大判例

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東京高等裁判所 平成9年(う)1083号 判決

被告人 雨宮國仁

〔抄 録〕

所論は、要するに、原判決は原判示第四の三につき詐欺既遂としているが、被告人が他人のキャッシュカードを所持し、その暗証番号を知っていたにしても、右キャッシュカードが使える預金口座に入金させただけでは、その金を自己の支配下に置いたとはいえず、詐欺は未遂にとどまるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

そこで検討すると、関係証拠によれば以下の事実が認められる。

1 被告人は、平成八年五月三〇日午前八時三五分ころ、甲府市内の永井健介(以下、「永井」という。)方に侵入し、永井所有のキャッシュカード一枚、印鑑一個、健康保険被保険者証一通、IDO電話利用権譲渡承認請求書・承継届一枚を窃取した(原判示第四の一)。なお、右のキャッシュカードの基となる普通預金口座は、永井が一週間ほど前に顧客からの要請に基づき、さくら銀行上田支店に開設したもので、当面預け入れたり払い戻したりするつもりがなく、口座開設時にキャッシュカードが送られてきただけで、預金通帳ももともと永井の手元にはなかった。

2 同日午前九時一五分ころ、被告人は、山梨中央銀行本店営業部市立甲府病院出張所において、盗んだキャッシュカードをATMに挿入し、永井の生年月日を手掛りとして思い付いた暗証番号を打ち込み、残高照会を試みたが、暗証番号が間違っていたため、残高照会に失敗した。その直後ころ、盗んだIDO電話利用権譲渡承認請求書・承継届に暗証番号が記載されているのに気づき、この暗証番号を打ち込んで残高照会に成功した。その結果、預金残高は一〇〇円であることが判明したが、被告人は、キャッシングを試み、まず五万円を引き出そうとしたが、残高不足のためこれができず、次にキャッシングの最低額である一〇〇〇円を引き出そうとしたが、これまた残高不足のため失敗に終わった(原判示第四の二)。

3 同日午後零時三〇分ころ、被告人は、永井になりすまし、三和ファイナンス株式会社甲府駅前支店(以下、「三和ファイナンス」という。)に電話で融資を申し込み、先方の指示に従い、電話をかけ直して収入、融資希望金額等につき答えた際、現金をさくら銀行甲府支店の永井の預金口座に振り込むよう要請し、先方の指示どおり永井の健康保険被保険者証のコピーをファックスで送った。その後、永井不在の同人方に再び侵入したうえ、同所で三和ファイナンスと電話のやりとりをし、一五万円が融資されることになった旨の連絡を受けた。

4 同日午後二時四五分ころ、三和ファイナンスの従業員が、山梨中央銀行甲府駅前支店駅ビル出張所において、現金一五万円を被告人が述べたとおりの預金口座に振り込む手続をしたが、預金口座の支店名が違っていたことから、永井の預金口座には振り込まれず、振り込んだ金は銀行預かりとなった。

5 同日午後七時三〇分ころ、被告人は、さくら銀行甲府支店に電話で永井の預金口座に入金があったかどうか照会した結果、永井の預金口座は甲府支店ではなく、上田支店にあることが分かった。そこで、被告人は、三和ファイナンスに電話で預金口座が甲府支店ではなく上田支店である旨を話し、三和ファイナンスから次の日の朝に手続をするとの回答を得た。

6 同日午後一一時四五分ころ、被告人は、住居侵入(原判示第五)の嫌疑により通常逮捕され、キャッシュカード等を警察に任意提出し、警察においてこれらを領置した。

7 同月三一日午前九時ころ、三和ファイナンスが振込先をさくら銀行上田支店に訂正する手続をとり、同日午後三時ころ、永井の預金口座に一五万円が入金となった。

8 翌六月一日、永井が警察からの連絡で盗難に気づき、警察に被害届を提出した。同月二二日、永井は、キャッシュカード等の仮還付を受け、警察の要請に基づいて永井の預金口座に振り込まれた一五万円を払い戻したうえ、これを警察に任意提出した。その後、右一五万円は三和ファイナンスに還付された。

以上のとおりである。

原審においては、本件詐欺が既遂か未遂であるかについて争われなかったこともあって、原判決が本件詐欺につき既遂にした理由は明らかでないが、原審において取り調べた司法警察員作成の平成八年六月一九日付け詐欺被疑事件捜査報告書(甲第一五号証)が一応の手掛りとなる。すなわち、右捜査報告書によれば、被告人は、ATMを操作する過程で暗証番号を知ったから、永井の預金口座に入金されれば、いつでも現金を引き出せる状態になっていたところ、一五万円を永井の預金口座に送金する手続がとられた五月三一日午前九時ころの時点では、被告人が逮捕されていたにしても、本件詐欺事件はいまだ発覚しておらず、三和ファイナンスとしては振り込んだ現金を永井の口座から払い戻すことが不可能な状態であったため、右の入金手続がとられた時点で詐欺が既遂に達したと認めるというのである。原判決も、右の時点を既遂時期としている。

しかし、永井の預金口座に一五万円を振り込む手続がとられた時点であれ、一五万円が入金になって現実に払戻しが可能となった時点であれ、いずれにしてもその時点では、被告人は既に逮捕され、キャッシュカードも警察に押収されており、しかも、その名義人は永井であることが明白であるから、警察がキヤッシュカード窃取等を認知することはたやすく、本件詐欺をいまだ認知していなかったとしても、被告人がキャッシュカードの還付を受けることは期待し難い状況であったと認められ、被告人が一五万円を引き下ろすことはできない状態にあったといわざるを得ない。実際の経緯をみても、警察が永井に連絡し、その結果、キャッシュカード窃取や本件詐欺等が発覚するに至っている。なお、被告人と意思を通じる者が存在するとしても、その者も一五万円を引き下ろせないことはいうまでもない。しかも、入金先はキャッシュカードを盗まれた者の預金口座であるから、その者が銀行に盗難届を出せば、銀行がコンピュータを操作して、当該口座につき事故登録をし、払戻し停止の措置をとることは公知の事実であって、被告人が振り込まれた金を引き下ろす前に、永井が銀行に盗難届を出せば、もはや被告人としては金を引き下ろすことが不可能になるのである。永井がこの預金口座を利用して預入れや払戻しをするつもりがなかったにしても、銀行に盗難届を出す可能性がないとすることはできない。そうすると、永井の預金口座に一五万円を振り込む手続がとられた時点であれ、その後現実に一五万円が入金になった時点であれ、いずれにしてもこれらの時点において、被告人が右の一五万円を自由に処分し得る状態にはなく、本件詐欺は未遂にとどまるというべきである。

したがって、原判示第四の三につき詐欺既遂とした原判決は、法令の解釈適用を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(米澤敏雄 山田利夫 山室惠)

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