大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)305号 判決 1998年10月08日

東京都足立区花畑2丁目9番16号

原告

青木金属工業株式会社

代表者代表取締役

青木善弘

訴訟代理人弁理士

鈴木正次

涌井謙一

東京都荒川区荒川5丁目50番17号

被告

有限会社ターモ

代表者取締役

森田玉男

訴訟代理人弁理士

桑原稔

中村信彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第17307号事件について平成8年9月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和53年10月3日にした実用新案登録出願を特許出願に変更し、昭和62年5月28日に設定登録された発明の名称を「係合具」とする特許第1379082号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成7年8月8日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成7年審判第17307号事件として審理した上、平成8年9月11日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成8年11月5日に原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲の記載

一方の磁極面aより他方の磁極面bに向けて孔5を有する永久磁石1の磁極面bに取付けられる強磁性部材3と磁極面aに当接される強磁性部材9とが前記永久磁石1の孔5内において着脱自在に吸着される係合具において、

先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられていると共に、

一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8が他方の開口部8”側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通され、

且つ前記雄部材が前記雌部材8の開口部8”の側より該雌部材8の筒内に挿通され、該雌部材8より突出する該雄部材の突出部4bが前記鍔8a上に圧潰されていることを特徴とする係合具。(別紙図面1参照、ただし、第1図(参考)は、本判決において、第1図を基に符号を追加して作成したものである。)

3  審決の理由

別添審決書「理由」の写のとおりである。なお、訴訟と審判の甲号証の対応関係は、別紙参考表(証拠の対応)のとおりである。以下、審決の甲第3号証(本訴の甲第3号証)を引用例1、審決の甲第6号証(本訴の甲第4号証)を引用例2という。引用例1については、別紙図面2(ただし、第2図(参考)は、本判決において第2図を基に符号を追加して作成したものである。)、引用例2については、別紙図面3(ただし、第3図(参考)は、本判決において第3図を基に符号を追加して作成したものである。)を各参照。

4  審決の取消事由

審決の理由[1]、[2]、[3-1]は認める。同[3-2]は、11頁8行目の「先端が」から18行目の「るものであって、」までを認め、その余は争う。同[4]は争う。

審決は、一致点を看過し、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  一致点の看過

ア 審決は、本件発明と引用例1記載の考案は、「先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられていると共に、一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8が他方の開口部8”側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通され、且つ前記雄部材が前記雌部材8の開口部8”の側より該雌部材8の筒内に挿通され、該雌部材8より突出する該雄部材の突出部4bが前記鍔8a上に圧潰されている」との点で相違していると認定した。

しかし、引用例1記載の考案は、本件発明に対応する次の点の構成を有しており、この点でも本件発明と一致している。

<1> 本件発明においては、筒状の雄部材4の先端が閉 塞されているのに対して、引用例1記載の考案は、雄部材4に対応する止杆10の先端が閉塞されている点(一致点<1>)

<2> 本件発明においては、雄部材4の後端側が永久磁石1の生地7側の強磁性部材3の生地7側に取付けられているのに対して、引用例1記載の考案は、止杆10の後端側が永久磁石1の生地9側の強磁性板3の生地9側(非吸着側、生地9の9a面に対向する側)に取付けられている点(一致点<2>)

<3> 本件発明においては、筒状の雄部材の先端4bが、雌部材8の開口部8”側より該雌部材8の筒内に挿通され、雌部材8より突出するのに対して、引用例1記載の考案は、9a側から9b側に向けて、止杆の先端10aが挿通され、取付板6より突出する、すなわち、同図の9b側に突出する点(一致点<3>)

<4> 本件発明においては、雌部材8より突出する該雄部材の突出部4bが前記鍔8a上に圧潰されているのに対して、引用例1記載の考案は、取付板6の取付孔6aの周囲が本件発明の雌部材8の鍔8aに対応しており、取付板6より突出する止杆10の突出部10aが前記取付板6上に圧潰されている点(一致点<4>)

イ したがって、本件発明と引用例1記載の考案の相違点は、次の2点である。

<1> 本件発明においては、雄部材4の(後端側である)開口縁部が、強磁性部材3の非吸着側の面に接して取付けられているが、引用例1記載の考案においては、雄部材4に対応する止杆10の後端側は閉塞されており、更に、止杆10の後端側は、筒状突起2の生地9側に形成されている空隙内に挿入された後、止杆10の突出部10a側から後端側に向けた打撃が与えられることによって、止杆10の後端側が当該空隙内で膨大されて、強磁性部材3に取付けられるという点(相違点<1>)

<2> 本件発明においては、雌部材8は筒状であるが、引用例記載の考案においては、雌部材8に対応する取付板6が板状である点(相違点<2>)

(2)  相違点について

ア 相違点<2>の判断の誤り

引用例2には、生地に挿通されていく筒状部(連結管3)の、生地に挿通されていく側と反対側に位置する一方の開口部3’に外方に向けて、本件発明の鍔8aに対応する段部2aが形成されている構造からなる雌部材が開示されている。すなわち、引用例2には、取付目的物たる生地に挿通されていく筒状体の、生地に挿通されていく側3”と反対の開口3’周囲に段部を形成しておき、一方、生地に挿通されていった側の開口3”側から先端が閉塞されている筒状の雄部材(乳首形連結筒6)を挿通させて開口3’から突出した先端部を段部2a上に圧潰して生地Aを挟持するという技術的思想が開示されているのである。

そして、引用例1記載の考案と引用例2記載の考案は、同一技術分野に属するものであり、また、取付対象物たる生地に、強磁性板3、5と取付板6、7との組合せで構成される部材を取付けるもの(引用例1記載の考案)と、案内座鈑5及び外装板7と雌部材との組合せで構成される部材を取付ける(引用例2記載の考案)という取付部の構造に関する技術的思想である点において共通する。

したがって、引用例2記載の考案を引用例1記載の考案に適用し、引用例1記載の考案における取付板6を、本件発明のような生地に挿通されていく側と反対側に位置する一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8に変更することは当業者にとって容易なことである。

イ 相違点<1>について

本件発明において係合部材A、Bをそれぞれ取付目的物たる生地7に取付ける考え方は、引用例1記載の考案のそれと共通するものである。

すなわち、本件発明においては、生地7と雌部材8の筒状部とを挿通して開口8’より突出した雄部材4の先端4bが圧潰され鍔8aを生地7側に抑圧する一方、雄部材4の後端側に固着されている強磁性板3の生地側面が生地7に対して7a側から当接することによって生地(取付目的物)7を挟持している。ここでは、雄部材4の後端側が開口しているか否か、雄部材4の後端側が強磁性板3の非吸着面側に固着される態様がどのような構造によるものであるかによって、作用効果に相違は生じない。そして、本件明細書では、雄部材4の後端側が開口しているか否かによって、あるいは雄部材4の後端側が強磁性板3の非吸着面側に固着される態様の相違によって、特定の作用効果が生じる可能性は開示されていないのである。本件発明においては、雄部材4の後端側が強磁性板3の非吸着面側に固着されていれば十分なのである。

したがって、このような固着を、引用例1記載の考案のように、止杆10の後端側を筒状突起2の生地9例に形成されている空隙内に挿入した後、止杆10に対して閉塞されている先端(突出部10a)側から後端側に向けた打撃を与え、止杆10の後端側を当該空隙内で膨大させて強磁性部材3に取付けるという態様で行うという態様から、本件発明のように雄部材4の開口縁部(後端側)を、接着剤、鑞付け、はんだ付けないしはスポット溶接等をもって強磁性部材3の非吸着面側に接着するという態様に変更することは、単なる設計事項にすぎない。

そして、引用例2には、本件発明における雌部材8の筒状部に対応する連結管3に挿入されていく先端が閉塞されている筒状の雄部材である乳首形連結筒6の後端側が漏斗状に開口する形状となっている考案が開示されているから、引用例1記載の考案の止杆10の後端側を、引用例2記載の考案の乳首形連結筒6の後端側の漏斗状に開口する形状に変更し、合わせて接着剤、鑞付け、はんだ付けないしはスポット溶接等をもって強磁性板3の非吸着面側に固着する構成を採用することは、当業者にとって容易なことである。

また、引用例2には、「取付釦に於ける案内座鈑5の中央から乳首形連結筒6を突出せしめてあるから之が頂部は連結管3の開口端に対応し、多少センターに狂いがあってもポンチにより挟圧するときは該乳首形連結筒6は連結管3内に導入され、」(左欄26行ないし30行)との記載があり、雄部材の後端側を、生地Aの生地A’面に当接する部材面に最初から固着させておく考え方が開示されているから、本件発明のように、雄部材4の後端側を生地7の生地7a面に当接する部材面に最初から固着させておくことも当業者にとって容易なことであるし、引用例1記載の発明における、鉄板(強磁性部材)3を生地9の9a面に当接させ、一方、取付板6を生地9の9b面に当接させておいて、次いで、止杆10の後端側を鉄板3の筒状突起部2の空隙内で膨大させて鉄板3に取付けるという構成を、最初から、止杆10の後端側を鉄板(強磁性部材)3の非吸着面(引用例1記載の発明の生地9の9a面に当接する面)に固着させておくという本件発明の構成に変更することに技術の高度性が存在するということもできない。

ウ したがって、本件発明は、引用例1記載の考案と引用例2記載の考案から容易に発明できたものであるから、これが容易でないとした審決は違法である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  一致点の看過について

ア 本件発明の雄部材4と引用例1記載の考案の止杆10とは、その構成が全く異なる。

本件発明の雄部材4は、開口縁部を有し、この開口縁部を強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられているものであり、生地への取付に当たり、強磁性部材3、9への雄部材4の取付を要するものでないのに対し、引用例1記載の考案の止杆10は、両端が閉塞されており、したがって、生地への取付の際に、筒状突起2、4に対して止杆10の先端を差し込んだ後、止杆10に打撃を与えて当該筒状突起2、4内で当該先端を膨大させて取付けざるを得ないものである。

イ 本件発明の雌部材8と引用例1記載の考案の取付板6とは、その構成が全く異なる。

本件発明の雌部材8は、一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する筒状をなし、他方の開口部8”側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通されるものであるのに対し、引用例1記載の考案の取付板6は、取付孔6aを有する板体にすぎない。

本件発明は、一方の開口部8’に鍔8aを有する雌部材8が他方の開口部8”側より生地の取付孔に挿通されている構成から、雌部材8は当該生地に仮に取付けられるものである。これに対して、引用例1記載の考案は、取付板6、7に筒状部を有さないため、生地への取付に当たり、止杆10を挿通するまでの間、取付板6、7を生地に仮に取付けておくことができないものである。

(2)  相違点の判断の誤りについて

ア 相違点<2>について

<1> 本件発明の雌部材8は、引用例2記載の考案の座金1と同視することはできない。引用例2記載の考案の座金1は、生地に取付けられるべきいわば係合具本体であり、本件発明の雌部材8のように係合部材A、Bを取付ける部材に相当するものではない。

上記座金1は、本件発明の係合部材に対応するものである。したがって、上記座金1の内底部にある段部2aを、本件発明の雌部材8の鍔部8aと認識することはできない。

また、仮に、引用例2記載の考案の段部2aが、本件発明の雌部材8の鍔部8aに相当するとすれば、引用例2記載の考案の連結管3における目的物の透孔から突き出される側に本件発明における係合部材A、Bの強磁性板3、9が取付けられることとなるのであろうが、上記連結管3の突き出し部分は、ポンチによる挟圧によって不規則に割裂し屈折されるものであるため、果たして本件発明における係合部材A、Bのようなものが取付けられ得るのかどうか不明である。

<2> 本件発明の雄部材4も、引用例2記載の考案の乳首形連結筒6と同視することはできない。引用例2記載の考案の乳首形連結筒6は、座金1に差し入れられてカシメられる側と反対の側において係合具本体に固定されていない。したがつて、本件発明の雄部材4のように、開口縁部をもって強磁性部材3、9の非吸着側の面、いわば、係合部材A、Bに予め取付けられ、この取付側と反対の側をカシメられて当該係合部材A、Bの生地への取付をするものではない。

<3> 引用例2記載の考案は、磁石を用いておらず、また、強固な留め合わせを要するかばんの蓋と本体の留め合わせなどには用いることが不向きな専ら衣服の留め合わせ用のものであり、本件発明の創作の程度を論ずる当たって直接的な関連性を有するものとはなり得ない。

永久磁石を用いた係合具にあっては、相互に吸着し合う一方の係合部材の磁極面と他方の係合部材の磁極面とが、平行に向き合うように生地に取付けられることが必須とされる。両係合部材の磁極面を接し合わせた吸着状態において、一方の係合部材の磁極面と他方の係合部材の磁極面との間に隙間を作らせるような形で二つの係合部材が生地に取付けられていると、急速に吸着力の低下が生じる。このため、この種の係合具にあっては、係合部材の磁極面と生地の生地面とが平行となり、かつ、一方の係合部材の取付けられる生地面と他方の係合部材が取付けられる生地面との間の間隔が一定となるように、当該生地への当該係合部材の取付けることが強く要請される。

ところが、引用例2記載の考案の連結管3は、外装板7と生地との間においてポンチによる挟圧によって不規則に割裂し屈折されるため、連結管3の非変形部分(生地の透孔(取付孔)内にある部分)の寸法は定まり難い。

このように、生地の取付孔内にある筒体(本件発明における雌部材8の鍔部8a以外の部分、また、引用例2記載の考案の連結管3の非変形部分)の寸法が定まり難いものを利用して係合部材を取付けることとした場合、生地面に対し係合部材の磁極面が平行とならなかったり、あるいは、係合部材が生地の厚さ内に入り込むなどして、一方の係合部材の取付けられる生地面と他方の係合部材が取付けられる生地面とが両係合部材の吸着時に互いの吸着面を引き離すテコ状の力を作用させるように触れ合ってしまう等、両生地面間の間隔を所望の均一の間隔に保てないといった事態を生じさせることになる。

すなわち、引用例2記載の考案の生地への取付手法は、スナップボタンには使用できても、本件発明のような永久磁石を利用した係合具に使用することには極めて不向きなものなのである。

イ 相違点<1>について

本件発明では、雄部材4が、予め強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられており、この雄部材4を、一方の開口部8’に鍔8aを有し、他方の開口部8”側より生地の取付孔に挿通されて仮に取付けられる雌部材8内に挿通し、当該雌部材4からの雄部材4の突出部を前記鍔部8a上に圧潰して、係合部材A、Bを迅速かつ的確に取付けるという、引用例1記載の考案にはない作用効果を奏するものである。

また、引用例2記載の考案に、引用例1記載の考案の構成の一部を置き換えて、本件発明の上記作用効果を奏させ得る技術的思想が、当業者が現実に知り得る程度に開示されてはいない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本件発明の概要

甲第2号証の1(本件公告公報)によれば、本件明細書に記載された本件発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  (従来技術)

従来、永久磁石を使用した係合具においては、概ね脚片を有する座金を用いてバッグ等の生地に脚片を刺通し、生地面から突出した脚片に座板等を嵌挿して生地面に座板を密着させ、脚片を座板面上に折曲して取付けられるようにしたものである。

(発明が解決しようとする問題点)

しかしながら、上記のような止着構造は、取付部品の点数も多く必要であり、したがって、製品コストを高めたものである。また、このような折曲脚片を主体とした座金においては、取付面に飾り釦等の装飾物の取付ぶ困難であり、装飾物の取付においては、更に多くの手間と部品を要したものである。次いで、従来の脚片による止着構造においては、折曲係止される端面を比較的多く必要とし、これが外観上必ずしも良好なものではなく、特に、止着される生地面上に別の皮革等の生地を添着しない場合には、その難点を露呈したものである。(1欄23行ないし2欄12行)

2  (問題を解決するための手段)

本件発明は、上記の状況に鑑み提供された係合具であって、本件発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成により止着されるようにしたものである。(2欄13行ないし3欄1行、1欄2行ないし16行)

3  (効果)

本件発明に係る係合具は、上記のように構成され、特に係合具の取付構造を極力簡素化し、皮革その他の取付生地を介して単にその雌雄の係合並びにカシメといった簡便な手法により迅速かつ的碓に取付け、係合部材の取付を相当圧によるカシメとし、その取付固着性を特に良好とすることができる。更に、係合部材の取付と共に、飾り釦その他の装飾物を同時に固着せしめ得るようにして、その外観審美性を著しく助長せしめ得るものである。また、取付部材を必要かつ最小のものとし、前記取付の迅速性と共に、この種係合部材の製品にしめるコスト率を著しく下げることができる。

第3  審決の取消事由について判断する。

1  原告主張に係る相違点<2>について検討する。

(1)  甲第4号証によれば、引用例2には、従来スナップドット釦は、取付目的物に連結筒を挿入する透孔を設けて、これに連結筒を挿し込み、取付釦を対応させてポンチで挾圧して取付けていたのであるが、この場合に生じる種々の不都合を解決するために、雌釦の座金と雄釦の嵌入する凹窩壁と連結管とを連続一体に順次段落しに形成した雌釦及び中央から乳首形連結筒を突出せしめた案内座鈑を外装板に固着した取付釦からなるようにすることが記載されていることが認められる。

(2)  原告は、引用例2記載の考案を引用例1記載の考案に適用し、引用例1記載の考案における取付板6を、本件発明のような生地に挿通されていく側と反対側に位置する一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8に変更することは当業者にとって容易なことであると主張する。

しかし、引用例2記載の考案の段部2aは、座金1を直接支え、かつ、雄釦の嵌入する凹窩壁2の内底部である。そして、座金1及び凹窩壁2は、係合の機能を直接的に果たす部材、すなわち、本件発明における永久磁石1、ケース2、強磁性部材3、9等、引用例1記載の考案の永久磁石1、強磁性板3、5、非磁性板11等に相当するものであるから、引用例2記載の考案の凹窩壁2の内底部である段部2aもまた、本件発明における永久磁石1、ケース2、強磁性部材3、9等、引用例1記載の考案の永久磁石1、強磁性板3、5、非磁性板11等の一部に相当するものというべきである。ところが、本件発明の雌部材8ないし引用例1記載の考案の取付板6は、本件発明における永久磁石1、ケース2、強磁性部材3、9等、引用例1記載の考案の永久磁石1、強磁性板3、5、非磁性板11等とは全く別の部材であって、しかも、係合の機能を直接的に果たすものでもない。そうすると、引用例2記載の考案の段部2aが、本件発明の雌部材8ないし引用例1記載の考案の取付板6に相当するということはできない。

したがって、引用例1記載の考案の取付板6を引用例2記載の考案の凹窩壁2の段部2aに変更することは、当業者が容易にし得たことということはできない。

(3)  また、仮に、引用例1記載の考案の取付板6に代えて、引用例2記載の考案の凹窩壁2の段部2aを適用するこことした場合には、引用例2記載の考案の凹窩壁2及びその段部2aは、生地の内側、すなわち、座金のある側にあるものであるから、これを引用例1記載の考案に適用すると、生地(被取付材)の内側、すなわち、磁石のある側から凹窩壁2及びその段部2aを配置することになる。そうすると、段部2aは、本件発明における生地の内側、すなわち、他方の開口部8”側にあることになるから、本件発明の雌部材のように「一方の開口部8’に外方に向けて鍔8aを有する」ものではない。したがって、両考案を組み合わせても、本件発明の雌部材の構成は得られないものといわざるを得ない。

(4)  なお、引用例2記載の考案の凹窩壁2の段部2aの方向を逆向きにして、座金1とは逆の側(本件発明の8’側)に設ければ、本件発明の雌部材に類似した構成が得られるものと認められる。しかし、凹窩壁2及びその段部2aは、座金1に連結し、これを支えているものであるから、これを座金1と逆の側に設けると、凹窩壁2及びその段部2aが座金1を支えられなくなってしまい、係止具としての機能を失ってしまうし、そのようにした場合、連結管3の突き出し部分に本件発明における係合部材A、Bのようなものを取付けることができるとは考えがたい。その上、凹窩壁2及びその段部2aを、座金1や連結管3の突き出し部分と切り離して、逆の側に設けることについて、引用例1はもとより、引用例2にも、記載も示唆もない。したがって、座金1とは逆の側(本件発明の8’側)に凹窩壁2の段部2aを設けることを、当業者が容易に想到できたものと認めることはできない。

2  以上のとおり、引用例1記載の考案と引用例2記載の考案を組み合わせても、相違点<2>に係る本件発明の構成は得られないから、本件発明が上記両考案に基づいて容易に発明をすることができたものと認められないとした審決の認定判断は、その余について判断するまでもなく、相当であって、審決には原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年9月29日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

参考表

(証拠の対応)

訴訟 審判

甲第1号証 なし

甲第2号証-1 甲第1号証

甲第2号証-2 なし

甲第3号証 甲第3号証

甲第4号証 甲第6号証

甲第5号証 甲第4号証

甲第6号証 甲第5号証

甲第7号証 甲第7号証

甲第8号証-2 甲第8号証

甲第9号証 甲第11号証

甲第10号証 甲第2号証

甲第11号証 甲第9号証

甲第12号証 甲第10号証

甲第13号証 甲第12号証

理由

[1] 本件特許第1379082号発明(以下「本件特許発明」という。)は、昭和53年10月3日に出願した実願昭53-136472号を特許出願に変更したものであって、昭和61年6月27日に出願公告(特公昭61-27882号)された後、昭和62年5月28日に設定の登録がなされたものであり、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「一方の磁極面aより他方の磁極面bに向けて孔5を有する永久磁石1の磁極面bに取付けられる強磁性部材3と磁極面aに当接される強磁性部材9とが前記永久磁石1の孔5内において着脱自在に吸着される係合具において、

先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられていると共に、

一方の開口部8'に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8が他方の開口部8"側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通され、

且つ前記雄部材が前記雌部材8の開口部8"の側より該雌部材8の筒内に挿通され、該雌部材8より突出する該雄部材の突出部4bが前記鍔8a上に圧潰されていることを特徴とする係合具。」

[2] これに対して請求人は、リング状永久磁石を用いた係合具は、甲第2号証をあげるまでもなく、当業界に広く知られており、周知の技術ということができ、また、金属筒の一端部を圧潰によって放射状に変形させ、これにより被取付材に固着する技術は、甲第4号証乃至甲第12号証にみられるように、ホック等の取付構造として広く知られており、永久磁石を用いた掛止具(本件係合具と同じ)においても、リング状永久磁石を用いその中央部へ強磁性板を突入すると共に、これを被取付材に固着する際止杆を圧潰することが甲第3号証に記載されているから、本件特許発明は、その出願前に公知の甲第2号証乃至甲第12号証から容易に発明し得るものと認められ、したがって、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効にされなければならない、旨主張している。

一方、被請求人は、甲第2号証及び甲第3号証には、本件特許発明の構成要件である「先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられていると共に、一方の開口部8'に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8が他方の開口部8"側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通され、且つ前記雄部材が前記雌部材8の開口部8"の側より該雌部材8の筒内に挿通され」の点については記載されておらず、また、甲第4号証乃至甲第12号証は、その何れもが本件特許発明の構成要件である「先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられている」との構成を欠いており、本件特許発明は、甲第2号証乃至甲第12号証に開示することのない構成を有していると共にかかる構成に基づく顕著な効果を奏しうるものであり、充分に特許要件を具備している旨主張している。

[3] そこで、請求人の上記主張について検討する。

[3-1] 請求人が提出した甲第2号証乃至甲第12号証にはそれぞれ以下の記載がなされている。

甲第2号証(実願昭51-154022号(実開昭53-71176号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、リング状永久磁石の一端面に、この磁石の中央孔へ嵌入すべき有頂筒部を有する強磁性板を当接固着し、前記強磁性板の反対側の磁石端面へ前記有頂筒部と当接する有底筒部を有する強磁性板を離接可能に当接するようにした掛止具において、強磁性板の筒部に取付用脚板に設けた筒部を嵌入固着することが記載されている。

甲第3号証(実願昭51-146400号(実開昭53-117884号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、リング状永久磁石を使用した掛止具において、強磁性板の中央部へ筒状突起を一体成形すると共に、中央部に貫通孔を有する取付板と前記強磁性板とによって被取付材を挾着し、中央部へ止杆を貫通させその状態で止杆に打撃を与えて、止杆の先端を前記筒状突起内で膨大させて、取付板と鉄板を被取付材へ挾着固定することが記載されている。

甲第4号証(実公昭27-5345号公報)には、結合管を介して雌部を衣服に装着するときに雌部に変形を惹起しないようになしたホックの雌部について、一方が開口し他方が底壁部により閉塞した結合管の開口縁を拡張して雄部係合室に係合したホックの雌部を衣服に装着するときに、衣服に設けた穿孔の一方の側から、雄部係合室に係合した結合管及び雄部係合室を挿入し反対側から止座金の管部を結合管に嵌合した後結合管及び座金を挾み強圧して結合管の底壁部を圧潰して拡張し止座金の内底に結合することにより、圧潰時に雌部自体を変形させず、止座金の管部と結合管とが二重となっているから強固に生地に装着できることが記載されている。

甲第5号証(実公昭30-929号公報)には、雌釦に於ける座金と雄釦の嵌入する凹窩壁と連結筒とを連続一体に順次に段落しに形成した受承金具と、中央に円孔を具えた座金と突子を隆起した突起金具とを外装体により固定した固定座とからなるスナップドット釦であって、受承金具の凹窩壁及び連結筒を定着しようとする目的物に貫き連結筒の端部を固定座に於ける座金の中央円孔に嵌当して受承金具と固定座とを挾圧することにより、突子が連結筒の底部を圧潰し拡開して座金の中央孔の内方孔縁に引っ懸かり、受承金具と固定金具とが連結されることが記載されている。

甲第6号証(実公昭34-7236号公報)には、従来スナップドット釦は取付目的物に連結筒を挿入する透孔を設けてこれに連結筒を挿し込み取付釦を対応させポンチで挾圧して取付けていたのであるが、この場合に生じる種々の不都合を解決するために、雌釦の座金と雄釦の嵌入する凹窩壁と連結管とを連続一体に順次段落しに形成した雌釦及び中央から乳首形連結筒を突出せしめた案内座鈑を外装板に固着した取付釦とからなるようにすることが記載されている。

甲第7号証(実公昭36-25005号公報)には、雌釦の座金に連なる雄釦嵌入すべき凹窩壁から段落した連続形成された連結筒の両側部に側面く字形を呈する排気凹部を設けた雌釦と、中央に設けた透孔の周壁を傾斜させて断面ラッパ形となしその口縁を外方に湾曲して巻縁を設けてある座金、衝接座金を外装体にて固着した取付釦とからなるスナップドット釦であって、目的物に設けた透孔に連結筒を貫いてその先端が透孔に嵌入して該目的物を雌釦と取付釦との間に介装し、加圧して透孔の斜壁にそって連結筒を潰拡させて係合固着することが記載されている。

甲第8号証(実願昭47-101056号(実開昭49-58504号)の願書に添付した明細書および図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、ホックの嵌着部離脱自在に嵌入するホックの嵌合体の接合部を形成する窪穴内に、ホックの嵌合体との間に布やシート等を挾んで嵌着固定する固定体の中央部に突設した足部を嵌入して圧迫することによって、足部を変形させて嵌合体と固定体を固定することが記載されている。

甲第9号証(実開昭50-156204号公報)には、外板に連続する上面の中央に、外板の外径よりも小径の中空脚管を立設した両面かしめホックが記載されており、第3図の記載からみて、中空脚管を目的物に設けた孔に挿通して中空脚部の先端を圧潰してホックを目的物に固着するものと認められる。

甲第10号証(特開昭50-65344号公報)には、別個に止着部品を必要としないで、自体が一個の部品のみよりなるスナップ釦であって、スナップ釦の雄部又は雌部の基板の下面中央に突出筒を合成樹脂で一体的に形成しておき、被着体に設けた穿孔に突出筒を嵌めてから、突出筒の上部を金型を用いて押圧又は加熱押圧して傘状に変形して押圧頭を形成することにより、被着体を基板と押圧頭との間で挾持することが記載されている。

甲第11号証(特開昭53-100045号公報)には、布地に設けた貫孔に、ホックの雌金具を構成する頭の円筒状突出子を一方から挿入し、さらに雌金具を構成するバネ部の取付孔に挿嵌して布地を挾圧しつつ円筒状突出子の端部をかしめ工具により拡大させてかしめにより布地に雌金具を固着することが周知であることが記載されている。

甲第12号証(実公昭54-25207号公報)には、差込錠の雌体を鞄等に取り付ける構造に関して、被取付体に雌体を、管状又は半管状リベットの先端部を打圧力等によりラッパ状に拡開せしめて簡単刃速に取り付けることが記載されている。

[3-2] 本件特許発明と甲第3号証に記載された発明とを対比すると、両者は共に、一方の磁極面aより他方の磁極面bに向けて孔を有する永久磁石の磁極面bに取付けられる強磁性部材と磁極面aに当接される強磁性部材とが上記永久磁石の孔内において着脱自在に吸着される係合具を、バッグ等の生地に取付ける場合において、金属筒の一端部を圧潰して拡開変形させバッグ等の生地を挾持して取付けるものである点においては一致している。

しかるに、本件特許発明は、単に金属筒の一端部を圧潰して拡開変形させて生地を挾持して取付けることを要旨としているものではなく、特許請求の範囲に記載されているように、「先端が閉塞されている筒状の雄部材が該雄部材の開口縁部を前記強磁性部材3、9の非吸着側の面に接して取付けられていると共に、一方の開口部8'に外方に向けて鍔8aを有する筒状の雌部材8が他方の開口部8"側よりバッグ等の生地面に開設された取付孔に挿通され、且つ前記雄部材が前記雌部材8の開口部8"の側より該雌部材8の筒内に挿通され、該雌部材8より突出する該雄部材の突出部4bが前記鍔8a上に圧潰されている」ことを必須の構成とするものであって、リング状磁石を用いた係合具を取付ける場合に、一端部を圧潰変形させる筒状の雄部材と、一方の開口部に鍔部を有する筒状の雌部材とを用い、これらと係合具の強磁性部材と係合具を取付けるバッグ等の生地との具体的な構成を規定しているものであるところ、甲第5号証及び甲第7号証乃至甲第12号証には、単に、筒状部材を圧潰して拡開変形することにより、取付孔が形成された部材を挾持するようにして、ホック等を取付けることが開示されているに過ぎず、本件特許発明におけるような構成の雄部材と雌部材とを用いることが開示されているものとは認められない。

甲第4号証及び甲第6号証には、一端部を圧潰変形させる筒状の雄部材と、一方の開口部に鍔部を有する筒状の雌部材とを用いてホックを取付けることが開示されてはいるが、甲第4号証記載のものにおいては、ホックの雌釦における雄釦係合室に雄部材の一端部を拡張して係合させて取付けておくものであり、甲第6号征記載のものにおいては、雌部材がホックの雌釦と連続一体に形成されているものであって、これらはいずれもホックの取付手段を開示しているに過ぎず、本件特許発明のようなリング状永久磁石を用いた係合具の取付け構造を具体的に示唆しているものとは認められない。

また、甲第2号証は、単にリング状永久磁石を用いた係合具において、強磁性部材に設けた筒状部に、取付部材に設けた筒状部を嵌入固着することを開示しているに過ぎず、本件特許発明のように先端が閉塞されている筒状の雄部材の強磁性部材への取付けを示唆しているものではない。

要するに、本件特許発明は、リング状の永久磁石を利用した係合具を生地に開設した取付孔に取付けるための具体的な構成に関するものであって、強磁性部材の非吸着面側に開口縁部が取付けられ、先端が閉塞されている筒状の雄部材と、一方の開口部に鍔を有する筒状の雌部材とを用意し、バック等の生地に開設した取付孔に、上記雌部材の他方の開口部側を挿通し、且つ上記雄部材を上記鍔部と上記強磁性部材とで上記生地を挾むように雌部材の筒内に挿通して、雌部材の鍔部側に突出した雄部材の筒状部分を鍔部上に圧潰することにより取り付けるものであるが、このような取付手段に関しては、甲第2号証乃至甲第12号証の何れにも記載されておらず、また、このことが容易に発明をすることが出来たものと認める根拠が開示されているものと認めることもできない。

[4] したがって、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例