東京高等裁判所 平成8年(行ケ)157号 判決 1998年10月08日
長野県飯田市中村1313番地
原告
天竜丸澤株式会社
代表者代表取締役
小西康雄
訴訟代理人弁理士
綿貫隆夫
同
堀米和春
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
野村享
同
舟木進
同
廣田米男
同
田中弘満
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成6年審判第4979号事件について平成8年5月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「電磁スプリングクラッチ」とする考案について、昭和61年8月26日に実用新案登録出願(昭和61年実用新案登録願第129990号)をし、同年12月9日に上記実用新案登録出願を特許出願(昭和61年特許願第292951号)に変更したところ、平成6年1月21日に拒絶査定を受けたので、同年3月17日に審判を請求し、平成6年審判第4979号事件として審理された結果、平成8年5月20日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年7月3日にその謄本の送達を受けた。
2 本願発明の特許請求の範囲
磁性材料で形成されたフィールドコアと、
該フィールドコア内に配された電磁コイルと、
該電磁コイル内で回転自在に配された第1の回転軸と、
該第1の回転軸と同軸に回転自在に配された第2の回転軸と、
前記第1の回転軸外周と前記電磁コイルとの間に軸線を中心に回転自在かつ軸線方向へ移動可能に配されると共に、全長に亘り略同一の外径を有する筒状に磁性材料を用いて形成され、電磁コイルが通電された際には軸線方向に移動し、その端面が前記フィールドコア内の特定部と当接するアーマチュアと、
該アーマチュア内において前記第1の回転軸外周と前記第2の回転軸外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュアに掛止され、他端は第2の回転軸に掛止されたコイルスプリングとを具備する電磁スプリングクラッチにおいて、
前記フィールドコアは、磁性材料を用いて長方形に形成された板状部材を曲げることで一端が開放され、側面が開放されたコの字状に形成されたコア部と、該コア部の開放された一端を閉塞するようにコア部の一端に固定された磁性材料から成る平板状のヨーク部とから成り、該ヨーク部またはヨーク部と対向するコア部の壁面のいずれか一方には前記アーマチュアが回転自在に貫通する透孔が設けられていることを特徴とする電磁スプリングクラッチ。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書「理由」の写のとおりである。以下、審決と同様に、特開昭57-65426号公報を「第1引用例」、特開昭57-114035号公報を「第2引用例」、実公昭57-8165号公報を「第3引用例」、実公昭59-26572号公報を「第4引用例」、特開昭60-110109号公報を「第5引用例」という。第1引用例については、別紙図面2、第2引用例については、別紙図面3を各参照。
4 審決の取消事由
審決の理由1、2は認める。同3及び4のうち、第1引用例について、「継鉄9の他端にはアーマチュア7が回転自在に貫通する透孔が設けられている電磁スプリングクラッチ」が記載されているとの認定(9頁2行ないし4行)及びこれを前提として本願発明と第1引用例が、「フィールドコアにはアーマチュアが回転自在に貫通する透孔が設けられている」点で一致するとの認定判断(15頁4行ないし7行)、第2引用例について、「このクラッチ接極子9は、全体が略円筒状で、その端部がヨーク20内の特定部に接触する摩擦接触部となっている」との認定(11頁11行ないし13行)を争い、その余は認める。同5のうち、相違点(1)の判断について、第2引用例に「本願発明のフィールドコアに相当するヨーク20内の特定部に該端面を当接させることについて記載されている。」との認定(16頁15行ないし17行)及び「第2引用例に記載されたクラッチ接極子9の技術を第1引用例に記載されたアーマチュア7に適用し、その形状を、ほぼ全長に亘り略筒状とするとともに、その端面を、継鉄9内の特定部と当接させて摩擦力を発生させる構成とすることは、当業者にとって格別の発明力を要するものとは認められない。」との認定判断(16頁末行ないし17頁6行)を争い、その余は認め、相違点(2)の判断について、「第1引用例に記載された継鉄9と励磁コイル10とは、アーマチュア7を磁力により引きつけるための電磁石をなすものである。」との認定(17頁8行ないし10行)、「そして、このような電磁石として周知の技術である、コの字状に形成されたコア部と平板状のヨーク部とから電磁石を構成するという技術を第1引用例に記載された継鉄9に適用し、その構成を本願発明のフィールドコアの如くすることは、当業者が容易に想到し得た程度のものと認められる。」との認定判断(18頁2行ないし8行)及び「そして、本願発明は、上記構成をとることにより、前記第1引用例及び第2引用例に記載された技術、及び、第3乃至第5引用例に記載されたような周知技術から予想される程度以上の格別な効果を奏しているものとも認められない。」との認定判断(18頁9行ないし13行)を争い、その余は認める。同6は争う。
審決は、相違点(1)、相違点(2)の判断を誤り、本願発明の顕著な効果を看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)
ア 審決は、第2引用例記載の発明について、「クラッチ接極子9は、全体が略円筒状で、その端部がヨーク20内の特定部に接触する摩擦接触部となっている。」と認定し、これを前堤として、相違点(1)の判断をした。しかし、第2引用例記載の発明のクラッチ接極子9の端部が接触するのは、クラッチボス2の半径方向フランジ部12である。第2引用例記載の発明においては、固定側のヨーク20に対して半径方向フランジ部12は回転する部材であってヨーク20とは別物であるから、クラッチ接極子9がヨーク20内の特定部と接触するとの認定は誤りである。
被告は、本願発明における「フィールドコア内の特定部」について、アーマチュアは、フィールドコアの内側の部材であって、アーマチュアが当接してスプリングに巻き締め力が働く部分であれば、何に当接していてもよいと主張する。しかし、上記「フィールドコア内の特定部」は、「フィールドコアの特定部」と認定されるべきものである。
<1> すなわち、本願発明に係る別紙図面1の第1図に示されている第1実施例では、アーマチュア16の端面をフィールドコア10に直接当接させているし、同第2図に示されている第2実施例では、アーマチュア52の端面をフィールドコア50に固定されている軸受54に当接させており、それ以外の実施例は何ら示されていないから、上記のように認定されるべきなのである。
<2> 本願発明の特許請求の範囲を「フィールドコア内の特定部と当接するアーマチュア」としたのは、上記のように、「アーマチュア」は「フィールドコア」のみならず「フィールドコアに固定された軸受」に当接させてもよいことから、「フィールドコア内の特定部と当接するアーマチュア」としたまでであって、「回転軸に設けたフランジ部」のような可動側部材に当接させる意図は、出願当初から有していないものである。
<3> 被告は、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の補正によって挿入された「また、外力により回転する主動軸は第2の回転軸に代えて、第1の回転軸としてもよい。」(平成4年7月30日付手続補正書5頁15行ないし17行)との記載からして、アーマチュアがフィールドコアに当接するのでなく、フィールドコアの内側の延設部等の特定部に当接するものと解することができる旨主張する。しかし、本願発明の第1実施例を示す別紙図面1の第1図において、主動軸を第1の回転軸20とすると、アーマチュア16が回転しないものとなり、電磁コイル12に通電されてアーマチュア16が固定側のフィールドコア10に当接しても、スプリング22が巻き締められないことは明白であり、回転力が第1の回転軸20から第2の回転軸18に伝達されない。したがって、上記補正は誤って補正事項に入ったものというほかはない。
<4> 本願発明は、回転軸に延設部を設けることにより生じる問題点を解決することもその技術的課題としている。すなわち、別紙図面1の第3図(従来例)のように、回転軸に延設部112を設けると、アーマチュア104にフランジ105を設けるのと同様に、回転軸を加工する際、丸鋼から切削すると、材料の無駄になる部分があり、加工時間も不経済となる問題点がある。この技術的課題は、本願明細書の「同じことが延設部を設けた第1の回転軸の形成についても問題点となっている。」(出願当初の明細書4頁16行ないし17行)の記載からも明らかなように、出願当初から認識されている点である。したがって、本願発明では、回転軸に延設部を設けること及びこの延設部にアーマチュアを当接させることは、出願当初から意図されていないことである。
イ 第1引用例記載の発明に第2引用例記載の発明を単純には適用できない。
<1> 第2引用例記載の発明のアーマチュアは筒状であり、これに基づいて第1引用例記載の発明のアーマチュアを筒状に形成したとすると、この筒状のアーマチュアの端面を何らかの部材に当接させねばならない。
しかしながら、第1引用例は、別紙図面2の第1図(従来例)のようにアーマチュア7の筒状部の端面をフテンジ部8等に当接させる場合には、「その対接面と回転中心間の距離は比較的小さいので、・・・クラッチの切れが悪いと云った問題点がある。」(2頁右上欄15行ないし左下欄5行)として、アーマチュアの筒状部端面を当接させることを否定し、それに代わって大径のフランジ部7’をコイルボビン12の端面に当接させようというものである。
上記のような技術的思想を有する第1引用例記載の発明に、これと相反する構成の第2引用例記載の発明を組み合わせるということ自体に無理がある。
<2> また、第1引用例記載の発明において、アーマチュアを筒状にしたとしても、これによって消失するフランジ部7’をどのように考えるのか、全く不明という他ない。
被告は、第1引用例記載の発明のアーマチュア及びその当接部材であるコイルボビンに代えて、アーマチュアに相当する第2引用例記載の発明のクラッチ接極子(アーマチュア)及び当接部材である半径方向フランジを適用すると、その構成は概略別紙図面4の図3のようになると主張する。
しかし、段階的に考えて、第1引用例記載の発明において、まず、フランジを有するアーマチュアに代えて、第2引用例の筒状のクラッチ接極子(アーマチュア)を適用すると、すぐには図3のようにはならず、別紙図面5の参考図1のようになるはずである。すなわち、フランジが消失する。
次に、このフランジの消失分を補うとすれば、別紙図面5の参考図2のように継鉄(フィールドコア)に固定されたフタが新たに必要になる。更に、クラッチ接極子(アーマチュア)の当接部材として第2引用例の半径方向フランジをそのまま採用するとすれば、別紙図面5の参考図3のようになり、これは第2引用例記載の発明そのものにほかならない。
つまり、第1引用例に第2引用例を適用して、アーマチュアと当接部材を交換するとすれば、再び第2引用例のようになってしまい、第1引用例そのものが埋没してしまうのである。
<3> 別紙図面4の図3のものは、半径方向フランジが励磁コイルの内側に入っている。しかしながら、第2引用例記載の発明では、半径方向フランジは励磁コイルの外側に位置し、かつ、円筒状のヨークの開放側の内面と所定の空隙をもって配置されて磁気回路を形成しているのである。
このような第2引用例記載の発明を適用する場合に、何故に、半径方向フランジを励磁コイルよりも小径にし、かつ、励磁コイルの内側に持ってくることができるのか、これさえも自明とはいえない。
以上のとおり、別紙図面4の図3に示されるものは、無理やり作りだしてきた構造としかいいようがない。そこには第1引用例の思想はみじんも見られず、第1引用例記載の発明に第2引用例記載の発明を適用したものとは到底認めることができない。
<4> 更に、本願発明の構成は、前記ア<2>のとおりアーマチュアの端面がフィールドコアの特定部と当接するものであるから、別紙図面4の図3のものは、本願発明を示すものではない。
(2) 取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)
本願発明、第1、第2引用例記載の発明のような電磁スプリングクラッチは、第3ないし第5引用例記載の発明のような単なる電磁ソレノイド等の電磁石とは、次のとおり、技術的な事情を異にしている。
ア 従来の電磁スプリングクラッチは、何らかの形でフランジを設けている。
例えば、第1引用例記載の発明においては、アーマチュア7のフランジ部7’、第2引用例記載の発明においては、クラッチボス2の半径方向フランジ12であり、これらフランジは、すべて磁路を構成する部材の一部をなすものである。
イ また、アーマチュアを有する電磁スプリングクラッチは、アーマチュアが何らかの部材に当接することによる接触摩擦力により、コイルスプリングが巻き締められ、これにより従動側に回転力が伝達される構造となっている。
このアーマチュアが当接する部材は、第1引用例記載の発明では固定側のコイルボビン、第2引用例記載の発明では半径方向フランジ12であり、すべて回転する部材となっている。
ウ ところが、電磁ソレノイド等は、基本的にアーマチュアが何らかの部材に当接して制動を受けるという構成にはなっていない。
このような技術的背景にある電磁スプリングクラッチに、電磁ソレノイドのような単なる電磁石の構造をすぐさま適用できるものではない。
(3) 取消事由3(顕著な効果の看過)
本願発明では、フィールドコアを、板状部材を曲げることで側面が開放したコの字状に形成したコア部と、このコア部の開放端を閉塞するヨーク部とで構成し、アーマチュアの端面をこの固定側のフィールドコア内の特定部に当接させるという従来技術からかけ離れた構成を採用したので、フランジをなくすことができてフィールドコアの構造が簡単になり、加工時間の短縮及び製品コストの低減化が図れるという従来技術にはない優れた効果を奏するものである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断に誤りはない。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
ア 原告は、第2引用例記載の発明のクラッチ接極子9の端部が接触するのは、クラッチボス2の半径方向フランジ部12であり、回転する部材であってヨーク20とは別物であるから、クラッチ接極子9がヨーク20内の特定部と接触するとの認定は誤りであると主張する。
しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載は、「その端面が前記フィールドコア内の特定部と当接するアーマチュア」というのであって、上記特許請求の範囲の記載において、特定部が具体的に何であるのか明記されていないのであるから、アーマチュアは、フィールドコア内、すなわち、フィールドコアの内側の部材であって、アーマチュアが当接してスプリングに巻き締め力が働く部分であれば、何に当接していてもよいものと解される。
そして、同じく本願発明の特許請求の範囲に記載された事項「フィールドコア内に配された電磁コイル」、「電磁コイル内で回転自在に配された第1の回転軸」及び「アーマチュア内において前記第1の回転軸外周と前記第2の回転軸外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュアに掛止され、他端は第2の回転軸に掛止されたコイルスプリング」における「内」は、いずれも「内側」を意味するものであるから、これらと同様の記載である「フィールドコア内の特定部」を、ことさら「フィールドコアの特定部」と解さなければならない必然性がない。
また、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「また、外力により回転する主動軸は第2の回転軸に代えて、第1の回転軸としてもよい。」(平成4年7月30日付手続補正書5頁15行ないし17行)との記載がある。ところが、このように主動軸を第1の回転軸とすると、アーマチュアが第2の回転軸やフィールドコアと共に常時は回転しないものとなり、フィールドコアに当接してもスプリングが巻き締められることがなく、回転力が第1の回転軸から第2の回転軸に伝達されない。してみると、この場合、別紙図面1の第3図に示される回転軸の延設部112や第2引用例の別紙図面3の第1図に示されるクラッチボスのフランジ12のような部材が第1の回転軸に設けられているものと解され、アーマチュアがフィールドコアに当接するのでなく、フィールドコアの内側の延設部等の特定部に当接するものと解することができる。
したがって、審決の上記認定に誤りはない。
イ<1> 原告は、第1引用例は、アーマチュアの筒状部端面を当接させることを否定し、それに代わって大径のフランジ部7’をコイルボビン12の端面に当接させようというものであるから、そのような技術的思想を有する第1引用例記載の発明に、これと相反する構成の第2引用例記載の発明を組み合わせるということ自体に無理があると主張する。
しかし、一般に、電磁スプリングクラッチは、電磁力によりスプリングを作動させて摩擦力を調整する形式のクラッチであって、電磁力を発生する部材と、励磁されたときに軸方向に移動するアーマチュアと、アーマチュアが軸方向に移動したときにスプリングに巻き締め力が働くように配置された当接部材とを有することを、その基本的構成とするものである。そして、第1引用例記載の発明の電磁スプリングクラッチは、その基本的構成において、第2引用例記載の発明の電磁ばねクラッチと同じであって、関連する部材を一体にしたままであれば、相互にその構成を適用することについて、当業者にとって格別困難な点はない。
特に、第1引用例記載の発明の電磁スプリングクラッチは、アーマチュアをフランジのあるものとし、アーマチュアが当接する部材をコイルボビンの一端面とするものであって、フランジとコイルボビンの一端面が共に関連する部材であって一体不可分のものである。そして、アーマチュアのフランジの大きさは、当接する位置や当接部材間の摩擦係数の大小や電磁吸引力等により決まる設計的事項であるから、第1引用例記載の発明のフランジとコイルボビンの一端面に代えて、第2引用例記載の発明の電磁ばねクラッチにおける共に関連する部材であって一体不可分のものであるところのクラッチ接極子9とクラッチボスのフランジ12の一部分を適用することに格別困難な点があるものとはいえない。
<2> 第1引用例記載の発明は、概略別紙図面4の図1のとおりであり(なお、対比を容易にするために、第1引用例の第2図の記載とは左右を反転して記載している。)、第2引用例記載の発明は、概略別紙図面4の図2のとおりである。
第1引用例記載の発明に第2引用例記載の発明を適用した例としては種々の態様が考えられるが、別紙図面4の図3がその一例である。すなわち、電磁スプリングクラッチは、電磁力によりスプリングを作動させて摩擦力を調整する形式のクラッチであって、電磁力を発生する部材と、励磁されたときに軸方向に移動するアーマチュアと、アーマチュアが軸方向に移動したときにスプリングに巻き締め力が働くように配置された当接部材とを有することを基本的構成とするものであることから、第1引用例記載の発明のアーマチュアと当接部材を第2引用例記載の発明のそれと置き換えることとし、第1引用例記載のアーマチュア及びその当接部材であるコイルボビンに代え、アーマチュアに相当する第2引用例記載のクラッチ接極子及び当接部材である半径方向フランジを適用すると、その構成は、概略別紙図面4の図3のようになるのである。なお、同図1と同図3とを比較すると、フィールドコアに相当する継鉄の形状を軸方向の両側にフランジ部を有するものにその形状を変えている。これは、アーマチュアを略筒状としたことによって第1引用例の電磁スプリングクラッチの磁気回路の一部であるアーマチュアのフランジ部を補うためのものである。上記「フィールドコアの軸方向の両側にフランジ部を設ける」という構成は、第3引用例、第4引用例、第5引用例に記載されたように、一般の電磁石としては周知の技術であるのみならず、特公昭55-50211号公報(以下「乙第2号証刊行物」という。)、特開昭51-77749号公報(以下「乙第3号証刊行物」という。)に記載されたように、電磁スプリングクラッチの電磁石としても周知の技術である。
なお、別紙図面4の図3において、半径方向フランジをなくし、クラッチ接極子(アーマチュア)の左端部をコイルボビンに固着されている軸受と接触するようにすることも、他の態様として考えられ、この場合には、本願発明の別紙図面1の第1図により近い構造となる。
(2) 取消事由2について
原告は、電磁ソレノイド等は、基本的にアーマチュアが何らかの部材に当接して制動を受けるという構成にはなっておらず、技術的な事情を異にする旨主張する。
しかし、電磁スプリングクラッチは、その名称のとおり、電磁力によりスプリングを作動させて摩擦力を調整する形式のクラッチであって、電磁力を発生する部材として電磁石を用いていることから、電磁石との対比では、電磁石の一つの応用例であるとみることができる。
また、電磁石は、従来より、電磁力により可動鉄心やアーマチュアを移動させ、この可動鉄心やアーマチュアに連結された各種部材を移動させたり、あるいは制動したりするものとして、種々の機械や電気製品に応用されているものである。
そして、電磁スプリングクラッチと電磁石は、ヨーク内に収納された励磁コイルを励磁することにより、励磁コイル内の可動鉄心やアーマチュアを軸方向に移動させる点において同じである。もっとも、電磁スプリングクラッチでは、電磁石の応用される装置のスプリングにアーマチュアが連結されているのに対して、電磁石では、鉄心やアーマチュアが連結される相手が不定である点で両者は相違するが、この相違によって、相互にその技術を適用できないというものではない。
(3) 取消事由3について
原告は、フィールドコアを本願発明のように構成したことによる効果を主張する。しかしながら、原告主張の効果は、フランジをなくすことができてフィールドコアの構造が簡単になり、加工時間の短縮及び製品コストの低減化が図れるというものであり、このような効果は、周知技術として挙げた第3、第4、第5引用例の電磁石やソレノイドにおける第1ヨーク2、ヨーク1、第1ヨーク2が奏する効果と同じであるから、本願発明特有の効果とはいえない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
甲第7号証中の本願書添付の明細書、第10号証(平成3年9月7日付手続補正書)、第11号証(平成4年7月30日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 (産業上の利用分野)
本願発明は、力の伝達に用いられる電磁スプリングクラッチに関する。
(従来の技術)
従来の電磁スプリングクラッチについて第3図(判決注・別紙図面1参照)と共に説明する。同図(a)において、フィールドコア100は円筒状をなし、内部には電磁コイル102が固定され、延設部112を有する第1の回転軸108が遊挿されている。104はアーマチュアであり、フランジ105が延設されて、前記第1の回転軸108に回動自在に外嵌されている。(上記明細書2頁6行ないし17行)
第3図(b)に示すとおり電磁コイル102に通電、励磁されると、フィールドコア100、フランジ105、アーマチュア104を通る磁性回路が破線Bのように形成される。したがって、効果的に磁性回路を形成するためには、フランジ105の形状はフィールドコア100の開口部を塞ぐような円形状に形成する必要がある。磁性回路が形成されると、第1の回転軸108の延設部112及びアーマチュア104がフィールドコア100に吸引される。その際にアーマチュア104の内側端面が第1の回転軸108の延設部112に密着し、摩擦力によりアーマチュア104の回転に制動がかかり、アーマチュア104と第2の回転軸106に各々一方を固定されたコイルスプリング110は、第2の回転軸106の回転により巻き締められて縮径することによって第1の回転軸108に密着し、第1の回転軸108が回転を始め、回転力を被伝達部材に伝達する。
(発明が解決しようとする問題点)
アーマチュアとフランジが一体に形成されているので、加工の際に丸鋼から切削すると、材料の無駄になる部分があり、加工時間もかかり不経済である。また、フィールドコアの厚さや、外径に合わせてフランジの外径や形成位置を調節する必要があるので、作業上面倒である。また、精密さを要求されるので、不良品もできやすい。同じことが延設部を設けた第1の回転軸の形成についても問題点となっている。したがって、本願発明は、安価な電磁スプリングクラッチを堤供することを目的とする。(上記明細書3頁8行ないし4頁末行)
2 上記問題点を解決するため、本願発明は、特許請求の範囲記載の構成を備える。(上記明細書5頁2行ないし3行、平成4年7月30日付手続補正書1頁3行ないし2頁12行)
3 (発明の効果)
本発明の電磁スプリングクラッチは、そのフィールドコアが、磁性材料を用いて長方形に形成された板状部材を単にコの字状に曲げ加工して形成されるコア部と、コア部の開放された一端を閉塞するように固定された平板状のヨーク部とで構成できるため、構造が簡単になり、加工時間の短縮及び製品コストの低減が可能となる。(上記明細書12頁7行、平成4年7月30日付手続補正書6頁4行ないし11行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1)ア 甲第3号証によれば、第2引用例記載の発明において、クラッチ接極子9は、全体が略円筒状で、その端部が、ヨーク20の内側にあり、ヨーク20とは別体となっているクラッチボス2の半径方向フランジ部12に接触する摩擦接触部となっていることが認められる。この点に関して、原告は、本願発明における「フィールドコア内の特定部」は、「フィールドコアの特定部」と認定されるべきものであるところ、第2引用例記載の発明のクラッチ接極子9はヨーク20内の特定部とは接触しない旨主張するので、検討する。
イ 本願発明の特許請求の範囲に「フィールドコア内に配された電磁コイル」、「電磁コイル内で回転自在に配された第1の回転軸」及び「アーマチュア内において前記第1の回転軸外周と前記第2の回転軸外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュアに掛止され、他端は第2の回転軸に掛止されたコイルスプリング」との記載があることは当事者間に争いがないところ、上記各記載における「内」は、いずれも「内側」を意味するものであることは明らかである。しかしながら、上記はいずれも、「フィールドコア内・・・電磁コイル」、「電磁コイル内・・・第1の回転軸」及び「アーマチュア内・・・コイルスプリング」との記載から明らかなとおり、内側にあるものは、外側にあるものとは別の部品であるのに対し、「フィールドコア内の特定部」は、部品ではなく、位置を指しているとも解されるから、上記各記載と同様に理解すべきか否かは必ずしも明らかではない。そうすると、上記「フィールドコア内の特定部」の技術的意義は、特許請求の範囲の記載からは一義的に明らかではないというべきである。
ウ そこで、発明の詳細な説明の欄を参酌するに、甲第11号証によれば、本願明細書には、「また、外力により回転する主動軸は第2の回転軸に代えて、第1の回転軸としてもよい。」(5頁15行ないし17行)との記載があることが認められる。ところが、本願発明において、このように主動軸を第1の回転軸とすると、アーマチュアが常時は回転しないものとなるため、これがフィールドコア10に当接してもスプリングが巻き締められることがなく、回転力が第1の回転軸から第2の回転軸に伝達されないから、この場合には、本願発明に係る別紙図面1の第3図の回転軸の延設部112や第2引用例に係る別紙図面3の第1図のクラッチボス2のフランジ12のような部材が第1の回転軸に設けられて、第1の回転軸と共に回転しており、したがって、アーマチュアは、フィールドコア10に当接するのでなく、第1の回転軸に設けられた上記のような部材に当接するものと考えざるを得ない。
そうすると、本願発明に係る別紙図面1の第3図の回転軸の延設部112や第2引用例に係る別紙図面3の第1図のクラッチボス2のフランジ12のような部材も、「フィールドコア内の特定部」であると解さざるを得ない。
エ もっとも、原告は、上記「また、外力により回転する主動軸は第2の回転軸に代えて、第1の回転軸としてもよい。」との記載は誤って補正事項に入ったものであると主張するが、そのように解すべき理由はないから、上記主張は採用することはできない。
また、原告は、本願発明は、回転軸に延設部を設けることにより生じる問題点を解決することもその技術的課題としていると主張するけれども、そのことは、前記認定を左右するに足りるものではない。
更に、甲第7、第10、第11号証によれば、本願明細書には、実施例として、アーマチュア16の端面をフィールドコア10に直接当接させる第1実施例と、アーマチュア52の端面をフィールドコア50に固定されている軸受54に当接させる第2実施例が示されているのみであることが認められるけれども、上記事実は、前記認定を覆すに足りるものではない。
オ 以上のとおり、引用例2記載の発明のクラッチボス2の半径方向フランジ部12もヨーク20内の特定部であるから、第2引用例記載の発明について、「クラッチ接極子9は、全体が略円筒状で、その端部がヨーク20内の特定部に接触する摩擦接触部となっている。」とした審決の認定に誤りはない。
(2)ア 甲第2、第3号証によれば、第1、第2引用例記載の発明は、いずれも電磁スプリングクラッチであること及び第1引用例には、「従来のこの種クラッチを第1図について説明する・・・アーマチュア7は円筒状部においてスプリング4を囲繞し、円筒状部の一端面は被動側回転軸2のフランジ部8の一側面に対向している。なお、アーマチュア7には円筒状部の外にフランジ部7’を有し、このフランジ部の一側面を継鉄9の端面に空隙を隔てて対向させている。継鉄9は被動側回転軸2上においてこの回転軸と相対回動可能となっており、内部に励磁コイル10を収容している。・・・励磁コイル10に電流が供給されるとアーマチュア7が電磁吸引力によって継鉄9の端面に向って吸引され、そのアーマチュアの円筒状部の右端面が被動側回転軸2のフランジ部8の対向面に圧接させられ、・・・スプリングが巻き締められ、このスプリングによって駆動側と被動側の両回転軸は動力的に結合され、被動側回転軸に回転が伝えられる。」(1頁右下欄3行ないし2頁右上欄2行)との記載があることが認められる。
そうすると、上記両発明は、技術分野を共通にするものであるから、第2引用例記載の発明のクラッチ接極子9の技術を第1引用例記載の発明のアーマチュア7に適用して、その形状をほぼ全長にわたって略筒状とし、アーマチュアが当接する半径方向フランジ12を第1引用例の従来技術として記載された被動側回転軸2のフランジ部8のように小径の構造として、アーマチュアの端面をこれに当接させて摩擦力を発生させる構成とした別紙図面4の図3のもののようにすることは、当業者にとって容易なことであったものと認められる。
イ そして、別紙図面4の図3のものは、筒状のアーマチュアを第1の回転軸のフランジ部に当接させる構成であるが、これも、本願発明に含まれることは、前記(1)の認定のとおりである。
ウ もっとも、原告は、<1>第1引用例は、アーマチュアの筒状部端面を当接させることを否定し、それに代わって大径のフランジ部7’をコイルボビン12の端面に当接させようというものであるから、これと相反する構成の第2引用例記載の発明を組み合わせるということ自体に無理がある、<2>第1引用例記載の発明と第2引用例記載の発明を組み合わせた場合には、結局、別紙図面5の参考図3のようになる、<3>第2引用例記載の発明では、半径方向フランジは励磁コイルの外側に位置し、かつ、円筒状のヨークの開放側の内面と所定の空隙をもって配置されて磁気回路を形成しているのに、これを適用する場合に、何故に、半径方向フランジを励磁コイルよりも小径にし、かつ、励磁コイルの内側に持ってこられるのかも自明とはいえないと主張する。
しかし、第1引用例には、電磁スプリングクラッチの技術分野における従来の技術水準として、励磁コイルの内側にある小径の半径方向フランジにアーマチュアの筒状部端面を当接させる技術が記載されていることは前記アの認定のとおりであるから、第1、第2引用例を見た当業者が、第1引用例に記載された従来の技術水準を前提として、第1引用例記載の発明と第2引用例記載の発明の組合せを考察した場合、前記ア記載の組合せに想到することは、自然なことというべきである。
(3) 以上のとおりであるから、相違点(1)についての審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2について
(1) 第1引用例記載の発明が電磁スプリングクラッチであること及び第1引用例には、「励滋コイル10に電流が供給されるとアーマチュア7が電磁吸引力によって継鉄9の端面に向って吸引され」との記載があることは前記1(2)アの認定のとおりであるところ、上記事実によれば、第1引用例記載の発明の継鉄9と励磁コイル10とは、アーマチュア7を磁力により引きつけるための電磁石であることが認められる。
一方、第3引用例記載の発明の電磁石のヨーク、第4引用例記載の発明のソレノイドを構成するヨーク、第5引用例記載の発明のソレノイドを構成するヨークは、いずれも電磁石であり、電磁石として、長方形に形成された板状部材を曲げることで一端が開放され、側面が開放されたコの字状に形成された本願発明のコア部に相当するヨークと、該コア部の開放された一端を閉塞するように該ヨークの一端に固定された平板状の、本願発明のヨーク部に相当するヨークとからなるものとすることが電磁石としては周知の技術であることは、当事者間に争いがない。
そうすると、上記コの字状に形成されたコア部と平板状のヨーク部とから電磁石を構成するという電磁石における周知の技術を第1引用例記載の発明の継鉄9に適用し、その構成を本願発明のフィールドコアのようにすることは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。
(2) もっとも、原告は、電磁スプリングクラッチは、第3ないし第5引用例記載の発明のような単なる電磁ソレノイド等の電磁石とは技術的な事情を異にしていると主張する。しかし、第1引用例記載の発明の継鉄9と励磁コイル10とは電磁石である以上、原告主張の事情があるとしても、そのことは、上記継鉄9に電磁石における周知の技術を適用することの妨げとなるものではないから、原告の主張は、採用することができない。
(3) 以上のとおり、相違点(2)についての審決の判断にも誤りはない。
3 取消事由3について
原告は、本願発明では、フィールドコアを、板状部材を曲げることで側面が開放したコの字状に形成したコア部と、このコア部の開放端を閉塞するヨーク部とで構成し、アーマチュアの端面をこの固定側のフィールドコア内の特定部に当接させるという従来技術からかけ離れた構成を採用したので、フランジをなくすことができてフィールドコアの構造が簡単になり、加工時間の短縮及び製品コストの低減化が図れるという従来技術にはない優れた効果を奏するものであると主張する。
しかし、アーマチュアのフランジをなくすことができてフィールドコアの構造が簡単になること並びにそれにより加工時間の短縮及び製品コストの低減が可能となるということは、上記周知技術においても同様である。したがって、本願発明の上記効果を当業者が容易に予想できたことは明らかであるから、原告の主張は、採用することができない。
4 以上のとおり、本願発明は第1引用例記載の発明及び第2引用例記載の発明並びに第3ないし第5引用例に記載されたような周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張の違法はない。
第4 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年9月29日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>
別紙図面4
<省略>
注:括弧内の用語は、本願の特許請求の範囲の記載に対応させた用語である。
別紙図面5
<省略>
理由
1. 手続の経緯、本願発明の要旨
本願は、出願日が昭和61年8月26日である実願昭61-129990号を昭和61年12月9日に特許出願に変更したものであって、その発明の要旨は、平成4年7月30日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、
「磁性材料で形成されたフィールドコアと、該フィールドコア内に配された電磁コイルと、該電磁コイル内で回転自在に配された第1の回転軸と、該第1の回転軸と同軸に回転自在に配された第2の回転軸と、前記第1の回転軸外周と前記電磁コイルとの間に軸線を中心に回転自在かつ軸線方向へ移動可能に配されると共に、全長に亘り略同一の外径を有する筒状に磁性材料を用いて形成され、電磁コイルが通電された際には軸線方向に移動し、その端面が前記フィールドコア内の特定部と当接するアーマチュアと、該アーマチュア内において前記第1の回転軸外周と前記第2の回転軸外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュアに掛止され、他端は第2の回転軸に掛止されたコイルスプリングとを具備する電磁スプリングクラッチにおいて、前記フィールドコアは、磁性材料を用いて長方形に形成された板状部材を曲げることで一端が開放され、側面が開放されたコの字状に形成されたコア部と、該コア部の開放された一端を閉塞するようにコア部の一端に固定された磁性材料から成る平板状のヨーク部とから成り、該ヨーク部またはヨーク部と対向するコア部の壁面のいずれか一方には前記アーマチュアが回転自在に貫通する透孔が設けられていることを特徴とする電磁スプリングクラッチ。」にあるものと認める。
2. 当審の拒絶理由
一方、当審において、平成7年12月8日付けで通知した拒絶の理山の概要は、本願発明は、その出願前に国内において頒布された刊行物である特開昭57-65426号公報(以下、「第1引用例」という。)、特開昭57-114035号公報(以下、「第2引用例」という。)に記載された発明、及び、実公昭57-8165号公報(以下、「第3引用例」という。)、実公昭59-26572号公報(以下、「第4引用例」という。)、特開昭60-110109号公報(以下、「第5引用例」という。)に記載されたような周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないというものである。
3. 引用例
そして、上記第1引用例には、その図面の第2図に、電磁スプリングクラッチの発明が記載されており、その図面の説明として「上記以外の他の部分の構成については上記従来のそれと本質的に異なるところはないので相当部分に上記と同一符号を付すに止めその説明は省略する。」(明細書第2頁右下欄第6行乃至第9行。)の記載から、図面の第1図の説明を参照し、「1は中空の駆動側回転軸で被動側回転軸2の小径部の外周上に回転自在に支承される。3は回転軸1の外周上に結合された駆動ギヤー、4は両回転軸1と2の外周上に亘って嵌め込まれたコイルスプリングで一端には内方へ屈曲させて形成した内向フック部5を、他端には外方へ屈曲させて形成した外向フック部6を夫々有し、内向フック部5は、駆動側回転軸に半径方向に設けられた貫通孔に係合し、また外向フック部6は、アーマチュア7の円周状部に半径方向に設けられた溝に係合している。」(明細書第1頁右下欄第4行乃至第14行。)の記載、及び、「継鉄9は被動側回転軸2上においてこの回転軸と相対回動可能となっており、内部に励磁コイル10を収容している。」(明細書第1頁右下欄第20行乃至第2頁左上欄第2行。)の記載から、第2図に記載された電磁スプリングクラッチは、継鉄9と、継鉄9内に配された励磁コイル10と、継鉄9内で回転自在に配された被動側回転軸2と、被動側回転軸2と同軸に回転自在に配された駆動側回転軸1と、アーマチュア7と、アーマチュア7と被動側回転軸2との間で、駆動側回転軸1と被動側回転軸2とに亘り外嵌して設けられ、一端をアーマチュァ7に、他端を駆動側回転軸1に掛止されたコイルスプリング4とから構成されている。ここで、第2図から明らかなように、継鉄9内に回転自在に配された被動側回転軸2は、励磁コイル10に対しても同様に、その内部に回転自在に配されるとともに、アーマチユア7は、被動側回転軸2の外周と励磁コイル10の間で、継鉄9から外部に突出するように設けられている。そして、第2図の説明として、「アーマチュア7のフランジ部7’の外縁部は従来の場合と同様継鉄9の開口端部に所要の磁気空隙を隔てゝ対向させる外、同側側面をコイルボビン12の端面に対向させ、このアーマチュアとコイルボビンの対向面は、両者の摩擦接触によってコイルスプリング4のフック部6に対する保持力を、そのアーマチュアに付与させるためのもので、このためコイルボビンのその端面部はアーマチュアに対する摩擦板としての役目を行なわせる必要上、コイルボビン自体潤滑機能を有し、アーマチュアとの間に必要な摺動抵抗のもとに円滑な摺動が行われるようになっている。なお、同図中13は継鉄9に固着され、内周面で被動側回転軸2を支承する軸受である。」(明細書第2頁左下欄第13行乃至右下欄第6行。)の記載、及び、「以上のように構成されたスプリングクラッチにおいて励磁コイル10に電流が供給されると、アーマチュア7は継鉄9側に向う電磁吸引力を受けるので、そのアーマチュアのフランジ部7’とコイルボビン12の対接面間に摩擦力を生じ、この接触摩擦力によってアーマチュア7の回転に制動力が働き、従って従来と同様このアーマチュアに係合しているコイルスプリング4のフック部6が回転に対して拘束されるので結果的にそのコイルスプリング4が巻き締められ、これによって駆動側と被動側の両回転軸1と2が動力的に結合され、その被動側回転軸に回転が伝達される。」(明細書第2頁右下欄第10行乃至第3頁左上欄第1行。)の記載から、励磁コイル10が通電された際にはアーマチュア7が軸線方向に移動し、そのフランジ部7’が継鉄9内に設けられたコイルボビン12に当接するものと認められる。また、継鉄9及びアーマチュア7は、電磁吸引力を発生させるのに必要な部材であることから、明らかに磁性材料で構成されているものと認められる。
以上のように解されるから、上記第1引用例には、以下の点が記載されているものと認められる。「磁性材料で形成された継鉄9と、該継鉄9内に配された励磁コイル10と、該励磁コイル10内で回転自在に配された被動側回転軸2と、該被動側回転軸2と同軸に回転自在に配された駆動側回転軸1と、被動側回転軸2と励磁コイル10との間に軸線を中心に回転自在かつ軸線方向へ移動可能に配されると共に、磁性材料を用いて形成され、励磁コイル10が通電された際には軸線方向に移動し、コイルボビン12と当接するアーマチュア7と、該アーマチュア7内において被動側回転軸2の外周と駆動側回転軸1の外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュア7に掛止され、他端は駆動側回転軸1に掛止されたコイルスプリング4とからなり、継鉄9の一端には、継鉄9を貫通する被動側回転軸2を支承する軸受13が設けられているとともに、継鉄9の他端にはアーマチュア7が回転自在に貫通する透孔が設けられている電磁スプリングクラッチ。」
次に、第2引用例には、「図面に示されている電磁ばねクラッチは、第2のクラッチボス2に回転可能に支承されている第1のクラッチボス1を有している。両クラッチボス1、2は、互いに同軸的に整合するように配置されている円筒状の外面を有している。両円筒状の外周面の範囲において両クラッチボス1、2にまたがって螺旋ばね3が延在しており、この螺旋ばね3は図示の実施例では、正方形横断面を備えていて螺旋に巻かれた帯ばねから成っている。螺旋ばね3は、クラッチボス1、2に対して軸平行に延びている、図面で見て右側の端部4で、第1のクラッチボス1の切欠き5に形状接続によって係合している。つまり螺旋ばね3は第1のクラッチボス1と相対回動不能に結合されている。螺旋ばね3は、クラッチボス1、2に対して同様に有利には略平行に延びている他方の端部、つまり図面で見て左側の端部で、滑り体8の切欠き7に孫合しており、滑り体8は半径方向の連行部材10を介して、半径方向で外側に向かって接続するクラッチ接極子9と相対回動不能に結合されている。螺旋ばね3の弛緩状態では両クラッチボス1、2は互いに自山に回転することができる。第2のクラッチボス2に対する同様な回転運動の自由は、螺旋ばね3、滑り体8及びクラッチ接極子9に対しても成り立つ。例えばクラッチボス2が駆動体と結合されかつ相応にクラッチボス1が被駆動側のクラッチ部分を示しているとすると、クラッチボス2は螺旋ばね3の弛緩状態において滑り体8、クラッチ接極子9に対して並びにもちろん螺旋ばね3に対しても自由に回転可能である。」(明細書第3頁右上欄第17行乃至右下欄第8行。)の記載、「電磁石11が励磁されると、電磁石11の磁束はクラッチ接極子9と第2のクラッチボス2の半径方向フランジ12とを介して閉じられ、これによって磁力の結果、クラッチ接極子9は摩擦接続によって半径方向フランジ12に押しつけられる。この摩擦接続の結果、クラッチ接極子9と第1のクラッチボス1との間には応働モーメントが生じる。」(明細書第4頁左上欄第14行乃至右上欄第1行。)の記載、「電磁石11を不動のリング状のコイル21と不動のリング状のヨーク20と共に構成することができ」(明細書第5頁左上欄第9行乃至第11行。)の記載、及び図面の記載から、ヨーク20内に配された軸方向に移動するクラッチ接極子9を有する電磁ばねクラッチが記載されている。そして、図面から明らかなように、このクラッチ接極子9は、全体が略円筒状で、その端部がヨーク20内の特定部に接触する摩擦接触部となっている。
その次に、第3の引用例には、「1は本考案にかかるプランジャ型電磁石を示す。2は両端部を上方に折り曲げて<省略>形状とした第1ヨークで、内部には励磁コイル4を巻回したスプール3が固定されている。また、該スプール3の中心軸方向には中心孔5が、上端面には突部6、6が形成されている。7は平板状の第2ヨークで、中央部には孔8が、両端部には上記スプール3の突部6、6に対応する嵌合孔9、9が形成されている。10は可動鉄心である。」(明細書第2欄第23行乃至31行。)の記載及び図面の第3図の記載から、両端部を折り曲げて一端が開放され、側面が開放されたコの字状とした第1ヨーク2と平板状の第2ヨーク7とからなる電磁石が記載されているものと認められ、、第4の引用例には、「この考案はヨークの両端の何れにも吸着保持される両方向ソレノイドに関するものである。」(明細書第1欄第30行乃至第31行。)の記載、「1はコ字状に形成されたヨークにして、背面中央に後述するコア4の小径部4bが挿通されるガイド孔1aが穿たれると共にその両側に後述するボビン2の突起2aが案内される位置決め用小孔1bが穿たれている。また、上記開口には後述するプレート5の舌片が嵌着される凹部1cが形成されている。」(明細書第2欄第11行乃至第17行。)の記載、及び、図面の記載から、一端が開放され、側面が開放されたコ字状に形成されたヨーク1とプレート5とを有するソレノイドが記載され、さらに、第5の引用例には、従来例としての「第1図は従来の電磁ソレノイドの外観斜視図、第2図は同断面図である。第1図と第2図において、1は可動鉄心、2は第1ヨーク、3は第2ヨークで第2ヨーク3は第1ヨーク2の両端を継いでいる。4は第1ヨーク2に鋏められた鉄心受、5はボビン6に巻かれてなるコイルである。7はコイル5と第1ヨーク2を絶縁するためのスペーサー、8はコイル5を保護するためのビニールテープ、9はビニールテープ8より外に引出されたコイル5のリード線である。」(明細書左下欄第16行乃至左上欄第5行。)の記載、及び図面の第1図、第2図の記載から、ヨーク2とヨーク3とを有する電磁ソレノイドが記載されている。なお、第5引用例に記載されたものにおいて、図面の記載から明らかに、ヨーク2は一端が開放され、側面が開放された断面コの字状、ヨーク3は平板状と認められる。
4. 対比
そこで、本願の特許請求の範囲第1項に記載の発明(以下、本願発明という。)と第1引用例に記載された発明とを対比すると、第1引用例記載の「継鉄9」、「励磁コイル10」、「被動側回転軸2」、「駆動側回転軸1」、「アーマチュア7」、「コイルスプリング4」がそれぞれ本願発明の「フィールドコア」、「電磁コイル」、「第1の回転軸」、「第2の回転軸」、「アーマチュア」、「コイルスプリング」に相当し、本願発明と第1引用例に記載された発明とは「磁性材料で形成されたフィールドコアと、該フィールドコア内に配された電磁コイルと、該電磁コイル内で回転自在に配された第1の回転軸と、該第1の回転軸と同軸に回転自在に配された第2の回転軸と、前記第1の回転軸外周と前記電磁コイルとの間に軸線を中心に回転自在かつ軸線方向へ移動可能に配されると共に、磁性材料を用いて形成され、電磁コイルが通電された際には軸線方向に移動し、特定部と当接するアーマチュァと、該アーマチュア内において前記第1の回転軸外周と前記第2の回転軸外周とに亘り外嵌され、一端はアーマチュアに掛止され、他端は第2の回転軸に掛止されたコイルスプリングとを具備する電磁スプリングクラッチにおいて、フィールドコアにはアーマチュアが回転自在に貫通する透孔が設けられていることを特徴とする電磁スプリングクラッチ。」である点で一致し、以下の点(1)(2)で相違する。
(1)アーマチュアの構造として、本願発明はその形状を全長に亘り略同一の外径を有する筒状のものとするとともに、摩擦力を発生させるために当接する部分をアーマチュアの端面とし、フィールドコア内の特定部に該端面を当接させているのに対し、第1引用例に記載の発明では、アーマチュアをフランジを有するものとし、摩擦力を発生させるために当接する部分をそのフランジ部にし、継鉄9内に設けられたコイルボビン12に該フランジ部を当接させている点。
(2)磁性材料からなるフィールドコアの構造を、本願発明では、長方形に形成された板状部材を曲げることで一端が開放され、側面が開放されたコの字状に形成されたコア部と、該コア部の開放された一端を閉塞するようにコア部の一端に固定された平板状のヨーク部とから成るものとしているのに対し、第1引用例に記載の発明では本願発明のフィールドコアに相当する継鉄9の構造について、特に記載されていない点。
5. 当審の判断
上記相違点について検討する。
相違点(1)について
第2引用例には、本願発明の電磁スプリングクラッチに相当する電磁ばねクラッチにおいて、本願発明のアーマチュアに相当するクラッチ接極子9の形状を、ほぼ全長に亘り、略筒状とするとともに、その端面を、摩擦力を発生させるために当接する部分とするとともに、本願発明のフィールドコアに相当するヨーク20内の特定部に該端面を当接させることについて記載されている。そして、第1引用例に記載された発明も、第2引用例に記載された発明も、本願発明と同じ電磁スプリングクラッチに関するものであることから、第2引用例に記載されたクラッチ接極子9の技術を第1引用例に記載されたアーマチュア7に適用し、その形状を、ほぼ全長に亘り略筒状とするとともに、その端面を、継鉄9内の特定部と当接させて摩擦力を発生させる構成とすることは、当業者にとって格別の発明力を要するものとは認められない。
相違点(2)について
第1引用例に記載された継鉄9と励磁コイル10とは、アーマチュア7を磁力により引きつけるための電磁石をなすものである。また、第3引用例に記載された電磁石のヨークも、第4引用例に記載されたソレノイドを構成するヨークも、第5引用例に記載されたソレノイドを構成するヨークも、電磁石をなすものである。電磁石として、長方形に形成された板状部材を曲げることで一端が開放され、側面が開放されたコの字状に形成された本願発明のコア部に相当するヨークと、該コア部の開放された一端を閉塞するように該ヨークの一端に固定された平板状の、本願発明のヨーク部に相当するヨークとからなるものとすることは、第3乃至第5引用例に記載されたように、電磁石としては周知の技術である。そして、このような電磁石として周知の技術である、コの字状に形成されたコア部と平板状のヨーク部とから電磁石を構成するという技術を第1引用例に記載された継鉄9に適用し、その構成を本願発明のフィールドコアの如くすることは、当業者が容易に想到し得た程度のものと認められる。
そして、本願発明は、上記構成をとることにより、前記第1引用例及び第2引用例に記載された技術、及び、第3乃至第5引用例に記載されたような周知技術から予想される程度以上の格別な効果を奏しているものとも認められない。
6. むすび
以上のとおりであって、本願発明は、前記第1、第2引用例に記載された発明、及び第3乃至第5引用例に記載されたような周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条策2項の規定により特許を受けることができない。