東京高等裁判所 平成8年(行ケ)155号 判決 1998年7月16日
大阪府門真市大字門真1006番地
原告
松下電器産業株式会社
代表者代表取締役
森下洋一
訴訟代理人弁護士
中村稔
同
松尾和子
同
弁理士 大塚文昭
同
竹内英人
同
岡潔
同
滝本智之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
小池正利
同
鈴木泰彦
同
早野公恵
同
田中弘満
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成3年審判第21232号事件について平成8年5月20日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年7月22日に名称を「冷凍装置」とする発明についてした特許出願(昭和55年特許願第100996号、以下「原出願」という。)を原特許出願として、その一部を昭和63年10月7日に分割出願(昭和63年特許願第254086号、平成5年4月19日に上記分割出願に係る発明の名称を「スクロール圧縮機」と補正、以下「本願発明」という。)したところ、平成3年9月11日に拒絶査定を受けたので、同年11月2日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第21232号事件として審理し、平成6年10月26日に出願公告(平成6年特許出願公告第84754号)をしたが、特許異議の申立てがあり、平成8年5月20日、「本件特許異議の申立ては理由がある。」旨の決定をすると共に、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年7月4日に原告に送達された。
2 本願発明の要旨
ら線曲線からなるラップを鏡板に形成した固定スクロールおよび可動スクロールを互いにラップを内側にしてかみ合せ、可動スクロールを固定スクロールに対して旋回運動させ、前記両スクロールラップで閉じられた密閉空間を昇圧するスクロール圧縮機において、前記固定スクロール又は可動スクロールの鏡板に偶数個の貫通孔を設け、前記貫通孔の半数は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの外径側に接し、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの内径側に接すると共に、前記内径側に接した貫通孔を外径側に接した貫通孔に対し前記固定スクロールラップまたは可動スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けてなるスクロール圧縮機。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
なお、特許請求の範囲には「残りの半分の貫通孔は・・・可動スクロールの内径側に接する」と記載されているが、本願発明における明細書(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明の欄の課題を解決するための手段の項(平成6年5月20日付手続補正書の3頁13行以下)にも「残りの半分の貫通孔を・・・可動スクロールラップの内径側に接する」と記載されているように、特許請求の範囲の上記箇所における「可動スクロール」は「可動スクロールラップ」の誤りであることが明らかであるので本願発明の要旨を上記のように認定した。
(2) 引用例
ア これに対して、当審における特許異議申立人サンデン株式会社の提出した原出願日前の昭和55年7月1日の特許出願であって原出願後に出願公開された昭和55年特許願第90390号(昭和57年特許出願公開第16291号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、
<1> 「板体の一面上にうず巻体を配設した第1のスクロール部材と、同様に板体の一面上にうず巻体を配設した第2のスクロール部材の両うず巻体を互に角度をずらせ、かつ両うず巻体側壁が接触するように配設した状態で第1のスクロール部材を円軌道上を公転運動させて両うず巻体間に閉塞された複数の空間を形成しつつ流体を取り込み、該第1のスクロール部材の運動に伴い、該密閉空間を中心に移動せしめ、かつ容積の減少を伴なわせて一方向性流体圧縮作用を行なわせるようにした容積式流体圧縮装置において、同時に密閉される対称な密閉空間を連通させるため一方のスクロール部材の板体上で他方のスクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置に開口を穿設する」(1頁左下欄の特許請求の範囲の1行ないし15行)こと、「第3図に示す如く固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)には、対称な位置でなおかつ可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって同時に閉塞される位置に2つの開口(31a)(31b)を穿設する」(3頁右上欄7行ないし11行)こと及び「第1図及び第5図を参照して開口(31a)(31b)の働きを説明すると、可動スクロール部材(25)が円軌道運動を行ない、可動及び固定スクロール部材(25)(26)の両うず巻体(252)(262)外端部が対向するうず巻体(252)(262)の側壁面に接触することにより対称な2つの空間(Ⅰ)(Ⅱ)が同時に形成されることとなるが、この密閉空間(Ⅰ)(Ⅱ)は固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設した開口(31a)(31b)及び連通板(32)・・・によって連通しているので、空間が密閉されると同時に両密閉空間(Ⅰ)(Ⅱ)の圧力は均衡する。その後可動スクロール部材(25)の運動が進むと可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面が固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設した開口(31a)(31b)を閉塞する状態となるので、対称な2つの空間(Ⅰ)(Ⅱ)の連通は止められ、以後は各々の空間で圧縮工程が進行するとともに、2つの開口(31a)(31b)は新たに形成される密閉空間の圧力均衡を行なうこととなる」(同3頁左下欄15行ないし右下欄13行)ことが記載されており、
<2> また、開口(31a)(31b)は、固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)の中央部を通ってほぼ一直線上に対向して配置される(第3図)と共に、開口(31a)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)内側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁とが接する位置で可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁に近接して、開口(31b)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)外側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁とが接する位置で可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって開口(31a)と同時に閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁に近接して固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設されている(第5図。特に(b))ことが記載されている。
以上のとおり認めることができる。
イ したがって、これらの事項を勘案すると、上記引用例には、以下の発明が記載されていると認められる。
板体の一面上にうず巻体を配設した第1のスクロール部材と、同様に板体の一面上にうず巻体を配設した第2のスクロール部材の両うず巻体を互に角度をずらせ、かつ、両うず巻体側壁が接触するように配設した状態で第1のスクロール部材を円軌道上を公転運動させて両うず巻体間に閉塞された複数の空間を形成しつつ流体を取り込み、該第1のスクロール部材の運動に伴い、該密閉空間を中心に移動せしめ、かつ、容積の減少を伴わせて一方向性流体圧縮作用を行わせるようにした容積式流体圧縮装置において、固定スクロール部材の円板状側面板に2つの開口を穿設し、2つの開口は、対称な2つの密閉空間において可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞されるように、固定スクロール部材の円板状側面板の中央部を通ってほぼ一直線上に対向して配置されると共に、一方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように固定スクロール部材のうず巻体外側壁に近接して、他方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように固定スクロール部材のうず巻体内側壁に近接して設けられてなる容積式流体圧縮装置
(3) 対比・検討
ア そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明の「板体」又は「円板状側面板」、「うず巻体」、円軌道上を公転運動する「第1のスクロール部材」又は「可動スクロール部材」、「第2のスクロール部材」又は「固定スクロール部材」、「容積式流体圧縮装置」、「開口」、「うず巻体内側壁又は外側壁」は、それぞれ本願発明の「鏡板」、「ら線曲線からなるラップ」、旋回運動する「可動スクロール」、「固定スクロール」、「スクロール圧縮機」、「貫通孔」、「スクロールラップの内径側又は外径側」に相当する。
イ また、引用例記載の発明において、第1のスクロール部材と、第2のスクロール部材の両うず巻体を互いに角度をずらせ、かつ、両うず巻体側壁が接触するように配設すること及び両うず巻体間に閉塞された複数の空間を形成しつつ流体を取り込み、該第1のスクロール部材の運動に伴い、該密閉空間を中心に移動せしめ、かつ、容積の減少を伴わせて一方向性流体圧縮作用を行わせることは、それぞれ本願発明において、固定スクロール及び可動スクロールを互いにラップを内側にしてかみ合わせること並びに両スクロールラップで閉じられた密閉空間を昇圧することと同義である。
ウ また、本願発明において、固定スクロール又は可動スクロールの鏡板に設けた偶数個の貫通孔の半数は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの外径側に接し、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの内径側に接すると共に、前記内径側に接した貫通孔を外径側に接した貫通孔に対し前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けた技術的意味は、本願明細書の発明が解決しようとする課題の項及び発明の効果の項を参照すると、本願第5図又は第6図に示される従来の貫通孔を有するスクロール圧縮機にあっては、対になる密閉空間内の圧力が不均等になるので、本願発明では、貫通孔を設けた圧縮機において、対になる圧縮室(密閉空間)の冷媒圧力を常に等しくする点にあると認められる。そして、そのためには、対となる貫通孔が対となる密閉空間において同時に開放又は閉塞するように設けられることが必要であることは技術常識からみて明らかであり、本願発明において、貫通孔を上記のごとく設けた理由は、対となる貫通孔が対となる密閉空間において同時に開放又は閉塞するためであると解される。
エ そうすると、引用例記載の発明においても、固定スクロール部材の円板状側面板に穿設された2つの開口は、対称な2つの密閉空間において可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞されるように設けられていることから、上記2つの開口のうち、固定スクロール部材のうず巻体内側壁に近接して設けられている開口は、固定スクロール部材のうず巻体外側壁に近接して設けられている開口に対し固定スクロール部材のうず巻体のうず巻曲線の中央部を中心として前記うず巻曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けられていると考えるのがごく自然である。また、このことは、引用例記載の発明では、2つの開口が固定スクロール部材の円板状側面板の中央部を通ってほぼ一直線上に対向して配置されていると共に、一方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように、他方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように設けられていることからも窺うことができる。
オ したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、固定スクロールの鏡板に偶数個の貫通孔を設け、前記貫通孔の半数は前記固定スクロールラップの外径側に、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップの内径側に設けると共に、前記内径側に設けた貫通孔を外径側に設けた貫通孔に対し前記固定スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けてなる点でも一致している。
カ そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは、貫通孔が、本願発明では、固定スクロールラップの外径側又は内径側に接しているのに対し、引用例記載の発明では、固定スクロールラップの外径側又は内径側に近接しているという点においてのみ一応相違しているが、対となる貫通孔を対となる密閉空間において同時に閉塞するという限りにおいて両者に格別の差異は見当たらず、貫通孔を固定スクロールラップに接して設けるか、あるいは近接して設けるかは、単なる設計的事項にすぎない。
(4) むすび
したがって、本願発明は、引用例記載の発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が引用例記載の発明の発明者と同一であるとも、また、本出願時におけるその出願人が引用例の特許出願の出願人と同一であるとも認められないので、特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)アのうち、<1>は認め、<2>は争い、同(2)イのうち、引用例に、「固定スクロール部材の円板状側面板の中央部を通ってほぼ一直線上に対向して配置されると共に、一方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように固定スクロール部材のうず巻体外側壁に近接して、他方の開口は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁とが接する位置で可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞されるように固定スクロール部材のうず巻体内側壁に近接して設けられてなる容積式流体圧縮装置」が記載されているとの認定は争い、その余は認める。同(3)のうち、ア、イ、及びウの「本願発明において、固定スクロール又は可動スクロールの鏡板に設けた偶数個の貫通孔の半数は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの外径側に接し、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの内径側に接すると共に、前記内径側に接した貫通孔を外径側に接した貫通孔に対し前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けた技術的意味は、本願明細書の発明が解決しようとする課題の項及び発明の効果の項を参照すると、本願第5図又は第6図に示される従来の貫通孔を有するスクロール圧縮機にあっては、対になる密閉空間内の圧力が不均等になるので、本願発明では、貫通孔を設けた圧縮機において、対になる圧縮室(密閉空間)の冷媒圧力を常に等しくする点にある」ことは認め、その余は争う。同(4)は争う。
審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、これと本願発明の同一性の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 本願発明において、対をなす貫通孔の所定位置関係を特定するための構成は2つあり、その1は、「固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの鏡板に偶数個の貫通孔を設け、貫通孔の半数は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの外径側に接し、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの内径側に接していること」、その2は「内径側に接した貫通孔を外径側に接した貫通孔に対し、固定スクロールラップ又に可動スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けていること」である。
(2) これに対して、引用例記載の発明は、以下のとおり、上記2つの構成を備えていない。
ア 審決は、引用例の第5図を根拠に、2つの開口について、「開口(31a)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)内側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁とが接する位置で可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁に近接して、開口(31b)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)外側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁とが接する位置で可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって開口(31a)と同時に閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁に近接して固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設されている」と認定する。しかし、引用例の第5図は、論理的にあり得ない図面であり、かつ、技術的にみても、これを審決のように理解するのは誤りである。
すなわち、仮に、第5図が断面図であるとしても、貫通孔(263)が破線で示され、連通板(32)の連通溝(32a)が実線で記載されているから、同図は平面で切った断面図ではなく、連通溝に沿った曲面で切った断面図である。また、第5図(b)には、可動スクロール部材のうず巻体と固定スクロール部材のうず巻体とがすべての箇所で互いに接している状態が示されているが、スクロール圧縮機において、スクロール部材のうず巻体同士の接触点(接触線)が一平面上に存在し得ないことは、当業者にとって技術常識である。ところが、連通溝は貫通孔を避けるために湾曲形状であればよいが、可動、固定スクロール部材のうず巻体がすべて互いに接するように示される曲面に包含される連通溝の形状は現実的には考えられないことである。また、仮に、鏡板の上側と下側とで切る曲面を変えるとしたならば、三次元的な曲面で切った断面図ということになり、技術的にみてあり得ないことである。
以上のとおり、第5図は正確性に欠ける図面であり、これによって開口同士の位置関係及び開口とスクロール部材のうず巻体との位置関係を特定することはできない。
イ 被告は、引用例の発明の詳細な説明の欄に、開口(31a)(31b)の穿設位置に関して、「スクロール部材の一方の側面板上に、対称な位置でかつ同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置に開口を穿設する」(2頁左下欄6行ないし9行)とある記載は、うず巻体の側面同士でシールされる位置、すなわち、側面同士の接触線が表れる位置に開口を穿設することをいうと主張する。
しかし、上記個所は、「本発明は上記のような欠陥を除去するため」という頭書で始まる発明の目的を記載した部分であり、具体的内容は、引用例の詳細な説明の欄中の実施例に即した記載の個所にある。すなわち、引用例には、「固定スクロール部材(26)の円板上側面板(261)には、対称な位置でなおかつ可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって同時に閉塞される位置に2つの開口(31a)(31b)を穿設する」(3頁右上欄7行目ないし11行目)、「その後・・・うず巻体(252)端面が固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設した開口(31a)(31b)を閉塞する状態となるので・・・対称な2つの空間(Ⅰ)(Ⅱ)の連通は止められ」(3頁右下欄6行目ないし同欄10行目)と記載され、特許請求の範囲にも、「一方のスクロール部材の板体上で他方のスクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置に開口を穿設する」と記載されているのである。また、引用例は「側面」(軸方向に垂直な面を「側面」と呼ぶ)、「側壁面」(スクロール部材のうず巻体の壁、3頁左下欄18行目ないし20行目の記載参照)及び「端面」(スクロール部材のうず巻体の底面)を使い分けしている。したがって、上記「うず巻体の側面によってシールされる位置」とは、うず巻体の端面によって開口が閉塞される位置と解すべきであり、これをうず巻体の側面同士でシールされる位置と解するのは誤りである。
ウ また、審決は、引用例の第3図は、開口(31a)(31b)が、固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)の中央部を通ってほぼ一直線上に対向して配置されていることを示していると認定する。しかし、上記第3図は、固定スクロール部材と可動スクロール部材のうず巻体の形状を示さない斜視図であるから、うず巻曲線と側面板及びうず巻曲線と開口との具体的位置関係は明らかでなく、したがって、密閉空間との位置関係も明らかではない。
エ 被告は、引用例に記載されている「対称な位置」とは、固定スクロール部材のうず巻体と可動スクロール部材のうず巻体とによって形成される対となる対称な密閉空間の対称な位置を意味しており、スクロール部材の側面板の中央部に位置することになる上記対となる密閉空間内の任意の対称な点を結ぶ直線群の交点を「仮想の中心点」としていると主張する。しかし、引用例には密閉空間と開口との位置関係が何ら示唆されていないのであるから、引用例中の「対称な位置」という文言の意味を、被告主張のように「対となる対称な密閉空間の対称な位置」であると解釈する理由は存在しないし、ましてや、引用例に何ら説明のない「仮想の中心点」という概念を持ち込んで、「対称な位置」は「対となる対称な密閉空間の対称な位置」であると解釈することはできない。
(3) 本願発明は、1つの貫通孔に対して対となる他方の貫通孔を1つだけ設け、前記(1)の構成により、当該対となる貫通孔の開時期及び閉時期を一致させている。これに対して、引用例記載の発明は、対となる貫通孔を同時に閉塞すれば足り、本願発明のように、その開時期及び閉時期を一致させるという問題は考慮の外であり、その必要もない。
そして、これにより、本願発明は、圧縮機室の冷媒圧力が常に等しくなり、可動スクロール及びその回転防止機構に余分なトルクが加わることなく、軸受等の各構成要素の摩擦を抑えることができ、製品としての寿命を延ばすことができ、余分なトルクを受けたときに発生する可動スクロールの傾斜に起因する騒音を抑えることができ、余分なトルクを受けたときに発生する軸受等の摩擦損失を抑えることができ、圧縮機効率の低下を防止することができるという、引用例記載の発明にない特有の作用効果を奏するものである。
(4) 以上のとおり、本願発明と引用例記載の発明は、構成が異なり、作用効果も異なるから、同一ではない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告の主張
(1)ア 原告は、引用例の第5図は正確性に欠ける図面であり、これによって開口同士の位置関係及び開口とスクロール部材のうず巻体との位置関係を特定することはできないと主張する。
原告がその理由とすることのうち、スクロール圧縮機において、スクロール部材のうず巻体同士の接触点(接触線)が一平面上に存在し得ないことが当業者にとって技術常識であることについて、被告は争わない。しかし、引用例の第5図は、引用例の図面の簡単な説明の欄に記載されているとおり、スクロール部材の板体上に形成した開口の動作状態を説明するための図、すなわち、引用例の実施例に即していえば、固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設された開口(31a)(31b)と公転する可動スクロール部材(25)の各異なる位置におけるそのうず巻体(252)との位置関係を示す図であり、引用例の第5図(b)に基づいて審決の認定のように理解することは、スクロール圧縮機に関する通常の知識と通常の図形認識能力とを有する者であれば容易に見て取ることができるものである。
イ 引用例の発明の詳細な説明の欄に、開口(31a)(31b)の穿設位置に関して、「スクロール部材の一方の側面板上に、対称な位置でかつ同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置に開口を穿設する」(2頁左下欄6行ないし9行)との記載がある。技術用語としての「シール」とは、流体が漏出しないように「密封すること」ないしそのための「密封装置」を意味しており、スクロール圧縮機の密閉空間は、固定及び可動スクロール部材のうず巻体の端面と相手方スクロール部材の側面板との接触部、すなわち、軸方向シール部と、固定及び可動スクロール部材のうず巻体の側面同士の接触部、すなわち、半径方向シール部とによって画定されるのであるから、上記「他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」とは、固定及び可動スクロール部材のうず巻体の側面同士でシールされる位置、すなわち、側面同士の接触線が表れる位置を指すといわざるをえない。
この点に関して、原告は、引用例の詳細な説明の欄中の実施例に即した記載及び特許請求の範囲の記載を挙げて、上記「他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」は、うず巻体の端面によって開口が閉塞される位置と解すべきであると主張する。しかし、上記記載は、「閉塞される位置に2つの開口(31a)(31b)を穿設する」、「開口(31a)(31b)を閉塞する」及び「閉塞される位置に開口を穿設する」というように、開口に対して「閉塞」という語が用いられ、「シール」という語は用いられていない。開口であっても、例えば、浴槽の排水口のように湯がはられている間は栓によってずっと閉じられているものでは、「栓によって開口をシールする」等のように表現することも可能であるが、引用例の開口のようにごく短い時間で開閉するものでは、通常、「開口をシールする」と表現することはない。以上のとおり、引用例は、「閉塞」と「シール」を使い分けているから、「シール」を「閉塞」と言い換えることはできない。また、引用例における「うず巻体の側面」も、それが「うず巻体の側壁面」と同義であることは明らかであり、これを「うず巻体の端面」と言い換えることもできないのである。したがって、原告の主張は当を得ないものである。
ウ 引用例に記載されている「対称な位置」とは、固定スクロール部材のうず巻体と可動スクロール部材のうず巻体とによって形成される対となる対称な密閉空間(別紙図面3の密閉空間Ⅰ室、Ⅱ室参照)の対称な位置を意味しており、スクロール部材の側面板の中央部に位置することになる上記対となる密閉空間内の任意の対称な点を結ぶ直線群の交点を「仮想の中心点」としている(別紙図面3の点C参照)。対となる対称な密閉空間の対称な位置は、無数にあるが、引用例記載の発明の2つの開口(貫通孔)は、「対称な位置でなおかつ可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって同時に閉塞される位置」(3頁右上欄8行ないし10行)に穿設されている。そして、対となる対称な密閉空間において、一方の密閉空間を画定する可動スクロール部材のうず巻体は、他方の密閉空間を画定する固定スクロール部材のうず巻体と対称な位置関係にあるので、対となる対称な密閉空間の対称な位置で、なおかつ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部(別紙図面3の、例えば、T02参照)と、当該接触部と「仮想の中心点」に関して点対称の関係にある可動スクロール部材のうず巻体内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部(別紙図面3のT12参照)である。
なお、対となる対称な密閉空間の対称な位置で、なおかつ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置は、上記したように、各うず巻体側壁の接触部に限られるので、対称な位置を維持するように上記接触部を中心として開口を固定スクロール部材の側面板に穿設しようとすると、開口が「点」であるような仮想の場合は別として実際には開口はある程度の面積を有するため、開口の半分は、可動スクロール部材のうず巻体端面の及ばない固定スクロール部材のうず巻体にかかってしまう。
そこで、両開口を固定スクロール部材のうず巻体の部分を避けて固定スクロール部材の側面板に設けるためには、引用例の第5図に示されているように、両開口が可動スクロールのうず巻体端面によって閉塞される範囲内で一方の開口(31a)の中心を接触部から外方に、他方の開口(31b)の中心を上記接触部と対称な位置にある他方の接触部から内方にずらす必要がある。したがって、この場合両開口(31a)(31b)の位置は、厳密な意味では対称な位置とはならないが、この「ずれ」も含んだうえで「対称な位置」というのである。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、次のとおりと認められる。
1 本願発明は冷凍冷房用のスクロール圧縮機に関するものである。(2欄3行ないし4行)
スクロール圧縮機において、可動スクロール1又は固定スクロール2に貫通孔を設けて、密閉空間12内の圧縮冷媒を取り出したり、又は密閉空間12内へ冷媒ガスを注入するものがある。(3欄26行ないし29行)
従来のスクロール圧縮機にあっては、一方の貫通孔を他方の貫通孔に対しほぼ180°進んだ位置に設けているにすぎないために、2つの貫通孔が常に同じ圧力条件で異なる密閉空間に位置するとは限らなかった。(3欄38行ないし41行)
従来のこの種のスクロール圧縮機においては、貫通孔を設けることによって密閉空間内の圧力が不均等となり、可動スクロールの回転防止機構に余分なトルクが加わったり、また、性能が低下するといった課題としていた。そこで、本願発明は、貫通孔を設けた圧縮機において、対になる圧縮室の冷媒圧力を常に等しくすることを目的とするものである。(4欄8行ないし15行)
2 上記目的を達成するために、本願発明は、特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載の構成としたものである。(4欄17行ないし24行)
3 上記手段により、互いに対となる貫通孔は常に同じ圧力条件で異なる密閉空間に位置することになる。(4欄26行ないし27行)
本願発明によれば、固定スクロール又は可動スクロールの鏡板に偶数個の貫通孔を設け、その貫通孔の半数は固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの外径側に接し、残りの半分の貫通孔は固定スクロールラップ又は可動スクロールラップの内径側に接すると共に、内径側に接した貫通孔を外径側に接した貫通孔に対し、固定スクロールラップ又は可動スクロールラップのら線曲線の中央部を中心としてら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けてなる構成とすることにより、一対の貫通孔を有するそれぞれの密閉空間内の冷媒圧力を常に等しくすることができるので、可動スクロール及びその回転防止機構に余分なトルクが加わることなく、軸受等の各構成要素の摩耗を抑えることができ、製品としての寿命を延ばすことができる。また、余分なトルクを受けたときに発生する、可動スクロールの傾斜に起因する騒音を抑えることができる。また、余分なトルクを受けたときに発生する軸受等の摩擦損失を抑えることができ、圧縮機効率の低下を防止することができる。(6欄9行ないし27行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 引用例に、「板体の一面上にうず巻体を配設した第1のスクロール部材と、同様に板体の一面上にうず巻体を配設した第2のスクロール部材の両うず巻体を互に角度をずらせ、かつ両うず巻体側壁が接触するように配設した状態で第1のスクロール部材を円軌道上を公転運動させて両うず巻体間に閉塞された複数の空間を形成しつつ流体を取り込み、該第1のスクロール部材の運動に伴い、該密閉空間を中心に移動せしめ、かつ容積の減少を伴なわせて一方向性流体圧縮作用を行なわせるようにした容積式流体圧縮装置において、同時に密閉される対称な密閉空間を連通させるため一方のスクロール部材の板体上で他方のスクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置に開口を穿設する」(1頁左下欄5行ないし19行)こと、「第3図に示す如く固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)には、対称な位置でなおかつ可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって同時に閉塞される位置に2つの開口(31a)(31b)を穿設する」(3頁右上欄7行ないし11行)こと及び「第1図及び第5図を参照して開口(31a)(31b)の働きを説明すると、可動スクロール部材(25)が門軌道運動を行ない、可動及び固定スクロール部材(25)(26)の両うず巻体(252)(262)外端部が対向するうず巻体(252)(262)の側壁面に接触することにより対称な2つの空間(Ⅰ)(Ⅱ)が同時に形成されることとなるが、この密閉空間(Ⅰ)(Ⅱ)は固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設した開口(31a)(31b)及び連通板(32)・・・によって連通しているので、空間が密閉されると同時に両密閉空間(Ⅰ)(Ⅱ)の圧力は均衡する。その後可動スクロール部材(25)の運動が進むと可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面が固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設した開口(31a)(31b)を閉塞する状態となるので、対称な2つの空間(Ⅰ)(Ⅱ)の連通は止められ、以後は各々の空間で圧縮工程が進行するとともに、2つの開口(31a)(31b)は新たに形成される密閉空間の圧力均衡を行なうこととなる」(3頁左下欄15行ないし右下欄13行)ことが記載されていることは当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない甲第3号証(引用例)によれば、引用例には、「本発明は一対のうず巻体を角度をずらせてかみ合せ、相対的な円運動(公転運動のみ)を加えて両うず巻体間に形成する密閉空間を中心方向へ移動させながら容積を減縮して中心部から圧縮流体を吐出させるようにした容積式流体圧縮装置、いわゆるスクロール圧縮機に関し、特にうず巻体間に対称に形成した1対の密閉空間の圧力を均衡させる機構に関するものである。」(1頁右下欄11行ないし18行)、「上記のようなスクロール圧縮機において、うず巻体側壁の接触部から接触部にわたって形成される複数の密閉空間は左右対称となるように形成されるが、固定スクロール部材の側面板上に穿設する吸入孔の穿設位置と形状あるいはスクロール部材の加工精度によるシール性のバラツキ等によって対称に形成した密閉空間内の圧力が異なる場合があり、対称の密閉空間的の圧力に差が生じると圧縮工程中にアンバランスが生ずるので、駆動部に振動が発生したり、あるいはスクロール部材に加わる圧力が不均衡となり動作に不規則な動きが伴なう欠陥を生じていた。特に可動スクロール部材を構成するうず巻体の外周端部の外周面をケーシング内壁面の形状に対応する円弧状に形成し、一方の密閉空間に供給される吸入ガスを予圧する構成としたスクロール型圧縮機にあっては、スクロール部材に加わる圧力が不均衡となり種々の不都合が生じていた。」(2頁右上欄8行ないし左下欄5行)、「本発明は上記のような欠陥を除去するためスクロール部材の一方の側面板上に、対称な位置でかつ同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置に開口を穿設するとともに該2つの開口を連通させることによって対称に形成される密閉空間の圧力を均衡させることを目的とするものである。」(2頁左下欄6行ないし11行)との記載と共に、第3図として、2つの開口(31a)(31b)は、固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)の中央部を挟んで互いに略反対側付近に位置しているような図が、第5図として、開口(31a)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)内側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁とが接する位置で可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)端面によって閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)外側壁に近接して、開口(31b)は、可動スクロール部材(25)のうず巻体(252)外側壁と固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁とが接する位置で可動スクロール部(25)のうず巻体(252)端面によって開口(31a)と同時に閉塞されるように固定スクロール部材(26)のうず巻体(262)内側壁に近接して固定スクロール部材(26)の円板状側面板(261)に穿設されているような図が、それぞれ示されていることが認められる。
以上の事実によれば、引用例記載の発明の2つの開口は、固定スクロール部材の円板状側面板に、「対称な位置でなおかつ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置」で、「対称な位置でかつ他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」に穿設されたものであって、上記認定に係る第3図及び第5図の図示とも整合する位置にあるものであることが認められる。
2 そこで、引用例記載の発明の2つの開口の具体的位置を検討する。
(1) 「対称な位置」について
前記1の認定に係る引用例の「うず巻体間に対称に形成した1対の密閉空間」、「複数の密閉空間は左右対称となるように形成される」との記載によれば、引用例においては、固定スクロール部材と可動スクロール部材とによって形成される1対の密閉空間(例えば、別紙図面3のⅠ室とⅡ室)は、「対称」なものとされていることが認められる。
一方、前掲甲第3号証、成立に争いのない甲第5号証によれば、上記1対の密閉空間は、同一形状であって、上記1対の密閉空間内の任意の対応する点を結ぶ直線群の交点(別紙図面3の点C、以下「仮想の中心点」という。)について点対称であることが認められる。そうすると、引用例の上記1対の密閉空間についての「対称」との記載は、上記仮想の中心点について点対称であることを指すものと解される。
そして、前記1の認定に係る引用例の「本発明は上記のような欠陥を除去するためスクロール部材の一方の側面板上に、対称な位置でかつ同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置に開口を穿設するとともに該2つの開口を連通させることによって対称に形成される密閉空間の圧力を均衡させることを目的とするものである。」との記載によれば、引用例においては、密閉空間も開口も、同様に「対称」なものとされていることが認められるから、上記「対称な位置」も、対称に形成される密閉空間の対称な位置、すなわち、仮想の中心点について点対称な位置であることを指すと解すべきである。そうすると、上記1対の密閉空間中に、仮想の中心点について点対称となる位置は無数にあるところ、一方の密閉空間を画定する可動スクロール部材のうず巻体と点対称となるのは、他方の密閉空間を画定する固定スクロール部材のうず巻体側壁であることが認められる。
(2) 「対称な位置でなおかつ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置」について
前掲甲第3、第5号証によれば、引用例記載の発明のスクロール圧縮機において、「可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置」との関係を充足する箇所は、可動スクロール部材のうず巻体が進行する方向の側壁に沿って線状に存在しているところ、そのうち、「対称な位置」である仮想の中心点に関して点対称である位置は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部、すなわち、別紙図面3では、例えばT02とT12の関係にある位置と解される。
(3) 「同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」について
引用例に「スクロール圧縮機において、うず巻体側壁の接触部から接触部にわたって形成される複数の密閉空間は・・・固定スクロール部材の側面板状に穿設する吸入口の穿設位置と形状あるいはスクロール部材の加工精度によるシール性のバラツキ等によって対称に形成した密閉空間内の圧力が異なる場合があり、」との記載があることは前記1の認定のとおりであるところ、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「うず巻体(1)(2)の軸方向両端にシールした円板状の側面板を設け、」(2頁右上欄3行ないし4行)との記載があることが認められ、以上の記載によれば、前記「他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」とは、上記密閉空間を形成する各うず巻体及び側面板の間のシールのうち、うず巻体の側面同士によってシールされる位置、すなわち、固定スクロール部材のうず巻体と可動スクロール部材のうず巻体の側面同士の接触部によってシールされる状態となる位置を指すものと解される。
そうすると、「同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」とは、1対の密閉空間において、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の的側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部を指すものと解される。
(4) 以上のとおり、引用例記載の発明の開口の位置を示す、「対称な位置でなおかつ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置」と「対称な位置でかつ他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」は、いずれも、1対の密閉空間において、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部、すなわち、別紙図面3では、例えばT02とT12の関係にある位置を指すものと解されるところ、上記位置は、引用例の第3図、第5図の図示とも整合するものであるから、引用例記載の発明の開口は、上記位置に穿設されているものと解すべきである。
3 成立に争いのない甲第9(昭和50年特許出願公開第32512号公報)、第10号証(United States Patent 3600114(昭和46年11月13日特許庁資料課受入))によれば、スクロール圧縮機において、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部は、固定スクロール部材のうず巻体のうず巻曲線の中央部を中心として前記うず巻体がほぼ角度180°進んだ位置に表れることが認められる。そうすると、引用例記載の発明は、固定スクロールの鏡板に偶数個の貫通孔を設け、前記貫通孔の半数は前記固定スクロールラップの外径側に、残りの半分の貫通孔は前記固定スクロールラップの内径側に設けると共に、前記内径側に設けた貫通孔を外径側に設けた貫通孔に対し前記固定スクロールラップのら線曲線の中央部を中心として前記ら線曲線がほぼ角度180°進んだ位置に設けてなるとの構成を備えているから、この点で本願発明と一致しているというべきである。
4 もっとも、引用例の第5図において、引用例記載の発明の2つの開口は、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部ではなく、これに近接して穿設されているように記載されていることは前記1の認定のとおりである。
しかし、上記接触部は側面板上では点として表れるのに対し、開口はある程度の大きさを持つ必要があるところ、上記接触部を中心として対称な開口を穿設しようとすれば、可動スクロール部材の端面の及ばない固定スクロール部材のうず巻体にかかってしまうことは明らかであることからすれば、引用例記載の発明においては、これを避ける必要上、両開口が可動スクロール部材のうず巻体端面によって閉塞される範囲内で、一方の開口の中心を上記接触部から外方に、他方の開口の中心を上記接触部から内方に、それぞれずらしたにすぎないものと解されるから、引用例記載の発明において両開口が上記接触部ではなく、これに近接した位置に設けられていることをもって、両開口が引用例に記載された「対称な位置」ではないということはできない。
そして、上記両開口が、上記接触部に接して設けられるか、あるいは近接して設けられるかは、開口の大きさとも関係し、開口がやや大きければ上記接触部に接し、やや小さければ上記接触部に近接するところ、前掲甲第5号証及び弁論の全趣旨によれば、両開口が上記接触部に近接して設けられた場合であっても、両開口の開時期及び閉時期は一致し、その結果、引用例記載の発明においても、圧縮機室の冷媒圧力が常に等しくなり、可動スクロール及びその回転防止機構に余分なトルクが加わることなく、軸受等の各構成要素の摩擦を抑えることができ、製品としての寿命を延ばすことができ、余分なトルクを受けたときに発生する可動スクロールの傾斜に起因する騒音を抑えることができ、余分なトルクを受けたときに発生する軸受等の摩擦損失を抑えることができ、圧縮機効率の低下を防止することができるというという本願発明と同様の作用効果を奏するものと認められる。したがって、上記両開口を、上記接触部に接して設けるか、あるいは近接して設けるかは、単なる設計的事項にすぎないというべきである。
5ア 原告は、引用例は「側面」、「側壁面」及び「端面」を使い分けしており、上記「うず巻体の側面によってシールされる位置」とは、うず巻体の端面によって開口が閉塞される位置と解すべきであると主張する。しかし、前掲甲第3号証によれば、引用例は、うず巻体の軸方向両端に設けられた円板状のものを「側面板」(2頁右上欄4行)、側面板の面に沿う方向を「板体の側面」(1頁右下欄2行ないし3行)と呼ぶものの、うず巻体については、軸方向両端を「端面」(1頁左下欄18行、3頁右上欄9行、同右下欄7行)、端面に垂直なうず巻状の壁面を「側壁」(1頁左下欄8行、2頁左上欄5行、同右上欄9行等)ないし「側壁面」(3頁左下欄19行)と呼んでいること及びうず巻体端面によって開口を閉塞することを「閉塞」(1頁左下欄18行、3頁右上欄10行、同右下欄9行)、密閉空間を形成する各うず巻体及び側面板の間を密封することを「シール」(2頁右上欄3行、同13行)と呼んでいることが認められ、上記事実に照らせば、上記「うず巻体の側面によってシールされる位置」を、うず巻体の端面によって開口が閉塞される位置と解することには疑問があるといわざるを得ない。また、仮に、上記「うず巻体の側面によってシールされる位置」を、うず巻体の端面によって開口が閉塞される位置と解したとしても、「対称な位置でかつ同時に他方のうず巻体の側面によってシールされる位置」は、「対称な位置でなおかっ可動スクロール部材のうず巻体端面によって同時に閉塞される位置」ということになり、それは、可動スクロール部材のうず巻体外側壁と固定スクロール部材のうず巻体内側壁との接触部と、当該接触部と仮想の中心点に関して点対称の関係にある可動スクロール部材の内側壁と固定スクロール部材のうず巻体外側壁との接触部を指すことは、前記2(2)の認定のとおりであるから、そのことは、引用例記載の発明の開口の位置についての前記2(4)の認定を左右するに足りるものではない。
イ また、原告は、引用例には密閉空間と開口との位置関係が何ら示唆されていないのであるから、引用例中の「対称な位置」という文言の意味を、被告主張のように「対となる対称な密閉空間の対称な位置」であると解釈する理由は存在しないし、ましてや、引用例に何ら説明のない「仮想の中心点」という概念を持ち込んで、「対称な位置」は「対となる対称な密閉空間の対称な位置」であると解釈することはできないと主張する。しかし、引用例が「本発明は上記のような欠陥を除去するためスクロール部材の一方の側面板上に、対称な位置でかつ他方のうず巻体の側面によってシールされる位置に開口を穿設するとともに該2つの開口を連通させることによって対称に形成される密閉空間の圧力を均衡させることを目的とするものである。」として、密閉空間と開口とを同様に対称であるとしていること及び引用例の第5図に密閉空間と開口との位置関係の記載があることは前記1及び2(1)の認定のとおりであるし、また、1対の密閉空間が仮想の中心点について点対称であることは前記2(1)の認定のとおりであるから、原告の主張は採用することができない。
ウ 更に、原告は、引用例の第5図について、<1>貫通孔(263)が破線で示され、連通板(32)の連通溝(32a)が実線で記載されていること、<2>可動スクロール部材のうず巻体と固定スクロール部材のうず巻体とがすべての箇所で互いに接している状態が示されていることから、正確性に欠ける図面であり、これによって開口同士の位置関係及び開口とスクロール部材のうず巻体との位置関係を特定することはできないと主張する。しかし、前掲甲第3号証によれば、引用例の第5図は、スクロール部材の板体上に形成した開口の動作状態、すなわち、可動スクロール部材の各異なる位置における開口とうず巻体との位置関係を説明するための図であることが認められ、上記事実によれば、同図が、貫通孔と連通溝の関係及び可動スクロール部材のうず巻体と固定スクロール部材のうず巻体の接触関係が模式的に示されていて、正確な断面図ではないとしても、同図が説明しようとしている事柄に関係が深い事柄である開口とスクロール部材のうず巻体との位置関係を認定する資料とならないということはできない。
6 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
第4 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年7月2日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>