東京高等裁判所 平成8年(行ケ)179号 判決 1997年6月06日
第一七九号事件原告
大日本印刷株式会社
右代表者代表取締役
北島義俊
右訴訟代理人弁護士
安江邦治
同
濱田俊郎
第一八八号事件原告
トッパン・フォームズ株式会社
(旧商号トッパン・ムーア株式会社)
右代表者代表取締役
福田泰弘
右訴訟代理人弁護士
土屋公献
同
高谷進
同
小林哲也
同
小林理英子
同
加戸茂樹
同
五三智仁
同
川崎隆司
第一八九号事件原告
小林記録紙株式会社
右代表者代表取締役
小林祥浩
右訴訟代理人弁護士
石原金三
同
石原真二
同
石原達夫
同
平石孝行
被告
公正取引委員会
右代表者委員長
根來泰周
右指定代理人
山上秀明
外五名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 原告大日本印刷株式会社(以下、「大日本印刷」という。)
(1) 公正取引委員会平成五年(判)第四号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独占禁止法」という。)に基づく課徴金納付命令審判事件について、被告が、平成八年八月六日、原告に対してした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 原告トッパン・フォームズ株式会社(以下、「トッパン・フォームズ」という。)
(1) 公正取引委員会平成五年(判)第三号独占禁止法に基づく課徴金納付命令審判事件について、被告が、平成八年八月六日、原告に対してした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
3 原告小林記録紙株式会社(以下「小林記録紙」という。)
(1) 公正取引委員会平成五年(判)第五号独占禁止法に基づく課徴金納付命令審判事件について、被告が、平成八年八月六日、原告に対してした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨
第二 事案の概要
一 事案の骨子
1 本件は、社会保険庁において指名競争入札の方法により発注する国民年金、厚生年金等の各種通知書等に係る貼付用シール(このシールは、支払通知書や振込通知書等の葉書の支払額や振込額欄に貼付するためのシールで、一度剥がすと再貼付できない機能を有することから、第三者がその金額を見ることを間接的に防止し、受給者等のプライバシー保護に役立つものとして開発された。以下、「本件シール」という。)の入札に関して、遅くとも平成元年一一月一一日以前から平成四年一一月一一日までの間、指名業者である原告ら及び株式会社日立情報システムズ(以下、「日立情報システムズ」という。)がいわゆる談合を行い、あらかじめ受注予定者を決定することにより、社会保険庁が発注する本件シールの供給に係る取引分野における競争を実質的に制限していた(独占禁止法三条違反。以下、「本件カルテル行為」という。)として、被告が、原告らに対し、平成五年九月二四日付けで独占禁止法七条の二、四八条の二の規定に基づき課徴金納付命令を発したところ、これについて原告らの請求により審判手続が開始され、同手続を経て、平成八年八月六日、被告は、原告らに対し、同法五四条の二第一項の規定に基づき、左記のとおりの課徴金を国庫に納付することを命ずる審決(以下、「本件審決」という。また、本件審決により納付を命じられた課徴金を「本件課徴金」という。)をしたので、これを不服とした原告らが、本件審決は同法八二条二号に該当するものであるとし、その取消しを求めて提訴した事案である。
〔本件審決主文〕
被審人大日本印刷は、金四一〇九万円を、被審人トッパン・フォームズは金九二一一万円を、被審人小林記録紙は金三七三六万円を、それぞれ課徴金として平成八年一〇月七日までに国庫に納付しなければならない。
2 本件においては、本件カルテル行為が行われたこと自体については争いがない。
なお、原告ら及び日立情報システムズは、本件カルテル行為に関わる独占禁止法違反被告事件について、平成五年一二月一四日、東京高等裁判所第三特別部により、それぞれ罰金四〇〇万円に処する旨の判決の宣告を受け、同判決は確定した。
また、国(社会保険庁)は、本件カルテル行為が行われたところから、国が原告らと締結した本件シール納入契約は無効であり、原告大日本印刷は三億〇四一四万円余を、原告トッパン・フォームズは八億五四七四万円余を、原告小林記録紙は三億六三八三万円余をそれぞれ不当利得したとして、原告らを被告とし、その返還を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し、現在、同不当利得返還請求訴訟が同裁判所に係属中である。
(以上の事実は、すべて当事者間に争いがない事実若しくは記録上明らかな事実である。)
二 争点――原告らの主張する本件審決の違法事由
原告らの主張する本件審決の違法事由、すなわち、本件訴訟の争点は、次のとおりである。
1 憲法三九条違反
本件カルテル行為について原告らに対する刑事罰が確定し、かつ、国から不当利得返還請求訴訟が提起されている状況の下において、本件課徴金の納付を命じる本件審決は、二重処罰を禁止する憲法三九条の規定に反し、財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にもとる(原告らの主張)か、否か。
2 独占禁止法七条の二違反・その1――課徴金賦課の基礎となる「売上額」の不存在
前記不当利得返還請求訴訟における国の主張のとおり原告らと国との間の本件シール納入契約が無効であるとすると、課徴金賦課の基礎となる「売上額」が存在しないことになり、課徴金を賦課することはできない(原告らの主張)か、否か。
3 独占禁止法七条の二違反・その2――課徴金の算出基礎への消費税相当額の算入
本件審決が課徴金の算出基礎に消費税相当額を算入していることは独占禁止法七条の二第一項に違反する(原告らの主張)か、否か。
4 独占禁止法七条の二違反・その3――日立情報システムズの課徴金納付命令の対象除外
本件カルテル行為に参加した事業者の一員である日立情報システムズを課徴金納付命令の対象から除外してされた本件課徴金納付命令は違法(原告らの主張)か、否か。
5 独占禁止法施行令六条違反――「契約基準」の適用
本件審決が、独占禁止法施行令(以下、「施行令」という。)五条の規定する「引渡基準」によらず、施行令六条の規定する「契約基準」を適用して課徴金の額を算出したのは違法(原告らの主張)か、否か。
第三 争点に関する当事者の主張
一 原告ら
1 争点1について
(1) 本件カルテル行為については、前記第二、一2のとおり、既に、原告らそれぞれに対する罰金四〇〇万円の刑事罰が確定し、原告らは所定額の罰金を納付した。
また、本件カルテル行為に関連して、前記第二、一2のとおり、国から、原告大日本印刷に対し三億〇四一四万円余の原告トッパン・フォームズに対し八億五四七四万円余の、原告小林記録紙に対し三億六三八三万円余の、不当利得の返還を求める訴訟が提起され、現在、係属中である。
(2) ところで、独占禁止法の課徴金は、カルテルを行った事業者からカルテルによる経済的利得を徴収し、もって違反行為の抑制を図る行政措置であり、刑罰との併科は、課徴金が原状回復的措置であって懲罰的制裁の性質を帯びないものであるがために、憲法三九条が規定する二重処罰の禁止に抵触しないとされている。
(3) しかし、本件審決は、右(1)のように、既に刑事罰を受け、かつ、国から不当利得返還請求訴訟を提起されている原告らに対し、同一の事実関係に基づき、更に重ねて課徴金の納付を命ずるものであって、本件課徴金は、右のような「不当な利得の剥奪・徴収」ないし「やり得の是正」を目的とする原状回復的措置である課徴金制度の趣旨を逸脱し、その名目にもかかわらず、実質は懲罰的制裁にほかならない。
したがって、本件審決における課徴金の賦課は、同一の事実関係についての二重処罰に当たるから、憲法三九条の二重処罰の禁止の規定に反するものであり、許されない。
また、右のところよりすれば、本件審決による課徴金の賦課は、財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にももとるものであり、許されない。
(4) したがって、本件のような場合には、原則として、独占禁止法七条の二、四八条の二の適用はないと解すべきであり、そうでないとしても、不当利得返還請求相当額を課徴金の対象となる売上額の算定から控除するという解釈・運用を行うべきであり、このようにしてはじめて、憲法の二重処罰禁止規定違反の問題を回避することができるというべきである。
(5) また、課徴金制度は、右のとおり、「不当な利得の剥奪・徴収」ないし「やり得の是正」を目的とするものであるところ、取引の相手方が国である本件において、一方で、国が原告らに対し不当利得の返還を請求し、他方で、被告が原告らに対し、課徴金の納付を命ずることは、原告らに二重の不利益を科することとなる反面、国は不当に利得をすることになるから、この観点からも、本件審決による課徴金の賦課は、許容されないというべきである。
(6) なお、本件においては、刑事罰と課徴金、課徴金と不当利得返還請求、刑事罰と不当利得返還請求の、それぞれの制度二者間の併科の違憲性が問われているのではなく、刑事罰、不当利得返還請求及び課徴金による経済的不利得の三者同時賦課の違憲性が問われているのであるが、本件審決はこの点を看過したものである。
2 争点2について
(1) 独占禁止法七条の二第一項は、課徴金の賦課について、商品又は役務の政令で定める方法により算定した「売上額」に対して百分の六を乗じて得た額に相当する額の課徴金を納付することを命ずるよう規定している。
ところで、国は、前記不当利得返還請求訴訟において、本件カルテル行為を理由として、国と原告らとの本件シール納入契約は無効であると主張しているが、国の主張する契約無効を前提とする限り、原告らには本件シールの「売上額」は存在せず、課徴金を賦課することはできないはずである。無効とは、絶対的効力の不発生を意味するものであり、また、独占禁止法上、税法上の「実質課税の原則」(例えば所得税法一二条)のような規定もない以上、原告らの実質上の利益を「売上額」と看做すこともできないからである。
(2) また、国が、一方では、本件カルテル行為を理由として本件シール納入契約の無効を主張し、他方では、本件シール納入契約を有効として課徴金を賦課するというのは明らかな自己矛盾であり、国が無効であると主張した取引を前提に売上額を算定することは、禁反言の法則にもとることになる。
(3) 右のように、本件において原告らに対し課徴金を賦課することは、独占禁止法七条の二第一項に明白に反するものである。
3 争点3について
(1) 独占禁止法七条の二第一項は、課徴金の賦課について、商品又は役務の政令で定める方法により算定した「売上額」に対して百分の六を乗じて得た額に相当する額の課徴金を納付することを命ずるよう規定している。そして、これを受けた施行令五条、六条は、売上額の算定方法として、実行期間において引き渡した商品又は提供した役務の対価の額を合計する方法、若しくは実行期間において締結した商品の販売又は役務の提供に係る契約により定められた対価の額を合計する方法による旨定めている。
(2) ところで、本件審決は、本件課徴金の算出基礎である「契約により定められた対価の額」に消費税相当額を算入しているが、右の独占禁止法七条の二第一項及び施行令五条、六条には、売上額に消費税相当額が含まれる、あるいは契約により定められた対価の額に消費税相当額が含まれるとは規定されていない。
にもかかわらず、本件審決は、商品の対価に消費税相当額が含まれると短絡的に判断しているが、その理由は、消費税法上、納税義務者が事業者であって消費者ではないとの一点に尽きる。しかし、右の理由は、「消費税相当額が課徴金算出の基礎(対価)に含まれる」ということの理由とはなっておらず、本件審決の判断は、消費税相当額が消費税の転嫁部分であることを看過した判断である。
そもそも、本件シール納入契約において定められている消費税相当額は、あくまでも事業者たる原告らが納税すべき消費税の消費者への転嫁部分にすぎず、実質的負担者は消費者であるから、当然に課徴金の算出基礎である「契約により定められた対価の額」から除かれるべきものである。
(3) 本件審決が、課徴金の算出基礎に消費税相当額を算入したことは、独占禁止法七条の二第一項及び施行令五条、六条の恣意的解釈に基づくものであり、明確に同法及び同施行令に違反するものである。
4 争点4について
本件審決は、公正取引委員会の平成五年(勧)第九号審決において、日立情報システムズが本件カルテル行為に参加した事業者の一員であると認定されているにもかかわらず、同社は社会保険庁に本件シールを直接納入しておらず、同社と社会保険庁との間に本件シールの売上が存在しないとの理由で、同社を課徴金納付命令の対象から除外している。
しかしながら、この判断は、独占禁止法七条の二第一項の趣旨に反するものであり、カルテル行為者に対する課徴金賦課の公平さを害する恣意的運用である。独占禁止法七条の二第一項の趣旨は、カルテルを行った事業者からカルテルによる経済的利得を徴収し、もって違反行為の抑止を図るところにあるところ、日立情報システムズには談合行為による不当利得があったばかりでなく、「回し」という形態で、直接社会保険庁に対してではないものの、同庁に本件シールを納入する原告らに対して本件シールの「売上」を有していたのであり、本件シールについて原告らとの間に「契約」があったのであるから、日立情報システムズに課徴金を賦課することに何らの支障はない。このような運用が許されるとすれば、事業者は、直接契約者をダミーとして下請受注者になりさえすれば課徴金を免れることができ、違反行為の抑止を図ることなど到底不可能となってしまうのである。
5 争点5について
(1) 施行令六条は、カルテル実行期間において引き渡した商品の対価の額の合計額とカルテル実行期間において締結した商品の販売に係る契約により定められた対価の額の合計額との間に「著しい差異を生ずる事情があると認められるときは」、課徴金算出の基礎としての売上額の算定方法につき、施行令五条が定める原則としての引渡基準によらず、例外としての契約基準によるものとしている。
(2) ところで、本件審決は、施行令六条の「著しい差異を生ずる事情」の有無は、定性的外形的に引渡基準によった場合に事業活動を反映しない部分が大きくなる可能性が認められるか否かにより判断すべきものとする。そして、本件における定性的外形的な判断とは、「契約締結から納入期限までの期限が長期間を要するものが大部分である」というものである。
(3) しかしながら、施行令六条の「著しい差異を生ずる事情」の有無が定性的外形的に判断されるべきものとの明文規定は存在せず、個別具体的な算定結果に基づく判断を排斥する理由に乏しい。
また、本件において、「契約締結から納入期限までの期間が長期間を要するものが大部分である」から定性的外形的に「著しい差異を生ずる事情」が認められるとは到底考えられない。もともと、施行令六条は、需要者の注文に応じて製品を製作するものであって、その完成に長期間を要する建築、造船、産業機械等については、原則としての引渡基準によると売上額が実行期間内の違反行為に基づく事業活動の結果を反映しないこととなるため、例外的に契約基準によるべきものとしたのであって、本件においては、本件シールが商品であり、その製造完成に長期間を要するものではなく、社会保険庁の需要もしくは便宜のために一個の契約に対し、一回ないし五回に分散して納入がされているに過ぎないのである。
(4) 右のように、本件審決は、施行令六条の恣意的解釈を行っており、同条に違反することは明らかである。
二 被告
1 争点1について
(1) (憲法三九条違反の主張について)
独占禁止法の課徴金制度は、社会的公正を確保すると同時に十全な抑止効果をもって違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するという公益的な行政目的のため、カルテル参加事業者に対し法律がカルテルによる経済的利得と擬制する一定額の金銭を国庫に納付を命じることにより、カルテル参加事業者から早期にその一定額の金銭を剥奪する行政処分を採ることとして設けられたものであり、かかる課徴金制度の趣旨に照らせば、課徴金は、行為の反社会性、反道徳性、罪悪性に対する道義的非難に基づく規範的応報ないしは矯正教育としての制裁の性質を帯びておらず、このような制裁として科される刑罰とは明らかに趣旨、目的及び手続を異にするものであるから、課徴金と刑罰との間には元来憲法三九条に規定される二重処罰の関係は存在しないものである。
そして、たまたまカルテル被害者からの民事上の請求が併存しているからといって、課徴金の性格が変化するものではないから、既に刑罰が確定し、国により不当利得返還請求訴訟が提起されている状況下において、原告らに対して課徴金を賦課しても、憲法三九条違反の問題は生じない。
(2) (憲法二九条違反の主張について)
課徴金制度は、前述のとおり、社会的公正を確保すると同時に十全な抑止効果をもって違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するという公益的な行政目的のために設けられた制度であり、その立法目的が公共の福祉を目的とする合理的なものであることは多言を要しないところであって、かかる立法目的のために憲法に基づく広い裁量権により、財産権に関する制度の内容をなすものとして、課徴金の納付を命ずる制度が法律により定められたものであるということができる。
そして、既に刑罰が確定し、国により不当利得返還請求訴訟が提起されている状況下において、原告らに対して課徴金を賦課しても、その違反行為と著しく均衡を欠くということはできないから、憲法二九条に違反することはない。
(3) (憲法三一条違反の主張について)
独占禁止法には、課徴金賦課の手続と実体に関する要件効果が明確に規定されており、手続の適正についても告知と聴聞の機会が十分に保障されるなど課徴金納付命令を受ける者に対する手厚い保護手続が保障されていることが明らかであるから、手続及び実体の法定並びに手続の適正の面で憲法三一条違反の問題が生ずる余地は全くないのみならず、実体の適正の面を見ても、独占禁止法七条の二は、カルテル行為の実行期間における当該商品若しくは役務の政令で定める方法により算定した売上額に所定の比率を乗じて得た額を課徴金として賦課すると定めているところ、この課徴金の算出方式は、社会的公正の確保とともにカルテル禁止の実効性の確保を十全に効果的に行うために採用されたものであり、右売上額に乗じられる一定率が現実に集計された一定範囲の企業の平均的な売上高営業利益率を参斟して定められていることを併せ考慮すれば、合理的な立法裁量の範囲内にあるものということができるから、憲法三一条違反がないことは明らかである。
ところで、民事上の損害賠償又は不当利得返還請求は、いずれも公平の観点から専ら私人間の利害を調整する私法上の制度であり、前述した課徴金制度とは明らかにその趣旨を異にしているのみならず、それぞれの制度固有の要件の下で固有の法律効果をもたらすものであるから、課徴金の納付を命ずる行政上の措置と損害賠償又は不当利得返還の請求権とは完全に両立し得るものである。
したがって、民事上の請求が認容されるという事態を想定しても、課徴金の額を民事上の請求認容額と合算して、課徴金と違反行為との不均衡を取り上げ、憲法三一条違反のおそれを論ずることは、本来意味がないのみならず、仮にその合算額を想定しても、その額がカルテルにより得た経済的利益と目すべき範囲と比べて著しく大きくなる可能性は小さく、少なくともカルテル行為との間で憲法三一条違反の問題を生ずるほど著しく均衡を失う可能性はない。
また、前述のとおり、刑罰は、行為の反社会性、反道徳性、罪悪性に対する道義的非難に基づく規範的応報ないしは矯正教育としての制裁のために科されるものであり、仮に刑罰が科されるときであっても、不正な利益の剥奪の性質は全くないから、刑罰が科されたからといって課徴金と違反行為との均衡に大きな影響を与えるということはできない。
以上のことから、既に刑罰が確定し、国より不当利得返還請求訴訟が提起されている状況下において、原告らに対して課徴金を賦課しても、憲法三一条違反のそしりを受けるいわれは全くない。
(4) また、原告らは、取引の相手方が国である本件において、一方で、国が原告らに対し不当利得の返還を請求し、他方で、国の機関である被告が原告らに対し課徴金を賦課することは、原告らに二重の不利益を科することとなる反面、国は不当に利得をすることになるから、課徴金を賦課することは、この観点からも許容されない旨主張する。
しかしながら、課徴金制度と不当利得返還とは、法律的に全く別の性質を持っており、それぞれ固有の法律的な役割を担って、固有の要件の下で、固有の法律的効果をもたらすものであるから、課徴金の納付を命ずる行政上の措置と不当利得返還の請求権とは完全に両立し得るものである上、課徴金制度は、カルテル行為による現実の経済的利得そのものとは切り離された簡明な方式により算出された金額を抽象的に経済的利得と擬制して、これをカルテル事業者から剥奪するものであるから、個別具体的に不当利得の事実に基づいて請求される民事訴訟事件の帰趨と関連を持たないものである。そして、この理は、不当利得返還請求の主体が単なる一私人であるか国であるかを問わず、同様に当てはまるというべきである。けだし、不当利得返還の請求主体が国である場合において、国は、損失者として私法上の権利を行使するにすぎず、社会的公正を確保すると同時に十全な抑止効果をもって違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するという公益的な行政目的のための行政措置の主体として関わるわけではないからである。
したがって、課徴金賦課の行政処分をする国の地位を国家的公権と言うことができても、その行政処分権と国の不当利得返還請求権とは完全に両立し得る関係にあるから、法条競合の関係に立つものとして後者が成立するときは前者が排斥されるというべき余地は全くない。
(5) なお、原告らは、本件審決が、刑事罰、不当利得返還請求及び課徴金という経済的不利益の三者同時賦課の違憲性を看過して課徴金の納付を命じている旨非難するが、本件審決は、刑事罰と課徴金制度との関係および民事上の損害賠償又は不当利得返還と課徴金制度との関係について詳細に検討した上、既に刑罰が確定し、国により不当利得返還請求訴訟が提起されているという事実関係の下で、更に課徴金を課すことにより憲法三九条違反の問題が生ずるか否かについて検討し、かかる事実関係の下で課徴金を課したとしても、憲法三九条違反の問題は生じない旨判断したことは明らかであるから、原告らの右非難は理由がない。
2 争点2について
課徴金制度は、社会的公正を確保すると同時に違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するという目的で、カルテル参加事業者が不当な経済的利得を保持し得ないように、これらの者から早期に不当な経済的利得を剥奪するべく設けられた制度である。
そして、かかる目的を達成するために、あえて実際に課する課徴金とカルテル行為による現実の経済的利得そのものとを切り離し、したがって、具体的個別的に複雑な作業を経て算定される現実の経済的利得に照応しない簡明な算出方式を採り(独占禁止法七条の二、施行令五条、六条)その方式により算出された金額を抽象的にカルテル行為による経済的利得と擬制してこの金額をカルテル事業者から剥奪するという制度を採用したものである。
このようなところから、現行の課徴金制度の下においては、売上額をカルテル実行期間の終期を基準として確定させる考え方を採用しており、カルテル実行期間終了後にされた契約当事者による契約の無効等の主張に基づく商品引渡又は役務提供の基礎となった契約にかかる民事実体法上の法律関係の変動に連動させて売上額の算定を行うことはできないと解すべきであり、また、課徴金制度は、私法上の制度とは別個独立した制度であるから、原告らの主張は失当である。
3 争点3について
消費税法四条一項および五条一項によれば、国内において課税資産である商品の販売について消費税の納税義務者とされているのは、その商品を販売する事業者であり、当該事業者は、消費者から受け取る対価の中から消費税を納めることが予定されているのであるから、消費税相当分も対価に含まれているというべきは当然である。
すなわち、原告らに対する課徴金算出の基礎である売上額は、本件シール納入契約により定められた対価の額の合計額であるが、ここで商品の対価とは商品の販売価格であることは当然であるから、結局、右の売上額は、本件シール納入契約によって定められた原告らが国に販売する本件シールの販売価格を指すことになるのであり、本件審決が、課徴金の算出基礎に消費税相当額を算入したことは、独占禁止法七条の二第一項および施行令五条、六条に反する旨の原告らの主張は失当である。
4 争点4について
独占禁止法七条の二にいう「当該商品」とは、違反行為の対象となった商品をいうことは自明であり、本件では、社会保険庁が指名競争入札の方法により発注する本件シールがこれに該当するところ、日立情報システムズには、本件違反行為の実行期間において、発注者である社会保険庁が指名競争入札の方法により発注した本件シールの納入契約の実績がなかったのであるから、日立情報システムズに対して課徴金を賦課すべき理由がないこともまた自明である。
したがって、原告らの主張するように本件シールについて原告らと日立情報システムズとの間に契約があったことをもって、右の結論が左右される理由はないから、本件審決が日立情報システムズを課徴金納付命令の対象から除外していることが独占禁止法七条の二第一項の趣旨に反する旨の原告らの主張は失当である。
5 争点5について
(1) 施行令六条が設けられた趣旨は、違反行為が実行期間において受注する商品等のみに係る場合に引渡基準に従って実行期間内に引き渡した商品等の対価の額を合計する方法で売上額を算定すると、実行期間前の行為によるものであっても、実行期間内に引き渡したものである限り、その対価の額が売上額に含まれることになり、また、逆に実行期間内の行為によるものであっても、実行期間後に引き渡されれば、その対価は売上額から除かれることになり、実行期間内の違反行為に基づく事業活動の結果が反映されないことが生じ得るので、このような事態を避けることにある、と解される。
このような施行令六条が設けられた趣旨にかんがみると、同条にいう「著しい差異が生ずる事情がある」かどうかは、施行令五条が売上額の原則的な算定方法として定める引渡基準によった場合に実行期間内の違反行為に基づく事業活動を反映しない部分が大きくなる可能性が定性的外形的に認められるかどうかによって決せられるべきである。
(2) そして、本件においては、実行期間における発注額が時期ごとに均一ではなく、契約から納入まで長期間を要するものが大部分であるから、実行期間内の違反行為に基づく事業活動を反映しない部分が大きくなる可能性が定性的外形的に認められるのであって、施行令六条にいう「著しい差異が生ずる事情がある」というべきであるから、本件審決が施行令六条を適用したことは当然であり、原告らの主張は理由がない。
第四 当裁判所の判断
一 争点1――憲法三九条等違反に関する主張について
1 原告ら及び日立情報システムズは、本件カルテル行為に関わる独占禁止法違反被告事件について、平成五年一二月一四日、東京高等裁判所第三特別部により、それぞれ罰金四〇〇万円に処する旨の判決の宣告を受け、同判決が確定したこと、また、国(社会保険庁)は、本件カルテル行為が行われたところから、国が原告らと締結した本件シール納入契約は無効であり、原告大日本印刷は三億〇四一四万円余を、原告トッパン・フォームズは八億五四七四万円余を、原告小林記録紙は三億六三八三万円余をそれぞれ不当利得したとして、原告らを被告とし、その返還を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し、現在、同不当利得返還請求訴訟が同裁判所に係属中であることは、前示のとおりである。
原告らは、右のように、本件カルテル行為について、既に原告らに対する刑事罰が確定し、かつ、国から不当利得返還請求訴訟が提起されている状況の下において、本件課徴金の納付を命じる本件審決は、二重処罰を禁止する憲法三九条の規定に反し、財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にもとる旨主張する。そこで、以下、この点について検討する。
2 独占禁止法における課徴金制度は、一定のカルテル行為による不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者から剥奪することによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するために設けられたものであって、課徴金の納付命令は、右の目的を達成するために行政委員会である被告が、同法の定める手続にしたがってカルテルに参加した事業者に対して課す行政上の措置である。右のところからも窺われるように、課徴金制度にはカルテル行為に対する一定の抑止効果が期待されているという側面があり、それは社会的には一種の制裁としての機能をもつことを否定できないが、課徴金の基本的な性格が社会的公正を確保するためのカルテル行為による不当な経済的利得の剥奪という点にあることは明らかである。
したがって、課徴金は、カルテル行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として、刑事訴訟手続によって科せられる刑事罰とは、その趣旨・目的、性質等を異にするものであるから、本件カルテル行為に関して、原告らに対し刑事罰としての罰金を科すほか、さらに、被告において、独占禁止法七条の二、五四条の二等の規定に基づいて課徴金の納付を命ずるとしても、それが、二重処罰を禁止する憲法三九条に違反することになるものでないことは明らかといわなければならない。
3 もっとも、本件においては、本件カルテル行為に関して既に罰金刑が確定しているほか、前示のとおり、国が、本件カルテル行為を理由に、原告らと締結した本件シール納入契約は無効であるとして、原告らを被告とする不当利得返還請求訴訟を東京地方裁判所に提起し、現在、これが係属中である。
そこで、原告らは、このことを捉えて、右のような具体的な状況の下においては、本件課徴金はもはや「不当な利得の剥奪」という原状回復的措置たる性質を超えるものであって、その実質は懲罰的制裁にほかならないから、本件課徴金の賦課は憲法三九条の禁止する二重処罰に当たると主張する。
しかしながら、そもそも、国の提起した右の不当利得返還請求訴訟は、未だ第一審裁判所においてなお審理中であり、原告らは、同訴訟において、本件シール納入契約が無効である旨の国の主張を争い(弁論の全趣旨)、応訴しているのであって、現段階では、客観的には、国が主張している原告らに対する不当利得返還請求権の存否ないしその範囲自体が全く未確定の状態にあるというほかはない。
そうであるとすれば、本件カルテル行為についての罰金刑と不当利得返還請求及び課徴金による経済的不利益の三者併科の違憲性を問題にする原告らの右主張自体、あくまで将来の可能性を想定した立論にすぎないのであって、本件課徴金の賦課が憲法三九条の規定に反するか否かの判断に当たって考慮すべき問題状況は、前示2の、刑事罰に加え課徴金を賦課することが憲法三九条の規定に反するか否かの判断におけるそれと、基本的には異ならないものといわざるを得ない。すなわち、原告らが指摘するような将来の可能性があるからといって、現在の時点において賦課される本件課徴金が、前示2にみたような行政上の措置としての本来の性質を逸脱した、懲罰的制裁にほかならない実質のものとみることは到底できないものであり、したがって、本件課徴金の賦課が憲法三九条の規定に抵触するということができないことは明らかである。
4(1) ところで、独占禁止法における課徴金制度は、前示のように、社会的公正を確保するために、カルテル行為による不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者から剥奪しようとする制度であるから、このような課徴金の経済的効果にかんがみると、民法上の不当利得に関する制度と類似する機能を有する面が認められることは否定できないところ、原告らは、本件のような場合には、独占禁止法七条の二、四八条の二の適用はないと解すべきであり、そうでないとしても、国の不当利得返還請求相当額を課徴金の対象となる売上額の算定から控除するという解釈・運用を行うことにより、憲法の二重処罰禁止規定違反の問題を回避すべきであると主張する。
(2) しかしながら、独占禁止法が課徴金によって剥奪しようとする不当な経済的利得とは、あくまでカルテルが行われた結果、その経済効果によってカルテルに参加した事業者に帰属する不当な利得を指すものであり、しかも、同法は、現実には、法政策的観点から、あるいは法技術的制約等を考慮し、具体的なカルテル行為による現実の経済的利得そのものとは一応切り離し、一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗ずる方法により算出された金額をいわば観念的に、右の剥奪すべき経済的利得と擬制しているのである(同法七条の二参照)。
これに対し、民法上の不当利得に関する制度は、正当な法律上の理由がないのに経済的利益を得て、これによって他人に損失を及ぼした者に対し、公平の理念に基づいて、その利得の返還を命ずる制度であり、この場合、返還を命ぜられる利得の額は、損失の範囲に限られる。
右のように、民法上の不当利得に関する制度は、専ら公平の観点から権利主体相互間の利害の調整を図ろうとする私法上の制度であって、前示の課徴金制度とはその趣旨・目的を異にするものであり、両者がその法律要件と効果を異にするものであることはいうまでもないから、実質的観点からも、不当利得制度の下において返還を求められている利得の具体的な内容が、賦課される課徴金と同一の性質のものとして、重複する関係に立つとみるべきか否かは、これを一般的、抽象的に論ずることはできず、個別的、具体的な検討を加えたうえ、判断することを要するものというべきである。
(3) また、課徴金については、独占禁止法上、同法の定める要件を充足するカルテル行為に関し、被告において、カルテルに参加した事業者に対し課徴金の納付を命ずるか否かにつき裁量判断を行う余地はなく、当該事業者の情状等に応じて課徴金の額を定める裁量の余地もなく、被告には、同法の定める算出基準にしたがって、一律に所定額の課徴金の納付を命ずることが義務づけられているのである(同法七条の二参照)。
(4) 右にみたところに照らせば、本件においても、当然には、本件課徴金と国が原告らに対し返還を求めている不当利得金とが実質的に重複する関係にあり、原告らが同一の事実関係を原因して二重の経済的不利益を課される結果とならないように両者の調整を要するものといえないことは明らかである(現に、弁論の全趣旨によれば、国が原告らに対し返還を求めている不当利得は、本件シールに係る支払済みの代金額と談合が無かった場合の本件シールの正当な価格との差額であるというのであり、それが、本件カルテル行為がされた結果その経済効果によって原告らに帰属した不当な利得と当然に一致するものと断じ得ないことは明らかである。)。
そして、右にみた独占禁止法が定める課徴金制度の仕組みに照らせば、被告において、本件課徴金賦課の段階で、国の不当利得返還請求との間の調整を考慮した措置をとる余地がないことも明らかであるから、原告らの右主張は失当というべきである。
5 原告らは、本件課徴金の納付を命じる本件審決は、財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にもとる旨をも主張する。
しかし、本件課徴金の納付を命じる本件審決が、財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にもとるものといえないことは、前記2ないし4の説示に照らし明らかである。
6 よって、原告らの右主張は理由がない。
二 争点2――「売上額」の不存在に関する主張について
1 原告らは、仮に、国が前記不当利得返還請求訴訟において主張するように、国と原告らとの本件シール納入契約が無効であるとすれば、原告らには本件シールの「売上額」は存在せず、課徴金を賦課することはできないはずであるから、本件課徴金の納付を命じた本件審決は独占禁止法七条の二第一項の要件を欠いた違法なものである旨主張する。そこで、以下、この点について検討する。
2 独占禁止法七条の二は、一定のカルテル行為に参加した事業者に対して納付を命ずべき課徴金の額の算出方法につき、カルテル行為の実行期間における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した「売上額」に一定の比率を乗じて算出された額を課徴金として賦課する旨を定めている。そして、この規定を受けて、施行令五条は、右の「売上額」の算定方法の原則を、実行期間において引き渡した商品又は提供した役務の対価の額を合計する方法(いわゆる「引渡基準」)によることとし、この合計額から控除する場合として、①実行期間において商品の量目不足、品質不良等の事由により対価の額の全部又は一部の控除があった場合における、控除した額(同条一号)、②実行期間において商品の返品があった場合における、返品された商品の対価の額(同条二号)、③商品の引渡し等の相手方に対し引渡し等の実績に応じて割戻金を支払うべき旨が書面によって明らかな契約があった場合における、実行期間におけるその実績について当該契約の定めるところにより算定した割戻金の額(同条三号)、の三つを限定的に掲げている。また、施行令六条は、「売上額」の算定方法につき、一定の場合に例外として、実行期間において締結した商品の販売又は役務の提供に係る契約により定められた対価の額を合計する方法(いわゆる「契約基準」)によることとし、この合計額から控除する場合として、施行令五条三号を準用している。そして、独占禁止法は、被告に対し、カルテル行為の実行期間の終了した日から原則として三年を経過する前に、右のようにして算出された課徴金の納付を命ずることを義務付けているのである(同法七条の二第六項)。
右のような独占禁止法及び施行令における課徴金の額の算出方法並びに課徴金納付命令の除斥期間に関する規定は、前示のような、一定のカルテル行為による不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者が保持し得ないようにこれを剥奪することによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するためにとられる行政上の措置としての課徴金制度が有効に機能するように、法政策的観点から、あるいは法技術的制約等を考慮し、個々のカルテル行為による具体的な経済的不当利得の把握という観点を一応捨象して、明確かつ画一的な内容の「売上額」の算定基準を定め、これに一律に一定の比率を乗ずる方法により算出された金額をもって、剥奪すべき不当な経済的利得と擬制し、この金額を課徴金として納付を命ずることにより、行政上の措置に求められる迅速性及び合理性を確保しようとしたものと解される。また、このような「売上額」の算定については、その方法が、カルテル行為の実行期間中の事業活動の結果を反映させるものであることが必要であるとともに、収益の帰属に関する企業会計慣行を尊重したものであることが望ましいということができるが、右の施行令五条、六条の規定する「売上額」の算定方法は、カルテル行為の実行期間中の事業活動の結果を反映させる内容のものとなっており、かつ、基本的に一般に公正妥当と認められる企業会計処理の基準に準拠し、企業会計原則にいう実現主義の原則をより具体的な形で表現したものであって、合理性を有するものということができる。
そして、右の関係規定の定める「売上額」の算定方法に照らせば、独占禁止法は、「売上額」の算定上の控除の要因を施行令五条一号ないし三号が掲げる控除、返品、割戻に限定し、かつ、それらはカルテル行為の実行期間中にされたものであることを要するとしていることは明らかである。換言すれば、独占禁止法は、課徴金の額の算出の基礎となる「売上額」の算定に当たり、控除(施行令五条一号)、返品(施行令五条二号)についても、それらがカルテル行為の実行期間中にされたものでないときは、これを「売上額」の算定の要素として考慮しないものとしたのである。
3 ところで、原告らは、仮に、国と原告らとの本件シール納入契約が無効であるとすれば、原告らには本件シールの「売上額」は存在しないことになる旨主張するが、国と原告らとの本件シール納入契約が無効であるとしても、右にみたところからすれば、本件においては、本件カルテルの実行期間中に、国の無効の主張に関連した本件シール納入契約により定められた対価の額の控除も、返品もされていないのであるから、本件シール納入契約が無効である旨の国の主張は、本件シールの「売上額」の算定に何らの影響を及ぼすものでないことは明らかである。
原告らは、契約の無効とは絶対的効力の不発生を意味するのであり、また、独占禁止法上、税法上の「実質課税の原則」(例えば所得税法一二条)のような規定もない以上、原告らの実質上の利益を「売上額」と看做すこともできないなどと主張するが、前示2のような独占禁止法の関係規定が定めている「売上額」の算定方法やその合理性を基礎付けている課徴金制度の趣旨・目的あるいはその運用についての考え方を正解しない立論であるというほかはない。
4 また、原告らは、国が、一方では、本件カルテル行為を理由として本件シール納入契約の無効を主張し、他方では、本件シール納入契約を有効として課徴金を賦課するというのは明らかな自己矛盾であり、国が無効であると主張した取引を前提に売上額を算定することは、禁反言の法則にもとることになる旨主張するが、そもそも、既に説示したところから明らかなように、本件課徴金の額は、本件シール納入契約の有効、無効のいかんとは直接かかわりなく、独占禁止法七条の二、施行令五条、六条の規定に基づいて算出されたものであり、また、そのようにして算出すべきものである。
5 よって、右の原告らの主張も失当というほかはない。
三 争点3――課徴金の算出基礎への消費税相当額の算入に関する主張について
1 原告らは、本件審決は本件課徴金の算出の基礎となる「契約により定められた対価の額」(施行令六条)に消費税相当額を算入しているが、本件シール納入契約において定められている消費税相当額は、あくまでも事業者たる原告らが納税すべき消費税の消費者への転嫁部分にすぎず、その実質的負担者は消費者であるから、課徴金算出の基礎である「契約により定められた対価の額」から除かれるべきものであって、これを算出の基礎に算入して課徴金の額を算出した本件審決は、独占禁止法七条の二第一項に違反する旨主張する。そこで、以下、この点について検討する。
2 被告が、本件審決において原告らに対し納付を命じた課徴金の額を算出するに当たり、その基礎となる「契約により定められた対価の額」(施行令六条)に消費税相当額を算入したことは、当事者間に争いがないところ、被告が本件課徴金の額の算出基礎となる施行令六条の「契約により定められた対価の額」に消費税相当額を算入した理由は、①消費税法によれば、課税資産の譲渡としての商品の販売について課せられる消費税の納税義務者は、その商品を販売する事業者であるとされていること(同法四条一項、五条一項)、そして、②事業者は、消費者から受け取る商品の「対価」の中から消費税を納めることが予定されていること、③本件において、原告らに対する課徴金の額の算出の基礎である売上額(独占禁止法七条の二第一項)は、本件シール納入契約により定められた「対価」の額の合計額であるが、商品の対価とは商品の「販売価格」であることは当然であるから、結局、右の売上額は、本件シール納入契約によって定められた本件シールの販売価格を指すことになり、これには消費税相当額が含まれていること、にある。
3 しかし、課徴金の基本的な性格は、前示のように、社会的公正を確保するために、カルテル行為に参加した事業者が当該カルテル行為によって得た不当な経済的利得を保持し得ないように、これを剥奪するという点にあるから、この観点からすれば、課徴金の納付を命ずることによって剥奪すべきは、カルテル行為による「事業者の不当な経済的利得」それ自体であって、それ以上のものではない、ということになる。したがって、実質的な観点からみる限り、ここでの問題の焦点は、本件において、原告らが本件シール納入契約によって国から支払いを受けた消費税相当額が、それは、もとより本件シールの販売価格に含まれているものではあるが、本件カルテル行為による原告らの「不当な経済的利得」とみることができるかどうか、であるということができる。
4 そこで、これについてみると、消費税は、課税資産の譲渡等を課税の対象とし(消費税法四条一項。なお、課税資産の譲渡等の意義については同法第二条一項八号参照。)、課税資産の譲渡等の対価の額を課税標準とし(同法二八条)、事業者を納税義務者とする(同法五条一項)が、制度上、事業者は消費税を円滑かつ適正に転嫁することが予定されている(税制改革法一一条)。そこで、事業者は、通常、課税資産としての商品を販売するに際しては、当該商品の対価の額に、これに対する消費税相当額を加算して得た金額を当該商品の販売価格とし、取引の相手方からその金額の支払いを受けることになる。そして、事業者は、取引の相手方から支払いを受けた消費税相当額について、仕入れに係る消費税額の控除等所要の処理を行った上、原則として、消費税に係る中間申告及び確定申告をし、所定の消費税を国に納付する(消費税法四二条一項、四項、六項、四五条、四八条、四九条)。
なお、消費税に係る会計処理については、大別して、税抜経理方式と税込経理方式とが認められており、そのいずれによるかは事業者の選択に任されているが、理論的に原則的な処理方式と考えられる税抜経理方式においては、取引の相手方から支払いを受けた商品の販売価格のうちの消費税相当額は、売上額とは区別し、「仮受消費税」として計上するものとされている。これに対し、仕入れに係る消費税相当額は「仮払消費税」として計上する。このように、仮受消費税と仮払消費税はいずれも仮勘定で、一種の通過勘定である。すなわち、取引の相手方から支払いを受けた商品の販売価格のうちの消費税相当額は、経理処理上、事業者の収益には含まれない扱いとなるのである(ちなみに、右の仮受消費税の金額と仮払消費税の金額との差額が、原則として納付すべき消費税の金額ということになる。)。
この関係を本件についてみると、原告らと国との間の本件シール納入契約においては、販売価格のうちの消費税相当額は、その旨が契約書に明記されているのであり(弁論の全趣旨)、原告らの企業としての規模、組織等にかんがみれば、原告らは、国から支払いを受けた本件シールの販売価格のうちの消費税相当額を、税抜経理方式により、仮受消費税として、売上額とは区別して経理処理したうえ、消費税法の関係規定にしたがって中間申告及び確定申告を行い、所定の消費税を国に納付したものと推認されるところである。
右のように、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額は、契約書の記載から外形的に、本件シールの実質的な対価部分と明瞭に区別ができるものであり、経理処理の形式上も、売上額には含まれておらず、これらに対応する所定の金額が消費税として納付されているものと推認されることよりすれば、右の消費税相当額が実質的に原告らの収益の一部を構成しているものともいい難いと思われる。
そうであるとすれば、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額をもって、本件カルテル行為による原告らの現実の「不当な経済的利得」とみることができるかは疑問であるといわざるを得ないのである。
したがって、前示の課徴金制度の趣旨・目的に照らせば、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額が、施行令六条の「契約により定められた対価の額」に含まれるものとして、課徴金の額を算出することの相当性については疑問が残るところである。
5 しかしながら、本件における原告らに対する課徴金の額の算出の基礎は、本件シール納入契約により定められた対価の額の合計額であるが、被告が主張するように、一般に、商品の販売の対価とは商品の販売価格を指すものということができるばかりでなく、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額は、直ちに国に消費税として納付されるわけではなく、法定の納付期限が到来するまでは原告らの許に留保されている仕組みであること、加えて、前示のように、そもそも、独占禁止法自体が課徴金によって剥奪しようとする事業者の不当な経済的利得の把握の方法として、具体的なカルテル行為による現実の経済的利得そのものとは切り離し、一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗じて算出された金額を、観念的に、剥奪すべき事業者の不当な経済的利得と擬制する立場を採っていること等の諸点を考慮すると、被告が、本件審決において、原告らに対し納付を命じた課徴金の額を算出するに当たり、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額を「契約により定められた対価の額」(施行令六条)に算入したことの相当性については疑問を払拭し得ないとはいえ、右の取扱いが直ちに独占禁止法七条の二、施行令六条に違反するものとまでは未だに断定することができないというほかはない。
6 よって、原告らの右主張は、採用することができない。
四 争点4――日立情報システムズの課徴金納付命令の対象除外に関する主張について
1 原告らは、被告が、平成五年(勧)第九号審決において、日立情報システムズが本件カルテル行為に参加した事業者の一員であると認定しているにもかかわらず、同社は社会保険庁に本件シールを直接納入しておらず、同社と社会保険庁との間に本件シールの売上が存在しないとの理由で、同社を課徴金納付命令の対象から除外したのは、独占禁止法七条の二第一項の趣旨に反するものであり、カルテル行為者に対する課徴金賦課の公平さを害する恣意的運用であるから、原告らに対し本件課徴金の納付を命じた本件審決は違法である旨主張する。
そして、弁論の全趣旨によれば、被告は、平成五年(勧)第九号審決において、日立情報システムズを本件カルテル行為に参加した事業者の一員であると認定していること、また、被告は、本件カルテル行為に関して、日立情報システムズに対し課徴金の納付命令を発しなかったこと、が認められる。
2 しかしながら、原告らの本件審決の違法事由に関する右主張は、審決の取消訴訟においては自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない旨を定める行政事件訴訟法一〇条一項の趣旨に照らし、相当なものであるかどうか疑義があるばかりでなく、被告は、独占禁止法により、同法の定める要件を充足するカルテル行為に関し、当該カルテルに参加した事業者に対して、同法及び施行令の定める算出基準にしたがった所定額の課徴金の納付を命ずることを義務付けられているのであるから、原告らに対して一定額の課徴金の納付を命じた本件審決の適否は、それ自体として同法七条の二、五四条の二等の関係規定の要件に適合するものであるか否かによって決せられるのであって、被告において、本件カルテル行為に参加した一員である日立情報システムズに対して課徴金の納付を命じなかったことの適否によって左右されるものではないから、原告らの右主張は、主張自体として失当というほかはない。
3 なお、付言すれば、本件においては、日立情報システムズには、本件カルテル行為の実行期間において、社会保険庁との間で本件シールの納入契約を締結した実績がなく(弁論の全趣旨)、したがって、独占禁止法七条の二にいう「当該商品」の売上額がなかったのであるから、日立情報システムズに対して課徴金を賦課すべき理由がないことは明らかである。
4 よって、原告らの右主張は、採用することができない。
五 争点5――施行令六条違反に関する主張について
1 原告らは、本件審決において、課徴金の額の算出の基礎としての売上額の算定につき、施行令五条が定める原則としての「引渡基準」によらず、本件においては例外としての「契約基準」を定める施行令六条にいう「著しい差異を生ずる事情がある」として、施行令六条に基づいて売上額を算定したのは、施行令六条の恣意的解釈を行ったもので、違法である旨主張する。そこで、以下、この点について検討する。
2 課徴金の額の算出の基礎としての売上額の算定について、施行令五条が原則として「引渡基準」によるべきことを定めているのに対し、施行令六条において、例外としての「契約基準」が設けられた趣旨は、カルテル行為が実行期間において受注する商品等のみに係る場合(いわゆる受注カルテル)においては、受注から引渡し等までに長時間を要するのが通常であるので、引渡基準に従って実行期間内に引き渡した商品等の対価の額を合計する方法で売上額を算定すると、実行期間前に契約がされたカルテルに基づかないものであっても、実行期間内に引き渡した商品である限り、その対価の額が売上額に含まれることになり、また、逆に、実行期間中にカルテルの実行として契約したものであっても、実行期間後に引き渡されれば、その対価の額は売上額から除かれることになり、実行期間中のカルテル行為に基づく事業活動の結果が反映されないことが生じ得るので、このような事態を避け、カルテル実行としての事業活動による不当利得が適正に反映するように、契約基準によって売上額を算定することとしたものと解される。
右のような施行令六条が設けられた趣旨や、この契約基準によるべき場合は、「著しい差異があるとき」ではなく、「著しい差異を生ずる事情があると認められるとき」であるとしている同条の規定の文言、規定の仕方に照らせば、同条にいう「著しい差異が生ずる事情がある」かどうかの判断は、施行令五条の定める引渡基準によった場合の対価の合計額と契約により定められた対価の額の合計額との間に著しい差異が生ずる蓋然性が類型的ないし定性的に認められるかどうかを判断して決すれば足りるものと解するのが相当である。
3 これを本件についてみると、査一号証によれば、本件においては、カルテル行為の実行期間における社会保険庁からの本件シールの発注額は時期ごとに均一ではなく、また、契約締結から本件シールの納入期限までの期間も、大部分は二か月半以上のものであり、九か月を超えるものも相当数にのぼることが認められる。
右のような事実関係の下において、被告は、施行令五条の引渡基準によって売上額を算定すると、実行期間中の本件カルテル行為に基づく事業活動を反映しない部分が大きくなる可能性が定性的外形的に認められるから、施行令六条にいう「著しい差異が生ずる事情がある」と判断し、同条を適用して本件における売上額を算定したのであるが、前記2に説示した施行令六条の適用の可否に関する判断方法に照らしても、右の被告の判断が施行令六条に反する違法なものと断ずることはできないというべきである(もともと、原則としての引渡基準、例外としての契約基準といっても、いずれも政令に委ねられた売上額の算定に関する専門技術的な性質を有する基準であって、しかも、施行令六条が規定する「著しい差異を生ずる事情があると認められるとき」という文言自体が一義的に明確な内容のものということはできないから、施行令六条の適用の可否の判断については、行政委員会である被告に一定の範囲で裁量判断の余地があることは否定し得ないものと解される。したがって、審決取消訴訟における司法審査において、裁判所は、右のような被告の専門技術的判断がその裁量権の範囲を超え又は濫用にわたるものと認められない限り、これを違法とすることはできない。)。
4 右のとおりであるから、原告らの右主張は理由がない。
第五 結論
以上のとおりであるから、本件審決はいずれも適法であって、原告らの本訴請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小野寺規夫 裁判官川勝隆之 裁判官豊田建夫 裁判官鈴木健太は、転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官塩崎勤)