東京高等裁判所 平成8年(行ケ)19号 判決 1997年11月19日
東京都江戸川区東葛西9丁目3番1号
原告
日本ロール製造株式会社
代表者代表取締役
青木要助
訴訟代理人弁護士
増岡章三
同
増岡研介
同
片山哲章
同弁理士
早川政名
同
長南満輝男
同
細井貞行
東京都千代田区大手町2丁目2番1号
被告
石川島播磨重工業株式会社
代表者代表取締役
武井俊文
訴訟代理人弁護士
大場正成
同
近藤惠嗣
同弁理士
増井忠弐
主文
特許庁が、平成5年審判第18041号事件について、平成7年12月22月にした審決中、特許第1735179号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を無効とするとした部分並びに審判費用の3分の2を被請求人の負担とするとした部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は、名称を「6本ロールカレンダーの構造及び使用方法」とする特許第1735179号発明(昭和60年7月5日出願、平成2年8月16日出願公告、平成5年2月17日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成5年9月14日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成5年審判第18041号事件として審理したうえ、平成7年12月22日、「特許第1735179号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を無効とする。特許第1735179号発明の明細書の特許請求の範囲第3項に記載された発明についての審判請求は、成り立たない。審判費用は、その3分の1を請求人の負担とし、3分の2を被請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本は、平成8年1月13日、原告に送達された。
(2) 原告は、平成8年11月13日、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載並びに図面を訂正する旨の訂正審判の請求をしたところ、特許庁は、同請求を平成8年審判第19266号事件として審理したうえ、平成9年1月8日、上記訂正を認める旨の審決(以下「訂正審決」という。)をし、その謄本は、同年2月26日、原告に送達された。
2 訂正前の本件発明の特許請求の範囲第1、第2項の記載
(1) ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第五ロールR5を第四ロールR4と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置したことを特徴とする6本ロールカレンダーの構造。
(2) ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第五ロールR5を第四ロールR4と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置した6本ロールカレンダーの構造において、第一ロールR1と第二ロールR2との間に高分子材料を投入して両ロール間で圧延し、これを第二ロールR2のロール表面に沿って後方に送り、次に第二ロールR2と第三ロールR3との間で圧延して、順次第三ロールR3と第四ロールR4との間で圧延し、更に第四ロールR4と第五ロールR5との間で圧延して、最後に第五ロールR5と第六ロールR6との間で圧延することを特徴とする6本ロールカレンダーの使用方法。
3 訂正審決により訂正された後の本件発明の特許請求の範囲第1、第2項の記載
(1) ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1方向と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側位置に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2方向と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール軸交叉装置を備えた第五ロールR5を第四ロールR4と略平行でかつ第三ロールR3方向と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール間隙調整装置を有する第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置し、各ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くしたことを特徴とする6本ロールカレンダーの構造。
(2) ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1方向と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側位置に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2方向と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール軸交叉装置を備えた第五ロールR5を第四ロールR4と略平行でかつ第三ロールR3方向と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側位置にロール間隙調整装置を有する第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置し、各ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くした6本ロールカレンダーの構造において、第一ロールR1と第二ロールR2との間に高分子材料を投入して両ロール間で圧延し、これを第二ロールR2のロール表面に沿って後方に送り、次に第二ロールR2と第三ロールR3との間で圧延して、順次第三ロールR3と第四ロールR4との間で圧延し、更に第四ロールR4と第五ロールR5との間で圧延して、最後に第五ロールR5と第六ロールR6との間で圧延する各ロール間のバンクの回転が順次反対方向となることを特徴とする6本ロールカレンダーの使用方法。
(注 下線部分が訂正箇所である。)
4 審決の理由の要旨
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明の特許請求の範囲第1項に係る発明(以下「本件第1発明」という。)及び同第2項に係る発明(以下「本件第2発明」という。)の要旨を訂正前の特許請求の範囲第1、第2項記載のとおりと認定したうえで、本件第1、第2発明は、いずれも本件特許出願前に頒布された刊行物である「plastics age」第20巻8月号(以下「引用例1」という。)及び同第20巻6月号(以下「引用例2」という。)に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件第1、第2発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項場1号に該当し、無効にすべきものとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由のうち、本件第1、第2発明の要旨を訂正前の特許請求の範囲第1項及び第2項記載のとおりと認定した点は、訂正審決の確定により特許請求の範囲第1項及び策2項が前示のとおり訂正されたため、誤りに帰したことになるので否認する。
審決が本件第1、第2発明の要旨の認定を誤った瑕疵は、その結論に影響を及ぼすものであるから、審決は違法として取り消されなければならない。
1 審決は、「本件特許請求の範囲第1項の記載からみると、本件図面第2図および第6図に示されるようにロールR5の表面に沿わせてからシートが剥される場合、つまり、ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させた6本ロールカレンダーも本件発明に含まれるものと認められる。そして、該二つの6本ロールカレンダーの場合には、・・・B4バンクとB5バンクでの材料回転方向が同じになり、バンクB5内における材料の転換に効果がないという欠点があるものと認められるから、本件発明の特定配置には、上記本件発明の効果を奏さないものも含まれているものと認められる。」(審決書11頁1~15行)とし、この認定を重要な要素として、訂正前の本件第1、第2発明が引用例1、2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断し、本件第1、第2発明に係る特許を無効とした。
しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の訂正並びに図面第2図、第3図の削除によって、第六ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させた6本ロールカレンダーが特許請求の範囲第1、第2項に含まれないことが明確となったから、そのようなロールカレンダーが本件第1、第2発明の範囲に含まれるとすることは誤りであり、これを前提として、訂正前の特許請求の範囲第1項に記載された6本ロールの配置(以下、審決に従って「特定配置」という。)には、各バンクにおける材料の回転が順次反対方向となって材料の転換が十分に行なわれるという本件第1、第2発明の効果を奏さないものがあるとした認定も誤りである。
そして、この認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは、審決の理由の説示に照らして明らかである。
2 被告の主張のうち、ロール軸交叉装置及びロール間隙調整装置の各技術的意義、並びにロール間隙を通過した材料シートが一般に周速の速いロール側に巻き付くこと、及び各ロール間のバンクにおける材料の回転方向は各ロールの周速差によって定まり、ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くすることによって各ロール間のバンクにおける材料の回転が順次反対方向となるという結果が生ずることは、それ自体としては認める。
しかし、本件の特許請求の範囲の訂正は、単に、訂正前の特許請求の範囲に周知慣用技術を付加したというものではなく、特許請求の範囲の訂正によっても、審決の認定した本件特許の無効事由が解消されたことにはならないとする被告の主張は、誤りである。
また、その訂正が単なる周知慣用技術の付加に止まるものであるかどうかは、訂正後の特許請求の範囲を前提として本件特許に無効事由が存するかどうかの判断と併せて、まず、特許庁の審判において審理されるべき事柄である。
第4 被告の反論の要点
訂正審決の確定により特許請求の範囲第1項及び第2項が前示のとおり訂正されたことは認める。
しかしながら、審決が本件特許を無効とした事由は訂正審決によっても解消されておらず、訂正後の特許請求の範囲を前提としても、同一の無効事由によって本件特許を無効とすることが可能である。このような場合には、発明の要旨の認定の誤りを理由として、審決を取り消すべきではない。
1 訂正後の特許請求の範囲第1、第2項は、実質的に、訂正前の特許請求の範囲に、<1>第五ロールR5かロール軸交叉装置を備えること、<2>第六ロールR6がロール間隙調整装置を有すること、<3>各ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くすることの3点を付加したものである。なお、各ロール間のバンクにおける材料の回転が順次反対方向となることは、各ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くすることの必然的な結果である。
そして、上記3点の付加は、当業者にとって自明の周知慣用の技術を付加したにすぎないものである。
2 ところで、審決は、訂正前の特許請求の範囲第1項に記載された6本ロールの配置(特定配置)の構成が容易であること(審決書12頁14行~15頁15行)、及び特定配置による顕著な効果がないこと(審決書10頁13行~12頁13行)の2点を、本件特許の無効事由としたものであり、特定配置による顕著な効果がないことの例証として、訂正前の本件第1、第2発明に含まれるものと認められる第六ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させた6本ロールカレンダーの場合には、B4バンクとB5バンクでの材料回転方向が同じとなるために、バンクの回転が順次反対方向となってバンク内の材料の転換も十分に行なわれるという本件発明の効果を奏さないことを挙げているものである。
原告は、特許請求の範囲の訂正によって、第六ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させた6本ロールカレンダーが本件発明に含まれるとの審決の認定が誤りとなったと主張するが、審決の認定は、特定配置そのものからは、バンクにおける材料の回転が順次反対方向となるという効果が導かれないという点にあり、そのこと自体は、特許請求の範囲の訂正によって影響を受けるものではない。特許請求の範囲の訂正によって、バンクにおける材料の回転が順次反対方向となったのは、ロール周速を順次後方に行くに従って速くする周知慣用技術を付加したからであって、ロールの配置とは無関係である。
そして、周知慣用技術を付加しただけの特許請求の範囲の訂正は、形式的には特許請求の範囲の減縮に当るとしても、実質的には、その訂正の前後で特許請求の範囲に変更があったということはできない。また、本件第1、第2発明に、上記の各周知慣用技術を付加することは当業者であれば極めて容易になしうることである。
したがって、特許請求の範囲の訂正により、審決が認定した本件特許の無効事由が解消されたことにはならない。
3 そうすると、仮に発明の要旨の認定の誤りを理由として、審決を取り消す判決がなされたとしでも、再度の審判において、審決と同一の理由によって本件特許を無効とする審決を行なうことが可能であるし、そのような審決がなされる可能性が強い。そうであれば、改めて同一の無効事由の存否を争点として審決取消訴訟が提起されることになり、審決を取り消す意味はなく、紛争の解決が遅れる結果が生ずるだけである。
原告は、本件の特許請求の範囲の訂正が、訂正前の特許請求の範囲に周知慣用技術を付加したものであることを争い、かつその訂正が単なる周知慣用技術の付加に止まるものであるかどうかは特許庁の審判において審理されるべき事柄であると主張するが、そのことは裁判所において判断できることであり、判断すべきことである。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、甲第31号証を除き、当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 訂正審決の確定によって、本件明細書の特許請求の範囲第1、第2項の記載が前示のとおり訂正されたことは当事者間に争いがなく、そうすると、審決が、本件第1、第2発明の要旨を訂正前の特許請求の範囲第1、第2項記載のとおりと認定したことは、結果的に誤りであったものと認められる。
そこで、本件第1、第2発明の要旨の認定の誤りが、審決の結論に影響を及ぼす瑕疵に当たるかどうかについて検討する。
別添審決書写し記載のとおり、審決が、本件第1、第2発明に係る特許を無効とした理由は、訂正前の本件第1発明には、訂正前の本件図面第2図及び第6図に示されていたロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させる構成の6本ロールカレンダーが含まれており、この「本件図面の第2図および第6図の二つの6本ロールカレンダーについては、バンク数を増やす以外の格別の効果があるものではないから・・・、該格別の効果を奏さない場合も含む本件発明の6本ロールの特定配置は、M形5本ロールカレンダーに1本のロールを付加する上記三通りの態様(注、引用例1、2に示唆されている態様)のうちの一つを単に選択してみたにすぎないもの」(審決書15頁1~15行)であり、「本件第2発明は、本件第1発明を普通の方法で使用してみたにすぎないもの」(同15頁16~17行)であるという点にあると認められる。
これに対し、訂正後の本件第1、第2発明は、訂正前の6本カレンダーの配置(特定配置)は変えないものの、第六ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させることなく、ロール軸交叉装置を第五ロールR5に、ロール間隙調整装置を第六ロールR6に、それぞれ分けて備える構成としたものであると認められ、また、訂正後は、各ロール周速を第一ロールR1から順次後方に行くに従って速くするとの構成を採用したことも認められるところ、そのことによって、各ロール間のバンクにおける材料の回転が順次反対方向となるという結果が生ずることは、当事者間に争いがない。
このように、訂正後の本件第1、第2発明が、訂正前の構成のほかに、上記の構成を付加し、これにより、訂正前の本件第1、第2発明とは異なる効果を奏するものである以上、これに対して、審決が訂正前の本件第1、第2発明についてした判断と同一の判断によって、発明が容易に推考されるものとすることはできない。
そうである以上、審決が結果的に本件第1、第2発明の要旨の認定を誤ったことは、審決の結論に影響を及ぼす瑕疵に当たるものといわなければならず、審決は違法として取消を免れない。
被告は、本件訂正により特許請求の範囲第1、第2項に付加された事項は、すべて周知慣用の技術であり、周知慣用技術を付加しただけの特許請求の範囲の訂正は、実質的には、その訂正の前後で特許請求の範囲に変更があったということはできないとし、また、本件第1、第2発明に、そのような周知慣用技術を付加することは当業者であれば極めて容易になしうることであると主張する。しかし、この被告主張の各点は、いずれも本件訂正審判において正に判断されるべき事項であったのであり、仮に被告主張の点が認められるとすれば、当然ながら、本件訂正は認容されるべきではなかったのである。ところが、本件訂正審決(甲第39号証)において、被告主張の容易推考性についての審理が充分にされた形跡は窺われないのであって、被告主張の紛争の解決の遅れる結果が生ずる第1の原因は、ここにあるのである。
なお、付言するに、法が訂正審判の請求を認容するための要件の1つとして明定している「訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない」(平成5年法律第26号による改正前の特許法126条3項)との要件につき、この「要件の審理は一応のものでよく、そこでは厳密な意味においての特許無効審判と均等の審理が尽くされる必要がない」(昭和54年審判第14723号事件の昭和56年3月26日付け訂正異議の決定、参考審判決集(6)361頁)とする見解は、線の規定の趣旨に沿わない独自の見解であって、上記被告主張の点が問われるような場合にまで、この見解に従うべきいわれはない。
2 よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を通用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成5年審判第18041号
審決
東京都千代田区大手町2丁目2番1号
請求人 石川島播磨重工業株式会社
東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル 206区 湯浅・原法律特許事務所
代理人弁理士 大場正成
東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所
代理人弁理士 増井忠弐
東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅法律特許事務所
代理人弁護士 近藤惠嗣
東京都江戸川区東葛西9丁目3番1号
被請求人 日本ロール製造 株式会社
東京都文京区白山5-14-7
代理人弁理士 早川政名
上記当事者間の特許第1735179号発明「6本ロールカレンダーの構造及び使用方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
特許第1735179号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を無効とする。
特許第1735179号発明の明細書の特許請求の範囲第3項に記載された発明についての審判請求は、成り立たない。
審判費用は、その3分の1を請求人の負担とし、3分の2を被請求人の負担とする。
理由
Ⅰ. 本件特許第1735179号発明は、昭和60年7月5日に出願され、平成5年2月17日にその特許権の設定の登録がなされたものであって、その3発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1~3項に記載されたとおりのものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下、本件第1発明という。)および第2項に記載された発明(以下、本件第2発明という。)は次のとおりである。
「1 ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第五ロールR5を第四ロールR4と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置したことを特徴とする6本ロールカレンダーの構造。
2 ゴム及びプラスチック等の高分子用カレンダーにおいて、第一ロールR1と第二ロールR2とを略水平に並列し、該第二ロールR2の下側または上側に第三ロールR3を第二ロールR2と平行でかつ第一ロールR1と略直交状に配置し、該第三ロールR3の横側で第一ロールR1と反対側に第四ロールR4を第三ロールR3と略水平でかつ第二ロールR2と略直交状に並置し、この第四ロールR4の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第五ロールR5を第四ロールR4と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に配置し、更に第五ロールR5の下側または上側で前記第二ロールR2と反対側に第六ロールR6を第四ロールR4及び第五ロールR5と平行でかつ第三ロールR3と略直交状に設置した6本ロールカレンダーの構造において、第一ロールR1と第二ロールR2との間に高分子材料を投入して両ロール間で圧延し、これを第二ロールR2のロール表面に沿って後方に送り、次に第二ロールR2と第三ロールR3との間で圧延して、順次第三ロールR3と第四ロールR4との間で圧延し、更に第四ロールR4と第五ロールR5との間で圧延して、最後に第五ロールR5と第六ロールR6との間で圧延することを特徴とする6本ロールカレンダーの使用方法。」
Ⅱ. これに対して、請求人の提出した上記本件特許出願の出願前日本国内に頒布された刊行物である甲第1号証「Plastics Age」第20巻8月号(1974年)、昭和49年8月1日、株式会社プラスチックス・エージ発行、第93~98頁には、Z形4本ロールカレンダに関し、「一直線上に3本またはそれ以上のロールを配置することによって生ずる欠点を除去するために、・・・採用され始めたのがこの形式である。」(93頁左欄2~6行)、「Z形カレンダをプラスチックのシーティング作業に採用した場合(図9右)でも、No.3ロールはフレームに固定されていて位置の変動がなく、またBバンクの変動によりNo.3ロールがたわんでも(下向きfb方向であるから)No.4ロールの軸線に対し多少下方にずれるだけで、最終ゲージ(Cバンク)に及ぼす影響は間接的である。したがって、操作に熟練を要さずにフィルムの厚さ精度が正確に保てる特長がある。」(93頁左欄13~22行)、「理論的には長所が多いZ形カレンダも、実際にプラスチックのシーティング作業に使ってみると欠点がないわけではない。たとえば、Z形では最終のNo.4ロールはギャップを調節したりクロス(軸交叉)するため、引取りロール(Take-Off roll)との距離が遠くなって、半溶融状態のシートを引きはがすのにネックイン(幅の収縮)が大きい。・・・そこで最近のプラスチック用カレンダは、・・・後述の傾斜Z形や5本ロールカレンダ、またはロールベンディング装置などを備え改良されたZ形カレンダなど、目的に応じ国によっても種々の形式が採用され多様化の傾向がみられる。」(第93頁下から4行~第94頁左欄14行)との記載があり、5本ロールカレンダに関し、「最初につくられた5本ロールカレンダは、BERSTOFF社(西独)のL形5本形式(写真10、図11左)の硬質ビニルフィルム用である。L形4本形式では無可塑フィルムの生産分野で、材料の温度低下などの理由で早くも限界に達したので、その上にもう1本ロールを追加したものと推測される。しかし縦に4本もロールを並べると上背が高く、各ロールギャップを調節する装置も複雑で、操作上も決して便利な構造とは言えない。」(94頁右欄第26行~95頁左欄4行)、「そこで諸外国でもこれを真似たものはほとんどつくられず、わが国ではZ形にロールを1本追加したM形5本ロールカレンダ(写真11、図11中)が採用されている。この形式はバンクと次のバンクとの距離がすべて1/4円周づつで最も短いので、無可塑塩化ビニル樹脂の透明度のよいフィルムや厚いシート類の高速生産には最適である。・・・これ以外の5本ロールカレンダの構想としてはF形(図11右)などおもしろい配列で、製品の種類や機械の仕様によっては多目的に利用できる特長がある。・・・これから先、目的によってはさらに6本・・・とロールを増して、前述のようなマルチロールカレンダ化も考えられる」(第95頁左欄5行~同右欄13行)との記載があり、第93頁の図9には、シーティング用(右)Z形カレンダが、また第94頁の図11には、シーティング用L形5本ロール(左)、M形5本ロール(中)、F形5本ロール(右)カレンダが示されている。
同じく請求人が提出した本件特許出願の出願前日本国内に頒布された刊行物である甲第2号証「Plastics Age」第20巻6月号(1974年)、昭和49年6月1日、株式会社プラスチックス・エージ発行、第101~106頁には、「1.カレンダの歴史と進歩1.1カレンダの生い立ち」との表題の下に、「初期の直立2本ロールカレンダでは、その前工程のミクシングミルで混練・予熱された配合ゴム材料をバンクに供給して、1パスでシート化することをねらったが、材料の種類や製品の程度によっては必ずしもすべての目的を達しなかった。すなわち、希望の厚さやその精度・表面のきれいさ・気泡の混入・材料の温度ムラなどの点で2本ロール1パスの限界を知った。これを改善する方向として、一つには金属圧延機のように2本ロール機を1ラインに2台ないし数台直列に並べて順次圧延してゆく<タンデムカレンダ方式>と、もう一方ではロールの本数を3本から4本5本と増してゆく<多数ロールカレンダ方式>とにここで分かれた(図1参照)。」(第101頁左欄下から5行~同中欄11行)との記載があり、「3.カレンダの形式」の表題の下に、「3.3逆L形およびL形4本ロールカレンダ軟質塩化ビニル樹脂のカレンダ加工はもちろんのこと、製品の表面状態や気泡の混入を嫌う一部のゴムシート類のカレンダ成形においても、3本ロールの2パスでは限界があることを悟った。そこで4本ロール3パスカレンダに移行する際に、旧来の直立3本ロール形の上ロールの横にロールを1本追加したのが逆L形であり、一部欧州では下ロールの側面にロールを追加したのがL形カレンダである(図1参照)。もちろん、ゴムの両面貼合せ用カレンダなどには、一直線上に4本のロールを並べた直立4本形式も少数ではあるがないわけではない。しかし、この形式は背が高く、上下両バンクとも垂直で材料供給が困難なばかりでなく、各ロール間のニップ厚を調節するにも機構複雑、操作不便で、しかもロールのタワミ方向の悪影響を温存しているいかにも能のない設計である。これより逆L形やL形のほうが、材料供給バンクが水平で高さも低く、各ロールギャップの調節機構を複雑にしていない点でまさった形式である。」(第105頁左欄下から9行~同中欄14行)、との記載があり、第101頁図1には、ロール数が2本から5本に変わってきたカレンダ変遷の歴史が図示されている。
Ⅲ. そこで、本件第1発明と、甲第1号証記載のものとを対比すると、前者は6本ロールをその特許請求の範囲第1項に記載のとおりの配置(以下、特定配置という。)としているのに対して、後者のものは、前記摘示したように「目的によってはさらに6本・・・とロールを増して、前述のようなマルチロールカレンダ化も考えられる」(第95頁左欄5行~同右欄13行)とあるように、6本ロールカレンダーにつき示唆はされているが、そのロールの配置については何の記載も示唆もない点で相違する。
Ⅳ. そこで、上記相違点について検討する。
(1)本件明細書第14頁6~10行には、本件発明の効果として6本ロールを上記特定配置としたから「バンクの数は5ケ所に達し、それらのバンクの回転が順次反対方向になり、バンク内の材料の転換も充分に行われ品質、外観共に向上し、従来の型では不可能であった厚いシートの生産が出来るものである。」と記載されているが、本件特許請求の範囲第1項の記載からみると、本件図面第2図および第6図に示されるようにロールR5の表面に沿わせてからシートが剥される場合、つまり、ロールR6にロール間隙調整装置とロール軸交叉装置を兼備させた6本ロールカレンダーも本件発明に含まれるものと認められる。そして、該二つの6本ロールカレンダーの場合には、本件図面第14図の従来例における太実線に示されるシートの剥し方のように、B4バンクとB5バンクでの材料の回転方向が同じになり、バンクB5内における材料の転換に効果がないという欠点があるものと認められるから、本件発明の特定配置には、上記本作発明の効果を奏さないものも含まれているものと認められる。
また、被請求人は、乙第1号証(「合成樹脂」vol.39 1993 No.12、平成5年12月1日、社団法人 日本合成樹脂技術協会発行第36頁)および乙第2号証(軟質PVCフィルムをカレンダーテストした結果に対する評価を示す表)を提出して、本件発明が従来の逆L形4本ロールカレンダーあるいは5本ロールカレンダー等に比較して格別な効果を発揮するものである旨主張しているが、該乙各号証には6本ロールカレンダーのロールに関し本数しか記載されていないので、該乙各号証によっては、上記第2図および第6図の二つの6本ロールカレンダーの場合でも本件明細書に記載の効果を奏することを確認することはできない。したがって、上記第2図および第6図の二つの6本ロールカレンダーは、5本以下のロールカレンダーに比して単にバンクの数を増やした効果を奏するにすぎないものと認められる。
(2)一方、<1>甲第2号証には、2本ロールカレンダーから5本ロールカレンダーへの変遷は、バンクが一つの2本ロールでは、希望の厚さやその精度・表面のきれいさ・気泡の混入・材料の温度ムラなどの点で限界があり、改善する方向の一つとしてロールの本数を3本から4本5本と増してゆく<多数ロールカレンダ方式>を採用したことによること、バンク数を増やすために3本ロールから4本ロールに移行する際に、旧来の直立3本ロール形の上ロールの横にロールを1本追加したのが逆L形であり、下ロールの側面にロールを追加したのがL形カレンダーであるが、該逆L形およびL形が、背が高く、上下バンクとも垂直で材料供給が困難等の欠点がある一直線に4本のロールを並べた直立4本形式よりまさった形式であることが開示されているものと認められる。
また<2>甲第1号証には、わが国では5本ロールカレンダーのロール配置がM形(第94頁の第11図(中)参照)のものが採用されているが、それはL形4本形式の欠点を除去するためにその上にもう1本のロールを追加したと推測されるL形5本形式が、上記甲第2号証に開示の4本ロールカレンダーのロール配置の欠点と同様の欠点を有することを考慮したことによる旨の記載があり、M形5本ロールカレンダーはバンクと次のバンクとの距離がすべて1/4円周づつで最も短いので、厚いシート類の高速生産には最適であるとの記載もある。
(3)そして、上記(2)の<1>および<2>の記載に、更に甲第2号証の第101頁の「図1 カレンダ変遷の歴史」を加味すると、徒来の(n-1)形ロールカレンダーにロールを1本追加する場合、(n-1)本のロール配置を維持したまま、つまり(n-1)形ロールカレンダーの利点を損なうことなく、最初のロールか、最後の(n-1)ロールに1本付加するのが通常であることが示唆されているものと認められる。
(4)してみれば、上記(2)および(3)の点から、甲第1号証に示唆されている6本ロールからなるマルチカレンダーのロール配置として、甲第1号証および甲第2号証に記載の各種欠点のないM形5本ロールカレンダーを基礎として、M形5本ロールカレンダーの第一ロールの上側に1本のロールを追加するか、第五ロールの右側に1本のロールを追加するか、あるいは同下側に1本のロールを追加する(本件発明の特定配置に相当する。)かの三通りの態様がとり得ることは明らかであって、さらに上記(1)に示したように、本件図面の第2図および第6図の二つの6本ロールカレンダーについては、バンク数を増やす以外の格別の効果があるものではないから(本件発明においては、本件図面の第12図および第13図に示す従来例の逆L形、L形5本ロールカレンダーにおける間隙調整のための機構上および操作上の複雑さがないが、この点は、M形5本ロールカレンダーにおいても同様であることは、甲第1号証の記載(第94頁右欄第15行~第95頁中欄2行参照)から明らかである。)、該格別の効果を奏さない場合も含む本件発明の6本ロールの特定配置は、M形5本ロールカレンダーに1本のロールを付加する上記三通りの態様のうちの一つを単に選択してみたにすぎないものといえる。
Ⅴ. また、本件第2発明は、本件第1発明を普通の方法で使用してみたにすぎないものと認めうれる。
Ⅵ. したがって、本件第1発明および第2発明は、甲第1号証および甲第2号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号に該当する。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年12月22日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)