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東京高等裁判所 平成8年(行コ)93号 判決 1998年3月30日

長野県南佐久郡南牧村野辺山一一三番地

控訴人

市川八十吾

右訴訟代理人弁護士

岩下智和

長野県佐久市大字岩村田字西浦一二〇一番地の二

被控訴人

佐久税務署長 小林政昭

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被控訴人

国税不服審判所長 太田幸夫

右両名指定代理人

加島康宏

山岡千秋

右被控訴人佐久税務署長指定代理人

黒尾眞澄

宇田川祐一

右控訴人国税不服審判所長指定代理人

藤井正信

村井三郎

宮下吉輝

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人佐久税務署長が平成元年三月一〇日付けでした次の各処分をいずれも取り消す。

(一) 控訴人の昭和六〇年分の所得税の更正のうち総所得金額一五五万六四〇〇円、納付すべき税額九八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 控訴人の昭和六一年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定

(三) 控訴人の昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額三九二万六〇〇〇円、納付すべき税額二一万二七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

3  被控訴人国税不服審判所長が平成二年六月二六日付けでした前項記載の各更正及び賦課決定に対する控訴人の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二事案の概要及び証拠関係

一  本件事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決書四頁一〇行目の「被告税務署長」を「被控訴人佐久税務署長(以下「被控訴人税務署長」という。)」に、末行の「本件各決定」を「各年分につき更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右更正及び賦課決定を「本件各決定」と、各年分についての更正を「本件各更正」と総称する。)」に、同五頁三行目の「及び」から四行目末尾までを「を求め、更に控訴人が被控訴人国税不服審判所長(以下「被控訴人審判所長」という。)に対し本件各決定につき審査請求をしたところ被控訴人審判所長はこれを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をしたことから、本件裁決の取消しを求める事案である。」にそれぞれ改める。

2  同二七頁五行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(控訴人の当番における主張)

控訴人の昭和六〇年分及び昭和六一年分の収入及び経費は本判決別表記載のとおりであることが関係証拠上明らかであるから、同表記載のとおり右二年分については課税所得金額はいずれも零で所得税額も零であり、したがって右二年分についてのこれと異なる本件各決定は違法であって取り消されるべきものである。

(右に対する被控訴人らの認否及び主張)

控訴人主張の収入及び経費の金額はいずれも裏付けを欠くものでその正確性には義務がある。

のみならず、被控訴人税務署長が本件のようにいわゆる推計課税をした場合、控訴人がこれと異なった所得状況をいわゆる実額で主張するためには、<1>その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての補足漏れのない収入金額であること、<2>その主張する必要経費が実際に支出されたこと、<3>その必要経費が総収入金額の対応することにつき主張、立証されることを要するところ、本件にあったては右主張、立証がない。」

二  証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三争点に対する判断

当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決書三一頁一〇行目の「同年一二月」の次に「一二日から一三日にかけて控訴人の妻と電話で訪問の日時につき調整を試みたが、双方の都合が合致しないため、同月」を、同三二頁一〇行目の「なかった」の次に「(これに対して町田係官が右立会人らの同席を容認したとみるべき状況は認められない。)」をそれぞれ加える。

二  同三四頁八行目の末尾の次に行を改めて次のとおり。加える

「この点について敷衍すると、税務調査は、申告納税制度の下ですべての納税者が自主的に適正な申告と納税を行うことを担保し、ひいて租税負担の公平を実現することを目的として行われるものである。調査を契機に当該納税者が将来にわたり適正な申告と納税を続けるよう指導していくことに努めるべきは当然であり、税務調査の実務もおおむね右のような目的に沿って行われているが、他方現状においては、納税者の中に記帳に習熟していないこと等から正しい申告をすることが困難な者も多く、そのため、そのような納税者に対しては、必要に応じ記帳、決算、課税標準の計算について個別的又は集団的な指導を行っているのが実情である。本件において、被控訴人税務署長は、昭和六一年秋ころ、管内の野菜栽培者の確定申告につき、前記のような運賃戻し金及び予冷戻し金の計上漏れに係る類型的な誤りがあることに気が付いたため、これを指導することを目的として前記の者を南牧村役場に呼び出すこととし、その際、調査、指導の結果によっては納税者の押印を要するに文書の提出を促す必要が生ずることがあると予測されたことから、印鑑を持参することを促したものであり、現に業種別指導の結果、右のような計上漏れが発見されたため、被控訴人税務署長の職員の説明に納得した納税者については、当該書類を完成させた上、署名押印を求めたことが認められるのである(甲六〇、証人土屋紀幸(原審)、弁論の全趣旨)。実情がこのようなものである以上、右のような業種別指導を目して強制調査、指導であるとすることは失当というべきであり、控訴人の主張は採用できない。そして、控訴人等数名の者が右呼出しに応じずこれらの者に対し個別の税務調査が後日されたからといって、右は前記のような類型的誤りからその申告内容に疑義を抱かれていたところ右業種別指導の機会に税務当局にその事業内容等を説明することがなかったことから当該納税者に対し個別に税務調査が開始されたというにすぎず、これをもって本件税務調査が報復目的であると認めることはできない。」

三  同三四頁九行目の「前記認定のとおり、」の次に「申告書記載の農業所得金額が過少ではないかと疑われており、他方、これまで長期間税務調査の対象となっていなかった」を同三五頁八行目の「照らせば、」の次に「控訴人提出の確定申告書については、直ちにその効力を左右するものでないとされているとはいえ、」をそれぞれ加える。

四  同三九頁三行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、右土屋、町田両係官の対応が誠実調査義務違反であるとして本件における推計の必要性が存在しない旨を主張するが、右指摘に係る事実はこれを認めるに足りる証拠がないか又は推計の必要性を否定する事実とはいえないものであって、右主張は採用できない。また本訴において控訴人がいわゆる実額反証として主張立証する事実については、後に判断するように被控訴人税務署長のした推計にもとづきく更正処分に対する事後的違法事由(後に推計の結果が真実の課税標準を上回ることが判明したこと)としての再更正事由を主張、立証するものと考えられるものであり、単に推計の必要性を覆す事実ではないかと解されるから、実額反証の方法があるからといって推計の必要性が存在しなくなったとすることもできないといわねばならない。」

五  同四三頁七行目末尾の次のとおり加える。

「控訴人は、被控訴人らが、比準同業者の農業所得金額、野菜栽培面積等を立証するに当たり同人の青色申告決算書等を提出することなく所部係官作成の報告書のみを提出したことを非難する。この点は報告書の信用力に対する非難であると解されるが、右報告書にかかる調査がされるに至った経緯については前掲証拠により前記ような事実関係を認めることができるのであるからこれを推計課税の資料とすることは合理的であるということができ、控訴人の主張は採用できない。

次に控訴人は、一部の比準同業者の野菜栽培面積に各年の差異、変動があることをもって推計の性格性を争う。しかし、前掲証拠によると、この点については関係帳簿の記載上そのような差異、変動が客観的に記載されていることが認められ、しかもその主張に係る差異、変動は僅少にすぎず、このことから直ちに控訴人主張のように「固定資産課税台帳の畑の面積」の誤差が不正確な調査に起因するとか、引いて推計の正確性全体が立証されていないなどということはできない。

また控訴人は、控訴人の野菜栽培面積を確定する前提としての控訴人の牧草地及び飼料畑の面積の立証につき非難する。しかし、昭和六〇年度、昭和六一年度の控訴人の牧草地及び飼料畑の面積が前記各年度の「家畜頭羽数調」中の記載から認定できることは前掲証拠(特に乙四の1、2.同証には欄外に右各年度の「家畜頭羽数調」によったものであるとの南牧村役場の課長の証明文言の記載も認められる。)によって明らかであり、昭和六二年度については、右「家畜頭羽数調」中に記載はないものの右が控訴人の畑の総面積からの控除要因であることを考慮して控訴人に有利に同程度の面積の牧草地及び飼料畑が存在するものとしてこれにより同年度の野菜栽培面積を確定したものであり、控訴人からの格別の反証がないことも考慮すると、右認定が格別の反証がのないことも考慮すると、右認定が格別不合理であるとすることはできない。

控訴人は、比準同業者の農業用借地の面積の立証がないとするが、証拠(乙一一、証人新井進一(原審)によると、被控訴人税務署長は前記通達、調査、報告の過程において当該同業者の青色申告書の決算書の記載からこれを確定したことが認められるのであって、これによると前記認定の事実を認めることができる。したがって控訴人の右主張は採用できない。

控訴人はまた、被控訴人ら主張の推計課税の計算結果が原処分、裁決書等と本訴における主張、立証とでその内容が異なるとして非難する。しかし、本訴の審判の対象たる訴訟物は、いわゆる総額主義との関係で課税処分の違法性一般であると解される。したがって、被控訴人らの主張の変更が時機に後れた攻撃防御方法と解されたり信義則に反する場合等はともかく、これらに当たらない限りは、従前の原処分、決裁時の判断と差異があってもその主張、立証の変更は許されると解すべきである。本訴において右のような事情のないことは明らかであるから、控訴人の右主張は採用できない。」

六  同五〇頁七行目の「認められるから」の次に「(前例が少ないからといって直ちにその合理性が否定されるものではない。)」を加える。

七  同五三頁七行目の「ものではない。」の次に次のとおり加える。

「なお控訴人は、被控訴人税務署長が比準同業者の野菜栽培面積を算定するに当たり固定資産税の課税台帳の数値を基礎としたことにつき、右台帳については地目変更がされておらずしたがって山林等であるとされている土地につき実際には畑として利用されていることがあり、これが被控訴人らの計算方法では畑でないものとして扱われることから比準同業者の単位面積当たりの農業所得が高く算出することがあり得るのに被控訴人らはこれを看過している旨を主張する。しかし、固定資産税の課税についてはいわゆる現況主義が採用され必ずしも登記簿上の記載と一致した扱いはされていないこと、本件では推計の基礎に複数の被準同業者の平均値をおいていることからすると、推計課税において求められている一応の確からしさはこれを認めることができるというべきであり、控訴人の右主張は採用できない。」

八  同五四頁一行目末尾の次に行を改めて次のとおり加え二行目の「四」を「五」に、同五五頁五行目の「五」を「六」にそれぞれ改める。

「四 控訴人は、当審において(ただし法的性質は異にすると解されるが類似の事実についての事実主張自体は原審においてもみられた。)、いわゆる実額反証の主張をし、控訴人の昭和六〇年分及び昭和六一年分の収入及び経費は本判決別表記載のとおりであることが関係証拠上明らかであるから、同表記載のとおり、右二年分については課税所得金額はいずれも零で所得税も零であり、したがって右二年分についてのこれと異なる本件各決定は違法である旨を主張する。

ところで、被控訴人税務署長のした推計に基づく更正処分を争って右のように主張、立証することは、合理的な推計課税の適法性を覆そうとするものであり、また推計の結果が真実の課税標準を上回ることが判明したとして事後的に更正処分の違法事由すなわち再更正事由を主張、立証するものであるから、実額の主張、立証は、より完全なものが要求されるというべきである。すなわち、一方において、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉漏れのない収入金額であること、他方において、その主張する必要経費が実際に支出されたことに加えて、その必要経費が総収入金額と対応するものであることについて主張、立証がされなければならないと解される。

そこで、以下、右の立場に立って判断する。

控訴人は第一に、野菜販売等は所属する農協を経由するものばかりであるから、その取引は同人及びその子名義の農協の貯金通帳の記載から明らかであるとする。しかし、前記認定のとおり、本件においては収入及び支出の状況を明記することによりその正確性が担保されるとみられる帳簿書類やその基礎となる原始資料の提出がないため、控訴人につき農協を経由しない取引が存在しないとの事実を確定するのは困難であり、むしろその存在が強く疑われるのである。特に証拠(証人井出節夫(当審))によると控訴人は佐久民主商工会の会員で「自主計算ノート」と称する帳簿に記帳をしていたことが認めらるれにもかかわらず、本訴においてその提出がないことからすると、農協の貯金通帳の記載のみから直ちにその収入金額を確定することは当を得ないことといわねばならない。

また控訴人は、収入金額の主張に当たり肉用牛の販売代金を、租税特別措置法に基づき非課税措置が採られていること及びこれに対応する経費も計上していないことを理由に計上していない。しかし、本件にあたって同法の適用があるとしても同法の解釈上、総所得金額算定の過程では右販売代金も収入金額として計上することが必要であると解される。

次に控訴人は、必要経費として、堆肥・わら代を計上する。しかし、その立証のため提出された「あずかり証」(甲五、七、一八、一九)はいわゆるメモ書であり、標題からしても領収証とは理解できず、直ちにこれによってその金額を確定することには疑問がある。しかも、証拠(控訴人本人(原審))によると、わらは野菜栽培のための堆肥用のみならず、牛舎等に敷くためにも使用されるものであることが認められ、したがって、その主張の電気料、水道料、雇人費、減価償却費と同様、肉用牛の成育、販売の経費の性格も有していることが明らかである。控訴人は、肉用牛については前記のとおり販売代金を収入金額に計上せず、そのため対応する経費も必要経費に計上していないのであると主張するが、経費中、野菜販売に関する部分と肉用牛の販売に関する部分との区別をどのようにしたか明らかではなく、右主張をもってしても肉用牛の成育、販売の経費に関する前記判断を動かすに足りない。

その他、控訴人の主張する収入、支出については家計費との区別等についても疑問があるといわざるを得ないこと等も考慮すると、一部の費目の金額について被控訴人らの認めるものがあるとはいえ、当審証人井出節夫の証言を含め、控訴人の主張、立証する実額反証によって本件の推計課税が否定されるものということはできない。したがって控訴人の主張は採用することができない。」

よって原判決は相当であって本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(平成九年一二月八日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 北澤章功 裁判官加藤英継は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 新村正人)

別表

<省略>

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