東京高等裁判所 平成8年(ラ)1246号 決定 1996年12月20日
抗告人 福井幸恵
相手方 福井忠雄
主文
1 原審判を取り消す。
2 相手方は、婚姻費用の分担として、平成7年11月から別居解消又は婚姻解消に至るまで、毎月8万円を毎月末日限り抗告人に持参又は送金して支払え。
理由
第1本件抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告の申立」に記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 本件記録によれば、以下の事実が認められる。
(1) 抗告人と相手方は、昭和61年10月に結婚した夫婦であり、その間に長男雄一(平成元年10月2日生)、二男俊次(平成3年10月17日生)、三男洋志(平成6年1月5日生)、がいるが、相手方の不貞行為が原因で平成7年9月に別居した。
相手方は、同年10月初めに9月分の生活費として抗告人に8万円を送金したが、その後の支払いはない。
(2) 抗告人は、別居後、長男と三男を連れて実家の両親と生活をしていたが、平成8年4月から肩書住所のアパートで小学校1年生と保育園児の二人の子供と生活している。抗告人は、平成8年4月から病院の看護助手として勤務しているが、抗告人の収入だけで生活を維持するのは極めて苦しい状況にある。
(3) 相手方は、保育園児の二男、父(無職、年金受給)及び母(無職)と同居し、美容院の一室を借り受けて整体師を開業している。平成7年度の収入は435万6955円であるが、10個所からの負債があり、地方税、国民健康保険料及び国民年金保険料を滞納している。相手方は多額の負債を抱えているが、抗告人と同居していたころと同程度の生活をしているものと認められる。相手方は、相手方自身現在の生活が困窮していると主張するが、相当の収入がなければ実行できないものと考えられる相手方の従前の生活実態を考慮に入れると、相手方の陳述書(乙2)によってもこれを認めるに十分ではない。
2 当事者双方の提出した資料を基に相手方の負担すべき生活費を算出すると以下のとおりである。
(1) 抗告人の基礎収入
平成8年4月及び5月の給与支払明細書によると、右各月の収入合計14万8940円から雇用保険料595円と職業費15%(2万2341円)を控除した可処分所得の月額は6万3002円である。可処分所得から特別経費と認められる家賃4万円、長男の放課後児童保育室保育料7,000円、三男の保育料1万1190円を控除した抗告人の基礎収入は4,812円である。
(2) 相手方の基礎収入
平成7年度の所得税の確定申告書控によると、相手方の収入は435万6955円であり、公租公課は、所得税5万7600円、社会保険料9万4400円(国民健康保険料7万5000円、国民年金保険料1万9400円)である。市県民税領収書によると、平成7年度中の納税額は滞納分を含め7万円である。収支内訳書の経費121万2197円を職業費と認定すると、収入から公租公課及び職業費を控除した相手方の可処分所得は292万2758円となり、月額は24万3563円である。
右金額から二男の保育料1万6800円及び国民金融公庫に対する負債返済額7万5000円を特別経費として可処分所得から控除する。相手方が同居している母に返済している月額8万円やカードローン及びサラ金の返済金が、婚姻費用に先んじて支払うべきことが相当な負債(事業運営及び婚姻生活維持のための負債)であるとの点については、乙2によってもこれを認めるに足りず、これを認定するに足りる客観的な証拠がないから、特別経費とすることはできない。そうすると、可処分所得から特別経費を控除した相手方の基礎収入は月額15万1763円である。
(3) 相手方の婚姻費用分担額の算定
平成8年生活保護基準の1類及び2類の基礎額と冬季加算を加えた最低生活費は、抗告人、長男及び三男の世帯で13万8928円、相手方と二男の世帯で10万3483円となる。当事者双方の基礎収入の合計額を原資として最低生活費の比率で抗告人世帯の生活費を算定すると8万9734円となる。右金額から抗告人の基礎収入を減じて相手方の分担すべき婚姻費用を算出すると、8万4922円となる。
3 相手方は多額の負債を抱えているが、抗告人の生活状況は相手方と比較しても極めて厳しく、要扶養状態にあることは明らかである。したがって、相手方は負債の返済を理由に婚姻費用の分担義務を免れることはできないというべきで、相手方の母に対する相手方の債務を抗告人が保証している事実をもってしてもこれを左右するものではない。しかも、相手方の不貞が別居の原因であることからすると、相手方の婚姻費用分担の責任は重く、収入の増加や負債の返済方法を変更する等の努力をしても、婚姻費用を捻出すべきであるといえる。
上記算定結果を基に当事者双方の資産、収入、その他一切の事情を考慮すると、相手方が分担すべき婚姻費用は、未だ支払いのなされていない平成7年11月以降月額8万円と定めるのが相当である。
第3結論
以上の次第で、相手方に婚姻費用を分担させなかった原審判は失当であるから取り消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 小林登美子 田中壯太)
(別紙) 即時抗告の申立
抗告人代理人 弁護士○○○○
別紙当事者間の千葉家庭裁判所松戸支部平成8年(家)第127号婚姻費用分担申立事件について、同裁判所が平成8年7月4日になした「申立を却下する」との審判に対し、即時抗告をします。
抗告の趣旨
原審判を取り消し、本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻すとの裁判を求めます。
抗告の実情
I.原審判は、抗告人と相手方が別居に至った事情・抗告人の現況等によれば、相手方は抗告人に対し、生活保持の義務を負っていることを認めている。その上で、相手方の借金月額261,060円の返済を必要経費と認定し、必要経費が支出を上回るので婚姻費用を分担する必要はないとして抗告人の申立を却下した。
しかしながら、上記認定は下記に述べる通り不当である。
<1> 原審は、相手方の負債の内容を主として生活費の補填・三男の入院費・リース料の支払いにより生じたものと認定しているが、三男の入院費や生活費は抗告人がパートで働いて補填しており、同居生活中、抗告人が負債として認識していたのは、相手方の母からの借金と国民金融公庫だけであった。国民金融公庫への返済は別としても、母への借金の返済は、母に対し、毎月相手方が生活費として10万円を渡していることを考えれば、返済の猶予をうけることができる負債である。現に、抗告人も抗告人の両親から生活費として借金をしているが、この返済については猶予を受けている。
<2> その他の借金は、相手方本人が費消したものと思われる。特に○○からの借金は本件紛争を機に不貞の相手方である田山薫に支払うために借りたものと相手方が述べており、別居の原因を作った女性への支払いが生活保持の義務より優先するとは思えない。
<3> 更にこれらの借金は債権者と交渉して返済をくり延べる等の措置をとることは十分可能である。現に多くの人達は返済方法を変更し、負債を返済しながら家族の生活を支えているものである。
<4> 福島家裁(昭和58年(家)第17号)の審判も「一般に返済すべき債務が自己の収入を超えることはその者をして自己の配偶者に対する生活扶助義務、未成年子に対する監護養育義務、その他の家族員に対する扶養義務を免れしめるものではないことはいうまでもない」「民事執行法152条によってその4分の3に相当する部分は第三債務者が差し押さえることは禁止されており、その法意からすれば、右4分の3に相当する金額は債務者がこれを自己及びその家族員の生活保持に優先的に充当することを容認しているものということができる。」それゆえ相手方は多額の負債があるけれど「それを理由に申立人に対する婚姻費用の分担を拒む理由とはなしえず」として婚姻費用の分担を命じている。そうでなければ相手方のように理由をつけて次々と借金をし、自分はそれで生活をしながら妻子に対しては婚姻費用を支払わなくてよいことになり、借金さえすれば婚姻費用を支払わなくてもよいといった不合理な結果を容認することになるものである。生活保護の認定においても負債の有無は考慮されないので、相手方に収入があればその妻と未成年子は生活保護を受けることも出来ないものである。
II.相手方が抗告人に対する生活費の支払いを拒む理由として、多額の負債を主張しだしたのは、本件調停においてであり、それ以前に多額の負債は理由とされていなかったものである。
<1> 前述のように抗告人は相手方が相手方の母と国民金融公庫以外に多額の負債を負っていることを知らなかった。別居後相手方は抗告人に対し、離婚に同意したときは月額8万円の養育費を支払うことを約し、現にその後一ヶ月分は支払われたものである。しかし抗告人が夫婦関係調整の調停を申立てたため、相手方は離婚しないのなら支払う必要はないといって、支払いを拒絶したものである。つまり相手方が婚姻費用を支払わなくなった理由は抗告人が離婚意思を撤回したからであり、負債はその後の理由付けに過ぎない。
<2> 相手方の陳述によれば、相手方は毎月10万円を相手方と次男の生活費として母に渡し、その他に借金の返済として母に8万円を支払っているものである。相手方によると両親と相手方と次男の4人家族の生活費は一ヶ月20万円とのことであるから、抗告人は同等の生活保持の義務を相手方に請求できるはずである。相手方はこのほかに毎月26万円の借金の返済をしているとなると相手方の借金は更に増え、抗告人は永久に婚姻費用を請求できないことになるのであろうか。
以上の通り、相手方は妻以外の女性と遊び歩き、多額の負債を作りながら、負債を理由に妻子に対する生活保持の義務を免れるということは納得し難く、公序良俗に反するので抗告に及ぶものである。