東京高等裁判所 平成9年(う)1748号 判決
論旨は,要するに,被告人甲野株式会社(以下被告会社という)が株式会社乙山(以下乙山という)を買収した際の原価は41億円であったのに,原判決がこれを17億514万6,270円であったと判断して売却収入からその額のみを控除し,残りの23億9,485万3,730円を控除しなかったのは,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認にあたるというのである。
しかしながら,この主張は,以下の理由により採用することができない。
1 被告会社は,後にFカントリークラブと呼ばれるゴルフ場を開発中の乙山を買収するため,昭和63年3月17日,その株式を100パーセント所有するB,C及び株式会社丙川の3名の株主との間に株式譲渡契約を結び,譲渡代金を41億円とし,その支払い日を7億円については契約時,残金34億円については同年5月17日と定めた。同時に,被告会社は,右の株主のうちのB,Cに当時の乙山の代表取締役であったDを加えた3名との間で同社の債権債務等についての協定書を取り交わし,その中で,同社がFカントリークラブの土地取得等に関して丁原株式会社に負っていた債務を3名の責任で同年5月17日限りで全額弁済するとともに抵当権の登記抹消手続等を行うことを約した。
2 被告会社は,約束のとおり,3月17日に7億円,5月17日に34億円を3名の株主に支払い,Bら3名は,協定のとおり,5月17日に丁原株式会社に対し債務全額の23億9,485万3,730円を支払うなどの措置を採った。
3 所論は,このように被告会社は株主に対して41億円を支払って企業を取得したのであるから,この場合の企業取得原価は41億円であると主張する。しかしながら,そのうちの23億円余は,乙山が丁原株式会社に対して負っていた債務の弁済にあてるためのものであり,現に株主が被告会社からこれを受取った後直ちに同社の債務の弁済にあてているのであるから,かりに3名の株主を通じて被告会社がその債務を弁済したものと考えても,特段の事情がない限り被告会社と乙山との間には同額の貸付金等の債権債務関係が残ることになるのであって,その分を被告会社が乙山を取得した際の原価とみることはできない。このことは,右の協定書に,当該債務の弁済は取締役の立場で行うものであることが明記され,かつ,株主とは異なる3名の責任でこれを行う旨が明記されていることからも明らかである。
4 のみならず,乙山の公表経理をみると,右の23億円余の債務の弁済は,乙山が戊田株式会社から同じ5月17日に借入した金員で行ったとされており,現にその旨の契約書等が完備している。また,乙山の法人税の確定申告書にも,その借入金が計上されている。このことは,右の債務の弁済が乙山が自らの債務の弁済として行ったものであって,被告会社が行ったものではなく,被告会社が株主に右の23億円余を支払ったというのは,形式上の処理であったことを明白に物語っている。所論は,この点につき,右の乙山の戊田株式会社からの借入金は実質上被告会社の借入金であり,現に被告会社が支配していた「乙山専務取締役E」名義の銀行口座からその後この借入金が弁済されていると主張するが,この口座に入金された金員は乙山が経営するFカントリークラブの会員権販売代金であり,公表経理でもそのように取り扱われていたのであるから,その銀行口座を実質上被告会社が支配していたからといって,被告会社において借入金の弁済を行ったと認めることはできない。
5 その他所論にかんがみ検討しても,右の23億円余を企業売却の原価と認めるべき特別の事情は認められず,論旨は排斥を免れない。