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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)124号 判決 1998年9月08日

神奈川県大和市深見3211-17

原告

鈴木一聲

訴訟代理人弁理士

八木田茂

浜野孝雄

森田哲二

平井輝一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

新井克夫

市川信郷

後藤千恵子

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第23423号事件について平成8年4月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「血沈管」とする考案について、昭和60年11月8日に実用新案登録出願(昭和60年実用新案登録願第171843号)をし、昭和63年6月1日に上記実用新案登録出願を特許出願(昭和63年特許願第132796号)に変更したところ、平成5年10月15日付で拒絶査定を受けたので、同年12月16日に審判を請求し、平成5年審判第23423号事件として審理された結果、平成8年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年6月1日、その謄本の送達を受けた。

2  特許請求の範囲請求項1の記載

両端の開放した中空血沈管本体の長手方向の基準位置で中空血沈管本体内に、空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る血液止め塊体を一体的に挿置したことを特徴とする血沈管。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写の「理由」のとおりである(ただし、3頁下から7行及び4頁10行の「円心状」は「同心状」の誤記と認める。なお、引用例記載の発明(審決の「引用例発明」)については、別紙図面2参照)

4  審決の取消事由

審決の理由1、2は認める。同3のうち、引用例記載の発明と本願第1発明が、「両端の開放した中空血沈管本体の長手方向の基準位置で中空血沈管本体内に」との点で一致することは認め、その余は争う。同4、5は争う。

審決は、「液体に対しては不透過性のはつ水性合成樹脂からなる」、「一体的に挿置した」との点で一致するとして一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤つたものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(「液体に対しては不透過性」の一致点の誤認)

ア 引用例記載の発明のバリヤプラグは、互いに隣接する多数の縦のフイラメントからなるポーラス部分に形成される連続した通路(隙間)を流体が通過するとき、該流体の流れの抵抗の大きさによつて、空気の粘度の50倍以上の粘度を有する血液の通過を阻止しようとする原理に基づくものとみられる。したがって、引用例記載の発明の互いに隣接した多数の縦のフィラメントからなるポーラス部分は、「吸引力が強過ぎた場合にはバリヤプラグに血液が達すると流れに対する比較的大きな抵抗が無効になってしまう」(引用例3欄38行ないし40行)の記載からみても分かるように、液体に対しては完全な不透過性を維持するものでなく、液体に対しては一定の許容範囲内の吸引力で不透過性を有するものと解すべきである。

イ これに対して、本願第1発明に係る特許請求の範囲の「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性」の文言の意味は、本願明細書の「発明の解決しようとする課題」に記載された「血沈管の一端から口で吸って検査すべき血液を血沈管に充填する場合に・・・誤って吸い上げ中の血液を飲み込み、最近急激に流行の兆しがある後天性免疫不全症候群やウイルス性肝炎、梅毒等に感染する危険がある」ことを確実に避けるために、仮に口で吸う吸引力に個人差によるばらつきがあっても口腔内に血液が確実に吸入されないものを提供することを目的としていることからみても、「液体に対しては吸引力の大小に拘らず確実な不透過性」という意味である。したがって、本願第1発明と引用例記載の発明が「液体に対しては不透過性」との点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(「はっ水性合成樹脂から成る血液止め体」の一致点の誤認)

一般に、ある物が一つの要素Aから構成されるときは、「その物はAからなる」と表現するのが正しく、また、ある物が二つの要素A及びBからなるときは、「その物はA及びBからなる」と表現するのが正しい。しかし、これを「その物はAからなる」と表現するのは正しくない。この場合、その物とAとの関係を特に表現したいときは、「その物はAを備えている」又は「その物はAを有する」などと表現すべきである。

本願第1発明の血液止め塊体は、「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る」のであるから、空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみからなるものであり、このことは、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の実施例の記載及び願書添付図面の第1図からみても明らかである。

ところが、引用例記載の発明のバリヤプラグは、プラスチックモノフィラメントからなるポーラス部分と、その周囲を占める弾性作用を有するノンポーラス部分からなるから、これを「プラスチックモノフィラメントから成る」と表現することはできない。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明が「はっ水性合成樹脂から成る血液止め体」との点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(3)  取消事由3(「一体的に挿置した」の一致点の誤認)

本願第1発明の特許請求の範囲の「中空血沈管本体内に・・血液止め塊体を一体的に挿置した」の文言の意味は、本願第1発明に対応した唯一の実施例として本願明細書に記載されている「血液止め塊体5は・・・上記性質をもつ合成樹脂5aを中空血沈管本体1の上部口からゼロ目盛り位置3まで一定量詰め込むことにより形成されている」という態様を含ませることにある。すなわち、本願第1発明は、詰め込むことによって、塊体を一体的に挿置しているのである。

ところが、引用例記載の発明において、奮決が、はっ水性合成樹脂に相当するとしたのはプラスチックモノフィラメントであり、プラスチックモノフィラメントからなるのはポーラス部分である。そして、ポーラス部分は、その外側を取り巻く弾性材かちなるノンポーラス部分を介して中空血沈管本体内に固定されている。

そして、空気を透過するが血液は透過しないという狭義の血液止め作用を行うものはポーラス部分であるから、ポーラス部分を「血液止め部材」と呼ぶべきである。

したがって、引用例記載の発明の血液止め部材は、一体的に挿置されているのではなく、その外側を取り巻く弾性材からなるノンポーラス部分を介して中空血沈管本体内に固定されているから、本願第1発明と引用例記載の発明は、血液止め部材を中空血沈管本体内へ固定する手段(構成)が相違している。

(4)  取消事由4(相違点の判断の誤り)

本願第1発明の「塊体」は、本願第1発明に対応した唯一の実施例として本願明細書に記載されているとおり、「血液止め塊体5は・・・上記性質をもつ合成樹脂5aを中空血沈管本体1の上部口からゼロ目盛り位置3まで一定量詰め込むことにより形成されている」ものである。

これに対して、引用例記載の発明は、血液止め部材を、バリヤプラグの中心核を形成する互いに隣接した多数の縦のフィラメントからなるポーラス部分として形成している。上記ポーラス部分は、その作用を維持して所期の目的、効果を達成するためには、該ポーラス部分を構成する互いに隣接した多数の縦のフィラメントが互いに不揃いにならないような特別の手段、つまり、ポーラス部分の外側を、弾性材からなる同心状のノンポーラス部分で包囲して構成されていることが必須要件となり、したがって、本願第1発明のように、血液止め部材を中空血沈管本体内の所定位置に一定量詰め込むようなことは到底できない。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明は、この点でも相違している。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

(1)  取消事由1について

引用例には、「仮に、吸引力が強過ぎた場合には通過してしまうことがある」と記載されているものの、「少し練習すれば、どの程度吸引すればバリヤプラグに届いた時に血液が自動的に止まるかが容易にわかる。」と記載されていて、引用例記載の発明のバリヤプラグは血液が通過しにくいことを表している。

これに対して、本願第1発明のものが、血液に対してどの程度の抵抗力を示すかは、本願明細書には具体的に記載されていないから、本願第1発明の「血液止め塊体」が、引用例記載の発明のものに比して更に確実な血液止め作用を奏するものということはできない。本願第1発明について、仮に口で吸う吸引力に個人差によるばらつきがあっても口腔内に血液が確実に吸入されないという原告の主張は、希望的条件を述べているにすぎない。

(2)  取消事由2について

本願第1発明の一態様には、願書添付図面第2図の「6」に示されているように、プラスチック製の型を使用する態様がある。この態様においては、血液止め塊体5は、はっ水性合成樹脂5aと、このプラスチック製の型6とからなるものである。すなわち、本願第1発明においても、「血液止め塊体」というのは「はっ水性合成樹脂」のみならず、「はっ水性合成樹脂とプラスチック製の型とを含むもの」とする態様もあるのである。したがって、引用例記載の発明のものがノンポーラス部分を含むものであるからといって、それが本願第1発明の「はっ水性合成樹脂から成る血液止め塊体」に当たらないということにはならない。

(3)  取消事由3について

引用例記載の発明の血液止め体は、ポーラス部分とノンポーラス部分とからなるものであるが、全体として一つの塊体となつており、血沈管本体内に一体的に挿置されているものである。

原告は、引用例記載の発明のポーラス部分のみを「血液止め部材」ととらえて、これを基に本願第1発明と引用例記載の発明の相違を主張する。しかし、引用例記載の発明において、「血液止め体」は、バリヤプラグ全体を指しているから、これを特にポーラス部分に限定すべきではなく、新たに「血液止め部材」という用語を必要とはしない。

(4)  取消事由4について

原告は、引用例記載の発明のポーラス部分のみを「血液止め部材」ととらえて、この点で、本願第1発明と相違するかのように主張する。しかし、前記(2)のとおり、本願第1発明の一態様として、はっ水性合成樹脂のみならず、プラスチック製の型を含むものも血液止め塊体とされているから、引用例記載の発明のものがノンポーラス部分を含むものであるからといって、血液止め塊体でないということにはならない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

甲第9(本願公告公報)、第10号証(平成7年11月28日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  血沈管は、通常、長手方向に沿って目盛りの付けられた中空で両端の開放した管からなり、そして、その使用においては、予定のレベル(通常ゼロ目盛り位置)まで、所要量のクエン酸ナトリウムを混和した血液を充填し、そして、血液が漏れない状態にして垂直に立てて血沈の測定が行われており、その際、血沈管に検査すべき血液を所要量充填する方法としては、種々のものが知られている。(本願公告公報2欄2行ないし9行)

血沈管の一端から口で吸って検査すべき血液を血沈管に充填する場合には、操作は簡単ではあるが、血液をゼロ目盛り位置まで正確に吸い上げるのに相当な熟練度が要求され、また、誤って吸い上げ中の皿液を飲み込み、最近急激に流行の兆しがある後天性免疫不全症候群やウイルス性肝炎、梅毒等に感染する危険がある。(本願公告公報3欄15行ないし20行)

2  本願第1発明による血沈管は、特許請求の範囲請求項1の構成を採用している。(上記手続補正書3頁2行ないし4行)

3  本願発明によれば、血沈管のゼロ目盛り位置に空気透過性で液体不透過性の合成樹脂からなる血液止め塊体を挿置しているので、検体血液を血沈管に充填する際のゼロ目盛り合わせは、簡単かつ迅速にでき、しかも、血沈管の上部口から検体血液があふれる危険がないと同時に、検体血液が外気に触れる機会を最小限度に抑えることができる。(本願公告公報4欄36行ないし42行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  原告は、引用例記載の発明のバリヤプラグは、液体に対しては一定の許容範囲内の吸引力で不透過性を有するものと解すべきであるとして、液体に対しては不透過性ではない旨の主張をする。

(2)  そこで、検討するに、甲第2号証(引用例)には、「血液を吸う上で、赤血球沈降(以下「赤沈」とする)測定管の使用中に術者が間違って血液を口中に吸い上げてしまうことを防止することが重要である。血液は肝炎、梅毒等を患う患者のものである可能性もあり、もしそうでなくても不快なものである。」(訳文1頁3行ないし6行)、「赤沈測定管内に液体を引き上げできるようにバリアは空気を通すが液体は一切通さないため、液体が術者の口中に入ってしまう危険を軽減する。」(同1頁22行ないし24行)、「芯部は、垂直に並ぶ複数の近接したフィラメント28から成っている。微細なフィラメント28は、赤沈測定管の開口上端部から吸引されると、それらの間を空気が通過するが液体は通さないため、液体がフィラメント28の芯集合体の底端部に届くと、その時点で液体は自動的に止められる。無孔質部28(判決注・26の誤記と認める。)はその弾性によってフィラメントと密に相互係合し、フィラメント同士を近接させ一定位置に保持する。フィラメントはウールファイバーまたは、類似の機能を有するプラスチックモノフィラメントやナイロンモノフィラメント等の材料から成り得る。」(同3頁10行ないし17行)、「第1図に示すように開口部上端部22から吸引される。赤沈測定管中の空気がバリアプラグ20を通って術者の口中に吸引されると、赤沈測定管中に血液が吸い上げられるが、バリアプラグ20の底面に届くと自動的に止まる。」(同3頁20行ないし23行)、「吸引力が強すぎた場合にはバリアプラグに血液が達すると流れに対する比較的大きな抵抗が無効になってしまうが、少し練習すれば、どの程度吸引すればバリアプラグに届いた時に血液が自動的に止まるかが容易にわかる。術者には血液がバリアプラグに当たる衝撃さえも感じられるので、衝撃を感じたら吸引を中止することができる。万一、バリアプラグ内またはバリアプラグを通過して血液が吸い上げられたとしても赤血球はそこから動かないため、バリアプラグの下の中空部内に引き上げられた血液の赤沈速度に悪影響を及ぼすことはない。」(同4頁10行ないし17行)との記載があることが認められる。

以上の記載によれば、引用例記載の発明は、血液を口中に吸い上げてしまうことを防止することを目的とするものであり、そのために、微細なフィラメント28は、それらの間を空気が通過するが液体は通さないものであること、したがって、これを芯部とするバリヤプラグも、空気が通過するが液体は通さないものであることが認められる。もっとも、引用例には、「吸引力が強すぎた場合にはバリアプラグに血液が達すると流れに対する比較的大きな抵抗が無効になってしまう」との記載は存在するものの、上記は、「万一」との記載から明らかなとおり、バリヤプラグ内又はバリヤプラグを通過して血液が吸い上げられるのは、例外中の例外の場合であるとしているものと解されるから、上記記載をもって、引用例記載の発明の微細なフィラメント28ないしバリヤプラグについて、「液体に対しては不透過性」ではないということはできない。

(3)  もっとも、原告は、本願第1発明に係る特許請求の範囲の「液体に対しては不透過性」の文言は、「液体に対しては吸引力の大小に拘らず確実な不透過性」という意味であるから、本願第1発明は、引用例記載の発明とは異なると主張する。

上記文言について、本願明細書の特許請求の範囲の記載からは、その技術的意義が一義的に明確ではないので、本願明細書の発明の詳細な説明の欄を参酌するに、甲第9号証によれば、同欄には、上記「液体に対しては不透過性」を実現するための具体的な構成については、「第1図には本発明による血沈管の一実施例を示し、」(4欄6行)、「中空血沈管本体1のゼロ目盛り位置3の上部口には、空気に対しては透過性であるが液体を通さないはつ水性合成樹脂から成る血液止め塊体5が挿置されている。この血液止め塊体5はこの実施例では上記性質をもつ合成樹脂5aを中空血沈管本体1の上部口からゼロ目盛り位置3まで一定量詰め込むことにより形成されている。」(4欄13行ないし18行)との記載があるのみであることが認められる。そうすると、上記の構成からなる本願第1発明の血液止め塊体も、空気を通す隙間が存在する以上、例外中の例外として、吸引力が大きい場合には、その隙間を液体が透過するものと認められるものである。

したがって、本願第1発明に係る特許請求の範囲の「液体に対しては不透過性」の文言を、「液体に対しては吸引力の大小に拘らず確実な不透過性」の意味に限定して解することはできない。

この点に関して、原告は、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の「発明の解決しようとする課題」の「血沈管の一端から口で吸つて検査すべき血液を血沈管に充填する場合に・・・誤つて吸い上げ中の血液を飲み込み、最近急激に流行の兆しがある後天性免疫不全症候群やウイルス性肝炎、梅毒等に感染する危険がある」との記載をその主張の根拠としてあげるけれども、上記記載は、上記認定を左右するに足りるものではない。

また、甲第15号証には、「撥水性合成樹脂を用いた血沈管」と「バリアプラグを用いた血沈管」との比較実験をしたところ相違があった旨の記載があるけれども、上記「撥水性合成樹脂」と称するものは、はつ水性合成樹脂ではないものであって、本願明細書にも記載されていない水膨潤性高分子材料を含有したものであることは、同証により明らかであるから、同証の上記記載も、上記認定を左右するに足りるものではない。

(4)  以上のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

2  取消事由2について

原告は、本願第1発明の血液止め塊体について、「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る」とは「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみから成る」との意味である旨の主張をするので、検討する。

(1)  甲第9、第10号証によれば、本願明細書には、特許請求の範囲請求項2として、「中空血沈管本体内の長手方向の基準位置に一体的に挿置される血液止め塊体が、中空血沈管本体内に嵌合するようにされたプラスチック製の型内に空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂を詰め込んで構成した請求項1に記載の血沈管。」(甲第10号証3頁5行ないし末行)、「第2図には血液止め部材の変形例を示し、この場合には図示したようにプラスチック性の型6内に空気透過性で液体不透過性の合成樹脂5aを詰め込み、これを中空血沈管本体1の上部口に一体的に嵌合することによって構成されている。」(甲第9号証4欄19行ないし23行)との記載とともに第2図が図示されていることが認められ、上記事実によれば、本願発明のうち、特許請求の範囲請求項2記載の発明(以下「請求項2の発明」という。)は、「請求項1の血沈管」であるから、本願第1発明の構成を備えており、かつ、その血液止め塊体は、プラスチック製の型と空気に対しては透過性である参液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂からなるものであることが認められる。そうすると、本願明細書の特許請求の範囲請求項1の「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る」を、原告の主張のごとく解した場合には、請求項2の発明の血液止め塊体は、「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみから成る」ものでありながら、「プラスチック製の型と空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る」ものになってしまい、構成自体が矛盾することになる。したがって、原告の主張は採用することができない。

(2)  本願は、昭和60年11月8日にした実用新案登録出願を昭和63年6月1日に特許出願に変更したものであるから、上記実用新案登録出願の時にしたものとみなされる(特許法44条2項)。そうすると、本願については、昭和62年5月25日法律第27号による改正前の特許法36条4項が適用される(平成6年法律第116号附則6条2項、平成2年政令第258号附則2条1項、昭和62年5月25日法律第27号附則3条1項)から、請求項1と請求項2は、上記改正前の特許法36条4項に従ったものであると解される。そうすると、上記請求項1と請求項2は、本願発明の必須要件を記載した項と、その実施態様を記載した項であることになるから、本願第1発明は、その一実施態様として請求項2の発明も含んでいるものと認められる。そして、請求項2の発明の血液止め塊体は、プラスチック製の型と空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂からなることは前認定のとおりであるから、これを含んでいる本願第1発明の血液止め塊体が、「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみから成る」ものと解することはできない。原告の主張は、この点でも採用することができない。

(3)  以上のとおり、本願第1発明の血液止め塊体について、空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみからなるものと解することはできないから、これを前提とする原告の主張は理由がない。

3  取消事由3について

甲第2号証によれば、本願第1発明の血液止め体に相当する引用例記載の発明のバリヤプラグは、ポーラス部分とノンポーラス部分とからなるものであるが、血沈管本体内に一体的に挿置されているものであることが認められる。

原告は、引用例記載の発明のポーラス部分のみを「血液止め部材」ととらえて、これを基に、引用例記載の発明のポーラス部分が血沈管本体内に一体的に挿置されていない旨の主張をする。しかし、審決は、引用例記載の発明のバリヤプラグ全体を「血液止め体」とした上で、それが血沈管本体内に一体的に挿置されていると認定判断しているのであるから、これとは異なる「血液止め部材」について審決の認定判断が誤りであるとする原告の主張は、前提を欠くものであって失当である。

なお、原告は、本願第1発明の血液止め塊体が、「空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂のみから成る」ことを前提として、これと引用例記載の発明のポーラス部分の対比をするものと解されるが、上記前提が誤りであることは、前記2の認定のとおりである。

4  取消事由4について

(1)  原告は、本願第1発明の「塊体」は、はっ水性合成樹脂を中空血沈管本体の上部口からゼロ目盛り位置まで一定量詰め込むことにより形成されているものであると主張する。しかし、本願明細書の特許請求の範囲請求項1には、「塊体」とのみ記載されているところ、同記載は、ごく一般的な解釈によれば、塊になったものという意味であるところ、本願明細書の発明の詳細な説明の欄にも、これを説明ないし限定する記載は全くみられない。そうすると、本願第1発明の特許請求の範囲中の「塊体」の文言は、その有する普通の意味で使用されているものと解すべきであって、これを、詰め込むことにより形成されているものを意味するものと限定して理解すべき必然性なないものといわざるを得ない。

もっとも、本願明細書に、「第1図には本発明による血沈管の一実施例を示し、」、「血液止め塊体5はこの実施例では上記性質をもつ合成樹脂5aを中空血沈管本体1の上部口からゼロ目盛り位置3まで一定量詰め込むことにより形成されている。」との記載があることは前記1、(3)の認定のとおりであるけれども、上記記載は一実施例の説明にすぎないのであるから、これをもって、本願第1発明の塊体を、詰め込むことにより形成されているものに限定する根拠とすることはできない。

(2)  そして、甲第2号証によれば、引用例記載の発明のバリヤプラグが全体として塊となっていることが認められるから、引用例記載の発明の血液止め体が、全体として塊体を形成しているとした審決の認定判断に誤りはない。

この点に関して、原告は、引用例記載の発明のバリヤプラグは、ポーラス部分の外側を、弾性材からなる同心状のノンポーラス部分で包囲して構成されていることが必須要件となるから、本願第1発明とは異なると主張する。しかし、本願第1発明の「塊体」は、塊になったものという意味に理解すべきであることは前示のとおりであるから、引用例記載の発明のバリヤプラグが、ポーラス部分の外側を、弾性材からなる同心状のノンポーラス部分で包囲して構成されているとしても、そのことによって、「塊体」ではなくなるということはできない。

したがって、原告の主張は、採用することができない。

5  以上のとおりであるから、本願第1発明は引用例記載の発明と認められるとした審決の認定判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年8月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

理由

1. 手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、出願日が昭和60年11月8日である実願昭60-171843号出願を昭和63年6月1日に特許出願に変更したものであって、その発明の要旨は、当審において出願公告ざれた後の平成7年11月28日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載されたとおりの「血沈管」にあるものと認められるところ、その請求項1に記載された発明(以下「第1発明」という。)は次のとおりである。

「1. 両端の開放した中空血沈管本体の長手方向の基準位置で中空血沈管本体内に、空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂から成る血液止め塊体を一体的に挿置したことを特徴とする血沈管。」

2. 引用例

これに対して、特許異議申立人岩田元吉が甲第1号証として提出した米国特許第3864979号明細書(1975年2月11日特許、以下「引用例」という。)には、クレームの欄に「1.液体採取管であって、上下に開口した透明な中空管であり、開口の中間にパリヤプラグが挿填されている。このパリヤプラグはポーラス部分を有し、予め決められた位置に挿填されている。下部開口部を収集するための液体中に浸漬し、上部開口部に吸引力を加えると、バリヤプラグのポーラス部分は空気を透過させ、そして液体はバリヤプラグの底部まで吸い寄せられ、そしてポーラス部分を透過させない。・・・バリヤプラグは、プラグの外側部分がノンポーラス材で形成された円柱状の形状をなし、そしてプラグのノンポーラス部分に対して円心状の中心核を形成すろポーラス部分があり、ノンポーラス部分は中空管壁の側壁と嵌合している。」「2.液体採取管は血沈管であるクレーム1記載の液体採取管」「3.フィラメントはウールファイバーであり、弾力のあるノンボーラス材は合成ゴムであるクレーム1記載の液体採取管」「4.フィラメントはプラスチックモノフィラメントであるクレーム1記載の液体採取管」「5.パリヤプラグは・・・・・ポーラス部分は互いに隣接した多数の縦のフィラメントからなり・・・」と記載されている。

以上の記載から、引用例には「上下に開口した透明な中空管の予め決められた位置に、ポーラス部分を有するパリヤプラグが挿填されている血沈管であって、このバリヤプラグの外側部分がノンボーラス材で形成された円柱状の形状をなし、このノンポーラス部分に対して円心状の中心核を形成する、ウールファイバー又はプラスチックモノフィラメントの互いに隣接した多数の縦のフィラメントからなるポーラス部分を有し、このポーラス部分は空気を透過させるが液体を透過させず、ノンポーラス部分は中空管壁の側壁と嵌合している血沈管。」の発明(以下、「引用例発明」という。)が記載されているものと認められる。

3. 対比

そこで、本願第1発明と引用例発明とを比較すると、引用例発明の「プラスチックモノフィラメント」は、その性賃及び機能からみて本願第1発明の「はっ水性合成樹脂」に相当し、「中空管の予め決められた位置」は「中空血沈管本体の長手方向の基準位置」に、「パリヤプラグ」は「血液止め体」にそれぞれ相当する。

したがって、両者は、「両端の開放した中空血沈管本体の長手方向の基準位置で中空血沈管本体内に、空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性のはっ水性合成樹脂からなる血液止め体を一体的に挿置したことを特徴とする血沈管。」である点で一致し、以下の点のみで一応相違している。

血液止め体が本願第1発明では「塊体」であるのに対して、引用例発明では「外側部分がノンポーラス材で形成された円柱状の形状をなし、円心状の中心核を形成する互いに鱗接した多数の縦のフィラメントからなるものである。」点。

4. 当審の判断

しかしながら、引用例発明の血液止め体は、多数のフィラメントが互いに隣接して縦に並び、外側部分を形成するノンポーラス材と共に円柱状の形状をなしているものであり、かつ空気に対しては透過性であるが液体に対しては不透過性である性質からして、多数のフィラメントは互いに極めて密接して塊をなしているものと認められる。よって、引用例発明の血液止め体は、全体として塊体を形成しているものと認められる。

してみると、上記相違点は実質的なものではない。

5. むすび

したがって、本願第1発明は本願出願前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明と認められるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

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