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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)21号 判決 1997年6月10日

大阪府岸和田市臨海町20番地の4

原告

株式会社梅谷製作所

代表者代表取締役

梅谷陽一

訴訟代理人弁護士

本渡諒一

鎌田邦彦

両名訴訟復代理人弁護士

外川裕

訴訟代理人弁護士

裵薫

弁理士 丸山敏之

愛知県名古屋市北区報徳町18番地

被告

株式会社イソワ

代表者代表取締役

磯輪英一

訴訟代理人弁護士

中村稔

富岡英次

弁理士 宍戸嘉一

松下満

主文

1  特許庁が平成7年審判第40012号事件について平成7年12月25日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告(審判被請求人)は、名称を「段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構」とする登録第3002218号実用新案(以下、この実用新案に係る考案を「本件考案」、本件考案の実用新案登録を「本件登録」という。)の実用新案権者である。なお、本件考案は、平成4年1月18日に「段ボールシート用印刷機」の名称で特許出願(平成4年特許願第27236号)された発明の一部を、平成6年3月18日に新たな特許出願(平成6年特許願第73976号)とするとともに、同日、これを実用新案登録出願(平成6年実用新案登録願第3775号)に変更し、同年7月13日に本件登録がなされたものである。

原告(審判請求人)は、平成7年6月26日、本件登録を無効にすることについて審判を請求し、平成7年審判第40012号事件として審理された結果、同年12月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は平成8年1月16日原告に送達された。

2  本件考案の実用新案登録請求の範囲

別紙「実用新案登録請求の範囲」の請求項1ないし4記載のとおり(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)  原告の主張

本件考案は、いずれも、その実用新案登録出願前に公開された下記刊行物記載のものに基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであって、本件登録は、実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであるから、同法37条1項2号の規定により無効にされるべきである。

<1> 昭和59年実用新案登録願第6965号(昭和60年実用新案出願公開第119540号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和60年8月13日特許庁発行。以下、「引用例1」という。)

<2> 昭和58年実用新案登録願第111347号(昭和60年実用新案出願公開第19439号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和60年2月9日特許庁発行。以下、「引用例2」という。)

<3> 昭和61年特許出願公開第266248号公報(以下、「引用例3」という。)

<4> 昭和52年特許出願公告第27758号公報(以下、「引用例4」という。)

<5> 昭和54年実用新案登録願第10547号(昭和55年実用新案出願公開第110239号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下、「引用例5」という。)

<6> 平成3年実用新案出願公告第14367号公報(以下、「引用例6」という。)

<7> 昭和59年実用新案登録願第61842号(昭和60年実用新案出願公開第173328号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和60年11月16日特許庁発行。以下、「引用例7」という。)

<8> 平成3年特許出願公開第183549号公報(以下、「引用例8」という。)

(2)  各引用例の記載事項

<1> 引用例1(別紙図面B参照)

「ゴムロールとアニロツクスロールとを一水平面内で圧接させ、その両ロールの上位置に形成される断面略V型のインク溜溝に印刷インクを保有させ、前記アニロツクスロール上に含浸せしめた印刷インクを印刷ドラム上に転着させる段ボール紙印刷機において、インク溜溝の上方に間隔を置いて数個の吸引ノズルを上下動自在に設けて該各吸引ノズルの先端がインク溜溝中に入出するようにすると共に、該吸引ノズルを真空ポンプに継ぎインク溜溝中の残留インクを該吸引ノズルによって回収するように構成したことを特徴とする段ボール紙印刷機における印刷インク回収装置」(実用新案登録請求の範囲)

「4はアニロツクスロール2に当接し連動回転する印刷ドラムで、該印刷ドラム4には印刷図柄を形成したゴム版が貼着されている。5は印刷ドラム4に隣接して印刷するダンボール紙6を案内保持し、印刷ドラム4上のゴム版に塗られた印刷インクをダンボール紙6に転写できるようにした圧着ロールである。」(明細書3頁16行ないし4頁2行)

「取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3の中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。」(同6頁9行ないし13行)

「空圧シリンダ11、11が作動することによって作動杆12が伸縮すると取付杆9が上下動するように構成する。そして取付杆9の両端部および中間部にブラケツト14を固着し、該ブラケツト端に吸引ノズル15を夫々前記インク溜溝3と相対するように固着する。16は先端が該吸引ノズル15に連結された可撓性のホースである。」(同4頁11行ないし18行)

「ゴムロール1の端面とアニロツクロール2の端面にまたがって圧着するように設けられた一対のインク堰止板27、27に連結され」(同5頁13行ないし16行)

<2> 引用例2

「アニロックスロール7は、版胴2に対し、ドクターロール6の中心6aを支点として昇降するようになっており」(明細書3頁10行ないし13行)

<3> 引用例3(別紙図面C参照)

「高粘性液(例えば印刷インキ)の移送ポンプであって、該移送ポンプ(13)は、駆動モータ(12)によって正転、逆転に切換え駆動され正転時には高粘性液を吐出し、逆転時には吸引する吐出・吸引ポンプが用いられている。」(明細書2頁右上欄9行ないし14行)

<4> 引用例4

「捺染工程の終了後、ポンプ3を逆回転させることによって捺染インキを圧力ノズル7および送出管4から供給容器へ戻すことができ、その後、吸引管2を洗浄液容器に接続してポンプ3を作動させることにより装置全体を簡単に清掃することができる。」(9欄24行ないし10欄4行)

<5> 引用例5

「ポンプは第3図に示すように、回転軸101に固定した円板102の同一円周上に複数個の押圧用コロ103を等間隔をもって回転自在に取付け、その下部には上面に円弧状の受け面104をもつ受け台105を上下調節が自由に行えるよう設置し該受け台105の上面受け面104に後述の可撓チューブ18を固定的に載せて円板102を一定方向に回動することにより押圧用コロ103が可撓チューブ18を受け面104に沿って一方向へ偏平状に押圧しながら転動してチューブ内のインキを吸入側から排出側へ強制的に移送するようにしたポンプである。」(明細書5頁2行ないし14行)

「異った色のインキを供給する場合は、インキつぼ16とチューブ18をともに換装すれば足りる。」(同6頁6行ないし8行)

<6> 引用例6

「ダンボール印刷機に本考案の印刷インク回収装置は取付られ、9は先端がインク溜溝3に臨むようにして設けられる吸引ノズルを示す。10は回収ポンプで、11は吸引ノズル9と回収ポンプ10とを継ぐビニルホースである。回収ポンプ10の吐出側はビニルホース12を介して貯留槽13と結ばれる。14は吸引ノズル9を保持してインク溜溝3に沿って往復動できるようにした移動手段で、この移動手段はインク溜溝3の上方位置でインク溜溝長さと略同じにして平行となるよう両端を軸受16、16で支承したネジ軸15を設け、該ネジ軸15を回転させる減速機付モータ17を設けると共に、該ネジ軸15にナット18を螺着し、該ナット18に吊体19を垂下する。20は吸引ノズル9を吊体19に止着している止金、21は吸引ノズル9と継がったビニルホース11をナット18に止着している止金である。22、22はネジ軸15が回転するに伴ない、ナット18が回転することのないように吊体19の両側を挟むように軸受16、16間に架したガイド軸である。」(3欄7行ないし27行)

<7> 引用例7

「インキ練りローラ(3)に沿って往復移動する移動部材(6)を備えており、インキタンク(11)に接続されたインキ量の調節が可能なインキ噴出ノズル(13)が移動部材(6)に設けられている印刷機におけるインキ供給装置」(実用新案登録請求の範囲)

<8> 引用例8

「粘度の低い速乾性のインキは印刷面に艶がなく商品価値が低い。(中略)インキの色変えの際、(中略)循環管路(9)に洗浄水を圧送して、パイプ内のインキを洗い流さなければならず、多量のインキが無駄になる」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄16行)

プリスロ印刷の問題点として、「粘度の高いインキを練りながら下流側のロールに順に受け渡すため(原告注・ロール列機構による装置の大型、複雑化を招来する。)、版胴(4)が実際にインキ供給を必要とする部分、即ち、版胴(4)の凸部に均一にインキを供給することが出来ず(原告注・印刷状態を見ながらのインキ塗布調整が必要)」(2頁右上欄11行ないし14行)

「従来の段ボールシート印刷に使用する速乾性インキ(原告注・フレキソ印刷用)の乾燥時間約1秒、遅乾性インキの乾燥時間約3分に対して、約10秒で乾燥する。」(3頁右上欄18行ないし20行)

課題として、「本発明は、(中略)印刷面が美しく、インキ変えの際のロールの洗浄が容易で、然もインキロスを少なくできるインキ供給装置を明らかにするものである。」(2頁右上欄17行ないし20行)

(3)  判断

<1> 原告は、引用例8には、フレキソ印刷とプリスロ印刷のそれぞれの長所と欠点を考察し、フレキソインキではないがフレキソインキに近い特性のインキを使用して従来の課題(本件考案の課題)を解決することが明らかにされており、本件考案は、引用例8記載の発明と同じ課題の解決を目指すものであって、本件考案の課題は新しいものではないから、本件登録の無効理由の当否については、本件考案の具体的構成について新規性の有無を検討すれば足りること、具体的には、本件考案と引用例1記載のものとの相違点は引用例2から引用例7に記載されていることを主張する。

<2> 本件考案の実用新案登録請求の範囲の請求項1記載の考案(以下、「請求項1の考案」という。)と引用例1記載のものとを対比すると、請求項1の考案の「印版、版胴、圧胴、インキ転移ロール、段ボールシート、絞りロール、チューブ、インキ貯留部」は、それぞれ、引用例1記載の「ゴム版、印刷ドラム、圧着ロール、アニロツクスロール、段ボール紙、ゴムロール、吸引ノズル、インキ溜溝」に相当し、それらの配設関係は引用例1の第2図(別紙図面B)に示されているとおりであるので、両者は、

「印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)とを備え、前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行うよう構成した段ボールシート用印刷機において、

前記版胴(44)に対して配設され、該版胴(44)の印版と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、

このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触して回転し、インキ量の絞り調整を行う絞りロール(52)と、

これらインキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されたポンプと、

このポンプに、一方の開口部(60a)をインキ供給部(58)に臨ませると共に、他方の開口部(60b)を前記両ロール(50、52)の間に画成されるインキ貯留部(A)に臨ませたチューブ(60)と、

前記チューブ(60)の開口部(60b)は、常にはインキ貯留部(A)の上方におけるインキ吐出位置にあって、前記モータを駆動することにより、その開口部を該インキ貯溜部(A)中の残留インキに浸漬させると共に、該モータ(96)を回転させて残留インキをインキ供給部(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機のインキ回収機構」

である点で一致するが、次の点において相違する。

a 請求項1の考案は、転移ロールが版胴に対して近接離間自在であるのに対し、引用例1にはその旨の記載がない。

b 請求項1の考案は、可逆付勢されるチュービングポンプにチューブが介挿可能で、チュービングポンプと一体的に移動可能に設けられ、インキ貯留部に臨む開口部を昇降させる昇降駆動機構からなり、チューブの開口部は、常にはインキ貯留部の上方におけるインキ吐出位置にあって、可逆モータを一方向へ駆動することによりインキ供給部中のインキを該インキ貯留部に供給し、昇降駆動機構を駆動して該チューブを下降させることにより、その開口部を該貯留部中の残留インキに浸漬させ、可逆モータを逆転回転させて残留インキをインキ供給部に回収するのに対し、引用例1には、チューブがポンプに対して着脱自在であることは開示がない。また、ポンプでインキ液を回収することは開示されているが、チューブの開口部をインキ貯留部に臨ませることが記載されているのみで、ポンプが可逆できることは開示されていない。

c 請求項1の考案は、チュービングポンプが長手方向 に平行移動するのに対し、引用例1にはその旨の記載がない。

<3> まず、相違点bについて検討する。

引用例1には、上記のように、昇降駆動機構でチューブを下降することにより貯留部中の残留インキをインキ供給部に回収する旨の構成が記載されているが、ポンプを正転しインキを供給することについての記載はない。

原告は、チュービングポンプを用いること及び色替えの時チューブを交換することは引用例5に開示されていると主張するが、引用例5記載のものは、インキを供給するのみのものであり、インキの回収を示唆する記載はないので、本件考案と同一の課題を有するとはいえない。また、原告は、モータを正転逆転させてインキを供給・回収することは引用例4に記載されていると主張するが、引用例4記載のものはウェブ材料に捺染インキを供給・回収するためのものであり、本件考案の段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収装置とは技術分野を異にする。

そして、本件考案は、インキ貯留部へ好適なインキの供給することができ、印刷オーダの変更の際には、該貯留部に残留するインキを迅速に回収し得るインキ供給・回収機構を提供することを課題とするところ、原告は、引用例8記載の発明は請求項1の考案と同一の課題を有するものであると主張するが、前記のとおり、引用例8にはそのような記載はない。したがって、引用例1ないし引用例8には本件考案と同じ課題が全く記載されておらず、課題が相違する以上、引用例1ないし引用例8記載の各技術的事項を組み合わせることがきわめて容易にできたとすることはできないから、相違点a及び相違点cを検討するまでもなく、請求項1の考案の実用新案登録を無効にすることはできない。

なお、請求項1の考案は、相違点bに係る構成により、「印刷オーダの変更等に伴う色替えに際し、チュービングポンプに介挿した可撓性チューブをインキ貯留部に沿って移動可能かつ昇降自在に構成したので、印版の必要箇所にインキを重点的に供給することができ、該貯留部中に残留するインキを好適に回収し得るから、色替えに要する時間を極めて短縮し得る」という効果を奏するものである。

<4> 本件考案の実用新案登録請求の範囲の請求項2、請求項3及び請求項4の考案は、前記相違点に係る構成を含むものであるが、その構成が引用例1ないし引用例8記載のものと相違することは前記のどおりであるから、請求項2、請求項3及び請求項4の各考案の実用新案登録を無効にすることもできない。

<5> したがって、本件考案は、引用例1ないし引用例8記載のものに基づいてきわめて容易に考案をすることができたとすることはできない。しかも、本件考案は、引用例1ないし引用例8記載のものには期待することができない特有な作用効果を奏するものである。

以上のとおりであるから、原告が主張する理由及び証拠方法によっては、本件登録を無効にすることはできない。

4  審決の取消事由

各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、本出願前の周知技術を看過誤認して相違点bの判断を誤った結果、本件考案の進歩性を肯定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  本件考案の構成の容易想到性について

審決は、相違点bの認定において、請求項1の考案はチューブを下降させることによりその開口部を貯留部中の残留インキに浸漬させ、可逆モータを逆転回転させて残留インキをインキ供給部に回収するものであるところ、引用例1には、チューブの開口部をインキ貯留部に臨ませポンプでインキ液を回収することは開示されているが、「ポンプが可逆回転できること」の開示はないとしたうえ、「ポンプが可逆回転できること」は引用例1ないし引用例8の記載からきわめて容易に想到できたとはいえないという趣旨の説示をしている。

しかしながら、審決が採用しなかった引用例3は、「輪転印刷機、紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するもの」(1頁左下欄13行ないし15行)であって、「図示(13)は高粘性液供給装置の移送配管に介装、配設され前記駆動モータ(12)によって駆動される高粘性液(例えば印刷インキ)の移送ポンプであって、該移送ポンプ(13)は、駆動モータ(12)によって正転、逆転に切換え駆動され正転時には高粘性液を吐出し、逆転時には吸引する吐出・吸引ポンプが用いられている。」(2頁右上欄7行ないし14行)と記載されている。このように、1台のポンプを正転・逆転させて印刷インキを供給・回収することは本出願前の周知技術であるから、引用例1に「ポンプが可逆回転できること」の開示がないことを理由として請求項1の考案の進歩性を肯定した審決の上記説示は、本出願前の周知技術を全く考慮していないものであって、誤りである。

この点について、被告は、引用例3記載の発明は段ボールシート用印刷機に関する技術ではないと主張する。しかしながら、引用例3記載の発明は、前記のように「輪転印刷機、紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するもの」であるから、本件考案と同一の技術分野に属することは明らかであって、被告の上記主張は失当である。

(2)  本件考案の技術的課題について

審決は、相違点bの判断に当たり、本件考案の技術的課題を「インキ貯留部へ好適なインキの供給することができ、印刷オーダの変更の際には、該貯留部に残留するインキを迅速に回収し得るインキ供給・回収機構を提供すること」と認定したうえ、引用例1ないし引用例8には本件考案と同じ課題が全く記載されていないから、各引用例記載の技術的事項を組み合わせることがきわめて容易にできたとすることはできないと説示している。

しかしながら、上記のような技術的課題、すなわち、インキを必要箇所へ必要量供給し、オーダチェンジの際は貯留部に残留するインキを迅速に回収してロスタイムを短縮すべきことは、印刷機のインキ供給・回収機構の技術分野においては本出願前に周知の事項である。このことは、本件明細書(登録実用新案公報)に、最近の業界の課題として「多種・少量の段ボールシートの印刷に対応するために、限られた時間内で色替えを行なう必要があること(中略)、洗浄廃液を処理する問題も内在している」(10頁6行ないし10行)と記載されているし、また、引用例1ないし引用例8の各記載からも容易に理解できる。さらに、被告の出願に係る昭和60年特許出願公開第192635号公報(昭和60年10月1日公開。以下、「甲第7号証刊行物」という。)の特許請求の範囲(4)の「印刷機に設けたアニックスロールおよびインキロールからなるインキ転移機構に、インキおよび洗浄水の供給および回収を選択的に行う第1管路系を臨ませ、この第1管路系とは独立してインキおよび洗浄水の回収を選択的に行う第2管路系を同じく前記機構に臨ませ、この第2管路系を負圧源に連通接続したことを特徴とするインキ回収洗浄装置」との記載、FIG.3、及び、その説明である4頁右上欄18行ないし左下欄6行の「第1管路系60を介してインキが供給されているが、印刷オーダーの変更に伴いカラーチェンジを行う必要が生ずると、チュービングポンプ62が停止する。また前記アクチュエータ52が作動して、第1管路系60の開放端部を一斉に両ロールの長手方向接触領域αに近接させ、この領域αに残留するインキをチュービングポンプ62の逆転により第1管路系60を介してリザーバ14に積極的に回収する。」との記載からも、十分に予測することができる。

したがって、引用例1ないし引用例8に本件考案と同じ課題が記載されていないことを理由として、各引用例記載の技術的事項の組合わせがきわめて容易にできたとはいえないとする審決の上記説示の誤りは明らかであるし、そもそも、引用例1ないし引用例8記載の技術が同一の技術分野に属する以上、仮にそれぞれの具体的な技術的課題が異なっていても、それらの組合わせが困難であるとする理由はない。

そして、審決認定の本件考案の奏する作用効果も、各引用例記載の技術的事項を組み合わせることにより、容易に想到することができたものである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  本件考案の構成の容易想到性について

原告は、引用例3の記載を論拠として、1台のポンプを正転・逆転して印刷インキを供給・回収することは本出願前の周知技術であると主張する。

しかしながら、引用例3記載の発明は段ボールシート用印刷機に関する技術ではなく、もとより同引用例には本件考案の技術的課題は全く記載されていないから、引用例1記載の技術的事項と引用例3記載の技術的事項とを組み合わせる動機が生ずる余地はない。のみならず、引用例3記載の発明において移送ポンプを逆転することによって得られるのは、インキレールからのインキの供給停止であって、インキの回収ではないから、1台のポンプを正転・逆転して印刷インキを供給・回収することが本出願前の周知技術であるという原告の主張は誤りである。

2  本件考案の技術的課題について

原告は、本件考案の技術的課題は本出願前に周知の事項であると主張する。

しかしながら、原告がその論拠とする甲第7号証刊行物記載の発明はフレキソ印刷機に関するものであるが、フレキソ印刷機はインキを常に循環させて印刷を行うのであるから、本件考案が要旨とするインキ貯留部が存在しない。したがって、同発明には、本件考案のように「インキ貯留部へ好適なインキの供給する」という技術的課題はありえない。

すなわち、本件考案は、プリスロ印刷機に使用され回収を予定しない高粘度・遅乾性のインキと、フレキソ印刷機に使用され常に循環させて印刷を行う低粘度・速乾性のインキの中間の粘度で速乾性のグリコール系インキの開発に伴ない、このインキをインキ貯留部へ好適に供給するとともに、オーダチェンジの際ばインキ貯留部の残留インキを迅速に回収するには、従来のインキ供給・回収装置では対応しえないために創作されたものである。このように新たなインキの開発に伴なって生じた本件考案の技術的課題が、本出願前に周知の事項である筈はない(この点に関して原告が援用する引用例8記載の発明も、その具体的な技術的課題は審決認定のように本件考案のそれと異なっている。)。

以上のような具体的な技術的課題を捨象して、およそ印刷機である以上はインキの好適な供給と迅速な回収は周知の技術的課題であるとすれば、ほとんどすべての公知技術の組合わせが容易ということになり、極めて不当である。

そして、審決認定の本件考案の奏する作用効果は、本件考案における特有の構成要件から得られるものであって、各引用例記載のものから容易に想到できるものではない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。なお、各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告の認めるところであり、また、原告は、請求項1の考案と引用例1記載の考案とが審決認定の一致点及び相違点を有することは争わないものと認められる。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(登録実用新案公報)によれば、本件明細書には、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次にように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本件考案は、段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収装置・さらに詳細には、原告の新たな開発に係る低粘度で高度の速乾性を有するグリコール系インキを使用する段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構に関するものである(7頁4行ないし9行)。

従来の段ボールシート用印刷機は、使用するインキの性状によって、縦通し輪転印刷機と、フレキソ印刷機とに大別できる(7頁12行ないし14行)。

前者は、段ボールシートが、その段と直角をなす縦長方向に通されるのでこの名があるが、印刷と併せてスロッティング等の工程をも実施するプリンタ・スロッタに広く採用されるので、業界ではプリスロ印刷機と称されており(7頁15行ないし19行)、粘度の高いグリコール系インキを使用し、多くのゴムロールでインキを練って均一にしてから印版に転移するものであって、例えば、図7に示すように、印版10を装着した版胴12と、これに対向する圧胴14との間に段ボールシート16が通されて印刷が行われ、インキ溜め20中のインキは、呼出しロール22、仲介ロール24及び一連のトランスファーロール群18を介して、印版10に転移されるのである(7頁20行ないし26行)。

このプリスロ印刷機は、高粘度のグリコール系インキを使用することに起因して、印刷の仕上がりに光沢がある、インキの消費量が少なくてすむ、色替えに際しロール上のインキを掻き取るだけでよいから短時間でオーダチェンジができ、洗浄廃液もほとんど出ないとの長所がある半面、印刷後の乾燥にかなりの時間を要し後工程に直結し得ない、インキ転移のためのロール機構が多段化して機構が複雑になり、各ロール間の間隔の調整作業を必要とする、インキ供給時は濃く印刷され、インキが消費されるにつれ薄く印刷されて濃淡ムラを生じやすいので、印刷工程を常に監視してインキの供給を的確に行うなど繁雑な作業を必要とするとの短所がある(7頁29行ないし8頁21行)。

一方、フレキソ印刷機は、流動性に富み低粘度で乾燥が極めて速い水性インキを使用し、例えば、図8に示すように、印版10を装着した版胴12と、これに対向する圧胴14との間に段ボールシート16が通されて印刷が行われるものであって、版胴12に近接してインキロール26及び絞りロール28が回転自在に配設され、両ロール26、28の間に供給されたインキは、インキロール26を介して印版10に転移されるが(8頁23行ないし9頁1行)、インキが高度に速乾性であるため、インキを常に循環させて乾燥固化を防止する必要がある。そこで、図9に示すように、タンク30中のインキが、ポンプ32及び供給管34を介してロール26、28の間に供給され、ここに滞留したインキはロール26、28の両端部から堰止部36、36及び回収管38を介してタンク30に回収される循環機構が採用される(9頁1行ないし6行)。

このフレキソ印刷機は、低粘度で高度に速乾性のインキを使用することに起因して、印刷後に次工程へ直ちに送ることができる、印刷に幅方向の色ムラを生じないので常に監視する必要がない、インキの転移機構が極めて簡単であるとの長所がある半面、色替えの際は多量の水でロール及び循環系を洗浄する必要があるので、かなりの量のインキの損失を生ずるとともに、洗浄廃液の処理設備が必要である、色替えに時間を要し多種少量の小ロット印刷に不適である、印刷面に光沢がないとの短所がある(9頁8行ないし24行)。

以上のように、プリスロ印刷機とフレキソ印刷機とは、ほぼ相反する長所と短所とを有しているが、業界ではフレキソ印刷機の長所が着目されて、プリスロ印刷機からフレキソ印刷機への転換が広く行われている(9頁27行ないし10頁1行)。

ところで、最近の業界は、多品種かっ少量の段ボールシートを加工する小ロット対応を迫られており(10頁3行、4行)、これは、印刷機に関していえば、限られた時間内に色替えを行う必要があることを意味する。しかるに、小ロット印刷に伴なう頻繁なオーダチェンジに対してフレキソ印刷機は対応が不十分であり、洗浄廃液の処理の問題もある(10頁5行ないし10行)。このような小ロットの印刷に対しては、色替え時間が短いのでプリスロ印刷機が好適であるが、最適の印刷状態を維持するためにオペレータに経験と勘が要求され、印刷後の乾燥に時間を要する等の前記の欠点があり、ユーザーは、色替え時間がフレキソ印刷機よりは短いという消極的な理由でプリスロ印刷機を採用しているにすぎない(10頁12行ないし18行)。したがって、色替え時間が短縮され、オペレータによる常時監視を必要とせず、しかも印刷後は後工程に直結し得る機能を持つ印刷機、いわばプリスロとフレキソの各長所を備えた印刷機が求められているが、これを実用化するためには、それに適したインキの開発がキーポイントとなる(10頁19行ないし24行)。

被告は、フレキソインキに近い低粘度と速乾性を有するグリコール系インキの開発に成功しているが(10頁26行ないし29行)、従来のプリスロ印刷機ではこのインキの特性を最大限に引き出すことができない。また、このインキは、フレキソ印刷機に使用できなくはないが、本来のフレキソインキほどには低粘度かっ速乾性ではないので、インキ循環機構を設ける意味がなく、また、色替えに際して洗浄時間を要しインキの無駄を生ずることにもなる(11頁2行ないし8行)。

本件考案の目的は、この新開発のインキの特性を最大限に引き出すことができる段ボールシート用印刷機の実用化に際し、常にはインキ貯留部に好適にインキを供給することができ、印刷オーダの変更の際には、貯留部に残留するインキを迅速に回収し得るインキ供給・回収機構を提供することである(11頁26行ないし29行)。

(2)  構成

上記の目的を達成するために、本件考案は、その要旨とする構成を採用したものである(2頁左欄2行ないし3頁左欄37行)。

(3)  作用効果

本件考案によれば、チュービングポンプに介挿した可撓性チューブをインキ貯留部に沿って移動可能かつ昇降自在に構成して、印版の必要箇所にインキを重点的に供給できるので、インキ消費量が少なくてすむとともに、インキを常時循環させる必要がないため、機構を簡素化できる利点がある。また、印刷オーダの変更等に伴なう色替えに際し、チュービングポンプに介挿した可撓性チューブをインキ貯留部に下降させることによって、貯留部中に残留するインキを好適に回収し得るので、無駄に廃棄されるインキを極めて少なく抑制することができるうえ、洗浄廃液も極めて少量となり、公害防止の見地から極めて有利である。また、インキの練り機構や循環機構を必要としないので、機構が簡素化され、省スペースと低コストが実現される。さらに、チュービングポンプを使用してインキの供給と回収とを行うように構成することにより、色替えに際してポンプ自体の洗浄を行う必要がなく、洗浄により廃棄されるインキの量を少なくすることができるし、可撓性チューブはポンプから簡単に取り外せるので、チューブの洗浄を短時間で容易に行うことができ、色替えに要する時間を極めて短縮することができる(27頁20行ないし28頁10行)。

2  本件考案の構成の容易想到性について

引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告の認めるところであり、また、請求項1の考案と引用例1記載の考案とが審決認定の相違点を有することは原告も争わないところと認められることは前記のとおりである。そして、審決認定の相違点bは、要するに、請求項1の考案のチューブがチュービングポンプに着脱自在に介挿されているのに対し、引用例1には「チューブがポンプに対して着脱自在であること」が開示されていないこと、及び、請求項1の考案のモータが可逆であるのに対し、引用例1には「ポンプが可逆できること」が開示されていないことの2点である。

この点について、原告は、1台のポンプを正転・逆転させて印刷インキを供給・回収することは、引用例3に記載されているように本出願前の周知技術であるから、引用例1に「ポンプが可逆できること」の開示がないことを理由として請求項1の考案の進歩性を肯定した審決の説示は、本出願前の周知技術を全く考慮していないものであって誤りであると主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第4号証の4によれば、引用例3には、「本発明は、輪転印刷機、紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するものである。」(1頁左下欄13行ないし15行)、「(従来技術の問題点)従来の前記印刷インキ(高粘性液)供給装置においては、その供給装置における印刷インキの粘度が高く前記のように数kg/cm2の高圧で圧送されており、版替え作業等で印刷機を停止した時にインキレールから印刷インキが漏出するため、前記のようにチエツク弁を設け該チエツク弁の設定圧を前記圧送圧力よりも高く設定することにより、前記印刷インキの漏出を防止する構造となっているが、弁内部に残留、固着したインキの影響によって前記設定圧力が変化し、チエツク機能が低下したり印刷インキの吐出等に不具合を起こすなどの問題点がある。」(1頁右下欄12行ないし2頁左上欄4行)、及び、「(発明の目的、問題点の解決手段)本発明は、前記のような問題点に対処するために開発されたものであって、駆動モータで駆動される高粘性液の移送ポンプを備えた高粘性液供給装置において、前記駆動モータを逆転モータとして逆転制御回路に連設するとともに、前記移送ポンプを逆転によって切換えられる吐出・吸引ポンプに構成した点に特徴を有し、駆動モータを逆転モータにするとともに移送ポンプを逆転によって吸引に切換えられる吐出・吸引ポンプとし、逆転制御回路によって駆動モータを逆転し移送ポンプを吸引に切換え制御されるようにすることにより、運転停止時に送出側の高粘性液を吸い戻して高粘性液の漏出を積極的に防止し、チエツク弁等を実際上不要にして、漏出防止性能を著しく高めるとともに、高粘性液の供給信頼性を向上させて前記のような問題点を解消した高粘性液供給装置を提供する」(2頁左上欄5行ないし右上欄2行)と記載されていることが認められる(別紙図面C参照)。

以上の記載によれば、引用例3記載の発明は、輪転印刷機あるいは紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関し、版替え作業等で印刷機を停止したときにインキレールから印刷インキが漏出することを防止するため、移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって、移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成し、印刷停止時には、インキレールに至る管路から高粘性液を吸い戻すことによって、高粘性液の漏出を防止するようにしたものである。そうすると、インキを供給するための移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって、移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成することは、引用例3が本出願の5年以上前に頒布されていたことに照らし、印刷機におけるインキ供給機構の技術分野において本出願前に既に広く知られていた技術手段であることが明らかである。

これに加えて、成立に争いのない甲第4号証の5によれば、引用例4記載の発明は「ウェブ材料特に繊維材料を捺染する機械の圧力ノズルヘ捺染インキを供給する制御装置に関する」(2欄14行ないし16行)ものであるが、「捺染工程の終了後、ポンプ3を逆回転させることによって捺染インキを圧力ノズル7および送出管4から供給容器へ戻すことができ、その後、吸引管2を洗浄液容器に接続してポンプ3を作動させることにより装置全体を簡単に清掃することができる。」(9欄24行ないし10欄4行)と記載されていることが認められるから、インキを供給するための移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成することは、印刷機以外のインキ供給機構の技術分野においても、本出願前(引用例4の頒布時期は昭和52年7月22日)に広く知られていた技術手段というべきである。

一方、成立に争いのない甲第4号証の2によれば、引用例1記載の考案は「段ボール紙印刷機における印刷インク回収装置」(明細書1頁3行、4行)に関するものであって、「第5図に本考案に係る装置の配管系統図を示す。同図中、17は印刷インク用のタンク、(中略)19はポンプ、(中略)ポンプ19の吐出側の配管21は先端が前記インク溜溝3の中央部に相対しそこへ印刷インク(中略)を供給する。22は真空ポンプ、23は気水分離用の密閉容器で、該容器の底部はポンプ24を介してタンク17に継がり、該容器の上部は真空ポンプ22に継がっている。そして該密閉容器と継がる吸引管25は二方に分岐しその一方は(中略)さらに三方に分岐し前記した吸引ノズル15のホース16に夫々連結している。また吸引管25の他方はさらに二方に分岐し、前記ゴムロール1の端面とアニックスロール2の端面にまたがって圧着するように設けられた一対のインク堰止板27、27に連結され、該堰止板27、27にはL形のノズル孔28が夫々穿設されていてインク溜溝3の両端部から該ノズル孔28を通して印刷インクを吸引できるようにしている。しかしてこの装置では印刷中は取付杆9を空圧シリンダ11の作動杆12を伸長させることで上動させて各吸引ノズル15をインク溜溝3中から出た状態としておく。そしてポンプ19の駆動でタンク17の印刷インクをインク溜溝3に供給すると共に、真空ポンプ22、ポンプ24を駆動することで堰止板27、27のノズル孔28よりそのインク溜溝3中を両端方向へ流れたインクを吸引しタンク17に回収させる。そして所定の印刷を終えてその印刷インクを色の異なるものに変更するに際しては取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。」(同4頁18行ないし6頁13行)と記載されていることが認められる(別紙図面Bの第4図及び第5図参照)。

この記載によれば、引用例1記載の考案は、印刷インキを、ポンプ19によって供給し、真空ポンプ22及びポンプ24によって回収するものであって、印刷インキの供給と回収を1台のポンプによって行うものでないことが明らかである。そして、引用例1記載のポンプ19、真空ポンプ22及びポンプ24は、それぞれ別個のモータによって駆動されるものと考えられる。

しかしながら、インキを供給するための移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって、移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成することが、引用例3記載のように、印刷機におけるインキ供給機構の技術分野において本出願前に既に広く知られていた技術手段であり、かつ、引用例4を併せてみれば、印刷機以外のインキ供給機構の技術分野においても、本出願前に広く知られていた技術手段であったことは前記のとおりである。したがって、引用例1記載の考案に引用例3記載の上記技術手段を適用して、引用例1記載の段ボール紙印刷機における印刷インキの供給と回収を1台のポンプによって行うように構成することに、格別の技術的な困難があったとは考えられない。引用例1記載の考案の実施例を示す別紙図面Bの第2図がフレキソ印刷機であるのに対し、引用例3の別紙図面Cの第4図には従来例としてインキ貯留部が存在しないプリスロ印刷機が示されているが、前掲甲第4号証の4を検討しても、引用例3記載の前記技術手段をフレキソ印刷機に適用することが技術的に困難であるとは認められないから、この差異は上記判断の妨げとはなりえない。

3  審決は、相違点bの判断に当たり、「本件考案は、インキ貯留部へ好適なインキの供給することができ、印刷オーダの変更の際には、該貯留部に残留するインキを迅速に回収し得るインキ供給・回収機構を提供することを課題とする」としたうえ、引用例1ないし引用例8には本件考案と同じ課題が全く記載されておらず、課題が相違する以上、引用例3ないし引用例8記載の公知技術をそれぞれ組み合わせることは容易にできたものではない旨説示している。

しかしながら、審決認定の本件考案の技術的課題の前半(必要箇所へ好適にインキを供給すること)は、印刷機のインキ供給機構の技術的課題としては当然のことであって、当業者にとって周知の技術的課題にすぎない。

また、前掲甲第4号証の2によれば、引用例1には、「段ボール紙印刷機に使う印刷インクは種々多様であり、例えば多色刷りする場合一色ごとに色を変えて繰り返し作業を進めていくが、印刷インクの交換時に印刷機に残留する使用済みの印刷インクの取除き作業は自然落下によって流れ落ちるのを待つため回収にかなりの時間を要するものであった。」(明細書2頁2行ないし8行)、「インク溜溝に残った残留インクを強制的に吸い上げ、インクの切替を迅速化する」(同3頁3行ないし5行)と記載されていることが認められ、かつ、「所定の印刷を終えてその印刷インクを色の異なるものに変更するに際しては取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。」(同6頁8行ないし13行)と記載されていることは前記のとおりである。したがって、審決認定の本件考案の技術的課題の後半(印刷オーダの変更の際には、該貯留部に残留するインキを迅速に回収すること)は、既に引用例1に開示されているということができる。

この点について、被告は、本件考案の技術的課題は、プリスロ印刷機に使用される高粘度・遅乾性のインキとフレキソ印刷機に使用される低粘度・速乾性のインキの中間の粘度で速乾性のグリコール系インキの開発に伴なって新たに生じたのであるから、本出願前に周知の事項である筈はないと主張する。しかしながら、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、その要旨とするインキが「プリスロ印刷機に使用される高粘度・遅乾性のインキとフレキソ印刷機に使用される低粘度・速乾性のインキの中間の粘度で速乾性のグリコール系インキ」に限定されることは記載されていないから、被告の上記主張は本件考案の要旨に基づかないものであって、失当である。

一方、引用例3記載の発明の目的は、前記のとおり、印刷停止時におけるインキの漏出の防止であるから、引用例1記載の考案の技術的課題と引用例3記載の発明の技術的課題は同一ではない。しかしながら、引用例1記載の考案は、前記のとおり、「段ボール紙印刷機における印刷インク回収装置」に関するものであり、一方、引用例3記載の発明は、前記のとおり、「輪転印刷機、紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するもの」であるから、両者が同一の技術分野に属することは明らかである。そして、前記の相違点bの判断において引用例3から援用すべきものは、移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成するという、極めて基礎的な技術手段にすぎないから、両者の具体的な技術的課題(目的)が同一でないことは、引用例1記載の考案に対する引用例3記載の技術手段の適用が、当業者にとってはきわめて容易であったことを否定する論拠にはならないというべきである。

4  そうすると、請求項1の考案と引用例1記載の考案の相違点bのうち、「ポンプが可逆できること」は、引用例3の記載からきわめて容易に想到することができたと解されるし、「チューブがポンプに対して着脱自在であること」は、例えば、成立に争いのない甲第4号証の6によれば、引用例5に「色の異ったインキを供給するには(中略)インキ供給チューブをともに換装すればよく、短時間の作業でできるので、省力化及び機械運転効率の向上に極めて大きな効果を発揮し、特に多種少量印刷で、インキの交換をたびたび行わなければならない場合は、とりわけ優れた効果を発揮する」(明細書6頁20行ないし7頁6行)と記載されていることからも明らかなように、単なる設計事項にすぎないと考えられるから、相違点bに係る本件考案の構成は、当業者においてきわめて容易に想到し得たものというべきである。

5  また、審決は、請求項1の考案は相違点bに係る構成により「印刷の必要箇所にインキを重点的に供給することができ、該貯留部中に残留するインキを好適に回収し得るから、色替えに要する時間を極めて短縮し得る」という効果を奏する旨判断しているが、請求項1の考案の奏する上記作用効果は、引用例1記載の考案に前記認定の技術手段を適用して相違点bに係る構成を得ることにより、当業者が当然予測し得た程度のことにすぎないから、これをもって請求項1の考案に作用効果の予測困難性があったということはできない。

6  したがって、相違点bについて、引用例1ないし引用例8記載の各技術的事項を組み合わせることがきわめて容易にできたとすることはできないことを理由に、相違点a及び相違点cを検討するまでもなく請求項1の考案の実用新案登録を無効にすることはできないとした審決の認定判断は誤りである。

7  審決は、「本件考案の実用新案登録請求の範囲の請求項2、請求項3及び請求項4の考案は、前記相違点に係る構成を含むものであるが、その構成が引用例1ないし引用例8記載のものと相違することは前記のとおりであるから、請求項2、請求項3及び請求項4の考案の実用新案登録を無効にすることもできない」旨判断している。

しかしながら、請求項2、請求項3及び請求項4の考案が含む前記相違点bに係る構成が引用例1記載の考案に前記認定の技術手段を適用して容易に想到し得たものであること前述のとおりであるから、請求項1の考案について判示したところと同一の理由により、これら各考案の実用新案登録を無効にすることもできないとした審決の認定判断も誤りである。

8  以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び証拠方法によっては本件登録を無効にすることはできないとした審決には、その結論に影響を及ぼすことが明らかな違法があり、これを維持することはできない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙

【実用新案登録請求の範囲】

【請求項1】 印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)とを備え、前記印版(42)にインキモ転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、

前記版胴(44)に対して近接・離間自在に配設され、近接時に該版胴(44)の印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、

このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触して回転し、インキ量の絞り調整を行なう絞リロール(52)と、

これらインキ転移ロール(50)および絞リロール(52)の上方に配設され、該ロール(50、52)の長手方向に平行移動し得ると共に、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、

このチュービングポンプ(95)に管脱自在に介挿され、一方の開口部(60a)をインキ供給部(58)に臨ませると共に、他方の開口部(60b)を前記両ロール(50、52)の間に価成されるインキ貯留部(A)に臨ませたチューブ(60)と、

前記チュービングポンプ(95)と一体的に移動可能に設けられ、前記チューブ(60)のインキ貯置部(A)に臨ひ開口部(60b)を昇降させる昇降駆動構(99)とからなり、

前記チューブ(60)の開口部(60b)は、常にはインキ貯留部(A)の上方におけるインキ吐出位置にあって、前記可逆モータ(96)を一方向へ駆動することにより前記インキ供給部(58)中のインキを該インキ貯留部(A)に供給し、

また前記昇降駆動機構(99)を駆動して該チューブ(60)を下降させることにより、その開口部(60b)を該インキ貯留部(A)中の残留インキに浸漬させると共に、該可逆モータ(96)を逆回転させて残留インキをインキ供給部(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構.

【請求項2】 印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)とを備え、前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、

前記版胴(44)に対して近接・離間自在に配設され、近接時に該版胴(44)の印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、

このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触はして回転し、インキ量の絞り調整を行なう絞リロール(52)と、

これらインキ転移ロール(50)および絞リロール(52)の上方に配設され、該ロール(50、52)の長手方向に平行移動し得ると共に、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、

このチュービングポンプ(95)に着脱自在に介抑され、一方の開口部(60a)をインキ供給部(58)に臨ませると共に、他方の関口部(60b)を前記両ロール(50、52)の間に価成されるインキ貯留部(A)に臨ませたチューブ(60)と、

前記チュービングポンプ(95)と一体的に移動可能に設けられ、前記チューブ(60)のインキ貯留部(A)に臨む開口部(60b)を昇降させる昇降駆動機構(99)と、

前記インキ転移ロール(50)および絞リロール(52)における軸方向の両端部に配置した堰部材(74、74)とからなり、

前記チューブ(60)の開口部(60b)は、常にはインキ貯留部(A)の上方におけるインキ吐出位置にあって、前記可逆モータ(96)を一方向へ駆動することにより前記インキ供給部(58)中のインキを該インキ貯留部(A)に供給し、

また前記昇降駆動機構(99)を駆動して該チューブ(60)を下隆させることにより、その関口部(60b)を該インキ貯留部(A)中の残留インキに浸漬させると共に、該可逆モータ(96)を逆回転させて残留インキをインキ供給部(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構.

【請求項3】 印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)とを備え、前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、

前記版胴(44)に対して近接・離間自在に配設され、近接時に該版胴(44)の印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、

このインキ転移ロール(50)に運転中は常に先端を接触させ、インキ量の絞り調整を行なう絞り調節板(110)と、

これらインキ転移ロール(50)および絞り調節板(110)の上方に配設され、該転移ロール(50)および絞り調節板(110)の長手方向に平行移動し得ると共に、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングボンプ(95)と、

このチュービングポンプ(95)に着脱自在に介挿され、一方の開口部(60a)をインキ供給部(58)に臨ませると共に、他方の開口部(60b)を前記インキ転移ロール(50)および絞り調節板(110)の間に価成されるインキ貯留部(A)に臨ませたチューブ(60)と、

前記チュービングポンプ(95)と一体的に移動可能に設けられ、前記チューブ(60)のインキ貯留部(A)に臨む開口部(60b)を昇降させる昇降駆動機構(99)とからなり、

前記チューブ(60)の開口部(60b)は、常にはインキ貯留部(A)の上方におけるインキ吐出位置にあって、前記可逆モータ(96)を一方向へ駆動することにより前記インキ供給部(58)中のインキを該インキ貯留部(A)に供給し、

また前記昇降駆動機構(99)を駆動して該チューブ(60)を下降させることにより、その開口部(60b)を該インキ貯留部(A)中の残留インキに浸漬させると共に、該可逆モータ(96)を逆回転させて残留インキをインキ供給部(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構.

【請求項4】 印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)とを備え、前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に研要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、

前記版胴(44)に対して近接・離間自在に配設され、近接時に該版胴(44)の印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、

このインキ転移ロール(50)に運転中は常に先端を接触させ、インキ量の絞り調整を行なう絞り調節板(110)と、

これらインキ転移ロール(50)および絞り調節板(110)の上方に配設され、該転移ロール(50)および絞り調節板(110)の長手方向に平は行移動し得ると共に、可逆モータ(96)により正逆付勢はされるチュービングボンプ(95)と、

このチュービングポンプ(95)に着脱自在に介挿され、一方の開口部(60a)をインキ供給部(58)に臨ませると共に、他方の開口部(60b)を前記インキ転移ロール(50)および絞り調節板(110)の間に価成されるインキ貯留部(A)に臨ませたチューブ(60)と、

前記チユービングボンプ(95)と一体的に移動可能に設けられ、前記チューブ(60)のインキ貯留部(A)に臨む開口部(60b)を昇降させる昇降駆動機構(99)と、

前記インキ転移ロール(50)および絞り調節板(110)における軸方向の岡端部に配置した堰部材(74、74)とからなり、

前記チューブ(60)の開口部(60b)は、常にはインキ貯留部(A)の上方におけるインキ吐出位置にあって、前記可逆モータ(96)を一方向へ駆動することにより前記インキ供給部(58)中のインキを該インキ貯留部(A)に供給し、

また前記昇降駆動機構(99)を駆動して該チューブ(60)を下降させることにより、その開口部(60b)を該インキ貯留部(A)中の残留インキに浸漬させると共に、該可逆モータ(96)を逆回転させて残留インキをインキ供給部(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構.

別紙図面A

図及び符号の説明

【図1】本考案の実施例に係る段ボールシート用印刷機のインキ供給・回収機構の概略側面図であって、段ボールシートへの印刷状態で示すものである.

【図2】図1に示す印刷機におけるインキ紜移機構および供給・回収装置の概略構成を示す要部斜視図である.

【図3】図1に示す印刷機において、印刷終了後におけるインキ回収状態を示す概略側面図である.

【図4】図1に示す印刷機において、印馴終了後におけるインキ洗浄状態を示す概略側面図である.

【図5】本考案の別実施例に係る印刷機の概略側面図であって、段ボールシートへの印刷状態で示すものである.

【図6】図5に示す印刷機において、印馴終了後におけるインキ洗浄状態を示す概略側面図である.

【図7】従来技術に係るプリスロ印刷機において、その各種ロール配列を概略的に示す側面図である.

【図8】従来技術に係るフレキソ印刷機の各種ロール配列を、概略的に示す側面図である.

【図9】図8に示すフレキソ印刷機におけるインキ循環供給系の概略機構を示す斜視図である.

【符号の説明】

42 印版

43 段ボールシート

44 版胴

46 圧胴

50 インキ紜移ロール

52 絞リロール

54 供給・回収装置

58 インキ供給部(インキボット)

60 可機性チユーブ

60a 一方の開口部

60b 他方の開口部

74 堰部材

95 チユービングポンプ

96 可逆モータ

99 昇降駆動機構

110 絞り調節板

A インキ貯留部

別紙図面A

<省略>

<省略>

別紙図面B

図面は本考案の一実施例を示したもので第1図は正面図、第2図は第1図のA-A線断面図、第3図は吸引ノズルの拡大正面図、第4図は同拡大横断面図、第5図は配管系銃図である.

1……ゴムロール、2……アニロツクスロール、3……インク溜溝、4……印刷ドラム、9……取付杵、11……空圧シリンダ、15……吸引ノズル、22……真空ポンプ。

<省略>

<省略>

別紙図面C

12:駆動モーター(逆転モーター) 13:移送ポンプ(吐出・吸引ポンプ)

20:回転制御回路 21:モータドライパー

22:電源

<省略>

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