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東京高等裁判所 平成8年(ラ)395号 決定 1996年11月20日

抗告人 上条一彦 外1名

事件本人 上条奈美

主文

原審判を取り消す。

事件本人上条奈美を抗告人両名の特別養子とする。

理由

1  抗告人らは、原審判を取り消す、本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻す、との裁判を求めた(なお、抗告人らの本件申立ての趣旨は、原審判1枚目裏該当欄記載のとおりであるが、同10、11行目「特別養子とすることの許可を求める」を「特別養子とすることを求める」と改める)。その理由は別紙のとおりである。

2  記録によって認められる本件の事実関係は、次のとおり訂正するほか原審判2枚目表1行目から同3枚目裏10行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原審判2枚目表2行目「以後、」の次に「内田の愛人として」を加える。

(2)  同2枚目裏4行目「申立人一彦は」から同7行目「認知した。」までを「抗告人一彦は、平成3年11月20日、千葉家庭裁判所松戸支部に事件本人を相手方とする嫡出否認の調停を申し立て、平成4年1月20日、同申立てを肯定する旨の審判がされ、同審判は同年2月7日に確定した。そして、同年3月5日、右裁判が確定した旨の記載とともに、事件本人の父(抗告人一彦)の記載が消除され、父母との続柄(「長女」)が「女」に訂正された。更に、同年3月22日に、内田が事件本人を認知した旨の届出をし、その旨の戸籍記載がされた。」と訂正する。

(3)  同3枚目表4、5行目「嫡出否認の訴えを提起した」を「嫡出否認の調停の申立てをした」と、同5行目「右訴えの提起は」を「同調停の申立ては」と、同裏4行目「康子」を「康子は」と、各改め、同9行目「本件申立て」の前に「平成7年9月6日、」を加える。

3  民法817条の7は、「特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要があると認めるときに、これを成立させるものとする。」と規定する。右にいう「特別の事情」は、「監護の著しい困難又は不適当」な場合又はそれに準じる場合にとどまらず、特別養子縁組を成立させ、父母及びその血族との間の親族関係を原則として終了させることが子の利益のため特に必要と判断される事情をも含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記の事実関係によって明らかな事件本人の特異な出生の状況とその前後における抗告人らの行動を事件本人が知ることは、今後、事件本人が、抗告人らの家庭において成長して行くことを考えると、その健全育成にとって有害であり、事件本人の人格が形成される過程においては上記の事実を秘匿すべきであって、そのためには、内田との親子関係を断絶することが必要であり、かつ、上記の親子関係を断絶することによって事件本人に特別の不利益は生じないものと判断される。そして、このことは、内田が既に死亡しているという事実によって左右されるものではないというべきである。

そうすると、本件は、特別養子縁組を成立させ、父及びその血族との間の親族関係を原則として終了させることを必要とする特別の事情があり、それが子の利益のため特に必要があると判断される。

4  そして、記録によって認められるところによれば、民法817条の8に係る事項を除き、本件の特別養子縁組を成立させるべき要件を充たしていることは明らかであり、かつ、当裁判所がした調査嘱託の結果によれば、抗告人らが事件本人を監護する状況を本件申立ての日以後6か月以上観察した経過からみて、同条項の要件を充たしているものということができる。

5  以上の次第で、抗告人らの本件申立ては理由があり、本件特別養子縁組を成立させるのが相当というべきである。本件抗告は、この趣旨を述べる限度で理由がある。

よって、これと異なる原審判を取り消し、本件申立てを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 小林登美子 田中壯太)

(別紙)

平成8年(ラ)第395号

当事者の表示〔編略〕

1996年×月×日

抗告人ら代理人 弁護士○○

東京高等裁判所第×民事部 御中

準備書面

1 原審判の判断

要するに平成8年3月5日の原審判の決定は、特別養子制度を普通養子縁組制度が一方で存在すること対比して、普通養子縁組では養子となる子の利益を図ることが著しく困難又は不適当である場合に認められるとしたうえで、民法817条の7の解釈として、抗告人らは円満な家庭を築いていること、事件本人も抗告人らの子として養育されていること、今後事件本人と実父との間で紛争が惹起される可能性がないことを理由として、実母である抗告人上条康子による事件本人の監護が著しく困難又は不適当であるとはいえず、また、事件本人の利益のために特別養子縁組を成立させることが特に必要であると認める事情も窺われないとして、本件申立てを却下している。

ところで、原審判の判断は、特別養子縁組制度の趣旨、民法817条の7の解釈、連れ子における実際の状況等について理解のないままの判断であり、以下その問題点を論述する。

2 原審判の問題点

<1> 原審判は、「特別養子縁組制度を普通養子縁組制度が一方で存在することに対比して、普通養子縁組では養子となる子の利益を図ることが著しく困難又は不適当である場合に認められる」としている。ここで、原審判が述べている特別養子縁組と普通養子縁組の比較の一般論を、ここで批判してもあまり意味がないので、行わないことにする。問題は、本件のような連れ子において、普通養子縁組では養子となる子の利益を図ることが著しく困難又は不適当である場合とは、どういう場合なのか、また、夫婦共同縁組の場合と同じように考えられるのかどうかという連れ子における実際の状況を考慮することなく判断している点に大きな問題があると言わなければならない。

<2> 一般に、連れ子の場合は、実親が育てており、そして本件のように特別養子縁組を申立てるような事案では、他方の配偶者も、子供を自分の子供として育てているか、あるいは育てようとしている。逆に、他方の配偶者が子供を自分の子供として育てる意思がないような場合には、特別養子縁組など認められないばかりか、申立てすらなされないのが通常である。このように、連れ子を自分の子供として育てているか、あるいは育てようとしていることをもって、特別養子縁組を認めないとすれば、元々連れ子には一切特別養子縁組を認めないことになり、連れ子の場合にも特別養子縁組を認めている民法の趣旨に反する結果となる。

<3> それでは、原審判の判断で、どのような場合に、連れ子の場合にも特別養子縁組を認めることになるのであろうか。原審判は「今後事件本人と実父との間で紛争が惹起される可能性がないことを理由として」とあることから、事件本人と実父とが、何らかの紛争が生ずる場合に特別養子縁組を認めるということになる。問題は、具体的には、実際にどのようなことを予想しているのであろうか。原審判は、事件本人と実父との間に紛争の可能性とあるが、実際には、実父と実母との間の紛争があるような場合と考えられるが、そのような場合に実父から特別養子縁組の同意を得ることは不可能に近いと言わなければならない。実際に本件においても、実父が生前中、実父と実母との間に紛争があり、親権者変更を実父が申立て、その際、実父の方から特別養子縁組をすることで親権者変更を取り下げるとの話し合いがあり、抗告人らは、特別養子縁組を申立てたところ、実父は前言を翻し、実父が特別養子縁組に同意しないため、裁判所の方からの指示で、やむなく特別養子縁組を取り下げたものである。このように事件本人と実父とが何らかの紛争が惹起する可能性がある場合に特別養子縁組を認めることを限定すれば、特別養子縁組を事実上全く認めないものと言わなければならない。

ましてや、本件のように、実父がすでに死亡したような場合には、事件本人と実父との間で紛争が惹起される可能性がないことは明白であり、それにもかかわらず、この点を特別養子縁組を認める要件とするならば、法律上全く存しない要件によって、すでに死亡した場合には、特別養子縁組の道が閉ざされるものと言わなければならない。

<4> そして、また、原審判は、「実母である申立人による事件本人の監護が著しく困難又は不適当であるとはいえず、また、事件本人の利益のために特別養子を成立させることが特に必要であると認められる事情も窺われない」と判示している。

しかしながら、原審判は現実に子供を育てる抗告人らの苦労を全く認識しないものと言わなければならない。事件本人は生まれたときから、抗告人らに育てられ、抗告人らの実子として、抗告人らばかりでなく、抗告人らを取り巻く人々も、そのように考えてきた。ところが、今後、事件本人が幼稚園、学校と進学するにつれて、特別養子縁組が認められない以上、事件本人が抗告人上条一彦の実子でないことは明らかになってしまう結果となる。特別養子縁組を認めれば、このような事件本人に対する新たな不利益が生じないにもかかわらず、申立てを却下することで、事件本人に対し新たな不利益を課すことになりかねない。ましてや、抗告人らの間には、実子が生まれ、事件本人と実子とを姉妹として育てていくうえでも、あえて事件本人が小さいときから、抗告人上条一彦の実子でないことを明らかにして、兄弟として、育てていくことに、いろいろな困難が通常予想されることである。

<5> ところで、特別養子縁組という制度の効果は、事件本人と実親との親子関係を断絶するということ、事件本人と養親との間に新たに親子関係を成立させること、そして戸籍上も、事件本人と養親との間の関係になり、事件本人と実親との親子関係が断絶させることである。すでに、実父は死亡し、相続を放棄した事件本人にとって、実父との親子関係の断絶は何ら大きな意味を有しない。また、生まれた時から抗告人らの子として育ってきた事件本人と抗告人らと親子関係を成立させることにも何ら問題がない。このような本件において、戸籍上なお実父との関係を明確にしておくことは、事件本人にとって、また、事件本人を養育する抗告人らにおいて極めて重要な不利益である。ましてや、そのことが事件本人の養育に影響するとすれば、なおさらである。それにもかかわらず、抗告人による事件本人の監護が著しく困難又は不適当であるとはいえず、また、事件本人の利益のために特別養子を成立させることが特に必要であると認められる事情も窺われないとする原審判は何ら実態を認識しないものと言わなければならない。

<6> そして、強調すべきことは、本件において、特別養子縁組を認めることが、事件本人にとっても、抗告人らにおいても、実父においても、実父の親族においても何ら不利益がなく、かつ、抗告人らが特別養子縁組することを強く求め、事件本人にとっても、抗告人らが事件本人を養育するにも、大きな利益になるにもかかわらず、原審判はこれを却下したということである。特別養子縁組という制度が専ら子供の利益擁護のために存する制度であるにもかかわらず、裁判所が、子供の利益を阻害する役割を果していると言わなければならない。

3 民法817条の7の解釈

特別養子縁組の解釈については、すでに原審判の準備書面で述べたとおりである。

連れ子の場合の要保護性の判断について言えば、養親なろうとする者と子との間に、特別養子縁組をすることによって、特段の不利益がないこと、実母または実父が、子に対し監護する意思や能力がないかどうが、及び養育費や相続など実父母と子との関係を断ち切ることにより不利益がないかどうか、そして、養親となる者が子に対し監護能力を有するか否かをによって判断すべきである。

そして、本件においては実父はすでに死亡しており、養育費の請求はできないばかりか、実父は多額の債務を残して死亡し、事件本人は相続放棄をしており、何ら実父との関係を続ける利益は、全く存しない。そればかりか、実父の妻は、抗告人大嶋京子に対し、慰謝料請求の裁判を起こしたこともあり、実父との姻族関係を事件本人と続けることには不利益すらありうる。実父との姻族関係の継続は、今後扶養義務の発生という事件本人の不利益の可能性があっても、利益になることは全く存しない。本件のような場合に特別養子縁組を認めるべきである。

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