃貸するよう求めた。そして、同年一〇月二六日付けで、日ソ貿易がコージーホームズに対し本件土地を同年一二月一日から五年間、賃料月額二〇万二五〇〇円、権利金二億九五六万七〇二九円の約定で賃貸する旨の契約書が作成され、さらに、後記の建築確認申請がされた後である平成八年一月五日付けで、右期間を同日から五年間、賃料月額を四五万円、権利金を一億三〇〇〇万円と改めた契約書が作成されたが、右各契約書記載の賃料又は権利金が現実にコージーホームズから日ソ貿易に支払われたことはない。また、本件土地の第一順位の抵当権者である相手方や相手方のために交渉の窓口となっていた生泉興産は、コージーホームズはもとより日ソ貿易側からも、右各契約書の作成について全く知らされなかった。
(四) コージーホームズは、前記平成七年一〇月二六日付けの契約書が作成されたころ、有川工業株式会社(以下「有川工業」という。)に本件建物をできるだけ早く建築するよう依頼し、同社は、更に右建築を中央ハウス工業株式会社に発注した。同社は、建物を極めて短期間で建築することを得意とする業者である。そして、同年一二月一八日、コージーホームズの代表者の名で本件建物の建築確認申請がされ、平成八年二月一四日に建築確認がされたが、中央ハウス工業株式会社は、同月一〇日に基礎工事に着手し、本件建物の本体部分の建築には僅か二日程度を要したのみで、同月一七日には本件建物をほぼ完成させた。
本件建物については、平成八年二月二一日に同月一八日の新築を原因として表示登記がされ、同月二八日、有川工業の名で保存登記がされた。本件建物は、登記上、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建の倉庫・事務所とされ、建築確認申請では、一、二階が倉庫、三階が物品販売・卸用事務所とされているが、窓が小さい上に数が少なく、しかもその位置が高いなど、地下鉄駅(都営新宿線森下駅)の出口が設置された、大通りの交差点の角に位置する建物としては、異例な外観を有している。
(五) 相手方は、平成八年三月二八日、前記抵当権に基づき本件土地の競売を申し立て、同年四月二日にその競売開始決定がされ、同日、差押えの登記がされた。
他方、本件建物については、右本件土地の差押えの効力発生後である平成八年四月一六日付けで、真正な登記名義回復を原因として有川工業から有限会社クニ・コーポレーション(以下「クニ・コーポレーション」という。)への所有権移転登記がされ、さらに、同日付けで、同月一五日の譲渡担保を原因として、同社から抗告人への所有権移転登記がされている。クニ・コーポレーションは、コージーホームズの一〇〇パーセント子会社である。そして、右移転登記後、抗告人の代理人と称する者が、生泉興産の担当者方を訪れ、本件土地についての相手方の前記抵当権設定登記の抹消につき交渉を申し入れた。
2 右認定の事実に基づき抗告人に対する本件保全処分の申立について検討する。
(一) まず、本件建物は更地であった本件土地上に建築されたものであり、また、本件土地の競売手続上、買受人が本件土地についての引渡命令によって本件建物の収去を求めることはできないから、右建築行為は、本件土地の競売手続における買受希望者を減少させ、本件土地の売却価額を著しく減少させるものであることは明らかである。そして、担保権の実行としての競売手続につき民事執行法一八八条により同法五五条を準用する場合、同条の保全処分の対象となる行為には、競売開始決定の後のものに限らず、抵当権の被担保債権について債務者が履行を怠り債権者による抵当権の実行が容易に想定される状況において、かつ、後に現実にされた抵当権の実行に近接する時期にされた行為も含むと解すべきであり、本件建物の建築行為は、これに該当するというべきである。また、同条の保全処分の対象となる者には、債務者(所有者)及びその占有補助者のみならず、これらの者と同視し得る者を含むと解すべきである。
そこで、本件建物を建築したコージーホームズ、さらには本件建物の現所有名義人である抗告人が、右の債務者(所有者)又はその占有補助者と同視し得る者に当たるか否かを判断する。
(二) 抗告人は、コージーホームズは本件土地につき日ソ貿易と短期賃貸借契約を締結し、これに基づきパチンコ店を開業する目的で本件建物を建築したと主張する。
確かに、日ソ貿易とコージーホームズとの間で本件土地につき期間を五年と定めた賃貸借契約書が作成されていることは前記のとおりであるが、これに基づくコージーホームズの賃借権につき、本件土地についての差押えの効力発生前に対抗力が具備されたことを認めるに足りる資料はない(前記のとおり、本件土地上に建築された本件建物については、有川工業の名で保存登記され、本件土地の競売開始決定後に、クニ・コーポレーション及び抗告人に順次所有権移転登記がされている。)から、コージーホームズの賃借権は、短期賃貸借としても本件競売事件における本件土地の買受人に対抗できないものである。のみならず、前記のとおり、本件土地の所有者である日ソ貿易は、平成五年五月から本件土地の第一順位の抵当権者である生泉興産に対する債務の履行を怠るようになり、右各契約書が作成された平成七年一〇月及び平成八年一月当時には、その履行をほとんどしておらず、早晩、抵当権の実行を受けることは免れない状況にあったこと、コージーホームズは、日ソ貿易に対し前記契約書に記載された賃料及び権利金を現実には支払っていないこと、本件建物は異例の速さで建築され、その構造も、そのままでは到底パチンコ店舗に使用することはできないと考えられるものであって、競売開始決定前に取り敢えず本件土地の占有を確保するために建築されたと推認できるものであることに照らせば、日ソ貿易とコージーホームズとの間の本件土地賃貸借契約及び同契約を基礎とするコージーホームズによる本件建物の建築は、本件土地の正常な利用を目的としたものではなく、右賃貸借契約の締結に応じた本件競売手続における債務者であり所有者である日ソ貿易の直接の容認、関与の下に、コージーホームズが抵当権者による抵当権の実行に備えて本件土地の占有を確保し、競売手続を妨害するか、廉価での買受けを図るなど、不当な目的をもってされたものであると認めることができる。
そうすると、コージーホームズは、本件競売手続における債務者で、かつ所有者である日ソ貿易から、本件土地につき賃借権の設定を受け本件建物を建築したが、その本件土地占有権原は、買受人に対抗できず、かつ法的な保護に値しないものであるから、コージーホームズは、本件競売手続における債務者(所有者)である日ソ貿易の占有補助者と同視し得るものとして、民事執行法五五条の保全処分の対象となるというべきである。
(三) 次に、抗告人が譲渡担保を原因として本件建物の所有権移転登記を得ていることは前記のとおりであるが、右登記は、本件土地について差押えの効力が発生した後にされたものであり、かつ、登記上の前主であるクニ・コーポレーション、前々主である有川工業に本件土地の占有権原があったことについては資料が全くなく、また、本件建物を建築し、抗告人がその融資の実質的な相手方であると主張するコージーホームズの本件土地の占有権原が保護に値しないものであり、同社自体が民事執行法五五条の保全処分の対象となり得ることは前記のとおりである。さらに、既に説示の経緯よりすれば、抗告人は、前記賃借権の設定と本件建物の建築が極めて不自然であること、ひいては、コージーホームズの占有権原が保護に値しないものであることを知っていたものと推認できる。
右の諸点を考慮すると、本件建物につき譲渡担保権者として所有権移転登記を得ている抗告人もまた、コージーホームズと同様に、本件競売手続上債務者(所有者)である日ソ貿易の占有補助者と同視し得る者とみるに妨げなく、民事執行法五五条の保全処分の対象となるというべきである。
抗告人は、譲渡担保権者にすぎず、本件建物につき何ら占有を有しないから本件建物の収去又は本件土地からの退去を命じられる理由はない旨主張する。
しかし、譲渡担保権者も対外的には所有者とみなされ、建物について譲渡担保権が設定されている場合、その敷地所有者が土地所有権に基づき当該建物の収去を求めるには、譲渡担保権者に対してしなければならない。また、抗告人は本件建物を所有することにより本件土地を占有しているとみることができるから、抗告人に対し執行法五五条一項に基づく保全処分として本件土地からの退去を命じ得ることも当然である。
三 結論
よって、相手方の抗告人に対する本件保全処分の申立てを認容した原決定は正当であり、本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 田村洋三 鈴木健太)