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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)205号 判決 1998年3月03日

京都市北区北野西白梅町77

原告

高尾弘

訴訟代理人弁理士

佐藤文男

大城重信

佐藤房子

京都市北区衣笠東御所ノ内町48番地の2

被告

宮田織物株式会社

代表者代表取締役

宮田晃男

訴訟代理人弁理士

草野浩一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)特許庁が平成7年審判第11879号事件について平成8年7月30日にした審決を取り消す。

(2)訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「織物用金銀糸」とし、昭和58年10月17日出願、昭和63年6月27日に設定登録された登録第1735840号実用新案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

被告は、平成7年6月5日、本件考案について無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成7年審判第11879号として審理した上、平成8年7月30日、「登録第1735840号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年8月21日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

故意に太さが不均一となるようにつむがれ、適宜の色に染色された芯糸1に、金属光沢を有する平箔糸2を、その間から芯糸1が露出する程度に粗く螺旋状に巻付けたことを特徴とする織物用金銀糸(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)これに対して、被告は上記結論同旨の審決を求め、理由として、甲第2号証(審決における甲第1号証、「紀州東照官の染織品」(神谷栄子著、美術出版株式会社芸艸堂昭和55年7月20日発行))、甲第4号証(審決における甲第6号証、「現代繊維辞典」(株式会社センイ・ジャーナル昭和43年12月1日発行491頁、以下、この「現代繊維辞典」全体を単に「現代繊維辞典」という。))、甲第5号証(審決における甲第7号証、「金銀糸のあゆみ」(京都金銀糸振興協同組合昭和57年5月1日編集発行)、以下「引用例2」という。)、及び、甲第6号証(審決における甲第9号証、昭和12年実用新案出願公告第317号公報(昭和12年1月14日公告)、以下「引用例1」という。別紙図面2参照)を提出し、本件考案が、その出願前に頒布された引用例1記載の考案、引用例2記載の技術及び周知技術に基づいてきわめて容易になし得たものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきであると主張している。

(3)一方、原告は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人(被告)の負担とする、との審決を求め、被告が主張する無効の理由によって本件考案が無効になるものではない旨を主張している。

(4)被告の提示した証拠方法

<1> 甲第2号証(審決における甲第1号証)には、撚金糸は細く裁断された金箔が透明度のある紅染絹糸の芯にZ撚に巻きつけてあり、搦糸は紅染糸の地搦みで、1センチ間に9本前後入っていることが記載されている。

<2> 甲第4号証(審決における甲第6号証)の「現代繊維辞典」(491頁)には、「つむぎ」とは「真綿を手紡ぎした糸を手機で織り上げた先縺織物」が記載されている。

<3> 引用例2には、我が国の古くから撚金糸が使われており(2頁7行ないし10行)、撚り金銀糸として蛇腹撚りや羽衣撚りがある(14頁)ことが記載されている。

<4> 引用例1には、適宜の糸(a)に間隔的に着色漆で突出した付着形態(b)を形成した糸と、金属箔糸(c)とを撚合わせた飾り糸、及び、この飾り糸を織物に使用することが記載され、また、第1図には金属箔糸又は撚糸(c)が、芯を形成する糸(a)を露出する程度に粗く螺旋状に巻き付かれた飾り糸が図示され、さらに、従来は糸(a)の突出部分は漆ではなく繊維による突出であったことが記載されている。

(5)そこで、本件考案と各甲号証を比較検討するが、まず、引用例1をさらに検討すると、糸(a)は漆による突出部分を有するのであるから糸全体の太さは均一でなく、また、図面からしても芯糸を形成しており、一方、金属箔糸(c)は金属光沢を有するのであって、通常金色や銀色を使用するものであり、かつ、図面からして糸(a)が露出する程度に粗く螺旋状に巻付けており、得られた飾り糸は織物に使用するものである。

したがって、本件考案(以下、前者という。)と引用例1記載の考案(以下、後者という。)とを比較すると、両者は「太さが不均一で適宜の色に染色された芯糸に、金属光沢を有する箔糸を、その間から芯糸が露出する程度に粗く螺旋状に巻付けたことを特徴とする織物用金銀糸」である点で一致しており、

<1> 前者が、故意に不均一につむがれた芯糸であるのに対して、後者は、間隔的に漆を突出した芯糸である点、

<2> 前者の巻付け糸が平箔糸としており、平らな細幅の箔であると解釈できるのに対して、後者のそれは箔糸とあるだけで、本件考案でいう平箔糸であるか否か不明である点で一応相違する。

次に、上記の相違点を検討する。

<1> 相違点<1>について

後者にも、従来は糸(a)の突出部分は漆ではなく、繊維による突出であったことが記載されており、繊維自体の太さが不均一であったことが示唆されているから、後者の間隔的に漆を突出した芯糸に代えて太さが不均一の繊維だけの芯糸を用いることは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎず、これによる効果も予測される範囲を越えるものとは認められず、上記相違点<1>は格別のものではない。

付言すれば、太さが不均一の繊維だけの芯糸については、甲第2号証(審決における甲第1号証)及び引用例2にも平金糸が使われた織物は我が国において古くからあることが記載されており、これらの平金糸の比較的太い芯糸は、当時の製糸技術が甲第4号証(審決における甲第6号証)に記載されているように手紡であって、通常はむしろ繊維が不均一の糸であり、この点からしても、蛇腹撚りや羽衣撚りは太さの不均一の芯糸に平金糸を巻き付けた飾り糸であることが窺い知れる。

この点に関し、原告は「故意に不均一」とは数センチごとに太・細が現われることを意味すると主張するが、文理解釈からこの数値的限定が実用新案登録請求の範囲に記載されているとは認められない。

また、たとえ、数センチごとに太・細が表れることを意味したとしても、後者において、糸(a)の漆の突出部分は意識的に形成したのであり、短い長さごとに太い突出部が形成されており、この点で実質的な相違はない。

<2> 相違点<2>について

金銀糸に巻付ける箔糸は、引用例2に記載されているように、平らな細幅の箔を用いることがむしろ普通であるから、後者の箔糸を平箔糸に限定することは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎず、平箔糸に限定したことによる効果も予測される範囲を越えるものとは認められず、上記相違点<2>(なお、審決には、相違点(1)とあるが、誤記と認める。)は格別のものではない。

<3> そして、前記各相違点は、いずれも格別のものとは認められず、それらを総合するうえで格別工夫を要したものとも認められず、その結合により格別の作用効果を奏するものとも認められない。

なお、原告は上記結合効果につき、本件考案は、<1>芯糸は故意に太さが不均一となるように紡がれている、<2>芯糸が染色されている、<3>芯糸に巻き付けるのは平箔糸である、<4>平箔糸を芯糸に粗く巻き付けている、という4つの条件を全て同時に満たしたときにのみ、原告が「動く色」と名付けた効果を有するものと主張する。

さらに、この「動く色」について、原告の主張を要約すれば、平箔糸からの金属光沢を有する反射光と、芯糸からの反射光の混じり合いが、糸の形状の変化に伴って、視点が僅かに移動するだけで変化するというものであり(明細書においては、芯糸の色と金属光沢とによる玉虫効果があり、太さの不均一による傾斜からの光沢を示す方向が異なることによる柔らかい反射光となることが記載されている。)、(主張A)後者の飾り糸は「繊維により突出せる部分を形成せる糸」が着色されていないから、本件考案でいう「動く色」の効果は得られず、また、(主張B)後者の断面図(第二図)の巻付け糸は不定形に近い円形であるので、金糸の反射光は散乱してしまい、同様に「動く色」の効果は得られないというものである。

しかしながら、(主張A)は、上述したように、後者の糸(a)には着色した漆を用いるのであり、後者が飾り糸であってみれば、後者に記載された従来の繊維自体は着色の糸が使用されていたものと認められるから、上記相違点<1>において述べた、漆部分を繊維に置き換える際に、繊維に着色することに実質上の相違はない。

また、(主張B)は、後者の巻付け糸が箔糸か撚糸であると記載されいるのみで、第二図に図示された断面偏平の巻付け糸(c)が箔糸か撚糸かは定かではないが、上記相違点<2>において述べたように、平箔糸に限定することは設計的事項であり、効果においても、本来、箔糸を粗に巻き付けた金銀糸は、見る人の視点が少し移動するだけで、目に入る光量及び芯糸の反射光との混ざり具合は変化するものと認められ、平箔糸であればより散乱が少なく特定方向の反射光が強いであろうことは技術常識であるから、平箔糸に限定したことによる効果も、上述したように当然に予測される範囲内のものである。

(6)以上のように、本件考案は、その出願前に頒布された引用例1記載の考案及び引用例2記載の技術に基づいてきわめて容易になし得たものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであり、同法37条1項2号に該当し、無効とすべきである。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。ただし、甲第2号証(審決における甲第1号証)は参考資料である。同(4)はおおむね認める。同(5)、(6)は争う。

審決は、一致点の認定を誤り、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)取消事由1(「適宜の色に染色された芯糸」についての一致点の誤認)

審決は、本件考案と引用例1記載の考案が、芯糸が適宜の色に染色されている点で一致すると認定した。

しかし、引用例1には芯糸が染色されたものである旨の記載はない。また、漆は間隔的に付着形体(b)を形成しているから、この漆として着色漆を用いても、付着形体(b)と隣の付着形体(b)との間の糸(a)は着色されていないことになり、芯糸が全体として着色されていることにはならない。そして、着色芯糸を用いていれば漆は透明漆でよいから、引用例1記載の考案が着色漆を用いるということは、その芯糸は染色されていないことを示している。したがって、審決の上記一致点の認定は誤りである。

(2)取消事由2(相違点<1>の判断誤り)

審決は、相違点<1>について、「従来は糸(a)の突出部分は漆ではなく、繊維による突出であったことが記載されており、繊維自体の太さが不均一であったことが示唆されているから、後者の間隔的に漆を突出した芯糸に代えて太さが不均一の繊維だけの芯糸を用いることは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎ」ないと判断した。

しかし、引用例1記載の考案が漆により突出部を形成したのは、「従来行ハルル繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲ト異ナリ・・・突出形成部カ圧迫又ハ衝激ニ依リ変形スル憂少ナク常ニ形體ヲ維持シ得ラレ」(実用新案の性質、作用及び効果の要領3行ないし4行)る効果を狙ったものであり、この種の太さの変化が作用効果に重大な影響を有する本件考案のような飾り糸において、突出部が縮径してしまう芯糸を、漆で突出部を形成した芯糸に代えて用いることは、設計的事項ではない。

また、漆を塗った糸は固くなり、その着色は顔料によるので、染料による染色糸とは手触り、色とも全く異なるものとなり、引用例1記載の考案は本件考案の先行技術となるものではない。

さらに、審決は、「太さが不均一の繊維だけの芯糸については、・・・平金糸の比較的太い芯糸は、当時の製糸技術が・・・手紡であって、通常はむしろ繊維が不均一の糸であり、この点からしても、蛇腹撚りや羽衣撚りは太さの不均一の芯糸に平金糸を巻き付けた飾り糸であることが窺い知れる」と判断した。しかし、糸には繭から引いた座繰り糸と、屑繭などから作る真綿を紡いだ紡糸とがあり、一般に金銀糸の芯糸として使われるのは太さの均一な座繰り糸である。これは、太さが均一でなければ箔糸を均一に巻き付けることができないことからも当然であり、引用例2において芯糸の太さが全て均一に描かれているのもこのためである。したがって、審決の上記判断は誤りである。

(3)取消事由3(相違点<2>の判断誤り)

審決は、相違点<2>について、「金銀糸に巻付ける箔糸は、引用例2に記載されているように、平らな細幅の箔を用いることがむしろ普通であるから、後者の箔糸を平箔糸に限定することは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎ」ないと判断したが、これは誤りである。

ア 「箔糸」(金切箔・銀切箔などの総称)は、金糸・銀糸(金・銀切箔を芯糸に巻き付けた糸)を製造するための素材であり、これが即「平箔糸」であるということはできない。

そして、引用例2の記載をみると、「金銀平箔並びに金銀糸」(1頁19行)、「撚金糸」(2頁8行)、「平金糸」(同9行)、「金銀糸並びに金銀平箔」(同21行)、「平金糸」(4頁14行)、「丸金糸」(同15行)、「平金銀糸」(14頁2行)、「撚り金銀糸」(15頁11行)、「平箔金銀糸」(同行)、「金銀箔糸」(17頁22行)などがあるが、平箔状の糸の場合は、必ず「平」の字が付されており、「平」の字が付されていない「金銀箔糸」(17頁22行)は、その用途の拡大に注目し、金銀糸加工業(スリッター、撚り)に関係のない方向での研究・開発に注目するとされている。したがって、この記事全体の脈絡からみて、「金銀箔糸」は、「平箔糸」に限られず、「撚り金銀糸」を含め「箔糸」を用いた金糸・銀糸を含めて意味していることが明らかである。

金属箔糸も、一般には細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであり、このことは、審判の平成8年6月6日の口頭審理において被告代理人も認めている。そして、引用例1の第2図に図示されたものは、芯糸(a)に、金属箔を芯糸に巻き付けた金属箔糸(c)を撚り合せたもので、それが図面では巻き付け糸(c)の断面が歪んだ円形状のものとして表されている。

以上のとおり、引用例1記載の考案にいう金属箔糸は、一般には細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであり、図面において図示されているものも細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであるから、これを平らな細幅の箔を用いることがむしろ普通であるということはできない。

イ また、引用例2にも、平金銀糸と撚り金銀糸の2種類があることが記載されているが、平金銀糸が普通であることを窺わせるような記載は一切ない。

ウ したがって、金属箔糸を平箔糸に限定することは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎないとした審決の判断は誤りである。

エ そして、芯糸に巻き付ける金属箔糸が平箔糸でなければ、金属箔糸からの反射光は拡散し、どの角度でも箔糸からの反射光と芯糸からの反射光との混合色が見られるのに対し、芯糸に巻き付けるのが平箔糸である場合には、箔糸からの反射は正則反射となり、特定の方向にのみ反射するため、この方向では強い平箔糸からの光と芯糸からの光との混合色が見られるのに対し、これとは別の方向では芯糸からの反射光のみが見え、見る角度により色が変化することとなる。本件考案は、これに、芯糸が故意に不均一な太さを持つように紡がれていることと、芯糸が染色されていることから、糸の各部位ごとに反射光の方向が異なる、すなわち、各部位ごとに発現する色が異なり、しかもそれが見える方向を変えることによって変化して行くという、原告が「動く色」と名付けた顕著な効果を生じるものである。

また、本件考案については、染色界の第一人者とされる山部知行氏からも、「今まで少なくとも私が見た織物の中では世界中のどこにもないものと思います。・・・これは確かにあなたの創意であり独創だと思います。」と高く評価されているものであり、このことからも本件考案の進歩性が裏付けられる。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)取消事由1について

原告は、本件考案と引用例1記載の考案が、芯糸が適宜の色に染色されている点で一致するとの審決の認定を誤りであると主張する。

引用例1には芯糸が着色されたものである旨の直接的な記載はないが、引用例1記載の考案の着色された付着形体(b)を形成した糸が、本件考案の芯糸とみることができる。また、芯糸に箔糸を巻き付けたいわゆる金銀糸において、染色された芯糸を用いることは古くから行われていたものであるから、着色、すなわち染色された芯糸が引用例1に記載されているということができる。

また、従来から芯糸を染色することは周知であり、繊維の着色は染色であったことも周知であるから、漆部分を繊維に置き換える際に芯糸に着色することは自明である。

(2)取消事由2について

原告は、この種の太さの変化が作用効果に重大な影響を有する本件考案のような飾り糸において、突出部が縮径してしまう芯糸を、漆で突出部を形成した芯糸に代えて用いることは設計的事項ではないと主張する。

しかし、引用例1の、「従来行ハルル繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲ト異ナリ漆ヲ以テ突出部ヲ形成セル絲ト金属箔絲又ハ撚絲其他ノ絲トヲ撚合セタルモノニシテ突出形成部カ圧迫又ハ衝激ニ依リ変形スル憂少ナク常ニ形體ヲ維持シ得ラレ」という記載は、換言すると、従来から、突出形成部が圧迫又は衝撃により変形するおそれのある繊維の突出部を形成した糸に対して金属箔糸等を撚り合せていたと解することができる。そうすると、原告が主張する、「太さの変化が作用効果に重大な影響を有する本件考案のような飾り糸」は、上記従来のものと全く変わりがなく、従来のものが圧迫又は衝撃により変形するおそれがあるならば、本件考案においても当然そのおそれがあるものである。

また、原告は、一般に金銀糸の芯糸として使われるのは太さの均一な座繰り糸であり、これは、太さが均一でなければ箔糸を均一に巻き付けることができないことからも当然であり、引用例2において芯糸の太さが全て均一に描かれているのもこのためであると主張する。

しかし、金銀糸は繊維長の長い絹糸ばかりでなく、繊維長の極めて短い綿糸を芯糸として用いることも多いことが「現代繊維辞典」(214頁)に記載されている。そして、綿糸を用いた場合は、昔から使用されていた綿糸は手紡ぎであったので、太さの不均一な糸であった。したがって、原告の主張は理由がない。

(3)取消事由3について

原告は、相違点<2>について、箔糸を平箔糸に限定することは設計的事項にすぎないと判断した審決が誤りである旨主張するが、審決には誤りはない。

ア 原告は、箔糸は素材であるとして、これと平箔糸は異なると主張する。しかし、現代繊維辞典(214頁)によれば、箔糸とは、金又は銀を薄片とし一定面積の雁皮糸又は鳥の子紙に漆で片面又は両面に貼り付けた平箔を長さ方向に裁断したものであり、引用例2によれば、平箔金銀糸とは箔を細かく切ったままのものである。したがって、平箔を糸状に裁断したものが箔糸であるから、箔糸と平箔糸は同義語である。そして、引用例2は、金銀糸は撚り金銀糸と平箔金銀糸に大別され、撚り金銀糸とは箔を細かく切ったものを芯糸に巻き付けたものであり、平箔金銀糸は箔を細かく切ったままのものと定義している。そうすると、平箔糸と平箔金銀糸も同義語である。

一方、引用例1には、芯糸に金属箔糸を撚り合せた飾り糸が記載されているが、この飾り糸は引用例2記載の撚り金銀糸に対応し、金属箔糸は平箔金銀糸に対応するものである。

この点につき、原告は、被告代理人が審判の口頭審理において、金属箔糸が一般には細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであること認めたと主張するが、その事実はない。仮に、その事実があるとしても、それを認めたのは、引用例2に図示されているように、金属箔糸は一般には細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであり、しかもその金属箔は平箔を用いているという従来からの主張を認めたにすぎないものである。

イ また、原告は、引用例2に、平金銀糸が普通であることを窺わせるような記載は一切ない旨主張する。

しかし、引用例2は撚り金銀糸について、丸撚り、羽衣撚り、蛇腹撚り、たすき撚り、絡み撚りを図示しており(14頁)、この中で芯糸に金銀の線条を用いているたすき撚りと絡み撚り以外は、その幅と厚さから見て巻き付けているのは平箔糸であると推測され、特に丸撚りと羽衣撚りはそのことが明らかである。したがって、引用例2には、金銀糸に巻き付ける箔糸は平らな細幅の箔を用いることがむしろ普通であることが記載されているとした審決の認定に誤りはない。

ウ 以上のとおり、平箔糸を用いることが当然である以上、これを用いることに何らの技術的思想も必要とせず、しかも金箔等の金属箔を用いる各種装飾分野においては従来から平箔の光反射効果が優れていることは周知であるから、装飾糸として金属箔を用いる際に金属箔の光反射効果を増すために平箔として用いることは、単なる箔の形態を選択する設計事項というべきである。

エ そして、平箔糸を用いた効果も、従来から平箔を用いている効果以上のものはない。

なお、原告は、染色界の第一人者とされる山部知行氏が本件考案を高く評価したと主張するが、その証拠となるものは単なる私的な書状にすぎず、具体的にどのような状況下でどのようなものを提示し、どのような説明をしたのか極めて不明瞭であるから、このような証拠の信用性は極めて低く、進歩性の資料とはならない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本件考案の概要について

成立に争いのない甲第8号証(本件公告公報)によれば、本件明細書に記載された本件考案の概要は以下のとおりと認められる。

1  従来、和装用の帯地、袋物等に用いられる綴織等に用いられる金糸・銀糸その他金属光沢を有する糸条は、絹糸、合成樹脂糸、綿糸等を芯糸とし、その芯糸に金、銀等の金属光沢のある平箔糸等を緻密に巻き付け、芯糸自体は外からは見えないようにしたものか、平箔糸それ自体が用いられている。これらの金銀糸は、それ自体、美麗な外観を有し、装飾用織物用に賞用されている。しかし、糸条の表面形状は単純であり、強い反射を示す方向は特定されやすく、これによって織成された織物は雅趣に欠けるうらみがあった。また、これらの金銀糸を染色するには金属光沢を有する平箔糸自体を着色せざるをえないため、染色し得る色の範囲も制限されざるを得なかったものである。

本件考案は、柔らかい金属光沢を有し、しかも芯糸を染色してその色を金銀糸上に表わし、金属光沢との相乗効果によって、従来に見られない装飾効果の高い金銀糸を得ようとするものである。(1頁1欄12行ないし2欄3行)

2  本件考案は、実用新案登録請求の範囲(本件考案の要旨)記載の構成(1頁1欄1行ないし6行)を採用したものである。(1頁2欄4行ないし24行)

3  本件考案は、

ア  平箔糸の金属光沢と、平箔糸の間に露出している芯糸の色、風合とが混合されて相乗効果を表わし、色彩を持った柔らかい金属光沢となり、しかも見る角度によって金属光沢と色彩の強弱が変化し、玉虫様の効果を示す。

イ  芯糸の太さが一様でなく、その上に巻き付けた平箔糸は部分部分によって糸条中心軸に対する傾斜が異なり、強い光沢を示す方向が部分によって異なってくる。このため、広い角度範囲にわたって金属光沢を示す部分が糸条上に分布し、美観を増すと共に反射光を柔らかいものとしている。

ウ  この金銀糸を用いて織物を織成すると、織物上に隆起部が不規則に表われ、平織ではあっても紬風の風合と共に見る角度によってその隆起部の隠蔽効果によって玉虫効果が更に助長される。

エ  故意に太さを不均一にした糸条の平均太さは比較的太いものとなるので、太さの異なる糸によって織模様を表わすと、上記ア、イ、ウの効果が相乗して表われ、従来に見ない風合の織物が得られる。

オ  比重の大きい平箔糸の使用量が少なく、軽い金銀糸を得ることができる。

カ  巻き付ける平箔糸の太さを変えることにより、金銀光沢を表わす部分と芯糸が表われる部分との比率が変化し、同一構成で風合を広範囲に変化させることができる。

等の顕著な効果を奏するものである。(1頁2欄28行ないし2頁4欄12行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1(「適宜の色に染色された芯糸」についての一致点の誤認)について

成立に争いのない甲第6号証(引用例1)によれば、引用例1には、適宜の糸(a)に間隔的に着色漆で突出した付着形態(b)を形成した糸と、金属箔糸(c)とを撚合わせた飾り糸が記載されるとともに、漆で突出した付着形態を形成した糸を芯として、金属箔糸又は撚糸が、上記芯が露出する程度に粗く螺旋状に巻き付けられた飾り糸が図示(別紙図面2参照)されていることが認められる。

そうすると、引用例1記載の考案の漆による突出した付着形態を形成した糸は、芯糸というべきであるところ、上記芯糸は、少なくとも着色漆の部分が間隔的に着色されているから、適宜の色に着色されているものである。

そして、染色とは、その語義からして、繊維、皮革、木材、樹脂等を染料との結合によって着色する操作をいうことは当然であるから、引用例1記載の考案の芯糸の漆の部分に着色することも染色ということができる。したがって、上記芯糸は適宜の色に染色されているというべきであるから、本件考案と引用例1記載の考案が、芯糸が適宜の色に染色されている点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

この点に関し、原告は、引用例1記載の考案は、漆が間隔的に付着形態(b)を形成しているから、付着形態と隣の付着形態との間の糸(a)は着色されていないことになり、芯糸が全体として着色されていることにはならないと主張する。しかし、本件考案の要旨とする「芯糸」は、「適宜の色に染色された」というものにすぎず、芯糸全体を隙間なく着色しなければならないとか、芯糸を間隔的に着色してこれと芯糸の地色の色模様としたものは含まれないと解することはできないから、間隔的に着色されている芯糸も適宜の色に染色された芯糸に含まれるというべきである。したがって、原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(相違点<1>の判断誤り)について

前掲甲第6号証によれば、引用例1には、「本案ハ従来行ハルル繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲ト異ナリ漆ヲ以テ突出部ヲ形成セル絲ト金属箔絲又ハ撚絲其他ノ絲トヲ撚合セタルモノニシテ突出形成部カ圧迫又ハ衝激ニ依リ変形スル憂少ナク常ニ形體ヲ維持シ得ラレ且着色漆ヲ使用セル場合ハ任意配色ニヨリ構成セシメ得ラレ」との記載があることが認められ、上記記載に徴すれば、従来芯糸として使用されていたのは、「繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲」であったことは明らかである。

そして、「繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲」とは、太さが不均一となっている糸にほかならないから、芯糸として、「漆ヲ以テ突出部ヲ形成セル絲」に代えて太さが不均一となるようにつむがれた繊維だけものを用いることには、何ら困難性は認められない。したがって、相違点<1>(に係る本件考案の構成)を格別のものではないとした審決の判断に誤りはない。

もっとも、原告は、<1>引用例1記載の考案が漆により突出部を形成したのは、突出形成部が変形するおそれが少ないという効果を狙ったものであるから、突出部が縮径してしまう芯糸を、漆で突出部を形成した芯糸に代えて用いることは設計的事項ではない、<2>漆を塗った糸は固くなり、その着色は顔料によるので、染料による染色糸とは手触り、色とも全く異なるものとなり、引用例1記載の考案は本件考案の先行技術となるものではない、と主張する。しかし、従来芯糸として使用されていたのは、「繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲」である以上、その従来使用されていた芯糸が、引用例1記載の考案のそれと異なり、突出部が縮径してしまうおそれがあり、手触り、色が異なるとしても、そのことは、「漆ヲ以テ突出部ヲ形成セル絲」に代えて従来のものを用いることに何ら困難がないとの上記判断を左右するものではない。

また、原告は、一般に金銀糸の芯糸として使われるのは太さの均一な座繰り糸であり、引用例2において芯糸の太さがすべて均一に描かれているのもこのためであると主張し、成立に争いのない甲第5号証(引用例2)によれば、引用例2の14頁には、「金銀糸の種類」の、「(1)形状的」項の、「撚り金銀糸」として「丸撚り」「蛇腹撚り」「羽衣撚り」等の図が掲載され、その芯糸は太さが均一に描かれていることが認められる。しかし、上記甲第5号証によれば、上記図中の芯糸は、「撚り金銀糸」として例示されたものの「撚り方」を説明する目的で図中に示されたものであることが認められるところ、作図の簡便性を考慮すると、撚り方を説明する目的のために、それとは直接関係のない芯糸の太さの均一性について、わざわざ現実に即して「不均一」な態様で図示することは通常行われないから、上記図の芯糸の太さが均一であることは、必ずしも現実の芯糸の太さが均一に限られることを意味するものではないというべきである。「繊維ニヨリ突出セル部分ヲ形成セル絲」であった旨の引用例1の記載に照らし、引用例2の上記図示のとおりの芯糸が、従来芯糸として使用されていたとはいえないし、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は採用できない。

3  取消事由3(相違点<2>の判断誤り)について

(1)引用例1記載の考案の「金属箔絲」について検討する。

ア 成立に争いのない甲第4号証によれば、現代繊維辞典には次の記載があることが認められる。

<1> 「はくいと(箔糸) 金切箔、銀切箔などの総称 →きんきりはく、ぎんきりはく」

<2> 「きんきりはく(金切箔) 金を打ち延ばして薄片とし、長さ曲1尺4寸、巾2尺5寸位の雁皮糸または鳥の子紙に、漆(うるし)で片面または両面に貼り付けたものを平箔という。・・・この平箔を長さの方向に曲1寸につき70~130切に切断したものを金切箔という。」

<3> 「ぎんきりはく(銀切箔) 銀を用いて金切箔と同様の方法でつくる。寸法、用途も同様。→きんきりはく」

イ また、前掲甲第5号証によれば、引用例2には次の記載があることが認められる。

<1> 「金銀糸はその素材の内容・・・金属の種類が銀とかアルミニウムとか」(13頁下から5行ないし4行)、「(引箔の)金属には主に貴金属でプラチナ、本金(等級あり)銀からアルミならびに貴金属等がある。」(16頁12行ないし13行)

<2> 「金銀糸の種類分けにおいて、さらに注意せねばならないのは、上記の区分された各々の品種が「撚り金銀糸」と「平箔金銀糸」に大別され、これがさらに細分化されることである。・・・

撚り金銀糸・・・箔を細かく切ったものを芯糸に巻きつけたもの

平箔金銀糸・・・箔を細かく切ったままのもの」(15頁10行ないし15行)

ウ 以上の記載に徴すれば、「平箔金銀糸」は、「箔を細かく切ったままのもの」であるから「金切箔」、「銀切箔」ないしアルミニウム等を用いてこれらと同様の方法で作られたもののことを指すというべきてころ、金切箔、銀切箔などの総称は「箔糸」であるから、「平箔金銀糸」と「箔糸」は同じものと解される。

エ そして、前掲甲第5号証によれば、引用例2には、「金銀糸はその素材の内容・・・金属の種類が銀とかアルミニウムとか、また金属層の形成が金属箔か金属蒸着とかによっても、・・・外観的には金属光沢と相違があり、」(13頁下から5行ないし2行)、との記載があることが認められ、上記記載によれば、「金属箔絲」とは、「金属層が形成され、金属光沢を有する箔糸」、すなわち「金属層が形成され、金属光沢を有する平箔金銀糸」の意味と解される。そして、金属光沢を有する平箔金銀糸に金属層が形成されていることは、前記イ、及び上記において認定に係る引用例2の記載から自明であるから、結局、それは「金属光沢を有する平箔金銀糸」ということもできる。

(2)本件考案の「平箔糸」について検討する。

前掲甲第5、第8号証によれば、本件公告公報には、本件考案の「平箔糸」について、「例えばポリエチレンテレフタレートフィルムにアルミニウム、金、銀、銅等の金属を真空蒸着して金属光沢を有するフィルムを得、これをスリッタ等によって細幅に裁断して得られる。」(本件公告公報2欄13行ないし17行)との記載があること、及び銀をフィルムに蒸着したものはソフト粉(まがい)と呼ばれる平箔材料とされるなど(引用例2、14頁下から8行ないし15頁2行)、金銀等をフィルムに蒸着したものも「箔」と呼ばれることが認められ、以上の事実によれば、本件公告公報において例示された「平箔糸」は、箔を細く切ったものであるから、引用例2記載の「平箔金銀糸」に当たると認められる。そして、上記事実に、前記(1)イ<2>のとおり、引用例2では、金銀糸が「撚り金銀糸」と「平箔金銀糸」に大別されており、「平箔金銀糸」と別に「平箔糸」の概念があるとの記載もないことを総合すれば、引用例2の「平箔金銀糸」は「金銀糸の種類分けにおいて」という語句で始まる段落に記載されたため、「金銀」という語句が存在するにすぎず、これを単に「平箔糸」といったとしても、異なるところはないと解される。

(3)以上のとおり、「金属箔絲」は「金属光沢を有する平箔金銀糸」であり、それは「金属光沢を有する平箔糸」であるから、結局、引用例1記載の考案の「金属箔絲」と本件考案の「金属光沢を有する平箔糸」は同一というべきである。そうすると、相違点<2>(に係る本件考案の構成)が格別のものでないとした審決の判断は、結論において正当である。

(4)これに対して、原告は、「金属箔絲」は、一般には細い金属箔を芯糸に巻き付けたものであり、このことは、審判の平成8年6月6日の口頭審理において被告代理人も認めていると主張するが、仮にそうであるとしても、自白が成立するわけではないから、そのことが上記認定を左右するものではない(なお、本訴における被告の主張は、不明瞭であるが、全体としてみれば、金属箔糸と平箔糸がともに平箔を糸状に裁断したものであると主張しているものと解される。)。

また、前掲甲第6号証によれば、引用例1の第2図には「金属箔絲又は撚絲其他ノ絲(c)」の巻き付け糸が断面の歪んだ円形状のものとして記載されていることが認められるけれども、上記図面に記載の糸は、「金属箔絲」とは限らず、撚り糸その他の糸の可能性もある上、図面自体模式的なものと解されるから、右図面の記載は上記認定を左右するに足りるものではない。

さらに、原告は、引用例2に記載された「金銀箔絲」は、「平箔糸」に限られず、「撚り金銀糸」を含め「箔糸」を用いた金糸・銀糸を含めて意味していると主張する。しかし、箔糸が金切箔、銀切箔などの総称であると現代繊維辞典に定義されていることは前認定のとおりであり、これを撚り金銀糸を含むと解すべき理由はない。

(5)なお、本件考案には原告が「動く色」と名付けた顕著な効果がある旨の原告の主張について検討するに、前示のとおり、「金属箔絲」と金属光沢を有する平箔糸は同じものであるから、引用例1記載の考案の「金属箔絲」という上位概念に対して本件考案が金属光沢を有する平箔糸という下位概念に限定したことを前提とする原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、失当である。

また、原告は、染色界の第一人者とされる山部知行氏が本件考案を高く評価したと主張するが、原告がその証拠とする甲第7号証は私的な手紙にすぎない上、どのような状況下で何について論評しているのかも定かではないから、これによって本件考案に進歩性があるとすることはできないし、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおり、本件考案が、引用例1記載の発明及び引用例2記載の技術に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものとした審決の認定判断は結論において正当であり、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年2月17日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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