東京高等裁判所 平成8年(ラ)1837号 決定 1997年6月26日
抗告人 長谷川達也
被抗告人 長谷川広士 外1名
被相続人 長谷川二郎
主文
1 原審判を次のとおり変更する。
2 被相続人の遺産である原審判別紙遺産目録掲記1の<2>の土地は抗告人及び被抗告人ら3名がそれぞれの持分を3分の1として共有で取得する。
3 そのほかの遺産分割の内容は、原審判のとおりとする。
理由
1 抗告の趣旨
本件抗告の趣旨は、「原審判のうち、原審判別紙遺産目録1の<2>の土地を被抗告人両名がそれぞれ持分を2分の1として共有で取得するとの部分並びに同目録1の<7>の土地を抗告人及び被抗告人両名がそれぞれの持分を3分の1として共有で取得するとの部分を取り消し、上記土地についての遺産分割の申立てを却下する。」との裁判を求めるものである。
2 当裁判所の判断
(1) 相続の開始、相続人及び相続分
原審判記載のとおり認める。
(2) 遺産
次のとおり記載するほか、原審判記載のとおり認める。
原審判認定のとおり、抗告人が本件遺産土地<6>及び<7>(「××丁目の土地」)について、借地権を有していたとはいえない。しかしながら、記録によると、抗告人は、少なくとも昭和48年以降は、××丁目の土地に自己名義の店舗を建設し、園芸センターの経営主体となっていたものであること、被相続人が、昭和55年以降、抗告人に××丁目の土地の固定資産税及び都市計画税を支払わせていたものであることが認められ、、これらの事実と、後記の相続人に対する被相続人の援助の状況とあわせ考えると、被相続人は、抗告人が××丁目の土地を抗告人が生計を営むために使用することを認めていたものであり、抗告人は、相続開始時において××丁目の土地について使用借権を有していたものと認めるのが相当である。
原審判認定のとおり、本件遺産土地の<1>、<2>、<6>、<7>は、相続人らによって相続開始後に分筆された土地であるが、記録によると、相続人らは、分筆後の<2>及び<7>の土地を、相続税の物納に充てることとして分筆したことが認められる。
(3) 相続人らの特別受益と被相続人の持戻免除の意思表示の有無
記録によると、被相続人は生前に相続人らに対して、次のような援助(贈与)を与えたものと認められる。
実質上の長男である抗告人に対しては、昭和46年に抗告人が結婚するに際して、××丁目の土地に家を建てて居住させ、昭和44年に××丁目の土地で始めていた園芸店の経営については、少なくとも昭和48年には、同土地に抗告人名義の店舗建設を許し、抗告人がその経営主体となることを許した。
実質上の次男である被抗告人長谷川広士に対しては、昭和60年から遺産目録1の<1>、<3>、<4>及び<5>の土地(遺産目録の1の<2>を含めて「×丁目の土地」と呼称する。)上にある同じく遺産の一部である貸家を無償で利用させているが、この固定資産税等の支払いはさせていない。また、被抗告人広士が昭和52年に飲食店を開業した際の借入金について、被相続人は、昭和60年ころ千葉の土地を処分した金の一部である400万円をこの返済に充てている。
実質上の三男である被抗告人長谷川佑士に対しても、被相続人は、昭和63年ころから×丁目の土地にある遺産の一部である借家を無償利用させ、固定資産税等の負担をさせていない。また、被抗告人佑士は、陶芸で自活できるようになったと思われる平成2年ころまでは、被相続人に生計を依存していた。
以上、被相続人は、各相続人に対してそれぞれの能力や生活状態に応じて居住する家を与え、自活する手段を援助してきたものと認められるから、これらの援助(贈与)は、各相続人の特別受益であると認定するのが相当である。
そこで、持戻免除の黙示の意思表示があったか否かを検討する。
記録によると、被相続人は、×丁目の土地上の建物(本件遺産建物2の<1>の建物)で昭和63年までは被抗告人佑士と同居していたが、被抗告人佑士では被相続人の介護が十分できず、また、被相続人が跡継ぎとして期待している長男である抗告人に老後の面倒をみてもらいたいと考えていたところから、昭和63年から、抗告人一家が右建物で被相続人と同居を始めた事実を認めることができる。そして、抗告人の特別受益が土地に対する使用借権であることから、その価格が他の相続人に比して多額となるが、それは、被相続人が、長男である抗告人を後継者として期待し、老後の面倒をみてもらうことを期待していたことによるものと推察でき、現に上記のとおり昭和63年に抗告人一家との同居を開始したものである。
そうすると、被相続人の資力と各相続人の能力及び生活状況に応じて行った前記の贈与は、親としての責任と愛情に基づいたものであり、いずれの贈与(相続人らの特別受益)についても持ち戻しを予定していたものではないと考えられる。
(4) 抗告人の使用借権の内容とその財産としての評価
前記(2)のように、抗告人は、被相続人から得た使用借権を基礎として××丁目の土地において昭和48年以来長期間にわたって園芸店、の営業を継続してきており、仮に被相続人の求めにより抗告人が土地の明渡をする場合には、被相続人は、親子の間であるとしても、抗告人に対し、明渡により抗告人の受ける営業上の損害の一部を補償するべき立場にあったと考えられる。そして、使用借権の内容及びその評価は、上記のように抗告人がその努力で営業を継続発展させてきた事実を考慮したものとなる。したがって、抗告人の使用借権は、抗告人がみずからその努力で蓄積した財産という性質を兼ね備えているものというべきである。以上のような使用借権成立の経緯や内容を考慮すると、抗告人の使用借権の評価額は、××丁目の土地の価格の3割とするのが相当である。
(5) 遺産の評価額
記録によると、遺産の評価額はつぎのとおりと認められる(1万円未満切捨て)。
物納予定の本件遺産土地<2> 2億3584万円
物納予定の本件遺産土地<2>を除いた×丁目の土地合計 3億4858万円
本件遺産建物(いずれも×丁目土地の上にある。)合計 1116万円
物納予定の本件遺産土地<2>を除いた×丁目の土地と建物の合計
3億5974万円
××丁目の土地合計 6億1988万円
(うち、使用借権の評価額1億8596万円を除いた純粋の遺産の価格) 4億3391万円
物納予定の本件遺産土地<7> 2億5015万円
(うち、使用借権の評価額7504万円を除いた純粋の遺産の価格)1億7510万円
物納予定の本件遺産土地<7>を除いた××丁目の土地(本件遺産土地<6>)
3億6973万円
(うち、使用借権の評価額1億1091万円を除いた純粋の遺産の価格)
2億5881万円
(6) 当裁判所の定める分割方法
各当事者の法定相続分及び原審判認定の諸事情と上記(1)から(5)までの事実関係を考慮して、次のとおり定める。
ア 本件遺産の土地建物について
(ア) 本件遺産土地<2>及び<7>は、当事者間で合意されたとおり、相続税の物納に充てるため、抗告人及び被抗告人ら3名が3分の1宛の持分割合で共有取得する。
(イ) 物納予定の本件遺産土地<2>を除いた×丁目の土地(本件遺産土地<1>、<3>、<4>及び<5>)並びにその地上の本件遺産建物は、被抗告人らが2分の1宛の持分割合で、共有取得する。(その評価額は、被抗告人らそれぞれについて、1億7987万円である。)
(ウ) 物納予定の本件遺産土地<7>を除いた××丁目の土地(本件遺産土地<6>)は、抗告人が取得する。(その遺産としての評価額は、上記のとおり2億5881万円であるが、本件遺産土地<7>を物納することから、抗告人はその使用借権相当の7504万円の損失を被るので、これを差し引くと、抗告人の受ける利益は、1億8376万円相当となる。)
イ 原審判遺産目録3の各貯金、同目録4の出資金、同目録5の各建物更生共済積立金、同目録6の現金は、抗告人及び被抗告人ら3名が3分の1宛の持分割合で共有取得する。
ウ 原審判遺産目録7の電話加入権及び同目録8の家具その他の家庭用財産は、抗告人の取得とする。
なお、このような分割によるそれぞれの取得分には、若干の差があるが、遺産として取得する総額に比し少額であるので、調整金の支払いをさせるまでの必要性を認めない。
3 抗告人の一部却下の主張について
抗告人は、本件遺産土地<2>及び<7>については、相続人間でこれを物納することを合意し、そのために相続人3名の共有とする(持分各3分の1)旨の分割協議が成立し、その旨の登記も終了しているから、これについての遺産分割の申立ては、不適法でこれを却下すべきであると主張する。
しかし、記録によれば、上記土地について相続人間で物納の対象とすることに合意し、相続人3名の共有登記がされていること、しかし、これは遺産分割の協議ができず、遺産分割の審判手続が完了しないにもかかわらず、相続税の納付を税務当局から強く求められたという状況の下で、物納手続を進めるためにとられた措置であることが認められる。したがって、このことによって上記各土地について遺産分割の協議が成立したと認めることはできないから、抗告人の主張は失当である。もっとも、抗告人の主張は、本件遺産土地<2>を被抗告人らの共有とした原審判を不当としてその変更を求めるものと認められるから、上記2のとおり判断したものである。
4 結論
上記アの(ア)の本件遺産土地<2>を被抗告人らのみの共有取得とした点において、一部結論を異にする原審判は、これを変更することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 淺生重機 田中壯太)
〔参考1〕 即時抗告申立書
上記当事者間の東京家庭裁判所八王子支部平成7年(家)第1353号遺産分割申立事件について、同裁判所は次のとおり審判した。
主文
1 被相続人の遺産である別紙遺産目録掲記1の<6>の土地は相手方達也が取得する。
2 被相続人の遺産である別紙遺産目録掲記1の<1><2><3><4><5>の各土地および同目録掲記2の<1><2><3><4><5><6><7><8>の各建物はいずれも申立人両名がそれぞれの持分を2分の1として共有で取得する。
3 被相続人の遺産である別紙遺産目録掲記1の<7>の土地は申立人両名および相手方達也の3名がそれぞれの持分を3分の1として共有で取得する。
4 被相続人の遺産である別紙遺産目録掲記3の各貯金、同目録掲記4の各出資金、同目録掲記5の各建物更生共済積立金、同目録6の現金はいずれも申立人両名及び相手方達也の3名がそれぞれその3分の1宛取得する。
5 被相続人の遺産である別紙遺産目録掲記7の電話加入権および同目録8の家具その他の家庭用財産は相手方達也が取得する。
即時抗告の趣旨
原審判2のうち、別紙遺産目録掲記1の<2>の土地を申立人両名がそれぞれ持分を2分の1として共有で取得するとの部分は取消す。
本件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す。
との裁判を求める。
即時抗告の理由
1 原審判は、当事者間において×丁目の土地の一部である遺産目録1の<2>の土地についても、相続税の物納に充てる目的で各自3分の1宛相続する旨の合意が成立しているのに拘わらず、これを無視し、これに反して同土地を相手方ら2名の各自の持分を2分の1として共有とした点に民法第907条第2項の違反がある。
(1) 原審判は、その理由中において「××丁目の物件のうち、遺産目録1の<7>の土地について物納することに合意が成立している」と事実認定し、従ってこの土地は法定相続分に応じ、当事者らにおいてそれぞれの持分を3分の1として共有取得させると判断している。然るに同じく当事者間において物納することについて合意が成立している×丁目の土地の一部である遺産目録1の<2>の土地については、この合意を無視して相手方ら2名がそれぞれ2分の1の持分で共有取得させるとしているのである。
(2) ×丁目の土地の一部である遺産目録1の<2>の土地について、当事者間において物納を充てるという合意が成立していることは、次の証拠に基づく事実により明白である。
乙第24号証ノ1、2、3記載のとおり、平成6年1月7日付で○町×丁目及び××丁目の土地の各1部について、所轄税務署に対して相続税の物納申請書を提出したが、この物件の範囲が当事者間において仲々協議が調わないでいた所、平成7年4月24日委任していた税理士より物件特定の催告があり(乙第16号証)同年6月12日当事者間において、○町×丁目及び××丁目の土地の一部を物納することに合意し(乙第25号証ノ4)、この旨を○○税務署に対して早急に物納の範囲を確定する旨を上申した(乙第25号証ノ1、2)。ついで同年8月頃土地家屋調査士に依頼して×丁目及び××丁目の各土地の実測をなした(乙第27、28号証)が、なお当事者間でその範囲が確定しないでいたところ、所轄税務署より同年9月29日付で、物納申請についての補正通知があった(乙第26号証)。以上の経過を経て、同年11月頃漸く当事者らにおいて物納すべき土地の範囲を確定し、同年12月6日付で、確定した土地の測量図を作成し、同月12日付で○町××丁目の土地については合筆、分筆の登記をなし、同町×丁目の土地については分筆の登記をなし(乙第32、33号証)、同月26日付で相続を原因として抗告人ら3名が各自3分の1の持分とする共有登記をなしたものである(登記簿謄本が甲号証で提出されていると思料するが、念のため乙第35、36号証として提出する)。
(3) 以上によれば、当事者間において遺産目録1の<2>の土地についても、物納に充てる目的をもって抗告人ら3名の共有にする旨の合意が成立していたことは明白であり、この合意は遺産の一部について既に分割の協議が成立していたというべきものである。
他方、遺産分割の審判は共同相続人間において協議が調わないときに、共同相続人の請求によってなされるものである。(民法第907条第2項)。従って審判手続の継続中と雖も既に遺産の一部について協議が成立しておれば、この成立した範囲においては、最早審判は無用であるのみならず、これに反する審判は違法である。
よって、この部分についての原審判の取消を求めるものである。
(4) なお、原審判の結果に従うと、抗告人は遺産目録1の<2>の土地について、物納が不可能となり、金銭納付をせざるを得ないことになる。然るときは遺産目録1の<2>の土地は物納評価額が2億3584万円で、抗告人の負担額はその3分の1の7861万円であり、さらにこの金員に対する年14・6%の延滞税若しくは延納によるときは年4・2%の利子税がかかることになって(乙第16号証)、抗告人にとって、かかる莫大な金員を調達する余裕も能力もない。かりに、単独所有となった××丁目の土地を分譲するとしても、さらに高額な譲渡所得税の負担があり、抗告人にとって甚だ酷な結果となり、納税について相手方らとの間で甚だ不公平となるものである。
2 遺産のうち××丁目の土地については、抗告人が土地の使用権を有しているのに拘わらず、原審判はこれを否認している点に事実誤認があり、この結果、遺産に含まれない抗告人の有する使用権相当額が、遺産の評価額に含まれている点に遺産評価の誤りがある。
(1) 遺産のうち××丁目の土地全部(遺産目録1の<6><7>)について、抗告人が昭和43年以来花屋営業のために被相続人から使用の承諾を得て使用していることは争いはなく、この使用権限の性質について、抗告人は原審において、抗告人は昭和55年以来、この土地に対する固定資産税及び都市計画税を支払っている(乙第6号証の1、乙第30号証の1ないし15)のであるから、この土地の使用は全く無償で使用しているものではない。従って法律的には純然たる使用貸借権ではなく、さればといって税金の支払が土地使用の対価(地代)であるとして賃借権であるとも言えないので、これを使用貸借と賃貸借の中間に相当する使用権として解すべきであり、この権利相当額は、抗告人固有の財産であると主張しているのである。
(2) 原審判は、これに対して「抗告人は××丁目の土地について借地権がありとし、遺産はその底地権のみであると主張しているが、その借地権存在の事実は認めることはできない」というのである。本来借地権とは、法律上借地借家法第2条に定める建物所有を目的とする地上権又は土地の貸借権をいうのであって、抗告人は前記(1)項のとおり、借地権を主張しているのではなく、使用貸借権と賃貸借権の中間に相当する使用権を主張しているのである。
(3) 親子間においても使用貸借関係が認められることは、学説及び最高裁でも既に認められているところである(乙第7号証)。そうであれば、この使用権相当額は抗告人の固有の権利として、それ相当の評価額は遺産ではない筈である。そして、この使用権の評価は統計的には賃借権価格の3分の1程度といわれている(乙第8号証)。従って、この使用権相当額は遺産の中から控除されるべきである。
以上
右抗告人代理人 弁護士○○
〔参考2〕原審(東京家八王子支 平7(家)1353号 平8.9.25審判)<省略>